何年か前に作家の西加奈子さんが直木賞をとって、
その記者会見で熱く「プロレス愛」を語ったことをきっかけとして、
一時「プロレス女子ブーム」なるものがテレビや雑誌で特集されていたのを目にしました。

何でも人気のあるのはイケメンレスラーがそろっている「新日本プロレス」という団体とのこと。

第1次プロレスブームが戦後混乱期の力道山の時代だったとすれば、
第2次プロレスブームは新日本プロレスのアントニオ猪木(現参議院議員)の
当時ボクシングの現役世界ヘビー級チャンピオンのモハメッド・アリと対戦した
異種格闘技戦が行われた昭和50年代頃ではないでしょうか?

そんな新日本プロレスの黄金時代をレフリーや外国人レスラーの世話役として支えた
ミスター高橋のプロレス界禁断の書がこの『流血の魔術 最強の演技』

流血の魔術


出版されたのは17年も前ですが、当時はプロレス団体を始めプロレスラー、プロレスマスコミなど
その業界関係者からは徹底的に無視された、プロレス界の裏側を描いたのが本書です。

内容を一部紹介しますと…

アントニオ猪木が新日本プロレスを立ち上げたとき、まだ有望な外国人レスラーもいなくて、
苦しかった会社の状況を打破しようと一芝居打ちます。

日中の新宿、三越デパート前で、偶然鉢合わせたという設定で、タイガー・ジェット・シンという
新日本プロレスが呼んだ外国人悪役プロレスラーに猪木を襲撃させます。

ガードレールに額を打ちつけられて流血するアントニオ猪木。
パトカーも出動してくる騒ぎに…
当時結婚していて一緒にその場にいた女優の倍賞美津子さんの眼前で起こったこの真昼の惨劇は、
スポーツ新聞だけでなく一般紙にも報道される騒動になりました。

しかしこれはすべて仕組まれたお芝居で、額からの出血も、猪木本人が隠し持っていた
カミソリで浅くカットしたもの。

事件後の警察からの問い合わせには「内々のことなので…」とごまかせたとのことでした。

プロレスの試合はすべて筋書が決められていて(見せ場となる山場から最後の決め技まで)
それに従って試合は進められていきます。

しかしそこはしょせん人間のすることで、ハプニングが起こったり、
プロモーターやレスラー間の人間関係のちょっとした軋轢なども出てきます。

上田馬之助というアメリカマットで日本人悪役レスラーとして活躍していたレスラーが、
新日本の若手のレスラーを売り出すために負け役を言い渡されます。

「わかった。その代り相手には血だるまになってもらうからな」と馬之助。
「それじゃ私がカミソリでカットしますから」とミスター高橋。
「いいよ、俺がやるから」と馬之助。
ミスター高橋が若手レスラーにそのことを伝えると、
「高橋さんがやってくださいよ。馬之助さんちょっと怖い」
「いや、そんな無理はしないだろ。おれもそこまで言えないよ」
いざ試合が始まると馬之助は若手レスラーをリングの下に連れ込み、
そこにあったリングを組み立てるための工具で相手を痛めつけ、
隠し持っていたカミソリで若手レスラーの額を刻み始めます。
ミスター高橋は慌てて、
「それで大丈夫ですから!上田さん!」といって必死に止めたというエピソードも
ちょっとゾッとします。
事はシートで覆われたリングの下で行われていますから、
もちろん観客には見えないし、テレビにも映りません。
試合結果はちゃんと若手レスラーの勝利で終わります。

ちなみに鉄柱に頭をぶつけられて流血するシーンなどもありますが、
そんなときは主にミスター高橋が指に巻いた絆創膏の中に隠していたカミソリで、
頭の状態を見るふりをしてカットしていたとのことです。

試合前にはレスラーが凶器を持っていないかチェックする役のレフリーが
実はカミソリを隠し持っているという理不尽…(・∀・;)

そのほかにも空手道場との因縁の対決を仕込むエピソードとか、
猪木に負けてもらえるようにアンドレ・ザ・ジャイアントという無敗の人気巨人レスラーを
夜な夜な一緒に酒を飲んで口説くエピソードとかとにかく面白い内容が盛りだくさんです。

今はプロレスの試合がまさか本当に真剣勝負だと思っている人は少ないと思いますが、
当時は当のアントニオ猪木自身が、
「新日本プロレスこそキング・オブ・スポーツだ!
プロレスを八百長だというヤツはぶっ飛ばしてやりたい!」
と豪語していましたので、いかにこの本の内容が衝撃的だったのかが想像できます。

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なぜこの本の内容を長々と書いたかと言いますと、
プロレスの業界は、狭い社会の中で特殊なルールによって成り立っていますが、
それゆえに私たちの住むこの社会が凝縮されているように思えたからです。

決して強いものが勝つのではなく、正直者だから尊重されるとは限らず、
いろいろな思惑や利益や生きる糧やプライドを求めて、必死にもがき苦しみ悩みながら生きていく、
そんな世界が凝縮されているように思えたからです。


ちなみにアントニオ猪木率いる新日本プロレス全盛期には、
毎週金曜日の夜8時にテレビ朝日で放送されていて、
視聴率も20%越えは当たり前だったとのことです。

その時にユニークなプロレス実況で名前を売ったのが、少し前まで長いこと報道ステーションの
メインキャスターを務めていた古館一朗氏。
彼も新日本プロレスが無かったら一介のアナウンサーで終わっていたかもしれませんね。

また十分な利益を生み出していた新日本プロレスですが、
アントニオ猪木個人が始めた怪しげな事業にその大半が消えたともいわれています。


本書はプロレスの内側を描いているのと同時に、
アントニオ猪木という人間像も描かれています。

幼いころ家族と一緒にブラジルに渡り、日系移民として過酷なコーヒー園で働いていた猪木少年。
勇気と狡猾さと小心さ。バイタリティ溢れる一筋縄ではいかないところも、
いい悪いは別としてアントニオ猪木という人間の魅力ではないでしょうか。
(知り合いにはなりたくないけど見ていて面白い人間ってやはり魅力的と言えるのではないでしょうか)


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