那珂川の背後に国土なし!

Historia Magistra Vitae est. twitter : @hms_compassrose

2016年10月

天冥の標 考察の続き:なぜ「僕」が怪しいと考えているのか

きのうのつづきである。続きを読む

天冥の標 −複数のノルルスカイン、その識別法−

 いちどプライベートモードで書いたのだが、考え直してネタバレ警告をしたうえで全ユーザに公開することにした。わざわざDMでパスワードを聞いていただいた方には申し訳ないのだが。あといろいろ書き足りなかった部分を追記しました。

 さて、以下のエントリには『天冥の標』の物語の根幹にかかわる重大なネタバレが含まれています。最新刊まで読了していない方はここで引き返すことを強く推奨します。

 続きを読む

ベスト50作品紹介その4: ローレンス・ワット=エヴァンズ「ぼくがハリーズ・バーガーショップをやめたいきさつ」

ローレンス・ワット=エヴァンズ「ぼくがハリーズ・バーガーショップをやめたいきさつ」(1987) Why I Left Harry's All-Night Hamburgers 
ハヤカワ文庫SF『80年代SF傑作選 下』収録
1988年度ヒューゴー賞ショートストーリー部門受賞作






さて、きみはどうしてベナレスなんかへ来たんだい?


 ハリーのバーガーレストランは、ウェストヴァージニアのド田舎の国道沿いにある誰がどう見ても何の変哲もない終夜営業のトラックドライバー相手の店。近所に住む主人公もそう思っていた。…そこに勤め始めるまでは。
 昼間は外見通りの普通のバーガー屋だが、夜中になると得体のしれない連中が店に姿を見せる。宇宙服やてかてか光る妙な制服姿だとか、肌が青かったり緑だったり、おっぱいが3つついていたり…。そう、ここはパラレルワールドの間を行き来する次元の旅人達が集う店だったのだ!

 最初は異形の旅人達の接客にびびっていた主人公も次第に慣れ、フレンドリーなお客からさまざまな異世界の驚異について聞くうちに、旅への憧れの気持ちが頭をもたげ出す。こんなウェストヴァージニアのなにもない山の中で年を取るのはゴメンだ、世界を、しかもいくつもの世界を見たい…主人公はある夜マシンに1人分の空きがあるという旅人に同行をせがむのだが…。


 
***********************************************************************続きを読む

ベスト50作品紹介 その3: スタニスワフ・レム「事故」

スタニスワフ・レム「事故」(1971) Wypadek 
ハヤカワ文庫SF『宇宙飛行士ピルクス物語(下)』(2008)収録

宇宙飛行士ピルクス物語(下) (ハヤカワ文庫SF)
スタニスワフ レム
早川書房
2008-09-05



 人間が、冷ややかな落ち着いた態度で、己について得た知識を魂のない機械にそそぎこみ、かれらが魂を持つ水準にまで達し、かれらを創造した者の競争相手となって、このすばらしい世界を認識するようなことがないよう監視している態度には、どこか念の入った奸智のようなものがあった。  



 ベテラン宇宙船乗りのピルクスは乗船待機期間の暇つぶしのためとはいえ、みずがめ座イオタ星の惑星探査隊に参加したことを後悔していた。単調極まる退屈な測量作業、テント暮らしの不快な環境、申し分なく有能だがいけ好かない同僚2人との気詰まりな関係、しかしそれもやっと最終日を迎えた。ところが最終日になってまた大問題が発生した。最後の測量作業に送り出した調査ロボットのアニエルがいつまでたっても帰還しない。捜索に乗り出したピルクスたちは、山岳地帯のがけ下で墜落して全損状態のアニエルを発見する。奇妙なことにアニエルは背負っていたジェットパックを外してがけ下に置いたままにしていた。アニエルはわざわざフリークライミングでこの岩壁を登ろうとして失敗したのか?なぜ?

 2人の同僚、とくにサイバネティストのマッセナはアニエルのハードウェアになんらかの致命的なバグが存在し、アニエルが誤作動を起こしたのだ、という結論に満足しているようだったが、ピルクスには腑に落ちないものが残っていた。自らも登山を趣味としているピルクスには、人間に近い高度な知性と判断力を持ちながら、個性や人格、主体性といったものとは無縁であるとされていたオートマトンの頭脳に、この岩壁を踏破したいという「好奇心」のようなものが芽生え始めていたのではないかと思えてならなかったのだ…。
続きを読む

ベスト50作品紹介その2: テッド・チャン「あなたの人生の物語」

テッド・チャン「あなたの人生の物語」(1999) Story of Your Life
ハヤカワ文庫SF『あなたの人生の物語』(2003)収録
1999年度ネビュラ賞ノヴェラ部門受賞作
1999年度シオドア・スタージョン記念賞受賞作
2003年度星雲賞海外短編部門受賞作



あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)
テッド・チャン
早川書房
2003-09-30





「へえ、お話がどう進むかがとうにわかっているんだったら、なぜわたしが読んであげなきゃいけないのかしら?」
「だって、聞きたいんだもん!」

 
 気鋭の言語学者ルイーズは、軍から地球に来訪したエイリアンとのコンタクトに協力を依頼される。7本足の巨大なイカのような姿をしたエイリアン、「ヘプタポッド」の言語は奇妙で複雑なものだったが、ルイーズをはじめとする語学チームの能力をもってすれば基礎的な文法と語彙の解明にそれほど時間はかからなかった。たどたどしいものではあっても双方向のコミュニケーションが成立すると、物理学者や数学者のチームは、代数や幾何学のような比較的単純な、そしてどんな知的生命も共通して理解できるであろう概念を突破口にヘプタポッドの科学技術に迫ろうと意気込む。しかし、予想に反してヘプタポッドとの科学的交流は遅々として進まなかった。どうも人類とヘプタポッドの間には、単なる文化的なものを超えた、なにか根本的な差異が存在しているようなのだが…。
 エイリアンとのコンタクトに奮闘するルイーズの物語と並行して語られるのは、今は亡き娘の思い出をつづるルイーズの回想。飛び飛びに、時間をシャッフルして思い出される微笑ましい幼年時代、成長、さまざまな環境の変化、そして悲劇的な死別。

 まったく接点のないように見えた2つの物語が、想像もしていなかったある物理学の原理を媒介に結びつくとき、世界の姿は一変する。
続きを読む

ベスト50作品紹介その1: ジョン・クロウリー「時の偉業」

ジョン・クロウリー「時の偉業」(1989) Great Work of Time
早川書房『ナイチンゲールは夜に歌う』(1996)収録
1990年世界幻想文学大賞ノヴェラ部門受賞作

ナイチンゲールは夜に歌う
ジョン・クロウリー
早川書房
1996-09





時の偉業を打ち砕き
古き王国を新たなる
鋳型に注ぎ込むべく
                   
  アンドルー・マーヴェル
       「クロムウェルのアイルランドからの凱旋に寄せるホラティウス風頌歌」より



 この年代記は数多くの場所から、それこそ何百万という世界から、同時に始まる。しかし結末はただ一つしかない。
 暗い海中の森。すべての変化の種が尽きた、限りの無い静寂の世界。

 1956年、英領スーダン・ハルトゥーム。帰国する飛行船の便待ちをしていた植民地省の若手官吏デニス・ウィンターセットは見知らぬ紳士から夕食の誘いを受けた。初対面にもかかわらずその豊富な話題でデニスを魅了した男、サー・ジェフリー・ダヴィナントは別れ際にデニスを自らが属する組織への加入を勧誘する。その組織こそはタイムトラベルの秘術を駆使し、時間線を縦横に駆け巡ってあまたの世界の大英帝国の繁栄と世界平和の維持に奔走する秘密結社〈異胞団〉(アザーフッド)であった!続きを読む

翻訳短編SFベスト50リスト

自分が海外SF短編のオールタイムベストNo.1に推すテッド・チャンの「あなたの人生の物語」が映画化されると聞いて最初はたまげた。かなり複雑な概念を扱っているうえに物語の構造そのものに大きな仕掛けを埋め込んである作品をどうやって映像化するのだ、全然違う話にするしかないんじゃないの、と。

しかし予想はいい方向に裏切られたらしい。出来上がった映画「メッセージ」(英題:Arrival)は批評家から絶賛の嵐であるという。しかも原作読者からも高く評価されているとのことで、これは楽しみだ。おそらく映画公開に合わせて、原作の短編集(短編と同題の『あなたの人生の物語』)も新装版で出るだろうしより多くの人にこの小説の面白さを味わってもらうにはどうすればいいのだろう、とつらつら考えているうちに、「あなたの人生の物語」にとどまらず、いまいち知名度のない短編SF全般について広く紹介していきたいな、という気持ちが芽生えてきた。

長編がどうしてもキャラクターで物語をドライブするものになるのに比して、短編はよりアイデアそのものの切れ味や語り口、描写力で勝負するものになる。そしてそこにはSFの魅力である「ワンダー」がより純粋な形で詰まっているんじゃないかと思っている(さいきん大長編を読み通す気力がなくなっているからかもしれないが)。
10篇ばかり挙げればいいか、と選考を始めてみたが、しかし、結局好きな作品、印象に残る作品はとても10篇では収まらなかった。どんどん膨らんでいくリストを見ているうちに、えーいどうせならキリのよい数字まで増やしてしまおう、最終的にベスト50となり、twitterで紹介を始めたが、それだけ数があるのならブログ記事にした方がいいという指摘をいただいたのでこちらにアップすることになったわけである。

選考の基準はほぼ自分のフィーリングであるが多少は作品の傾向的にバランスは取ったつもりである。また同一作者からは3作品を限度とした(共作も1作品として数えた)。収録書籍については現在最も手に入れやすいであろうものを挙げている。

※リストは著者の五十音順である。順位ではない。続きを読む
livedoor × FLO:Q
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ