須賀さんの命を守ろう!

横浜刑務所申し入れ行動

11月26日(金) 午後2時

 横浜市港南区役所ロビー集合
 (横浜市営地下鉄港南中央駅下車2分)
 多くの皆さんのご参加を!

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無 罪! 199号


  本誌199号の目次
 ★11・26横浜刑務所申し入れ行動に結集を               事 務 局
 ★私は時々「カメさん」と呼ばれることがあります             十亀弘史
 ★天皇制と宗教問題について考える その3                板垣 宏
 ★11・7全国労働者集会に参加して 職場で闘う労働者の熱気       福嶋昌男
 ★11・7全国労働者総決起集会/改憲阻止1 万人大行進         〈写真特報〉 
 ★四国お遍路での「宗教」体験をどう考える                佐藤ラテ
 ★
新自由主義とはー資本主義の歴史を追ってー(上)            高山俊吉
  
 5人に激励のハガキを
 須賀武敏さん
  〒233-8501  横浜市港南区港南 4‐2‐2
 十亀弘史さん
 板垣宏さん
 福嶋昌男さん

  〒105-0004  港区新橋2−8−16石田ビル4F 完全無罪をかちとる会気付
 大坂正明さん
  〒105-0004  港区新橋2−8−16石田ビル4F 大坂正明さん救援会気付



大坂正明さんを取り戻そう!
11・28東 拘 包 囲 デ モ
 11月28日(日)午前11時   場所  小菅万葉公園
主催 東京労組交流センター・大坂正明さん救援会


沖縄返還協定批准阻止闘争から50年
星野さん大坂さん奥深山さんと団結し
 改憲・戦争と闘う 11・28全国集会
11月28日(日) 午後1時開場 2時開会
かめありリリオホール(常磐線亀有駅1分)
 主催 実行委員会



11・26横浜刑務所申し入れ行動に結集を!

須賀武敏さんの即時奪還を

                    事 務 局
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救援連絡センターとの共同闘争として、
横刑への申入れかちとる(2月4日)
 11・7全国労働者総決起集会/改憲阻止1万人大行進が、11月7日、東京・日比谷野外音楽堂に、全国から2150人の労働者民衆が結集してかちとられました。国鉄闘争と全日建運輸連帯労組関西地区生コン支部への弾圧粉砕を軸に、新自由主義を終わらせる労働運動を作り出す出発点が築かれました。無力な野党共闘ではなく、労働者自身の力で岸田政権と対決する最初の反撃がたたきつけられたのです。

 新自由主義との先駆的・根底的対決

 34年前の、1986年4月、5月に闘われた米軍横田基地と赤坂・迎賓館に向かって撃ち込まれたロケット弾戦闘は、「戦後政治の総決算」を叫んで、日本における新自由主義攻撃を開始していた、中曽根政権に対する中核派による真正面からの乾坤一擲(けんこんいってき)のゲリラ戦でした。
 とりわけ、迎賓館では、当日、新自由主義の頭目、英・サッチャー、米・レーガン、中曽根らが、東京サミット歓迎式典を開いており、ロケット弾は首都厳戒態勢をぶち破り、まっすぐ迎賓館の頭上を飛んで、路上に着弾したのです。各国首脳の心胆を寒からしめるには、十分すぎるほどの闘いでした。
 サミット警備の根底的破綻を突き付けられ、顔面蒼白となった中曽根政権は、直後の5月7日、山田警察庁長官が「中核派の組織絶滅」を宣言しました。いわゆる「5・7宣言」と呼ばれるものです。
 この「5・7宣言」のもと、権力は「中核派なら誰でもいい、証拠などなくてもいい」とあからさまなデッチあげ弾圧に走りました。これにより逮捕・起訴され、それ以降今日まで不屈・非転向でデッチあげ弾圧と闘いぬいているのが、須賀武敏・十亀弘史・板垣宏・福嶋昌男さんの4人です。不屈・非転向ゆえに、日帝の怒りを一身に浴び、判決もないまま、16年にもわたる長期未決勾留を強制されたのです(福嶋昌男さんは12年)。究極の人権侵害です。
 須賀さん、十亀さん、板垣さんは、16年という拷問的勾留をはねのけ、画期的な一審無罪判決をかちとりました。そのことへの大反動として、治安弾圧としての逆転「有罪」判決により、まったく許せない下獄を強制されているのです。福嶋さんは5年2カ月、十亀さん、板垣さんは、それぞれ4年7カ月の下獄を闘って、今年の11月労働者集会に元気に参加しました。

 須賀さんの「刑の執行停止」を!
 須賀さんは、2018年2月に下獄し、まず東日本成人矯正医療センターに入ったのですが、3カ月後、唐突に理由も告げられず、横浜刑務所に移監させられます。その期間もふくめ下獄から3年9カ月が経ちます。須賀さんはいくつかの基礎疾患をもっていますが、とりわけ腰椎すべり症からくる脊柱管狭窄症の症状の悪化は、限界に達しており、これ以上の須賀さんの命と健康を破壊する刑の執行は許せません。
 本誌前号で触れましたが、須賀さんの懲役作業の強制は、もはや「懲役」ではなく、肉体の破壊であり、憲法第36条で禁止されている「拷問及び残虐な刑罰」そのものです。また、刑事訴訟法第482条は、刑の「裁量的執行停止」に関する規定が書かれています。この「裁量的執行停止」の権限は検察にあるのですが、「執行を停止することができる」要件は8項目あり、その1番目には「刑の執行によって、著しく健康を害するとき、又は生命を保つことのできないおそれがあるとき」が規定され、2番目にはまったくの無条件で「年齢70年以上であるとき」と明記されています。
 無実の須賀さんが、そもそも下獄を強制されていること自体、断じて許せません。しかも、拘束と懲役作業の強制が原因で、肉体が破壊されつつあるのです。そのうえで、77歳の須賀さんは、法律的にもそれだけで、「執行停止」の対象者なのです。刑務所の実態、法の運用はまったくのデタラメで刑務所は、「老人施設」と化しているというレポートも本となって出されており、法務省統計によれば、2018年における「執行停止」数は18件、獄内での死亡数243件(年末収容人数4万4186人)となっています。「執行停止」の理由は非公表で不明なのですが、聞こえてくる獄内情報では「余命幾ばくもない」受刑者が対象であり、それも例外中の例外であり、ほとんどの病に倒れた受刑者は獄死させられているとのことです。

 殺されてたまるか! 須賀さんの命と健康を守る闘いはすべての在監者と入管などの被拘禁者の命と健康を守る闘いと一体です。さらに、それは「命より金」の新自由主義との対決そのものであり、岸田政権による〈改憲・戦争・労組破壊攻撃〉を打ち砕く闘いとも深くつながっています。須賀さんを直ちに奪い返しましょう! 
 11月26日、横浜刑務所申し入れ行動を呼びかけます。多くの皆さん、ともに闘いましょう。




私は時々「カメさん」と

呼ばれることがあります…


 
                    十亀 弘史
                               そがめ  ひろふみ
アカミミガメ
 私は時々「カメさん」と呼ばれることがあります。水戸刑でもそう呼んでいた仲間がいました。その私が先日、NHKの首都圏ニュースをぼんやりと見ていたら、いきなり痛快なニュースに出会って目の覚める思いをしました。〈カメが成田空港を封鎖〉というのです。9月のことですが、滑走路をカメが歩いているのが視認されたため、「安全な運行に支障が出るおそれがある」として、滑走路を一時閉鎖したとのことです。しかも、同じようにカメが見つかるケースが、今年はすでに4件も発生しているのです。まさに体を張った組織的な実力封鎖ではないですか。
 解説によれば、カメはミシシッピアカミミガメ・通称ミドリガメで、A滑走路脇の雨水調整池に多数が棲息しているとのこと。航空評論家は〈鳥がエンジンに吸い込まれることは時々あるが、カメは硬いためもっと危険だ〉と語っていました。
 ただ、私は、ガメラではなく飛ぶことのないミドリガメが、どうやってエンジンに突入するのか、ちょっと想像がつきません。車輪に跳ね飛ばされて吹っ飛んで行くのでしょうか。もしカメがそこまで意図して滑走路を歩いているとしたら、大いに敬意を払いたいと思います。9月に滑走路上のカメを発見した日本航空の副操縦士は、〈鶴がシンボルマークの航空機に乗っている副操縦士としてカメは縁起がいいと思っていたが、滑走路には侵入してほしくない〉と言っているそうです。しかし、そうはいきません。これからもカメたちは、成田空港撤去まで力を合わせて闘い抜くにちがいありません。池だけは残しても、空港敷地は全て農地に戻すべきです。
 それはそれとして、この間、久しぶりで映画館に封切り作品を見に行きました。『モーリタニアン 黒塗りの記録』です。映画チラシに「アメリカ同時多発テロを引き起こしたメンバーとされ、グアンタナモ収容所へ送られた男は無実を訴える。国家の闇と人権問題を描く社会派ドラマ」とあって、これは見なければと思ったのです。
 11月8日の朝日新聞朝刊にシリアにおける、アサド政権による弾圧と拷問についての特集記事が載っています。獄中の惨(むご)たらしさを刻んだ凄惨な絵を一面に載せ、3ページにわたって特集するという異例の記事です。もちろん許されてはならない恣意的な拘束と拷問の内実がレポートされています。
 しかし、全く同じことがアメリカ合衆国の政権によっても実行されていたのです。映画の原作は、実際に米軍のグアンタナモ基地に収容されていた、モハメドウ・ウルド・スラヒの獄中記です。映画に登場する人物は全て実在しています。
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 モーリタニアに住んでいたモハメドウは、9・11の2カ月後に司法手続きなしにいきなり連行され、02年にグアンタナモに送られます。9・11の首謀者の一人とされますが、全くのでっち上げです。グアンタナモでの虐待と拷問は、いまでは、周知のことですが、騒音を流し続ける、水責めで窒息させる、眠らせない、屈辱を与え続けるなど、それらの拷問は、ラムズフェルド国防長官によって「特殊尋問」として公認されていました。政府が実際に、拷問を認め、奨励していたのです。
 その実態に気付いた弁護士ナンシー・ホランダー(ジョディー・フォスター好演)が、まず、裁判が一度も開かれないまま拘束され続けていることを問題にしてモハメドウの弁護を買って出ます。彼女の厳しい奮闘が始まります。記録を公開させても、殆どが黒塗りにされます。排外主義にとらわれた人たちから、〈9・11の容疑者に味方するのか〉と激しい非難を浴びます。しかし、ぶれることなく、毅然として真実へ迫って行きます。
 映画には、軍隊側で検察官役を命じられた中佐(ベネディクト・カンバーバッチ)も登場します。彼は、上官から〈とにかくモハメドウを直ちに死刑にしろ〉と厳命されています。しかし、調べて行くうちに、自分が信条としている「民主主義」と背反する事実の存在に気付き始めます。ついに中佐は命令に背き、陰ながらですが、弁護士と歩調を合わせるようになります(この人物も映画の創作ではなく、実際にそう行動した、ということです)。
 モハメドウは不屈です。凄まじい拷問に耐え抜きます。むろん、時々は動揺するにしても、身体の芯にある楽天主義を手放しません。真実を守り抜きます。彼と弁護士の闘いは、2010年に裁判所の釈放命令をかちとります。それがこの緊迫感に満ちた映画の勝利のラストシーンになります。しかし、その後に怒りの字幕が出るのです。
 「彼は、命令後オバマ政権によって、さらに7年を収容された」 モハメドウが収容所から解放されたのは、やっと2016年になってからです。その前、09年にオバマは世界中からの非難を受けて、〈グアンタナモ収容所は閉鎖する〉と表明しました。しかし、その収容所は、現在も存在しています。戦争へ突き進もうとする権力は、司法手続き抜きの拘束と拷問の施設を閉じることができないのです。
 付け加えます。モハメドウが経験したのと殆ど同じ凄惨な体験を強いられ、そして、同じく完全に勝利した記録として、李哲著『長東日誌 在日韓国人政治犯・李哲の獄中記』(東方出版)を挙げなければなりません。




天皇制と宗教問題について考える その3

     アメリカを動かす宗教ナショナリズム
                      板垣  宏

 アメリカの宗教保守〈福音派・原理主義〉
 今回は、松本佐保著『アメリカを動かす宗教ナショナリズム』(ちくま新書)を参考に、アメリカの宗教問題について考えてみたいと思います。なおカッコ内の引用は原文ではなく要旨になっていますので注意してください。
 2020年の米大統領選は僅差でバイデンが勝ちましたが、トランプが敗北を最後まで認めず、裁判にまで持ち込むなど、バイデン就任までに混乱が続きました(トランプは今もこの選挙には「勝った」と演説して回っています)。今回の選挙を通じて、米社会の分裂の深さが改めて浮き彫りになりました。この背景には、米帝国主義の根底的行き詰まり、帝国主義としての没落(帝国主義の最後的延命策としての新自由主義政策の破綻)という現実があります。アメリカの極端な右傾化の理由の一つに、宗教右派の台頭があります。アメリカの宗教右派については、キリスト教右派、キリスト教保守、福音派、原理主義、といろいろに表現されていますが、これらの言葉に厳密な定義があるわけではなく、ほぼ同じ意味で使われています。
 新約聖書のマルコ、マタイ、ルカ、ヨハネによる『福音書』は、キリストの生と死、そして復活を遂げるまでの言行を弟子たちがまとめた記録です。福音派は「元々は福音書に書かれていることを忠実に守り行動する一派だが、アメリカでは福音書を文字通り解釈して絶対視する原理主義的なキリスト教徒を『福音派』と指す場合が多い。中絶に強固に反対し進化論を否定し、神による創造論を信じる人たちである。そのため『原理主義』とも呼ばれている」(同19ページ)また、「キリスト教原理主義は、例えば『聖書で子どもをたくさん産むことを推奨している、ゆえに中絶は罪と解釈し、中絶を行う産婦人科の医療施設を銃撃する』などの極端で暴力的な行為に及ぶ場合もある」(同上20ページ)

 アメリカの宗教地図
 「アメリカは人口の約85%がキリスト教徒、政治の場でも大きな影響力を持ち、現在では大統領選挙の行方すら左右するようになった。キリスト教にはカトリックとプロテスタントがあり、前者23%、後者55%の内訳になっている。プロテスタントは、主流派と福音派に大きく分かれている。主流派とは、アメリカ聖公会、、ルター派、メソジストなどのキリスト連合協会など、いわゆる正統派のプロテスタントである。これに対して、プロテスタントが発展する過程で生まれた新たな宗派の一つにカルヴァン派的な傾向の強い福音派がある。福音派は主流派に対して非主流派と呼ばれる。・・・福音派の人口は増加傾向にあり、プロテスタントの35%近くを占めるという」(同上17〜18ページ)。

 清教徒革命と新大陸アメリカ
 「17世紀にイギリスでピューリタン革命を起こし、国王を処刑して共和政治を実現した清教徒たちは、その後の王政復古でイギリス国教会が復権すると『非国教徒』として差別されることになる。そうした政治的・社会的差別や、王政体制に不満だったピューリタンたちが新大陸に渡り、理想の「神の国」を創った。これがアメリカ合衆国である」(同22ページ)。〈もちろんアメリカが「神の国」などでないことは、アメリカの建国がネイティブ・アメリカンに対する大虐殺や黒人奴隷制によって血塗られていることでも明白ですが、ここでは宗教問題に限って話を続けることにします〉  ピューリタンたちは、同じプロテスタントでも「欧州ドイツで起きたルター派よりも、スイスのカルヴァン派から強い影響を受け、・・・カルヴァン派は『人間の救済はあらかじめ定められている』という予定説をとっている。予定調和的な傾向が強いため、聖書のヨハネ黙示録などの終末論と結びつきやすく、その教義も聖書の内容に厳格である」「こうした終末論的な影響を受けた流れは、宗教覚醒運動などを経て、ピューリタンはバプティストとの親和性を高めることになる」(以上22〜23ページ)。
 「バプティストは17世紀初期のイギリスで国教会から分離独立して設立された一派で、…イングランド本国で宗教の要として扱われた。クロムウェルら独立派が推し進める宗教統合政策で、ピューリタン諸宗派の中でも独立派、長老派、バプティストを中心として国教会に代わる国家教会制度が共和国で構想された。しかし、1661年に王政復古となり王権が返り咲くと、共和制体制を支持するバプティストも非国教徒として『二級市民』の扱いを受けるという結末を迎えた。これを不満とした彼らがアメリカ大陸に渡り、新天地での布教活動や発展を遂げることとなる」(同上23〜25ページ)

 このバプティストは「アメリカ南北戦争のときに南北に分裂した一派(奴隷制度維持派)を起源とする南部バプティスト連盟が現在、アメリカプロテスタント系キリスト教の最大教派である。他の教会や信徒団体に比べると、神学的・政治的に保守・右派的であり、キリスト教根本主義の傾向が強い。例えば、聖書のパウロ書簡にある『女性の男性への服従義務』を信仰告白に明記している」(45ページ)

 そして、2016年大統領選挙でトランプを支持した人々の多くが、プロテスタント信者であり、この福音派だったのである。



11・7全国労働者総決起集会に参加して

  〜 職場で闘う労働者の熱気 〜
                       福嶋 昌男

 このたびの11 ・7全国労働者総決起集会(労働者集会と略)は、私にとって次の4つの意義を持っています。
・全国の闘う労働者(組合)のアピールと熱意
・COP26(国連気候変動枠組み条約第26締約国会議)への抗議
 〜グレタ・トゥーンベリさんら若者との連帯〜
・11月3日、群馬・アースデイに参加し、労働者集会へ
・裁判闘争28年から第二次再審へ
 以上4つの闘いの土台に、前橋の地での健康の維持と生活のためのお寺境内の掃除、草取りそしてポスティングの猩働瓩任后
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若者を中心に、
在日ミャンマー人が熱烈な訴え(11・7日比谷野音)
 労働者集会の息吹
 秋晴れの中、群馬の闘う皆さんと共にバスに乗りました。皆さんが集会に向けての意志と気持ちをアピールします。初めて参加する方々もいます。群馬の闘いの高揚と前進を感じます。  私は、前橋での学習会、反原発―再稼働反対の高崎金曜行動そして群馬合同労組の皆さんと共に、そして星野文昭さん国家賠償請求訴訟の署名活動の気持ちをもって、参加しています。車中での気持ちの中で、11月3日、群馬・アースデイの参加の意義と気持ちが、11・7労働者集会にどうつながるのかありました。

 秋晴れの中、群馬の闘う皆さんと共にバスに乗りました。皆さんが集会に向けての意志と気持ちをアピールします。初めて参加する方々もいます。群馬の闘いの高揚と前進を感じます。
 私は、前橋での学習会、反原発―再稼働反対の高崎金曜行動そして群馬合同労組の皆さんと共に、そして星野文昭さん国家賠償請求訴訟の署名活動の気持ちをもって、参加しています。車中での気持ちの中で、11月3日、群馬・アースデイの参加の意義と気持ちが、11・7労働者集会にどうつながるのかありました。
 動労千葉への弾圧とともに、関西生コン支部への弾圧は、日本・世界の労働者にかけられた大弾圧であることです。しかし、動労千葉は中曽根政権の「国鉄分割民営化」攻撃を打ち破り、爍複劼頬‥責任あり瓩鮠,措茲蠅泙后職場復帰に前進しています。
 関西生コン支部の報告者は、大弾圧を跳ね返し、新たな陣形を構築しています。困難の中にも、勝利の前進をアピールし、私たちを勇気づけます。 私は、本集会で次の気持ちを強くします。
 横田基地と闘う団体は、爐覆欧な組織せよ瓩犯します。そして、横田基地をめぐる裁判闘争で、犧枷修聾えることにすることが重要瓩飽象を持ちました。自身の第二次再審に活かします。
 報告者は、沖縄の基地闘争、福島の地の闘争に触れる中で、基地からの毒物・薬剤の地下水、井戸水汚染を弾劾します。基地は、軍用機を長年にわたって洗い、その汚染水を放置してきたのです。
 団体を記憶していないのですが、報告者は資本と闘う労働者の立場を強調しています。犹駛椶箸梁亰茲鮓据え、闘う場で団結・組合をつくり、もってさらに実践しましょう瓩離▲圈璽襪任后J鷙霄圓廊犹笋禄靆廠萋阿亮汰を重要な闘いとしています瓩法∋笋蓮⊆身の署名活動に励まされます。
 ドイツでの反原発闘争の発言がありました。日本政府は、再来年に、放射能汚染水を海に放出しようとしています。許されません。漁業の人達と広範な人々の力で阻止しましょう。
 ミャンマー国軍と闘うビルマの多くの若者が登壇します。
 勝利のサインとアピールは、自らの命をかけた、日本の労働者との連帯アピールです。
 HMさんはフェイスブックで、最初から国軍の弾圧・虐殺を連日発信していました。今もしています。
 『共産主義者』209号(武長剛 前進社 2021年8月刊) は、爛潺礇鵐沺漆楊韻範帯を!甅燹銃帝の支配に抗した闘いの歴史―瓩鯣しています。まさに、本集会は世界人民との連帯の実現です。

 群馬・アースデイへの参加
 11月3日( 水)、友人に連れられて、赤城山麓の遊民谷の犒嫁魯◆璽好妊き瓩忙臆辰靴泙靴拭2晴で、紅葉の只中でした。
 会場で、いつも高崎金曜行動に来られる親子と行き会いました。娘さんは「似顔絵」を書き、自筆の絵を展示しています。
 幾つもブースが出ており、私は、こじんまりしたステージに行きました。MOTHER  ARTHDAY甅爐椶らは地球を愛しているか。地球がぼくらを愛しているように瓩鯑匹澆泙靴拭
 ギターを持ったミュージシャンが、爐やすみ原発疆を歌います。新宿駅西口フォークゲリラを思い出します。
 今、グレタ・トゥーンベリさん(18歳)ら若者は、COP26と闘っています。
 グレタさんは、狎こΤ胴颯蝓璽澄爾痢崔γ坐如廚聾先ばかりで、会議に成果はない。あの会議から変化が生まれることはない。本当のリーダーシップは私たちにある。人と自然と地球からの搾取はもうたくさん瓩肇▲圈璽襪靴討い泙后

 むすび
 労働者集会の高揚と緊張を受けて、帰りのバスに乗りました。参加者の皆さんの感想がありました。弾圧に負けない労働者の闘いはすばらしいです。
 参加者の一人が、狠狼紊硫甲伐臭瓩某┐譴討い泙后
 私も、全国・全世界の労働者の皆さん、グレタさんら若者、ナオミ・クライン、斎藤幸平氏らとの連帯を求めてゆきます。
 「指紋」の論文を『無罪!』に投稿しました。次に、本件「指紋のデッチ上げ」をさらに明らかにします。そして、第二次再審へ。    11月9日



11・7全国労働者集会

改憲阻止1万人大行進

写 真 特 報
 「終わらせよう!新自由主義 とめよう!改憲・戦争」をメインスローガンに、今年も11月7日、全国労働者総決起集会が東京・日比谷野外音楽堂において開催されました。連帯労組関西地区生コン支部・全国金属港合同・動労千葉の3労組呼びかけで始まった11月労働者集会は、呼びかけ団体を拡大しつつ、今年で24回目となります。今年はとりわけ、日本の労働者民衆が新自由主義打倒の総反撃を開始した、歴史的な闘争としてかちとられました。
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「改憲・戦争阻止!大行進」の全国で闘う諸団体が勢ぞろい
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弾圧粉砕・組織拡大の特別報告をする関西地区生コン支部書記次長・武谷新吾さん(左)
基調報告する動労千葉委員長・関道利さん(右)

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「改憲・戦争阻止!大行進」呼びかけ人 高山俊吉弁護士(左上)
全学連新委員長・赤嶺知晃さん(右上)と全学連の学生が登壇(下)
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東京・日比谷野外音楽堂に2150人が結集。集会の最後を団結ガンバローで締めた
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日比谷公園西幸門から出発したデモ隊。銀座・東京駅に向けて、動労千葉委員長・関さんを先頭に、
元気よくデモをやりぬく。3労組の隊列のすぐ後に、ミャンマーの若者たちの感動的な隊列が続いた!



改憲・戦争阻止!大行進 第2回学習講座講演

新自由主義とは 資本主義の歴史を追って (上)

                 弁護士 高山 俊吉
 10月18日、東京・中央区月島で、改憲・戦争阻止!大行進主催の第2回学習講座が開かれました。大行進呼びかけ人の高山俊吉弁護士が「新自由主義とは―なぜ欺瞞の論が登場するのか―」と題して講演されました。その内容を編集して、転載します。(文責・事務局)

1 「新自由主義」は多義で不可解、か
 「新自由主義」には、「攻撃」とか「崩壊」とか「破産」などの語をつなげることが多い。「資本主義の絶望的延命策」などとも言われる。立憲民主党の枝野代表は、「新自由主義的社会の脆弱さ」と言い、日本共産党は「社会全体をもろく弱くした新自由主義にピリオドを」と言った。岸田文雄自民党総裁は、総裁候補の弁として、「大規模な金融緩和、巨額の財政支出、成長戦略を維持しつつ、新自由主義的政策を転換する」と言い「新たな資本主義を」と言った。
 目の前の資本主義には新自由主義(的)という「問題状況」があるとみんなが言っている。「脆弱さ」とは、「ピリオド」とは、「転換」とは?
 意図的に混乱を狙うのは論外だが、うっかり間違えても「新自由主義は多義にして不可解なり」の迷路をさまよいそうである。
 新自由主義の解説はともすれば難しげだが、解明された現時点に立てば実はそれほど難しくない。資本主義の歴史を少し追う必要があるだけである。新自由主義と闘う仲間を広げるためにその正しい理解は必須の前提になる。


2 自由主義と新自由主義
 何に着目するかにより多くの自由主義が生まれ、その変化を捉えて新自由主義と呼ぶため、無数の自由主義と無数の新自由主義が生まれる。経済学者上田貞次郎は1927年に『新自由主義』と題する書を上梓している。
 「新たな」自由主義を理解するには「本来の」自由主義を把握することが前提になる。自由主義の歴史を紐解けば、絶対王政を批判し議会制を志向した啓蒙時代(17世紀後半〜18世紀)に遡る。ジョン・ロック(1632〜1704)は「人々は生命・自由・財産に対する天賦の権利を持ち、政府はこれを保障する責任を負う」と言った。古典的自由主義である。
 この思想はその後のブルジョア革命に明らかに強い影響を及ぼしているが、ここでは、ブルジョア革命時代以降の政治経済、とりわけ資本主義と自由主義の関係に焦点を当てる。以下、歴史の正確な学習は別の機会に譲り(些かの粗さはご海容を願い)、200年の資本主義の歴史を超特急で俯瞰する。


3「自由満展開」のブルジョアジーとこれに対決する労働者
 王権神授の絶対君主制を打倒したのはブルジョアジーである。その経済活動における基本精神は「レッセフェール(laissez‐faire)」、すなわち「経済活動は市場の働きに任せよ」であった。「投資家の資産運用は利己的であっても経済全体を成長させる」と論じたアダム・スミス(1723〜1790)の言(「国富論」)は、自由競争こそが健全な市場機能を保全し、「見えざる手」により社会全体の利益が達成されるという論に発展した。彼の歴史観には恐慌は登場しない。
 しかし、現出したのはブルジョアジーの自由であった。対して労働者、とりわけ年少女性労働者の健康や生命は極限の危機状態に追い込まれる。激しい抵抗闘争が起こり資本も政府も対応を余儀なくされる。
 工場法を例にとる。イギリスは1833年の法制定後、無数の争議を反映して多くの「改正」が行われ、欺瞞を伴いつつも非人間的待遇はいくらか「改善」された。日本ではそれから80年ほど遅れて1911年、ようやく微温的な工場法が成立した。政府は一貫して雇用主の立場に立ち、工場法の立法目的は「良質な労働力の確保」にあると言い続けた。しばしば「工場法以前」という表現がなされるが、「工場法以後」が労働情勢に革命的変化が生じた時代なのではない。
 19世紀は「自由放任とはブルジョアジーが労働者を勝手気ままにこき使うことだ」との声が世界に広がった時代であり、カール・マルクスが資本主義の本質をあばき告発した世紀であった(「ブルジョアジーは、宗教的・政治的な幻想で覆われた搾取のかわりに、公然たる、あつかましい、直接のむきだしの搾取をおいた」共産党宣言)。


4 労働者が権力を掌握した
 労働者階級の自覚的・組織的な決起は、幾たびもの小成功と失敗を積み重ね、世紀を超えた1917年10月、ロシア10月革命をもって権力奪取に結実する。世界の労働者の「生きさせろ」の闘いは完全に新たな時代に突入した。
 日本も例外ではなかった。1917年5月のメーデーではロシア革命支持が決議された。1918年には富山を中心に食糧暴動が発生した(「米騒動」として知られる)。19年には日本支配下の朝鮮半島で、1910年の「日韓併合」に抗う宗教者をはじめとする民衆の決起3・1運動が展開された。21年には「赤瀾会(せきらんかい)」が結成された(革新的な女性たちが「窮乏と無知と隷属に沈淪せしめたる一切の圧政に対して、断固として宣戦を布告する」と宣言)。22年には部落解放運動団体「全国水平社」が結成され、「人間を差別する言動は一切許さない」と決議、そして同年日本共産党が成立した。世界各国にこの流れが奔流となって広がった。
 以来、支配勢力は、プロレタリア革命への恐怖を自身の行動決定の重要な基準に加えざるを得なくなった。共産主義や社会主義の思想は、現実の政治場面に複雑な事態を生じさせつつも、「妖怪から現うつつに姿を変えて全世界を徘徊する」存在になった。
 ドイツ革命の敗北やスターリンの「裏切り」(革命が個々人の根底的な意識変革を前提にすることを認めず、また革命は一国だけで成立すると考えるなどした)に世界は直面するが、支配勢力の共産主義や社会主義への恐怖は後退することはなかった。


5 大恐慌と資本主義の防波堤「福祉と社会保障の国家」
 1929年9月、長さ・深さ・広さにおいて世紀最大規模の大不況、世界恐慌(大恐慌Great Depression)が発生する。資本主義世界と経済構造的なつながりを持たないソ連の経済は世界恐慌の影響を直接的に受けることがなかった。  資本主義国は、革命後のソビエト政権がとってきた福利諸政策に多少とも通じる施策を打ち出そうと努めることになる。典型例は、アメリカの「新規まき直し政治」すなわちニューディール政策である。              (以下次号)