PHJでは東日本大震災募金を募り、 震災直後は医療救護班の活動、現在は被災病院への支援を行っています。 このブログではその支援活動の一部始終をご紹介しています。

復興のきざしが見えてきた東北被災地

今年の夏から秋にかけて、PHJが支援を続けている気仙沼、石巻、多賀城を訪問しました。どこの地域も津波の場所から離れた安全地帯に公営住宅が建ちはじめており、仮設住宅からの移転も進んでいます。しかし、新しい問題も発生しています。震災発生から4年9ヶ月経った今、仮設住宅の一人住まいやご高齢者の中には近隣同士で助け合うコミュニティーができ上がっており、新しい場所へ移ることに難色を示しておられる方もいます。他にも買い物や仕事場に行くのが不便になったり、家賃が発生する等の理由もあるようで、公営住宅の40%が空き家のままというところもあるようです。

一方、PHJが支援を続けている気仙沼市医師会からは、一度は廃業した病院が地元で再復活するとの明るいニュースも届けられました。また石巻市立病院開成仮診療所は、来年夏に完成予定の本院に移ることになっております。多賀城腎・泌尿器クリニックは完全に復興し、230のベッドも満床の状態です。PHJはこれからも被災地を訪れ、支援額は減ってはおりますがニーズに合った支援を続けて行きたいと思っております。

1東北

 気仙沼市長訪問(左:菅原市長、中央:小田PHJ理事長、右:森田医師会長)

2東北




2016年夏完成予定の新・石巻市立病院 

㈱アシスト様を訪問し、東日本大震災復興支援活動をご報告

 パッケージ・ソフトウェアの販売および研修などの支援サービスを提供されている㈱アシスト様は、2011年より、PHJの東日本大震災復興活動にご支援くださり、これまでに15回ものご寄付を頂戴致しました。

201587日アシスト様本社を訪問し、募金のお礼と活動報告を行い、PHJ小田理事長から感謝状を進呈させていただきました。

現在そのご寄付の一部は、被災された方の心のケアのための人形「うなづきかぼちゃん」の活用に充てられ、石巻市内の病院やケアセンター等で年配の方を中心に、幅広く活用されています。

話し相手のいない方、自宅にこもりがちな方にとても好評で、センター来所時には必ずかぼちゃんとお話されていく方もいます。また、来所した児童がかぼちゃんの遊び相手をしている姿も見られ、皆さんに本当に喜んでもらっています(石巻市立病院の理学療法士、・千葉智子様談)。

物資や住まいだけでなく、心のケアが問題視されている大震災復興支援の活動において、非常に有意義に活用させていただいております。

㈱アシスト様の皆様、特に継続的な支援の中心的役割を担っている教育部の皆様に心より御礼を申し上げます。

かぼ1 
















かぼちゃんと遊ぶ来所者の方々
かぼ2 

















来所者の間ですっかり人気者になったかぼちゃん
 

石巻市で視察、漁業支援ボランティアを体験

5月8日から10日まで、PHJ代表とスタッフ2名が、石巻市包括ケアセンター視察と、牡鹿半島・鮫ノ浦でホヤの養殖手をお手伝いするボランティアに行ってきました。
視察では、ケアセンターの長(ちょう)医師による石巻地域医療の現状について説明を受け、まだまだ十分でない被災された方々のケアについて、検討が必要だと実感しました。そして、復興途中である石巻の地に、様々な思いを馳せてきました。
日和山








市内・日和山(ひよりやま)から見た被災地。住宅地だった場所は墓地と寺が建てられている
カボちゃん








一人住まいの高齢者の方のケアに、癒し効果をしてくれる「うなずきかぼちゃん」

鮫ノ浦では地元のボランィアの方々と共に、漁業支援の一環でホヤ養殖を初体験しました。牡蠣殻にホヤのタネ付けをして養殖するため、牡蠣殻の選別作業から始まり、牡蠣殻の糸通しを延々と行う作業はなかなかの重労働でしたが、地元の漁師さんや高校生と作業を共にし、新たな発見も多かった楽しいボランィアでした。
ボランティア








地元の漁師さん、高校生、ボランティアの方々と貴重な体験

ボランティア2








牡蠣の選別は思いのほか重労働。ホヤの養殖はここから始まる
hoya

 






捕れたてのホヤは絶品でした!
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