刑法(刑事司法)の耐え難い状況

シュペー『刑事裁判官への警告』を読む〔31〕

B DSCF6215希望を育てる闘い

(その4)


宮本 弘典関東学院大学 法学部教授)


足利事件や布川事件や東電事件、それに死刑再審事件、これらは司法にとってはスキャンダル以外の何ものでもない。本来なら、捜査のあり方や証拠の吟味のあり方、裁判官の証拠評価のあり方など、冤罪誤判の原因を精査し、何故こういう誤りが生じたのかを解明して、その反省を再審そのものというより、むしろ三審制にフィードバックするというのが当然だろう。だが、裁判所や検察にはそうした姿勢は皆無だといってよい。刑事裁判の使命が「無罪の発見」ではなく、治安管理であると、そう考えているからだろう。

通常の刑事事件ですらこの始末だ。ましてや政治犯となると、彼らは悪意と憎悪をもって有罪判決を「創り出す」。それに対して、忍耐を持って長期にわたって倦むことなく続けられる闘いは、ニホンの刑事司法と、その母胎をなすファシズム的暴力支配を拒否し、その不条理を匡す/糾す闘いとして、当事者のみならず、この社会総体にとっても、希望をつむぎ育てる闘いとなろう。


『無罪!』第102号