2005年04月08日

『海辺のカフカ』(上)

Umibenokafka『海辺のカフカ』上(新潮文庫) 
『海辺のカフカ』下(新潮文庫)
 
二週間近く前、久しぶりに図書館に行ったら『海辺のカフカ』上下巻の単行本が
置いてあったので、借りて読むことにしました。
村上春樹の新作小説を読むのは実に久しぶり。『ねじまき鳥クロニクル』以来になりましょうか。
 
 
田村カフカ君とナカタさんの話が並列して進行するのは、
『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』みたいだなあと、
大まかなイメージを持って読み始めることとなりました。
 
今のところ、やっと上巻を読み終え、下巻にさしかかった所です。
返却期限は日曜日なので、これからペースアップして読み終えないといけません。
見るべき映画はこの小説を読み終えてからになりますね。  
 
以下、上巻を読みながら気づいたことを、項目に分けてだらだらとメモしていきます。
まだこの小説を読んでいない方はくれぐれもご注意あれ。


1.文体
 文体が川上弘美のそれに、なおいっそう似てきたように思います。
まず、「ナカタさん」や「ホシノくん」のように、名前がカタカナ書きなのです。
かつてのよどみない饒舌な語り口とはちがった、ぽつぽつとつぶやくような語り。
村上春樹の小説としては、ことのほか読むのに時間がかかりました。
一文一文おろそかにできないぞ、という飛ばし読みできない書き方をしています。
『神の子どもたちはみな踊る』で「カエルくん」が登場する時期からでしょうか、
これまた川上弘美風に、変てこな生き物が登場し、「異界との交信」をするわけです。
ナカタさんは猫と話し、田村カフカはカラスと呼ばれる少年と話します。
あと、文末にも要注意です。田村カフカの章の文末はほぼすべてが現在・未来形。
対するナカタさんの章はほとんどが過去形になっています。
この点は外国語に翻訳されることを絶対に意識してますね。
たとえば、カミュの『異邦人』は、原語では全編複合過去(英語だと普通の過去形)で
押し切られて、それがハードボイルド性の象徴となっているのですから。
となると、ナカタさんの章は、やはりハードボイルドを多分に意識してそうです。
日本語でこうも文末を揃えられると不自然極まりないのですが、
慣れるとあんまり気にならなくなります。

2.理由なき「親切」
世間でよく言われているのに反して、
村上春樹の主人公は決して理由なしにモテているのではありません。
よく読めばちゃんとその理由が書かれてあるのです。
それは放りっぱなしにしたままの『風の歌を聴け』の感想で言いたいことなのですが……
つまり、そのキーワードは「親切」。まず他人に親切な行いをしているのです。
その見返りとして、女の子からいい思いをさせてもらって……
でも、今回は一味違っています。
田村カフカ、ナカタさんともに、理由なしに他人から親切を受ける側に立っているのです。
理由なしの「好意」は、理由なしの「悪意」と対置されていると
今のところ捉えているのですが、この点は下巻で明らかになりそうですね。

3.「職業意識」の強さ
 手に職持つべし!というプロフェッショナルな意識をありありと感じる記述が多々あります。
いかなる状況に置かれても食いっぱぐれないように、ちゃんとした職業を持つべし、と。
その証拠に、登場人物のほとんどが、世間一般で「職業」と考えられている
サラリーマンでない人ばかりなのです。
学校の先生、医者、図書館司書、トラック運転手などなど。
かのナカタさんだって、50歳までは木工職人として働き、
その後は猫探しの名人として名を馳せているのです。
職業とは他の人との「差異」で成り立っている。言い換えると、
ある特別な、他人ができないことを自分ができることだと思いました。

4.「ミスコミュニケーション」から一歩踏み込んで
相手の言おうとしていることが分からない。言葉そのものがこちらに伝わってこない。
「他者」の気持ちは分かりっこない、というのが今までの村上春樹作品の基本線でした。「痛み」においてもそれに準じます。どのような痛みであれ、その痛みは誰にも分かりっこないと。当の自分にも痛みがきちんと分かっているのかどうだか、という風に。
ですが、この小説では、それからさらに一歩踏み込んだ感があります。
100%分かることは絶対にできないにしても、「想像」はできる。
想像力をたくましくして、自分が同じ状況に置かれたと考えてみれば、
他者の気持ち・痛みにある程度近づけるのではないか。
そういうスタンスがちょっと見え隠れしているのです。

5.「想像界」でのつながり
 何とも言い難いのですが、「想像界」とは、メタファーの「原型」とでもいうような
世界を差しましょうか。とにかく、この小説はメタファー、メタファーのオンパレード。
堂々と「世界はメタファーである」と言い切っているぐらいですから。
田村カフカとナカタさんはそういう「想像界」でつながっていたのではないかと思います。想像力が「他者」を事件に巻き込むのだと。
だからこそ、あれほどおびただしい思弁的セリフがあったり、
小難しい古典を引用したりするのでしょう。
夏目漱石の作品は多々あれど、ふつう『坑夫』は読まないですし。
抽象的・思弁的に過ぎるけれども、個人的にはなかなか好感が持てますね。
これだけアフォリズムにあふれているのは『風の歌を聴け』以来じゃないでしょうか。
「関係性」が集まると「意味」が生まれるという一節も「想像界のつながり」を
表しています。すべては夢の世界でつながっている。
夢だからこそ、「世界」の全容がわからなくても別段構わないのだと。

6.不条理な暴力
タイトル『海辺のカフカ』の「海辺」は「境界的世界」、「カフカ」は「不条理」
を表しています。何ともわかりやすいこと!
やはり「親切」の対比として。自分のあずかり知らぬところで悪いことがおこっている。もしかしたら自分もそれに巻き込まれるかもしれない危険性を示唆しているのです。
もし巻き込まれたときに、まず最初にするのは、誰かに話すこと。
読み進めていくと、ことのほか誰かに事情を打ち明ける部分が目に付きます。
田村カフカもことあるごとに今までの顛末を事細かく語っていますし
ナカタさんですら、不自由な言葉でありったけしゃべっているのですから。
田村カフカはカラスを、ナカタさんはうなぎを「語りの補助」としているのにも注目です。
村上春樹は、たしか『翻訳夜話』だったかで、「作者−読者」の関係で小説を書くよりも、
その二項間に「うなぎ」を召喚して、「作者−うなぎ−読者」の三者協議にするほうが
うまく書けるのだと言っていました。


さて、とりあえず上巻で気になった点はこれだけなのですが、ここで上巻の中で
一番気に入った一節を引用しておきます。

「ある種の不完全さを持った作品は、不完全であるが故に人間の心を強く引きつける」

田村カフカとナカタさんの話がどのように収斂していくのか、これが下巻の読みどころ
ですね。
そして村上春樹作品ではいまだかつてない(はずの)「自己の変容」があるのか、
これまた見逃せません。

pfwfp at 09:52│Comments(3)TrackBack(11)clip!書物の森 

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「海辺のカフカ」は村上春樹さんの長編小説です。 以前から友達に勧められていましたが、文庫落ちしたので購入してみました。 物語の舞台は何と四国(主に高松)です。 私は香川県の出身なので、何か親近感が湧きました。 でもいわゆる讃岐弁は登場しなかったので、少し
2. 村上春樹 再掲No10 ◎◎「海辺のカフカ」上下  [ 「本のことども」by聖月 ]   2005年04月09日 01:47
本書『海辺のカフカ』に最大級の賛辞を送りたい。最大級の賛辞を送りたいのだが、はてさてどういう風に送ればいいのかな。 評者にとっての初村上春樹作品。大学時代、一番好きくない友人が、この村上春樹を愛読していたのが原因で、読もうとは思わなかった作家である。こ
3. 『海辺のカフカ』村上春樹(新潮文庫)  [ meme ]   2005年04月09日 07:35
おもしろかった。読み終えてわかりやすい形の答えがあるわけではないけれど、終わりに向っていくにつれ、なんとなくストーリーが腑に落ちていく、そういう感じの物語だった。いい意味で深く考えさせられるところがなかったのもよかったと思う。 実は、というほどのものでは.
4. 海辺のカフカ  [ hideyのひとりごと ]   2005年04月09日 12:12
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5. 「海辺のカフカ」についての雑文   [ アジア的カフェ (By 夏目芳雄) ]   2005年04月09日 18:02
ここでの文章は「海辺のカフカ」の感想文というほど大げさなものじゃない。 ただ、感じたままを自分自身のためにとりとめもなく書きとめた、僕の雑文だ。(←それこそを感想文というんだろう、という突っ込みは勘弁ね(苦笑))。  なお、ラストや重要なストーリー展
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この記事へのコメント

1. Posted by JiNG   2005年04月09日 00:29
初めまして、TB有り難うございます。
TB返しさせて頂きました。

私は巧く考察できませんが、丞相さんの書かれていることには共感がもてます。
2. Posted by y_natsume1   2005年04月09日 18:04
はじめました。 こちらへのTBありがとうございます。TB返しさせて頂きました。 特に参考になったというか、へぇと思ったのが、文末の過去形と現在形のお話。 気づかなかったです。いやあ、感服いたしました。今後ともどうかよろしくお願いします。 
3. Posted by 丞相   2005年04月09日 21:32
>>JiNGさん
こちらこそはじめまして。TBとコメントありがとうございます。
かなり抽象的な書き方が多いので、人の数だけいろいろな読まれ方がありそうですね。
ちょうど下巻も読み終え、村上春樹も変わったなあと思ってしまいました。

>>y_natsume1さん
はじめまして。コメントとTBありがとうございました。
最後まで読むと、やはり文末は偶数・奇数章ごとにきっちり区別されていましたね。
下巻を読んで気づいたことも、また記事にします。
こちらこそ、これからよろしくお願いしますね。

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