2010年08月06日

理研のNECに対する損害賠償調停申立

 2010年7月27日、理研は、次世代日の丸スパコンからのNECの撤退に対し「(NEC分の)スパコンの収容施設の建設を進めたため、無駄な投資をさせられた」(2010年7月27日22時37分 読売新聞)として損害賠償の民事調停申立を行ったと報道がなされている。
 翌29日の日経新聞には、文科省の副大臣が「国として資本を投じてきた。(撤退について)ああ、そうですかとはならない」と述べたと伝えている
 理研は公式発表を行っていないようなので、あくまで、新聞報道を基にしたものではあるが、上述の副大臣発言の報道もあり、大筋はこのとおりと考えて良いであろう。

<文科省中間評価作業部会の機密ヴェクタ部不要論、訴訟は困難>

 この件のおさらいをすると、事の起こりは、2009年4月の次世代スパコンに対する文科省の中間評価作業部会が行った中間評価で、今考えると、これがこの件の始まりであった訳である。当時、作業部会の評価内容は意図的に機密名目で国民には公表されることはなかったので経緯がハッキリしていなかったのであるが、裏でこれがトリガーとなっていたようである。
 そして同5月に、突然、NECが次世代スパコンの製造段階には参加しないという形での撤退表明があり、撤退理由は「同社の経営状況の悪化」であった。
 NECの撤退を受け、作業部会は理研にシステム構成の変更を求め、理研はそれまでのヴェクタ・スカラ両輪論を捨て、スカラ単一システムでの開発継続を決め、同7月に評価作業部会はシステム構成変更を含めた中間評価報告を公表した。
 そして、同8月の総選挙の結果、政権交代が起こり、それに関連して政府事業の事業仕分けが行われることになった。
 次世代スパコンも事業仕分けの対象になり、同11月に行われた事業仕分けのなかで、理研は、NECの撤退に対し、損害賠償を請求すると発言した。と同時に、一般公開の事業仕分けにおいては、法的に正統な理由のない機密指定などは維持できない状況に追い込まれていったのである。
 その結果、2010年1月に到り、これも唐突感が否めないものであったが、文科省は、2009年7月に発表した中間評価報告には、米国との競争状況(法的正当性は無い)を理由にした、非公表の機密部分があったことを認め、その上で、仕分けに於いて、世界1位を獲得するための予算措置が否定され、機密保持の必要性がなくなったとして、その機密部分の指定を解除した形の報告書を公表した。
 その中には、2009年4月の中間評価作業部会において、「現状では複合システムとしての性能は不十分」「プロジェクト目標を念頭に置いた最適なシステム構成を再検討すること」(報告書添付資料1)などとされ、暗に「ヴェクタ部はプロジェクト目標に貢献しておらず、資金面から、ヴェクタ部は捨て、スカラ単一システムに集中することが必要」との評価がなされていた事が記述されていた。

 この事実は、NEC撤退の真の理由が、公式な「経営悪化」ではなく、この中間評価作業部会の意思をNECが斟酌した結果なのではないか、という疑問を惹起する事になった。
 要するに、「作業部会が不要といったので、NECは撤退した」というのが本旨で、「経営悪化」という公式理由は、経営環境超悪化の中、「不要」と評価されたものに、国家プロジェクトだからといて、身銭を切って経営資源を割くことは出来ないし、余裕もないという、極めて普通の経営判断ということで、トリガーを引いたのは「作業部会のシステム構成再検討決定」と判断するのが妥当であろう。

 となると、事業仕分けでの賠償請求実施発言は、この4月の作業部会での経緯を理解していないのか、知ってはいても機密で隠しとおせると思っていたのか、とにかく無責任な発言ということであり、そもそも理研がNECを訴えることなど出来ないのではないか、ということになるのである。

<法的賠償請求ではなく、調停>

 そして、事業仕分けでの賠償請求発言から8ヶ月の紆余曲説を経て、2010年7月にやっと賠償請求の申立を行った訳であるが、この申立はキーになる以下の2点で、どちらも激しいピントズレを起こしているのである。
(1)この賠償請求は「民事調停」であって「民事訴訟」ではないこと
(2)賠償が「開発契約」に対するものではなく、「無駄な施設投資」に対するものであること

(1)の「民事調停」に関しては、契約違反があったのなら単純に「民事訴訟」を起こせばよいわけで、訴訟を起こせずに「調停」でしか賠償請求出来ないということは、「契約違反はなかった」ということの裏返しと考えてよいであろう。これは、前述の2009年4月の作業部会での結論がNECの撤退の真の理由であったということを、認めたようなものと考えられる。
 また、開発契約的に考えても、このプロジェクトは「設計段階」「製造段階」などとなっているので、契約は[段階]ごとのものであろうから、通常は、設計段階の成果物を納入し、検収を受けていれば、この段階は完了で、次段階に参加せずとも、法的に賠償請求を受けることなど考えられない。
 しかし、文科省・理研側は、事業仕分けで公式に賠償請求を行うと発言した手前、賠償請求せざるを得ず、その結果が、「賠償請求の調停申立」という「アングラでのクリンチ作戦」だったのである。
 政府公共調達という巨大ビジネス・ヴォリュームを背景とした、暗黙のビジネス圧力の下で、NECから何某かの賠償を得て、事業仕分けでの発言に色をつけようといった、小賢しい公務員の目論みであろうし、(2)の、全く訳の判らない「無駄な施設投資に対する損害賠償の調停申立」の実態であろう。
 まあ、ハッキリいって、この申立ては「いちゃもん」の類としか思えない。法的に正面から「支払った設計費の奪還」を主張できないため、「調停」の俎上に上げるための、なりふり構わぬ「言いがかり」で、例の老害氏の大好きな「歴史の法廷」に堪え得るようなものとは、とても、思えない。

<巨額税金無駄使いの責任は文科省・理研>

 文科省・理研側としては、「国として資本を投じてきた。(撤退について)ああ、そうですかとはならない」という前述の副大臣発言のとおり、国民に向けて、正義の副大臣様が不届き者を懲らしめ、「少しでも払った血税を取り戻した」という実績つくりなのであろうけれど、この奪還作戦は筋が悪い。実態は「悪者は副大臣様のお身内のもので、NECは関係ない」という構図だからである。
 というのは、事の起こりは、始めに「ヴェクタ部不要論」を指示したのは文科省の作業部会であり、これは、プロジェクト・マネジメント視点で見れば、「発注仕様の変更」という事で、発注側、つまり、文科省・理研、の責任であり、受注側のNECに責任はないからである。
 初期発注仕様に基づいて仕事をしてきたNECは、それまで掛かった作業代金を返還する必要など「さらさら」ないし、また、「発注仕様変更」で生じた「施設投資の無駄」も、文科省・理研側が負わねばならない「無駄」なのである。
 副大臣は、NECが身勝手に撤退したと誤認しての発言と思えるが、仕分け時には機密として公表されていなかった4月の作業部会での決定は、ヴェクタ部開発を縮小廃止し、予算をスカラ部に集中させる指示であったわけで、この変更指示に伴う責任は、全て文科省・理研が負うべき筋のものなのである。当該副大臣にどれほどの認識があるのか定かでないが、文科省の担当者に丸め込まれた副大臣殿は、哀れにも、「天に唾をはいている」という構図になっているのである。
 従って、勿論、施設に関しては、NECが賠償しなければならない理由は何もないと思うので、賠償など拒否すればよいと思うが、どっこい、法的黒白を求める「表」での訴訟ではなく、何でもありの「絡めて」からの「お話合い」の調停であるから、長い将来にわたって続くであろう公共調達視点の暗黙の圧力は、NECにかなりな重圧になると思うので、結果の予測は難しいということになる。

<蛇足>

 筆者は3年前に、「次世代日の丸スパコンは大丈夫か?」でこの次世代スパコン・プロジェクトのプロジェクト・マネジメントのいい加減さを指摘し、今回のような事態が起き得る事を指摘していたし、同様に、「日本のスパコン戦略はボロボロ」で述べたように、戦略そのものが今日の世界のコンピュータ・テクノロジのトレンドからは浮き上がった、おかしなもので、税金が意味なく浪費される構造になってしまっていることを、3年前に指摘した。
 原因は、勿論、この戦略を立案した人達の、能力・知力が極めて劣っていたということで、世界のコンピュータ・テクノロジのトレンドを全く理解できていなかったという事に尽きるわけである。

 この件の本質的問題は、日本国の国家基幹科学技術としての文科省の次世代スパコンのヴェクタ・スカラ両輪論という戦略は、完璧に崩壊してしまったのに、この戦略立案に対する責任の追及と反省が全くなされていないという事が大問題なのであり、文科省および理研の責任こそが追及されねばならないのである。
 残骸として残ったスカラ単一機も、異常なラック数による時代錯誤の水増しシステムで、維持経費も膨大で、現在、世界中で受注販売されている市販スパコンより性能が劣り、本来のプロジェクト目標達成は困難とされている代物で、こんなシステムに1200億円もの税金を投入した、文科省こそ責任を追及され、処分が行われなければならないはずである。

 筆者は、今日、アーキテクチャ的にCray-1やSXのようなヴェクタ機は不要と判断して、文科省のヴェクタ・スカラ両輪論に異議を唱えてきているのであるが、歴史的にはアーキテクチャの議論はアーキテクチャそのものに対する議論では結論が出ないことが多く、結局、売れた方が勝という経緯をたどってきているので、今回も、コスト面での議論を、前面に押し出して、SX不要論を展開してきたのである。
 ただし、この不要論は、SXを悪者扱いする意図は全くないし、民間企業として世界で商売が成り立つのであれば立派なものと考えているし、過去のSXの業績の素晴らしさを否定するものでもない。
 こうしたヴェクタ機不要論とは全く関係なく、今回の文科省・理研側のNEC撤退の賠償請求騒動は、筆者の目からは、文科省・理研側が、自己の責任をほお被りして、自分だけ「良い子」になり、NECに全責任を押し付けているような、極めて悪質な、「いけにえ」作戦のようにしか見えないのである。
 文科省・理研は「言い逃れ」でなく、自己の下した判断に責任を負うべきであり、副大臣は、省内取り巻きの身びいきな意見だけに基づくことなく、広く外部の意見も聴取の上、公平な判断をするべきである。
 

  

Posted by petaflops at 11:45Comments(0)TrackBack(0) スパコン仕分け | スパコン 04