Mouthful of Grass

Ah, but I was so much older then. I’m younger than that now.

加藤和彦ドキュメンタリー映画「トノバン」を見る前に思う、「加藤和彦再評価は可能であろうか?」ということについて

ボブ・ディランは「レコード会社がロックの作り方を理解したことによってロックは終わった。」(概略)と言ったそうだけど、これはまあ間違いなくそうだと思う。

民衆、若者といった「下から」支持される価値あるものの仕組みが(世俗権力側・体制側に)分かられていないから、創作者たちは「自主的に自由に」やることが出来、体制側もそれを「承認・追認」するしかなかった。


だがそれが“すっかり様式化”して、「形さえ同じようにすれば同じもの」ということになれば、誰でも同じ模造品を作れる。日本でいえばその理由で批判されたのが90年代のビーイング系。当時の自作自演音楽一般よりも巧緻精密に出来ていた。英米のロックにも同じことが起こったということだ。それが、渋谷陽一云うところの“産業ロック”なるものだったかもしれない。ただ、様式模倣だから(プログレハードだからダサい悪いetcという具合には)ジャンル形式は問われないものであるはずだ。仏作って魂入っていなければ、それであろう。


問題は日本(の音楽)だが、「英米で、自由で自主的な音楽(とりあえず、ロックとする)が起こった」として、日本でも、それが必ずや、英米の影響として、“歴史的必然として”当たり前のように起こり得たのか?ということで、実は決してそんなことは無いのである。

「日本のロック(的表現)は(最初から)自由であったのか?」日本では、ロックの模倣自体は学生らによって自主的に行われたかもしれないが、「(その)マーケットが自然発生的・自主的に成立した」訳ではない。


日本でロックは(日劇ウエスタンカーニバル当初の自主性については一定程度認めるがそれはひとまず措いて)、まずベンチャーズ、ビートルズの模倣としての和製音楽ジャンル”GS”として企図されたが、それには既存歌謡芸能資本の操り糸が付いていて、「大人たちが」「商業的打算の発想で」「女子供に受けの良い(疑似的なロックの)マーケット」を作って儲けようと算段したもので、全然自由ではなかった。要するに本質が異なる。(全然自由で無かった点については、加藤和彦がフォーク・クルセダーズ解散後、サディスティック・ミカ・バンド結成までの期間、特に親しく交遊した元フィンガーズ、成毛滋が芸能界から受けた仕打ち、処遇がその好例と言える。ちょっと調べてみるとよい。)


ところが、そんな「(根底の部分で) 本物とは似ても似つかない模造品のマーケット」とは違うところから出て、たちまちのうちに一般リスナーの支持を得、大きな売り上げも達成した音楽があった。これが、加藤和彦のフォーク・クルセダーズであった。1967年末のこと。(リリースとしては概ね1969年まで)


忘れられがちな点について強調しておくと、フォーク・クルセダーズは「秦政明というプロモーターのアート・プロモーションという会社」が企画する関西のフォークコンサートの常連で主力だった。

ところで「関西のフォークムーブメント(の“中の人”)」も、必ずしも一律、一枚岩ではなく、ある程度の多様性がある。後のURC/アート音楽出版の(反体制色を帯びた)高石ともや、岡林信康、五つの赤い風船、高田渡、遠藤賢司など「(いわゆる)関西フォーク」と“フォークル”とはやや毛色を異にする。微妙に違う。一方、アリスの前身のロック・キャンディーズや、ハイファイセット、紙ふうせんの前身の赤い鳥、杉田二郎のジローズなども「関西の」「フォーク」であり、フォークルは両派と接点を持ち得る人的音楽的立ち位置にあった。


が、そのせいか、加藤和彦、フォーク・クルセダーズと、URCレコード/アート音楽出版とは「関係のないもの」と(音楽に通じている人たちからも)考えられがちなのだが、関係ないどころか、フォークルメンバーの初期楽曲はみなアート音楽出版の管理楽曲であって、フォークル最初の自主制作アルバム『ハレンチ』には(名目上かもしれないが)秦政明の名前がプロデューサーとしてクレジットされている。フォークルが爆発的に売れたために秦の会社に大金が入ったこと、フォークル二枚目のシングル「イムジン河」が発売中止になったこと、メジャーで売り出しをかけにくい高石ともや、岡林信康etcがアート音楽出版/高石事務所の主力であったことがURCレコード誕生の直接の理由、原因なのだ。(これらを支持する文化人、音楽関係者も少なからずいた)そして加藤和彦、きたやまおさむはURCレコードで”ディレクター”(今でいうプロデュース)業務をやっている。ジャックスの早川義夫などもだ。

やがてフォークルメンバーたちはURCと疎遠になるが、当初は「一体にも近い関係」であった。URCレコードはアートプロモーションの主力三組、高石ともや、フォーク・クルセダーズ、ジャックスと“親和性の高い”、何らかの共通項を持つ歌手、ミュージシャンを世に出したと言ってよい会社だったのである。


自分がいわゆる“はっぴいえんど史観”(はっぴいえんどが日本のロック的表現もろもろすべての元祖という説)を否定するのも、そもそもはっぴいえんどはフォークル、岡林信康、中村とうよう、小倉エージ・・・といったURC周りの人たちがそこにいなければ、おそらくバンドとして存在感を示し得る可能性はかなり薄かったと見ているからなのだ。『ゆでめん』相当の内容のアルバム一枚ならおそらく当時でも他社でリリース出来た可能性はあるものの『風街ろまん』の完成度への到達は到底不可能だったに違いないと考える理由があるのである。そしてURCレコードは、(繰り返しになるが)フォーク・クルセダーズの登場・成功が無ければ設立される可能性がそもそも無かったレコード会社なのである。


実は上記した内容だけでも加藤和彦の影響力をごく小さく限った表現に止めている。様式化された音楽形式としてではない日本のロック(※フォーク含む)が始まり、向こう10数年ほど(80年代のどこかまで)の間、表現者による自主性・自由が、「ある程度まで実現出来た」こと自体がフォーククルセダーズの存在があったことに依拠しているからだ。


※フォーク含む/「そもそも(ロックンロールとは異なる)ロックとは」、ビートルズとボブ・ディランの邂逅に象徴される(アニマルズ、ザ・バーズが早いという説もアリ)中村とうようの考えた概念ニューミュージックのことでもあり、”知的ではない/どちらかといえば当時としては野蛮でエロいダンスミュージック”のロックンロールと、インテリ多数の背景を有するフォークロア/民俗学考現学としてのフォーク(民謡)楽曲収集紹介に発端したフォークとの混交、一体化が端緒となって、ブルースをはじめ様々な音楽ジャンルを続々併呑して形式上の制限を持たない音楽表現となり得た一時期を最盛期とするものだから。逆に「様式が規定する音楽性」に先祖返りしたことによって(産業として聴き手に飽きられるまで無限に再生産が可能な商品となって)、ロックは死んだ(終わった)のだとも思われる。それはロックの中にある「フォークの要素(知的人文要素)」をロック側が否定し出したことに始まろう。


重要なのは、ポピュラー音楽もまた、社会や政治、歴史(現代史)と不可分な関係にあるということ。ジャズ、フォーク、ロックはアメリカの世紀の(アメリカが、世界第一の覇権国家である歴史的過渡的一時期に於ける)文化の爛熟を示す/アメリカの人文的価値観の発揚の一形体だということ。それは特にビリー・ホリデイの「奇妙な果実」ウディ・ガスリーの「我が祖国」などが生まれた1930年代頃から(単にどこにでもある流行歌の枠を超えて)顕著になる。ニーナ・シモン、ボブ・ディラン、サム・クックの代表曲はそれらの後継という面がある。


そして社会に於ける価値とは体制⇔反体制、保守⇔革新、自由主義⇔社会主義のような「単純二項対立の世界」では必ずしもないことを知るのも重要な点。「体制反体制図式化」はただの権力資本資源の奪い合いである。(男女、黒人白人も同じ。) 反体制側が体制にとって代わろうとする下克上(逆も然り)なわけである。これらは共に、現世的世俗的な金や権力の争奪合戦の勝利者たるを最上位の価値とする人間的浅ましさに由来している。だから「様式化された形」だけを真似ても、人文表現としての側面では同じものにはならない点を忘却してはならないのだ。社会的、あるいは表現者の表現の主体としての背景たる思想、スタンス、アティチュードが重要になるのはそのためである。
各時代に於いて文化を先導してきたもの・・・純文学、映画、音楽、以後はお笑い、現在はYouTuberなどネットVJが担うソレ・・・かつてフォーク歌手、ミュージシャンが担ったモノを今はお笑い芸人が担っているのだろうという慧眼を示したのもフォーククルセダーズメンバーきたやまおさむ氏の言であった。


ただこれ以上は別の話になるから、フォーククルセダーズ、加藤和彦の登場は、単なる音楽的才能の登場、音楽の送り手、聴き手のレベルを一定の高みにまで引き上げる牽引役に止まるものではなく、日本に於いて、ある一定期間、音楽のあり方の(文化的)前提、社会的影響力の大きさ深さそのものを大きく変えたとてつもない出来事のきっかけだったというのに止めておきたい。今よりずっと、音楽に関わる人たちが社会に於いて独立的足り得た時代が、あったのだ。

(ちなみにこの独立とは、産業規模、経済効率の大小には比例しない。CDバブル=自由ではない。物みな万事に適正規模というものがあるということだ。日本が先の大戦で負けた一番の理由は「適正規模の戦争を超過したため」に違いなく。)


加藤和彦の音楽キャリアの適正な再評価とは、日本のポピュラー音楽史全体の適正な再評価と同義、その前提と言って過言でないことだが、実際のところそれは(故・高橋幸宏が嘆じたことからわかるように)今やっと端緒についたばかりといった段階なのである。そのくらい、既存の音楽評論、音楽史というものの内容は疑わしいのだ。

トム・ウィルソンはどうしてボブ・ディランの担当を外れたのかという話

> つぎの日、なぜかはわからないが、プロデューサーが
> ウィルソンからボブ・ジョンストンに替わり、その後
> ウィルソンがディランのプロデュースに関わることは
> なかった。

ボブ・ディラン 『ザ・カッティング・エッジ1965-1966 (ブートレッグ・シリーズ第12集)』 発売!!
http://www.sonymusic.co.jp/Music/International/Special/BobDylan/Bootleg/from_al_kooper/

コロムビア・レコードの黒人音楽プロデューサー、トム・
ウィルソンがボブ・ディランの担当を外される原因になった
のが、有名な「ライク・ア・ローリング・ストーン」の
セッションで、どうもそのきっかけを作ってしまった
らしいのが、トムが、友人として、好意で、“見学に
招いた”アル・クーパー(の野心、出世欲)であるらしい、
という話。

Tom Wilson (record producer) - Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Tom_Wilson_(record_producer)

しかしその後もウィルソンはクーパーのバンド、ブルース・
プロジェクトのプロデュースをしているので、その遺恨で
縁切れになったわけではないのは確かだ。


> ウィルソンからジョンソンに交代した理由については、
> 今日に至るまで明らかにされていない。常に世間を煙に
> 巻いてきたディランは、1969年にローリングストーン
> 誌にこう語っている。「昔は現場に行くと、そこには
> 必ずトムがいた。ずっとそれが続くと思ってたけど、
> ある日スタジオでふと顔を上げてみると、そこにいた
> のはボブだった」

ボブ・ディラン『ナッシュヴィル・スカイライン』知られざる10の事実 | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)
https://rollingstonejapan.com/articles/detail/30626

そもそもディランの「サブタレニアン・ホームシック・
ブルース」からのバンド・サウンド導入はウィルソンが
積極的にディランを説得した結果であるそうな。それを
訊かれてディランは否定していない。

ウィルソン更迭はディランのマネージャーのアルバート・
グロスマンとウィルソンとが揉めた、という説があった
けど、どうやらアル・クーパーの証言内容の信憑性が
高そうなことから、スタジオでのやり取りに「ディラン
自身が」不満を(グロスマンに向けて)叩け、その結果
グロスマンがディランの意向ということから持ち前の
強面でコロムビアに担当交代を要求した or ウィルソン
に直接解任を言い渡した、と見るのが一番自然な気が
する。
たぶん、ディランはインタビューの質問にはとぼけて
いるのだ。60年代のディランは“韜晦”の人だから。
ただしこれはミュージシャンの面前では行われなかった。


トム・ウィルソンはディランのセッションでサイモンと
ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」に
ダビングを施すためのバンド・サウンドを創案した人で、
ポール・サイモンのキャリアの窮地を救った人。

洋楽天国 ボブ・ディランのチョット面白い話その2
http://yogakutengoku.blog135.fc2.com/blog-entry-2786.html

「サウンド・オブ・サイレンス」はシングル化前に、ボストンの
インテリ大学生の間で評判になったらしい、というのはなるほど
な話。名プロデューサーらしく、未だ実体を成さない、気配の
ようなものを目ざとく見つけ、それを適宜適切な方法で具体化
する術に長けているのがわかる。

だからロックの時代には斬新な成功を数多く収めているわけ
だけど、この一件が直接の理由なのかどうか、コロンビア・
レコード自体を辞めてしまうことになる。

トム・ウィルソンが辞めた後のサイモンとガーファンクルは
ウィルソンの下で仕事をしていたロイ・ハリーがエンジニア、
プロデュースはディラン担当の後釜、ボブ・ジョンストンが
担当することになる。

ロイ・ハリー・インタビュー(インタビュアー:ピーター・ドジェット)
http://www.sandgforum.jp/contents/trans/royhalee_interview.htm

その後ウィルソンはMGM/ヴァーヴで

フランク・ザッパ/マザーズ・オブ・インヴェンション、
ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ、
ソフト・マシーン、とアヴァンギャルドな評判作を次々と
成功させるのだが、・・・本当であれば大手でコマーシ
ャルな作品の中に一ひねりを加える役回りの方が大きな
成功を果たせたアイディアマン型ではないかと思うと
やや残念である。

例えば、ローラ・ニーロの担当はウィルソンのような人が
やった方が面白かったんではないかと思うのだ。ロイ・
ハリーが『ニューヨーク・テンダベリー』をプロデュース
したのだから、その可能性は高かったに違いない。
そうすればローラにも、シングル・ヒットの1曲くらいは
生まれただろうと想像できる。

ITバブル世代の立身と日本の欠陥高等教育について

ITバブル世代の立身とは結局ただの「売り抜け」で、理想は口実に過ぎない。

サービス終了のお知らせ - Yahoo!ジオシティーズ
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Kouen/2889/index1.html

これは何千、何万という図書館が一斉に姿を消したのと同じ影響がある。

たとえば、音楽について検索してみよう。すると、意味のない、浅い
情報の断片しかない、しかもほぼ利用されることがないECサイトばかりが
上位表示されている、という状況がすでにある。グーグルのマネタイズが
理由だが。

(音楽で、利用されるECサイトというのはほぼAmazonだけ。ほかには
まとめ買いの場合のHMV、ポイント値引きの芽瑠璃堂、マイナー系の
ディスクユニオンくらいのもの。それ以外は検索ゴミなのだ。)

商用サイトと非商用サイトの制作上の動機には雲泥の差があるし、
非商用サイトのやり方は商用サイトには絶対に真似ができない。
スマホユーザーのネット利用はテレビ視聴や電話と同じ低レベルだ。
一方、かつてのネットは出版、言論、結社のような要素があった。
これは今後失われるばかりだろう。ネットで価値ある情報を見つけ
たり強い刺激を受けたりすることはもう期待薄である。スマホ時代
には知性のない人間が知的な事柄に余計な首を突っ込むことが多すぎる。
彼らを相手に議論はできない。

ピエール瀧の“社会的抹殺”のされ方は異常だ/古谷経衡- 記事詳細|Infoseekニュース
https://news.infoseek.co.jp/article/spa_20190331_01562618/

嫌煙論者の態度もそうである。たばこは違法ではない。合法だ。

ピエール瀧は30年も大麻、コカイン等の違法薬物を常用して
いながら現実に廃人にはなっていない。つまり大麻、コカイン
くらいの薬物は、多くの場合、健康上無害、あるいは極めて
軽微な害しかない事実を身をもって証明しているわけで、
それは国にとって都合が悪いのであろう。たばこなら更に
無害なのである。むしろそれより、女の付ける化粧品の方が
健康上有害だろう。

法律は女の意見を容れすぎるので常に不合理なものになる。

ただ問題はそういうことではない。仮に欧米でミュージシャンが
麻薬で逮捕されても、音楽作品が回収されることはないので
ある。聖書に酸い葡萄の逸話とともに、罪の範囲を区切ること
が説かれており、これが「個人主義」の元々の根拠でもある。
頭が悪い上不勉強で、まったく場当たり情動的、かつ付和雷同の
現代日本人にはこれがぜんぜん理解できないものらしい。

これは中国、ロシアのような国のやり方で、自由主義、民主
主義の国のルールではない。それに、欧米ミュージシャンは
おそらく9割以上が何等かの(日本における)麻薬を経験して
いる。ビートルズもビーチ・ボーイズもボブ・ディランも、
である。カレン・カーペンターはやっていなかったと思うが、
もしやっていればあれほど早死にしなかったと思う。皮肉な
話である。
ボーカルが性犯罪で終身刑になったグループのCDですら
現在でも新品で入手可能である。


ただし常見陽平、古谷経衡のように「意識高い系」などという
言葉を使う連中は薄ら馬鹿である。意識とは知識を裏打ちする
もので、このような悪ふざけの知的虚栄ゲームに使ってはいけ
ない言葉である。
詰め込み知識だけでは本当の智慧には到達しない。だから大正
~戦前昭和の、帝大、陸・海大出のエリートはソ連やアメリカに
手もなく捻られたのである。薄っぺらい知的虚栄は国を亡ぼす。
東郷平八郎を批判した井上成美、山本五十六らは結局国を亡ぼ
した。井上、山本らはただの学歴エリート官僚で、東郷のような
責任感のあるサムライではなかったのがその原因だ。これが
意識の伴わぬ知識というものの害だ。

> 近衛に日米戦争の場合の見込み問われた山本は「それは是非やれと言われれば初め半年や1年の間は随分暴れてご覧に入れる。・・・

山本五十六 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E6%9C%AC%E4%BA%94%E5%8D%81%E5%85%AD

戦争とは仮に勝っても良いものだとはいえない。況してや、
負ける戦争は100%悪である。それでも一兵卒なら異議は
唱えられない。ただただ命令に従うほかはない。軍隊とは
そういうものだ。しかし将官は(実質的には参謀も)政治家
と同等であるから、識見と明察とがなければならない。
ドイツの欧州完全制圧を唯一の期待としてアメリカと開戦
するのであれば気狂いではないか。山本五十六らは無責任
にも、自分で勝敗をコントロールする余地がまったくない
戦争を始めた。そのため、火事場泥棒的に太平洋上の島に
兵をばらまき、アメリカの反攻を可能な限り食い止め引き
伸ばし、ただただ時間稼ぎをしたわけである。こんなもの、
戦略でも何でもない。勝利の当ても・調停の見込みもない
戦争だから、ひたすら続けるしかないことになる。
敗戦必至の状況になっても降伏できなかったのはつまりは
そういう理由である。やめるなら、ドイツ敗戦と同じ
タイミングしかなかったのである。その判断ができない
のは、学歴エリート官僚だからである。彼らは平時には
有能だが、乱世には対処する術がまったくない。これが
日本の教育の根本的欠陥である。

日本の教育とは、平時しか想定していない。それは本当の
教育、学問ではない。常見も古谷もそうしたお子様ランチ
知識人でしかないわけだ。

右にも左にも本来は「助ける」という意味があるのだが、実際はというと。。。

> 佐々さんから見て若い世代はもっと右も左を見た
> 堂々たる真ん中を歩くべきというご意見をいまだ
> 胸に抱いております。

やまもといちろう 公式ブログ - 佐々淳行さんの思い出 - Powered by LINE
https://lineblog.me/yamamotoichiro/archives/13202114.html

まあそういうこったよねー。でも真ん中には求心力
というものが無いので/自力で立たなければならない。
だから、右や左にふらふらする輩が多いのだ。


> 「若いとき左翼にならない人は心がないが、
> 年をとっても左翼を信じる人は頭がない」と
> いうのはチャーチルの言葉だとされる

池田信夫 blog : 戦後の知識人はなぜ大人になれなかったのか
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/52020733.html

これもなるほど納得。だが実際にはイギリスで
常套的に使われる警句風フレーズというほどの
もので、さまざまな著名人物に仮託したバリエ
ーションがあるようです。
言ったら、老子の名言みたいなものでしょう。
老子はアンチ儒教の生んだ伝説ですから。
むろん老子のモデルが実在したとしても
それはおかしくない。

[Misc]チャーチルの言葉 - mobanama69号
http://d.hatena.ne.jp/mobanama/20040729

ただ、教義、団体としての右翼活動はまず左翼
ありきであることは吉田茂グループの喝破した
通り。どちらも下克上の熾烈な上昇志向を持つ
人たちですからねぇ。既存の序列、権力を暴力
で排除し自分が君臨したいわけです。それで、
表向き理想を唱える。そこは右も左もまったく
おなじ。(中には論理以前の無政府主義もある)

それに、右翼理論は例外なく左翼理論を学んだ
学者が作っています。右翼=保守ではないのは
反論、反駁のための論理だから。

ぼくが“転向者”に学ぶことが多いのも故なきこと
ではないみたいで。

日本史最大の「if」

> ソ連のスパイ網が国家の中枢にまで伸びていたことが判明
> する中、各省が都合の悪い表現を削除し、また事件の重大
> 性の矮小(わいしょう)化を図るなど、政府の思惑や、
> 対メディア戦略が記されている。ゾルゲ事件の1次資料を
> 集めた「現代史資料」(みすず書房)に未掲載のものも
> 含まれる一級資料だ。
(中略)

> 翌17日の東京日日新聞(現・毎日新聞)は、2面で「
> 『国際諜報(ちょうほう)団』を検挙/首謀者内外人五名
> 起訴」の見出しで事件を報じ、記事は4段組み、写真は
> なかった。さらに逮捕された公一の「外務省嘱託」はなく、
> 「要領」通りの体裁となっている。朝日新聞も1面に同様の
> 体裁で、当時の新聞と国家権力との関係が見て取れる。

<内部文書>ゾルゲ事件で新聞統制 旧司法省幹部手控え発見(毎日新聞) - Yahoo!ニュース
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180818-00000007-mai-soci


> 日本における20世紀最大のスパイ事件の首謀者、
> ゾルゲの像や名を冠した通りはロシア各地に点在し、
> 現在でも英雄視されている。

ウラジオ市がゾルゲ記念像の建設計画を発表 日本における20世紀最大のスパイ事件の首謀者 - 産経ニュース
https://www.sankei.com/world/news/180808/wor1808080022-n1.html

「日本における」どころではない。日本における、であれば
「20世紀最大」ではなく、有史以来最大だ。


対中問題“評論家”尾崎秀実の巧みな世論誘導で、国家の
意思決定にまで深い影響を及ぼし、結果対ソ戦を回避させ、
対中戦泥沼長期化→南方進出→対英米戦にまで導き、当時
「世界五大国」のひとつにまで数えあげられた戦前日本を
滅亡に追いやったのだから、有史以来最大のスパイ事件の
ひとつであると言っていいよ。

そして、GHQの調査報告を介してアメリカの政治家がゾル
ゲ事件の経緯詳細を知るに至ったことが、戦後アメリカに
於ける激越なレッド・パージの主要な原因のひとつである
わけで。

もし開戦決定を先延ばしにし、この事件を詳細・大々的に
報じた上で、中国から手を引き、対米和平を請うたなら、
日本は戦争を回避できたかもしれないのであるからね。


> 公一は元首相の元老、西園寺公望(きんもち)の孫。

ゾルゲ事件の新文書、発見される - Sputnik 日本
https://jp.sputniknews.com/culture/201808185241425/

天皇を指導する前に、孫を指導するべきだった。順番が違う。
「修身斉家治国平天下」(大学)である。

ブックオフもまた過渡的業態だったということかなと。

店舗が減り続ける「BOOKOFF」の経営危機 渋谷の大型店も閉店へ - ライブドアニュース
http://news.livedoor.com/article/detail/15002749/

なんだろうね。
ブックオフはバブル崩壊後の90年代からだから、“なんでも
鑑定団”やらオタク向け「お宝ブーム」(テレカ、フィギュア、
写真集etc)といった“90年代的価値観”を背景に持つとは
言えるかもね。音楽ソフトのプレミア化も本格的には90年代
以降のこと。

以後、コレクターの絶対数が増加した。ブックオフは、それ
までの個人店古書店とは違う、荒っぽいスタイルゆえに増加
することができた。

古書店・中古レコード店・コレクター向け商品販売は、
かつてはじゅうぶんな商品知識が必要とされたもの。
ブックオフはあえて無知でもできる方法論を導入した。
一般消費者の多くにはその頃知識が無かったので、それで
問題なかった。現在では個人差はあれど、おおざっぱな商品
知識が世間に伝播した。

90年代にはバブルは崩壊したとはいえ、相対的に日本は富裕
だった。それが「お宝ブーム」の背景だったかもしれない。

10年代のいまはそうじゃない。“積善の余慶”は、すでに
枯渇しつつある。コレクションをするのもコレクションを
維持するのにもお金がかかるもの。物の所持に価値観を
見出す時代じゃなくなっているとも言える。

ブックオフは昔は安く仕入れて安く売っていた印象がある
が、いまは余計な知恵が付いて、安く仕入れてさほど安く
ない価格で売っているように思う。かといってじゅうぶんな
商品知識は、相変わらずない。

中古市場の商品の蓄積は価値の変化をもたらす。100万枚
売れたCDは、市場にダブついているので、音楽としての
価値よりも“ありふれた中古品”というありがたくない
レッテルのため自ずと価値を落とす。むしろ発売時には
売れ行き芳しくなかった不人気商品が高額商品になって、
これが音楽なら音楽の価値観に混乱を来す素因にもなる。

いろんなことが言えますわね。

人間はみな厚かましいので、自分を有能、あるいは善意の人と軽々しく自己規定しがちである。

・・・が、そんなことはほとんどない。

音楽バブルに酔った音楽関係者たちは、貧乏に対する耐性が無いので思慮も信念もない。

貧乏でこそあれ日本人は偉い それに第一辛抱強い

とは「のんき節」の一節


日本の大企業が「情報弱者」に落ちぶれた、という危機的現実(柴 那典) | 現代ビジネス | 講談社(1/5)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55985

君たち評論家自身が「情報弱者」だから、ダメなIT資本系
音楽(パーフェクトミュージック系)にすり寄ってダメ音楽を
褒めそやしてきたのじゃないか。日本の大企業というよりは
日本のメディア関係者こそが「情報弱者」の標本である。
まず情報の真偽や価値を判定するのには、不動の価値基準が
なくてはならない。君らにはそれはない。今後も持ちようが
ないだろう。あっちにフラフラこっちにフラフラするだけだ。



RADWIMPS衝撃の愛国ソング「HINOMARU」を徹底解剖する(辻田 真佐憲) | 現代ビジネス | 講談社(1/4)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/56060

ゆず新曲に「靖国・君が代」がいきなり登場、どう受け止めるべきか(辻田 真佐憲) | 現代ビジネス | 講談社(1/4)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55216


椎名林檎も野田洋次郎も終わってるな。

この手の“愛国”は、滅びの愛国だ。
日本が強かったのは侍が率いていた明治期までだと知れ。

まず、“アーティスト”を標榜する人間であるのに
美的センスが著しく欠けている。道徳心や思慮が
不足していても“真善美”。。。美的センスがあり
さえすれば不道徳や思慮不足を補ってくれるもの
なのに、肝心のそれが無いのだ。
金や権力を背景にした社会の強い求心力に無自覚
なまま影響・吸引される思慮分別のない言論人・
文化人共は、病んだ社会を進んで招来する無責任な
お先棒担ぎでしかない。


RADWIMPS野田は「謝罪する必要ない」 HINOMARU釈明なお異論 : J-CASTニュース
https://www.j-cast.com/2018/06/12331119.html

表現者側が、表現の影響や波及効果に思いを致す想像力を
持ち合わせていない時点で、大問題である。何を言っても
問題がないとばかりに同業・身内を庇う姿勢もな。



清志郎、のんびり死んでる場合じゃないぞ。おまえの
後輩たちはもう全員処置無しだ。・・・おまえも晩年
には日和ったがな。
ま、わずか数年のことだから、見なかったことにして
やるよ。



森田童子さん死去していた「高校教師」主題歌ヒット - おくやみ : 日刊スポーツ
https://www.nikkansports.com/entertainment/news/201806120000007.html

なぎらさんは森田童子とツアーを回った話をネタに
してたよな~。。。
もんたよしのりと二人で事故に遭った女性を助けた
話なんてのもあったけど、それも同じツアーだっけ?

音楽作品や時代、トレンドを理解する上で大切なのは、“ソート”です。

だからPC等の音楽プレーヤーソフトはデータをさまざまな
条件でソート、フィルタリングできる機能が必要。
正確な情報がタグ等の形で自動入力されるようだとなお
利便性が高く楽なのだけど。(だからallmusicやDiscogsの
ような音楽データベースサイト、英語版wikipediaなどと
直接連動すればいいのであるが。/日本語版wikipediaでは
作詞・作曲・編曲者が載っていればまだいい方で、バンド
ならバンドの、そのリリース時点でのメンバー構成すら
記載されてない場合が多いので、データの参照元としては
不備が多すぎ、まったく不適である)

ま、それ以前の話として、各時代に於いて名盤と言われた
個々の作品、実際に売れた作品、実際に自分が聴いてきた
作品、時代を貫く影響源としての主要なアーティストの作品、
というのはそれぞれ一定枚数以上入っていないといけない。
であれば、現行の音楽評論のように偏見、先入観が強く、
現実離れして宣伝的な美辞麗句が(関係者への迎合/打算ゆえ)
多用されすぎ、事実尊重の念慮が乏しい有様では当然まったく
ダメである。

パンク/メタル≒ロックの黒人音楽からの乖離(黒人要素の
価値低下)ということくらいは年度単位のリリース作品を
眺めているだけでわかること。これは数量的な飽和の後に
起こってくる。メタルの祖はディープ・パープルで間違い
ない。(「イン・ロック」からだから、その前年までには
従来の黒人音楽ベースのロックはピークを迎えていることに
なり、ブルース・ロックで1970年デビューはすでに遅すぎて、
成功の可能性がほとんど無くなっている時期だというのも
自ずとわかるわけだ。)

SSW資質の人がスタジオで作りこんだ作品を出しそれが世に
受け入れられやすくなってくるのはグラムロックがピークを
過ぎた1973年頃。ポール・サイモンやトッド・ラングレンは
先駆者だがスティーリー・ダン、10cc、クイーン、ピンク・
フロイド『狂気』、スティーヴィー・ワンダーの代表作、
などがこのあたりからだ。マイナーなプログレ・バンドも
増えてくる。レコーディング・スタジオの環境が変わった
ことも同時に推察できるし、ロック・ファンの高齢化の兆と
見ることもできる。80~90年代のオルタナというのも、
つまりはそれ(聴き手層の高齢化・・・といっても10代→
2、30代、及び高学歴化に伴うローティーン趣味との差別化)
なのだし。が、時代の経過によって高齢化だけが進むわけ
ではなく低年齢化、幼稚化も起こる。高度化すれば高齢化
しやすくなり、陳腐化すれば幼稚化・低年齢化しやすくなる
のは確かだ。

日本で言えば、フォークが“終わった”のは1974、5年だが、
1976年まではアングラ・フォーク出身でもリリース自体は
まだできる環境にあった。本当にそれが難しくなるのはその
2、3年後(ニューミュージックのピーク期である1978~80年)
で、同じ時期に大阪の音楽イベント“春一番”も一旦終幕を
迎える。音楽のトレンドというのは2、3年のうちにはもう
移り変わってしまうというようなものだ。すぐに動かなければ
たちまち時代遅れになるのだ。それは今も同じである。

孤独な先頭ランナーの夢想

> 太古の昔のロックンロールには自らの寿命を27歳に設定せねば
> ならないというドグマがあって、社会性のない若者を拐かして
> いたのだけど、自分がその年齢になっても毎日はなんとなく
> 続いていくので、そういうしわしわの時代は終わったらしい。
> 吉田聡の描くヤンキー漫画のように、青春に区切りをつけて
> きっちり終わらせるような物語は信頼できるが、風呂敷を
> 畳むのを放棄すれば読者は路頭に迷ってしまう。幻想の中に
> 人を閉じ込めてはいけない。ぼんやり疲れる社会の中で、
> どうやって物語を終わらせて、どうやって後ろに引き継いで
> いくか。そういうのは大事にしたい。

米津玄師 公式ブログ - picnic - Powered by LINE
https://lineblog.me/yonezu_kenshi/archives/8382277.html

それを幻想というのは上から目線もいいとこだと思うが。

まぁ、各時代の若者たちはみな、その直前の時代に向けて
近親憎悪の如き虚勢を張る犬のような姿勢を示しがちなの
だが。

ルソー以来の西欧の伝統もまた確かに時代の尻を叩く原動
力でありはしたのである。幻想というのは・・・よくよく
考えれば人やその社会の抱懐するすべての概念はことごと
く幻想の可能性を秘めている。荘周の示唆した通りである。
ただこの幻想は余りにリアルで、通り過ぎなくては幻想で
あるなどとは感じられないものなのである。これは
“心そのものの構造に起因するらしい”のだからどうしよ
うもない。

問題は通り過ぎたものを見て薄ら笑うその意識を、己が
未来からの冷めて透徹した目線にまで還元できるかどうか
でないか。われわれに過去を見くびり嘲る権利が付与され
ているのなら、未来にもわれわれに対する同様の権利が
存するに違いない。

われわれは本来必要なものを嫌い、本来不要なものを有難がっているのではないか?



> 外見的写実に主眼を置いて描写された人間の像(立体像、
> 平面像、電影の像などで、動作も対象とする)を、実際の
> 人間(ヒト)が目にする時に、写実の精度が高まってゆく
> 先のかなり高度なある一点において、好感とは正反対の
> 違和感・恐怖感・嫌悪感・薄気味悪さ (uncanny) といった
> 負の要素が観察者の感情に強く唐突に現れるというもので、
> 共感度の理論上の放物線が断崖のように急降下する一点を
> 谷に喩えて不気味の谷 (uncanny valley) という。

不気味の谷現象 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8D%E6%B0%97%E5%91%B3%E3%81%AE%E8%B0%B7%E7%8F%BE%E8%B1%A1

これはひょっとするともっと別のジャンルに転用できる
(したほうがいい)概念・仮説なのではないか?

例えば、メディア上で、特定人物(あるいはその類型・
亜流)の持つパブリックイメージの価値が暴落する現象
などに。

事実、ある時期まで絶大な人気を集めたアイドル、
スポーツマンなどの関連商品が突然、まるで売れなく
なるとか番組視聴率が取れなくなるというようなことが、割とある。

それに対し、ワンパターン、マンネリとか増上慢とか
ハングリー精神の欠如とか、仕込み・準備不足とか、
油断、手抜きとか、工夫の無さとか、意欲の乏しさ
とか、尤もらしい“説教解説”を垂れる例もよく見受け
るものだが、実際のところ、確たる理由はよくわからな
い場合も多いのだ。めいめい勝手な主観で物を言うだけだ。
旬が過ぎたなどというのはそれこそ何の説明にもならない、
愚にもつかない床屋談義であろう。

で、実際人気が低迷すると、憑き物が落ちたかのように
冴えない見てくれ・風体になるということも起きてくる。
だが、それにしても果たしてどっちが先か・・・冴えない
から人気が落ちるのか、人気が落ちたからオーラもそれに
連れて減退するのか、こういうこともやはりよくわから
ない。

それでも何の理由もないということはやはりないのだろう。
何かの因果関係・相関関係というのはあるのに違いない。
ただ昔から言うように、人気など水物で、槍玉に上げられ
る本人だけにその上下動の責任・原因を求められるような
ものでもない。

人気の出ない責任を取れ、というのもおかしなものだ。
(ただ、広告代理店やテレビなどは日夜このようなこと
をやっている。株式市場などもそうかもしれない。)

それに無理やり人気を維持・延命しようとすることで
結果失ったものも多い。面白さだ。水戸黄門、寅さん、
欽ちゃんファミリー、いいともなどの末期の覇気の無さ、
停滞感と言ったらなかった。それでも続けたい人がバカなのだ。

そして無理やり人気を延命されるシリーズからは、面白
さよりも、裏方関係者の急迫するリアルな経済事情・
人間模様・責任逃れなどの方が強く観取されるものである。


それにしても、この社会には本気で面白さを追求する人
たちがどうもどこにもいなくなった。そうまでして面白く
ない人生・社会に執着する理由は・・・いったい何だろう?
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