TED is Back!

テッド・チャン17年ぶりの新短編集が5/7に発売されたのでさっそく買って読みました。
チャンだからクオリティは保証付き。
レビューというのもおこがましいので、書き下ろしの2篇の内容について簡単に紹介だけします。


※核心には触れないつもりですが、設定についてはそれなりに語るので、そのレベルでも許容できないというかたはここで引き返しましょう。
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"Omphalos"

主の創造の御業に近づくため考古学者の道を選んだ主人公はいとこから気がかりな話を聞いた。

ある大学のコレクションにしか存在しないはずの、創造の痕跡が刻まれた貴重な化石が教会のチャリティーで売られていた、と。

学界を揺るがすスキャンダルになりかねないその遺物の出所を探り始めた主人公は、人々の信仰を動揺させるに足る、ある「科学的発見」がひそかになされていたことを知る。




ヘソのない現生人類のミイラ、ある年代から突然年輪を持たなくなる古木、成長線を持たない二枚貝の化石、世界中どこを掘っても突き当たる等質な花崗岩の基層。

神による世界創造が科学的に証明された客観的事実だとしたら、その世界の科学者にとって自らの学術的探究心は信仰と同じ意味を持つことになるだろう。神によって創られたこの世界のことわりをより深く知ることは、自分たちがこの世界に存在することの意味への確信を深めることにほかならないから。

しかし、もしそんな科学者が、ただ神による創造を客観的な証拠から確信しているだけで、われわれと同様に「サイエンス」を理解している科学者が、その信仰を根底から突き崩す科学的事実に突き当たってしまったら?

作中で提示される科学的事実の、作中人物たちに対する残酷さは、同作者の「地獄とは神の不在なり」を思い起こさせる。それと、信仰心の篤い科学者の日記体というスタイルはアーサー・C・クラークの「星」へのオマージュかな、とも思ったが自作解題で特に触れてないので俺の思い込みかも。

大がかりなガジェットや設定を用いながら物語がパーソナルなものへ収束していくことに不満を感じる人はいるかもしれないが、チャンってそういう作家でしょ、というしかない。

なおタイトルはギリシャ語で「ヘソ」の意味。




"Anxiety is the Dizziness of Freedom"


誰でも並行世界と簡単に通信ができる端末「プリズム」が普及した近未来。

元ヤク中のしがないプリズムカフェの店員ナットは、危ない橋を渡ることが大好きな上司モローからプリズムを使った詐欺まがいの大儲け話を持ちかけられる。

迷った末に一枚噛むことに同意したナットは、プリズム中毒者を装ってターゲットが所属する中毒者の更生支援グループに潜りこむのだが…。




「プリズム」は原理的に制約が多く、パーソナルユース以外にはほとんど普及しておらず、また大半のユーザーはたまに違う世界線の自分とチャットする程度のライトユーザーである。

しかし中には違うバージョンの自分に執着し、異常な干渉や嫉妬心を抱いて問題を起こすユーザーもいた。そしてあらゆる世界のあらゆるバージョンの自分が無数の違った選択をしているのなら、いま、ここで自分が下す決断に意味などないのではないかと悩み、精神のバランスを崩すものも。

はじめは単にターゲットに接近するため支援グループに参加していたナットは、さまざまなプリズムに関する悩みに聞き入るうちに自らの利己的行動に疑問を抱くようになり…。

それぞれが「あのとき、ああしておけば…」という後悔を抱えた、支援グループに集う軽度の中毒者たち、ナット、グループのファシリテーターを務めるカウンセラー、みながそれぞれの解決にたどりつくお話。そこにどこへ転がって行くのか目の離せないモローとナットの儲け話が絡み合い、最後まで物語をグイグイ引っ張ってゆく。
タイトルは哲学者キェルケゴールの言葉から。