『無実で39年 獄壁こえた愛と革命 星野文昭・暁子の闘い』を発行して
奪われたすべてを奪い返すために、
共に闘いましょう
(その2)
福島に行ったときに、佐藤幸子さんが「福島で今人々が分断され、バラバラにされている。文昭さんと暁子さん達のことを考えると私たちもきっとやっていけるね」とおっしゃっていたんです。そんなふうに受け止めてもらえると嬉しいです。
私たちは奪われたから、人間にとって大切なものが、すごく良く見えてきた、というところがあります。文昭が言っているように、人間が人間らしく生きられる社会をつくるという生き方であり、私との愛情であり、みんなとの団結であり、この3つがあれば、自分たちは生きていけると言っていますが、その通りだと思います。
愛情をお互いに傾けあったことと共に、自分たちに無期を強いるこの社会そのものを変えたいという強い思いがあったから限界にぶつからないで、闘ってこれたと思います。
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私たちは、刑務所包囲闘争をやったわけですが、獲得したものが2つあります。
ひとつは、獄内外が一体となる闘いがつくれたことです。文昭が言っていますが、獄中で一番格闘するのは外の人々と一体で闘うことをどうやって、とり戻すかということ。みんなが刑務所に来てくれたことで、一体感を持って闘うことができるようになったと言っています。刑務所包囲闘争は2度になりますが、大きな力をつくり上げることができました。
また、来てくれた人たちにとっても、星野闘争が、より自分のものとなったのではないでしょうか。中からも、外からも一体感を感じる闘いとして勝ちとれたことは、ものすごく大きいと思います。
もうひとつは、星野闘争をたたかうことが、今の、国鉄闘争を中心とする外注化阻止・非正規撤廃のたたかい、反原発のたたかいへの力となることがはっきりしたことです。新自由主義の下で、人間としてのすべてを奪われようとしている労働者民衆がすべてを奪い返すために本格的反撃に立ち上がっている今、文昭と共にたたかい、文昭を奪い返す闘いが、まさに一体の闘いだということがはっきりした。
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文昭はすべてにおいて、今も奪われ続けているんです。
絵にしても、様々な制約の中で、しかし、奪い返し、自分のすべてを与えるようなものとして、描いていることが、人に感動として伝わるということがあると思うのです。
ぜひ一人でも多くの方々に読んでいただきたいと思います。
『無罪!』第102号より




