11月末に、PHJスタッフの横尾が気仙沼を訪問しました。横尾による報告です。

  

11/27(木)快晴

今回、PHJカレンダー400部を車に積んで気仙沼医師会へ届けに行った。

東北道は途中までは紅葉が楽しめたが黒磯あたりからは樹木の葉も落ち、磐梯山や蔵王の山々には積雪も見られた。

宿泊は気仙沼魚市場の前のビジネスホテルをとった。

この付近は震災直後の20114月に訪問した時は津波で流された漁船や沢山の瓦礫そして悪臭が漂っており悲惨な状況であったが、このホテルだけは流されなかったのでいち早く再建され、今は復興支援関係者の宿舎となっていた。

 

翌日、医師会を訪問しカレンダーを届けた。カレンダー寄贈は今年で3回目となるが、医師会を通して毎年気仙沼の病院、幼稚園、保育園、小学校、福祉施設等市内のほぼ全域に配られており、PHJが支援しているアジアの子供たちが描いた絵はとても人気があるとの嬉しい報告をいただいている。

 

そのあと医師会会長の森田先生の病院を訪問したところ病院の建物には津波到達の高さを表示した真新しい看板が目に入った。
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この看板は津波の恐ろしさを忘れないための先生の思いが込められているとのことであった。

 

また病院入り口の脇に小さい観音様があった。
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これは震災直後、病院まで流れてきた多くの瓦礫の中から見つかったもので、先生はこれも何かのご縁であるかと思いきれいに洗って置いていたところ訪問する患者さん達が毎日観音さんに手を合わせるようになったとの不思議なお話をいただいた。
(下の写真は、震災の翌日に森田医院から下を見下ろして撮った写真。)
 

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震災から3年8ケ月が過ぎたが現在、気仙沼湾の近くはようやく巨大な面積と高さのかさ上げ作業が本格化しており復興の兆しは感じるが、震災前の生活環境を取り戻すのははるか先であろうとつくづく感じた。

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