2018 インド

2018年02月25日

庶民の底力

その記事は インドに住むイスラム教徒メッカ巡礼に対する援助を
政府が中止して1カ月過ぎた所から始まっていた

インドと言ったら約80%がヒンズー教徒
次いでイスラム教が13%くらいいるのだけど ヒンズー教とイスラム教は
実際 とても仲が悪い

韓国や中国と日本の関係が良くないように お隣さんとの付き合いは
いつだってどこだって難しい
アパートやマンションでさえ 隣同士の部屋っていうのはどうしても
デリケートにならざるを得ないのと同じことなのだろうか‥‥

今回のボクのインドの旅は3カ月(終わるかなぁ 続くかなぁ
主に北西部のインドを周ってきた アーリア人の足跡を巡って
カレーを辛くした奴らは およそ紀元前1500年に中央アジア つまり
今のウズベキスタン タジキスタン トルクメニスタンから中東あたりの
イラン イラク パキスタンへ広がってきた

インドの建造物を見るとその影響が色濃く残っているのがわかる
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バラナシで見た宮殿もペルシャちっく
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ウダイプール宮殿の内部拝観料300ルピー(≒500円)
でこの扉の白いところ全部象牙なんです こんな贅沢なのがいくつもあるんです


そして沢山の戦争を繰り返しながら 強大な権力を各地で握り
沢山のお城が築かれ 王国ができ いまだに彼らの力は絶大で
巨万の富を持ち続けているという事だ
そのアーリア人が今のインドを支配し政治を動かしているというのに
となりの パキスタン国とはえらく仲が悪い
今でもインド北部のジャムー州国境付近では緊張状態が続いている

元々パキスタンの方からやってきたのに‥‥同じ民族なのに‥‥
信じる神様が あるいは考えが違うことで ケンカになる‥‥
イランとイラクもかつては長く戦争状態を続けていた
アラブ諸国とイスラエルもしかり‥‥

そしてこのアーリア人はインドからネパール中国を通って日本にもやってきている
縄文時代から弥生時代に移行する頃 中国大陸から武器と稲をもってやってきた
渡来人だ(或いはもっと前からやってきていた)

さすがに辛いカレーは持ち込まなかったが 彼らによって日本もそれ以降
戦いの時代に突入し 同じようにピラミッド型の支配構造が作られ
本当の歴史は 彼らによってねつ造され いかに苦労して今の素晴らしい文明に
なったかを前面に押し出す歴史になってしまったんだ 

しかしそれは ある一部分の支配層だけが得をして 贅沢に囲まれて子々孫々苦労もなく
暮らせるシステム だまされているとは知らず 働いて働き続けてわずかなゆとりを
手にし それで満足している人達を囲って 残り(低所得者)は将棋の歩あつかいで
テーブルゲームをしているようなもの

ボクはその新聞を読みながらそんなことを考えていた

アーリア人はきっとケンカやもめ事が大好きな種族なんだろう
何もかも自分のものにしたがって 力で奪う戦闘民族で
地球の自然や 命や か弱い生き物のことなんて考えちゃいない
そんな奴らに地球全部コントロールされて 辛い食べ物だらけになるなんて
絶対にヤダ
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ジョードプルの城 もう入場料は払ってないので外観だけ


インド政府がインド国内に住むイスラム教徒への巡礼サポートを打ち切ったことで
13%くらいのイスラム教徒はどうなっちゃうのだろう‥‥

彼らにしてみればメッカへの巡礼は イスラム教徒として一生のうち
一度は訪れねばならないほどの心の拠り所だ

だけど実際インドにいると言われる13%の殆どが貧乏なイスラム教徒で
よしんば援助を受けられるとしても 依然メッカへの旅費を工面することは
不可能
つまり政府が援助を切ったところで大きな変化はないということだ
これまで巡礼していた一部の富裕層のイスラム教徒にしてみれば援助が
なくても別に行こうと思えば行ける
政府と与党の真の目的は イスラム教との関係悪化を促進させること‥‥

戦争好きなアーリア人がやりそうな手口だと 新聞を読むボクは1人分かったような
気持ちでニヤリとする
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何だかわからんがとにかくでかい別荘的な城だ(ジョードプル)が行く気もないので
遠くから撮影のみ


国内のイスラム教徒を敵に回すほど政府と与党のインド人民党
(日本でいう所の自民党だな)の人気は絶大なものとなる
与党のスローガンはインディアファースト(ヒンズー至上主義)だ

その支持を盤石にするための政策で お金を持ち 大きな家に住む中間富裕層
(ヒンズー至上主義)のインド人達を囲うための政策
の一環がメッカ巡礼サポート打ち切りだと ボクは読み解いた

彼らの砦ともいえる本拠地はインドでも都心のデリーやカルカッタ
ボンベイだ そこでインド人民党と現行内閣を悪く思うインド人は
とっても少ない 
ところが2015年辺りから いま少しずつ変化が始まっている

インドには与党に対して庶民党という野党がある
これは日本でいう所の三宅洋平君や山本太郎君と同様の考えで
汚職を暴き いかに金持ちが庶民から搾取し続けているかをみんなに
教えて

もうアーリア人に払う金はねぇ

とみんなで言ってやろうじゃないかと頑張ってる政党だ
その考えに賛同する庶民が庶民党を支えて
2015年の大都会の人民党の本拠地のデリー州議会選挙で70議席中67席も庶民党が
確保しちゃったんだ 圧勝だった
これはアーリア人にとって脅威だなにせ盤石と思われた牙城が崩されたのだから

どうするアーリア人

当然13%のイスラム教徒も庶民党支持に回るだろうことは政府も計算済みなはずだ
どうするアーリア人

と思いながら記事を読み進めると

代わりにインドに住むキリスト教徒に対して聖地エルサレム(イスラエルの首都)
へのタダ巡礼旅行をプレゼントしちゃいまぁす

と書いてある完全に選挙法違反だろうと突っ込むボク

ところでキリスト教徒は残りの7%の宗教で そこにはキリスト教徒だけじゃなく
シーク教やジャイナ教や仏教などが一緒になった7%の中にある

でも全インドの州の中で キリスト教徒ばっかりが集まっている州があって
人民党はそこの州の議席を獲得するために選挙公約として
キリスト教徒で一杯の州で人民党議員が選出された暁に
我ら人民党はキリスト教徒を手厚く保護しますと言い始めたのだな
(現状正確には全てのキリスト教徒に対してでなく 確実に議席を確保できる州のみ)

イスラム教徒を保護し続ければヒンズー富裕層の不満は募る
ならそれを切って その金をキリスト教徒に回してもほぼ変わらない出費だろう
それよりメリットはキリスト教徒が多く住むいくつかの州での
議席を確実に確保できるし 我らヒンズー至上主義者はあらゆる宗教に
寛容であることもアピールできる

だが裏を返せば苦肉の策だ
そうでもしないと底からひっくり返されてしまいかねない庶民の力を
アーリア人も分かっているのだ

もうインドの庶民は気づき始めている
なんで一握りの人達がいつもお金を持っていて
うらやましい生活をしてるんだということに

こんなの絶対当たり前じゃない 当たり前と思わされていた洗脳がとけ始め
多くの人々がこの当たり前を疑い始めているということに今後アーリア人が
どう巻き返してくるのか楽しみなところだ

ボクとしては庶民の底力で アーリア人がやってくる前のカレーの辛くないインドに
戻ってほしい いやそうなっていくのだろう未来をおぼろげにイメージしながら
そっとタイムズオブインディアをテーブルに戻した


つづく


日本もこうなってほしい
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2018年02月23日

センチメンタルジャーナル

最初に言っとくけど 今日は面白くないから
いつもと違ってチャラけないよまじめなはなし せいじのはなし

れきしのはなしだ‥‥新聞記事に書いてあったことを記す前にインドの歴史の予備知識が必要だ

ハッキリ言ってインドの事なんか知りたくない人にはどーうでもいい話で日本で生活してればインドなんて カレーを食べる時にふと思うか思わないくらいなのはわかってるだがしかしボクがインドにいる以上はあくまでインドの話だ

しかしメッキリと辛いのがダメになったなぁ‥‥

昔は毎日インドでカレー食べてたけど今回は無理だ すぐ胃がもたれてすっかりカレー恐怖症になった(年取っただけ)その恐怖が怒りに近い疑問へと変わっている

唐辛子はもちろんあらゆるスパイスが乱暴に放り込まれてとてもこれらの香辛料を使った料理が体にいい影響を与えているとは思えない

南国の熱い気候のせいで 体感温度を上げて発汗させて 涼しさを得るためとか 食欲増進とか体内の殺菌(暑い国なのでモノが腐りやすいため)なんていうのを聞いたことはあるが‥‥度を越えた辛さだ
完全に配合量間違っちゃってる

じゃぁ辛くないものといったら ココでは濃縮した砂糖の塊をかじるような甘さのお菓子だけ

結論を言うとインドの食べ物はものすごく甘いか辛いかの2種類しかない

昔はなんの疑問も持たなかったぜ
だがボクも経験を積んだ で今思う絶対におかしいと‥‥

辛い食べ物とはすなわち刺激であり興奮だ 人々を活発にさせ行動的にさせ熱烈の果てに狂気の闘争へ導く誘発剤で起爆剤だ

甘い食べ物なら安らぎ平安 快感中枢を刺激し興奮を収めるも高速回転からアイドリング状態になるだけでいつでも爆発興奮できるように温まっているだけで 赤色がピンク色に薄まったくらいのもの

実際インド人は興奮しやすく一度キレたら収まるどころか周囲に興奮を拡散させて映画「風の谷のナウシカ」に出てくるオウムみたいに暴走して止まらない

そしてその興奮を抑えるのに大量の砂糖を使う という仕組みだ
簡単だけどそういう認識でいいと思う
過去に暴走したインド人たちに半殺しの目に会ったことのあるボクがいうんだ
間違いないから

あの時は‥‥前歯折られて 腕も2針縫って あばら骨折られて救急車で運ばれて
体中打撲で全治2か月の重症だったったっけか‥‥死んじゃうかと思ったぜ

全く関係ないインド人が混じってみんなでボクをぶん殴るんだからおっかないったらありゃしないよ

おっと話がそれたがこの当たり前を疑ってボクは今のインドに深く切り込みたい
当たり前っていうのはもちろん インドのカレーが辛いことだ

このインドのスパイスたっぷりのカレー
いつからこんな風に辛くなったのか調べるとインドの歴史が見えてくる

元々インドには日本でいう所の縄文人で アメリカでいう所のインディアンのように原住民がいたんだ ドラヴィタ人という彼らは同じように戦争もしなけりゃ 立派な建造物もなけりゃ差別も競争もなく平和に暮らしていた エジプトや中東の国々と広く交易してインドにスパイスなんかも持ち込んだらしいが辛い食べ物を食べてはいなかったようだ
使っていたスパイスも コショウやターメリック 塩 くらいだったらしい
よってとっても温厚な民族だった

彼らがいつどこからやってきたのかは おいといて その後紀元前1500年くらいに中央アジアから南下してきたアーリア民族がこのドラヴィタ人の築いていた文明にのしかかるようにして大量のスパイスを使った料理を広めていったという‥‥
そしてアーリア人がインドに大量に増え始めてから戦争が起きだした‥‥
差別が生まれ 彼らの持ち込んだ宗教(バラモン教)がトラヴィタ人達の土着宗教と融合してカースト制度ができて ヒンズー教が生まれた‥‥

そしてたった一人の王様と 王様に従う奴隷のピラミッド型支配構図が造られた‥‥
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とんでもなくでかいアンベール城(ジャイプール)
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闇に怪しく浮かび上がる宮殿(ウダイプール)

とにかくでかい なんだこりゃっていうくらいの豪華な建造物に違和感すら覚える
カレーを辛くしただけでこんなに贅沢できるなんて‥‥どーいうことだ

今一度この当たり前っていうやつを疑ってみるところから始めたい
どう考えてもおかしい 
バラナシから始まり早2カ月インドを旅しているボクは西のラジャスタン州にやってきて 城や砦を見るほど沸々と湧き上がってくる

なんでカレーを辛くしたんだ

じゃない

そんなに贅沢しなくたっていいんじゃないのかって いうくらいの贅沢の粋を
凝縮した宮殿を拝観するのにまだ金を搾り取るのかと

最初の23城はお金払ったけどだんだん空しくなってね‥‥
ウダイプールからはじまりジャイプール ジョードプル ジャイサルメールと回って宮殿や丘陵要塞を見るお金は使ってない よって宮殿は見ていない
アーリア人に払う金はねぇってことだ

ボクはここラジャスタンで確信した 彼らの狡猾さだ
そして未だに彼らは世界を支配し インドを支配しているということにだ
その証拠にインドはボクの知ってる12年前と大きく違って発展し続け街にも想像を超える個人の豪邸が立ち並んでいる
ビックリする大きさの家があり ガードマンもいて高級車に乗ってる
政府の高官 軍人などの邸宅だそうだが全体的に高度経済成長期の中にあるのは間違いないようだ
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マンションじゃなくて個人邸宅だぞ
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ぜんぶつながってまぁす
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貸し出してもいるようだ
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いやはや見事な新築です
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建築中の豪邸だった多分10部屋はある

実際こんな風に豪邸を建てられるようになったのも中流階級以上の人々を
ターゲットに政治を進めてきたからだ

世界中どこもおんなじで 国は庶民の暮らしなんて真剣に考えちゃいない

その上の中流クラスから国の手厚い保護が受けられるのは国にとっても中流の年貢を目当てにしているからなのだ
しかしインドといえば総人口10億以上 しかもその殆どが庶民層
このままほったらかし状態で黙っているほど インド庶民は従順じゃない
奴らはいつでもすぐに爆発させる準備ができている
その日は近いとボクは感じる

その手応えを感じさせる新聞記事の話が次回だ


つづく


辛くないカレーを食べよう
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2018年02月18日

煙のような言葉

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これなーんだ

タイムズオブインディアっていう新聞を読んでたら‥‥

ハートブレイク

いわゆる傷心ってやつがボクを新聞に向かわせたのだけど‥‥
ハートブレイクって言ったって 失恋した話じゃない
でも傷ついた ボクのガラスの心はピキピキ音を立てて悲鳴を上げた
その晩は眠れなかったほどだ‥‥この年になってそんなに傷ついたんだ

でも翌日のボクは 立ち上がった
英語の新聞 タイムズオブインディアに解決法を見出したからだ
別にタイムズオブインディアに限定しなくたって英語で書かれた書物なら
何だっていいと思うけど 新聞っていうのは限定されたスペースの中で
インパクトのある表現 簡潔な文章の凝縮された読み物だから間違いないと
にらんだ

気持ちをうまく相手に届け なおかつ うまく受け取るのには
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階段井戸っていうんだ
沢山の水を溜めておくためにとても大きくて深い井戸をインド人は昔に造っていた

ところで恥ずかしい話だが
ボクの英語は学校で勉強したのとは違って
旅をしながら覚えていったものだからバラバラでガタガタの 角のとがったやつだ
加えて身振り手振りもフル活用する

それでも気持ちを伝えられてきたし友達も作れた
通じ合える人々との触れ合いの中で 背伸びをしない
自分流の英語で 交流していけばいいのだっていつも言い聞かせている

その極意は‥‥まず落ち着け 相手だってただの人間だ そして気を遣えだ

これで99%はオッケーだけども100パーじゃないんだな‥‥

今の所のボクにはどうやっても届かない高い壁が立ちはだかっている
多分落ち着けと言い聞かせても 落ち着けない
ビートルズの英語だ って思ったらもうただの人間とは思えなくなってしまうからだ
そうなると気を遣うどころか 何言ってるのか全く聞き取れなくなってしまう

ザ・英語ってやつとポンコツ英語の隔たりに憧れとコンプレックスが入り混じって
足がすくんでしまうのだろう

アメリカンな文化一杯の環境で育ったボクにイギリス英語は異次元だ
ホイップクリームのような煙を ポッポッと吐き出すような英語を喋りやがって‥‥
全くカッコいいじゃないか‥‥でも全然わからないんだよ
なめらかすぎて‥‥すぐ眠くなる
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階段井戸を初めて知ったのは映画落下の王国を観た時 わぁーここ行きたーい
という夢を叶えた感激のボクはそれだけのためにジャイプールという街に
やってきたのだった‥‥


昨夜はその英語を もう勘弁してくれってくらい聞かされて‥‥

翌日のボクは 久しぶりにこう思った

よし 本気で英語の勉強をしようじゃないか

聞き取りに関しては 耳を慣れさせるしかないから
可能な限りイギリス英語に触れていく

問題は 奴らが一体どんな言葉を一番先に口走って
どんな風に文節を並べて 文章を組み上げているのかということだ
それが分かれば暗号は解読できる(暗号じゃねぇよ)

という事で英語新聞を読み始めたわけだけど

どうでもよくて なかなか面白いことが書いてあった
次回はその内容をジャーナリズムな観点から語っていきたいと思う



つづく


インドの(どーでもいい)政治的な話だ
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photon_5d at 18:02|PermalinkComments(0)

2018年02月09日

2018 嫌いなインド人再びパート2

2等寝台3段ベッド車両とは大衆向けにできていてチケットなしで乗り込むバカ野郎がわんさかいる
そのせいでいつもすし詰め状態だ
暑い時は汗ダクダクで 寒い時はガチガチ震える隙間だらけの車両

ボクの席はS1という車両番号の39番席だった

39番と40番は向かい合わせの1人掛けの席で頭上にフラットシートが設置され 昼間は39番と40番が向かい合わせで座っていられるように眠るときは 40番が頭上のフラットシートに移動し
39番は 2つの向かい合わせの席の背もたれを倒して1つのベッドに作り寝る

狭い通路を挟んで向かい側には3人掛けだが同様に向かい合わせのベンチシートが設置されていて こちらの席より長さがある(気がする)
頭上にやっぱりフラットシートが設置されているが2段目のフラットシートだけは眠るとき以外壁にくっついてしまわれてあって
(なぜなら1段目と2段目の間が狭い)
使う時はガラ系携帯電話をパカリと開けるようにして吊り下げの鎖で端の2個所を固定することで眠れるようになる

ボクが乗り込んだ時 全部の席がベッド状態になっていてみんな横になって休んでいたそしてボクの席には2人のおばぁちゃんが堂々と居直って休んでいる

おいばばぁここは俺の席だぞ どけ

って正直思ったさこっちは11時間待ち続けて疲れてるんだこの先まだ28時間(実際は35時間)の長旅が待ってるんだ
横になりたいんだから

って英語が通じりゃいいんだけどまず無理だ

とりあえず背中の重たい荷物を何とかしなきゃとバックパックを席に置く

ばばぁ2人はしわくちゃのおばぁちゃんだった‥‥最悪の状況だ
若いのなら問題ない 力ずくで追い払えるけど

2人はボクの席39番と40番の席の背もたれを倒してフラットにしてそこで向かい合わせに足を延ばして 我関せずのふてぶてしさだから40番の頭上のフラットシートの ばばぁの荷物でいっぱいになってるのをこれ見よがしにどかして自分の荷物を放り投げよじ登って寝ちまおうと決めたが 横になってすぐに今度は40番の席のチケットを持った男がやってきてオレの席だと主張し始めた

ボクは何とかして自分の席を占領してる2人のくそばばぁのせいでこうなっているんだと伝えるも やっぱり英語は通じない

どけ どかない でめんどくさくなってきた所で今度は野次馬だ
インドはこういう類の問題に口をはさんでくる輩で一杯なのだ
以前 本当に嫌いなインド人でも書いたように間違っていようがいまいが
「オレが オレが」でなんとかしようって思い込んでる

そんなバカがどこからともなくスッと現れ英語もしゃべらず ボクに指図する
間違いなくこのバカは ばばぁに味方していて通路の向こうのインド人達を巻き込んで熱く語り始めた

ここから先はボクのテレパシックな超能力を使って奴らの手振り身振り口調
そして波動から会話内容を解釈していく

バカ野郎は
「ばぁちゃん達 オレが来たから大丈夫だ このへんちくりんな外国人は
オレに任せてゆっくり休んでいなよ」と言った後で

ボクと40番の席の若者に諭す 年寄2人この先席なしで28時間以上列車移動させるのかと

それはボクと40番だけでなく周りに向かっての演説にも見えた
自分がいかに正しいことを言っていて 正しい人間であることを謳っているように

慈善や人助けっていうのはこっそりやるものだと思っているボクにとって貧しい国にどのくらいの寄付をしたんだ 学校を建てたんだ だから自分はいい人間なんだ みんな助けようぜ といってお涙頂戴するような団体が事業が放送が個人が大嫌いだ

だがこいつが言うようにいくら切符を持っていないとはいえ年寄2人をこの先席なしで過ごさせることに関しては心苦しい所もあった
すでに周りはバカに操られていて 悪者でも見るような視線をボクに投げてる

ほどなく車掌も検札にきて 完全にばばぁ2人無賃乗車という事が判明したが
そのまま車掌は何もせず立ち去ってしまった

ばばぁ2人も端から 憐れみを誘って切符も買わずこれまでもこれからもそうして無賃乗車をしていくのだろうけど 実際年寄りには大変優しいインドだ
日本のように優先席とか きちんとした制度がないまま年寄りの無賃乗車は大目に見られている暗黙のシステムがあるように思う

そしてボクは運悪く よりによって 疲れ果てたのちに抱いたささやかな夢を奪われてしまうのかぁ

結局 ボクと40番は2人で下の席で寝 ばばぁ2人は頭上のフラットシートに移ることでおさまったのだが ボクは全然おさまってないぞ

1つの席で2人が寝そべるのはよっぽど密着しない限り無理な広さなのだ
カワイイ女の子だったら嬉しいけど‥‥今のボクにはやっぱり広々したスペースが必要だった
40番は横になるや否や高いびきを始め ボクは眠れずトイレに行って戻ってきたら座れなくなってる

40番の足を手で払いのけ しがみつくようにわずかな隙間にケツを収めてもすぐまたボクの太ももの上にドカリと乗る(さすがだ)
もう睡眠欲も奪われた アンド立ち向かう気力もなし

座席のヘリにケツを乗せ 40番の足を太ももの上に乗せたまま壁にもたれて まどろみの中一体になろうと試みていたんだ
インドという大自然の荒れ狂う大波の中を必死に漕いで何とか乗り切るため 整合性を見つけようとしてた‥‥

年寄りの無賃乗車‥‥許そう

それが例えお金を払って買ったボクの席だとしても許すボクじゃなくても誰かが同じ思いをするのだそれがたまたまボクだった

そのボクは自分の意志で旅を始め 自分の意志で列車移動を決め全部自分の決断の果てにこの状況下に置かれている
ヒンディー語も話せないくせに大衆車両に乗り込みおよそ勝ち目のない世界に自ら飛び込んだのだからばばぁを恨みはしない 許しちゃう

だがな

脇からしゃしゃり出て上っ面の正義感引っ提げてキレイにまとめたつもりでいる お前だ バカ野郎
そして そんなバカに賛同してボクの席を奪った通路の向かいで
安眠しているバカインド人達だ お前らばばぁの家族だろ
(一緒にお弁当食べたり カバンを共有している所からテレパシックに
感応した結果)
なぜ家族のお前達が面倒を見ないで オレの席を奪って安眠できるのだ?本当にばばぁの心配をしてるなら家族のお前達で 席を共有しろってんだ
偉そうに演説打って正義を気取って 一人安眠してるお前がばばぁのために席を提供しろってんだ

ってヒンディー語が話せたら そう言いたい
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ボンベイのCST駅(旧ヴィクトリア・ターミナス駅)


つづく


ボクだって十分年寄なんだ
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2018 嫌いなインド人再びパート1

みんな知らないと思うけど2018年のボクはインドを旅してる

みんな知らないと思うけどボクの過去記事
本当に嫌いなインド人
人気記事でほとんどいつも1位をキープしているんだ

と言った所で 10人読んでるか読まないかのレベルだが
ボクにモチベーションを与えてくれる嬉しい結果には違いない

というわけで シリーズ第二弾としてみんなのハートを
がっちり掴みつつ 更なる読者を増やすため
嫌いなインド人の話をしようと思うんだ‥‥

平成30年1月10日の日記

インドに入国したのは29年の12月25日
ネパールから陸路でやってきたボクは国境のスノウリ町から
バラナシへ向かい おじさんや懐かしい知り合いと再会し
約2週間の滞在のあとで インド最大の商業都市ボンベイへ
列車で移動する予定を立てて 夜の11時に出発する列車に乗るべく
到着予定の1時間ほど前にバラナシジャンクション駅に着いた

寒い夜だったこの時期のバラナシは底冷えする そして深い霧が視界を遮る
でもボクの気持ちは軽くてどこか温かくもあった

というのは12年振りとなる訪印前によぎった一抹の不安が解消していたから

どのくらいボクの知らないインドに変わってしまったのだろう‥‥
変わっていくってちょっぴり悲しい

あの頃と比べるとインドはずいぶん変わってしまったよ‥‥
そんな話を事前に世界各地に散らばる友人から聞いていた
ニュースでは近年急成長をしているとも聞く
頭のいいインド人多くが世界の有名企業のCEO(経営最高責任者)として
活躍して
インドには億万長者がゴロゴロいるんだって しかも近年のインターネット普及により
グローバル化が進み インドでは貧困層が減ってきている‥‥
などなど ボクの大好きな古き良き貧しきインドはすでに来る前から
頭の中で霞んで不安をよぎらせていたんだな‥‥

しかし来てみてどうだ 何一つ変わっちゃいないじゃないか
(バラナシだけしか見てないけど)

これはうれしかった

汚い道に汚い人々 ゴミだらけの浮浪者だらけの小銭掠め取るいかがわしい人間達に
心はウキウキ踊った
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ウシシシシシ‥‥

物価にしたって12年前と変わってないんじゃないかというくらいの安さ
(モチロン見つける努力は要る)
高級なレストランも ファッションビルも12年前に比べたら間違いなく増えているけど
そのままの暮らしが根付いているバラナシとそこに暮らす人々の思考システム
は変えられないんだなぁと思ったのさ
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座って用を足す日常

なぜならこの町はとっくの昔に完成しているからだ
発展も衰退もない 完璧な町 それがバラナシという町だ

その答えがボクの心を軽くし温かくしていた

だから到着予定時刻はとっくに過ぎていて 依然列車はやってこないけど
まぁ許す

この時期のこの辺り一帯は 深い霧が発生して列車の運行に否応なく影響する
それはチケットを買う時に知らされていたことだし もとより時刻表もあってないようなもの

過去に何度も駅で列車が来るのを待ち続けた経験もあるボクにとって
このくらいじゃとても嫌いにならないインドとインド人だ
いやむしろ このくらいなくちゃインドらしくない と逆に不平が出るくらいだ

駅には電光掲示板が設置されていた ハイテクだった
列車の運行状況がリアルタイムで表示されインドも便利になった

だけど乗る予定の列車の到着予定時刻が2時間くらい経つとまた少し遅れを表示して
結局列車が駅に入ったのは朝の9時
ボクは駅で寒さと戦いながら11時間待ったことになる
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朝9時のバラナシジャンクション駅

まぁでもこれも許す

この霧の中じゃ無茶な運転だろう 日本じゃ間違いなく運休するような深い霧が
辺りにたちこめているのだから
でもやっぱり疲れたというのが正直な気持ちだった
早く列車に乗り込んで ボクが買った2等寝台3段ベッドのフラットシートの上に
横になって眠りたい 何しろこれから先 目的地のボンベイまでおよそ28時間の列車
移動になるのだ(予定通りいけばの話だけど)

ところでボクが買ったチケットは 一般インド人が買い求める大衆プライスのチケットで
多くの外国人が避けるクラスのチケットになる
何しろ常識の通用しない異次元ワールドが日々繰り広げられる世界だ

お金があればインド人だって乗りたくない したがってインドの列車チケットは
基本発券開始日より 高い席からなくなっていくという 1等車両でエアコン付きで
清潔なシーツでメイクされたベッドに開放感のある広々シート
それでいて 周りも静かなやつだ(乗ったことないので想像だ

それに比べて一般ピープルの2等寝台車両ときたら 狭い通路の間を
夜中だろうが朝だろうが 売り子が常に歩き回る お菓子だったり 水だったり
軽食だったり チャイ(甘ったるいインドのミルクティー)だったりをマイクを通して
喋っているのかというくらいの大声で売りまわるのだ
車掌だって真夜中だろうが容赦なく検札と称して叩き起こす
物乞いも歩き回り お金を要求してくる 全く休まる暇なんかありゃしないお祭り騒ぎさ
しかしそんな状況でも何一つ文句も言わず 高いびきで
僅かの時間で眠りに落ちるインド人達があふれている
移動を楽しむ心臓から毛の生えたインド人達がわんさかだ

それが2等寝台3段ベッド車両で言うなれば
崩れ落ちてくる荒波をサーフィンするのに似ている

考えてみれば ボクはこの荒波に向かって 荒波に吞まれたくて
毎回2等寝台車をチョイスしているのかもしれない‥‥
荒れ狂う大自然と一つになるために

自分が試され問われる 築いてきたもの(もしあるならだけど)
そんなものは何の助けにもならないぞ
自他の境界線が非常に薄くなった世界へ飛び込むのだ‥‥
 
まず外人旅行者は異物として好奇な視線を注がれる所から始まる
或いは時に攻撃対象にも変わる
ここは自分たちインド人のための世界で 異物の旅行者はそこよりも1つ下がった
クラスの人間としてみなされることもしばしば起こるという事だ
要するに いくら頑張っても 抗ってもどうにもならないし
怒って不満を抱いて 戦闘モードで構えても最初から勝ち目などなく
無駄に体力を消耗するビッグウェーブがこの車両
乗りこなして初めて一つに溶けあう

今まで数えきれないくらい2等寝台車両を利用してきたボクは
かつて1度だけ イギリス人の旅行者と席を隣にしたことがある
彼はボクよりいくつも若く そして怒っていた
何しろ自分の買った席に 切符の持たないインド人が占領しているのだ
モチロン英語なんかなんの役にも立たない
車掌がやってくるまで3時間彼の席はなかった‥‥常識ってなんだって
あの時ボクは思ったものだ

そしてあの時の彼の状況が そのままボクに回ってきたんだ‥‥


つづく


戦わずして勝つボタンだ
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