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ブログ整理完了。

三国志

【三國志13PK】エイプリルフールに間に合わなかったネタ

中華の剣
199年、中華は戦火の炎に包まれた!
城は壊れ、村は燃え、漢帝国は滅亡したかのように見えた。
だが、漢帝国は滅亡していなかった!
皇叔・劉玄徳が立ったのである。
選ばれし10人の雀士がこの地に舞い降りたのである。
彼女たちの目的は中国大陸の統一。
そのためにそれぞれ周囲の異民族に戦いを挑む。
その中の1人、池田華菜は敬愛する福路美穂子と共に自らも異民族を攻めんとした。

しかし。
逆襲の池田
出遅れるにもほどがあり、なんと他の雀士たちが周辺の勢力を全て倒し、そのまま乗っ取ってしまった。
池田たちはその辺の空白地での旗揚げを余儀なくされるのであった。

麻雀戦士サキ〜逆襲の池田〜

20XX年公開予定

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夏侯淵の息子の生年を考えてみる

題名の通りだが、なんでこんなこといきなりやるのかと言えば、三國志13PKの姜維北伐における適当な武将配置に不満を覚えてイベント編集で没年253以前の人物を軒並み死亡扱いにしてる時に夏侯威を見かけたから。
そして、13PKの没年は結構いい加減な事に気付いたから。
孫魯班と孫魯育がどっちも没年252ってどうなってんだ。

話を戻すが、演義とかコーエーのゲームにおける夏侯淵の息子は覇・威・恵・和の4人だが、正史によると他にも衡・称・栄の3人がいる。
そもそも夏侯覇の字が仲権、夏侯威の字が季権という時点で、字の命名に伯仲叙季幼を使ってるのは明白。
そりゃ長男と三男が抜けてるのがやすやすと分かる。
なんで演義でいないのかって言うとさっさと死んでたりとか、全く活躍してないからだろうか。
ちなみに息子の順番は衡・覇・称・威・栄・恵・和の順。これは字からも分かる。

で、本題である息子どもの生年について。
13PKでの夏侯覇たちの生没年は以下のようになっている。
夏侯覇:202〜262
夏侯威:204〜253
夏侯恵:206〜242
夏侯和:207〜265

しかし、五男の夏侯栄は13の時、定軍山(219年)で死んだとあり、当時は数え年であるので207〜219が生没年となる。
となるとコーエー設定の六男の夏侯恵と七男の夏侯和の生年はすでに破綻している。
夏侯淵の息子で唯一生没年がはっきりしているのがこの夏侯栄なので、その兄が207以前の生まれ、その弟が207以降の生まれというのがはっきりする。

次に話題にするのが、張飛の妻・夏侯氏。
この夏侯氏が夏侯覇の従妹であることが正史には書かれている。
そして、この夏侯氏は200年の時に13〜14ほどとされているので、生年は187〜188。
従って夏侯覇の生年もそれ以前という事になる。
コーエーの設定とやたら離れてないか?とも思うし、この後黄初年間(220〜226)までなんら官爵や将軍位を得ることがないので怪しいんだが(曹丕が皇帝になってから官爵任命してるだけで、そうでもなきゃ曹真や曹休とかそういうクラスで漢中攻防前後に任命なんだから特になくても問題なさそう)、三男・夏侯称が187年生まれの曹丕と身分を越えた親交があったと記されていることから年齢もそこまで変わらないだろう。
それを考えると夏侯覇が187年以前の生まれというのもある程度納得できる。
また、これは信憑性が薄いことで定評のある魏略の記述だが、兗州・豫州で大乱があった時(おそらく黄巾の乱)、飢饉の中で自分の子を捨てて死んだ弟の娘を活かしたとある。
捨ててるのに夏侯淵死後も生存確定してる長男の夏侯衡なのかどうか微妙だが、少なくともこの時期に一人は子供がいたのならこの後200年代まで子供が全くいないとは考えづらい。

そんな訳で、夏侯衡・夏侯覇・夏侯称の3人に関してはおそらく180年代の生まれだろうと思われる。
魏略の幼子が夏侯衡なら180年代前半、夏侯衡でないなら夏侯覇と合わせて180年代半ば、夏侯称は180年代後半になる。
そこで次の話題が四男・夏侯威の生年。
五男の生年が207年なので夏侯威は180年代後半〜207年までのどこかが生年となる。
また、方技伝によると夏侯威の享年は数え年で49らしい。
70まで生きて天子の後見役になる、というのを真面目に考察するのであれば、この天子というのは司馬炎ではなかろうか。
夏侯威は羊祜を通じて司馬氏とも縁戚関係にある。
265年の晋成立時に70だとすると生年は196年。
まぁ推測としては悪くない位置ではないか?
って、70が寿命だとするならもうちょっと早く晋成立しないとダメだろうから190年代後半って所か。

そして、夏侯威・夏侯恵・夏侯和は太和年間(227〜233)に揃って関内侯になっているので、夏侯栄以降の2人もそこまで遅い時期の生まれではないだろう。

結論。
夏侯衡:180年代前半〜220年代前半?
夏侯覇:180年代半ば〜259年
夏侯称:187年前後〜204年前後
夏侯威:190年代後半〜240年代半ば
夏侯栄:207年〜219年
夏侯恵:208年〜244年
夏侯和:209年〜275年以降

没年についてもちょいと解説入れていく。
・夏侯衡
あまりにも事跡が少ない。
その割には夏侯淵死後まで生きていることはわかってる。
夏侯覇が黄初年間(220〜226)に色々授かってる時に何も沙汰がないし、夏侯覇が戦に登場する230年とかにも何もないから220年代には死亡している可能性が高い。

・夏侯覇
趙雲伝での記述を見る限り、陳祗死後(258年)かつ関羽らが追諡される(260年)前に死んでいることが分かる。
また、259年に廖化と張翼が夏侯覇の就任していた車騎将軍を左右に分けて就任していることから、259年に車騎将軍に就任したまま没したと見るのが一般的。
コーエーの262年は演義に準拠したもの。

・夏侯称
18歳で若くして死んだとあるので、生年を曹丕前後とするなら204年前後になる。
また、夏侯称の死が後半3人を毎年のように誕生させるきっかけになったのではないかとも思う。
夏侯衡が事跡に何も残らないほど冴えない長男で、夏侯称は若死に、夏侯威もまだまだ未知数で夏侯覇ぐらいしかまともに働ける息子がいないという危機感があったからこその血族増やしなんじゃないかと。
さらに言うなら夏侯惇の方の息子もちょっと酷いのもあるし。
そうだとするなら夏侯称は189〜206ぐらいが一番それっぽいかも。

・夏侯威
前述の通り、49で死亡。
まぁ方技伝っていわばオカルトの類だからどこまで信じるべきかって所ではあるが・・・。

・夏侯栄
ここははっきりしてるのでスルー。

・夏侯恵
37で死亡。

・夏侯和
何もかも不明だが、司馬炎が重病になった時も生きている。
司馬炎が重病になったのは統一の5年前の275年なので、死んだのも275年以降。
それ以上のことは分からない。

夏侯淵の息子は短命とかいう意見もあるが、これを見る限り本当に短命なのは夏侯称ぐらいだ。
夏侯衡や夏侯恵もやや短命だろうが、夏侯覇や夏侯和は長命だし、個々によるといったところだろうか。

では、この辺でノシ

三國志13PK・その2

じゃあ今回はアプデが来てない初版での不満点でも語っていこうかと思う。
ちなみに、現時点でやったのは侠客と商人プレイでクリアと、他ちらほら程度。

・不具合について
関羽の死イベントで長沙が劉備軍以外の場合、長沙にいる武将が全て成都に拉致されて劉備軍になる(3/10アプデで解消)
史実武将を編集して再起動すると性格が小心になる(3/10アプデで解消)
一騎討ちや舌戦において女性汎用グラが出てくると極端に重くなる(2/23アプデで解消)
采配戦闘中に異常終了することがある
合肥の戦いが219年シナリオでも発生する(3/10アプデで解消)

現状気になってる明らかな不具合はこんな感じ。
特に上3つはきちんとデバッグしてればすぐ分かる不具合だと思うんだが、なぜこんなことになるのか。


・プレイ中の不満点
大国を相手取ると延々と部隊を派遣し続けてくるので休む暇も何もない。
無印では出てきた部隊で一旦攻勢が終了して間が空くが、今回はそういう事がない。
武将プレイとかやってるような余裕がまるでない。

軍勢士気というシステム自体はいいが、回復があまりに大きすぎるせいでかなり遠方からでも出撃できたり、してくるのは如何なものか。
しかも平均を取られているのか、一部隊は士気が高いのにもう一部隊は士気が低いままとかもあった。

都市を攻め落とした直後に敵部隊が到着すると「○○近郊の戦い」となって都市で迎撃が出来ず、戦ってる間にその後に来た敵部隊によって都市を落とされることがあった。
無印だったら普通に近辺にいるだけで都市防衛になるのにPKはなぜこうなるのか。

同志を作ると一般武将の任務志願がなくなるのが微妙。

シナリオの配置もよく見ると変だったりする。
孟達が寿春にいたりするのはおかしい。
姜維北伐に至っては253年スタートの割に孫権が生きているし、強端みたいな制作側が没年230にしているような武将が生きていたりする。
架空は架空でももう少しそれっぽくする努力をしてほしい。


・イベント編集の不満点
(発生条件編)
「主人公が○○でない」がないため、死亡イベントが作りづらい。
登録イベントを発生済みイベントに出来ないので、連続したイベントを作りづらい。
所属勢力が主人公か○○系しかないため、主人公が所属していない新勢力などを発生条件に出来ない。
※○○系は英雄集結に存在する勢力+張楊・袁譚・区星・張挙
結果に○○が所属する勢力が指定できるんだから条件にもそれを入れて欲しい。
身分・絆・威名・官爵などに一致だけでなくそれ以上、それ以下も欲しい。

(登場人物編)
せめて10人使用可能にして欲しい。

(内容編)
人名や地名の文字の色を変えられるようにして欲しい。
あと(1)とか入れると入れてないのと比べて一文字誤差が出たりするのをどうにかして欲しい。
武将の立ち絵で戦闘グラを使えるようにして欲しい。
武将の一言ボイスも入れられるようにして欲しい。
ってか、公式で表現できるのを全部できるようにして欲しい。

(結果編)
官爵を変更できるようにして欲しい。
勢力の独立を出来るようにして欲しい。
都市の所属を空白に出来るようにして欲しい。
数値の割合変更を出来るようにして欲しい。
未発見の武将を仕官出来るようにして欲しい。

こんな所だろうか。
イベント編集は改善して欲しい所がかなりあるので、どうにかならんものか・・・。

では、この辺でノシ

三國志13PK・その1

PKの歴史イベント全部埋まったよ! わーい!

大半のイベントは軽く集められるんだけど、一部やたら厳しいものがあったんでようやくって感じ。
というか、中華ツールとPKの編集機能をフル活用してなんとか起こせたイベントが一つある。

じゃあとりあえず無印と同じように解説していこうと思う。
その前に無印の記事へも誘導しておこう→無印のイベント条件解説

無印と同じく続きから。
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三國志のシナリオについて

歴代のコーエー三國志(1〜13)において採用されているシナリオの年を調べてみた。
多い順にランキングしてみる。
といっても184〜234まで毎年ある8を考慮し、8以外で複数採用されている登場3回までとする。
6における短期シナリオなどは除外。PK追加シナリオ、DLCは考慮。
あくまで全国統一を目的とし、全勢力使用可能な史実シナリオに限る。

1位:10回 184年(3、5〜13)
2位:9回 189年(1〜8、10)、194年(2〜4、6〜11)、200年(5〜13)
3位:8回 207年(6〜13)、208年(1〜5、8、12〜13)
4位:6回 201年(1〜5、8)、211年(7〜12)、219年(5〜6、8〜9、12〜13)
5位:5回 190年(8〜9、11〜13)、234年(5〜9)
6位:4回 195年(1、8、12〜13)、198年(8、11〜13)、217年(7〜8、10〜11)、221年(3〜4、8、10)、223年(6、8、12〜13)、225年(7〜9、11)
7位:3回 192年(6〜8)、214年(8、12〜13)、215年(1〜2、8)、227年(7〜8、10)

上の方に来るのは当然の話だが、テーマがはっきりしている年のものが多い。
184年は黄巾の乱、189年は反董卓連合、194年は群雄割拠、200年は官渡の戦い、207〜208年は三顧の礼・赤壁の戦いなど。
初代三國志からのシナリオ1は反董卓連合で黄巾の乱は5から本格的に追加されたものだが、反董卓連合はシリーズによって190年1月だったりすることも多いので2位に留まった。

近隣の年と統合して1からずっとあるのは、
189〜190年(反董卓連合)
194〜196年(群雄割拠)
200〜201年(官渡の戦い)
207〜208年(赤壁の戦い)
の4箇所ぐらい。
これらの年代以外でランキング上位に連ねているのは211年、219年、234年あたり。
211年は潼関の戦い、219年は定軍山もしくは樊城の戦い、234年は五丈原の戦いがテーマだろうか。
特に219年は劉備軍最盛期として設定されることも多い。

逆に言うと、これ以外の年のシナリオというのは8にしかないぐらい貴重なものと言える。
185〜188年の散発的な反乱期とか、202〜206年の袁家の内ゲバとか、228〜233年の諸葛亮北伐中とか普通なら採用されないようなレアさがある。

さて、13PKでは223年シナリオが追加されることになったわけだが、この先DLCかなにかで追加されるとしたらどの年が来るだろうか。
現状は184年、190年、195年、198年、200年、207年、208年、214年、219年、223年とまぁ数だけは揃ってる。前期シナリオに関しては。
ここから追加されるとしたら211年、227〜228年、234年シナリオが濃厚か?
それ以降で採用したことがあるのは235年(諸葛亮死後)、241年(芍陂の役)、249年(司馬懿クーデター)、253年(姜維北伐)、257年(諸葛誕の乱)、263年(蜀滅亡)あたり。
このうち253年は仮想シナリオとして採用されたからまず史実シナリオとしての採用はない。
そもそも234年以降のシナリオが早々作られるかという話だが、末期の武将がこれだけ揃ってるような三國志も滅多にないから作れるなら作って欲しいというのが心情。

では、この辺でノシ

三國志回想

13もやるべきことがなくなってPK待ち。
シリーズの集大成を謳ってるわけだし、ここらで個人的なシリーズのまとめでも書いていこうか。
シリーズで明らかにプレイしたことがないと言い切れるのは6と12。
プレイしたと言い切れるのは1、2(ツクール)、5、7、8、9、10、11、13。
3は多分プレイしてない。画像を見ても何一つ思い出せないし。
4はパッケージに既視感があるが、プレイ画像を見ても思い出せない。
UIが5とほとんど変わらないのもその一端ではある。5は強烈に覚えてるから。

そんな訳でプレイしていないであろう3、4、6、12以外のシリーズについての話をしていく。

・初代三國志
物心ついた頃には家にあった。
まぁこのゲームのFC版が出たのは私が生まれた年なんで、そりゃそうなんだが。
ファミコンソフトと言えば通常紙のパッケージみたいなのに入ってるが、初代三國志はなんかえらいごてごてしたプラスチックパッケージだった。
値段いくらくらいしたのか分からないが、FC版三國志2が11800円らしいので初代もそれなりに高いソフトだったと思われる。

私の三国志との出会いはまさにこのソフトだったわけだが、それなりにプレイした。
反董卓シナリオの初手呂布・賈ク登用とか、囲んで火攻めとか。
捕まえると即仲間に出来たりするのがいまとは違う所。
当時は孫堅ばかり使っていたような気がする。
BGMもかなり印象に残ってるね。当時が当時だからそんな長い曲調を収録できるわけじゃないし。


・三國志2
私は三国志ツクールでしか知らない。
ということで、この作品のプレイ自体が去年と相当最近の話。
まぁ今時になってプレイするゲームとしては流石にシステムが古すぎるというのは感じる。


・三國志5
三國志シリーズでも名作に推されることが多い作品。
グラフィック、BGMも進化してきてるし、新君主も作れるようになった。
武将がいればいるほどに便利になり、特技や陣形などで個性もある。
武術大会などの飽きさせない工夫、名声で将軍位授与とか埋伏、修行とか色々思い出せることが多い。
この頃の三國志の攻略本はユニークなものも多く、それを読んでいるだけで面白かったりする時期でもあった。
今でも通用する名作だとは思うが、9をやり倒してるとさすがに一種の物足りなさを感じないこともない。


・三國志7
個人的には最もプレイした三國志の1つ。
BGMがいいし、初の武将プレイということで配下武将の立場でやりまくった。
劣勢でも条件が揃えば数倍の敵を跳ね除けるのが容易だったりするのも個人的には爽快感があっていい。
グラフィックもこの頃の淡いようなイメージは悪くないと思う。
今の写実的なのが悪いとは思わないけど。


・三國志8
7に続いての武将プレイ。
特筆すべきは184〜234まで毎年シナリオがあることだろう。
その全てのシナリオでオープニングがある上に、一部の勢力では追加で掛け合いがあったりとこれだけでも凄まじい労力だったろうというのが伺える。
内容としてもまぁ悪くないのだが、7をやり通した身としては戦争が3ヶ月毎にしかできないのが非常に不満だった。
時間に縛られてる感があってしょうがなかった。
このゲームで最も記憶に残っているBGMは最初のメニュー画面の曲。
シナリオとその説明とか見てるだけで相当時間かかるからね。
IFが多彩なキャンペーンシナリオもかなり印象に残っている。
樊城の戦いとかあったな・・・。


・三國志9
8までとはえらく趣が異なるゲーム。
プレイ動画数は他を寄せ付けないほど圧倒しているだろう。
それほどゲームとしては良い出来だったと言える。
9の最大のウリはそのゲームシステムも然ることながら、シナリオが充実していることだろうか。
末期シナリオと武将がこれだけ充実しているのは9ぐらいだろう。
まぁ蜀滅亡と蜀滅亡後の鐘会の乱シナリオがあるぐらいでそれ以外は五丈原までなのは変わらないのだが。
ただ、263年というのはこれ以降を合わせても最も遅い時期のシナリオで、それによってこの後には出てこないような武将まで収録されている。
孫休の息子とか。

というか、これ以降のシリーズが末期シナリオ出さなすぎなんだよね。
各シリーズの最も遅い史実シナリオの年数(PK込み)を比べると、
1(215)-2(220)-3(235)-4(235)-5(234)-6(234)-7(257)-8(263)-9(263)-10(253)-11(225)-12(214)-13(214)
せめて五丈原ぐらいは入れられないのかよ!
11以降は酷すぎる。
10もPKがなかったら227が最後だけどさ・・・。
シナリオに関しては8と9がそれぞれ違った意味で優れていると言える。

話を戻して、内容としても今までとは全く違った趣向でありながらかなり面白い。
ストラテジーの部分をかなり強化している。
弱い武将でも役目がそれなりに多いのもある。
血族なら連鎖しやすいから公孫瓚なんかがかなり強かったりするし。


・三國志10
今になって思うと三國志版太閤立志伝だったな、という印象。
三國志としては悪名高い都市強制移動も太閤立志伝5ではよくあることだったし。
問題は太閤は本拠が変わろうと大した問題ではないと言うか、合戦とか内政にそこまで力を入れた仕組みではなかったという点だろうか。
三國志としては噛み合わせが悪かった。
私が三國志プレイヤーとしては最盛期を迎えていた時期であり、攻略サイトで積極的に攻略に取り組んでいた時期でもある。
あの当時、蜀滅亡のイベントスチルを取るのが至難の業だった。
なにせ227年シナリオが最終で、後でわかった条件が異常に厳しすぎる(死亡必須がいたり)
まぁ最終的にはシナリオ改造で9を参考に263年の設定にして条件を判明させた訳だけど。


・三國志11
10の評価が芳しくなく、その流れで出された11。
その出だしは最悪。
守りに入りすぎるAIが低評価だった・・・かと思えばパッチで一転して脳筋攻勢に出るようになるという通称逆ギレパッチ。
極めつけは密かにぶち込まれていた「ふんげいそうらん」。
これが決定打となってシリーズの評価は地に落ちた。
まぁPKで各種改められ持ち直すことには成功した。
私は無印のみでやったことはないので無印に関してはよく分からん。やる気もない。
11PKに関してはまぁ確かに遊べる出来ではある。


・三國志13
集大成としては・・・まぁ・・・うん・・・。
色々惜しい作品ではある。
配下武将での辛さは私も咲10周年記念和プレイで堪能してる。
まぁこの前英雄十三傑で配下プレイした時はアップデートでの改善を感じられたけども。
PKには期待したい所。
とりあえず、上級でも兵糧カツカツで自滅していく敵のAIをもうちょっとどうにかした方がいいんじゃないかな。
あと単純に下の方だとやることが少ないというか、在野なんて何もできないし。
市民からの要請もアップデートで追加されたものだが、金が手に入るだけなのも味気ない。


こんな所だろうか。
13PKの評価はどうなるかね・・・。
とりあえず、末期シナリオの確保は「姜維北伐」ってシナリオがあるから大丈夫かな。

では、この辺でノシ

三國志13PK発表

これぞ原点にして頂点!がテーマである三國志13のPKの発売が発表された。
はいはい分かってた分かってた。
ちょっと前のアンケートで「PK前提の仕様で不快だった」って送ったけど、まぁ出さざるを得ないよね。
本編で見れないムービーとかイカンでしょ。

せっかくだからザッと現在判明してる新要素でも洗ってみるか。

・威名システム
名声を入手して称号を獲得するシステム。
称号を得るごとに個別で出来る行動が増えるとか。
暗殺とかも出来るみたい。

大系統としては侠客・官吏・軍師・将軍・商人と不明で計6個。

侠客系統は
遊侠-侠者-大侠客-義侠烈士
            -雲龍風虎
   -賊徒-賊将-賊王
       -刺客-暗殺者

官吏系統は
小吏-官吏-能吏-宰相
       -官僚-執政
           -奸臣
   -使節-大使-完璧
       -扇動者-妖言惑衆

軍師系統は
弁士-策士-参謀-神算鬼謀
       -謀将-怜悧狡猾
          -機略縦横
   -顔没-名士-国士
          -巨魁

というルートが有るのは判明。
・・・顔没だけ意味がよくわからない。

その他威名固有コマンドに応じたイベントもあったりするようだ。


・戦略
集落に城塞を建設することができるようになる。

また、軍勢に指揮システムが導入され、行軍していると士気が減って戦闘力も落ちる。
士気は集落上の要塞などで待機すると回復するとか。
まぁここは必要ではあるだろうな。
無印は普通に一番南から兵を派遣して一番北まで行けたりするし。
といっても回復できるならあまり変わらないような気もするが・・・。

君令とかいう各君主に応じた戦略方針を示すものもあるようだが、これの詳細は不明。


・戦闘
戦闘開始前に軍議が開かれ、戦術をそれぞれの地点に設置することが可能。
戦術は設置した地点や陣を制圧すると使用可能。
攻撃や回復など様々な効果がある様子。

それと戦場の広さが約4倍になったとか。
これは守備側有利になると思うがどうなんだろう。


・その他
結婚、子育て、災害、異民族、放浪軍などのイベントが追加。
結婚自体はあったと思うけど子供イベントはなかったな、そういえば。
とはいえ、この辺は旧作にあったからな。
シリーズ集大成を謳うなら入れておけって話だよ。

三國志末期をはじめとする新シナリオが追加。
少なくとも、潼関の戦い・劉備入蜀・合肥の戦い・樊城の戦い・夷陵の戦い・劉備の死・五丈原の戦いはムービーが存在するのだからそのイベントはある。
まぁ211年、219年、225年、227年、234年のうちどれかはあるだろ。
武将が100人新規追加されるようなので、それ以降がある可能性もなくはない。
武将の話も一緒にしておくと、新規武将100人とグラフィック変更される武将もいるみたい。
今の所、新規は董白・蔡邕・杜氏、グラ変更が曹仁・曹洪・高順・陳宮・呂玲綺。
董卓・呂布陣営主体の紹介になっていた。
グラ変更は12から変更がなかった武将かね。

新要素が体験できる英傑伝ステージを追加。
史実の追体験は終わってるわけだけど、中華ツールに先んじて掲載されていたステージの追加があるんだろうか。
結局なかったのは関羽千里行、定軍山、街亭あたりだったかな?

編集機能はいつものことだから割愛。

シリーズ初のイベントエディタ実装。
うーんまぁ、ないよりはあったほうが良いんだろうけど、戦国立志伝の方のエディタの出来がクソすぎたからなぁ・・・。
期待できる要素がないな。

と、現状はこんな感じ。
今冬発売・・・無印から1年も経たずに発売するのか。
あんまり早すぎると「それ、無印に入れられたんじゃないですかね」ってなるんだけど、どう考えているのやら。

では、この辺でノシ

三國志13・その6

三國志13最後の英傑伝「英傑夢幻」クリア。

長安→弘農→曹爽軍4都市→ギョウまで落とせばクリア。

きついのは弘農攻略ぐらいで他は采配すらほぼ取ってない。
手順としては初手長安出陣で長安を取り、弘農を狙う。
弘農は当初2万しかいないが、長安を取ると6万まで増える。
ただ、弘農西の湖で弘農の部隊のみ討ち減らすことが可能なので、敵を疲弊させるのが効果的。
弘農を取ると弘農に向かって計7万7千攻めてくるが、弘農攻略部隊がそのままいるのでそれを使って叩けばOK。
弘農にも兵士が3万増えるので、さらに余裕あり。

次いで、魏から独立した曹爽軍4都市(宛・許昌・新野・汝南)を攻略する。
初手新野攻めするとゲームオーバーになるのはこれが原因だろう。
まぁ曹爽軍は所属武将が雑魚すぎるので多少こちらの兵士が少なくても采配でさえ普通に勝てる。
私は弘農迎撃直後の5万強の姜維軍勢でそのまま4都市占拠。
曹爽を滅ぼすと劉禅軍団のほとんどの都市(成都・武威・金城以外)が姜維軍団になる。
ここまで来たらクリアも同然だろう。
私は孫権領を通って東の都市を次々陥落させ、済北に姜維5万強を駐屯させて敵を引きつけた。
その間に今度は西の洛陽だの陳留だのを攻略し河北以南は全て奪取。
そのままギョウも落としてクリア。
最後まで魏の都市を落として終わらせるのも十分可能だったが、さすがに時間制限が厳しかったかな。

さて、これで英傑伝は終了か。
追加されたムービーは潼関・劉備入蜀・合肥・関羽死亡・夷陵・劉備死亡・五丈原。
この辺のイベントはPKで追加になるんだろうな・・・江陵取って終わりとか言うのは中途半端すぎる。
さすがにこれは未完成だと思わざるをえない。
せめてシナリオがある三国鼎立のところまでイベント入れとけよ・・・。
PKが定番になっているとはいえ、PKありきが許されてるわけじゃないんだぞ。

では、この辺でノシ

三國志13・その5

信義なき者共よ、近衛の刃に果てよ!

という事で、ようやく次の英傑伝DLCが来た。
おそらく最後の英傑伝追加になるだろう。
内容は魏文崩御、呉帝即位、臥竜天昇、英傑夢幻の4つ。

臥竜天昇をクリアしたので、それの攻略っぽい感想から。
このステージは232年スタートで234年の終わりが時限。
内容は武都陥落→天水陥落→天水・漢中防衛の3つに分かれる。
武都8万、天水10万、天水侵攻軍16万・漢中侵攻軍6万5千を相手にする。

一方、諸葛亮軍団は初期で兵士が4万いないどころか兵糧が全てで1000しかないという攻めるとか言う以前の問題を抱えている。
その辺は農業を増やしつつ兵糧購入などでしのぐ。

ここまでクリアしてきた人ならすぐ気付くと思うが、最初に攻めるべきは武都ではなく上庸。
上庸にも10万の兵が篭っているが、在城しているのが三流武将4人しかおらず、他の都市からの救援もない。
ここをサクッと取るだけで兵士・金・兵糧が一気に潤う。というか、ここを無傷で取れなきゃこの先がきつい。
武都は上庸の10万を軸に攻める。
このステージは最初の上庸攻めと最後の天水防衛以外は采配なしでOK。
安全策で行きたいなら無論采配取って損害少なめで抑えたほうが良いけど。
最後の敵の進軍が天水を取った直後になるので、時間に余裕もあるし武都の兵士を軸に天水を取って上庸の兵士を漢中防衛に回すのもありかな。
私は天水に8万かき集めて采配取って、漢中に6万強集めてぶつけておいた。
漢中は4部隊しかいないので自動戦闘でも普通に削ってくれるみたい。
天水は数が多くても武将が大したことないので4万程度の兵力差でも楽に勝利。
ぶっちゃけ夷陵の方が格段に難しかった感がある。

さて、このステージの最後に五丈原及び晋が統一したとかいうダイジェストムービーが流れる。
コレクションで確認したら英傑伝EDになってたから歴史をなぞった英傑伝はここでラストになる。

最後の英傑伝「英傑夢幻」は239年開始で、諸葛亮死後に姜維が神速で西北を占拠した状況のようだ。
IFステージってことだな。
とりあえず開始してみたが、諸葛亮の遺言を無視して魏延と仲違いしたように見せて魏軍に油断させてその隙に西北を取るとか言ういきなり荒唐無稽なスタートだった。
姜維が軍権は魏延にあるとかいいながら当の魏延は成都にいるとかいう謎仕様。
そして将軍位は姜維が大将軍で魏延が征北将軍なので、やっぱり姜維が上に見えるという。

ただ、時限まで6年ある上に孫権とは無期限停戦なんだよね。
孫権の領地通って新野から攻めればいい。
新野・宛・汝南全て武将1人の上に物資豊かとかエサ以外の何物でもないんだが。
まぁ一旦寝てから再開しますかね。

では、この辺でノシ

三國志13・その4

どうも定軍山はなかったっぽいけど、他は名前が違えどあるみたい。
今回は樊城の戦い・関羽の「武神重囲」と夷陵の戦い・陸遜の「夷陵炎上」があるみたい。

武神重囲はこれまででの英傑伝でも最高といってもいいぐらいの難易度。
とにかくひたすら敵と戦い続ける。
開始早々、龐徳勢(32000)と野戦→新野で曹仁勢(30000)相手に攻城戦、新野に攻め寄せる徐晃勢(57000)相手に籠城戦と続く。
ここまで倒すと襄陽が陸遜に取られてさらに敵が湧く。
まず、新野に曹操軍が攻め寄せるのでそれを迎撃する。
相手が槍しかいないからといってこっちを全部弓にするのは駄目。
最初の軍勢と戦ってると都市の上にいた軍勢が次々向かってきて、なおかつ兵科が騎馬オンリーとか弓オンリーの軍勢も混じってるので、結局こちらの兵科もバランスよく入れないといけない。
確か全部で5軍勢ぐらいいて、1軍勢あたり3万程度いるのでおよそ15万を迎撃する。
これがこのシナリオ一番の難所で、取ったばかりの新野だから耐久も回復しておらず、傷兵も抱えっぱなしだったりする。
徐晃と戦う時に後を見据えて編成し、その後は解散せずに迎撃に出て本陣で傷兵回復を図ったほうが効率がいい。
この時に後方支援を持っている馬良を部隊長にした部隊を出しておく。
後方支援は部隊の傷兵の1割を回復させる効果があり、これがなかったら100%負けてたと思う。

なんとか曹操軍を倒し、陸遜も倒すと今度は南に孫権軍がワラワラ出てくるが、こっちは最初の陸遜軍6万と戦っても援軍はこない。
倒すそばから1軍勢ずつ来るだけで、しかも騎馬オンリーが2軍勢いるだけなので楽勝。
最後に襄陽の糜芳・傅士仁ら55000と戦うが、陸遜隊(11000)・周泰隊(3000)が途中参戦してくる。
まぁ武将の質があまり高くない敵なのでそこまで大したことはない。

襄陽を落とすとこのシナリオはクリア。ムービーもある。

で、今は夷陵炎上を始めた所だが、劉備軍全体より兵力が多い軍団を指揮しているので、どう見ても楽勝な気がする。
まぁ武将が言う事聞かないとかそういうイベントがあるのかもしれないけど。

では、この辺でノシ

三國志13・その3

新規英傑伝DLCも終了した。
その際、本編にないムービーが3つあり、「潼関の戦い」「劉備入蜀」「合肥の戦い」だった。
ムービー鑑賞にも追加されていたが、本当なら本編でも見れて然るべきムービー群なんだがなぁ。
207年シナリオから214年シナリオまで江陵以降のイベントがないからな。
考えられる限りでも劉備と孫尚香結婚、潼関の戦い、周瑜死亡、曹操魏公になる、益州の戦いとかあるし。

で、英傑伝もある程度解析が進んでおり、この先あるものも大体分かっている。
いつものアレによると、残っている英傑伝タイトルは以下の通り。
老当益壮:蜀軍・定軍山の戦い。主人公黄忠?
武聖陥困:蜀軍・樊城の戦い。主人公関羽?
夷陵之火:呉軍・夷陵の戦い。主人公陸遜?
涙斬馬謖:街亭の戦い。主人公は馬謖、諸葛亮もしくは司馬懿、張郃か?
臥龍昇天:五丈原の戦い。主人公は諸葛亮か司馬懿?
英傑無常:おそらくラスト。イベントか蜀漢滅亡のどちらか?
漢朝滅亡:イベント系? 曹丕が献帝から禅譲を受ける
蜀漢建国:イベント系? 劉備が皇帝となる
桃園彼岸:イベント系? 劉備死亡(エンディングにそれらしきムービーあり)
討伐南蛮:イベント系? 蜀が南蛮平定
魏文駕崩:イベント系? 曹丕死亡
呉帝即位:イベント系? 孫権が皇帝となる

今の所、6ステージ追加、4ステージ追加ときてるから、あと2回か3回に分けてくるかな。
順番的には老当益壮(219年)→武聖陥困(219年)→漢朝滅亡(220年)→蜀漢建国(221年)→夷陵之火(222年)→桃園彼岸(223年)→討伐南蛮(225年)→魏文駕崩(226年)→涙斬馬謖(228年)→呉帝即位(229年)→臥龍昇天(234年)→英傑無常(?)という感じかな。

3月の終わりぐらいまでには全部配信するのかな?
それにしても、現状でも結構戦いが厳しいんだよな・・・これからさらにきつくなるかと思うと途方に暮れそうだ。

余談だが、義絶千里とかいうタイトルのものがあるが、義絶はゲーム内に説明がある通り関羽なので関羽千里行のことだと思われる。
入ってないのは謎。
後で関羽を使うからなくしたのだろうか。
曹操は2回動かしてるけど。

では、この辺でノシ

和-Nodoka-三國志13編・最終回

大勢は決した。
もはや血を流すことはない、とばかりに単身北東の果てに向かう和に立ちはだかる最後の敵。
その名は司馬懿。
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和-Nodoka-三國志13編・その21

曹操や曹丕も今は亡く、曹家存亡の重責は曹植の双肩に託された。
だが、天下の趨勢は既に曹家の手にはなく、和の部隊が稲妻のごとく野を駆ける。
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和-Nodoka-三國志13編・その20

一念岩をも通す。
愚直なる小蒔の進軍が天下の趨勢を動かす。
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和-Nodoka-三國志13編・その19

長きに渡る戦いもついに均衡が崩れ、小蒔も重い腰を上げた。
だが、それは勇敢故なのか、無謀故なのか。
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和-Nodoka-三國志13編・その18

陸遜の軍略により、揚州三都市を制圧。
江夏に篭もる和にも反転攻勢の機会が巡る。
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和-Nodoka-三國志13編・その17

曹操の後継・曹丕と対峙して数年余りが経過。
呂蒙の後を継いで南海太守となった陸遜が揚州攻略に動く。

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和-Nodoka-三國志13編・その16

曹操が死んで2年の歳月が流れた。
後を継いだ曹丕もまた、小蒔軍討伐に注力していた。
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和-Nodoka-三國志13編・その15

数多の戦いを経て、一つの巨星が落ちようとしていた。
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和-Nodoka-三國志13編・その14

戦いに終わりは見えず、和は遠大な方針を打ち出す他なかった。
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和-Nodoka-三國志13編・その13

曹操軍との開戦から2年の時が過ぎようとしていた。
絶対的不利な小蒔軍は負けてしまったのか・・・?
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和-Nodoka-三國志13編・その12

決戦を迎えるまでの最後の猶予期間が始まる。
孫権を歯牙にもかけない曹操を前に、和たちは出来る限りの事を尽くすことになる。
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和-Nodoka-三國志13編・その11

物量の前にはどんな戦略も無に等しいのか。
相次ぐ報告を前に和は思案にふけるしかなかった。

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和-Nodoka-三國志13編・その10

ふと咲みたいに二文字タイトル付けようかと思ったけど、記事名変えたら多分アンテナに乗っちゃうんだよね。
一度掲載された記事が最新に出てしまうと迷惑だろうからやめておこう。

ちなみに割りかし急いで進めてるのはアップデート前に片を付けたいため。
挙動変わってしまうと想定が崩れてしまう恐れがあるし。
三國志13のアップデート情報見てみるとかなり変更加えてくるみたいだしさ。
コーエーのゲームの発売直後のこれは風物詩みたいなものだけど。
伊達に無印はβ版なんて認識は広まってないということだ。

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和-Nodoka-三國志13編・その9

全てを置き去りにする速度、それが原村和の真骨頂。
赤壁の大舞台を終えた三国の英雄たちに一人の女子高生雀士が立ちはだかる。
※今回、画像がほぼないので未プレイの人にはかなりわかりにくい仕様。申し訳ない。
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和-Nodoka-三國志13編・その8

時系列的にはあまり進んでない。
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和-Nodoka-三國志13編・その7

このシリーズ史上最大の決戦が幕を開けた。
今回画像多め。
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和-Nodoka-三國志13編・その6

今回領土的な進展ほぼなし。
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和-Nodoka-三國志13編・その5

いくら和が常勝将軍になろうともどうにも出来ないことはある。
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和-Nodoka-三國志13編・その4

前回三つ巴期待って書いたけど、よくよく考えたらあいつらこっちしか攻めてこないんじゃないかと思った。
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