島津家の一城主となった小蒔。
分家たちも小蒔の元に集合し、さらなる飛躍を目指す。
あれからさらに有馬の領地を奪い取り、北上を続ける島津家。

義久よりお褒めの言葉
いつのまにやら島津義弘を抜いて勲功第一位になっていた小蒔。
当主・義久からもお褒めの言葉をいただくことに。

切り取り勝手次第の認可
ようやく家臣としては最高位の軍団長まで上り詰めた。

義久「龍造寺領は切り取り自由とする」
小蒔「龍造寺家は拠点1つしかないですけど・・・」
義久「・・・切り取り自由とする」

義久のやつ、昇進させてはくれるのだが、領地も家臣もほとんどくれないドケチ野郎だ。
今回の龍造寺攻めに関して補佐の城を付けようとか言ってくるが、そこも武将一人すらいない取ったばかりの城とかいうね。
さすがに苛ついてきたので、発言力を使って歳久と家久を引き抜いた。
この辺で政策「能力主義」も使い、さらに忠誠を上げていく。
能力主義は60以上の能力がない武将の忠誠が下がるが、そんな武将は端から求めてないので問題ない。

新たに軍団を結成したので挨拶代わりに肥前の有馬家最後の城を攻めていく。
どうせ龍造寺の城への途上だし、邪魔なのもある。
有馬家滅亡
島津家の近くにいるのが悪いんだよ(暴論)

肝心の龍造寺はどうも残り一城になった時点で大友と停戦を結んでいたらしく、小蒔たち単独で落とすのはどうにも厳しい。
情勢が動くか停戦が切れるまでは領地経営しながら待つことに。
その間に他の島津諸将が阿蘇家を攻め滅ぼし、九州は島津・大友・龍造寺・松浦が残るのみとなった。
そして、大友ー龍造寺間の停戦が切れたのを見て一気に龍造寺の城へ侵攻を開始。
竜造寺家滅亡
九州の雄・竜造寺家が滅亡。

剛勇九州一とは小蒔の事
龍造寺を攻め滅ぼしたこともあって小蒔の名声がさらに高まっていく。
といっても、まだまだ全国的には大した名声ではない。

大友との大戦継続中
龍造寺を倒して帰路につこうとするが、そこに大友の軍勢が攻撃を仕掛けてきた。
さんざん邪魔してくれやがって・・・かかってこいやオラァ!!
ただ、どう見ても6000程度しかないうちの軍勢では不利すぎる。
采配取れば時間の進みが遅くなるから先遣隊を壊滅させてから悠々帰還させてもらうとするか。

現在の有力大名一覧。
1584年初めの有力大名一覧
島津家も頑張って勢力を拡大しているが、大友とは国力がほぼ互角でまだまだ予断を許さない状況だ。
九州を制しても次の相手は毛利家だしなぁ。強敵ばっかりだ。
近畿には織田家もいるし。
織田家はうちと大友と毛利が束になってようやく相手になるかどうかってぐらいの国力だ。
いつぞやの曹操を思い出してしまうな・・・。

では、この辺でノシ