2019年11月11日

はじめに・・

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2019年01月16日

トクヴィルの見たフランス その150 農民の孤立

著書『アメリカの民主政治』に次いで出版された未完の書『旧体制と大革命』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


農民はこのような孤立と貧困のどん底に生きていた。まるでそこに閉じ込められているかのように、抜け出すことができなかった。


『旧体制と大革命』 1856年 p.297(ちくま学芸文庫)

1のコメント
農民は抑圧の中にいた。「抑圧は、不幸な人々が困苦を強いられているということよりも、彼らに何の善行も施されていないというところにある」。

 

「彼らは自由で土地を所有していながら、依然として先祖の農奴とほとんど同様に無知で、多くの場合それ以上に貧しかった。驚くほどの技術革新の時代にいながら工業に見放され、啓蒙の輝かしい世界にいながら教化の恩恵に浴していない。この不幸な人々は、特有の知性と洞察力をもちながらも、それを活かすことを学んでこなかった」。

 

「だから彼らは、唯一の仕事である農耕で成功をおさめることができなかったのである」。まるで10世紀の農業を目の当たりにしているようだと述べた英国の農業学者がいたくらいである。



pfd at 06:57|PermalinkComments(0) 社会生態学の系譜 

2019年01月15日

トクヴィルの見たフランス その149 絆の消滅に気づく

著書『アメリカの民主政治』に次いで出版された未完の書『旧体制と大革命』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


かつて大土地所有者と農民を結びつけていた恩顧―従属の絆が緩められ、あるいは断ち切られたと気づくのは、とりわけ飢餓のときである。


『旧体制と大革命』 1856年 p.295(ちくま学芸文庫)

1のコメント
かつて農民のそばには、教養ある富者がいた。多くの場合、土地を所有していた貴族である。その貴族は、いまや都市に住んでいる。

 

それでも地方に残った数少ない大土地所有者や聖職者は農民の困窮を助けられないかと考えた者もいた。しかしそれはごく少数で大きな動きとして結実することはなかった。飢餓のとき「中央政府は自らの孤独と無力を知って恐怖におののくのである」。

 

「これを契機に政府は、自ら打破した個々の有力者や政治集団を蘇生させようとして、支援を呼びかけたりする。しかし、その呼びかけに応じる者はだれもいない。政府はそれらの人々がすでに死に絶えているのを発見して驚愕する。実は政府自らが、すでに彼らの命を奪っていたのである」。



pfd at 05:56|PermalinkComments(0) 社会生態学の系譜 

2019年01月14日

トクヴィルの見たフランス その148 賦役の拡大

著書『アメリカの民主政治』に次いで出版された未完の書『旧体制と大革命』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


賦役は領主賦役から国王賦役に変わることによって、すべての公共工事に少しずつ拡大されていった。


『旧体制と大革命』 1856年 p.293(ちくま学芸文庫)

1のコメント
当初、賦役は幹線道路の維持管理を対象としていた。それが新設道路に拡大された。さらに兵舎建設などの公共工事に拡がった。

 

しかし公共工事にとどまることなく、軍隊の服を運ぶ荷役にも拡大した。これは常備軍の増大により最も重い賦役になった。また建造材を森から造船所に運ぶ荷役なども課せられた。

 

「賦役者たちは通常は俸給を受けているが、それはつねに、恣意的に決められたわずかな額だった。こうして公共工事から公共事業に賦役が拡大されるたびに下層農民の生活は困窮していった。



pfd at 23:39|PermalinkComments(0) 社会生態学の系譜 

2019年01月13日

トクヴィルの見たフランス その147 農民の犠牲による文明化 

著書『アメリカの民主政治』に次いで出版された未完の書『旧体制と大革命』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


社会の進歩は農民を絶望させ、他のすべての階級を裕福にした。文明は、農民だけには逆風となったのである。


『旧体制と大革命』 1856年 p.293(ちくま学芸文庫)

1のコメント
「ルイ14世の治世の終わりまで、本街道はまったく補修されていなかった。あるいはそれがなされたとしても、費用は利用者―国家か道路沿いの土地所有者―が供出していた」。

 

「ところがこの時期に、賦役すなわち農民の犠牲によって道路を補修する制度が開始された。金をかけずに立派な道路を保持するこの姑息なやり方は実に都合よく考えられていたのでオリー財務官は1737年に通達をもって、この措置をフランス全土に適用した」。

 

このような制度は、商業を発達させブルジョア勢力を伸張させた。しかしその結果、農民の負担は増えた。なんと新設道路の賦役にも駆り出されたのである。こうして社会の発展にともなって荷重が増えるという構図が完成された。



pfd at 07:28|PermalinkComments(0) 社会生態学の系譜 

2019年01月12日

トクヴィルの見たフランス その146 過重な負担だった民兵制

著書『アメリカの民主政治』に次いで出版された未完の書『旧体制と大革命』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


旧体制下の農民が民兵制を極度に嫌っているのは、その原則そのものよりも、法律の執行方法に原因があるとみなすべきである。


『旧体制と大革命』 1856年 p.291(ちくま学芸文庫)

1のコメント
「農民にとって民兵制ほど耐えがたい公共負担はなかったようである。農民はそれを免れるためにしばしば森のなかに逃げこんだ」。

 

嫌った理由は様々である。いつ来るかわからない徴募の知らせを待つ精神状態、恣意的な徴兵検査、兵役代理の禁止、昇進の望みが皆無、危険な職業への嫌悪などである。しかし最大の原因は、「とりわけ農民とそのうちで最も貧しい人々だけに非常に思い負担がかかっているという意識、農民という地位が負担の過酷さをいっそう厳しくしているという屈辱感、これが最たるものだろう」。

 

また兵役免除者に対する不平等感がこれを助長した。貴族の召使、大修道院の見張り番、ブルジョアの雇人などである。さらに納税年間最高額の農民の息子なども兵役免除となっており、下層農民の負担をいっそう大きくする結果となった。



pfd at 05:39|PermalinkComments(0) 社会生態学の系譜 

2019年01月11日

トクヴィルの見たフランス その145 タイユ税の存続

著書『アメリカの民主政治』に次いで出版された未完の書『旧体制と大革命』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


この2世紀来、タイユ税はまさしくこのような農民の犠牲において増殖された。文明の世紀にもかかわらず、いかなる野蛮な法律が制定され存続したのか、この点を明らかにしなければならない。


『旧体制と大革命』 1856年 p.285(ちくま学芸文庫)

1のコメント
トクヴィルは制度の元にある法律、さらにその制度の具現形態である税、タイユ税に注目した。社会生態学者の視点である。

 

はたして「タイユ税は農民にどのように課せられたのか」。「タイユ税の当初の目的は、国王が金を支出して兵を雇い、それによって貴族と封臣に兵役を免除できるようにする」ことだった。戦費調達を目的にした臨時税は、中世後期の王権強化につれて恒久的王国税となった。人的タイユ税と物的タイユ税があったが、前者は農民に対する推定所得への課税だった。

 

タイユ税は、フランスの多くで対人税として、割り当ては恣意的で、徴収は厳しかった。しかも小教区の分担総額は一年ごとに確定されていた。小教区の徴税人は農民であったが、誰もが忌避した。なぜならその公務に時間の半分を取られ、引き受け者は絶望感を抱き、ほとんどつねに破滅に追いやられているという。しかし彼は、圧制人の側面ももっていた。自ら破滅するとともに、他者をも破滅に導いた。



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2019年01月10日

トクヴィルの見たフランス その144 フランスの農村の変貌

著書『アメリカの民主政治』に次いで出版された未完の書『旧体制と大革命』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


14世紀の農民は現在よりも過酷な抑圧を受けてはいたが、同時により多くの救済も受けていた。


『旧体制と大革命』 1856年 p.284(ちくま学芸文庫)

1のコメント
かつてのフランスの農村は、「上流階級(アリストクラシー)は時折農民に圧政を行ったが、決して農民を見捨てることはしなかった」。ところが「18世紀の村とは、無知で粗野な貧民だけからなる共同体である。村の行政は、その共同体と同じく無教養で、侮蔑されていた」。

 

具体的には、「村の徴税人は、隣人と自身の財産を左右する計算書を自ら作成することができない。古くからの村の領主は、もはや村の政治を行う権利をもっていないばかりか、政治に関与することを一種の品位低下とみなすにいたっている」のである。

 

ここで政治に関与するとは、タイユ税の金額査定、民兵の徴募、賦役割当てなどの村の総代が行う仕事のとこをいう。これが革命前のフランスの農村の変貌した姿である。



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2019年01月09日

トクヴィルの見たフランス その143 自己嫌悪感を抱く農民

著書『アメリカの民主政治』に次いで出版された未完の書『旧体制と大革命』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


裕福な農民たちは農村におおむね一世代しか暮らしていない。


『旧体制と大革命』 1856年 p.283(ちくま学芸文庫)

1のコメント
有力な農民たちは都市に避難場所を求めていった。「ある農民が稼業に携わって、やっとわずかな財産を取得することができたとする。彼はやがて、息子から犂を取りあげ、都市に送り出して下級官職を買い与える」。

 

このようにして離村は農業の生産性向上の妨げとなった。しかも彼らの中に残った意識がさらに追い打ちをかける。「すなわち農民を裕福にした当の職業に対して抱く嫌悪感」が残渣のように沈殿した。トクヴィルは言う。「原因が消滅しても、結果は残る」。

 

他方、貴族の離村後、農村にいた唯一の指導者層は司祭だった。しかし、彼らも特権を有するゆえに農民から遠ざけられた。こうしてますます農民は孤立を深めていった。



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2019年01月08日

トクヴィルの見たフランス その142 作用する諸制度の影響

著書『アメリカの民主政治』に次いで出版された未完の書『旧体制と大革命』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


この現象をもたらした主要で永続的な原因は、一部の人の意思ではなく、諸制度の緩やかで絶え間ない作用にある。


『旧体制と大革命』 1856年 p.283(ちくま学芸文庫)

1のコメント
「中央集権が進んでいる地方では、富裕で教養のある住民が農村を離れている。他方また、改良不充分で旧態依然の農法が墨守されている」。「貴族階級が政治的権利を失い、しかも他方の権利を取得するにいたらず、地方の自由(自治権)も消滅していく―これに歩調をあわせるかのように、貴族たちの移住は増加の一途をたどっていった」。

 

このような現象は、一部の国王の直接的な影響ではない。3世紀に渡り、諸制度がそうさせた結果である。こうなれば、もはや恣意的に権力者が流れを変えられるものではない。なぜなら「彼らは、いやま農村にとどまりたくないのである。彼らには農村の生活は無味乾燥になってしまった」からである。



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2019年01月07日

トクヴィルの見たフランス その141 貴族の離村

著書『アメリカの民主政治』に次いで出版された未完の書『旧体制と大革命』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


田舎貴族で農村に残っているのは、ほとんど財産が平均以下のため離村できない者たちだけだった。


『旧体制と大革命』 1856年 p.280(ちくま学芸文庫)

1のコメント 141

貴族階級の離村は、一人の大臣(リシュリュー)と一人の国王(ルイ14世)の特殊個別的な影響力に帰されてきたが、この3世紀の間に通底する発想である。「この発想は、貴族階級がまだ王権にとって恐怖の対象であった17世紀にとくに顕著である」。

 

王権は、「田舎貴族を民衆から引離して宮廷と官職」に引き寄せようとした。その結果、大貴族階級と一部の中貴族階級は都市に住むようになっていった。

 

残された下級貴族階層も民衆から心は離れ、「封建的賦課税のうちまだ残存しているものの徴収」のみ、封建制度の最盛期よりも過酷だった。民心は離れる一方である。



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2019年01月06日

トクヴィルの見たフランス その140 孤立した農民

著書『アメリカの民主政治』に次いで出版された未完の書『旧体制と大革命』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


フランスの農民は、おそらく世界のどこの国よりも孤立した生活を送っていた。


『旧体制と大革命』 1856年 p.279(ちくま学芸文庫)

1のコメント
トクヴィルは、第2部の最終章で「18世紀のフランスの農民の地位は、文明の進歩にもかかわらず、どうして時として13世紀よりも劣悪だったのか」というテーマを掲げ、長い論考に入った。

 

「フランスの農民は、18世紀にはもはや封建的な小専制君主たちの餌食ではありえなかった。政府の側からお暴力にさらされることは極めて稀だった。農民は市民的自由をもち、土地を多少とも所有していた。しかし、他の階級の人々は農民とは疎遠な関係」にあった。農民の孤立した姿は際立っていた。

 

トクヴィルはこれを「新しくて奇妙な抑圧」と感じたので、別に章を設けて考察した。



pfd at 23:38|PermalinkComments(0) 社会生態学の系譜 

2019年01月05日

トクヴィルの見たフランス その139 旧体制下の自由

著書『アメリカの民主政治』に次いで出版された未完の書『旧体制と大革命』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


旧体制とは卑屈と隷従の時代だった、という見解は誤りだろう。そこでは、今日よりも多くの自由が支配していた。


『旧体制と大革命』 1856年 p.277(ちくま学芸文庫)

1のコメント
トクヴィルは旧体制下には自由があったと述べた。しかし当時の自由は、「規律もなく間欠的で、つねに階級の枠内に閉じ込められた自由、例外と特権の観念が結びついた自由だった。この自由は、専制のみならず法律にも敢然と立ち向かうことをかのうとしたが、全市民に最も当然で必要な保障を与えるにはいたらなかった」。

 

自由は制限され歪んではいたが、可能性を残していた。「中央集権は、あらゆる個性を徐々に平均化し、穏当にし、喪失させようとしていた。しかし、まさにそのときにあって、大多数の個人が生得の特性、色つや、顔立ちを失うことなく、心には自尊心を育み、多くは名誉欲を最高の欲求とすることができたのは、こうした自由のおかげだった」。



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2019年01月04日

トクヴィルの見たフランス その137 国王に対する愛情と尊崇の念

著書『アメリカの民主政治』に次いで出版された未完の書『旧体制と大革命』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


当時の人々は国王に対して、父への愛情と同時に、神のみに捧げる尊崇の念を抱いていた。


『旧体制と大革命』 1856年 p.277(ちくま学芸文庫)

1のコメント
「国王は、旧体制後に世界に現れた、最も絶対的な君主でさえ呼び起こすことのできなかった感情を、同時代の人々に抱かせていたのである」。人々の心底にあるものは、愛情と尊崇だった。それが権力の正統性の根拠だった。

 

トクヴィルは言う。不当な権力、軽蔑されている権力への服従は、「利益のためか、危害への恐怖のためか、そのいずれかである」。王権という権力に対して「人々がどんな恣意的な命令にも従うのは、強制よりもむしろ愛情に身を委ねていたからである」。

 

「大革命は、われわれの心のなかから、その感情を徹底的に根絶やしてしまったのである」。大革命によって継続は奪われた。



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2019年01月03日

トクヴィルの見たフランス その136 幸福への欲求

著書『アメリカの民主政治』に次いで出版された未完の書『旧体制と大革命』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


18世紀の人々は、物質的幸福への欲求をもっていなかった。


『旧体制と大革命』 1856年 p.275(ちくま学芸文庫)

1のコメント 136

彼らの欲求は、しきたりの遵守、宗教的信条の尊重、教会儀式への参列が混じりあった誠実という徳、英雄的行為をいましめる感情、真面目さなどの欲求をもっていた。

 

一方、上流階級は、「歓喜を愛し、快楽を追い求めていた」。「簡素な生活よりも華やかな生活を、富よりも名声を求めた」。「中産階級もまた、物質的幸福の追求には関心を示さなかった。彼らは、今日以上に優雅で高尚な快楽のために、しばしばこの物質的幸福の追求を放棄したのである」。



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2019年01月02日

トクヴィルの見たフランス その135 司法という防壁

著書『アメリカの民主政治』に次いで出版された未完の書『旧体制と大革命』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


司法慣習は、多くの点で国民的慣習となっていた。


『旧体制と大革命』 1856年 p.274(ちくま学芸文庫)

1のコメント
「すべての事件は審理に付され、すべての判決は控訴することができる」という考え方、裁判公開の慣行、形式の重視など、一般の人々が裁判所から学びとったものは多い。それは「旧体制がわれわれに与えた、自由な国民となるための教育」だった。

 

中央集権下にあった「行政自体も、裁判の用語とその語法から多くを借りていた」。王令は慣行にしたがってその前提を明示しなければならなかった。国王顧問会議は司法の慣習にのっとり長い前文つきの判決を言い渡した。「フランス財務官や税務官からなる古い行政機関においては、訴訟事件は公開の審理に付され、口頭弁論のあとで判決が下された」。

                                                                                          

「これらの慣習や手続きは、すべて君主の恣意に対する防壁となった。



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2019年01月01日

トクヴィルの見たフランス その134 司法制度の独立性

著書『アメリカの民主政治』に次いで出版された未完の書『旧体制と大革命』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


フランスの政府は、政治・行政制度によって絶対的なものとなったが、われわれは司法制度によって自由な国民であり続けた。


『旧体制と大革命』 1856年 p.272(ちくま学芸文庫)

1のコメント 134

「裁判所のなかでは権力への隷従が見られなかった」。「司法官は終身制だったから、昇進を求めなかった」。これが司法官の独立に大きく寄与した。

 

「実際王権は、公権力に関わるほとんどすべての訴訟事件の審理を、通常裁判所から奪うことに成功した。しかし、そうしながらもなお、通常裁判所をひどく恐れていた。王権は、通常裁判所に裁判の執行は禁じても、その告訴受理と意見表明をあえて禁じる必要がなかった」。

 

「司法官はしばしば政府のやり方を専制的・恣意的な行動と名づけた」。それは「裁判所の政治への不当な干渉」といえたが、「国民の自由を保護する働きを担うこともあった」。



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2018年12月31日

トクヴィルの見たフランス その133 地位の変動と人間精神

著書『アメリカの民主政治』に次いで出版された未完の書『旧体制と大革命』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


地位の変動を突然に蒙ったとき、人間精神もさまざまな変化に襲われる。


『旧体制と大革命』 1856年 p.269(ちくま学芸文庫)

1のコメント
トクヴィルのこの言葉は一つの真理を示している。そのことが1789年、フランスの聖職者にも起こった。地位の突然の変動は、その欠点をさらけ出すこととなった。

 

トクヴィルはフランスの聖職者を次のように評した。「世界中でフランスのカトリック聖職者たちほどすぐれた者はいなかった。豊かな見識を誇り、愛国的で、単なる私徳に閉じこもることなく、公徳と同時に信徳をもっていた」。

 

一方でその欠点に言及した。「政治団体であれ宗教団体であれ、強力な結束と堅固な組織をもつあらゆる同業団体に、本質的に見られるものにほかならなかった。すなわちそれは、介入癖、不寛容、団体固有の権利への本能的で、時に盲目的な執着である」。




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2018年12月30日

トクヴィルの見たフランス その132 自由で繁栄する教会

著書『アメリカの民主政治』に次いで出版された未完の書『旧体制と大革命』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


教会が自由で繁栄していさえすれば、それ以外のものはどうでもよいのである。


『旧体制と大革命』 1856年 p.268(ちくま学芸文庫)

1のコメント 132

このような状態は、「キリスト教のすぐれた成員ではあっても、それ以外の世界では凡庸な一市民にすぎない。こういう感情や考え方が、子供を教育して社会道徳を指導する集団で教えられたら、必ずや国民全体の魂は公共生活の面で無気力に堕してしまうことだろう」。

 

自由で機能する社会を目指したのはドラッカー教授。しかし自由で繁栄する教会は、政治的無関心を招来させる。一つの下級だけの繁栄を目指す姿勢からは自由で機能する社会は生まれないということである。



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2018年12月29日

トクヴィルの見たフランス その131 聖職者という独立集団

著書『アメリカの民主政治』に次いで出版された未完の書『旧体制と大革命』からドラッカー教授の社会生態学の深層部への影響の一端を探る。


彼らは、当時にあって最も独立性の高い集団の一つであると同時に、だれもが尊重すべき独自の自由をもった、ただ一つの集団だった。


『旧体制と大革命』 1856年 p.266(ちくま学芸文庫)

1のコメント 131

彼ら―それは聖職者。貴族が力を失う横で革命期までその力をもち続けた聖職者。「教会内部では、聖職者の権力自体に一定の制限が加えられていて、しかもその制限は尊重されていた」。

彼らは、司教の専制の下にあったが、王権に隷従することはなかった。「多くの聖職者は田舎貴族の血を引いており、その身分に伴う矜持と毅然たる態度を教会のなかにもちこんでいた」。「封建的権利の行使は、教会という精神的権力にとってきわめて致命的ではあっても、教会の成員一人一人に対しては、世俗権力からの独立精神を培っていた」。

彼らはきわめて豊かな学識をもって、巧みに展開していた。農業生産物の増産、住民の福利の安定、工業の繁栄に力を発揮していた。



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