2007年03月02日
『善き人のためのソナタ』〜A Scanner Lightly〜
監督:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
出演:ウルリッヒ・ミューエ マルティナ・ゲデック セバスチャン・コッホほか
【あらすじ】(goo映画より)
1984年、東西冷戦下の東ベルリン。国家保安省(シュタージ)局員のヴィースラーは、劇作家のドライマンと舞台女優である恋人のクリスタが反体制的であるという証拠をつかむよう命じられる。成功すれば出世が待っていた。しかし予期していなかったのは、彼らの世界に近づくことで監視する側である自分自身が変えられてしまうということだった。国家を信じ忠実に仕えてきたヴィースラーだったが、盗聴器を通して知る、自由、愛、音楽、文学に影響を受け、いつの間にか今まで知ることのなかった新しい人生に目覚めていく。ふたりの男女を通じて、あの壁の向こう側へと世界が開かれていくのだった…。
去年は戦争映画の当たり年だったのですが、どうも今年は音楽映画の当たり年のようです。
年始にはその第一弾として『フランキー・ワイルドの素晴らしき世界』が公開されました。
これは劇場スルーしてしまったので、DVDリリースされたときに見ることにします。
その後に公開された『ドリームガールズ』はハリウッドの王道をいく音楽映画であり、
今後日本映画だと『神童』、さらに変化球として、去年は『太陽』で何かと話題になった
アレクサンドル・ソクーロフ監督が手がけたドキュメンタリー作品
『ロストロポーヴィチ 人生の祭典』が4月に東京で公開されるそうです。
『太陽』のラストに流れたバッハの「無伴奏チェロ組曲5番」がロストロポーヴィッチの
演奏だということで、このドキュメンタリー作品が作られたのでしょうか。
作品内ではロストロポーヴィチの演奏があるそうなので、早く見たいものです。
ロストロポーヴィッチの波乱の生涯はおなじみWikipediaに記されているのですが、
人生の節目となったのは、反体制の作家アレクサンドル・ソルジェニーツィンを
かくまったかどで当局ににらまれたことになるでしょう。
ソルジェニーツィンの作品といえば何はなくとも『イワン・デニーソヴィチの一日』。
これは収容所の、朝起きて夜眠るまでの「平凡な一日」を体制批判をにじませて
描いたあまり、ソビエト国内でまともに出版できるはずもなく、
西側で出版され、世界的な大反響を呼んだ作品です。ソルジェニーツィンはこの作品で
作家として世に出てから10年と経たないうちにノーベル賞作家になりました。
社会主義の大元といえばソ連ですから、ソルジェニーツィンのような状況は、
ソ連の影響を被った東側諸国にも飛び火したはずです。
体制の抑圧がきついほどそれをかいくぐった良い作品が生まれるのもまた事実で、
映画だとポーランドのアンジェイ・ワイダの『灰とダイヤモンド』が有名ですね。
『善き人のためのソナタ』も、めぐりめぐって、そういう流れをくんでいる作品だと
思います。33歳でこれほどの作品を作るとは驚くほかありません。
ドイツ映画ならではの生真面目さに多少引っかかりはするものの、
やはり素晴らしい作品だと思います。
(以下、ネタバレがあるので未見の方はご注意ください)
物語の大筋は見る前に想像したとおりでした。官憲の手先が監視の果てに心変わりする
という点において、リチャード・リンクレイター監督の『スキャナー・ダークリー』
と対をなす作品になるでしょう。
ただ、監視しているうちに心理が揺れ動くのは同じであっても、心変わりのベクトルが
違います。『スキャナー・ダークリー』はただひたすらに堕ちていく「ダウナー系」、
対する『善き人〜』は善意が芽生える「アッパー系」の物語でした。
心理変化の描き方が丁寧であるからこそ、物語にも説得力があります。
つまるところ、ヴィースラーは女優クリスタに「ほの字」だったのではないかという
印象もあるのですが……
たとえそうだとしても、音楽を聴いたことで「良心の疼き」を覚えた、この一点において、
この作品を音楽映画だと言ってもいいでしょうね。
ヘッドホンで音楽を聴いて泣くシーンを見て、左の写真にある、
『リンダ リンダ リンダ』のペ・ドゥナ扮するソンちゃんを思い出してしまいました。
この作品は20数年前の監視国家の真実を知らしめる意味合いももちろんありますが、
その抑圧的な状況でさえ「善き人」がいたということを伝えることにウェイトが
置かれているように感じました。
これはラスト近くにもあった「東ドイツ時代のほうが良かった」という人を牽制する
意味合いがあるのかもしれません。
私は阪神ファンとして、このセリフにはしみじみとするものがありました。
というのも、阪神ファンの間でも、ここ最近は「暗黒時代のほうが良かった」などと
いう意見をちらほら耳にするからです。
私自身も、今年は日本一になると確信しているものの、かつてのように
煮えたぎるような「パッション」で阪神を応援しなくなりました。
10年前は、親の敵の10倍憎いほどの「仮想敵」が強かったことで、
周りからキ○○イ扱いされていても意地になって応援していました。
たとえほかのチームに全敗しても、このチームにだけは絶対に負けたくないと
勢い込んでいたものです。
今は阪神が強くなってしまい、かのチームは「今どき『軍』よばわりしてお気の毒に」
などと思うこと自体に、10年の歳月をしみじみと感じます。
そういう暗黒時代賛美の意見にあえて釘をさしておくと、今の強い阪神を築き上げたのは、当の暗黒時代にまいた種があってこそなのです。97年に今岡と濱中が入団、
98年に井川入団し矢野が中日から移籍、99年に藤川と福原入団と、
今の阪神の強さを支えている人を暗黒時代にきっちり確保しています。
そのドツボの時代にチームを支えていたのはしぶとい打撃が魅力の和田だったのですが、
和田のモットーが「失意泰然」だというのもたまりません。
某チームなど、他チームから4番打者を引っこ抜くことにかまけたあまり、
若手を育てるのをないがしろにしていたことに今になって気づいた始末。
もし「栄光の●●軍」が復活するとしても5年、ないしは10年かかるでしょう。
何事においても、良い結果が出るというのはその礎となった人がいるからでしょうね。
阪神の和田のような、この作品のヴィースラーのような人がいたからこそ、
今の時代が成り立つのだと思います。
「昔が良かった」などというのは、自由に疲れた者の倒錯に過ぎるのではないでしょうか。
そもそも平等を理想としている社会主義がとてつもない権力一極集中をもたらすことが、
倒錯の極致と言うほかありません。
そういう意味で、この作品は過去を描いていますが、視点はあくまでも「現代」にある
印象を受けました。
『グッバイ!レーニン』『ヒトラー〜最期の12日間〜』や、
『白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々』の「過去精算系」のドイツ映画とは
少しばかり趣が違うようです。
話題が阪神ネタにそれてしまったのですが、やはり映画もこうであってほしいものですね。
たとえ善悪の割合が同じであったとしても、物語を「善→悪」の流れか、
「悪→善」の流れで描くのとでは大違いです。
おびただしいまでの「悪意」の中から、ひとかけらの「善意」をすくい上げてこそ、
つまり「ジャンクからジュエルを拾い上げる」こそ本物の映画だという厳然たる基準が
私にはあります。
ヨーロッパではラース某&ミヒャエル某、わが国は西川某という監督に代表されるように、「善人を一皮むけば悪人」ということを描いて得意満面な監督がいますが、
私はこういうタイプの監督は、今は某プロ野球チームよりも目の敵にしています。
ともあれ、アカデミー賞外国語映画賞を受賞するのも納得の出来なのですが、
『フラガール』もこの作品にくらべてさほど見劣りしないと思います。
画面の色彩設計は五分か、『フラガール』のほうが上回っているほどですから。
「どこかで見たことあるような映画」でもあり、「方言」が通じなかったせいで、
アカデミー外国語映画賞にノミネートされなかったのでしょうか。
『善き人〜』を見た直後の回が『フラガール』の凱旋上映だったのですが、
レイトショーにもかかわらずロビーには開場を待つ人が詰めかけていました。
どちらも「ねずみ色」の過去が、ほんのり色づいた「現代」と地続きであることが
相通じますね。
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この記事へのコメント
ズビャギンツェフの『父、帰る』ほど作為的ではなかったけど、あの落ち着いた色彩は万人受けすると思うのですが、どうなんでしょう?
今年は音楽映画の当たり年ですか〜!『神童』かなりいいと聞いています。
私も、ヴィースラーはクリスタの事を想っていたのではと感じました。
『フラガール』観逃したので凱旋上映に行こうと思っているのですが、この映画に見劣りしないのですか!
それはすごく楽しみです。ではでは〜。
ヴィースラーが記号として表されているように、私は無名人への墓碑銘としてこの映画を見ました。
私も昨日観てきました。
阪神と東独の対比は、感心させられました。
映画のほうは、文句なしの傑作と想います。
>丞相 さんレビューのように、対比がうまく出ていた作品だと感じました。
『スキャナー・ダークリー』のことは思い浮かびませんでしたが、そういわれてみれば対極的ですね。どちらも管理社会でありながら。
『ロストロポーヴィチ 人生の祭典』はとても楽しみにしているんですが、ロストロポーヴィチのことはゼンゼン知りませんでした。こちらで予備知識を得られました。多謝。
#私は、ラース某&ミヒャエル某もおもしろいと思いますが・・・
こんばんは、コメントありがとうございます。
『フラガール』の色彩設計は、銀落としなどのフィルム処理でなく、
出演者の衣装が男性と女性とで対比されているのがミソで、
ダンスに打ち込む女性陣が「情熱の赤」となっています。
『善き人のためのソナタ』の色彩をベースに、赤色をポイントに置いたのが
『フラガール』になっています。大阪以外の凱旋上映も好評なようですね。
『善き人〜』にしろ『フラガール』にしろ、物語を理解できない人はいないほどの
ベタな物語なのですが、それ以外の部分に、色彩設計などの映画ならではの要素が
あったと思います。
こんばんは、TB&コメントありがとうございました。
『神童』は、海外の映画祭でも上映されるというニュースが最近ありましたね。
予告編をちらりと見てもかなり良い感じなので、これは期待できる作品だと
思います。
『善き人〜』のヴィースラーなのですが、冒頭にクリスタを舞台で見たときには、
ほの字だったのではないでしょうか。唐突に盗聴を志願していましたから。
心理変化の分岐点となるシーンは、子供とエレベーターに乗り合わせるところ
でしょうか。心理変化が細やかすぎて、逆に見逃してしまったところもいくつか
あるかもしれませんね。
『フラガール』も、ものすごくベタな物語なのですが、素晴らしい作品でした。
あと2週間ほどでDVDリリースされるのですが、ダンスシーンは
スクリーンで見てこそ価値あるものだと思います。
こんばんは、TB&コメントありがとうございました。
音楽を演奏する歓び、もしくは良い音楽を聴く歓びがあってこその音楽映画だと
思います。その点で、やはりこの作品は音楽映画であると言えますね。
タイトルから想像するほど演奏シーンがないのは残念だったのですが・・・。
今年はこれからも音楽映画が目白押しなので、それらを楽しみにしておきます。
こんばんは、こちらこそはじめまして。コメントありがとうございます。
この作品は、取材に相当な時間をかけたそうですね。その取材の成果が、
作品の細部として活きていたと思います。
こんばんは、TB&コメントありがとうございました。
私は見る前から『スキャナー・ダークリー』の逆バージョンだろうとイメージ
していました。それがドンピシャリにはまった形になりますね。
善きにつけ悪きにつけ、監視というのは人の心を揺るがす効果があるようです。
ロストロポーヴィチのドキュメンタリー作品もかなり興味深い内容のようです。
『太陽』のラストとつながっているというのがいいですね。
地元で公開されるのを楽しみにしています。
ここで阪神が出てくるとは思いませんでしたが(笑)、確かに前の体制の方がよかったというセリフも印象的で、いずれも敵が強ければ多いほど反骨精神が出て、頑張れるのでしょうね。
個人的にも思い当たる節があります(爆)
私は本作を見て、やはり『フラガール』にはない、『それでもボクはやってない』を思い起こさせるような骨太さ、過去のものとはいえ体制の負の部分を丁寧に描く勇気と、その中から人の善なる心を信じさせてもらえたという部分で受賞に納得しています。
人間の善なる部分を信じることが出来るような映画、とにかくラストで泣けましたから(笑)
こんばんは。いつもお世話になっております。
ベルリンの壁が崩壊した後のシーンは、全体的に
明るいトーンになっていましたね。
そういう色彩感覚にまで気を配っているのも、若い監督ながら熟練したものがありました。
とにかく、あのラストは反則に近いですね。私もヴィースラーの表情がくずれた瞬間にはぐっときてしまいました。あの表情のために、それまでの展開があったのだと思います。
半端じゃないほどの完全盗聴体制には驚きました。しかも整然と盗聴器を取り付ける局員たちの無表情さにも。だからこそ、ヴィースラーが人間らしさを取り戻していく様子は、まさに「ジャンクからジュエルを拾い上げる」映画だったですね。
こんばんは、いつもお世話になっております。
割と長めの作品だったのですが、飽きずに見せきる力がありましたね。ところどころにサスペンスフルなシーンがあったからでしょうか。
とにかく、これほどの綿密さで盗聴が行われていたとは驚くばかりです。
本作も、確かに「悪→善」の流れですね。
人間の持つ善意や良心に期待をつないだところが素晴らしかったです。
また、かつての社会主義体制が異常だったことは言うまでもありませんが、
それを単純に「悪」として位置づけるのではなく、
冷静に向き合って描こうとする真摯な雰囲気を物語全体から感じました。
ナチス統治時代もそうですが、東側の社会主義時代も、
ドイツ国内ではそう簡単に清算できる「過去」にはなっていないのでしょうね。
(東西統一から間もない時期に、シュタージの記録を閲覧できる行政サービスが確立されていたことには驚きました)
こんばんは、いつもお世話になっております。
テーマ的には同じでも、『白バラの祈り』とは違って、
登場人物それぞれが弱い面を持ち合わせているところが、
よけいリアルに感じさせたのだと思います。
実際窮地に立たされると、密告してしまう人がほとんどなのでは
ないでしょうか。
地味ながら、しっかり作り込まれた作品だと感じました。
初めての長編作でこのような映画を作ってしまうのはスゴイと思うし
最後まで面白く見れたのですが、生真面目さが気になって・・・。
でも最後まで見させる力はある映画ですね。とても丁寧に作っている
感じもしますし。
最初この映画の映像を見て東ドイツっぽいな〜と根拠なく思って
しまいました。(笑)色彩を抑えているのもその為かもしれないな〜
と。嫌いな映画ではないです。
それと気になるのがソクーロフの『ロストロポーヴィチ 人生の祭典』。
かなり惹かれるものがあるので見てみたいですが、その前に先延ばしに
している『神童』のサントラを買わないとな〜と。
というか『神童』を早く見たいです。
いつもTBありがとうございます。
やはり予想通り、rabiovskyさんはドイツ映画の生真面目さが、
少々引っかかったようですね。
これもお国柄として、仕方がないのでしょうか。
今後のためにも、ドイツの監督は香港にしばらく映画留学して、
デタラメな映画作りを学ぶのもいいぐらいですね。
私は、いまだこの作品が『それでもボクはやってない』に続く、
今年のベストシネマなのですが。
色彩感覚が素晴らしかったと思います。
そして、『ロストロポーヴィチ 人生の祭典』も、
東京で予告編を見てきましたよ。本当なら、この作品を
東京遠征のときに見たかったのですが、
公開時期が当初よりも少し遅くなってしまいました。
割と映像にもこだわったドキュメンタリー作品でもあり、
歴史の勉強にもなったりと、見どころたくさんの作品だと思います。「


