PHJスタッフの横尾が第二次医療支援にともない気仙沼を訪問しましたので、報告いたします。


4月24日、25日の2日間気仙沼市医療機関への第二次支援の視察のため仙台と気仙沼を訪れた。



震災後、今回で12回目の被災地訪問であるがメンバーはいつもの木村代表と今回はインドネシア事務所の伊藤所長が同行した。伊藤所長はインドネシアで2004年に発生したスマトラ沖地震・津波では緊急支援隊に参加しており、今回の大被害を是非見ておきたいと参加した。


先ず仙台では5月7日オープンに向けて最終段階に入っている一番町南診療所を訪問した
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(オープン間近の一番町南診療所)

一番町南診療所院長の本田英彦先生のお父様は宮城県南三陸町で約30年、診療所を開設していたが津波で自宅も一緒に流された。

しかし地域医療の復興を願うお父様の気持ちを医師家族一家は重く受け止めた。本田先生(内科医)、奥様(皮膚科医)、奥様のお父様(開業医)とも医者で、本田先生は勤務先の病院を3月に退職して家族で医療にあたるこの医療モールを開設される。

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(一番左が本田院長)



翌日は気仙沼で復興をめざしている村岡外科クリニックを訪問した。
ここも気仙沼湾近くにあったクリニックは全壊して今は仮店舗で訪問看護だけの医療を行っているが5月中旬には別の場所で新しくオープンする。
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(元お米屋さんを仮の拠点に訪問診療を続ける村岡外科クリニック)
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(今後の展望を話す村岡医院長)

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(5月中旬オープン予定の村岡外科の新クリニック)


新クリニックでは高齢者や病院まで来ることが出来ない患者の訪問看護の為に医療用移動車を必要としており、出来ればPHJがこれに支援が出来ればと思っている。


なお、インドネシア所長の伊藤は今回日本の被災地を訪問して、震災後1年で目覚ましく復興していることに驚いていた。インドネシアのアチェではこうは行かない。なんといっても、病院の先生たちがパワフルで、かえってこちらが元気をもらった、とのこと。
日本の被災地でパワーをもらった伊藤所長、今後の東南アジアの途上国での支援活動に力が入りそうだ。

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瓦礫が取り除かれた現在の気仙沼被災地