2006年11月17日

『父親たちの星条旗』〜名無しの英雄〜

Fathers of our Flags『父親たちの星条旗』公式サイト

監督:クリント・イーストウッド
出演:ライアン・フィリップ ジェシー・ブラッドフォード アダム・ビーチほか


【あらすじ】(goo映画より)
ウィスコンシン州で葬儀社を営むひとりの老人が、長い人生に別れを告げ、最期の時を迎えようとしている。彼の名前は、ジョン・“ドク”・ブラッドリー。1945年、海軍の衛生兵として硫黄島の戦いに赴き、激戦を戦い、そこで撮られた1枚の写真によってアメリカ中から“英雄”と讃えられた男。しかし彼は、その後の人生の中で硫黄島について家族にひと言も語ろうとせず、アメリカ中に知れ渡った写真についても、ひたすら沈黙を押し通した。硫黄島で何があったのか。父は何故沈黙を続けたのか。父親の人生を知るために、彼の息子が硫黄島の真実をたどり始める。


ジェノサイド(大量殺戮)という言葉は、私にはついに理解できない言葉である。ただ、この言葉のおそろしさだけは実感できる。ジェノサイドのおそろしさは、一時に大量の人間が殺戮されることにあるのではない。そのなかに、ひとりひとりの死がないということが、私にはおそろしいのだ。人間が被害においてついに自立できず、ただ集団であるにすぎないときは、その死においても自立することなく、集団のままであるだろう。死においてただ数であるとき、それは絶望そのものである。人は死において、ひとりひとりその名を呼ばれなければならないものなのだ。

――石原吉郎『望郷と海』より


大学時代、私の下宿の近くには行きつけの酒屋がありました。
下宿で友人たちとこぞって飲むときは、まず国道2号線にかかった歩道橋を渡って、
ここへひとしきりの酒を買いに行ったものです。
効率よく酔え、しかもお安い酒ということで梅酒の1.8リットルパックを必ず買い、
ぐだぐだ飲み食いするとおおよそ一パックが空になりました。
この梅酒を飲みつつ繰り広げれられたのが、この酒安いけど本当に大丈夫?
アルコール以外の変なものが混じってるんじゃないの?だのという、
お約束のツッコミです。なにゆえこのようなツッコミを入れるのかというと、
くだんの酒屋が、「ダウト」という名前の店だったからです。
英語の「doubt」の意味そのままに、疑わしいほど安いから「ダウト」なのか、
酒がエタノールなくてメタノールがわずかばかり混入していたからなのか、
店名の由来はいまだ知れず。
ひとまず私も盟友ころり君も元気に生きてるので、酒そのものには問題ないのでしょう。

が、現在「ダウト」は以前あった場所には影も形もありません。
いつの間にか建物自体が取り壊されて新聞の集配所に変わり、
まさに存在自体が「ダウト」とばかりに、雲隠れしてしまいました。
もうこの場所に「ダウト」があったことを知るのは、近辺を知っていた人の記憶なり、
写真なり、映像なり、このような文章しかありません。

場所であれ人であれ、ひとたび「実体」がなくなればその存在をとどめる手段は
これと変わらないことでしょう。

もちろん戦争もこれに当てはまります。その鍵となるのがほかならぬ「固有名詞」。
クリント・イーストウッド御大の映画『父親たちの星条旗』には、
おびただしいまでの固有名詞が登場し、私は原作も読まず映画に臨んだもので、
メインの3人を除いて冒頭からラストまで登場人物の顔と名前が一致しませんでした。
初見ですべての登場人物の名前をフォローできる人がいたら凄いと思います。
おそらくいないとは思うのですが。

だから、この映画は『ブラック・ダリア』と同じくつまらない作品だ、
と言いたいわけではありません。
『ブラック・ダリア』は、ただ単に製作者の力量不足によるもの。
対して『父親たちの星条旗』の固有名詞の錯綜ぶりは、
はじめから意図したものではないかと、私は思うのです。
あえて観客が覚えきれない量の固有名詞を繰り出したのではないか、と。
「英雄」の裏側の姿だったり、リアルな戦闘シーンだったり、
『父親たちの星条旗』の切り口は数多くあれど、私はこの作品は何よりかれより
「『名前』をめぐる映画」であるという印象を受けました。

戦争やテロといった国家レベルの「大きな物語」に個人がささやかながら対抗する手段
として、スピルバーグの『ミュンヘン』では、「生きること」という意味での
広義の「エロ」を提示しました。
そして『父親たちの星条旗』の主張するのは、「名前を記憶せよ!」にあります。
覚えきれないほど多くの名前だからこそ、それを覚えるべしというメッセージが
あるように見えました。
固有名詞はほかならぬ「記憶の核」となるものですから。
人の名前であれ場所の名前であれ、固有名詞の持つ力はあなどれません。
こうして、戦争を小さな「個の物語」として語り直すことができるのです。

「硫黄島二部作」の第一作目となったこの作品、現時点で言うのは時期尚早かも
しれないのですが、言わずにはいられません。
この二部作、いや、この第一作だけでも、映画史レベルの超弩級の大傑作だ!と。
イーストウッド作品だから普通の戦争映画にはならないとイメージしていたものの、
まさかここまでの作品だとは思いもよりませんでした。
作品にかけた高い志にただただひれ伏すのみです。

日本が舞台なのに、どうして日本映画でこういう作品が今までなかったのでしょうか?
アジア・太平洋戦争の末期に地獄絵図を繰り広げた島を舞台にした、
幼なじみを「ニイニイ」などと呼んで「疑似兄妹ごっこ」をしながら、
二人揃って「鼻つまみ泣き」するような映画が作られそれがヒットしている現状では、
それを期待すること自体無理があるのですが……

ともあれ、この映画の感想は、冒頭に引用した石原吉郎の文章に集約されるのですが、
以下もう少し内容について触れていきます。
ネタバレがあるので、未見の方はご注意ください。



まず今回は脚本のポール・ハギスを手放しで褒めたいと思います。
フラッシュを効果的に使ってフラッシュバックを演出したのは、
『クラッシュ』の、ドアを使った場面転換の相似形だともいえます。
が『クラッシュ』と大きく違うのは、一言でいえば「節度」のある/なしに
尽きるでしょうね。
私が『クラッシュ』を気に入らず、ことあるごとにケチをつけているのは、
この作品がどのシーンを切り取っても「言い過ぎる」ことにあります。
例の「透明なマント」のエピソードにしてもそうです。
あの銃弾がどういう類の銃弾であったのか、後日談などなくてもわかるはずなのに、
ご丁寧にもテロップ付きで説明されていましたから。
それに、誰も彼もがこれまたご丁寧に善悪をきっちり半分ずつ兼ね備えているのも、
作為的なものを感じずにはいられません。
とどめには、登場人物同士ががあたかも自然であるようにばったり出くわしたりして、
これといった、観賞後も心に引っかかるような「破綻」がないのです。
登場人物の感情まで、製作者がすべてコントロールしなければ気が済まない、
そういう「余白」のなさに、私はどうにもこうにも息苦しさを感じてしまいました
誰が見ても、この映画の感想は「ロサンゼルスは人種差別が横行しているひどい街だ」
としか出ないでしょうから。

もしこの映画をポール・ハギスが『クラッシュ』の要領で監督していたならば、
『硫黄島からの手紙』で渡辺謙演じる栗林中将の姿が思わせぶりに
ちらちらと出て来るに違いありません。
要するに、ポール・ハギスの監督作品は「作り込みすぎている」いるのがキズで、
私はこういうタイプの映画は、いくら上手く作ってあってもそれほど評価しません。

でも、イーストウッド御大が監督になると、ポール・ハギスの脚本がすべて良いほうに
出ていました。物語の「余白」の量がぜんぜん違いましたから。
先に触れた固有名詞のおびただしさですでに物語は破綻していて、
物語の流れも一筋縄ではいかないものです。
そもそも記憶は物語のように統一されたものではなく、
それ自体が「断片」なのですから。つじつまが合わないのも当然のこと、
記憶そのものに、いくばくかの破綻を含んでいるのです。

出演者に目をうつせば、「無名」の役者をあえて選んだように思います。
これも作品に色をつけない配慮があってのことでしょうか。
私が唯一知っていたのは、マイク・ストランク役のバリー・ペッパーです。
バリー・ペッパーは『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』で、
トミー・リー・ジョーンズ扮する主人公に、半殺しの目に遭いながらメキシコまでの
道中を引っ張り回されていました。

こうした配慮も、俳優よりも、実在した人たちの「名前」こそが映画で伝えるべき
ものだと私は思います。
その証拠に、エンドクレジットでも凡百の戦争映画ではおなじみの
「硫黄島で戦死した〜人のアメリカ兵士に捧ぐ」式のテロップはなく、
当の兵士の顔写真と名前が出ていました。
兵士たちの死を数字ひとつで表現してしまうこと、これこそが、
この作品が唾棄するべき姿勢なのです。

アイラが受けた「インディアン」という蔑称も、固有名詞を考慮に入れないふるまい
の一つだったり、作品のキーとなる「英雄」も固有名詞ではありません。
実際、「英雄」に仕立て上げるのは誰でもよかったのでしょう。
イーストウッド御大自身が語っている「戦争に英雄はいない」というのも
そういうことだと思います。

続く『硫黄島からの手紙』は、この作品のネタバレ編としても見ごたえがありそうです。映画の原作となった『栗林忠道 硫黄島からの手紙』というの本が発売されている
そうなので、これも12月9日の公開まで必読でしょうね。
「手紙」という、映画における最重要アイテムの威力をいかんなく発揮している
ことでしょう。

それにしても、イーストウッド御大がこういう戦争映画を作らざるをえないこと自体、
世界をとりまく状況が危機的だということなのでしょうか?
私はイーストウッド御大は「古き良きハリウッド映画」の流れをくむ、
娯楽大作を作れる人だとかねがね思っているのですが。
あまり同意してくれる人はいないでしょうが、私はイーストウッド御大の作品で
いちばん好きなのは『スペース・カウボーイ』だったりします。
作品の出来としてはもちろん『ミリオンダラー・ベイビー』が現在のベストなのですが、
何度見ても楽しいという点では『スペース・カウボーイ』を推したいところですね。

この作品を作らざるを得なかったのも、おそらくは「戦争をどう語り継ぐか?」という、
極めてシビアな状態があるのかもしれません。
これからの十数年は、戦争を「体験した」世代が亡くなってしまうこともあって、
世界的に非常に大切な時期でもありますから。
変に道を誤ったら再び世界を巻き込んだ大戦が起きないともかぎりません。
この映画も、前半部分は老兵士のナレーションだったのに、
後半はその息子のナレーションに切り替わっていたところに、
戦争を知らない世代にかける思いがあったのでしょうか。
普通の映画なら、ナレーションは一人の人物に統一されるでしょうから。
あくまでも中心にあるのは「息子世代」、私たちの戦争を知らない世代だったとしたら、
この映画の投げかける問題はこの上なく切実です。
深いところで、日本映画『蟻の兵隊』の奥村和一さんの姿勢とつながってくるでしょうね。
今年は音楽映画が少ないのは残念なのですが、戦争・テロにまつわる映画は大豊作です。
『硫黄島からの手紙』がそれにふさわしい〆になるのは間違いないでしょう。



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この記事へのコメント

1. Posted by カヌ   2006年11月18日 00:20
こんばんは。
>固有名詞の錯綜ぶりは、はじめから意図したものではないかと

なるほど、ポール・ハギスなら、もっと余白がないというのも納得できます。硫黄島での混乱ぶりを表現するには、より個人的な戦闘シーンがあった方が良かったですし、そういう場面を見てるから、英雄に祭り上げられても、彼らの複雑な心境に共感できました。
12月9日が待ち遠しいです。
2. Posted by rabiovsky   2006年11月18日 00:49
TB&コメントありがとうございました。
私もラストまで登場人物の顔と名前が一致しませんし、名前さえ
覚えていない人物もいます。
そこらへんは無名の役者を使った理由のひとつなのかも知れませんね。
私もポール・ハギスの存在は大きかったと思います。
よくもあれだけの登場人物を登場させ、シナリオにしてしまうんですから。
硫黄島での恐怖と悲しみを味わい帰還した兵士にとっては「大きな物語」
として受け止めるには違和感がないですからね。
それにしてもこの映画は素晴らしいですね。そうなると『硫黄島からの手紙』
がかなり気になります。
「ニイニイ」映画、ご覧になったのですか?
あまり期待はしてないのですが女優目当てに見ようかなと思っていたの
ですが、止めておこうかな〜。『父親たちの星条旗』と比べるとやっぱり
大人と子供以上の差があるのだろうな〜とは思ってましたが・・・。
ヒットしているんですか・・・。

3. Posted by 狗山椀太郎(旧・朱雀門)   2006年11月18日 14:31
こんにちは

個人と集団(国家、軍隊、あるいは社会)の対比が見事な作品でした。
兵士たちの「個」を浮かび上がることによって、彼らの「個」を軽視して使い捨てようとする「集団」の醜さも見えてきましたね。その点に、制作者の鋭い批判精神や反戦メッセージが込められていたと思います。

「ニイニイ」の映画は未見ですが(笑)、日本の戦争映画を見て物足りなく感じるのは「個人と集団」の対比というダイナミックな要素が欠けているからではないでしょうか。『男たちの大和』はまさにそんな作品でした。人物の描き方如何によっては傑作に化ける可能性もあったと思うのですが、結果的にエモーショナルな面ばかりが目立っていたので残念に思いました。

ともあれ、私も本作だけで十分に大傑作だと思います。今年見た米映画では『ミュンヘン』に勝るとも劣らぬ作品でした。
4. Posted by    2006年11月19日 11:01
本棚の隅に眠っている石原吉郎『望郷と海』の引用が出てきてびっくりしました。おっしゃること、よく分かります。

>記憶そのものに、いくばくかの破綻を含んでいるのです。

映画も記憶の装置のひとつですから、これは映画そのものでもあるかもしれませんね。

私もイーストウッドは「良きハリウッドの最後の監督」だと思っています。『スペースカウボーイ』や『ブラッドワーク』は何度見ても興奮します。このところ本作につながるような、重い映画が続いているのは寂しい気がしないでもありません。
5. Posted by 丞相   2006年11月19日 11:45
>>カヌさん
こんにちは、いつもお世話になっております。
戦時中・戦後の混乱と、脚本の混乱がうまくリンクしていた作品だと思います。
やはりポール・ハギスは脚本に専念したほうがよさそうですね。
戦場のシーンのリアルさも、スピルバーグの貢献がかなりありそうです。
ただ、『硫黄島からの手紙』は、ポール・ハギスの脚本ではないので、
『父親たち〜』と同じような錯綜した物語だとイメージすると、
肩すかしを食らいそうです。
日本人が主人公なので、日本映画と思ってみるのがいいのでしょうか。
6. Posted by 丞相   2006年11月19日 11:45
>>rabiovskyさん
登場人物の顔と名前が一致しなくても最後まで見られるというのが、
ポール・ハギスの脚本のうまさでもありますね。
それでいてメイン三人の印象はしっかりと残りましたから。
戦場シーンのリアルさは、映画館で見てこそ体感できるものでした。
ただ、私が見たときは日曜日にもかかわらず、観客は客席の半分以下しか
いなかったのが残念でなりません。この映画こそ、多くの人に見られるべき
だと思うのですが。
かの「ニイニイ」の映画など、二回連続で満員となっていたのに・・・。
固有名詞も出すのも気がひけるこの映画は、私は見に行く気すら起こりません。
監督も、芸能ニュースで話題がもちきりの、離婚間際のカップルが結婚するきっかけとなった作品と同じ監督なのでなおさらですね。
7. Posted by 丞相   2006年11月19日 11:45
>>狗山椀太郎さん
こんにちは、いつもお世話になっております。
おっしゃる通り、日本映画、とくに戦争映画は「個人と集団」の対比という要素を
著しく欠いていますね。私が『男たちの大和』を見る気にすらならないのも、
それが目に見えているからです。
その点、『蟻の兵隊』は見事その点をクリアしていました。
ドキュメンタリーでできたのなら、劇映画でもできないことはないはずなのですが。
「ニイニイ」の映画も、もし見たら数限りなくケチをつけることになりそうなので、
見ないことにします。『クラッシュ』でも、ことあるごとにケチをつけていますから。

『硫黄島からの手紙』も待ち遠しいですね。これも、一味違った戦争映画になることは間違いないと思います。
8. Posted by 丞相   2006年11月19日 11:46
>>雄さん
こんにちは、TB&コメントありがとうございました。
雄さんは『望郷と海』を持っていらっしゃるとは。
石原吉郎も収容所での極限体験があったからこそ、『父親たちの星条旗』と
同じような考えに至ったのでしょうね。
記憶というのは、映画だけでなく小説の源になるものだと思います。
クリント・イーストウッドも、「戦争の記憶」を何とかとどめようする強い思いが、
この作品を手がける上での原動力になったのではないでしょうか。
またいつかイーストウッドが『スペース・カウボーイ』のような娯楽大作を
作れる時代が来ることを願うばかりです。
9. Posted by 現象   2006年11月19日 14:45
余白の有無またはその量は、映画において重要な部分ですね。
「クラッシュ」は未見ですがこちら観客に見解の余地を与えることって大事なことのように思います。
たしかに戦争映画が豊作ですね今年。
年の瀬が近づき鑑賞映画を翻ってみると、
その比率の高さを確認しました。
ところで「麦の穂を揺らす風」をもうご覧になられたようで、
僕も明日見に行くつもりです。
10. Posted by Ken-U   2006年11月19日 20:06
丞相さん、まいどです。TBさせていただきました。

丞相さんがおっしゃるとおり、ぼくもこの作品を観ながら登場人物の顔と名前(ニックネームも)が一致しづらいことが気になっていました。たぶん、軍人であるということはそういうことなんでしょう。戦場では一個人の存在など吹き飛んでしまうというか。人間は戦場においてひとつの駒に過ぎず、そして無残に死んでいくということなんでしょう。この作品は、その苛酷な現実に光を当てることで、この世界に一石を投じるというか、ある強い意志を投げかけているように感じられます。
ただただ圧倒される、とても力強い作品でした。
11. Posted by 丞相   2006年11月19日 23:04
>>現象さん
こんばんは、コメントありがとうございます。
今年の映画でいうと、『好きだ、』の余白が一番大きかったでしょうか。
映画で描かれる部分はほんのわずかで、あとは見る側それぞれの
記憶なり経験なりで補うタイプの作品は、見るたびに違った印象が
あるのも良いところですね。
『好きだ、』も、また気が向いたときに再見したいと思っています。

戦争・テロにまつわる映画が数多いのも、昨今の世界情勢を
反映してのことなのでしょうね。
その中でも、9・11がらみでなく、数十年前の事件・戦争を
取り扱った映画に良いものが多いように思います。
12. Posted by 丞相   2006年11月19日 23:04
>>Ken-Uさん
こんばんは、いつもお世話になっております。
大尉であったり中佐であったり、軍人は名前よりもどういう階級に
あるのかが、戦時ではなにより強調されるのでしょうね。
それにあらがうような作品を作ったイーストウッドの志の高さは、
相当なものでないでしょうか。
『硫黄島からの手紙』も期待せずにはいられないのですが、
とりあえずは別の作品として見るつもりです。
13. Posted by hoppen   2006年11月30日 00:01
「個」についてのレビュー、なるほど〜と思いました。
この映画が作られて、本当に良かったと思います。
外国監督の手で、日本人をテーマにした、見応えのある映画が続きますね。
『太陽』や、ドキュメンタリーの『めぐみ』も。
過去のことに思いがちな戦争が、この映画を見て、今も続く歴史である事を認識させられました。
14. Posted by 丞相   2006年11月30日 21:10
>>hoppenさん
こんばんは、こちらにもコメント&TBありがとうございます。
本当に、どこの国の歴史を描いた映画であっても、それが何らかの形で
現在とつながっていると思います。
今年は戦争にまつわる映画が多くて、しかもそのほとんどが良い作品だと
いうのが凄いところですね。
『硫黄島からの手紙』も、いよいよ来週末の公開となりました。
とにもかくにも、クリント・イーストウッドらしい、控えめな戦争映画に
なっているのは間違いないと思います。

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