2017年11月11日

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実践するドラッカー【事業編】
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2017年01月20日

トクビルの見たアメリカ その69 2つの障害

ドラッカー教授の思想に大きな影響を与えたアレクシス・トクビル。名声を獲得するきっかけとなった著書『アメリカの民主政治』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


そこでは2つの障害、すなわち、外的障害と内的障害とがこの原理の侵略的前進をおくらせたのである。


アメリカの民主政治<上>』 1835年 p.116(講談社学術文庫)

1のコメント
外的障害―植民地はまだ母国イギリスに服従を強いられていたため、人民主権の原理は法律のうちに明示されることはなかった。この原理は地方的集会、特にコムニューンのうちに秘匿され、しかし確実に拡大していった。しかも当初はたとえば選挙資格が与えられる基準はニュー・イングランドの北部では極めて低く、南部では高かった。これを取り除いたのはアメリカ独立革命(戦争)である。これにより「人民主権のドグマはコムニューンから出ていって、政権を勝ち取った。すべての階級は、この人民主権の共通目的のために妥協した」。

内的障害―「急激な変動が社会内にも起こった。相続法は地方的な影響力を全く破壊してしまった」。しかし大領主たちは進んで民主的な方法を志向した。貴族制が根を下ろしていた諸州の財産的な平等が進み出した。

アメリカはこれらの障害を乗り越え、人民主権の原理を手にした最初の国である。何百年も続く旧弊が存在しなかったからこそ、成し得た偉業である。



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2017年01月19日

トクビルの見たアメリカ その68 人民主権の獲得

ドラッカー教授の思想に大きな影響を与えたアレクシス・トクビル。名声を獲得するきっかけとなった著書『アメリカの民主政治』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


アメリカの革命が勃興した。人民主権のドグマはコムミューンから出ていって、政権を勝ちとった。すべての階級は、この人民主権の共通目的のために妥協した。


アメリカの民主政治<上>』 1835年 p.116(講談社学術文庫)

1のコメント
メイフラワー号が新大陸に着いてから約150年後の1775年、母国からの植民地へ課せられる課税問題に端を発した反対運動は、東部13州の独立目的として独立戦争に発展した。1776年には独立宣言をなし、アメリカ革命が成立した。

独立戦争はパリ条約締結(1783)によって終結し、イギリスはアメリカの独立を承認した。「人々は人民主権の名の下に闘い、そして勝ったのであり、この原理がすべての法律を支配する法律となった」。

トクビルは独立革命の効果を次のように表現した。「法律と革命とのこの効果が誰の目にもはっきりと分かり始めたとき、民主主義のための勝利は、すでに決定的に宣言されたのであった。権力は、事実上、民主主義の手のうちにあった」。



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2017年01月18日

トクビルの見たアメリカ その67 形式と実質

ドラッカー教授の思想に大きな影響を与えたアレクシス・トクビル。名声を獲得するきっかけとなった著書『アメリカの民主政治』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


植民地はまだ母国に服従を強いられていたので、この原理は法律のうちに明示されることはできなかった。


アメリカの民主政治<上>』 1835年 p.116(講談社学術文庫)

1のコメント
人民主権の原理が17世紀初頭の諸植民地創設当時から政治を支配していた訳ではない。なぜなら母国イギリスの支配下にあり、その法制下に置かれていたからである。それゆえ人民主権の原理は法律のうちに明示されることはできなかった。

「この原理は、地方的集会、ことにコムミューンのうちに小さくなって隠されていた。この原理はそこで密かに拡大していった」。トクビルが描写したのは一つのギャップであった。植民地という母国の支配という形式に従いつつも、人民主権という実質を推し進めていったのである。



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2017年01月17日

トクビルの見たアメリカ その66 人民主権のドグマ

ドラッカー教授の思想に大きな影響を与えたアレクシス・トクビル。名声を獲得するきっかけとなった著書『アメリカの民主政治』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


アメリカ連邦の政治的法律を語ることになれば、常に人民主権のドグマから始めなければならない。


アメリカの民主政治<上>』 1835年 p.115(講談社学術文庫)

1のコメント
トクビルはまず一般論を述べる。「殆どすべての人間的諸制度の基盤に多少にかかわらす常に見出される人民主権の原理は、普通蔽い隠されてわからなくなっている」。

これに対してアメリでは「人民主権の原理は、アメリカの大部分のイギリス系諸植民地を初めから生み出した原理である」と記し、当初から人民主権の原理が顕在的に存在していたことを明らかにした。

トクビルは、最初から人民主権という強固な信条を意識しながら建国したアメリカの異質性を述べた。これはアメリカの本質を形成する一つである。社会生態学の常套手段は顕著に異なる点をあげることである。その不変性が高ければ高いほど社会の生態に影響を与える。



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2017年01月16日

トクビルの見たアメリカ その65 平等と自由、どちらを選ぶか

ドラッカー教授の思想に大きな影響を与えたアレクシス・トクビル。名声を獲得するきっかけとなった著書『アメリカの民主政治』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


政治界に平等を支配させるには2つの方法がある。すなわちその一つは各市民に権利を与える方式であり、他の一つは誰にも権利を与えない方式である。


アメリカの民主政治<上>』 1835年 p.113(講談社学術文庫)

1のコメント

前者が人民主権、後者が専制権力である。当時、政治面における平等はアメリカにおいて世界で最も進攻していると評し、「時がくれば人々はすべての点で平等になることであろう」と記した。

トクビルはさらいに平等と自由について触れる。どの民族も「平等を失うくらいなら死んだ方がましと思っている」とする一方、「急激な衝動によって、また突発的な努力によって、自由に向かって突進するが、この目的をつかみそこなうとこの目的の追求をやめてしまうのである」。

人々は平等とともに自由に対する意識も高いが、自由よりも平等を選ぶというのである。専制権力が平等を与えることができれば自由を失っても志向する可能があるということだ。ドラッカー教授が描いた『「経済人」の終わり』(1939)のファシズム全体主義の姿そのものである。人類は容易に自由を捨てるのである。



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2017年01月15日

トクビルの見たアメリカ その64 強力に平等の方向に向かっている国

ドラッカー教授の思想に大きな影響を与えたアレクシス・トクビル。名声を獲得するきっかけとなった著書『アメリカの民主政治』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


アメリカはその社会状態のうちに風変りな現象をあらわしている。(中略)そこでは人々は、世界中の他のどこの国においてよりも、そしてその追憶の歴史にとどめているいかなる時代においてよりも、一層強力に平等の方向に向かっている。


アメリカの民主政治<上>』 1835年 p.1⒒(講談社学術文庫)

1のコメント
アメリカは財産面においても知性面に世界で最も平等でなおかつ、さらに平等化が「強力」進行している国である。これが180年前のトクビルの見たアメリカである。

現在は上位10%の人たちが所得ベースで50%超、保有資産ベースで70%超を占めるともいわれる超格差社会である。格差拡大は1980年代から始まったといわれている。現在は「強力に不平等の方向に向かっている」。

世界一平等な国は180年かけて世界一不平等な国になった。しかも180年のうちのこの30年に格差が進行した。製造業の衰退とともにコンピュータの普及が格差を広げたといわれている。もしそうだとすればコンピュータを生んだ国が自ら生み出したのもの不平等化への道を歩み始めたことになる。

社会生態学的には技術革新が不平等を促進したといえる。しかしこれは歴史上初めてのことではない。かつて灌漑技術を手にした者が水を支配し権力を握った。鐙(あぶみ)の発明が最強の騎馬兵力を生みモンゴル帝国が武力で世界一の版図を成し遂げた。今、コンピュータが富を集める道具となり経済力で国を支配しようとしている。「AI(人工知能)の出現はこの平等性にどのような影響を与えるのか」。現代の社会状態を観るためには欠かせない視点である。



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2017年01月14日

トクビルの見たアメリカ その63 知性の平等

ドラッカー教授の思想に大きな影響を与えたアレクシス・トクビル。名声を獲得するきっかけとなった著書『アメリカの民主政治』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


アメリカで平等なものは、単に財産だけではない。平等はなお知性自体にも幾分拡大している。


アメリカの民主政治<上>』 1835年 p.108(講談社学術文庫)

1のコメント
トクビルは同書を「わたくしはアメリカ滞在中に注目した新しいものごとのうちで、地位の平等ほどにわたくしの目をひいたものはなかった」と始めた。一言でいえば社会的な平等―政治的であり、経済的であり、そしてここで言及した知性的平等である。

「アメリカほどに、その人口に比してではあるが、無知者と有識者との少ない国は他には世界中どこにもないと考えられる」と指摘した。これは初等教育の普及が進んでいる一方、高等教育が遅れている現実を述べた表現である。「彼等は15歳で職につく。(中略)普通、われわれフランス人の教育が始まる時期に終わるのである」。

そして教育の内容に言及した。「あらゆる職業は見習を必要とする。それ故にアメリカ人は人生の最初の幾年かを知性の一般的教養のためにすごすことができる」。つまり就職後に本格的教育が始まるという1800年代前半の現実を明らかにした。「人々は、学問からは現実の効用をもたらす応用だけをとりいれるのである」。すなわち実用的な学問を集中的に身につけようとするのである。その後誕生するアメリカのプラグマティズムの伝統の源泉の一つをここに見出すことができる。

それゆえ「知的の労働を栄誉あるものとしたりするような階級は存在していない」。アメリカの知性の平等は教育環境や経済環境を背景とした高等教育の欠如というやむをえない現実を反映しているが、一方で初等教育の普及はそれが人生において重要な役割を担うことを知っていた先人の叡智ゆえでもあった。



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2017年01月13日

トクビルの見たアメリカ その62 社会が存在しない

ドラッカー教授の思想に大きな影響を与えたアレクシス・トクビル。名声を獲得するきっかけとなった著書『アメリカの民主政治』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


西部の新しい諸州はすでに住民をもっているが、そこにはまだ社会というものは存在していない。


アメリカの民主政治<上>』 1835年 p.108(講談社学術文庫)

1のコメント
トクビルは記した。「18世紀末に、大胆な冒険者たちはミシシッピ河の谷間に突入し始めたのである。これはアメリカのさらに一つの新発見のようなものであった」。西部開拓時代(狭義には1860-1890)の幕開けである。

「アメリカ連邦内に忽然として姿をあらわしてきた」新たな諸州。広大な土地に入植した彼らはお互いの隣人の素性すらほとんど知りえない状態にあった。それゆえ富や名声の影響はほとんどなかった。トクビルは「民主主義が最後の限界点にまで到達した」と表現した。

一方でトクビルは「アメリカほど金銭欲が人々の心の中で大きな地位を占めているところはない」と指摘している。つまり少なくとも富に興味がなかったわけではない。富を得られる機会が、社会以前に、自然の中にあったのだ。「財産の永続的平等論がそこでは大変に軽蔑されている」とも指摘している。平等とは社会の存在を前提としている。社会がなければ、とりわけ西部開拓時代に見られるような状況では平等云々はナンセンスである。欲望のまま行動しても社会ではなく自然が受け入れてくれていたということである。

このような金銭欲に基づく行動原理は現代まで続いているように観える。西部開拓の号砲はカリフォルニアでの金脈の発見である(1848年)。その後、大陸横断鉄道開通(1869年)し、西海岸まで到達すると、フロンティアは消滅した(1890年)。

これらと並行してヨーロッパ列強から遅れてアメリカは太平洋に出た。東インド艦隊を創設(1835年)し、市場獲得を目指した。幕末には日本にまで触手を伸ばしてきた(ペリー来航1853年)。ハワイを手中にし(ハワイ併合1898年)、アジアに迫った。太平洋戦争(1941-1945年)はこれらの流れの中にある。しかし、それもベトナム戦争の敗戦(1975年)で終り、到達点に達した。

その後、アメリカはバーチャル市場を形成に精を出すようになった。実需以上のマネーが飛び交う市場を生み出した。終焉は意外と早かった。リーマンショック(2007年)である。今や行き場を求めてさまようマネーは世界のお荷物だ。そして今、金融市場ではなくマネーの創出そのものに取りかかった。ビットコインの登場は世界に何をもたらすのか。

「アメリカほど金銭欲が人々の心の中で大きな地位を占めているところはない」とトクビルが記してから180年が経過した、アメリカ人のみならず人々の欲望はとどまるところを知らない。



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2017年01月12日

トクビルの見たアメリカ その61 相互作用

ドラッカー教授の思想に大きな影響を与えたアレクシス・トクビル。名声を獲得するきっかけとなった著書『アメリカの民主政治』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


財産の平等分配の法律は、次の二つの道をたどって進んでいる。すなわち、第一に、その法律は物に作用することによって人間に作用するが、また、第二に、人間に作用することによって、物に到達する。この法律は、これら二つの作用様式にしたがって、土地財産を根絶させ、そして家族並びに財産を急速に消滅させることとなった。


アメリカの民主政治<上>』 1835年 p.106(講談社学術文庫)

1のコメント
法律の作用は多様である。しかしトクビルは相続法の影響が極めて大きいことを指摘した。その法律が人と物とに相互作用し、とりわけ家族と土地の相互作用を通じて社会状態に大きな影響を与える。

フランスでは革命によって相続の平等化が進められたが、アメリカでは当初より平等相続の原則が基本であった。それゆえ当初存在した大規模地主もトクビルが渡米した頃には、土地の分割が進み「かつては非常に多くの大土地所有者が数えられたニュー・ヨーク州では、二人の大土地所有者のみが深淵の中にひきこまれようとして、やっと深淵の上に浮き上がっている状態を示している」。

彼らの子供たちの職業は商人や弁護士や医者などであり、「大多数の子供は、がどうなってしまったが分からなくなってしまったほどに、大衆の最も暗い闇の中に姿を没してしまっている」と表現した。「相続法はいたるところで人々を同一水準に平準化してしまっている」。

アメリカではニュー・イングランドに起源をもつ相続法により、世代を経るごとに財産は細分化され、「世襲的な身分と栄誉との最後の痕跡までもきえてなくなってしまっている」。社会の状態に与える影響は絶大である。



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2017年01月11日

トクビルの見たアメリカ その60 社会状態への影響力

ドラッカー教授の思想に大きな影響を与えたアレクシス・トクビル。名声を獲得するきっかけとなった著書『アメリカの民主政治』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


相続法というものは、すべての政治的諸制度の首位におかれなければならないものである。なぜかというと、相続法は諸民族の社会状態に驚くばかりの影響力をもっていて、政治的諸法律はこの相続の単なる反映にすぎなかった。


アメリカの民主政治<上>』 1835年 p.102(講談社学術文庫)

1のコメント
トクビルは「平等への道で最後の決定力をもったものは、相続法であった」と述べた。そして当時の公法学者が人間的事象の発展に相続法が果たした貢献を認めていないと驚嘆してみせた。

ブルジョワ的な商業や産業革命由来の生産を除けば、当時の大多数の生産力は土地によるものだった。当時土地は財力と権力の源泉だった。それゆえ土地の相続の如何が社会状態を決定づけるという側面があった。

トクビルはそこに注目した。長子相続と平等相続、大別すると二つのいずれかであるが、その社会状態は大いに異なった。平等分配と原則とする社会では財産は絶えず細分化され、社会の財産、とりわけ土地財産は永続的に減少を続ける。長子相続においては逆に作用する。「家族精神が幾分土地のうちに物質化されることとなっている。家族は土地を代表し、土地は家族を表している。そして家族は、その名、その起源、その栄光、その力、その徳を永続的なものとしている」。すなわち相続法により家族のあり方が変わり、社会状態が異なる。

社会生態学者は権力の正統性をみる。その源泉は何かを観察することはその基本である。



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2017年01月10日

トクビルの見たアメリカ その59 著しく民主的

ドラッカー教授の思想に大きな影響を与えたアレクシス・トクビル。名声を獲得するきっかけとなった著書『アメリカの民主政治』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


アメリカ人の社会状態は著しく民主的である。


アメリカの民主政治<上>』 1835年 p.100(講談社学術文庫)

1のコメント
トクビルがアメリカに渡り社会状態を見た時、やはり上記のように表現(eminently democratic)するしかなかった。それは母国フランスとの比較が頭の中にあったからであろう。彼はこう続けた。「この社会状態は諸植民地の生まれたときから、民主的特性をもっている。けれども、そこでは今日この民主的特性がなお一層強まっている」。

トクビルはハドソン河の東部、すなわちニュー・イングランドで起こったことと、ハドソン河の西南部と、フロリダ諸州で起こったことを比較し、ニュー・イングランド諸州以外の地域の貴族的な性格を指摘した。そこには大地主が入植し、奴隷を使い、上層階級というものが存在した。17751783年で起こった独立戦争の南部側の指導者はこの階層から出た。

南北戦争後、「社会全体は動揺していた。人民は人民の名において闘い、一つの力となったが、また人民自体の力によって行動したいという願望をもっていた。民主的な本能がめざめていた」。



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2017年01月09日

トクビルの見たアメリカ その58 社会状態の原因

ドラッカー教授の思想に大きな影響を与えたアレクシス・トクビル。名声を獲得するきっかけとなった著書『アメリカの民主政治』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


一旦、社会状態が存在するようになると、これ自体が国民の行為を規制する大部分の法律、慣習、観念の第一原因と考えられうるものとなる。


アメリカの民主政治<上>』 1835年 p.99(講談社学術文庫)

1のコメント
同書の第3章は「イギリス系アメリカ人の社会状態」です。社会状態social conditionをテーマにすえたトクビル。「社会状態は、普通には、事実circumstancesの産物であるが、時として法律の産物でもあり、また最もしばしば、これら二つの原因の結合されたものである」と社会状態の原因となるものを挙げ、この章を始めました。

トクビルは「したがって、ある民族の法制legislationと風習mannersとを理解するためには、まず初めに、その社会状態を研究せねばならない」。探求姿勢はあくまでも源流に遡るやり方です。

社会生態学者の方法論に最初の日を観るというものがあります。「すでに起こった未来」という考え方は時間軸を戻せば「すでに起こっていた現在」と表現することになります。つまり、現在の社会状態を知るには過去にどのような原因があったのかを探るということです。トクビルが採った方法です。



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2017年01月08日

トクビルの見たアメリカ その57 古いものが顔を出す

ドラッカー教授の思想に大きな影響を与えたアレクシス・トクビル。名声を獲得するきっかけとなった著書『アメリカの民主政治』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


アメリカ社会があらわにしている画面は、いってみれば、民主主義的な表層に蔽われていて、その下に、ときどき貴族制の古い色彩がもれてあらわれているのである。


アメリカの民主政治<上>』 1835年 p.98(講談社学術文庫)

1のコメント
民主主義的に見えるアメリカ社会にもそうでない面が隠れていることを明らかにしたトクビル。その一例として一例を挙げた。訴訟手続に見られる保釈金である。お金を用意できる者は身の拘束がとかれ、そうでない者は投獄される。「このような法制以上に貴族主義的な法制というものがあるであろうか」という。

この法制はイギリスのものである。「アメリカ人たちはイギリスの法制全体とその理念のすべてを、よしんば嫌っていても、イギリスの法律を変えてはいないのである」。「ある民族の慣行に次いで少しも変えたがらないものは民法である」。

民法を意識して生活している者はいない。利害得失が明らかに身に降りかかってきたときにのみ意識する。そのような性格のものを積極的に変えようとはしない。それゆえ法律、とりわけ民法の改正は遅滞する。

現実は常に法規制に先行する。現実と法規制に大きなギャップが出ない限り法律改正とならないのは一つの道理である。それゆえ新しい現実は将来の法改正のきっかけとなる可能性がある。社会生態学者の観察ポイントでもある。



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2017年01月07日

トクビルの見たアメリカ その56 二つの起源

ドラッカー教授の思想に大きな影響を与えたアレクシス・トクビル。名声を獲得するきっかけとなった著書『アメリカの民主政治』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


今日のイギリス系アメリカ人を知り判断しようとするならば、清教徒的起源のものとイギリス的起源のものとを注意深く区別しなければならない。


アメリカの民主政治<上>』 1835年 p.96(講談社学術文庫)

1のコメント
トクビルの眼は注意深かった。社会生態学の源流に位置する存在であることをうかがい知ることができる。彼は次のように注意を促す。「読者は以上にのべてきたものからあまりに一般的な、そしてあまりに絶対的な結論を引き出してはならない」。

清教徒であったからこそもたらされた特有の理念と慣行がある一方で、彼らはイギリス国民でもあったことから受けた教育や国民の伝統の影響を排除できないことを忘れてはいけない。「誰でも過去から完全には脱することはできない」からである。

社会の生態は重畳的である。源流となるものはいくつもある。それを見極めるのが社会生態学者の優れた眼である。



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2017年01月06日

トクビルの見たアメリカ その55 本来の人間の能力

ドラッカー教授の思想に大きな影響を与えたアレクシス・トクビル。名声を獲得するきっかけとなった著書『アメリカの民主政治』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


彼等の前では彼らが生まれた社会を囲い、とじこめている障壁は低まっていた。大昔から世界を指導していた古い意見は消え去っていた。


アメリカの民主政治<上>』 1835年 p.87(講談社学術文庫)

1のコメント
これまで人間の精神は止まってしまっていた。大昔から世界を指導していた原理により、本来もっていた人間の能力を使うことをやめていた。疑問を持つことを放棄し、革新欲を捨て、論争することもなく、従前のものをうのみにした。

それを見出したのが宗教だという。「宗教は市民的自由のうちに人間の諸能力の高貴なはたらきを見出している」と指摘した。自由の根幹に宗教があった。人々はそれを思い出し、人間の本来の能力を開放し、新天地を創造した。

ヨーロッパにおける概念の力である。それは宗教に内在する力である。彼らは言葉で自らを治め始めたといえる。社会生態学の一つの重要な視角である。



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2017年01月05日

トクビルの見たアメリカ その54 社会の変革者 

ドラッカー教授の思想に大きな影響を与えたアレクシス・トクビル。名声を獲得するきっかけとなった著書『アメリカの民主政治』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


ニュー・イングランドの創設者たちは熱烈なキリスト教派の教徒であった、と同時に熱狂的革新者でもあった。彼等は宗教的信仰の最も偏狭な束縛をうけながらも、すべての政治的偏見からは解放されていた。


アメリカの民主政治<上>』 1835年 p.86(講談社学術文庫)

1のコメント
トクビルはニュー・イングランドの創設者たちに「宗教の精神」と「自由の精神」という二つの要素を見出した。しかも両者の結合は稀であり、しばしば反目していた。

イギリス本国での迫害という経験が生み出したものだった。それは社会生態学でいう社会と個人の相互作用としての緊張を生み出した。彼らがとった適応的行動が新大陸での植民地創設だった。そこでは「宗教の精神」と「自由の精神」に基づいた自治が行われ、世界がまだ知らない新しい社会が生まれた。



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2017年01月04日

トクビルの見たアメリカ その53 自由の原則 

ドラッカー教授の思想に大きな影響を与えたアレクシス・トクビル。名声を獲得するきっかけとなった著書『アメリカの民主政治』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


人間の精神の最も大胆な理論が、外見では極めてみすぼらしいこの社会で実行に移されたのである。


アメリカの民主政治<上>』 1835年 p.84(講談社学術文庫)

1のコメント
「人間の精神の最も大胆な理論」とは自由の原則である。17世紀当時のヨーロッパにあった封建的な自由の概念は誤解され、人民は政治には不関与だった。しかし新大陸では現在の自由の概念に通じるものが生まれ、育っていた。

トクビルは驚嘆をもって記した。「この社会では人間の想像力はその天性の独創性にひきいられて、前古未曽有の法制をとっさの間につくってしまったのである。まだ将軍も哲学者も偉大な作家もうんでいないこのみすぼらしい民主的な社会のうちに、ひとりの人間が自由な民族の前に立ちあがって全民衆の歓呼を浴びながら、次のような立派な自由の定義を与えることができたのである」

「アメリカ連邦で力を発揮しているは、市民的並びに道徳的自由である。その権力自体の使命は、この自由を保護することである。すなわち、それはすべての正当な善を恐れるところなく実行する自由である」。

わずかの間に生み出された、定着した自由の原則。社会生態学とは人と社会の相互作用であることを強く印象付ける物語である。



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2017年01月03日

トクビルの見たアメリカ その52 公教育の始まり

ドラッカー教授の思想に大きな影響を与えたアレクシス・トクビル。名声を獲得するきっかけとなった著書『アメリカの民主政治』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


すべての共同体に学校を創設し、住民たちが重い罰金刑の下に、学校を維持する義務を課されている規程がある。


アメリカの民主政治<上>』 1835年 p.84(講談社学術文庫)

1のコメント
1650年のアメリカ社会を一瞥した後、当時のヨーロッパのことにヨーロッパ大陸の状態を吟味するならば、人は大変な驚きを感ずるのである」。アメリカの公教育の先進性に驚嘆するトクビル。

教育の義務化を定めた法律の冒頭は「人類の敵サタンは、人間の無知にその最強の武器をみつけていることを、そしてわれわれの祖先たちがもたらした知識はその墓の中に埋没されたままにされてはならないことを、注意せよ」で始まっている。

知識の重要性を知っていた初期の移民たち。そして、その源泉に宗教を配した。「アメリカでは、知識に導くものは宗教であり、人間を自由に導くものは神法の遵奉である」。



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2017年01月02日

トクビルの見たアメリカ その51 義務を課す

ドラッカー教授の思想に大きな影響を与えたアレクシス・トクビル。名声を獲得するきっかけとなった著書『アメリカの民主政治』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


立法者が社会の諸成員に対する社会の義務について、当時のヨーロッパの立法者たちよりもはるかの高邁で完全な理念をもっていたこと、また他のところではまだ欠けていた義務を自らに課したことは、明白である。


アメリカの民主政治<上>』 1835年 p.83(講談社学術文庫)

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トクビルは言います。「この初めの時代に公布されたアメリカの諸共和国の諸法律を注意して研究すれば、立法者の政治的才知と進歩的理論とに驚かされる」。17世紀のアメリカは母国の王制の下、州法が決められていたが、共同体ではすでに共和制が機能していた。

「共同体は、あらゆる種類の司政官たちを任命し、自ら課税し、租税を自らに割当て、徴収する」。さらに「すべてのものの利益にかかわることがらは、アテネにおけると同様に公共の場所と市民の全体会議とで処理される」。

これがアメリカの政治の原初的な姿である。最初の姿を知ることは社会生態学における視点の一つである。



pfd at 10:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)社会生態学の系譜