2011年04月09日

Jane Smiley著  The man who invented the computer

The man who invented the computer:The biography of John Atanasoff, Digital Pioneer. By Jane Smiley, Oct. 2010, Doubleday.

 小説家でありノンフィクション作家でもあるJane Smileyが昨年10月に出版した上記の本に関連し、今年の1月に彼女はComputer History MuseumのJohn Hollarと対談を行っており、最近、偶然に、そのVideoを目にし、思わず、その1時間半ほどの対談を最後まで見てしまった。
 Smileyは1992年に「Pulitzer Prize for Fiction」を受賞した作家。技術系に関しては門外漢で「Binary Computationがどんなものかくらいは知ってるが、それ以上を知りたいとは思わない」などとシャーシャーと答えていて、なんとも憎めないおばさんである。

 この本はDoubledayの「American Inventors」とか言うシリーズのなかの1冊で、本来は、1970年にノーベル平和賞を受賞した「Norman Borlang」の伝記を書くことになっていたが、興味が無く、編集者に「誰がコンピュータを発明したのか知っているか?」と聞いたところ、「知らない」とのことだったので、この内容に決まり、題名は出版社がつけたと語っている。

 本の題名にAtanasoffの名前を見るのは久しぶりである。Smileyがしゃべっていた内容は「先刻承知」のことではあったが、このおばさんが「見てきたように」、Zuse、Turing、Tomy Flowers、von Neumann、Goldstine、Mauchly、EckertとかColossas、Z4、ENIACとかの話をするのを聞いていると、それはそれでなんとも面白い感じではあった。

 彼女の意図は「誰が最初か」といったようなことではなく、「まるで別々の映画館で上映されている、イギリスでのColosus、ドイツでのZuse、アメリカでのvon Neumann、Atanasoffなどといった4つの映画を見ているようで、その登場人物のCharacterが大変面白かった」といった主旨の発言をしており、技術的内容というより、小説家視点での人間観察に主眼がある本だと思うと、なんとなく肩肘張った議論をしても無駄なように思えてくる。


<AtanasoffのABC>

 AtanasoffのABCは29元連立1次方程式を解くための道具として考えられたもので、当時の計算機械としてのIBMのパンチカード・システムの改良を狙ったものである。
 29元連立1次方程式を、Gaussの消去法で解こうというもので、今日のHPC的にはLinpack計算を目標にしていたといってよい。
 システム的には、前後2行の係数をパンチカードから読み込み、DRUMメモリにいれ、その2行から変数を1つ消去する、という部分のみが機械化された部分で、消去した結果はパンチカードに出力し、次の変数消去の入力に使用する、といったもので、このオペレーションを繰り返すことで連立方程式を解いてゆくものである。
 自動化されたのは2行の係数引き算の処理部分で、次の行のオペレーションのためのSetupは人手で行うのである。

 これを今日的汎用コンピュータというのか、という素朴な疑問は、極めて健康な反応で、「Computer」ではなく、せいぜい英語版Wikipediaが採用している「Computing Device」といった表現が適切なのではないかと思えるのである。
 
 演算速度的にも、確かに論理演算回路には真空管を使ってはいたが、タイミングや制御系はreleyを使用していたり、係数用のMemoryは、交流周波数に同期して回転するDRUMにCapaciterをデータ長(50bit?)分だけ源氏車にように差し、それを並列方向に30パラメタ分だけ広げたもので、1回転で1データ分読出せるもので、読出し速度は、余り記憶が定かではないが、1回転1秒1データであったように記憶している。 
 従って、演算速度は、論理演算処理の部分は真空管の速度であるが、メモリの読出し等々は機械式で、演算全体としての速度は機械式ということになり、完全作動したとしても、当時の最新のパンチカード・システムより遅かったのではないかと思う。

 電子回路技術的には、Atanasoffは、既に1919年頃に発明されていたFlip-Flop回路を知らなかったようで、クロックの生成やパルス同期、Flip-Flopメモリの構成など、電子回路の基本を身につけておらず、内部制御に必要なCounterやBuffer、Register類を電子的には構成できず、超低速なDRUMメモリやReleyのご厄介になったわけで、電子式回路技術としては極めて不完全なものといえるのである。

 これに対し、ENIACは、Flip-Flopを基本にして、クロック生成や同期、Flip-Flopメモリを使った、Counter,Buffer,Registerなどと、完全に電子回路のみで基本システムが構成されており、電子回路の速度ですべての演算が行われており、電子技術的にはABCとは桁違いに完成された技術と評価できるものである。
 また、プログラマブルなENIACの、アーキテクチャを含む構成は、単機能なABCとは全く異なり、基本的に比較の対象にはならない。

 Arthe BurksはABCのことを「First Electronic Computer」、ENIACのことは「First Electronic General Purpose Computer」と呼んで、Computerの定義をかなり低く設定し、「General Purpose」で定義を高くすることで、連邦地裁の政治的判決と専門家の間の技術的常識の両方のメンツを立てている。
 しかし、一般人にとっては、「Computer」と「General Purpose Computer」が違うものなどというのは、日常用語上「紛らわしい」ことで、やはり、ABCは「Computing Device」程度のものと表現するのが実体にも即していて妥当であろう。


<ENIAC Patent 裁判>

 ENIACのPatent申請書は200ページ越える大著で、「ENIAC Patent」裁判は、単純にEngineering factに黒白をつけた裁判というより、大企業の金銭的思惑が重層的に渦巻いていた複雑な裁判で、そのPatent破りに持ち出されたのが、忘却の彼方にあったAtanasoffのABCであったわけである。
 訴えたのはPatentを保持していたSperryで、特許侵害と特許料の支払いを求め、Honeywellを訴えたもので、訴状はワシントンの連邦地裁に提出された。ところがHoneywellは逆にSperryを独禁法違反でミネソタのミネアポリスで逆提訴し、裁判所の受理発効時間からミネアポリスの連邦地裁で裁判が行われることになった。IBMが訴えられなかったのはIBMとSperryはcross license契約を結んでいたからである。
 
 率直なところ、田舎の連邦地裁が取扱うには荷が重すぎる内容の裁判で、勢い、Engineering factの追及より、証人の顔色を読む人間系の裁判のような展開になり、Maucklyに焦点を当てた人間系の裁判は、現実の技術的側面は捨象され、Patent申請時期が遅すぎたことなども理由となり、結局Sperryは敗訴したのであるが、当時から専門家の間では「間違い判決」というのが一般的評価であった。
 そして、この裁判には巨額の金が使われ、控訴審では更なる資金が必要になるのに、勝訴による金銭的見返りは少ないと判断したSperryは、控訴を断念、その結果、この地方裁判所の判決が国の判決として確定してしまい、米国においては「法的にはABCが最初のコンピュータ」という事になっているわけである。
 従って、米国では「法的な最初のコンピュータ」と「技術的学問的最初のコンピュータ」の2つが存在するということで、「ENIACが最初のコンピュータ」などと言うと、ABC側から「法的に訴えられかねない」といったヘンテコな状況になってしまっているのである。


<Iowa Patriot>

 しかし、判決後も一般的には「ENIACが最初のコンピュータ」というのが世の中の大勢で、このことに我慢が出来ない、IowaのPatriotが、判決と人間観察視点をテコに、強烈なAtanasoff支持の本を出版する事になるのである。
 それが1980年のClark Mollenhoffの「Fogotton Farther of the computer」(邦訳「エニアック神話の崩れた日」)である。MollenhoffはPulitzer賞受賞のバリバリのIowaのジャーナリストであり、徹底的にMauckly証言の矛盾を叩いている。

 逆に、ENIACを支持する側からの本の代表は、WSJ紙のScott McCartneyの「ENIAC: The Triumphs and Tragedies of the World's First Computer」である。彼はWSJが暗示するように人間系より企業系で、Eniac裁判をHoneywell vs Sperryの企業間闘争と見ており、さらに、ENIAC後継のEDVACにおいてEckertとMaucklyは「von Neumannに発明者としての名誉を盗まれた」といった論点を展開しているのである。

 小説家のSmileyが何故Mollenhoffの2番煎じのAtanasoffなのか理解出来なかったが、実は彼女はUniversity of IowaでPh.Dを得た人で、更にはAtanasoffがABCを作成したIow State Univ.で長いこと教鞭をとっている事を知るに及んで、瞬時にすべて納得できた。田舎Iowaの「おらが郷土の大先輩」のために一肌脱いだということなのであろう。

 今回のSmileyの著作には新しい発見・発掘があるといったわけではなく、逆に、かなりの数の事実認識の間違いが指摘されており、芳しい評価を得ているとは思えない。
 対談の最後の方で、Hollarに促されSmileyは自著の最後の方に書いている部分を朗読しているが、その中で、von NeumannはScott McCartneyからは「泥棒」呼ばわりされ、逆にNormann Macraeなどからは「visionary」などといわれているが、「von Neumannには、彼自身は誰がコンピュータの発明者だと考えているのかを聞いてみたい」という辺りは、結構witに富んだ人の様に思えるが、本書に関する限り、Iowa Patriotの変形ということなのであろうと思う。

 



Posted by petaflops at 15:58│Comments(0)TrackBack(0) 時々の話題 | 業界

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