2009年10月10日

『空気人形』〜ペ・ドゥナ人形/人間振りにて相勤め申し候〜

Kukiningyo4『空気人形』公式サイト

空気人形O.S.T(Amazon)

監督:是枝裕和
出演:ぺ・ドゥナ ARATA 板尾創路 オダギリジョー 高橋昌也ほか




【あらすじ】(goo映画より)
古びたアパートで持ち主の秀雄と暮らす空気人形は、ある朝、本来は持ってはいけない「心」を持ってしまう。彼女は秀雄が仕事に出かけるといそいそと身支度を整え、一人で街へと歩き出す。メイド服を着て、おぼつかない足取りで街に出た彼女は、いろいろな人に出会っていく。ある日、レンタルビデオ店で働く純一と知り合い、そこでアルバイトをすることになる。ひそかに純一に思いを寄せる彼女だったが……。


今年に入ってから、およそ半年に一度、盟友ころ阿弥くんからの文楽鑑賞のお誘いがあり、
5月と9月の国立劇場小劇場での文楽公演をご一緒することになりました。

9月の文楽公演を鑑賞した際には、事前にころ阿弥くんに貸してもらった、
4代目竹本越路大夫の『菅原伝授手習鑑〜寺子屋の段』のCDを「聴いたよ」と
伝えると、「え? 何?」と聞き返すころ阿弥くん。
私は不思議に思い、『リンダ リンダ リンダ』で、ペ・ドゥナ扮するソンちゃんが
カラオケ店の店員と接していたように、「だから、聴いたよ」と繰り返すと、
偉大なる人間国宝の語りを、
「『聴いた』じゃなくて、『拝聴いたしました』でしょ」
と諭され、言い直しさせられてしまいました。
ということで、5月と9月は、もろもろの人形遣いもさることながら、
人間国宝である竹本住大夫の義太夫を、とくと拝聴いたしました。

私は長らく関西に住んでいながら、国立文楽劇場で文楽を見たことがなかったのですが、
以前NHKで放送されていた文楽のドキュメンタリー番組は見たことがありました。
その番組は、『NHKスペシャル 人間国宝ふたり 〜吉田玉男・竹本住大夫』として
DVD化されていて、このDVDには番組とともに、その二人が出演する、
『心中天網島・河庄の段』の公演も収録されています。
竹本住大夫はこの番組の収録時では76歳、現在は御年80を超えてなお、
ころ阿弥くんいうところの、「藝」を高めていることが、
生で語りを拝聴いたしたところ、ありありと感じられた次第です。

また偶然にも、その2度の文楽鑑賞の直後に、歌舞伎の「人形振り」という演出を
見る機会がありました。
歌舞伎の「人形振り」は、元は文楽の話が歌舞伎の演目に移し替えられたものに
よく見られ、女性の恋い焦がれる心がピークに達すると、
突如それまでの話の流れが中断して、普通の文楽のように、
人形遣い・義太夫・三味線の口上があり、役者が人形のようになって踊るという
ものです。
youtubeから動画を探してみると、坂東玉三郎の人形振りがありました。


私は、感情の高揚を、それとは対極的な手法で表現するというところが
「人形振り」の面白いところだと思っています。
ただ「人形振り」は、中堅クラスよりも上の役者が演じることからかんがみても、
かなり難しい演技なのではないでしょうか。

だからこそ、『空気人形』で、はじめは「人形」、やがて「人間らしさ」を帯びていく
という難役に挑んだペ・ドゥナの演技は、これぞ「至藝」!
と、手放しに賞賛したいものでした。
『空気人形』は、ペ・ドゥナの20代最後の作品でもあり、
『ほえる犬は噛まない』『子猫をお願い』『リンダ リンダ リンダ』と並んで、
ペ・ドゥナの代表作の一つであり、それまでの3大代表作の総決算という位置づけも
できます。
もちろん『空気人形』は「都市生活者の孤独」という見方もできるのですが、
私は徹頭徹尾ペ・ドゥナ映画!ということで、「ペ・ドゥナの映画史」という見方で、
『空気人形』を心ゆくまで堪能しました。
そもそも、これまでのペ・ドゥナの代表作が、それぞれのテイストで「孤独」を
描いたものという感もあります。
それまでの2009年マイベストシネマであった『ウルトラミラクルラブストーリー』&
『愛のむきだし』を超えたことはもちろん、
たとえ、これからアンゲロプロス御大の最新作が公開されることになったとしても、
『空気人形』が今年のマイベストシネマであることに揺るぎはありません。
2005年も、アンゲロプロス御大の映画史レベルの大傑作『エレニの旅』をさしおいて、
『リンダ リンダ リンダ』をマイベストシネマにしているほどですから。


(以下、ネタバレがあるので、未見の方はご注意ください。)



まず、人形がペ・ドゥナの姿に変わって「キレイ」とつぶやく冒頭のシーンは、
『リンダ リンダ リンダ』冒頭の「チラシ?」というつぶやくシーンと
シンクロしてしまいました。ペ・ドゥナおなじみの「横顔のアップ」とあいまって、
この冒頭のシーンだけぐっと引き込まれてしまいました。
部屋の中が暗く、窓の外が明るいという光線設計は、侯孝賢作品でリー・ピンビンが
お得意としている光線設計でもあります。
この、人形が心をもった直後が【第一のパート】であり、
ぎこちない足取りで外をダラダラ&ヒョコヒョコ歩きしつつ、
もろもろの登場人物とすれちがうのは、これまた『リンダ リンダ リンダ』の
冒頭とシンクロして見えました。

『空気人形』では、人形のまわりに配されたキャラクターがどれもステレオタイプ、
かつ関係が薄いところが評価の分かれ目になるものの、
私は現在東京に住んでいるせいか、この「見たことがあるだけの関係」を、
妙にリアルに感じられました。
女性は各世代、男性は「ヘンタイ」を揃えているところに、
エドワード・ヤンの『ヤンヤン 夏の想い出』と近いキャラ配置のように思えて、
「小生意気な子供との関わり」という点においては、『リンダ リンダ リンダ』と
似ています。

そして、「嘘」をつくことから始まった、【第二のパート】の最初で、
お仕着せの服から自前の服を物色する人形の表情は、
『子猫をお願い』のソウルでの買い物風景と同じ表情をしていました。
「現実の圧力」がしだいに強まるところといい、水際のシーンが多いところといい、
とどめに「バス」に乗るシーンがあるところといい、
これは、是枝さんが初めて見たペ・ドゥナ作品『子猫をお願い』を相当に意識
しているのではないでしょうか。

このあたりのエピソードで、映画に関する小ネタ多かったのも興味深いものでした。
『赤い風船』は『大人は判ってくれない』はもちろんのことながら、
アンゲロプロス御大の『蜂の旅人』というマイナーなところを突いてきたのが
ツボに入りました。
映画監督の中でも、テオ・アンゲロプロスが難しい名前のせいなのか、
はたまた、『蜂の旅人』がアンゲロプロス御大ならではの「ヘンタイ映画」であるから
このシーンで使われたのか、そのあたりは、いつか私もDVD−BOXを買って、
確かめてみたいものです。

最後に、レンタルビデオ店で空気が抜けて、息を吹き込まれたシーンの後が、
【第三のパート】になるのですが、私はこのシーンよりも、
足をバタバタさせたり、浅草から出ている遊覧船に乗って喜んでいるシーン、
そして、ペ・ドゥナの伝家の宝刀であるダッシュをするシーンが、
この映画のいちばんのお気に入りだったりします。
HMVのトークイベントでもペ・ドゥナは始終足をブラブラさせていたので、
それが劇中内で見られたことに、感慨深いものがありました。

予告編でも見られる、スキップしながらのダッシュは、『リンダ リンダ リンダ』の
名シーンである「体育館ひとりパフォーマンス」の前に、出店の間を通り抜ける
シーンとも似ています。
ちなみに、是枝さんは、かのトークイベントで『リンダ リンダ リンダ』のことに
話が及び、やはり「体育館ひとりパフォーマンス」は絶品だと賞賛していました。
「ほかのメンバーはエピソードを紹介するのに、ソンちゃんは名前だけを言う」
という指摘も、さすがというものです。
ペ・ドゥナは「どこがいいの?」と不思議そうに韓国語で聞いていたのですが、
最終的に是枝さんは「とにかくいい」と締めくくりました。

この第三のパートは、人形が人間に近づいたからこそ、少々のやつれも見え隠れし、
また、まわりのキャラクターのダークサイドもあらわになるのですが、
このテイストこそ、『ほえる犬は噛まない』に近いものがありました。
とくに、元代用教員だった老人とのやりとりは、ペ・ドゥナ扮するヒョンナムと、
「つば吐きばあさん」との関係とかなり似ていました。

それまで、公園のベンチで編んでいた手袋も、このパートになってさりげなく登場
します。ただ、色彩設計上の都合もあってか、ペ・ドゥナのキーアイテムである
「赤い手袋」ではなく、青い手袋だったのが残念なところでした。
「手」については、第一のパートで、「冷たい!」と子供に言われたり、
秀雄に渡された温かい缶コーヒーを持っている上に、
第三のパートでは、老人の額に手を当てて「手の冷たい人は心が温かい」
というところでつながっています。
私がペ・ドゥナの細長い「手」に注目していただけなのかもしれませんが、
監督自身、「手」の演出には何らかの意図があるように思います。

ARATA演じる純一との関係も、良い感じのものになると思いきや、
かの衝撃の展開になったことは、文楽や歌舞伎の「心中もの」に近い印象を
受けてしまいました。
新宿バルト9で再見したときに気づいたのですが、シネマライズの音響設備では、
この「情死シーン」での、ホラー映画じみた低音が聴こえませんでした。
シネマライズで見たときよりも、新宿バルト9で見たときのほうが圧倒的に
作品全体のインパクトが大きかったのも、音響の違いに左右されたのかもしれません。
ともあれ、ARATAは『ウルトラミラクルラブストーリー』では「首チョンパ」、
『空気人形』では「ハラキリ」という武士道さながらの憂き目に遭い、
まことにお気の毒と言いたいものです。

その後、ラストシーンについては、私は「希望」を示唆しているものと受け取りました。
すなわち、まずは小生意気な子供と、(母親との思い出のある)人形と指輪のやりとり
をすることで「モノ」を継承し、
次に、星野真里演じる過食症のOLが、窓を開けて「キレイ」とつぶやくことで、
「それでも世界は美しい」という、「まなざし=心」を継承していると、
受け取った次第です。
「視線の交錯」というのは、こちらも『ほえる犬は噛まない』のラストで、
大学教授とヒョンナムが「森」を見ている点とシンクロしています。

あえて、ラストシーンまで過食症のOLと人形とのつながりがなかった理由も、
このシーンにすべてを賭けていたのが、その理由だと思います。
私は、過食症の割には、故郷から送られてきたリンゴにはまったくといって
いいほど手をつけてないことが、ずっと気になっていました。
民話・神話における「リンゴ」は、いろいろと意味のあるものであり、
それらを指して「黄金の林檎」とも言われているそうです。
リンゴには、「知恵」や「不死の源」のような意味があるようなのですが、
『空気人形』においては、「空っぽ」に対する「中身」を象徴しているものと、
私は位置づけています。
ゴミ溜めから「美しきもの」を見い出し、それに続く「夢」のシーンは、
是枝さんのペ・ドゥナ好きを、いかんなく表現しているのではないでしょうか。

二度あることは三度あるということで、もし次回ペ・ドゥナが日本映画に主演する
ことになれば、ぜひとも矢口史靖映画の「鈴木さん」役でお願いしたいものです。
矢口作品でペ・ドゥナのコメディエンヌぶりが大爆発するのも、
見ものになることでしょう。



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この記事へのコメント

1. Posted by rabiovsky   2009年10月11日 23:00
TB&コメントありがとうございます。

以前仰ったようにペ・ドゥナの集大成という感じで私も見ましたが
ここまでは考えませんでしたよ 「ペ・ドゥナの映画史」とはさすがです!(笑)
私は最初から最後まで「ペ・ドゥナの映画」という感じで見ましたし、
映画も完全に「ペ・ドゥナの映画」なってましたね。
ペ・ドゥナ、素晴らしかったですしね。
「とにかくいい」のですから説明なんて不要ですよ(笑)
>「手」の演出には何らかの意図があるように思います。

言われてみたら冒頭から「手」を意識的に捉えていましたね。

>ゴミ溜めから「美しきもの」を見い出し、それに続く「夢」のシーンは
丞相さんのお嫌いな我が故郷出身の某監督とは真逆なんですね。
弟子なのに この違いはなんなんでしょう。
私は丞相さんほど嫌いじゃないんだけどね(笑)

レンタルビデオ屋での映画に関する小ネタは私もマニアック過ぎるだろ!
と思いつつ、微笑みながら見ていました。
私は『蜂の旅人』は未見なのですが『赤い風船』と『大人は判ってくれない』
にはこの映画は近い部分があるように思います。

読みながら是枝さんが『子猫をお願い』を相当に意識しているというのは
なんとなくわからなくもないです。
ここまでペ・ドゥナを堪能できる映画って今までの作品でもないのではないでしょうか。
もう1回見てみたいのだけど、出来るかな〜。
2. Posted by 丞相   2009年10月12日 22:33
>>rabiovskyさん
こちらこそ、いつもTB&コメントありがとうございます。

映画の舞台は、「Googleマップ http://maps.google.co.jp/maps」
で、「東京都中央区湊2丁目」と入力すれば、ストリートビューで
見られますよ。川向こうに見えるマンション群は、実際に見ると、
映画以上に見栄えがありました。

もともと記事が長くなって、是枝さんの弟子の某若手女性監督に
ケチをつける箇所はカットしたのですが、かの弟子では、
『空気人形』のラストのようにはしなかったと思います。
師匠は、頭でつくる部分と、そうでない部分を区別しているのですが、
弟子は一から十まで頭でつくらないと気が済まないようで…。
だからこそ、前作のとってつけたようなラストになったのだと
思います。このあたりは、純天然の横浜先生を少しでも見習って
ほしいものです。

『空気人形』中の映画小ネタも、テーマとリンクしているのかも
しれませんね。たしかに、『赤い風船』は風船つながり、
『大人は判ってくれない』は海のシーンで、似ていると思います。

よくよく考えれば、ペ・ドゥナの代表作は主演ではなかったので、
主演で代表作というのは、今作が初めてでしょうね。
もちろん、『頑張れ!グムスン』や『春の日のクマは好きですか?』
の主演作も見どころたっぷりだったのですが。
ペ・ドゥナの次回作は未定なようなのですが、またサプライズを
起こしてくれそうですね。ウェス・アンダーソン作品の出演も、
もしかしたらいつか実現するようにも思います。
3. Posted by Ken-U   2010年01月18日 21:35
丞相さん、ご無沙汰しています。

空気人形、とてもよい映画でした。度々ぐっときたり、じわりときたり、感情をいろいろな角度から刺激されてしまいました。僕も、「見たことがあるだけの関係」には妙なリアリティを感じてしまいました。

すべては永遠ではないですから、燃えるゴミか燃えないゴミかの違いはあるとしても、人間も人形も最後は終わってしまいます。だから空気人形の最後も、あれを単なる悲劇と捉えてはいけないのかもしれませんね。とくにあのラスト、過食症の女性が「キレイ」と呟いたこと、女の子が人形と指輪を交換したことを通して「希望」が表現されているというのは丞相さんのご指摘の通りなのかもしれません。そのあたりを念頭に入れながら、しばらくして本作を再見したいと思います。

あと、最後になりましたが、ぺ・ドゥナの演技は素晴らしい。台詞に頼ることなく、あれだけ豊かな表現ができるのは驚愕です。
4. Posted by 丞相   2010年01月19日 23:51
>>Ken-Uさん
こんばんは。こちらこそ、ご無沙汰しております。

この作品の良いところはいろいろとあるのですが、
詩的な映像と物語であるがゆえに、さまざまな解釈で作品を
受け取ることができますね。
私は、この人間関係の薄さ加減をリアルに感じました。

「キレイ」とつぶやくことや、「息」など、冒頭とラストで細部が
呼応しているのは、監督が狙ってしていることだと思います。
ただ、ペ・ドゥナは、監督よりも脚本をより良く理解していたという
エピソードを聞いて、私は驚いてしまいました。
やはりこの人形の役は、世界広しといえども、ペ・ドゥナにしか
演じられないでしょうね。

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