義久との軋轢を水に流し、毛利攻めを継続する小蒔。
中央の強国・織田家の介入により、中国地方に騒乱吹き荒れる。
出撃の度に毛利の領地を切り取っていくが、それに掛かる消耗もまた激しい。
一旦帰ってくると年単位で回復に専念しなければならない。

1590年はそうした雌伏の時間で終わり、1591年を迎える。
年明け早々雲行きが変わっていく。
宇喜多が毛利によって滅ぼされ、毛利と織田が交戦を開始。
織田の大軍が毛利領へ攻め入り始めた。

小蒔「このまま毛利が織田に呑まれるのを待っているわけにはいきません・・・出撃します!!」

これを機と見て小蒔も進軍を開始。
期せずして毛利軍を挟撃する形となる。

西部戦線、島津VS毛利。
島津VS毛利
義久方の諸将に山陽道を進ませ、小蒔軍は山陰道及び山中の城を狙っていく。
出来る限り小蒔軍団の消耗は抑えたいので、山陽道に敵を引きつけさせる。

東部戦線、織田VS毛利。
織田VS毛利
こちらはもう単純な数の暴力。
信長本隊の22100は現状の最大動員数だろう。
しかし、いつになったら信長は死ぬんだ・・・。
人間五十年どころか六十年行ってしまいそうだ。

追撃に次ぐ追撃
国力が五指に入る毛利とはいえ、一位・二位の東西同時侵攻には為す術もなく、一気に城を落とされていく。
小蒔らも当初の目標だった城を落としたが、攻撃を継続する。
織田も継続して侵攻してきており、もはや毛利領の切り取り合戦の様相を呈している。

伊達政宗に並ぶ名声
そんな中、小蒔の名声が上がる。
数字で言うと8でおそらく10が最高なのかな?
現状は信長と義久だけ9。
義久は小蒔がいなければ今も7だか8だったろうに。

進軍に次ぐ進軍で毛利領のほぼ全てが島津・織田のものとなり、ついに織田と国境を接した。
危険だとは思いながらも敵中に突出している毛利の鳥取城へも侵攻。
これを落とす。

兵士「小蒔様! 織田家より書状が届きました」
小蒔「織田から? なんでしょう・・・」

鳥取城を落とした直後、織田より寝返りの使者が訪れる。
さすがの信長も小蒔を敵に回すのは面倒と考えたか?
だが、ここは断る。

しかし、信長はここで恐るべき軍略を発揮していく。

兵士「申し上げます! 織田の軍勢がここ鳥取城へ迫っております! その数、およそ2万!」

こちらの鳥取城攻めしているのを近くに居座って見ているのは分かっていたが、まさかこんなすぐに攻めてくるとは・・・。

織田信長来襲
信長自らが率いる大軍を前に鳥取城は風前の灯であった。

現在の中国地方など。
中国大戦未だ已まず
毛利のほとんどを駆逐したのだが、何故か唐突に長船城が武田領になってて笑った。
いきなり内通に武田家が出てきてあれっと思ったけど、どうやら調略してきたっぽい。
それにしても、鳥取城を守るのは無理難題なので、なんとしても翌月に転封したい。
前線は義久にくれてやるから安全な後方をくれ。

現在の有力大名。
1592年中頃の有力大名
毛利は大分おちぶれたな。
織田と交戦し始めたから滅ぼしに行くのは当分無理だけど。
ちなみにセーブ画面で小蒔軍団の正確な情報が見れるんだけど、島津の半分ぐらいは小蒔軍団。
だから現状国力三位の北条家と同じぐらいの国力を一軍団で抱えている。
どう考えても一軍団が抱えていい規模じゃないんだよなあ。
すでに独立勢力みたいなものだ。

では、この辺でノシ