2019年09月14日

台風は副校長の仕事を増やします

台風情報

先日は台風15号 (ファクサイ)が首都圏を直撃し、影響を受けた人も多かったでしょう。その日は登校時間が遅くなると前日に学校から連絡がありました。始発から運転を取りやめる交通機関があり、その影響で、定時に出勤できない学校職員が多いことが予想されたためです。公立校の副校長は台風シーズンにはいつもより忙しくなります。生徒や教師が台風の影響を受けそうな場合、登下校時間の変更を検討しなくてはならない場合があるからです

昔も台風は来ましたが、学校から登下校時間について通知の来ることはありませんでした。現在は連絡網が整備されたことに加え、電子メールやテキストメールを利用した情報伝達が広く普及しています。以前に比べるとSNSのラインなどが登場し、むしろ後者のほうを利用した情報伝達が主体になっています。通信インフラの進歩は副校長の仕事を確実に増やしているようです。何しろ荒天が予想される日、学校の副校長が台風の来る前日や当日、場合によっては早朝、父兄に連絡メールを配信するサービスを担当するのが当たり前になっています

ところで私が小学生だった頃、教頭という呼び方はありましたが副校長という言葉は使われていませんでした。現在でも学校教育法では副校長と教頭の違いが明確になっており、教頭は序列で表現すると副校長の下に置かれるポジションになります。しかし現在、東京都では副校長と教頭を区別せず「副校長」と呼ぶせいか、「教頭」という言葉は死語になりました。副校長や教頭の仕事は、校長や一般職の教師より学校の運営に関する事務的な仕事が中心となります。学童・生徒の登下校時間管理などもその一つでしょう

副校長には教員免許が必要で、かつ教員としての実務経験が無くてはなれません。また、試験を受験し合格する必要もあります。さらには都道府県や市町村の教育委員会に任用されねばなりません。その昔「デモシカ先生」と呼ばれた時代と違い、相当な狭き門をくぐってきたエリートです

私は学校の組織に関して、それほど詳しいわけではありません。しかし中でも、東京都の言う副校長の職位につく方々の仕事は大変なようです。何しろ一般教師が相手にするのは、だいたい学童・生徒および彼らの家庭の方々です。授業などで利害関係のある特定業者と、連絡を取ることはルーティン業務ではありません。副校長の場合、生徒との直接的なコミュニケーションが減っても、地域社会の組織や個人と折衝や調整を行う機会が加わります。小学生の場合、低学年児童は社会生活に不慣れなことが多いので尚更心配りが必要になってきます

私はシルバー人材センターが請け負っている学校管理と言う仕事を通じ、公立小中学校の先生たちと会話する機会ができました。しかし彼らから見ると、私達はいわゆる「部外者」です。その部外者の目に入る範囲のことだけでも、副校長の仕事は大変です。学校での仕事には、私達が知らない部分がたくさんあると思います。一方、部外者であるからこそ見えてくることもあります。そうした外部の気づきを生かす機会はないものかと考えたりもします。自分の子供たちが小学校や中学校にお世話になったのは、かなり前のことです。ですが、将来を背負って立つ子供達の面倒をみる先生方の力になることは出来るはずです。先生方が子供を教育する支援となるよう、更に多くの人に学校に関心を持って頂きたいと思って止みません



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2019年09月10日

「四月の永い夢」


物事は時間とともに変化するが、ある一定期間の変化が僅かな場合、気づかない場合が多い。

自分の脳機能もまさにその典型だが、身の回りの風景をどう認識しているかという点にも似たようなところがある。町並みの姿が少しずつ変わっても、それに慣れてしまうためか、現在の光景から昔の風景がどうだったのか、なかなか思い出せなくなってしまった

モリタウン交差点K'sデンキ建設予定地

私の住まいのある昭島も例外ではない。左の写真は、いつも傍らを徒歩か自転車で通るせいか、すっかり当たり前になってしまったケーズデンキ西側の一角。この辺りはケーズデンキ以外にも、カインズホーム、トイザらス、グランチャイナ、MOVIX、モリタウン、などの大型商業施設が並ぶ地区でもある。この交差点を通る東西方向道路はつつじが丘通りと呼ばれ、以前は昭島駅付近で先が途切れ、周辺の幹線道路と連絡していなかった。したがって車の通行量も知れたものだった。新しい道路が出来て周辺幹線道路との連絡が良くなると、車両の通行量が俄然増加した。道路の連絡が良くなってからは、週末付近の交差点は、かなり混雑するようになってしまった

右は、この付近を写した10年前の写真である。風景はとても開けたもので、前述の商業施設もまだ未建設の施設があった。現在の風景に慣れてしまったが、昔の写真を目にするととても懐かしく感じる。町並みも少しずつ変わると変化に気づかないものだ。以前の光景は、最近の風景が記憶に残るせいか、そこに何があったか思い出せなくなってしまう

ここからが今日のタイトルと関係する部分だ。知る人は知っていると思うが今回のタイトルは、ある邦画の題名である。今回の記事に映画に対するコメントは書いていないので、関心のある人はDVDを購入し鑑賞してみて欲しい。この映画を思い出させてくれたのは、一昔前を振り返り、十数年前住んでいた秋田県大館市の風景を思い出してみた時の記憶である

御成座御成座近影

当時、JR大館駅周辺の町並みは典型的なシャッター街の様相を呈し、商売をやめる店や施設が随分あった。跡地への新しい施設建築も遅々として進まなかった。写真に映る当時の御成座は、廃館となりかなり寂れた姿をしていた。当時大館はこのまま寂れてしまう地方都市だと感じていた

御成座は廃館となり大館市から映画館が消えてしまったが、先日ネットを見て、千葉県から移住した方が映画館を再開したことを知った。しかも、さらにインターネットを検索して見つけたページに映っていたのは、私が気に入った「四月の永い夢」を上映している御成座の姿だ! 。これにはかなり驚いた。昭島ではこの映画を鑑賞出来ないので、わざわざ立川の映画館まで見に足を運んだ映画だ。その映画が大館でも上映されていたとは…!

大館市の人口動態を示すグラフを見ると、この先この地域も人口が減り続けるようだ。対策として行政サイドは、若い世代に魅力を持ってもらうべく街づくりを進めてているようだ。大館はそうした取り組みに地方自治体が挑戦している街でもある。しかし、映画関連産業を考えてみると、音楽配信にとどまらずNetFlixのようなネット配信が主力である。その傾向は今後も進むのではないかと思う。そのような状況の中で、昔の映画館が復活するのは画期的なことだと思う。この映画館には、ぜひとも今後長く活躍してもらいたいところである

スマートフォンやタブレットマシンで映画を楽しむだけでなく、多くの人に時間を作り映画館に足を運び、大画面で映像を楽しんでほしいものだ。近年はホームシアターと称し、家の中でも大型プロジェクターで大画面に映画を投影することが可能である。しかし、そのような設備を整えられるのは一部の人だろう。やはり映画は大きな画面で見ないと迫力がない。そういう意味でも近くに映画館のある私は、とても恵まれているのかもしれない。さらに好みの監督の作品が上映される時は特に足を運びたい

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2019年09月06日

暗闇


人類など地球の生物大半は太陽の運動に影響された周期性で活動しているものが大半です。一方、サンゴ礁などの生物は月の運動の周期性に強く影響されます

太陽か月か、どちらにしても太陽光線のエネルギー変動を受けている事になり、違う影響があるとしたら、太陽や月の質量に強く影響を受けているわけでする。いずれにせよ、太陽や月の運行リズムを受けて生活していることになります。普通、人は太陽に影響されるようです。月の運行に影響される人も随分います。多数派の太陽の影響を強く受けていると思う人でも夜景には、普段と違う印象を感じると思います

夜の江戸街道

普段明るい日中の光景も、日没後は随分変わった印象になります

回転灯夜景

都会は電灯のおかげで日没後も風景が目に入りますが、電灯が少ない世界では新月の夜何も見えなくなります。私は北東北で生活した当時、そういう真っ暗闇を何度か経験しました。本当に何も見えなくなります。そういう世界ではもし電気が無いとしたら、まだ明るいうちに住まいに辿り着き、焚き火やランプに頼る視界の効く世界で過ごすのが当たり前です。一方、都会で新月の夜に電気が途絶えたら人々はどのように暗い時間を過ごすのでしょう? 電池でしのげるのは限られた時間、しかも狭い範囲に限られるでしょう。そう思いながら、夜の街路を眺めてみると見慣れた風景も変わって見えます。私達はものが見える随分恵まれた環境に慣れ切っているとも思います

何気なく見ている夜景も、思いを新たにして眺めると新鮮に見えます。視力が失われた人をテーマにした、小説や映画はたくさんあります。自分がある日突然視力を失ったら、生活はどうなるでしょうか? 私達の社会は視力があることを前提に作られています。その社会とりわけ構造物が突然見えなくなったら、どうなるのでしょうか?

視力障害を持った人の白杖を時々目にすることがあります。自分が突然そういう状況になる可能性はゼロではありません。そうなれば、もちろん映画を見て心揺さぶられることもなくなるでしょう。自動車を運転して移動することもなくなるでしょう。愛する人の顔を見ることもできなくなります

しかし、科学技術は素晴らしいもので、視覚センサーを頭部などに取り付け、センサーが得た電気情報を脳細胞の視覚野に伝達すると映像が得られるのだそうです。また、視覚細胞が指先などにもある人は、視力を失っても物の存在を感ずることが出来るという研究もあります。そういうことを考えると、視覚を失う可能性はをあまり心配しなくてもよいのかも知れません。ただし、前述のような恩恵を受けるには豊富な資力が必要になるのは当然でしょう。むしろ、そちらのほうが問題になりそうです

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2019年09月02日

[閲覧注意] セミあれこれ

アブラゼミ

これまでも地球温暖化の影響が見られるとか昆虫食の食材に良いとか、セミにまつわる話を面白おかしくとりあげたことがありました。今回は夏の終りに、チョット切ないセミの話…

9月に入ると蝉の鳴き声も静かになります。そして声が消えると秋が始まります。暑い苦しい夏とセミの鳴き声が好きではない人も多いかも知れません。しかし、日本のセミは間違いなく夏のシンボルであり、俳句の季語にもなってきました。あの騒々しいくらいの鳴き声が聞こえなくなるとちょっぴり寂しくなります

ツクツクホウシニイニイゼミ

セミは一生の大半を土の中で過ごします。多くの人がセミの一生は長いけれど地上に出てからは一週間から一ヶ月程度で死ぬと学校で習った記憶があると思います。私達の周囲のセミの生涯も3〜7年です。米国には更に長期間地中で過ごし13年とか17年ごとに大量に地上に出てくるセミがいるそうです。私達の目につくのは地上で過ごす短い期間です。そんなこともあり、セミは儚さの象徴のように思われています。そんなセミですが、セミにまつわる次のようなことはあまり知られていないようです
  • 鳴くのはオスゼミだけ
  • オス・メスの構成比は大体1:1だが、配偶者を見つけられるオスは6割程度
  • ヨーロッパでは数が少ないので、セミを知らない人も多く、鳴き声も雑音としか思わない人が多い
  • セミの鳴き声は周波数が4,000Hz以上なので電話機のマイクは鳴き声を拾わない(電話では聞こえない)
  • セミの抜け殻は漢方薬として使われる
  • 食べると結構美味い。マニアも結構いる
Scavengers

こうした特徴のある生物「セミ」ですが、外敵の少ない地中の生活でも、地上に出てからでも生きてゆくのは大変なようです。肉食系のスズメバチには好んでセミを餌にするものがいるとか…。中には枝や葉から落ちたところをアリに襲われ昇天する個体もあります。あまり見たくもない写真ですが、生存競争の厳しさを子供に教えるには役に立つかも知れません。見たくない方は、どうぞお引取り下さい

もうすぐ蝉の鳴き声も聞き納めですが、来年また耳にすることが出来るのを楽しみにしています。あと何回耳にすることが出来るかと思うと、少し切なくなります…

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2019年08月29日

身の安全


高齢になると、病気や怪我で健康を害することが増えてきます。私はシルバー人材センターの会員になっています。センターでは「安全は全てに優先する」をモットーに安全管理委員会を中心に安全就業が喚起されるよう、様々な取り組みや講習が行われています

権現山

安全就業に反するものの一つに就業途上の自転車事故が含まれています。シルバー人材センターの請負業務は、労災保険の対象とはなりませんから、センターは独自にシルバー傷害保険に加入しています。しかし、この保険では自転車事故で加害者となった場合の賠償までカバーされず、またマウンテンバイクで出かけることもあるので、シルバー傷害保険とは別に自転車保険に加入しました

カスク

自転車保険は自動車の賠償保険に比較すると掛け金も僅かです。自転車に乗る時にヘルメットを着用するのはマナーと言われていることもあり、ロードレーサーの人が装着するようなタイプより少しレトロでソフトな感じがするヘルメット風のカスクというものを購入しました。二台ある自転車のうち、小型の折りたたみ自転車より頭の位置が高くなるマウンテンバイクに乗る時は必ず着用することにしています

また70歳になったのを境に、どこでも車道には出ず歩道を走行するようにしています。このブログでも道路交通法上の自転車の扱いを紹介した通り、道路交通法によると歩道走行は許可されている道路でのみ可能です。しかし、70歳以上の年寄りはどの歩道を走ってもお目こぼし扱いされるようなので、その扱いに甘えようと思います。車道を走行するのは正直なところ恐怖です…

安全機器

シルバー人材センターでは、最近死亡事故も増えてきており自転車運転時以外にも、健康管理や事故防止を意識したほうが良いと感じています。夜間ひとりで行動する時など、GPS機能がついた端末を携行するのが可能な場合もあります。私はまだ持ち歩いていませんが、健康や体力に自身がなくなって来たら使わせてもらおうと考えています。また仕事前にストレッチ体操など準備運動をすることが推奨されています。しかし、周囲を見回すとあまり徹底されていないようです。私は朝就業する際、準備体操を励行するようにしています。準備運動はもっと意識されても良いと思います。ストレッチ体操を行うと、気のせいか体が軽くなるような気がします

参拝

「気をつけていても、起こるから事故と呼ぶのだ」などと冗談めかして話しますが、やはり事故には遭いたくないものです。そのせいもあるのでしょうか、他力本願ですが神様に願をかけるのも良いかも知れません。写真の女性は、私のようなシルバー人材センター会員の安全ではなく、むしろご自分の家内安全・無病息災祈願のため詣でているに違いありません。しかし安全や健康を意識する機会にもなりますから、祈願するのも捨てたものではないでしょう。それでも何かあったら、その時は「運が悪かった」と思うしか無いかも知れません…

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2019年08月25日

電子メール所感

奥多摩フリーWi-fi

通信技術の進化は日進月歩です。今では、様々なところでセキュリティにも配慮されたWi-fiが利用できます。中には、不安のあるアクセスポイントもあるようですが…

私がPCと付き合い始め、電子メールをコミュニケーション手段として使い始めた頃は、インターネットサービスプロバイダー(ISP)ごとにメールアドレスを取得する契約を行い、通信手段として使うものが主体でした。そのようなメールは一年ごとの契約になっていましたので、契約更新が面倒でした

暫く経つと勤務先でも電子メールの有用性が認識され、イントラネットと一体のメールシステムが導入されました。これは会社と社員との通信手段でしたから、最低一日2回アクセスし、メールチェックするのが義務化されました。面倒でしたが、紙が減ったのは良いことだと感じました。良いか悪いかは別として、当時身についた頻回のメールチェックの癖は、いまでも身についています

メール

当時、FirefoxやYahooなどのブラウザーでも希望する個人にメールアドレスが付与され、インターネットにアクセスできる環境さえあれば、どの端末からでもメールを送れるサービスが利用できました。しかし、私はモバイルPCを持っていなかったこともあり、自分のデスクトップマシンと律儀にISPと契約したメールアドレスを使用していました。現在は、契約更新の必要がないGmailのメールアドレスを使用しています。Gmailはセキュリティも秀逸です

さて前述した頻回メールチェックの習慣は、新たな問題の源になっているような気がします。つまり自分が送った相手への問い合わせメールに何のレスポンスもないと、強いストレスを感じるようになったということです。また送られてきたメール文面の日本語が理解しづらいと、結構ストレスになります。相手がメールにどう対応するかは受け手次第ですから、あまり気にしたり過度に期待するのは良くないのでしょうね…

また携帯電話のテキストメールは文字数が限られたり、ファイルを添付できなかったりと制約も多いのですが、大変便利なので、転送やファイル添付の必要がない時に良く使用します

SNS

フェイスブックのようなSNSをメール代わりに使用している人も増えてきました。メールとは違うアプリケーションの「ライン」を使う通信も最近は当たり前になったようです。しかし、会合などに出席している際にラインへの着信を知らせる音が鳴り響くのは、マナー違反だと感じます。このような新しい技術を理解し正しく使うのは高齢者にとって大変なことです。ですから私は、そのうち古典的な手紙やハガキに戻るかも知れません…

私はSNSをあまり好きになれないので、必要な時しか通信手段として使いません。どうも、誰でも読むことができるシステムのような気がして安心できないからです

マクドナルド昭島店

来年の東京オリンビックで外国からの観光客が増えることを想定し、いろいろな場所でWi-fiネットワークが利用できるようになりつつあります。昔はマクドナルドやモスバーガーなど特定の店舗にしかないアクセスポイントを利用しインターネットに接続するため、NTTと契約したり機器側の設定をするのに一苦労したものです。解約も一筋縄では出来ませんでした

Ito Yokado

現在公衆Wi-fiを利用する際は、公共施設やチェーンストア型有力小売店のアクセスポイント、あるいはSSIDとパスワードがしっかり設定されているアクセスポイントを使うのが良いようです。

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2019年08月21日

はたらくクルマ…バスも働く

バス停

バスの車両形態は、誰でも頭に浮かぶと思います。しかし、その運行形態を分類するとそれほど簡単ではないようです。運行する路線や時間が定められた路線バスや利用者の意向で、一定のエリア内をフレキシブルに運行できる観光バスやコミュニティバスもあります

乗車定員などを考えると路線バスなどどうなっているのだろうかと興味半分で調べたくなったりします。定められた停留所でなければ乗降できないバスもあまります。そうかと思うと、定められた区間内ならどこでも乗降できる路線バスもあります。運転スケジュールがキツく、事故をおこして問題となる長距離バスもありました

今回は、ルールが簡単なようで複雑な乗り合いバスにまつわる思い出を綴ってみたいと思います。法律上の制限などを考えだしたら、収拾つかなくなりそうな気がしますので、バスと言う言葉を聞いた時、脳裏に浮かぶ乗り物を思いながら書いてみます

メガライナー

路線バスが無いと移動に困る場合が随分あります。私が筑波市に住んでいた当時、東京まで出るにはバス利用が一番便利でした。つくばセンターから東京駅八重洲口まで走る路線バスが有りました。JRと関東交通のバスが運行しており、2階建てバスのドイツ製メガライナーなる車両も投入されていました。何回か利用したことがあります。大体、常磐自動車道が首都高速道路の環状線に接続する手前の八潮辺りから渋滞していました。この路線について興味があるので、チョット調べてみるとまだ運行しているようです。ただし、2階建てのメガライナーは無くなりました。つくばエクスプレスが開通する前は重宝したものです。2階建てメガライナーはJRの長距離高速道路バスに転用されましたが、火災事故を起こしてから使われなくなり、2006年にこの路線から撤退したそうです

JRの長距離高速道路バスと言えば、私が貧乏学生だった頃に、ドリーム号を東京⇔京都の移動によく使いました。このバスは京都を出た後、途中浜名湖PAでトイレ休憩します。PAでバスから降り、トイレに行ったまでは良かったものの、乗ってきた車両がわからなくなり探している間に、バスはどんどん発車してしまい駐車場には一台もいなくなってしまいました。途方に暮れPAに佇んでいると、まもなく大阪発のドリーム号が来ました。運転手さんに、訳を話し東京まで乗せてもらいました。東京に着くと荷物も無事保管されていました。若い頃の失敗ですが、今なら更に車両がわからなくなるリスクが高くなっていると思います

国際興業バス国際興業バス駐車場

秋田に赴任した当時、大館市内の路線バスが東京で見慣れた国際興業バスだったのにはなぜか安心したものです。国際興業はロッキード事件で有名になった小佐野賢治氏が設立した会社です。彼については様々な評価がありますが、東京で使われている国際興業のバスと同じ塗装の車両が見れただけでも、感慨ひとしおです。東京から遠くへ来てしまった自分にはとても親近感がありました

雪の秋田道新宿西口

秋田に赴任した年の冬は雪が多く、多くの公共交通機関が麻痺して動かず遠距離移動が困難でした。大館まで戻ろうと羽田から搭乗した航空機は、秋田北空港が悪天候で使えず秋田空港に着陸しました。秋田から大館までの移動は簡単だろうと考えていましたが、秋田で二日間足止めされることとなり、しびれを切らせた二日目、ある人の「高速バスに乗り、能代まで行けば何とかなる」と言う言葉を信じてバスに乗りました。しかし、能代に着くと、能代と大館を結ぶバス路線は無いことに気づきました。バスのない区間はタクシーを乗り継ぎどうにか大館まで戻りました。左は秋田から能代までの移動時に乗車した高速バスからの映像です。周囲は一面銀世界でした。ところで一般的に高速バスは結構快適です。二階建てのバスの二階席に座れると眺望も期待できます。右の写真は、正月に高速バスで新宿から京都まで移動したときの二階席から撮影したスナップです

スノーチェーン東京都交通局

バスは、雪が積もってもよほどの大雪でない限り運行します。左の写真は東京の西武バスの後輪ですが、秋田の山間部では四輪にチェーンを装着した四輪駆動のバスが運行されていました。バスもまさに働くクルマです。右の写真は青梅で撮影したものです。数年前の春の大雪の時、バスが大活躍したはずです。雪がなくとも、奥多摩ではJRの駅間距離が長いし、終点の奥多摩駅より先はバスに頼るしか有りません。地方に住む人にとり、バスは鉄道以上に利用価値の高い移動手段なのです

京都旅行法政大学多摩キャンパス

小学校や中学校時代の遠足ではバスが大活躍でした。何年か前、京都御所を見学した際、広い駐車場に整然と並んだ観光バスを目にし、トラックやミキサー車だけでなく観光バスも立派な「働くクルマ」だと思いを新たにしました。バスで行く大学キャンパスも少なく有りません。もしバスに乗る機会があったら、運転手さんに「ご苦労さま」の一言くらいかけてあげて下さい。嬉しく感じるに違い有りません



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2019年08月17日

植村冒険館


自分が書いた昔の文章を物色していたところ、植村直巳氏の登山スタイルが気に入ったと書かれたファイルが出てきました。そうそう、今でも彼はマッキンリー山(デナリ山)のどこかで眠っていますが、世界を股にかけた彼の冒険は人々の心を強く掴んだものでした。

植村直巳冒険館

誰も住む人がいない場所に、且つ人が行きそうもない時期、足を踏み入れてみようと挑戦する冒険家は他にもいましたし、現在もいるに違いありません。更にスポンサーの見つけやすさは一昔前とは随分違うと思います。歴代の冒険家たちの中で、彼は誰よりも自然を愛し、自然界に存在する困難に挑戦し続けた稀有な人物です。彼の偉業を称え、自然と向き合い、諦めること無く困難に挑み続けけた彼の精神を永く後世に伝える植村冒険館という施設が昔住んでいた上板橋からそう遠くない場所にあることを知り、とても行ってみたくなりました

植村氏遺品のカメラ

彼の登山(冒険)スタイルで私が気に入っているのは次のような点です
  • 近代的な装置や装備は滅多に使用せず、昔から使われてきた備品を愛用した
  • 一方理路整然と思考し、伝統的なものや方法より優れていそうだと考えるもの(こと)は進んで取り入れた
  • 冒険旅行のそれぞれの土地で、そこで暮らす人々から生き方を学んだ
  • 基本的に何かを征服するのではなく、折り合いをつけることを考えながら行動した
それと同様に伝えられる次のような彼の人柄にも強くあこがれます
  • 生き様が不器用
  • 素朴で質素である
  • 自立心が強く、他に頼らない
こういう彼の個性は時代遅れで現在の文化にはなじまないかも知れません。学校や企業の試験では、コミュニケーション能力が問われ、そういう能力に長けた若人が選抜されてゆきます。ギゴチなく、朴訥な対応をしていると「求めるスピードについて行けない」とか「空気が読めない」と評価されてしまうのではないでしょうか? 彼は、現代の会社や社会受けする要素をあまり持っていなかったと思います。経済的自立に関しても、彼はとても素朴でした。現在では彼のようにコツコツ資金を貯めるのではなく、悪いことでは無いのでしょうが、クラウド・ファンディングなどを使い、短時間で資金を集めるのが大流行です

オホーツクの流氷

植村氏は冒険旅行にでかけた当時、板橋区で暮らしていたそうです。現在の冒険館は2021年に移転し、少し広くなってリニューアルオープンします。現在でも小さくまとまり充実していますが、彼の精神を後世に残すには更に広いスペースが必要だと感じます。現在学校は夏休み中なので、子供向け企画として、狭い館内に置かれたスクリーンには国立極地研究所が南極探検の歴史をまとめたDVD映像が映し出され、網走の流氷も展示されていました。

残念ながら、冒険館の殆どのバネルは撮影禁止でした。したがって館内の様子はあまり紹介できません。興味を持たれた方は冒険館を実際に訪ねてみてはいかがでしょう

上板橋駅

パネル写真には美しい自然の映像だけでなく、彼の笑顔が映った写真もありました。当然といえば当然ですが、写真の中の彼は活力みなぎる若々しい表情をしていました。私も彼のように夏の日差しに負けてなるかと、帰路東上線上板橋駅まで歩いてみました。随分汗をかきましたが、帰宅後十二分に水分補給したせいか翌朝の体重計は無慈悲な数値を示していました。体重を落とそうと思ったら、植村氏のようにもっと体を動かし続けなければなりませんね…


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2019年08月13日

信仰心


自分の英語力の衰えを、少しでも遅らせようと安価な市民グルーブが企画する英会話教室に顔を出しています。そこでは土地柄近くの米軍基地にお住まいの方や、関係したビジネスに携わる人などがファシリテーターとして面倒を見てくれます

彼らは日本の食物や文化に高い関心を持っておられる方が多く、時々質問を受けます。よく聞かれることに次のようなことがあります
  • 祠の俵などに、形が独特な白い飾りが吊り下げられているけれどあれは何?
  • 鳥居は寺院にあるのかそれとも神社にあるの?
恥ずかしながら、信仰心の薄い私はつい最近まで、そうした質問にうまく答えられませんでした。そこでここ数年、外人たちの質問にうまく答えられるよう勉強してきました。勉強してみて、はじめて神道や仏教の古くからのしきたりや歴史を知ることとなり、ちょっと賢くなったような気がします

まず独特な形をした、しめ縄などに吊り下げられる白い紙のことですが、そうした飾りは「幣束」とか「幣(ヌサ)」と総称されるもので、それを分類すると「紙垂(シデ)」とか「御幣(ゴヘイ)」と呼ばれるものになるそうです。白い紙と書きましたが必ずしも白ではなく、金箔・銀箔を添えたものや五色の色紙が添えられたものもあります。私達が目にするのは、殆ど白ですね…。相撲の横綱が綱につけるのも「シデ」です。因みにシデやゴヘイを英語でどういうのかは知りません。多分該当する単語がないから、長い文章で説明することになるのでしょう

私はその形から紙垂も御幣もタワワに実った稲の穂を象徴しているのだろうと推測していましたが、それは思い違いで、稲妻を象徴しているのだそうです。どちらも使用する目的は同じく、清浄で神様を表わす印だそうです

青龍橋

両者は普通、神社や祠のしめ縄に取り付けられますが、理由は分かりませんが橋の欄干に吊り下げられたものもあります。橋は、神様のようにありがたいものと考えられていたに違いありません。あるいは橋を渡ると、そこは神の国であることを意味しているのかも知れません

祠

人が大勢集まる大きな神社もありますが、道沿いには小さな祠も沢山有ります。何か行事がある前は必ず新しい紙垂が吊り下げられるようです。更に、大体毎日きれいに掃き清められています。信仰心の薄い私には、とてもそうした祠を管理することは無理なようです。しかし、こうした紙垂や御幣がある場所に行くと、そこが一種のパワースポットのような気がしてきます。やはり、歴史のせいでしょうか、ここには八百万の神がお集まりになるのです

阿豆佐味天神社2清涼寺山門

次に2つ目の質問です。欧米の人は、寺院と神社を区別しにくいようです。実際、建物の雰囲気は両者共よく似ています。ですから、鳥居や紙垂があるのが神社で寺院にはそれが無いと説明してあげます。神道は多神教ですから、一神教(イスラム教、キリスト教、ユダヤ教)の敬虔な信者の中には、鳥居をくぐることを嫌がる人もいると聞いたことがあります。しかし、大半の欧米人にとって神社は観光スポット化しており、これまで強いこだわりを示す人にあったことがありません

私はと言うと、哲学に近い仏教が好きなので、仏教徒なのかも知れません。しかし、ビジネス化した寺院運営を目にすると、どこか矛盾を感じてしまいます。私のような人間が増えるから、全国で無住寺院の数が増えるのかも知れません。そうは言いつつ、今日から帰省シーズンを迎え故郷の親元に戻る人も多くなるのも、良い伝統じゃないかと思います


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2019年08月09日

うしの話


私の干支は「丑」です。娘の一人も同じ干支です。だからというわけではありませんが、「うし」にまつわる今回の止めどない駄文にお付き合いいだけるとしたら幸いなことです

神明宮の牛

「牛」は少し前私達の生活に、より密着した動物だったようです。街なかには牛にあやかったオブジェや置物が少なくありません。上の牛は、後ほど触れる「使役牛」のようです。五日市街道沿いの神社に飾られていました。各地の神社には、手を触れると無病息災でいられるという牛の像が鎮座しているところも多いようです

ぶどう園入り口の牛

上の牛ははっきりしませんが、どちらかと言うと「乳牛」に近いと思います。農園の入り口に置かれていたものです。実際の牛にこうしたラッピング車両のような絵が書かれているとしたら面白いかもしません

写真二枚とも以前は「牛」が今より私達の身近にいたことを思わせます。わたしが小学生だった当時、東京練馬の住宅地に近いところで牛を飼育している牧場のような場所がありました。それから60年以上たった現在でも、住宅地ではありませんが住まい近くに、牛を飼育しているところがあります。そこで、牛は餌を食べさせられるだけのようですが、やはり牛はペットと少し違いますが私達の身近にいた存在のようです

動物の「うし」を漢字ではどう書くかと言うと「牛」と「丑」しか思い当たりません。一方、外国語ではどうかと思い、「うし」を表す英語を調べてみました。牛を意味する英語でこれまで目にしたことがあるのは、bovine, bull, cattle, cow, oxでしょうか。それ以外にも、いくつかあるようです。各英単語の持つ意味はどうなるなのでしょう? 調べてみるとそれぞれ次のようになるようです

  • bovine ウシ属の動物(ウシ・スイギュウ・バイソンなど)
  • bull (去勢してない)雄牛
  • cattle (家畜の)ウシ
  • cow 雌牛、乳牛;(オス・メスを問わず)ウシ
  • ox (去勢した)雄牛
日本語では、「牛」と一括されてしまう「うし」ですが、英語圏では状況に応じ、使い分けされているようです。私が働いていた法人はいわゆる外資系の会社で、在籍している間に何回か他の会社を吸収合併し、その度に社風が変わりました。ある時代の社長さんは社員と交流する機会があるたび「皆さん! 『うし』と聞いたら、どんなイメージを思い浮かべますか?」と訊いていました

すると多くの人が、「辛抱強い」とか「優しく、おとなしい」動物と返答していました。その社長さんは欧米の「うし」のイメージは正反対で「暴れる」とか「力強く、活力がみなぎっている」動物だとおっしゃっていました。彼の狙いは、「私達が仕事をしている会社にはそういう文化差もあることを意識しなさい」ということだったようです

最近読んだ歴史関係の書物に「銃・病原菌・鉄」と「サピエンス全史」という書作があります。どちらも、人類史を新しい視野で眺め直したものです。そのなかに動物の家畜化の話が出てきます。大型哺乳動物は少なくありませんが、人類が家畜化出来た(した)のは思いのほか少なく、主なもので5種類だとあります。その5種とは羊、山羊、牛、豚、馬のことです

牛もこの中に含まれています。ここで家畜化された「うし」とは主に肉牛・乳牛を指し、少数派として、使役用の牛、闘牛用の牛がありますね…。前述の社長さんの問いに対する答えからも感じられるように、私達の「うし」に対しするイメージは、殆ど肉牛・乳牛のようです。しかし、私達の大多数、特に都会人は牛の姿を目にすることが殆どありません。目に入るのは、マーケットに並んだ家畜牛の乳が入ったカートンや、発泡スチロールの皿に盛られた肉が多いのではないでしょうか? そういう商品も、陳列棚に並ぶ前の工程を目にする人はあまり多くありません。特に、精肉化されるプロセスは見たくてもあまり見ることが出来ないものです

見たくもないという人が多いと思いますが、日本で忌み嫌われる動物の殺生も、海外では人間の役に立つならば、必ずしも悪いことだと思われていないようです。悪いのは殺生の過程で動物に苦痛を与えることだと考えられているフシがあります。私が在籍した会社の研究所でも、そこで用いられる多数の実験動物に苦痛を与えないよう、実験や飼育での細かい取り扱いルールが導入されていました。例へば麻酔をかけるとか…

一方、日常生活で家畜が身近な社会では、家畜が人間のために役に立つということはむしろ当たり前で、人間のため犠牲になる動植物に対する感謝の念を忘れないようにすることが重要だとされます。イスラム教社会には「うし」が喉を掻き切られ果てるのを公衆が目にする「犠牲祭(イード)」があります。その祭りで牛が犠牲になる光景を子供が目にし、社会での家畜と人間の関係を学んで行くのでしょう。私の勤めた研究所でも家畜ではありませんが年一回、実験動物の慰霊が行われていました。動植物を食料にすることに関しては、人間の原罪としてこのブログでもとりあげています。気が向いたら参考に覗いてみて下さい


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2019年08月05日

省略表現/短縮された表現


高齢になるとだんだん言葉を思い浮かべるのに時間がかかるようになり、何かを代名詞を使い「アレ」と表現してしまう局面が増えて来ます。私は「アレ」というだけで分かるのは、ほぼ使った本人だけだと感じます。したがって私個人としては、代名詞を使ってごまかすのがあまり好きになれません。自分はなるべく使わないよう気をつけています

代名詞ではありませんが、インターネットでニュースのキャプションを見ていても、すぐには意味の分からない短縮表現が多くなりうんざりさせられます。いつからそうなったのかわかりませんが、最近顕著になったと感じます。一例を上げると "N国党「民意の一つ」"の類です。N国党という言葉はもう市民権を獲得したのでしょうか?

先日の京都の放火事件でも、殆ど全てのニュースが放火された会社を「京アニ」と表現しています。その会社の正式名称は「株式会社 京都アニメーション」です。ほとんどすべてと書きましたが、一部の報道では正式名称を( )書きにしています。私の現役時代に名称を省略して使用する場合は、最初に正式名称を用い、( ) の中に以下、◯◯と省略とするのが普通でした

そういう日本語の使い方に慣れた私は「京アニ」と書かれると、どこか違和感を感じてしまうのです。ところで長い表現を嫌うのは日本だけでなく、英語圏でも同じです。メールではそうした省略ことばが多用されます。ASAPBTW, LOLなどはもう古典的扱いを受けているかも知れません。最近はG2G (= got to go ), TTYL (= talk to you later ), IMO (= in my opinion) というような使われ方がよく登場するそうです

ちなみに、Googleでメールで使われる略号を検索すると、10数年前によく使われたTGIFはなかなか見つからず、英辞郎で調べると=Thank God, it's Friday!の略で、「週末を迎える解放感を表したもので間投詞のように用いる」と出てきます。もう辞書に収録されるような古典的表現になったようです

似たような省略表現でTGTFという表現も出ていました。= Thank god, tomorrow's friday.の省略表現で、今日は木曜日だからあと一日働かねば休みにならないという「うんざり」した気分を表す表現のようです

BC

これは何を表していると思いますか? そう"B"と"C"ですね。英語でB to C (B2C) と書いてあると、"B"はBusiness, "C"はConsumerを意味するのだそうです。要するに企業と消費者の取引を表す経済活動で、B to B (B2B)だと企業同士の取引を表します

シルバー人材センター

私が会員になっているシルバー人材センターは"S"と"C" を組み合わせて上のようなデザインを使っています。このデザインの使用にあたっては財団の許可が必要なようですが、私のブログはこれで儲けようとか金銭を動かすようなものではないので、そのまま使わせてもらいました(スミマセン)。それにしてもすごいセンスですね! 私はこれが"S"と"C"の組み合わせだと気づくまで随分長い時間がかかりました。私はこのSCで請負の学校管理をしていますが、この仕事の対価の流れを英語ではどう省略するのか調べてみると "G to C" となるようです

この場合、Gは行政 "Government"、 Cは消費者または市民 "Consumer, Citizen" になります。シルバー人材センターの仲介する仕事は、ほとんどシフトワークですので、土曜日にも日曜日にも仕事があります。従って、TGIFとかTGTFの世界とは縁の無い仕事をするようになってしまいました

世の中で短い表現が好まれるのは、しなくてはならぬことが増え、時の経過を早く感ずるようになったことと裏腹なようですね、老後はのんびり過ごしたいものです…。人の名前など固有名詞を思い出さねばならぬ際も、時間をかけて考え代名詞を使わず済むようにしたいと思います


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2019年08月01日

ユリ-野生種と園芸種


ユリの園芸種団地のユリ

7月下旬は、庭や街路の花壇に植えられた各種のユリが花をつけているのをたくさん目にしました。35年ほど前に書店で購入した「日本の野草」には載っていないユリがたくさんありました。写真は私の住まいがある団地の花壇に植えられていたものです。名前はわかりません。ユリの品種は多様化しており、マルコポーロ、イザベラ、カサブランカ、コンカドールなど聞き慣れないものも多数出回っているようです

ヤマユリオニユリ

35年ほど前の東京周辺では野生種の「ヤマユリ」か「オニユリ」を庭に移植するケースが大半で、現在のように様々な園芸種が植えられているのを目にすることはありませんでした。「ヤマユリ」も
「オニユリ」も球根を食用にできることでよく知られています。キントンや茶碗蒸しにも使われます。ユリには有毒なものは殆どないだろうと考え、道路脇の花壇に植えられた園芸種の花弁を摘んできて軽く茹でた、サラダの飾りにしてみました。彩りは美しいものの、苦味が強いものもあり、考えれば有毒種で無かっただけでもラッキーだったのかも知れません

テッポウユリ

その後東京を離れ茨城に単身赴任して、テッポウユリを知りました。このユリは秋に花をつけます。もともとはタカサゴユリと言う南方種の近縁種で、気温のより高い地域から北上してきた個体が増え、関東地方でもよく見られるようになったそうです。風に乗ったたねが遠くまで飛び、思いもよらぬ所に突然花が咲くので驚かされます

オオウバユリウバユリ

茨城県からさらに秋田県に転勤した時、オオウバユリをはじめて目にしました。緑がかった花をつけるので不気味な感じがします。このユリの球根も食用にされるようですが、私は口にしたことがありません。オオウバユリより少し小型のウバユリは奥多摩や五日市に行けば自生しています。自宅から少し離れた野山北・六道山公園でも鑑賞することが出来ますが、盗掘しないでくださいと掲示されていたのにはチョットがっかりしました

今回比較的わかりやすい「ユリ」の園芸種と野生種を取り上げてみました。ユリだけでも最近は名前のわからない園芸種が増えました。ホームセンターの園芸コーナーには他の園芸植物がたくさん並んでいます。こうした園芸種が逃げ出してはびこると特定外来生物とまでは呼ばれないまでも、生態系を乱す外来植物に指定される可能性もあります。生態系を乱す植物だとは言え、生物なのだから単純に駆除するのはいかがなものかという考え方もあります。しかしできることなら、これまで自生してきた植物を守ってあげたいと思うのがふつうです。より見栄えのする植物を売ろうと品種改良し、ホームセンターなどで販売することも生態系を少しずつ変えてゆくことにつながるのかも知れません

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2019年07月28日

蜘蛛の糸


「蜘蛛の糸」と聞けば芥川龍之介の児童向け短編小説のことを思い浮かべる人が多いかも知れません。私が「蜘蛛の糸」のことを思い出したのは先日の京都の凶悪な放火事件から、この短編小説の登場人物である大悪党のことを思い出したからなのかも知れません。この大悪党も家に火を放ち人を殺すような悪党でした。そのため彼は死後地獄に落ちることになります

地獄に落ちたこの男が、生前一匹の蜘蛛を助けたことがあるのを見ていたお釈迦様が彼の目前に一本の蜘蛛の糸を垂れ、その糸をよじ登り地獄から抜け出そうとするその大悪党は、自分の後から糸にすがり上方へと登ってくる同じ地獄に落ちた者に対し、「来るな、この糸は私のものだ」と叫んでしまいます。その瞬間蜘蛛の糸が切れ、その男は再び奈落の底に落て行くというあらすじだったと思います

蜘蛛の巣と雨滴 (1)

この短編小説を上梓した芥川は、その後自ら命を絶ってしまいます。仏教的哲学が影響したのかも知れません。そんなことを思いながら雨の道を歩いていると、雨滴が街路の植え込みの下に張られた蜘蛛の巣を際立たせます

蜘蛛の巣と雨滴

そんな時は、いつも通る道路が少し違った風景に見えます。いつもは目立たないクサグモの巣も、雨に濡れるとその数の多さが目に入り思わずハッとします。私が気づかなかっただけで、彼らは道路脇にたくさん棲んでおり、生きるため必死で糸を張るのです。言ってみれば、そこには凄まじい生存競争があるわけです。そしてその蜘蛛も他の動物の餌となり、生物界には食物連鎖のピラミッドが築かれて行きます

私達人類は、そのピラミッドの頂点に君臨しているわけでもないのに、無意識的に食物連鎖のピラミッドを破壊し続けているとも言えるのではないでしょうか。そんな人類の姿を振り返ると、将来私達はすべからく奈落の底に落るしか無いとも感じます

「蜘蛛の糸」では、お釈迦様が何を考えていたのかはっきりと書かれていません。芥川龍之介は、子供達にこの短編小説で、因果応報の世界を伝えたかったのかも知れません。子供でなくとも、将来に対する私達の漠然とした不安もますます不鮮明になって行くように感じます。この惑星、ひいては宇宙の中で人類がどうなってゆくのか定かではありません。もし自分の将来や人類の未来が、因果応報のようなものだとしたら、とても寂しいことです。得てして私達人類は、この惑星を作り変えることができる最強の存在だと思っているのではないでしょうか? たまには歴史を振り返り、現在この地球で何が進行しているのか整理して見るのも有意義だと思います…

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2019年07月24日

70歳代仲間入り


7月21日は私の誕生日でした。この日晴れて70歳代に仲間入りしました。70歳を越えるとコミュニティでの取り扱われ方も変わってくるようです

誕生日前日には、健康保険証と一緒に提示する医療費負担率を証明する新しいカードが送られてきました。これまでの保険証と一緒に使えと書かれていました。私の昨年度の収入は現役並みとみなされたようで、総医療費の3割を負担しなさいと定められています。老化に伴い、医療費が増えて来るのが普通です。70歳を越えると医療機関の世話になることも増え、医療面でもこれまでより優しく扱われるのかどうか知りませんが、何か変化があることは確実なようです。一例を知るのに、厚生労働省のホームページを覗いてみると、高額医療の自己負担金額では多少優遇されるような気がします。しかし、ホームページに掲げられていることを正しく理解するのは並大抵ではありません。高額医療費の補助を申請しなくて済むよう、大病や大怪我をしないよう気をつけようと思います

そうは言うものの、健康保険は気を遣っていても医療機関のお世話になることがあるから存在するのです。しかし、経済的に社会保障をこれ以上圧迫しないよう気を遣うことが必要でしょう。日本は国民皆保険制度の国ですから諸外国に比べ、まだ恵まれているのかも知れません…

ポスター掲示板

誕生日は、参議院議員選挙の投票日でもありました。医療保険では日本は国民皆保険制度の国なのに、選挙では投票を棄権してもお咎めはありません。候補を絞るのは難しいことです。しかし、投票は義務だと考え投票してきました

今回の選挙では、東京都の議員候補者定数6名に対し20名が立候補していました。中には掲示板にポスターを貼らない(貼れない)候補もいました。いろいろ事情が有りそうです。私は自分の票が高齢者の将来に繋がりそうな人に一票投じてきました

それはそうと、70歳を過ぎるとお咎めを受けず歩道を自転車で走行できるのはとても助かります。健康保険は行政が面倒を見てくれますが、自転車保険はすべて自己責任です。補償期間が切れぬよう期限日をカレンダーに書き込み、新契約へと更新したいと思います

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2019年07月20日

行く川の流れは絶えずして…70歳になります


明日は私の誕生日です。70歳になります。ブログを始めてから足掛け10年です。その間、サービスを継続していただいたLivedoorに感謝いたします。Livedoor以外にもブログを運営する会社は沢山有りますが、Livedoorブログは、素人の私でもわかりやすく更新が楽でした。一番気に入っているのは、ブログのトップ画像の宇宙から見た地球の姿です。この10年間この画像を変えたことはありません。私はこの惑星の地表で生活してきたのですから…

定年退職後の10年間を振り返ると、若いつもりでいても日に日に体力・記憶力が低下して行くのを感じます。65歳を過ぎるころからこの傾向が顕著になりました、自分は若いつもりでいたのですが…。何しろ普通自分の目に自分は写りませんから…。多分周囲から見た自分は十分老人に見えたに違いありません

筑波山

人生を川の流れに例える方も多いようですが、私は人生を山登りのようなものだと感じます。ハイキング程度の登山しかしたことない私でも一人山道を歩くと、哲学的になります。山頂は一つしかありませんが、そこへ至るルートは複数あります。目にする光景はルートごとに違います。しかも同じルートでも時間により、異なる光景になります。これを人生になぞらえると、物事の真の姿は一つしかなくても、あらゆる事象の解釈は人ごと、時間ごとに異るのと同じだと思えます

私はたかが70年ほどしか、この地球上に存在して来ませんでした。地球の年齢46億歳に比らべれば、ごくごく最近の70年です。それでも、急速に変わりゆく人類の世界を楽しみに思いながらも、将来を心配しなくてはならないことがたくさんあります。これからの地球に一体何が起きるのでしょうか

そのように思いつつ日々を送りながら、自分の将来を考えると複雑な気持ちになります。心配してもどうなるものでもありませんが、これからはブログの更新も気が向いた時だけにし、お知らせしたいことがある時だけ更新しようかと考えています。さてどうなることやら?

私は小説家ではありませんが、文章を書くことは楽しいと感じます。ですから、可能な限りブログを更新し続けたいと思います。しかしもしかしたらその思いとは裏腹に更新を忘れ、放置することになってしまうかも知れません。できれば、それだけは避けたいと思います。これからも気が向いたら、時々私のブログを覗いてみてください

文章が書けなくなるまで、自分が暮らす世界を自分の目を通じ後世に伝えたいと思いますので…

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personofleisure at 07:30|PermalinkComments(0) 随想 

2019年07月16日

こわもて


国語辞典で「こわもて」を調べると動詞の「コワモテ」する、と名詞の「コワモテ」が出てきます。前者は「恐れられて、かえって優遇されること」、後者は「こわい顔つきで他人をおびやかすこと。相手に対して強い態度に出ること。」と出てきます。要するに見るものに怖い印象を与えるということでしょうか。英和辞典でコワモテを調べると formidable と出て来ます。formibableの元来の意味は「恐るべき」で否定的な意味合いが強い言葉でしたが、最近は肯定的な意味合いで使われています。たとえば「素敵な」という意味で、日本語の「やばい」とか「リベンジする」とかの類のような変わり方です。しかし、恐怖感を与える物の例は昔と現在はそう変わらないような感じがします

今日は、住まいの周囲や旅先で目にした「こわもて」の例を幾つか紹介したいと思います。私は目つきが優しいので、所詮「こわもて」な人にはなれませんが、「こわもて」タイプのものは周辺を守る効果があるようで、大体地域の守護神的モニュメントは怖い表情をしたものが多いと思います

福島神社狛犬

最初の一枚は、狛犬です。狛犬に関してはこのブログでも取り上げていますから参考に見ていただけれは幸いです。大部分の狛犬は恐ろしげな顔で社を訪れる人を威嚇します。神殿には邪心をいだいて参拝してはダメだと無言の圧力をかけているようです

鬼瓦鬼瓦2

二枚めと三枚めは寺社仏閣の屋根瓦の両端に取り付けられた鬼瓦の例です。こうした鬼瓦は大量生産には向かない芸術品のような感じがします。手塚おさむ先生の劇画「火の鳥」にも鬼瓦焼きの芸術家が登場します。左は旧奥多摩街道沿いの成隣小学校向かいにある観音寺の鬼瓦です。この一角は神仏混合地域のようで、観音寺の隣には駒形神社があります。それはそうですが私は食い意地が張っているので、隣接する中華そば屋が営業を止めてしまったことに関心があります

ねぷた

続く一枚は、私が北東北で生活した時を偲ぶ「青森ねぷた」でモチーフとして採用される画像の例です。恐ろしそうな顔つきの絵が典型的ですが、最近はおもしろ可笑しいものも増えてきたと聞きます

ヤマトタケル

五枚目は昭島市の郷土芸能祭で使われる山車の屋根の上に立てられる「ヤマトタケル」の人形です。こちらも優しい顔つきではありません

不動明王

次は、青梅線「軍畑駅」から高水三山を目指すルートの道脇にあった道祖神です。こちらもやはり村落を守るため、恐ろしげな顔つきをしています

兄さん

おしまいは昭島市の福島神社の例大祭で御輿を担ぐ、地元の兄さんです。やはり、コワモテと表現しても良いのではないでしょうか? この手の男性は女性の人気が高いように思えます。目つきのやさしい私の僻みかも知れません?

邪悪なものから何かを守るのに優しい顔つきは似合わないと思います

そうはいいますが、近頃女性にも怖い人が増えて来たように感じます。女性の怖さには顔つき以上のものがあると感じるのは私だけでしょうか? 周囲の男性諸氏は殆んどすべからく、奥様の尻に敷かれています…



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2019年07月12日

蝶と蛾


蝶と蛾は分類学では同じ鱗翅目の昆虫です。高校生の頃、地球上の生物種は動物界と植物界に別れ、界は更に、門・網・目・科・属・種と分類されると覚えました。現在は科の上位分類として上科というカテゴリーを用い、上科の下に更に多くの科が定められています。上科に分類される蝶の仲間は2つです、蛾は24の上科に分けられるそうです。つまり、蝶より蛾のほうが種類が多いということのようです

蝶も蛾も同じ鱗翅目の昆虫ですから本質的な差は無いそうですが、多少の例外が見られるものの見た目や振る舞いに、大体次のような差があると言う人が多いようです

① 蝶の色は美しく派手だが、蛾は汚らしく地味 
② 蝶は昼間活動するが、蛾は夜行性  
③ 蝶は羽を閉じて止まるが、蛾は羽を広げて止まる  
④ 蝶の幼虫はアオムシだが、蛾の幼虫は毛虫である

昆虫2

多摩地域で目にした昆虫を例に、検討してみましょう。写真をクリックしてどこに虫がいるのか確認してください。どうでしょう…、この虫はあまり色が綺麗だとは言えません。しかも羽を広げて止まっています。この特徴だけで考えると「蛾」かなと思います。しかし、写真は昼間撮影しました。この昆虫の幼虫をウェブで調べると毛が生えていないアオムシのように見えます。さてどうなのでしょうか

昆虫1

この昆虫はどう見てもいわゆる「蛾」です。一番上の写真に写っている昆虫も「蛾」だと思う人がいても不思議ではありません

では少しピンボケですが、下の昆虫は蝶でしょうか? それとも蛾でしょうか?

昆虫3

三種類とも、近辺で撮影したものです。種明かししましょう。三枚の写真に写った昆虫は、上から「ダイミョウセセリ(蝶)」「シャクガの一種(蛾)」「アゲハモドキ(蛾)」です。アゲハモドキは、体に食草の毒成分をため込むジャコウアゲハの擬態と考えられているそうです。昆虫は嫌いで、中でも蛾を敵視する人も多いようですが、このように蝶と見紛う蛾もいます。毛嫌いせず観察してみるのも良いような気がします。生物の進化の見事さに惚れ惚れするきっかけになれば、生き物好きの私としては紹介した価値があるのではないかと思います

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2019年07月08日

自転車のある風景


歩道通行駐輪場

前回の身の回りでよく目にする「茶」の話に引き続き、これもよく目にする「自転車」を取り上げて見たいと思います。交差点に立っていると歩道や車道を走ってくる自転車をたくさん目にします。駐輪場にもたくさん自転車がならんでいます

雨の日に雨傘をさしたまま乗ったまま交差点を横切る人。イヤホンなどで音楽を聞きながら走る人。スマートフォーを片手に、画面を見たり通話している人。道路を逆走してくる自転車。幼児でもない人を後ろに乗せて二人乗りする人。数が少なくなって来ましたが、暗いのに無灯火の人など道交法違反になるのに気にもかけていない人。歩行者に警笛を鳴らすようなマナーの悪い人。いろいろな人をみかけます

自転車の利用者の思いはいろいろです。そうしたいろいろな運転者を円滑にさばき、安全な通行を確保するのにいろいろな決まりがあります。自転車の守るべきルールやマナーはりかいしたつもりですが、自転車で歩道を通行する場合の優先権については明確ではありませんでした。しかしこの警視庁の作成した「決まり」を良く読めば、きちんと活字になっていました。まあ、マナーのようなものですから、それほど徹底しているとは言えませんが…

パタパタ

最近は電動アシスト式の自転車が増えましたが、私が子供だった時代にもモーターではなく小さなガソリンエンジンでアシストされた自転車がありました。戦後ホンダが創業した当時はこのタイプの自転車でスタートしたそうです(写真はパタパタという製品で、TONYさんという方のプログから拝借してきました…無断で引用させてもらいすみません) このタイプの自転車はまさに原動機付き自転車そのものと言えそうです。もしかしたら最近の電動アシスト自転車の登坂性能はこの自転車以上のものかも知れません。電動アシスト自転車には運転免許がなくても乗れますが、当時エンジン付きのこの自転車には運転免許が必要だったと思います。つまり、ゆとりのある人の乗り物だったのは間違いありません

自転車シェア

運転免許は不要でも警察では、普通の自転車より重くスピードも出る電動アシスト車に乗る時はヘルメットを着用するよう推奨しています。それ以外にも駅周辺での駐輪禁止や廃棄の方法など、知らねばならないことも増えたようです。レンタカーならぬ自転車を共用する自電車シェアも都心に行くと普通になりました。来年の東京オリンピックを意識して大手金融機関などが宣伝に使っているようです

二人乗り

お母さん方は平気で自転車に子供を乗せ走っています。特に子供を二人載せているような場合は、傍らで見ているとハラハラしてしまいます。自転車の物理的構造には支障がなくても、もし転倒すれば子供は間違いなく路面に投げ出されてしまいます…。大丈夫でしょうか?

スポーツ車荷物満載

自転車の使われ方は様々です。スポーツに使われる場合から、何か物を運ぶことを目的に使用される場合もあるようです。中には何やら不可解な物を運ぶ方もいるようで、何に利用するのか理解に苦しむ場合もあります

そうした光景を目にする私は、もうすぐ歩道を通行してもお咎めを受けない年齢になります。齢を取るのは悲しいことですが、こればかりは待ち遠しい加齢です


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2019年07月04日

茶畑から


今日は私達がほぼ毎日いただくお茶の話をちょっと…

日本でお茶といえば、緑のグリーンティーを思い浮かべる人が大半だと思います。しかし2013年の調査では、1位 中国 2位 インド3位 ケニアで日本は10位でした。2017年の調査では11位ですから、直近では更に順位が下がっているかも知れません。世界の緑茶の生産量は約3割で、残りは葉を発酵させた紅茶などです。日本で主力の緑茶は世界ではそれほど生産されておらず、更に近年では中国での栽培が伸びているそうです

少し残念ですが、日本の茶の生産はあまりパッとしないような気もします。ところで、お茶が関係する文化は周辺のことも含め、様々な側面を持っています。お茶のたて方、部屋や作法を追求する茶道のように、芸術とも言えるようなカテゴリーもあります。周囲をみれば、安価なものから高級品までいろいろなグレードの製品が販売されています。ペットボトルに入った様々な茶がコンビニエンスストアなどに並ぶようになったのはいつ頃だったでしょう。そうでなくとも、食後や菓子と一緒にいただく普通のお茶は、私達の生活に浸透し、大きなビジネスを形成しています。

畑で栽培される茶もレッキとした植物です。気温や湿度の影響を受けます。主要な産地をみれば温暖な気候に適しているようです。日本での商業的な茶の栽培北限は北緯38度、新潟県村上市辺りとされています。もっともビジネスとしての収支を度外視すれば、更に緯度の高い地域でも栽培が可能なようです

畝

私の住む地域でも茶畑を良く目にします。昔と違い機械で収穫するためか、畑に植えられた茶の畝は整然としています。「あれに見ゆるは茶摘みじゃないか…」という歌の世界の茶摘み風景とは随分違います。もしかしたら、日本では超高級品を除き、昔ながらの茶摘み風景を見ることは出来なくなるのではないかと思います。茶摘み風景を見たければ、海外旅行に行くほうが現実的かも知れません

茶の花

茶の花や実を観察すると、どこかサザンカと似ているような気がします。サザンカの葉はお茶にできると言う話も聞きます。近縁の植物だから当たり前かもしれません。しかしサザンカは花を楽しみ、茶は風味を楽しむ方が理に叶っているのでしょう

茶の葉を収穫しそのまま保存すると、発酵してしまいます。発酵を止めるために蒸すのが緑茶の特徴です。昔、産地から長い船旅をしている間に葉が発酵し、それが紅茶になったと聞きます。だから緑茶も紅茶も淹れ方から利用法までほぼ同じようなもののはずです。しかし西欧に茶道のような文化があるという話は聞いたことがありません。そのかわり英国人は、戦争で戦っているときでもティータイムを大切にしていたようですが…

もしかしたら、茶にはカフェィンの他、マリファナやコカインのように依存を形成する成分が含まれているのかも知れません。そうでなくとも、ティーバッグにして流通させるようになった茶の力には、すごいものがあると思います

私達は茶専用の器まで作ってきましたが、私は茶もコーヒーも同じ器で口にします。良いことなのかそうでないのか判然としませんが、忙しい現代人には器は関係ないのかも知れません

湯飲み茶碗

たまには、ウェッジウッドのティーカップで紅茶を楽しむとか、茶室で緑茶を楽しむとまではいかないまでも、自然の恵みと人類の歩みを思い浮かべながら茶の香りを楽しみたいと思います。コーヒーも同じかもしれません…

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2019年06月30日

ペット散歩考

愛犬
私は朝、登校する小学生たちの見守りをしています。私が立っている場所の傍をペットを散歩させて歩く人も通ります。散歩中のペットは犬だけで、それも大体小型犬です。猫など犬以外を連れて歩いている人はいません。どうして犬だけなのでしょう? 愛玩動物は犬だけではないはずです…

「あなたは犬派、それとも猫派?」と言ったたぐいの質問をいろいろな機会で耳にします。私は大体「両方とも好きです」と答えています。それにしてもどうして散歩に連れて歩くペットはほとんど犬になってしまうのでしょう?

猫

世の中には、様々な生き物をペットにしている人がいます。ペットとして飼われている猫の数は犬より多いかも知れません。猫は自律して生活することができるので、屋外に出られるようにさえなっていれば散歩させなくても良いのかも知れません。室外に出られなくても問題なく生活できるよう、ネコズナなどの便利な用品がペットショップやホームセンターのペットコーナーで販売されています。そうしたペット用品には猫用のハーネスも置いてあるようですが、ハーネスをつけて猫を散歩させる人を目にしたことはありません

牧場の牛虎

昔、庭で馬を飼育している家を見たことがあります。馬が飼えるなら、牛や虎を飼育してもおかしくは有りません。もちろん関連する法規はあると思いますが…。牛は、畜産動物ですから普通畜産施設にいます。しかし、都会でも飼育可能なような気もします。飼育できるスペースが必要なのは当然でしょうけれども…。では、豚はどうでしょう? ベランダで飼育することも可能だと聞いたことがあります。ミニブタはとても可愛いと言う記事もよく目にします。でも、やはり目にしたことがありません。虎は、輸入するだけでも大変でしょうね。散歩している人がいるとしたら、TPOを考えて欲しいと言いたくなっても不思議はないでしょうね。因みに、牛のことですが、牛を表す英語としては「Cow, Ox」が頭に浮かびます。でも「borebine」と言う単語もあります。狂牛病を意味する短縮語「BSE」のBです。ちなみにBSEは"Bobine Spongiform Enxephalopathy"の頭文字です

狸

野生生物はどうでしょう? 屋内に置く鑑賞魚は水槽で飼育されますから、散歩させるのは難しいしその必要もないでしょう。普通金魚のような魚類の入った水槽には空気を送るポンプが必須であることが多いようです。では狸はどうでしょう? 狸はハクビシンほど多数ではありませんが、私達が考えているより適応力があるそうです。都会にいても不思議はありません。写真の狸は誰かが飼っていた個体かもしれません

爬虫類をペットにしている人も結構いるそうです。巨大になり飼育しきれず、捨てられて数が増加し問題になっていることも時々耳にします。逃げ出して大騒ぎになったニュースもありました。人間は勝手で、自分さえ良ければ人様の迷惑などあまり気にかけないのかも知れません…。可愛いからといって衝動的に飼育し始めると大変なことになることも有りますから注意が必要です

さてペットを飼育できない団地に住んでいるくせに生き物好きの私は、ペット連れで散歩している人を見かけるとつい、「おはようございます, Good morning!」と声をかけてしまいます

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personofleisure at 07:30|PermalinkComments(0) 多摩地区 | 英語

2019年06月26日

セメントとコンクリート


私の住まいは鉄筋コンクリート製です。コンクリートは住宅だけでなく様々な用途に使用されています。住宅建設の場合、ずっと昔は職人さんが鉄板の上でセメントと砂、砂利、水をシャベルで混ぜて作ったコンクリートで基礎工事をしていました。現在は、そのような光景を目にすることが本当に少なくなりました

生コン工場駐車場

代わりに目にするようになったのは、生コン工場で作ったコンクリートを運ぶミキサー車です。少し高い建物を建てる時は、生コンクリートを圧送して高い場所に送るコンクリート圧送車もあります。映画「シン・ゴジラ」でゴジラに化学物質を投与したアレです

生コン工場生コンクリートの流通がどの様なものなのかよく分かりませんが、建設会社の人以外はあまり関心がないと思うのは私だけでしょうか。話が少しそれますが、周囲で目にする高い塔のような施設はセメント工場ではなく、生コンクリート工場です




セメント工場はコンクリート工場に比較するとずっと規模が大きく、敷地も広大です。全国に30箇所ほどしか無いそうです

コンクリート工場

生コンクリート工場を展開する企業は、品質確保のため法律で製造工程を細かく縛られているようです。届け出した使用する粗骨材(砂利のこと)の産地まで管理されます。最近様々な領域で不正な品質管理が行われ問題となっていますが、このコンクリート会社でも不正が行われていたようです。いくつかの工場で、届け出と異なる産地の粗骨材を混ぜて使用していたとのことです。しかし多摩川沿いのこの工場で製造された生コンクリートは、届け出た産地の粗骨材を使用していたと企業のホームページの謝罪文から読み取れます

私はセメントとコンクリートの区別もつかないくらいの素人で、もっと勉強する必要が有りそうです。そんな無知の私でも若い頃、いわゆるマンションを購入するため幾つか物色した時は、SRC造とRC造とはどういうものであるとか、そのメリット・デメリット比較などコンクリートにつき少し勉強したものです

セメントの原料は石灰岩です。石灰岩の産地は、九州や中国など西日本に偏在しており、セメントをたくさん使用する建物の多い都会は産地より東側にあるため、その物流は西から東に移動するのだそうです。一方、コンクリートを使った最も高い建物は現在56階建です。使用するコンクリートも強度・耐火性を確保するため、様々な工夫が必要で、ノウハウの蓄積がある企業で無いとそうした高い住宅は立てられないと思います。私の住む建物が11階建で有ることを考えると、56階建のコンクリート住宅を建ててしまう技術進歩のスピードには驚かされます

武甲山

コンクリート工場は近くにもいくつか存在しますが、一番近いセメント工場は、秩父市横瀬にある三菱マテリアルの工場です。近くにはセメントの原料となる有名な武甲山が聳えています。父母の墓が秩父にあるので、その工場の脇を走る西武鉄道に乗り通過します。今度行く時は、セメント工場とコンクリート工場のスケールの違いを感じながら眺めてみたいと思います


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personofleisure at 07:30|PermalinkComments(0) 随想 | 発見

2019年06月22日

継続は力なり

昭島管弦楽団定期演奏会

60歳を過ぎてから、入場無料の地域アマチュアコンサートに出かけることが多くなった。コンサートに出向くきっかけは、子どもたちが中学時代からはじめた吹奏楽部活動である。子供たちの一人が所属した楽団の無料コンサートを聴きに出かけたのが始まりだ

1930年製サキソフォン彼らアマチュア音楽家はプロでは無いのに、と言うよりプロのような天賦の才がない為か、特に毎日のように練習に取り組む必要があるのかも知れない。とは言え、とにかく良く練習する。私が管理業務をしている中学校の吹奏楽部も熱心だ。朝早くから夕方まで、クラブ活動の無い日は無いくらいだ。生徒たちは、土日でも練習に出てくる


アマチュアとは違うが、世界的なチェロ演奏家と言われた「パブロ・カザルス」は、名声を手にしても毎日練習を欠かさなかったそうである。その姿にある報道記者が、「あなたは、既に名声を手に入れたのに、何故毎日練習するのですか?」と訊ねた時の彼の答えは「自分が毎日進歩していると感じるから」という趣旨だったと聞く

自分も彼にあやかり、身につけた英語力の低下を防ごうと、ほぼ毎日ある新聞社の社説を英訳している。しかし、日に日に思いつく語彙が少なくなり最適な英単語を思いつかなくなってきた。頭に浮かんだ人の名前を思い出せなくなって久しいが、この頃は語彙力の低下も顕著になってきた…

社説の英訳を続け、何とか語彙力の低下を防ぎたいところだ。それには楽器の練習ではないが、継続することが一番大切だろうと感じている

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personofleisure at 07:30|PermalinkComments(0) 日記 | 英語

2019年06月18日

オンライン・ショッピング


先日、日本政府も来年GAFAと省略される巨大IT企業の経済活動を制限する新法案を通常国会に提出するとの報道がありました

その一社であるAは言わずと知れたAmazon社です。英国のAmazon社のシェアがどうなっているのか分かりませんが、その英国でもオンライン・ショッビングの伸びの顕著さが目立つそうです。2018年一年間の全小売に占めるオンライン・ショッピングの比率は19.8%だったとBBC放送が伝えていました。オンライン・ショッピングは、夜一人でインターネットサーフィンをしている時にしがちです。深夜行うことからバンパイア・ショッピングとも呼ばれ、後から購入したことを後悔する人も多いと言われます

私もAmazon社のオンライン・ショピングを良く利用します。配達してくれるし、クレジットカード決済なのでとても便利です。Amazon社創設者の一人Jeff Bezos (正しくはJeffrey Preston Bezosと書くそうです)が、「あらゆる書籍を検索しオンラインで注文できるとしたら、図書館や書店に足を運ばなくて済む」と言っていた2000年頃のコメントを思い出します。確かに、素晴らしい着想で大儲けできそうな気がしました。しかし、Amazon社が脚光を浴び始めた当時彼は「Amazonはまだ利益を生んでいないけれど、人が真似しないうちに倉庫をどんどん作るつもりだ」と語っていました

当時Amazonが扱うのは書籍だけだと考えていましたが、まだ20年も経たない現在、ほとんどあらゆるジャンルの商品を扱うようになり驚くばかりです。DVDのような映像はデジタル情報として配信されるようになりましたが、私の所有するDVDの大半はその殆どが中古品でAmazon社のオンライン・ショップングで購入したものもたくさんあります。一度誤ってブルーレイディスクを購入してしまったことがありましたが、返品するとちゃんと払い戻しされました。Amazon社ウェブサイトのリストに載っていれば、古いDVDでも殆ど手に入ります

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国内の倉庫に在庫されていない古い型落ちCD再生機のような商品でも、海外のどこかの倉庫にあれば手に入ります。左の写真にあるアンプ下のONKYOのCD再生機もおそらくどこか海外倉庫に在庫されていたもののようです。配達されるまでかなり時間がかかりましたが、ちゃんと送られてきました。また、新品でも格安な商品が手に入ります。しかし右のフルートは安いだけあって、それなりの音しか出ません。バンパイア・ショッピングで触れた、あとで後悔した購入品の一つです

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もちろんDVDだけでなく、書籍や音楽CDも手に入ります。写真のような書籍やCDはAmazon社を利用しなければ、入手できないかも知れません

寡占化は問題でしょうが、手に入れづらいものをリーズナブルな価格で提供してくれるAmazonは私にとって貴重なものです。似たようなオンライン・ショッピングサイトが沢山有りますが、手を広げ過ぎてバンパイア・ショッパーにならぬよう、オンライン・ショッピングはAmazonと花キューピッドを中心にしています


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personofleisure at 07:30|PermalinkComments(0) 日記 | 文化/時勢

2019年06月14日

玉川上水散策


その日の天気は、異常気象の現れだったのかも知れない。前日の大雨が立ち去った後、朝は曇り空だったか、午後は晴天が広がり梅雨入りしたばかりだと言うのに、夏のような天気になった。青空に誘われ、久しぶりに玉川上水沿いを小平まで散歩してみた

玉川上水沿いの道は市街地にもかかわらず樹木が多く、散歩道として快適な場所だと思う。今回歩いた場所はこれまで歩いた道である。同じ場所なので、新発見は乏しいのだが添付した写真には、それが新発見であるかのようなコメントをつけてみた

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直射日光を避け上水沿いの樹木の影をたどりつつ歩くと、目に入る玉川上水の水は前日の雨のためか少し濁りが入っているようだ。少し水深のある場所には殆ど必ず、まるまる太った鯉が群れをなして泳いでいる。玉川上水はフェンスで側道と隔てられ、内側には水道局関係者か水道局が立ち入りを許可した管理業者しか入れない。だから、釣り糸を垂れる人もいない。鯉も痛い思いをする心配はない。自然が比較的よく保たれているフェンス内側には、夏のキノコであるナラタケモドキも顔を出している。フェンスの外側だったら、誰かが手を付けているかも知れない

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上水沿いの木々には、小鳥の巣箱がたくさん取り付けられている。こうした巣箱を小鳥がどれほど利用するのかわからないが、お隣り福生市の市の鳥である「シジュウカラ」が利用するのかも知れない。シジュウカラの鳴き声を覚えると、この界隈ではどこでも耳にすることができる。数は相当多いはずで、何でも利用できるものは巣にしてしまうので有名だ。底に小さな穴の開いた素焼きの植木鉢を逆さにしておいたら、シジュウカラの巣になってしまったという話まである。私も樹木の洞に小さな入り口から出入りしているのを目にしたことがある。この日出会った太めの「アオダイショウ」(写真も撮ったが、嫌いな人が多いので掲載しないことにした) はこうした巣箱の雛を餌にして太ったのかも知れない

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通り道にはナンテンの蕾かあった。白色の個体しか無いと思っていたナンテンの花にも、薄いピンク色のものがあることに気づいた。この花が赤い実になると、雪うさぎの目に使われたものである。実家の庭にも植えられていた。ナンテンの根は深く伸びるので植える時は知っておいた方が良いと言われたことがある。樹木を植えたくても、今は土のないコンクリート製アパート暮らしである

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そのせいか、樹木の緑には人並み以上に敏感で、日差しが葉に透けて見えていたりすると感動してしまう。数が少なくなったモンシロチョウが羽を休めていたりするとなおさら木々の緑がきれいに見える



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personofleisure at 07:30|PermalinkComments(0) 自然 | 多摩地区

2019年06月10日

景色が変わると少し寂しい

西立川ヤマダ電機
2週間毎に立川へ自転車で足を運びます。外出先からの帰りがけ、何気なく西立川駅付近に目を向けると、先般閉店したヤマダ電気テックランドの建物が解体工事中でした。カメラを持って行かなかったので解体作業中の写真はありません。代わりにまだ元気に営業中だった、2013年夏頃の写真を貼っておきます

今回は少し懐古調に古い写真を貼り、その写真にまつわる思い出話など書いてみたいと思います。上の黄色を基調としたヤマダ電機の建物は、建物が誕生した当時のダイクマ時代から良く目立つランドマークでした。中神駅近くの借家から、長男の自転車を買いに行った記憶があります。昭島市に転居してきた当時、ダイクマは武蔵村山市まで行かないとありませんでした。近くの西立川駅そばにディスカウント店が出来たのは当時大歓迎でした。その武蔵村山市のダイクマもヤマダ電気に吸収合併され、現在は「ヤマダ電気YAMADAホールセール武蔵村山店」という長い名前の店舗に変わりましたが、基調の黄色は健在です

幸楽苑

当時このヤマダ電気の傍には、幸楽苑と言うお店があり、290円で美味しい中華そばを提供してくれました。しかし、その店舗も現在はなくなったようです。幸楽苑はチェーン店舗を展開していますが、最近は経営が厳しいようで、人件費縮小のため店舗数を減らしています。幸楽苑の中華そばは値段が安かった上、出汁も好みにあっていました。日高屋の中華そばより美味しいと思います。チェーン店舗はまだ存続しているようですが、メニューから中華そばは消えたようです。その味をどこへ行っても味わえなくなるとは当時想像もできませんでした

K'sデンキ建設予定地

現在の住まいである団地に転居した当時、隣はご覧の通り広大な空き地でした。現在はこの敷地にK'sデンキとホームセンターのカインズ昭島が建っています。ここが空き地だった当時、帝都物語という映画のオープンセットが作られたと聞きます。その映画は首都東京が平将門の霊に祟られるというような粗スジだったと思いますが、謎の軍人「加藤」を演じた俳優がとても個性的だったことを記憶しています。映画撮影の後は、いすゞだったか日野自動車だったか自動車会社のトラック置き場となり、中を塀の隙間から覗くとオスの雉が卵を温めている様子が見えるような場所でした

スーパーまつなか

また近くには高齢化社会の先駆け団地として、団地の自治会長がテレビニュースに登場した都営松中団地があります。先日散歩をかね団地の周囲を散策してみると、建て替えが着々と進んでいました。昔の風景は残っていないかと、団地内のスーパーマケットがあった場所を訪ねて見ました。すると、つい数年前まで営業していたそのスーパーマーケットは閉鎖されていました。その代り傍らに新しく廃品のリサイクル店ができていました。このスーパーマーケットも松中団地に住む人がたくさんいた当時は、かなり繁盛したものと思います。以前店内を覗いた時は、まだ頑張っている店がありました。そのスーパーマーケットがここまで早く廃れてしまうとは想像できませんでした

これまで何回もこのブログに「変わらぬものは無い」と書きました。変わりゆく風景を目にすると、ビジネスを長く続けると言うことは本当に大変なことだと実感します。それと同時に、少し寂しい想いもよぎります。しかし少し時間が経ち新しい風景に変わると、昔そこに何があったのか思い出せなくなってしまうのでしょう…




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personofleisure at 07:30|PermalinkComments(0) 回想 | 多摩地区

2019年06月06日

自動車運転免許更新

運転免許証
私も遂に来月70歳になります。そして運転免許証も更新時期を迎えます。1月頃に交通安全委員会から、運転免許の更新を希望する場合は、高齢者講習を受講するようとの通知が来ました。すぐはがきに書かれていた最寄りの教習所に電話し、受講を予約をしました。しかしそこへ出かける前、必要な持参物を再確認するとどういう訳かその通知葉書をどこに置いたのか思い出せません。そこで予約した運転教習所に問い合わせると、「通知ハガキを紛失しても受講できます」とのことでした。電話後、胸をなでおろし出かけました。でも、ハガキの保管場所を思い出せないことはかなりショックです

25歳当時、私が自動車運転免許を取得したのは京都市です。それから40年以上経過していることもあり、怪しくなった記憶を辿り、通ったはずの教習場をグーグルマップで探してみましたが、見つけることが出来ませんでした。廃業してしまったのかも知れません。今回東京で講習を受けることになりましたが、自動車運転教習所の様子も当時と随分変わっているだろうと思いつつ出かけました。予約した時間より早く到着したので教習所の様子を観察すると、自動車運転教習所ではドローンの操縦練習をすることや、操縦免許を取得できることを知りました。当時はそんなものはありませんでした

新しい運搬手段や移動器機が登場し、それらを規制する法規ができるとビジネスチャンスも拡大するようです。ドローンだけでなく、自動運転乗用車が実用化されると運転教習所の様子や運転免許も多分変わるのでしょうね…

拝島自動車教習所

さて肝心の高齢者運転免許更新講習ですが、講師の方々が話す内容は大変わかりやすく、間違えようがありませんでした。講習に加え簡単な実技試験もありましたが、体が覚えた自動車運転に対する反応は正常に機能したようです。実技試験の前に簡単な身体能力測定もありました。私の場合、暗い場所での視力や、明るく眩しい場所からの視力回復時間は相当劣化していることを確認できました。暗くなったら、自動車の運転はしないようにします

今回の手続きで唯一違和感を感じたのは日付の記入で、私は西暦しか使用しないため西暦ではダメかと聞くと、令和もしくは元号をRと書いて欲しいと言います。運転免許の発行元はどうしても元号を使用させたいようです。どうでも良いとは思いましたが、Rと書きました

自動運転

最近のニュースを見ていると「自動運転自動車」とか「ウーバー」という新しい移動システムの話を良く目にします。自家用車を手放してもうすぐ10年経ちますが、遠隔地へ移動する手段も随分変わったようです。自分で自動車を運転するという常識も変わってくるようです

霧のゴルフコースカート

自動運転のことですが、私がゴルフをしていた20年近く前からゴルフ場でも、各ホールを移動するカートは自動運転でした。4人乗車してボタンを押すと走り出します。途中でカートを止めたい時もボタン一つで停止しました

今回自動車運転免許を更新しますが、あと5年ほどすると自動運転の車両も実用化し、運転免許は必ずしも必要なくなるかもしれません。それに加え、高齢化に伴う認知能力の低下も顕著です。昨今の悲惨な交通事故を考えると、都会に住まいのある人は75歳になったら自動車運転免許は返納したほうが良いだろうと思いました


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personofleisure at 07:30|PermalinkComments(0) 日記 | 多摩地区

2019年06月02日

GoodReader


iPadを使うようになってから、iOSのバージョンが目まぐるしく更新されました。iOS8に更新された際は不具合が非常に多く、折角買ったiPad本体やアプリの使用を全て止めてしまおうかと思うほどでした。以前から重宝していたGoodReaderもそれ以降、正常に機能しなくなりました。その後このアプリケーションは、更新される様子もなかったため削除してしまいました

GoodReader3

そのままGoodReaderのことを忘れていましたが、最近ウェブを回覧中にGoodReaderがVer.5となり大幅に改善されたことを知り、再購入しました。しかし、使い方をはじめUser Interfaceが日本語化されていないこともあり、決して使いやすいとは言えません。英語で書かれたヘルプを一つ一つ開いて使い方を覚えなければなりません

大昔のアプリケーションには日本語に翻訳されたユーザー・マニュアルが必ずついていたものですが、そのような解説書を目にしなくなり随分時間が経ちます。昔と違い、インターネットで機械翻訳すれば大体のことが分かるようになった現在は、それでも良いのでしょう。しかし日本語化され、使い易くなるに越したことはないでしょう…。今の所、普通の日本語入力も問題が無いようです。濁点や半角文字などでは、問題があるのかも知れません。GoodReaderのユーザーが増えれば、使い方を書いたウェブページが増えて、使いやすくなるかも知れません

懐具合が厳しいので、外出時に常時インターネットにつながるスマートフォンのようなデバイスを持っていない私としては、インターネット上にある情報をPDFとして持ち歩くのに、今現在このGoodReaderがコストパーフォーマンスが最も優れたアプリではないかと思っています

GoodReader2

気が向いたら、挑戦してみて下さい

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personofleisure at 07:30|PermalinkComments(0) 随想 | うれしいな

2019年05月29日

多摩川見聞録


5月19日の日曜日空き時間、昭島市役所で開催された「第11回あきしま緑花フェスティバル」に行って来ました。会場の市役所には八高線鉄橋下、多摩川河川敷で見つかったクジラの化石も展示されていました。しかし、一番興味があったのは「命の川、タマゾン川を考える」という講演でした。去年もマイクロプラスチックによる川や海の汚染の話を聞きに行きました。一年経つのはとても早いものですが、また新しい知識を得ることが出来ました

この講演の講師は、自称「ヤマチャン」こと山崎充哲さんという方でした。講演のタイトルから考え、多摩川にもアマゾン川に生息する魚がいることを中心とした講演だと考えていました。講演自体は子供向けに構成されていたとは言え、大人の私も知らないことがたくさん盛り込まれており勉強になりました

どんな領域のことでも、彼のように深く探求すると自分が考えている姿とは違うものが見えて来ます。ここでは、彼が語っていた話のいくつかを紹介したいと思います。まずは、多摩川を流れる水のこと

羽村筏通し

多摩川の源流地点は山梨県に存在します。その水は下流の東京都に入り小河内ダムに蓄えられた後、小作や羽村で取水され狭山湖(村山貯水池)に送られます。源流から流れてきた水が羽村の堰に辿り着くと、その99.9%が取水されてしまい村山貯水池に送られることになります。取水されても村山貯水池に送られずに済んだ水は羽村から玉川上水を小平市玉川上水駅近くにある東京都水道局施設まで流れます。そこから下流の玉川上水には、昭島の下水道処理施設で浄化されたされた水が流れています。したがって羽村取水堰から下流の多摩川には、主に周辺から集めた雨水や下水がリサイクルされ流れているとのことでした

寸庭橋多摩川左岸

私のブログでも、多摩川上流水再生センターを取り上げています。そこを含め多数の浄化施設で処理された水が注ぐ中流から下流に広がる多摩川河川敷の風景を撮った写真は、彼の講演を聞いた後随分違う姿に見えてきます

彼の話によると、中・下流の多摩川には、主に浄化された生活排水や雨水が流れていることになります。確かにこれまでの散策で、羽村の取水堰を境に上流側と下流側の河川敷の植物は随分植物相が違うとは感じていましたが、彼の話から類推すると源流域の自然は羽村取水堰で断ち切られてしまったとも考えられます

元旦の多摩川

水再生センターでもいろいろなことを教えていただきましたが、山崎氏が強調していた家庭排水と本来の川の水の温度差についてまでは聞きませんでした。水再生センターで水は浄化されますが、水温までは下がりません。したがって、水再生施設で処理された水が流れの大半を構成する中・下流の水温は相当高くなってしまうことになります。確かに冬の早朝に国立市や立川市を流れる多摩川からは湯気のように水分が立ち昇る光景を目にすることができます

オオキンケイギク外来種

キササゲイヌキクイモ1

ヒメジョオン亀

山崎氏は絶滅危惧種のことも気にかけていて、魚だけでなく多摩川河川敷の植物も外来種になっている現状も紹介していました。道理で、羽村から下流の多摩川河川敷には「オオキンケイギク」「オオブタクサ」「キササゲ」「キクイモ/イヌキクイモ」「ヒメジョオン/ハルジョオン」が多く、そうした植物は上流域ではあまり見当たらないわけです。山崎氏は「テラピア」「ガー」「ミシシッピーアカミミガメ」「カミツキガメ」「グッピー」「カダヤシ」などの外来魚のことも紹介していました。そうした外来種も「生命」を持っているのだからと語り、むやみに敵視するのではなく大切に守ってゆくことを考えているようでした

ソメイヨシノソメイヨシノ (1)

彼の話では、多くの人が日本の象徴だと思っているソメイヨシノも外来種だそうです

多摩川河川敷多摩川中流

拝島付近の多摩川2河川敷

私は健康維持や目の保養のため多摩川河畔をよく歩きますが、これからは河川敷の植物相や水中の生物相も時間と共に変わりゆくことを意識しつつ歩きたいと思います
 

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2019年05月25日

大した変化じゃないかも知れない…


毎日見ていると小さな変化に気づきにくいものですが、久しぶりに訪ねた場所でそこにあった店の屋号が変わっていたり、そこが更地になっているような変化を目にしては、時が経過したことに溜息をつくことが多くなりました。田舎の変化は都会の繁華街ほど早いものではありませんが、私の住んでいる郊外でも時間の経過を実感することが増えました

街並みの変化もそうですが、このまま温暖化が進むと私達を取り巻く環境はどうなるのでしょうか? 少し大きな話になりますが、海水温が上昇し、海面からの水分蒸発が増えると気候変動が極端になると言われます。そうした警鐘が既に現実となっていることは、昨今の大雨による河川氾濫や斜面崩壊が物語っています。温暖化により地球の生態系が変わってしまうことは理解するのがそれほど難しいことではありませんが、あまり気づかない卑近なところでも影響がでそうです。その一例として次のような魚の話があります

「海水温が上がると魚の代謝が上がりエネルギー消費が増える。また魚体のエネルギー消費が多くなることは、エネルギー産生に消費される酸素量の増大を意味する。一般的に酸素需要の増大を補償するため、ガス交換を行うエラが発達すると考えられそうであるが、そうではなく魚は身体を小型化させ対処する方向に向かう。」

近くのスーパーマーケットの魚売り場に並ぶ、サンマ、サバ、イワシが心なしか小さくなったと感じませんか? それが温暖化の影響だとしたら、すこし早すぎるかも知れません。しかし、否定する根拠も無いような気がします。

そして街並みや魚だけでなく、街なかの植物にも気候変動の影響や、温暖化の影響かなと感ずるような小さな変化が見られるようになりました

オオバコヘラオオバコ

そんなことを感じているのは私だけかも知れませんが、今回は二つほど例を挙げておきます。まずは、「オオバコ」と「ヘラオオバコ」です。最近は左の「オオバコ」より、更に背丈の高い右の「ヘラオオバコ」をよく目にするようになりました。「オオバコ」は子供の頃、伸びた花茎を引っ張り合いどちらが先に切れるか競う、草相撲で遊んだ脇道の雑草です。感覚的にオオバコは、舗装されていない登山道のような路の方が生育に適しているようにも感じます。殆んど舗装された都会の路で、あまり目にしなくなったのはそのせいかも知れません

「ヘラオオバコ」は環境省が要注意外来生物類型2に指定している生態系に大きな影響を与える可能性を持つ帰化植物です。環境への順応性は「オオバコ」より強いと思われますが、それにしてもどこでも目にするようになりました

カントウタンポポブタナ

二例目は左の「タンポポ」と右の「ブタナ」です。タンポポにも日本固有種と外来種があり、よく観察すると外来種のセイヨウタンポポをよく目にします。しかし最近はその「タンポポ」と花はよく似ていますが、花茎がより長い「ブタナ」をよく目にするようになりました。この両者にも前述の「オオバコ」と「ヘラオオバコ」の関係と似たようなところがあるのかも知れません

この他、東北から東京に戻ってからよく目にするようになった「ナガミヒナゲシ」や「オオブタクサ」も勢力を拡大しています。子供の頃良く見かけた「モンシロチョウ」や「キタテハ」がめっきり少なくなり、「ヒョウモンマダラ」や「アカボシゴマダラ」を良く目にするようになったのも温暖化の影響と、植物相の変化のせいだと考えています

環境が変化し、変わらぬ物は無いと言うことは真実なので仕方ありませんが、どこか寂しく感じます。以前の環境はどこへ消えてしまったのでしょう
 
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2019年05月21日

IoT


IoTという言葉を様々なところで耳にしたり、目にするようになりました。この言葉はInternet of Thingsの頭文字です。あらゆるものをセンサーのように利用し、それらが集めたデジタル情報をインターネットに接続することで生み出される様々なサービスや、これまで考えられなかった社会のあり方を示す言葉だと考えています

スマートグリッド、ビッグデータの活用だとか、外出先から家電を操作するとか、留守宅や残してきたペットの様子をモニターするとか、IoTの利用法はいくらでも出てくると思われます。こうした考え方を利用したマーケティング手法であるとか製品やサービスの開発も現実になりつつあります。最近人気のスマート・スピーカーもクラウド・コンピューティングを利用したIoTの一つといえそうです

スピーカー小型スピーカー

我が家にある大きな古いスピーカーは、昔のサンスイ電気の製品です。スマート・スピーカーではありませんし、右の写真のような近くの居酒屋さんの高性能小型スピーカーでもありませんが前面の穴だらけのサテンを張り替え、今でも現役で活躍しています

今日取り上げたいのはそういう古いタイプのオーディオスピーカーではなく、何か話すと話し相手のように応答してくれたり、その機械に向かって希望の曲をリクエストすると、Spotifyのような音楽配信サービスを利用しているならその曲を流してくれるAIのようなスピーカーです

私が昔から記事を拝見しているあるブログの作者は、本当にお気の毒なことですが交通事故で最愛の配偶者を亡くし、今は一人住まいをしています。その彼は、「一人で生活していると人と話す機会がなくなる」と言い、それを心配した彼の知り合いの一人がアマゾンのスマートスピーカーEcho Dotを贈呈し、その機械と会話を楽しんでいるそうです。彼がその機械を重宝がる理由は知りませんが、自分の経験からも、話をしていないと本当に舌がうまく回らなくなってしまいます

AppleのSiriでも同じようなことが出来ます。アップルの製品を使っている私は、パソコンの音声をアンプ内臓のアクティブスピーカーから出るようにしていますが、途中で分岐しヘッドセットも接続してあります。心配なのは、ヘッドセットの音声発生部分はパッシブスピーカーですから、周囲の音を電気信号に変えることが可能なことです。誰か悪意のある人間がその気になれば、聞き耳を立てているかも知れません。使用時以外はパソコンの電源を切っていますから、常に音声を拾われ情報が逆流する(盗聴されているのと同じ)ことは無いと思いますが、常時電源の入っているスマートフォンや携帯電話のような機器の場合はどうなのでしょうか?

アマゾンやアップルその他の通信機器メーカーは機器の名前のようなキーワードを検知したときだけマイクの電源がオンになると主張していますし、司法当局がデーター提供を要求されても断ると言っていますが、もし捜査当局のような組織や、悪意あるハッカーが密かに盗聴する技術を開発しているとしたら、恐ろしいことではあります。個人情報どころかプライバシーが筒抜けになるわけですから…

スマートスピーカーの導入を考えている人はこれからとても多くなりそうです。便利なものですが、話し相手にしようと思うような時が来たら、併せてリスクも考えておきたいと思います。貧乏な私には縁のない話かもしれませんが…

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2019年05月17日

マインド・リーディング


少し前このブログに、生体認証に関する心配の話を書きました。それから暫くたったある日、空を見上げ、我が眼球が老化し、視野にゴミのように映るものが増えたなと思っていたとき、脳が考えたことを可視化する研究の話を聞いたことを思い出しました

それは夢で見たことや、脳が捉えた映像を視覚化する研究のことです。つまり、眼球を通して脳に伝わった情報を信号として捉えようという試みです

Presen2

それを解説したのは、大学教授でした。解説を聞いていると研究はかなり進んでいるようです。またスライドの映像は近い将来、研究が現実化しそうな予感を感じさせるものでした。目から脳に届いた情報を視覚化する原理や、スライドに書かれた言葉はとても難しく感じましたが、教授のグループが実現しようとしていることを把握すること自体は難しくはありません。要するに、心に浮かんだものを映像化しようというものです

Presen1

少し前の研究文献からも、脳内の目に映った斜線の方向を視覚化し把握することは既に可能なようです。一方ブログを書いていると、頭に浮かんだ光景がデジタルカメラの画像のように手に入らないかと思うことがあります。脳波は電気的な情報であり、現在でも脳波計の画像を読むことで、病気を診断することができます。テンカンの分類などに使われる手法です

同じ電気信号を使う技術ですから、頭に浮かんだ情景や景色などをカメラに残した画像のように取り出せる技術が実現しそうな気もします。現在の水準でも、脳の情報を視覚化した映像は、目に映る物体をかなり具体的に捉えています。この技術はSFのような気もしますが、科学技術の進歩は大変早く、レイ・カーツワイルが提唱するシンギュラリティの到来する頃には現実になっているかも知れません

それが現実化する頃は、ウソ発見器も格段に進歩し、嘘がすぐバレる時代になるのかも知れません。嘘をついたことがバレないようにするには、嘘を虚構ではなく真実だと信じ込んでしまう必要がありそうです。もし虚偽を真実だと信じ込む人が増え、かつ虚偽を流布すれば厳しく罰されるようになるとしたら、SNSなどインターネットを利用して流通し、問題視されるフェイクニュースが更に問題化するかも知れません

デジタルカメラで撮影した画像を貼ったブログが健在なうちは、人間もまた健全でいられるとも言えそうです。生体認証どころか、マインド・リーディングの技術が実用化する時代がくれば、技術の応用には更に慎重を期す必要が出てきそうです


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ではまた  

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personofleisure at 07:30|PermalinkComments(0) 随想