PHV研究所

トヨタの発売したPrius PHVを中心に、プラグイン・ハイブリッド車の現状、未来を考えてみたい

 かれこれ1万1千キロ走っている。途中で添加剤を入れてから、すでに8千キロ近く走った。交換すべき時期である。

 今回はオイルフィルターも交換の回である。栓をあけてオイルを全量出してから、フィルターを 外す。風が強くないのは助かる。前回は風の日にやったので寒いし、油が飛んで始末がうっとおしかった。

 手際よくやったので、20分程度で終わった。 

 20 Lのペール缶が空になった。次回までに購入しておかねばならない。 ペール缶の蓋を開けて中を見ると、やはり何かの沈殿物があ
る。ほんのわずかだけど、沈んでいる。上澄みしか入れないので問題ないだろうが気持ちが良くない。これはいったい何なのだろうか。      (312、500 ㎞)

310,000 km ようやく31万キロになった。この頃は以前より乗る距離が減った。長距離をあまり走らなくなったのだ。こちらから訪ねて行くよりも、来てくれることが多くなったような気もする。

 エンジンオイルは1万キロ近く替えていない。普通は7千キロ以内で替えている。今回は少し変化があったのだ。オイルの添加剤を見つけた。モリブデン配合と書いてあった。缶には汚れが付き、多少錆びていた。随分前に入手したもので、使わずに放置され、車庫の隅でホコリにまみれていたのだ。

 2500キロほど走ってエンジンの音が大きくなって来たときに、試しに入れてみたのだ。全く信用していなかった。駄目ならすぐ抜いて新油に入れ替えるつもりだった。ところが入れた途端にエンジン音が急に静かになったのだ。なーに、すぐ駄目になるだろうと思ったのだが、1000キロ走っても効果が持続している。

 もう少し、もう少しと考えているうちに、とうとう9000キロ近く走ってしまった。まだエンジン音は静かだ。1万キロになったら取り替える予定だ。この効果がいつも続くのなら、エンジンオイル取替頻度は半分にしてもよいだろう。この価格で効果があるなら面白い。もう一度試してみよう。

 設計者に起こったことを知らせて、考えられる原因を聞いた。あまり詳しく書くとまずい部分もあるので、概略を記す。

 PHVにはたくさんのコンピュータがついているが、充電を制御するコンピュータの電流値は006Pでは賄えなかったらしい。その他の部分の必要な電流値は大きくないから十分だ。

 006P電池では足らず、もっと大きな電池を繋げば全く問題が起きなかったであろうということだ。

 過去に006P電池を使うという記事は見たことがあり、特に問題が起きたとは書いてなかった。まだ、それほど乗ってない車だったのだろう。要するに30万キロも乗ると、メインの電池の劣化があるから、その充電は十分に注意深く行われていると思われる。今回のリセットで新車状態の電池だと認識したのだろうから、充電のたびに大きな負担を与えている可能性が高い。幸いにも今は寒い時期なので、発熱は逃しやすい。
 何度か充電していると、徐々に落ち着くであろう。ちなみに今日は18.8 kmを示した。89%である。
  (304,990 km)

 先日、補助バッテリィを交換してから、多忙で3日ほど乗るチャンスが無かった。

22.6 km 充電ケーブルをつなぎ、2時間弱で充電完了した。その数字を見て愕然とした。こんな数字は過去5年ほど見たことがない。なにかの間違いかと思ったが、次の回も 22.0 kmを示した。
 燃費がよくないのは故障が解決して家に帰る時、ヒータを強くしてエンジンの駆動率を上げ充電に勤しんだからである。普通は26 km/Lである。

 これは補助バッテリィを交換したことによる、と考えざるを得ない。不思議である。その電圧が、主電池の充電状況に何の影響を与えるのだろう。これは設計者に聞いてみなければならない。
 当事者は把握しているのだろうか。30万キロも乗って、補助バッテリィが死んだ例など見ていないのではないだろうか。



























battery backup このように006Pをつなぐ。マイナス極はエンジンのどこかに咥えさせれば良い。

 マイナス極を外してあれば、プラス極を外す時、工具がボディの金属に当たっても何の問題もない。これが逆だと、工具は火花を散らし、赤熱する可能性がある。理屈はよく考えて戴きたい。

 水素を逃がす排気管を引抜き、押え金具を外す。この金具には何かのセンサがついている。温度検出用だろうか。


補助バッテリィ交換 (3) 外した電池と新品の電池を並べてみた。これをはめ込み、端子を締める。水素管と押え板のセンサ位置を確認する。すぐにエンジンルームに行ってプラス端子を外し、006P電池を外す。
 エンジンルームの配電盤の蓋をして出来上がりである。エンジンを始動して、すべてのメモリが健全であることを確認する。

 006P電池には短時間であるが充電される形になったが、不具合はなかった。これが30分も掛かると、おそらく電池は膨張するだろう。中で気体が発生するからだ。今回も多少は発生しているだろうが、150 mAで30秒だから、問題ない範囲であろう。  

  (304,400 km)

補助バッテリィ交換 (1) 補助バッテリィはトランクの中にあるが、その結線はエンジンルームに来ている。配電盤を開けると端子がある。 
 これに、バッテリィ交換作業中はある程度以上の電圧を与えておかないと、メモリィが飛んでしまう。9 Vの006P電池をつなぐことにする。この電池はワニ口クリップでつなげば良い。
 
 乾電池は9.6 Vあり、バッテリィは11.3 Vであった。11.3 Vはかなり小さな値である。普通は無負荷で12.6 Vあるはずだ。乾電池を並列につなぐと電流は150 mAを示した。乾電池が充電される形だ。あまり良いことではないが電流は少なく、バッテリィを外すほんの30秒程度の時間だから問題はないはずである。
  
補助バッテリィ交換 (2) 事前にバッテリィの端子のネジはある程度緩めておき、短時間で外れるようにする。もちろん水素の排気管、電池の押え板などは外した上のことだ。
 マイナスの極を先に外すというのは極めて常識的なことである。ネジは10 mmの六角頭である。

 006P電池をつないですぐにマイナス極を外すのだ。

 補助バッテリィが突然死してしまい、2日間動かせなかった。レストランの駐車場で鍵が開かない。メカニカル・キィでドアを開けて始動ボタンにキィを押し当てて見ても、うんともすんともいわない。
 しょうがないからJAFを呼び、来るまでの間にこの車の回路の設計者に電話した。

 開口一番、「補助バッテリィを替えてないのではありませんか?」と聞くので驚いた。「5年毎に替えて下さい。」所長の車は11年間替えていない。
 電圧が 5.7 Vを下回ると時計すらつかなくなると言う。確かに時計は表示されていない。JAFが来たら、ジャンプ・ケーブルで5分充電してスタートボタンを押せばエンジンが掛かって家まで帰れると言う。JAFの人が困っているようだったら、そのように言えば解決するはずと言ってくれた。 

 簡単に説明すると、設計者とお知り合いですかと驚き、「ズバリその通りです。」と言う。すぐに始動でき、家に帰った。 

 帰り際に走行距離を聞かれた。
「30万キロです。」と言うと、「お見事です。」とのことであった。
    

車検 (3) インターネットで予約をして出掛けた。なにか調整が必要な事項があるといけないので、朝一番のコースを選択した。8時45分に到着し、書類を提出した。全く間違いはなかったようで、
「それではコースに並んでください。」と言われた。



車検 (2) すでに数台の車の列ができていて、その後ろに並ぶ。2年ぶりなので”勘”を取り戻さねばならない。前の車で検査官の言うことを聞き、スウィッチ類の操作をする練習をする。
「ハイ、ヘッドライトを点けて。ハイ、遠目・近目、次はハザード、ウィンカー右左、次はワイパー動かして、水出して。エンジンフード開けて。(エンジンの種類を確認)」
ホイールのネジを叩きながら後ろに廻り、「ブレーキ、バックギヤ入れて。ハイ、パーキングにする。ウィンカー右左、ハザード。ハイ、良し。」と言って、ホイールのネジを叩きながら運転席へ。
 オドメータをみてキロ数を確認し、座席の下の車体番号を調べる。

 エンジンを廻しっ放しでいなければならないから、メンテナンスモードにしておく。前に進んで排ガステストだ。このとき、プローブを抜いてごまかす奴がいるので、それを防ぐために「ゴムマットの上に立て。」と言う。スイッチが付いていて、そこから動くと作動しない。合格の刻印を打って、微速前進する。

 次はサイドスリップ、速度計、ブレーキのテストだ。ステアリングの中心がズレていなければOKだ。歩道に斜めに乗り上げる癖があるとアウトだろう。速度計は40キロでライトをパッシングする。42 km/hで知らせた。ブレーキは指示通り最大限に踏むことだ。少しでも滑るとアウトだ。

 ヘッドライトのテストはいつもヒヤヒヤだ。今年は無事通ったが、来年はバルブを取り替えなければ光量不足だろう。光軸は、夜間に堤防道路で遠目・近目のテストをしてあり、自信があった。
 合格の打刻をして、下廻り検査に行く。これは問題なく通った。

 外に出て10 m進んで車を止め、打刻して総合検査窓口に書類を出すと合格印を押してくれる。事務所に行って、車検証と前面窓に貼るシールを受け取る。今回から車検証はA6の大きさになった。以前の1/4だ。中にICが入っていてスマートフォンで読み取れるようになっているそうだ。シールは貼る位置が変わっていて驚いた。

 検査時間を含めて40分で終了し、気分良く帰宅した。
  (302,400 km)

 車検を受ける準備をしている。車体を持ち上げて下廻りを確認する。油漏れが無いか、部品の外れが無いかを見る。
 
R before ヘッドライトが曇っている。10年以上も経てば仕方がないが、表面の細かい傷に基づく汚れは落としておきたい。光が散乱して、光量不足で落とされる可能性があるからだ。
 これが現状である。テープを貼って塗装を保護し、ボロタオルにコンパウンドを垂らして磨く。はじめはタオルに黄色の削りカスが着く。


R after 10分ほどタオルを替えながら磨くと、ここまで来る。もうタオルが黄色になることはない。ライトカヴァは無職透明になった。




L before これは左側の現状である。これも表面がわずかに黄色くなっている。これを落とさねばならない。





polished much more 磨くこと10分で、無色になった。新しいタオルで拭き上げる必要がある。







L after 左右を見比べると右の磨き方が足らなかった。おそらく、車庫内で光が右側から当たっている時間が長かったのだろう。
 再度右側を念入りに磨いて出来上がりだ。

 夜間の走行テストで明らかに明るくなったことを実感した。車検で問題ないことを祈る。

 友人のN社のヘッドライトが黄色くなってくる例を見た。外部の変色ではない。材質がよくないのだ。ゴーンが社長だった時代のものは材質を落としているという噂があったがそれかも知れないと落胆していた。ラジエータ、ウォータ・ポンプ廻りのトラブルは多いそうだ。 







 

 走行距離が 9000 kmになった。エンジン走行率が70%ほどであるから、6000 km以上走っている。エンジンの音もやや大きくなった。

 いつものようにタイヤの下に大きな楔状の木材を挟み、17 cmほど乗り上げる。排油口の下の蓋を留めているファスナーのうち一本の太さが間違っているような気がしている。固くて外れにくかった。新しいのを買いに行くつもりだ。

 オイルプラグに14 mmのレンチを掛け、外して油を抜いた。今回はオイルフィルタの交換をしなくても良い回なので、専用レンチで緩めて抜ける寸前まで回すと油が出る。そのまま20分放置して出るべきものを出す。

 プラグを締めるときは、パッキンのアルミ製ワッシャを挟むのを忘れないようにする。オイルフィルタの蓋も適度のトルクで締める。
 新油を 4 L入れて出来上がりだ。20 Lずつ買っている潤滑油もなくなったので注文せねばならない。 

 乗り出してみると、200 mほど走ったところで新油が行き渡ったようで、突然音が静かになった。電力走行に切り替わったのかと思ったが、エンジンは廻っていた。
 (301,300 km)

IMG-3418 本日30万キロに到達した。当分先だと思っていたが、親族の葬儀があって長距離を何度も往復したり、様々な会合に出る必要があり、1か月弱で2千キロ以上走った。

 車体に何ら不都合のあるところはない。ただ、ライセンス・プレート・ランプ(いわゆるナンバー灯)の電球が切れた。材質の悪いプラスティックを使っているらしく、外せない。かなり強く揺すぶって取った。トヨタはつまらぬところをケチり、部品を外しにくくしている。

 次回交換時にもトラブルがありそうである。
 LED電球が手に入ったので、それと取り替えた。宣伝文句は消費電力が1/10,寿命は12倍とあった。それが本当なら、熱で電球が外れなくなることもないはずだ。替える必要はなくなる。

 30万キロで油脂類、ワイパー・ゴムなどの消耗品以外で替えたものは極めて少ない。タイロッド・エンド、ストラットくらいのものである。ブレーキ・パッドはまだ生き残っている。回生ブレーキの効果を身にしみて感じる。今までは5万キロ以下で替えていた。最近は替えていないので、替え方を忘れてしまっている。そろそろ準備をしておくべきだろう。

 10月には車検だ。係の人は走行距離を見て驚くはずだ。  

充電 その後、18.3 kmが続き、もうこれでおしまいかと思っていた今日、18.8 kmが出た。気温は32℃ほどである。あまり高くない方が良いのか。

 18.8 ÷ 21.0 × 100 = 89.5%である。大したものだ。しかし、夏の初めは悲惨だった。13 kmあたりを低迷していたのだ。   
 
 自宅は標高 80 mほどで、海抜 0 mの堤防まではほとんど電力消費は無い。そのまま堤防を20 kmほど走って目的地に着くと、ほとんど電力で走っていて、燃費は90 km/Lほどだ。
 帰りはガソリンを使って帰ると自宅のある丘の麓まで32 km/Lで走って来るが、最後の3 kmの登りで28 km/Lになる。ここを電力で登ると、34 km/L以上である。そうすると、電力による走行可能距離は10 kmほどになる。それで良いのかも知れない。ガソリンは平坦地の巡航時のみに使うことにするとTotalでは、最も得になるようだ。 
   (298,300 km)

 先日の最高気温が39℃になった日の充電で、示度が18.7 kmになった。 
 ということは18.7 ÷ 21.0 x100=89(%)である。少々でき過ぎの数字である。

 いつも行く場所からの帰りはガソリン走行だ。速度を57 km/hでセットしてほとんど信号の無い道を帰ってくると、燃費は32.0km/L を示す。60 km/hでは29程度である。このわずかな差が大きく響くようだ。

 ガソリンが高くなった。所長は168円/L で入れたが、この燃費が出ていればほとんど響かない。 
    (297,900 km)

 最高気温が39 ℃になった昨日、充電容量の指示が18.6 kmを示した。今年の最高値であり、この夏の極大値のようだ。

  18.6 ÷ 21.0 x 100 =88.5 %である。

 今日はやや涼しくなったが最高気温は35 ℃であった。充電容量の指示は18.3 kmであったから、87%ということになる。 

 30万キロ、8000サイクルの充電後でもこれだけの容量があるように見える。大したものである。
   (296,800 km)

 夏至の頃は、エアコンを切った状態の充電量は17.6 km程度であった。この3日ほど最高気温が 37℃を超えるようになり、今年の最高気温を記録した。

 この車は自立して気温を測定し、充電量を制御しているようだ。完全放電から充電して、読みを見ることにした。

 昨日夕方5時から開始して、7時過ぎに充電が完了した。その読みは18.1 kmであった。ということは、
  18.1 ÷ 21.0x100 =86.2(%)である。

 設計者の目論んだ値(85%)をクリアしている。今年はこれ以上の数字が出ることがあるだろうか。 

   (296,600 km)

IMG-3291 今度は400 km離れたところに重いものを取りに行った。非鉄金属の板と棒材、工作機械などである。ざっと450 kg強あった。助っ人を載せて行ったので、520 kg以上載っている。

 この写真で分かるように、かなりのシャコタンである。重い銅合金を主とする荷物で、厚みが見えないから、よそから見るとほとんど積んでいないように見える。

 いつものように高速道路は避けた。ちょっとした段差でも高速で突っ込むとタイヤが傷んだり、サスペンションに影響が出る可能性がある。すでにゴムが当たっている状態に近い。箱根峠をノロノロと走った。ちょうど霧が出ていて、どの車も遅かったので都合が良かった。
 登りの燃費はさすがに悪く、7.8 km/Lであったが、下りの発電量は最大値を示した。

 今年はすでに夏至を過ぎたが、充電時の最大示度は17.6 kmしか出ていない。これは新車時の84%である。いよいよ危険水域に入ったのかも知れない。

 重いものを積んでいるのでその位置エネルギィは大きく、上記の17.6 kmが出た。もちろんエアコンを切った時に示す値だ。ちょうど限界値である。エアコンを止めて下れば、おそらく途中で満充電になってエンジンブレーキが掛かったであろう。

    (295,700 km) 

290,000 km ようやく29万キロに到達した。写真を撮るつもりだったが、箱根峠を越えている最中で、うっかりして撮り損ねた。
  
 冬の間は電池容量が少なく、燃費が良くない。しかし、今回の箱根越えでは、ふもとから頂上までは 9.5 km/L、その後反対側のふもとまでの燃費が21 km/L、その時の充電量が14.5 km、それが無くなるまで走った時の総合燃費は、トータルで45 km走って31 km/Lであった。すなわち、箱根峠が在ってもなくても、燃費は平坦地と全く変化なしであった。  
 今回は登りが空いていて、パワーモードでかなり速かったことを考慮しても、素晴らしい燃費である。正直なところ、普段パワーモードは使ったことがなく、非常に力がある事が分かって驚いた次第である。
     (290,450 km)

 最近、濃尾平野の西の端を4往復することがあった。この地域は類稀なる平らな土地である。500年前は海の底だったのだ。木曽川、長良川、揖斐川の3つの大河により堆積した三角州が拡がり、互いに連結してしまっている。すなわち、堤防部分以外には全く高いところがない。関東平野とは全く異なる様子である。
 その平坦さは形容しがたいが、海岸線から 40 km以上も奥にある大垣市の標高は 4 mである。すなわち、川の勾配は 1万分の1である。流れているようには見えない。だから、潮の満干によって中間点まで海水が遡上する。すなわち大潮の日には潮に乗ると中間点まで自然に行け、その後は馬で牽いて大垣まで行ったそうである。

 そこを南北に何回も走った。燃費計が普通でない数字を示す。平日の昼間で、ごく普通の走行である。渋滞はない。信号は少なめである。

 最高速は60 km/hほどで、アクセルを特に踏み込むこともなかった。示された数字は36.2 km/Lである。何かの間違いかと思ったが、次の日も同じ数字を示す。3日めは心して走ったところ、37.6 km/hを示した。毎日の走行距離は約100 kmである。

 パネル上の数字であるから、そのまま信用する訳では無いが、32 km/Lは間違いなく出ている。大したものである。 
   (288,600km)

muryouken 例のオイル交換無料券はこんなものである。チラシを持っていくと取り替えてくれ、更に車検の見積もりを取るのに応ずると言うと、これが渡された。すなわち、タダで2回交換してくれるのだ。車検を通すとかなり儲かるのだろう。その顧客リスト作成に応じた謝礼であると考えると納得できる。

 ちゃんと 0W-20 を入れてくれた。どの程度のオイルかは知らないが、5000 kmで替えれば、なんの問題もない。

 先回は 281,000 kmで替えてもらったので、なるべく早く替えてみたかった。来週は遠出するので、その前にしたかったわけである。

 予約して行くと15分で完了した。案の上、前輪のブレーキパッドがあと 2 mm強しか無いから取替させろと言う。
「いやあと10万キロは走れる。」というと怪訝な顔をする。
「この車はいま28万キロ以上走っているが、一度もブレーキパッドを替えていないんだ。」と言うと、「そんなバカな」と言う。
「誰かが知らないうちに替えているのじゃないか。」などとも言うが、PHVとはこういう車なのだと説明すると、妙に感心していた。

 タイヤとショックアブソーバとワイパ・ブレード、エアフィルタ以外は何も替えていないのだ。もちろん液体は交換している。こんなに保守費用が掛からない車はない。

 交換後のエンジンは実に軽やかに廻り、もう少しでスピード違反で捕まるところだった。
           (285,800 km)

280000 km ようやく28万kmを走った。450 km離れたところから、250 kgほどを積んで帰った夜に、国道上で撮影した。電池があるのは、先程峠を越えて来たので、その回生ブレーキの電力量が残っているからである。
 重い荷物を積んでいると、上りの燃費は悪くなるが、下りで発電する電力量は格段に多くなる。いつもなら効くはずのオートクルーズによる抑速ブレーキでは足らないので、足で踏むブレーキを足す。勢いよく踏むと通常の摩擦ブレーキが働くので、じわじわと踏んで発電ブレーキを働かせる。

 まだ、ブレーキパッドは健在である。17万マイル以上も無交換というのをアメリカの友人に知らせると驚いていた。

 エンジンオイルは替える時期に来た。この1万キロのエンジン走行率は65%だ。エンジンオイルその他の準備をしていたら、友人が、「このチラシを持っていくと、オイルをタダで入れ替えてくれるぞ。」とくれたので、試しに行ってみようと思う。0W-20を入れてくれると言うのだ。どう考えても原価で数百円以上だが、それだけの投資をする価値があるのだろう。要するに、その店は車の所有者の情報、車検の時期を知りたいのだ。こちらとしては、それらを明らかにしても何ら問題はない。車検も自分で通すので、関係なさそうだ。まさか、「ウチで車検を通すと契約した。」などとは言って来ないだろう。来たら面白そうであるが。

 先回の電力会社の回答が来た。
 当社管内の昼夜の電力需給状態はかなり平準化されています。したがって、昼間の電力単価の1/2と言うのは適正な数字ですというようなことが書いてあった。
 原発云々を言ったのは間違いでしたとは書いてないところは、極めてまずい。あまり賢いとは言えない人たちである。ともかく、近々原発は再稼働するだろうから、深夜の電気代が下がるかどうか見ていよう。当初の回答であれば大幅に下げざるを得ない。修正された回答は下げる必要がないというようにすり替えるための布石かもしれない。  

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