信長の死に乗じて東への圧力を強めようとした小蒔だが、九州で島津が起った事によりそちらへの対処を余儀なくされた。
長い雌伏を経た島津軍は小蒔軍を相手にして領地を減らすことなく奮戦を続けていた。
粘る島津との戦いも気になるが、まずは風前の灯である徳川家への対処を行う。
徳川最後の城となった小諸城へ進軍。

史実の天下人・徳川滅亡
徳川家が滅亡。
もう長いこと勢力滅亡がなかったからようやく減った、という気分だ。

徳川家が抱えていた武将ももちろんほとんど収容した。
多士済々
いやぁ、これで武将が潤うね。
早速、徳川の優秀な武将たちを各地の城代に据えていく。

これで東は北・東・南全て織田としか接していないような状況。
織田は上杉・北条・最上・伊達の全てと交戦中の四面楚歌なのでこちらに手を出してくるような余裕もないだろう。
この機に九州での攻勢を強めて島津を押し返そう。
中国地方東部や四国地方東部からも九州に派遣。
島津は一兵すら逃すつもりはない。

さて、近頃は領地が長大になり、さすがに内政に嫌気が差してきた。
今はもう建設と進出ぐらいしか内政はやってない。
投資なんてしてたら気が狂って死にそうだ。
城を任せたり軍団長作ればいいんだけど、全部自分でやってるからな・・・。
そういうゲームじゃないんだが。

東に手を出さずに九州部隊指揮の一点に絞っているので、さすがの島津も各地で撃破されていく一方となった。
敗因はたったひとつのシンプルな答え
前回の終わりから1年が経過。
豊後、筑後、肥前北部を攻め落として肥前への侵攻も開始。
出てこなければやられなかったのに!

比較的穏やかな東日本
東はさして変わらず。
各陣営が入り乱れているので牽制のし合いが続いているといった所か。
北条だけは精力的に動いている。露払い、大儀である。
伊達が攻めてきたら東海道から援軍でも出してやるか。

現在の有力大名一覧。
1606年中頃の有力大名一覧
島津の連中、20万も兵力なくなってるな。
だが、それも自ら望んで選んだ道。躊躇いはないはずだ。
我々小蒔軍も拠点が増えた割に兵力が増えてないのだが、武将を取り込んだせいか創造性が上がりすぎて中道政策が実施できなくなってしまった。
家臣集住が終わったおかげで23万ほど兵力が落ちた。
かといって創造政策を行えるほど上がってもない中途半端な創造性。
実にすばらくない。

では、この辺でノシ