ムザイ

  迎 賓 館 ・ 横 田 裁 判 = 無 実 の 被 告 を 支 援 



 

再審請求

重大な事実誤認と最高裁判例違反 (5) 山本志都

山本須賀亀・板垣上告審で無罪を! 福嶋再審で無罪を!

2.21決起集会・弁護人の報告

重大な事実誤認と最高裁判例違反 (5)

山本志都・差戻上告審弁護人

もうひとつの最高裁判例がある。これは「反対事実が存在する可能性について健全な社会常識に照らして合理性がないと一般的に判断されるというレベルまで否定されなければいけない」という判例です。

どういうことかと言うと3人以外の誰かが爆発物を作ったというストーリーが一方にあり得るわけです。実際に3人が逮捕された後も本件と同様な発射事件というのは連続して起きている。3人に対する有罪認定は、この最高裁判例に違反していると言えます。

有罪認定はグラグラです。これからも最高裁を攻めていきますので、よろしくお願いします。


 

以上は、『須賀・十亀・板垣上告審で無罪を! 福嶋再審で無罪を!2.21総決起集会』での山本志都弁護人の報告を『無罪!』事務局が講演要旨としてまとめたものです。

重大な事実誤認と最高裁判例違反 (4) 山本志都

山本62.21決起集会・弁護人の報告

重大な事実誤認と最高裁判例違反 (4)

山本志都・差戻上告審弁護人

例えば、金沢借家は須賀さんが療養していた所で、他の2人は全く知らないのです。また、甲340メモはきわめて重要な証拠ですが、そのメモには数字が書いてあり、7つ毎に丸印が付けられている。見ればそれは、土曜日と日曜日に丸印を付けたカレンダーだと判るのです。それを被告・弁護人は岩手借家で書いたものであり、実際1986年10月のカレンダーと一致していることを明らかにした。検察と裁判所はそれを前年の1985年8月の金沢借家における作業日程について書かれたものだと、実際のカレンダーに反する認定を行っている。

2番目の、3人が1つの班だったとの話は3人を一緒に目撃したことがあると言う1人の証言。それも公判廷での反対尋問を経ていないもので、検察官が作った調書に依拠して3人が1つの班だったと認定してしまっている。3人が一緒にいたからと言って、普通それで3人が1班だったとは言えません。しかし、裁判所は、それだけで認定している。信じがたいけど本当なんです。

3番目の、メモの非オリジナル性について。甲361メモは、メモを書き写した人が中味について全く判っていないで書き写していることを証明するメモなんです。このメモの中味からそう言えることを私たちは高裁段階で明らかにしてきました。だけど、裁判所は自分に不利なところは判断しない。そういう事実認定の問題点が幾つもあります。

つづく

重大な事実誤認と最高裁判例違反 (3) 山本志都

山本21須賀亀・板垣上告審で無罪を! 福嶋再審で無罪を!

2.21決起集会・弁護人の報告

重大な事実誤認と最高裁判例違反 (3)

山本志都・差戻上告審弁護人

刑事裁判の大原則というのは「疑わしきは被告人の利益に」「合理的疑いを入れない程度の証明ができていないとダメ」と言われています。

「合理的疑いを入れない程度の証明」とは簡単に言えば、普通に考えておかしいと思えないくらい立証できていなければダメということです。刑事事件では国家権力が有罪にすることはそれぐらい重いことだと言われています。1審の裁判所は「5つの合理的疑いがある」と言って無罪判決を出しています。

例えば、岩手借家で押収された物品について、無罪判決は「岩手借家は、本件両事件発生時点には存在しておらず、同所の各押収物は、保管の場所のみならず、保管主体についても岩手借家と異なっていた可能性を生じさせる」。つまり、岩手借家にあったからといって3人がずっと前から持っていたとはいえない。その立証ができていない、と言っているのです。

最高裁は間接証拠による認定について、「情況証拠によって認められる間接事実中に、被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは、少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれている」

つまり、「被告人が犯人でないとしたら、話が繋がらないでしょ、と言うまで立証されていなければ間接事実で有罪認定してはいけません」と最高裁判例は言っている。明らかにその判例に違反しています。普通の人が考える事実認定のレベルからいっても話にならないものです。

つづく


重大な事実誤認と最高裁判例違反 (2) 山本志都

山本11須賀亀・板垣上告審で無罪を! 福嶋再審で無罪を!

2.21決起集会・弁護人の報告

重大な事実誤認と最高裁判例違反 (2)

山本志都・差戻上告審弁護人

では裁判所がどういう間接事実を積み上げて3人の有罪認定をしているか。ごく簡単にまとめると3点があります。

1番目は、須賀・十亀さんが金沢借家で信管を作製、炸薬を装てんしたとの認定。時期が1985年8月で、信管がA型信管で(本件の信管と違うものですが)、そういう作業をやってた人だから怪しいと言っている。しかし、金沢借家には須賀さんしか居なかったし、小学校に近かったり、借家の構造からいって、そこで爆薬を製造、炸薬を装填することなど不可能だし、そうした事実はないと主張しましたが、判決は無理やりあったと認定し、それを間接事実の重要なものとして挙げています。

2番目は、事件以前から3人が1つの班だったという認定。岩手借家では3人が一緒に住んでいたから、1986年8月当時は1つの班だったかもしれない。しかし、それは本件事件の後だからそれだけではだめです。何かと結び付けないと3人一緒に有罪にできない。先ほど述べたように、裁判所は須賀・十亀さんが金沢借家でA型信管を作ったと言っていて、板垣さんが入っていない。本件事件以前の時点で1つの班だったと言わないと板垣さんを有罪にできない。だから、彼を有罪にするために1985年10月には、すでに1つの班だったというストーリーを作っている。

それから3番目は、メモのオリジナル認定。岩手借家に爆発物に関するメモがあったが、しかし、それは元のメモを書き写したものでオリジナルなメモではない。しかし裁判所は、メモはオリジナルであり、そういうメモがあるから怪しいんだという。こうした3つの「事実」を重ね合わせると有罪を認定できるのだというのが裁判所のストーリーです。その認定はすぐに倒れてしまうようなシロモノなのです。

つづく

重大な事実誤認と最高裁判例違反 (1) 山本志都

山本須賀亀・板垣上告審で無罪を! 福嶋再審で無罪を!

2.21決起集会・弁護人の報告

重大な事実誤認と最高裁判例違反 (1)

山本志都・差戻上告審弁護人

現在、裁判は差戻上告審、事実を判断する最後の段階です。上告理由は2つに限定されています。「最高裁判例違反」と「判決に影響を与える重大な事実誤認」です。

高裁の有罪判決は何が一番問題かというと、被疑事実の内容について何ら立証されていないことです。これは、判決そのものが認めていることです。

前提事実は、1986年4月に横田基地に、5月に迎賓館に砲弾が発射された事件です。砲弾というのはA祁針っ討韮唯啖真管が使われていると言われています。3人が起訴されているのは爆発物取締罰則違反の共謀共同正犯。

そして、2つの借家が出てきます。最初に金沢借家。この借家は1985年、事件以前に須賀さんが療養のために短期間住んでいた借家。もうひとつは、岩手借家。これは3人が逮捕された時の借家。ここに3人が86年8月以降に住んでいた。だから、3人は本件両事件以降に共同生活を始めたといえます。問題になっているのは、本件事件で、3人がその砲弾に装着されたMS型信管を製造し、炸薬を装填するという作業をやったのか否かです。ところが判決は「本件の砲弾に装着された信管の製造や炸薬の装てんに関し、3人が、いつ、どこで、どのように行ったのか、その際、他に関与者がいたのか否かなどの諸点を明らかにできないことは紛れもない事実だ」と言っているのです。それを直接立証できませんよと判決自身が認めてしまっている。本件は裁判所が事件を直接証明する客観的証拠がなくて、間接証拠しかないと明示に認めている特殊な事件です。

つづく

国鉄分割・民営化反対闘争と被告団28年間の闘いは一体 小玉忠憲

小玉2須賀亀・板垣上告審で無罪を! 福嶋再審で無罪を!

2.21決起集会・連帯の挨拶

国鉄分割・民営化反対闘争と被告団28年間の闘いは一体

小玉忠憲 国労秋田闘争団

被告団の熱烈なアピールを聞きまして、ほんとに感動しました。単に時系列で年数が同じだというのではなく、内容的に、皆さんご存知のように、裁判所は不当労働行為があったという認定をしているんです。しかし、解雇は有効だという判決。こんなこと許せますか。こんなもの、通用してたまるか。国鉄改革法によれば、なんでも合法だという。なんだこれは!

今、被告団が熱烈にアピールしていましたけれど、まさに、その内容においても、この弾圧事件、まったく同じく不当じゃないですか。私たちの28年の闘い、この被告団の28年の闘い、私の中で、あらためて一体なんだなということを感じました。

皆さん、国鉄闘争は、いよいよこれからです。国鉄分割・民営化が、青年労働者・学生の一切を規定しているんです。ここで安倍政権を打倒することです。それは言葉だけではできません。本当に団結して、民主労総のように、団結した力で、資本・権力に強制しようということです。

星野文昭さん奪還も労働者階級の力で刑務所から解放するという闘いが必要です。団結してがんばりましょう。


会場 3

韓国の治安弾圧と人権の闘い (4) 金元重

金 3須賀亀・板垣上告審で無罪を! 福嶋再審で無罪を!

2.21決起集特別講演

韓国の治安弾圧と人権の闘い (4)

金元重・千葉商科大学教授

もうひとつ、1914年11月3日、検察は民弁(「民主化のための弁護士会」)所属弁護士7人を大韓弁護士協会に懲戒申請し、検察はその中の、張慶旭(チャン・ギョンウク)弁護士を国家保安法違反で捜査しています。

チャン・ギョンウク弁護士とキム・インスク(女性)弁護士が捜査中の被疑者に「虚偽陳述」や「黙秘権行使」を「強要」したというのです。チャン・ギョンウク弁護士は、ソウル市公務員スパイ事件で、スパイにデッチあげられたユ・ウソン氏(朝鮮華僑)を非常に熱心に弁護し、無罪を獲得したんです。しかも、この裁判過程で、中央情報部が組織の総力を挙げて証拠のデッチあげを図った。その事実を法廷で暴露した訳です。

彼は一躍スターになっちゃった。ですから、「黙秘権の行使を強要した」のは捜査妨害だというのは、検察の報復以外のなにものでもない。

こういう状況が今、韓国の中にある。ですから、反共法はなくなっても、新自由主義を展開するという時に反政府的な勢力、個人を潰していくという体制があり、特に国家保安法が残っている限り、こういう公安弾圧はなくならない。

時の人になったチャン・ギョンウク弁護士は私の再審の恩人でもあり、不撓不屈の人権弁護士です。民弁も彼を守っているし、大韓弁護士協会も懲戒申請を棄却し「検察が彼を『時の人』にしているんだから、彼に対してはいろんな保障をしていく」といって支えています。彼は決して孤立はしていないということをお伝えして、講演を終わります。







会場1


以上、「韓国の治安弾圧と人権の闘い」は、『須賀・十亀・板垣上告審で無罪を! 福嶋再審で無罪を!2.21総決起集会』での金元重先生の特別講演を『無罪!』事務局が講演要旨としてまとめたものです。

 

韓国の治安弾圧と人権の闘い (3) 金元重

金 1須賀亀・板垣上告審で無罪を! 福嶋再審で無罪を!

2.21決起集特別講演

韓国の治安弾圧と人権の闘い (3)

金元重・千葉商科大学教授

次に人革党(人民革命党)再建事件について。1974年、全国民主青年学生総連盟(民青学連)関係者への弾圧、摘発過程で、国家保安法違反容疑で、都禮鐘(ド・イェジョン)など23人を逮捕。1975年4月8日、大法院は8人に対し死刑判決を出し、なんと18時間後の翌9日に処刑を強行。今年がちょうど40年ということです。韓国では、この人民革命党事件というのは「国家権力による司法殺人」であると言い、現代史の非常に重要な事件として、特にパク・チョンヒ軍事政権による許しがたい国家暴力として記憶されています。

レジュメに、私が「韓国の『大逆事件』」とあえて付けたのは、十亀さんから送っていただいた『未決勾留16年』本を見ると「現代の大逆事件」というのが第1のタイトルになっていて、迎賓館・横田爆取弾圧事件のことを歴史的なスパンの中でとらえようとしています。非常に私も共感を感じました。韓国で、もし大逆事件はどれかといったら、人革党事件です。この事件は民主化の成果として、再審・無罪をいち早くかちとることができました。

最近の韓国の「治安弾圧」状況ということで、憲法裁判所が統合進歩党に対する解散決定を昨年の12月19日にしました。憲法裁判所というのは日本にはないが、1980年代の後半に民主化運動の過程で、国家権力の権力行使を監視する裁判所として作られたものです。それがあろうことか、政党に対するパク・クネ政府からの解散命令決定要請をそのまま受けてしまったという、嘆かわしい状況です。

この、憲法裁判所の解散命令でもって統合進歩党国会議員5名、それから比例代表地方議員6名が議員職を喪失させられた。さらに保守団体の告発を口実に統合進歩党全員に対して、国家保安法違反容疑で検察も捜査に着手します。パク・クネ大統領は、憲法裁判所の決定があった数日後に、これを「自由民主主義を確固として守り抜いた歴史的な決定だ」と言っている。パク・チョンヒが人革党事件の判決について「当然のことだ、法の下で裁く」と言ったのとオーバーラップしています。こういう事態があるということが一つ。

つづく

会場 11

韓国の治安弾圧と人権の闘い (2) 金元重

金 2須賀亀・板垣上告審で無罪を! 福嶋再審で無罪を!

2.21決起集特別講演

韓国の治安弾圧と人権の闘い (2)

金元重・千葉商科大学教授

刑期を終えて日本に帰ってきて、改めて大学院の勉強を始め、長い間、多忙な生活を過ごす中で、昔の事件のことは私の中で全部消化し、むしろ人生の糧だったくらいに思っていた。しかし、1987年韓国の民主化元年ということを契機として、過去の出来事に対する歴史の見直しというか過去の清算ですね、「真実・和解のための過去事整理基本法」という法律とそれを実行する国家機関ができて、大々的な再審の道が開けた。でも、私は関心を持たなかったんです。

しかし、在日で私と同じような体験をした人達が、果敢に自分たちの悔しい思いを晴らすといって、再審の道を切り開いて行きました。そういう人たちが成果を出していって、私たちになんでお前たちはやらないのかという話になって、私は大学で教えたりして、韓国の情況についてそれなりに見ていたつもりですが、民主化とはどういうことだったのか、民主化の成果として何がもたらされてきたのか、それをもっと強くするために何をしなきゃいけないのか、ということについて、恥ずかしいんですが、センスがなかったと今にして思います。

それで、2011年の7月に再審申請をして、11月に再審が決定され、翌年2012年3月29日に無罪判決を受けました。比較的遅く再審申請をしたものとしては、順調に再審無罪を獲得した。前後して多くの在日韓国人の元政治犯たちが再審申請して、無罪を確定させています。

韓国での、こういう刑事事件とか公安事件と呼ばれるものの再審がこれほど劇的に出るということについては、今の日本と韓国の違いの一つだろうと思います。

それは、おそらく現代史における民主化というものを曲がりなりにもやり遂げた韓国において初めて、国家権力の過去の罪悪に対して、それを清算する動きというものが、不十分ではあるにしても実現してきているということの重みが、非常に私は重要だろうなと思います。




会場1


韓国の治安弾圧と人権の闘い (1) 金元重

無題須賀亀・板垣上告審で無罪を! 福嶋再審で無罪を!

2.21決起集特別講演

韓国の治安弾圧と人権の闘い (1)

金元重・千葉商科大学教授

若干、私の自己紹介も兼ねて、いわゆる11・22事件についてお話をしておこうと思います。

これは、1975年の11月22日に韓国中央情報部によって新聞発表され、普通は「在日韓国人母国留学生スパイ団事件」(間諜団事件)といいます。

私が大学を卒業してすぐに韓国に母国語を勉強するために留学したのが1974年の春でした。韓国では、パク・チョンヒ政権のいわゆる維新体制、大統領独裁体制が強化されていた時期で、大学での入学手続きをして、バスに乗ろうと思って歩いてきたら、グラウンドで学生たちが車座になって何か叫んだり、手をふり挙げたりして、さすが学生運動の国だなぁと呑気に思っていたのですが、ソウル市内に帰ってきたら民青学連事件の発表ということだったわけです。

そういう時に留学生活を始めたわけですが、翌1975年、この11・22事件が引き起こされ、ほかの多くの在日留学生と一緒に中央情報部に検挙されて、過酷な調査・デッチあげによって、国家保安法、反共法、ほか刑法・間諜罪等々の罪名で結局、大法院(最高裁)で懲役7年の宣告をうけて、大田教導所(刑務所)で刑期終了まで過ごしました。

私は、ある意味では、そういう自分の運命があるのも覚悟して行ったという面もなくはなかった。当時の韓国の政治状況も分かっていたし、私が大学1年の時にソ・スン、ソ・ジュンシク兄弟事件というのがありました。在日出身の留学生がやはりスパイ容疑で大変な目にあっているという状況もあり、自分だけが安全地帯にいられるとは思わなかったが、何もしなければ、スパイにデッチあげられるようなことはないだろうと甘い見通しで行ったんです。

つづく


記事検索
迎賓館・横田裁判の完全無罪をかちとる会

賛同とカンパのお願い

 賛同会員になって下さい
 年会費一口 3000円
 「無罪!」を送付します
   郵便振替口座
  00170-2-279274

 連絡先 〒105-0004
  港区新橋2-8-16
   石田ビル4F
  電話03-3591-8224

メールアドレス
 hosyaku@mte.biglobe.
 ne.jp

須賀武敏さんに
激励の手紙を
 〒233-8501
 横浜市港南区港南4-2-2
   横浜刑務所
ア ー カ イ ブ

『序局』 第20号
改憲と闘う国際連帯
総合雑誌

安倍を倒し
社会変えよう
 
     Twitter
.
QRコード
アクセスカウンター

    .
    • 累計:

    • ライブドアブログ