労働者人民による

資本主義体制の根本的変革こそ

B藤井さん 2(1)

藤井高弘(迎賓館・横田事件裁判の完全無罪をかちとる会・共同代表)

2007年に出版された『未決勾留16年――迎賓館・横田事件被告は無実だ』(編集工房 朔・刊)の序文に次のような文章がある。

 「当時は、革命的左翼を自任する者にとって、いかなる弾圧が予測されても人民の最先頭で反戦・反基地・反体制を実力で示す時代であった。1986年の両事件(「迎賓館・横田事件」)も中核派がそのような意思をこめてたたかいとった『ゲリラ戦』であった」

 本件裁判闘争が熾烈をきわめる所以がここに語られている。革命党が時代の最先端で敢行した「ゲリラ戦」、それに対する支配階級からの反革命的・報復的デッチあげ攻撃、そうした攻防戦として本件裁判闘争は激しい政治的裁判闘争とならざるを得ない。だからこそ私たちは絶対に勝利しなければならない。

2008年のリーマンショック、世界大恐慌、3・11東日本大震災と福島原発事故、資本主義300年の最末期の延命形態(最後のあがき)としての新自由主義政策、その今日的破綻政策であるアベノミクス・・・こうした大激動情勢のもとで新たなバブルを煽り、改憲と戦争政策、TPPと消費増税に突き進む安倍政権打倒が今や焦眉の課題になっている。つまり、労働者人民による、腐朽しきった資本主義体制の根底的変革(革命)こそが時代の要請だと確信できる。

1986〜87年は新自由主義政策の始まりの時代であり、今はその終焉が垣間見える時代だ。革命的「ゲリラ戦」、それに対する反革命的・報復的本件デッチあげ弾圧との闘い、それらはいずれも根底的変革を準備するたたかいであることが、そのように時代を認識するとき、非常に鮮明になってきていると言える。

 無実の須賀・十亀・板垣3被告が1987年10月にデッチあげ逮捕されてから間もなくまる26年になる。何ゆえ、このようにも長期の裁判闘争になっているのだろうか。

未決勾留16年という異例に長い獄中弾圧に対して、被告団・裁判事務局・大衆的支援陣形の結束とたたかいをもって、一審無罪判決を闘いとったのは2004年3月だった。本来ならそれで決着だったのである。欧米「先進国」の法体系では、無罪判決に対する検察の控訴は認められていない。人権「後進国」・日本では、そうした法体系でないため一審無罪に対する検察控訴が行われ、2006年5月に一審無罪が破棄され差し戻された。そして2010年6月差し戻し審で逆転有罪、被告・弁護側控訴(差し戻し控訴審)で6月27日、判決公判を迎えようとしている。

理不尽きわまる政治的弾圧攻撃だと言わなければならない。あらためて、この事に対する怒りをこめて本件裁判闘争に絶対勝利しなければならないとつくづく思う。

つづく