宮本教授刑法(刑事司法)の耐え難い状況

シュペー『刑事裁判官への警告』を読む〔29〕

ニホンの刑事裁判への歴史の『警告』 

(その1)

宮本 弘典(関東学院大学)

 日本国憲法は、権威主義国家のファシズムによる暴力支配との訣別を決意し、主権在民・基本的人権の尊重・平和主義を標榜する新たな国家建設の宣言でもあった。「日本国民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障碍ヲ除去」し、「言論宗教及思想ノ自由並ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラル」べきだとするポツダム宣言の要求からも、そうであらねばならなかった。

ここで注目すべきは、日本国憲法が、その第31条から40条の10ヵ条にわたって詳細に人身の自由ないし刑事人権を規定し、しかもそのうち刑事手続に関する規定が、第31条(適正手続の保障)から第38条(不利益供述の強要の禁止と自白法則)の8ヵ条を占めていることであろう。

刑事手続は国家権力の暴力的執行力の端的な発現形態である。新たな憲法は敗戦を契機として、人権の尊重を基軸とする刑事手続のモードの一新をも宣言したわけである。

日本国憲法が目指したものが、とりわけ権威主義国家における刑事裁判のモードの克服であったことはいうまでもなかろう。モデル論に倣っていえば、それは職権主義的糺問構造から当事者主義的弾劾構造‐その意義に対するより立入った検討は本書の各章に委ねよう‐への転換であった。

「国民主権・基本的人権の尊重をうちだした新憲法の制定は、刑事裁判のあり方に根本的な変革を迫るはずのものであった。

なぜなら、刑事裁判はもはや天皇の官吏の、天皇の名による裁判ではなく、主権者である国民の信託にもとづき、公僕である裁判官が、公僕である検察官の起訴をまって、主権者である国民の一人であり、天賦人権をもった市民に対し、刑罰権の適用ありやなしやを判断するもの、となったからである。

ここに刑事手続を本当の意味で「訴訟」手続とし、当事者主義とする法理的根拠が与えられた、とういことができよう。

それは刑事裁判の根本的変革、すなわち、天皇の裁判から国民の裁判(裁判を国民のものとし、民衆的基礎の上に裁判制度を再構成する)へ、糺問的裁判から真に弾劾的な裁判への移行を要請するものであった。」

(横山晃一郎『憲法と刑事訴訟法の交錯』(成文堂、1977年)5頁)

 それは「無罪推定」や「疑わしきは被告人の利益に」の法理を貫徹し、「無罪の発見」を第一の使命とする刑事裁判であろう。

つづく