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刑法(刑事司法)の耐え難い状況

シュペー『刑事裁判官への警告』を読む〔36〕

宮本暗黒司法の岩盤

(その4)


宮本 弘典(関東学院大学 法学部教授)
戦時体制下の刑事司法を温存するニホンの刑事裁判においても、刑事裁判が治安管理装置に堕しているという現実は明らかである。数多の国策捜査・国策起訴も含めてその実例は枚挙に遑がない。司法が公安の補完機関に成り果てるのは、刑法(刑事司法)の政治化の必然的帰結である。

このような公安司法ともいうべき裁判の流儀を支えるものこそ、自白依存と裁判官の放縦な自由心証にほかならない。

しかし歴史の教訓が示すとおり、権威主義国家のそのような裁判の流儀は証拠裁判主義を捻じ曲げ、公正な裁判の実現に対する躓きの石でしかなかった。

ニホンの刑事裁判は、検察権限の強化とともに、戦時体制下の高度国防国家の刑事司法再編を強行し、歴史の教訓に反して、自白依存を極限にまで推し進めることで「実体的真実」を究明し、治安管理の一翼を担おうとした。その論理と心理は、思想検事による「思想善導」と称する「転向」の強要と、思想犯保護観察法(一九三六年五月二九日法律第二九号)による「監視」であり、草の根におけるその実践は、特高警察(と民衆総がかり)による非国民の炙り出しと弾圧であった。

そこではもはや、刑事裁判における「真実の究明」は事実認定の対象たる「行為」に止まらなかった。被疑者・被告人の生立ちや「犯行」の動機・背景、本人を含む関係者の性格(形成)、そして犯行後の状況等々、被告人の全人格に及ぶ「行為者像」の解明こそが「真実」の解明に不可欠だとされ、詳細な供述調書による「精密司法」が支配することになった。

つづく