2010年11月05日

アゴラの記事「中国スパコンが世界一」に関して

 11月2日付けのアゴラに、山田肇さんという人の「中国スパコンが世界一」という記事が載っている。
http://agora-web.jp/archives/1118551.html

 内容を纏めると、中国のスパコンが世界一の性能を達成したことに関連して、11月1日の日経夕刊で(わが国の次世代機開発は)『国の威信をかけた事業です』と解説している記事や、10月30日の産経のNYTimes等米有力紙を引用した記事などは

・ 「これらの報道は感情に走っている。スパコンの性能が示すものについて基本的な誤解があるようだ」

と断定し、Top500のLinpackによる順位付けに対し

・ 「LINPACKは1970年代に開発されすでに時代遅れなのだが、物差しが代わると経年的な比較ができなくなるので、利用され続けているだけのものである。」

・ 「自動車レースのフォーミュラ1は直線路の最高速度だけで性能が評価できるだろうか。」

と、否定的意見を述べ、結論的に、

・ 「コンピュータ市場の中でスパコンの占める割合は小さい」から
・ 「世界一になったとしても市場への影響は限定的」で
・ 「市場の主戦場はクラウドコンピューティングである。この市場で日本企業に存在感がないことのほうが競争力としてはよほど大問題である。」

とし、

・ 「スパコンは科学技術の一分野に過ぎず、しかも(Linpackは)一側面での評価に過ぎないのだから、大騒ぎに意味は無い」

といったような主張である。
  
  
 始まりのNYTなどからの状況認識はヘンだし、Linpack性能や地球シミュレータ(ES)のオカシナ議論を経て、結論の部分で突然飛び出してくる取って付けたような目くらまし的「クラウド主戦場説」は、Linpack性能やスパコンとは全く関係ないもので、論理の飛躍以外の何者でもない。

 それが、Linpackや地球シミュレータなどに対する一連の誤解と共振して、筆者にとっては、何が言いたいの?そんなマーケットの事など始めからわかってることじゃない!といった読んでいて馬鹿馬鹿しい印象しか残らない記事であった。

 反論などするのは時間の無駄と思いつつも、彼の一連の誤解は、自分の屁理屈に合わせるための創作/捏造の類で、いわば、汚水の垂れ流しのようなもので、反論の必要を感じ、それが元で、いつの間にか、記事全般に対してもコメントを加える事になってしまった。


<NYT、WSJなどの記事は普通の分析>

 まず、NYTimesやWSJの記事から述べると、これらの記事はNYTやWSJの意見というより、Top500のco-autherであるUTKのJack DongarraとLBNLのSimon Horstや、VTのWu-chug Feng等へのインタヴューで記事を構成してるもので、彼らの冷静な分析をストーリーにしただけで、何処が「感情に走っている」のか全く理解できなかった。この人はオリジナルの記事を読んで書いているのか不安になってしまう。

 NYT、WSJの記事の内容は概ね以下のようなもので、特段、差し迫った感情的な緊迫感は感じられないし、どちらかというと、余裕の対応のように感じる。

・Tianhe-1Aは、IntelやnVIDIAの市販製品を、中国独自開発のInterconnect(Infiniband QDRの2倍の転送速度)で結合したもので、開発形態はCRAY社が行っているものと同じである。

・これは米国へのwake-up callのようなもの

・同程度の性能のものなら、USの顧客が作る事は可能である。

・日本は単発であったが、中国は長期的戦略で段階的に多くのスパコンを作ってきており、ゆくゆくは独自CPUを組み込んでくるから、長期的には脅威になる。

・こうした意味で米国が保持しているHPCでの優位性はリスクに面しており、米国の将来の経済基盤に打撃を与えるかもしれない。 

・(Tianhe-1AのCPU+GPGPUの方式は)アプリケーション・プログラムにより向き不向きがあり、全てにとって使いやすいわけではない。

・米国には、もっと速く使いやすいsystemの計画がある。



<Tianhe-1Aの影響>

 中国のスパコンTianhe-1Aに関して、現在、世間が大騒ぎしているとは思えないし、今後も大騒ぎは無いであろう。

 技術的には、Intel-HPとnVIDIAの市販品をくみあわせた東工大のTSUBAME2と殆ど同じであるから、70-80億円とスパコン部屋を用意すれば、半年も掛からずにNECとHPが作ってくれる程度のものである。

 マーケット的には、米国製市販品だけで済むものであるから、中国の影響などは考えられない。しかし、価格性能比、電力性能比などの観点からnVIDIAのTesla-GPUの存在感は著しく増加し、Teslaを組み込めるHPやDELLのサーバーによる小規模構成・低価格のSemiCloneが、研究室レヴェルでかなり多く導入されるものと予想され、HPC市場の裾野拡大には、かなりなインパクトがあるのではないかと予想している。
 


<地球シミュレータは汎用機>
 
 彼は地球シミュレータ(ES)が「地球規模の環境変動の解明・予測に最適化されたスパコン」などと言っているが、ESは、そもそも、JAXA、原研、海洋研の共同予算600億円で開発されたもので、設置場所を確保できた横浜の海洋研に設置されただけで、名称も設置場所に合わせておいたほうが予算獲得に便利程度のことであり、航空力学、原子力開発、などを含めた汎用機として開発したのであって、決して「環境変動に最適化」したものなどではない。

 そして後継機(概ね180億円くらい)の選定で、神戸の次世代スパコンを採用しなかったのは、単純に、更新時に、まだ次世代機は存在しなかったからで、SX-9になった理由は、入札にNEC以外参加が無かったからで、そのほか既存プログラムの大規模な書換・変更が無いことなども決め手の一つであったかと思う。

 次世代スパコンとの関連で述べれば、海洋研は次世代スパコンの開発主体に立候補したのであるが、ESの運用の仕方や巨額年間経費などで文科省や関連研究所の覚えが愛でたくなく、開発主体を理研に奪われてしまったのは周知の事実であり、この程度の経緯を押さえないで記事を書くと、一般の人はともかく、スパコン関連の人達からは馬鹿にされる事になる。

 ましてや、Vector機である現在のES後継機(ES2)が「環境変動専用機」であるかのごとき断定は、NECの撤退で崩壊してしまったが、「日本のスパコン戦略は専用機を作る戦略であった」などという頓珍漢な結論に至らしむわけで、笑うに笑えない誤解である。

 そして、ES、ES2の開発を行い、Vector機で次世代スパコン開発に参加していたNECが次世代スパコンから撤退した理由は、公式には「経営環境の悪化」であるが、現実には、国際市場でVector機は、価格性能比、電力性能比、設置面積性能比など、多くのパラメータで、市場競争力を失っていたことが本質的理由である。
 数年後のES2の更新時には、巨額財政赤字の下で、ES2と同等な予算が組めるとも思えず、また、Vector機はなくなってしまっているわけで、プログラムの大規模変更は必須となり、マーケットが存在しない山田流「環境専用機」は後継の選択で手痛いしっぺ返しを受けることになると思う。、
 


<コスト視点: 『国の威信をかけた事業』の現状と巨額税金支出の妥当性>
 
 山田さんは、「市場への影響」とか「市場競争力」などと述べながら、コスト視点を完璧に無視している。 

 今回の中国のTianhe-1Aが投げかけている問題は、単にLinpack性能だけの問題ではなく、開発調達費用が70億円強と推定されているほど安価であることや、市販部品が殆どで、開発期間が極めて短時間で済むことなど、価格性能比、電力性能比、設置面積性能比、部品調達の容易さを含む開発期間、などといったコスト関連の様々な論点が含まれている。
 国際市場では、Tflopsあたりの単価が急激に下がっているにも関わらず、旧態のまま親方日の丸で1150億円もの巨額税金を必要としている神戸の次世代スパコを含めた日本のスパコン戦略の妥当性と再検討の必要性を強く示唆しているという事なのであり、本来、国内で騒ぎが起きないことの方が問題なのである。

 幸いな事に、日本に於いても、中国のTianhe-1Aと殆ど同じシステムがこの11月から東工大で稼働しており、規模は1/2ほどであるが、様々なデータが蓄積されていると思うので、日本のスパコン戦略見直しの参考になるものと思う。


<Linpackに関する誤解: Linpack Benchmarkは、スパコンの必要条件>

 「Linpackは1970年代に開発されすでに時代遅れなのだが、物差しが変わると経年的な比較が出来なくなるので、利用され続けているだけのものである」とあるが、これは本末転倒の誤解以外の何者でもない。
 「経年比較の意味しかない」のであれば、今後は全て新しいBenchmarkを使用することとし、経年比較のためにLinpackを併用すればよいだけなので、ぜひとも、Linpackに代わる、「時代遅れで無い」Benchmarkを提示してもらいたいものである。
 
 これまでもLinpackは無意味だといったような主張がなされてきているが、今までのところ、Linpackに取って代わる新しいBenchmarkは提示されていない。
 要するに、Linpack時代遅れ論者などは、無いものねだりの駄々子で、自分に都合が悪くなると、物差しがおかしいと言い出すが、代わりの物差しは提示できない駄々子に過ぎないという事なのである。

 Linpackに代わる物差しの試みとしてHPCC9項目のBenchmarkがあるが、その主要4項目は、HPL(Linpack)、FFT(フーリエ変換)、EP‐Stream(データ移動)、Random Memory Accessなどである。これらの内で、統合された有意味な作業として性能評価の期待がもてるのはHPLとFFTであり、HPLの守備範囲から漏れているエリアをFFTでカバーするという考え方である。

 これは数値計算の方法論的にも有効なものである。というのは、微分方程式の近似解を求めるには、差分近似-Linpackか、フーリエ級数展開ーFFTが一般的であるからである。

 結局、HPCCというLinpackの代わりのBenchmarkに於いても、相変わらずLinpackは有力なBenchmarkであり、「Linpackは時代遅れ」などといった主張は、的外れという事なのである。

 従って、Linapck Benchmarkでの評価は、スパコンにとって必要条件であることは確かで、十分条件では無いが、スパコンの性能評価には今後とも必要であろう。

 



Posted by petaflops at 14:23│Comments(0)TrackBack(0) スパコン 04 

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