今日は諸用事があって、家に帰ってきてます。まぁ宅配便で済む用事ではあるんだけどね。近いし、直ぐに戻れるのは、高速バスのお陰です。それを考えると、東京に行くといろいろと不便になるね。


んでまぁ、うちの弟とインドのITの急成長についての番組を見ていたのですが、これは凄い、インド人もびっくり、インド人に対してだけど。


受験に対しての意欲、熱意が何か違う。そして国の教育に対する考えが、日本のそれとは異なり、積極的なの。


インドのトップクラスの大学であるインド工科大学ってのがあるんだけど、そこに入れば国の奨学金のお陰で、最貧困層の家庭でも通えるのな。日本では有り得んよな。


そこにはいるには勿論受験勉強が必要で、塾も成績が優秀なら全てタダ、食費も寮費も。


そこに通ってる学生が
「とにかくお金を稼ぎたいです」
と言っていました。


僕はね、自分の好きな勉強をして、好きな仕事に就ければ、お金なんか人並みでよいと考えていましたけど、なんか甘いなと思いましたよ。所詮'何となく'の域を出てないのですから。


彼らは勉強を楽しんでると同時に、それが家族を支える道具でもあり、それを使って最大限の所得を得なければならないんですよね。そこに'何となく'はありませんよ。


机もない、寝床と同じ場所で勉強してる姿を見て、これはかなわないと直観しました。オーラが違うって言えば良いんですかね。




通信網の発達により、IT関連のボーダーレス化が進み、地理的な制約が無くなったと言えます。つまり、インドの今までは隠されていた物凄い頭脳が世界に溢れかえっています。もう日本はおろか、アメリカでもかなわないでしょう。事実アメリカでは、技術者によるインド人排斥運動も広がってきています。


あれを見て、日本はゆとり教育を進めている場合なのかと声を大にして言いたくなります。


僕は、私立も含めて、大学教育にはお金をもっとかけるべきであると思いますし、大学の質を高めるために、入学、卒業の難易度を上げるべきだと考えています。馬鹿にする意図は全くありませんが、入学試験はあって無いようなもの、授業中は寝てても出席したことになり、卒業も出来ないことはない。そんなのに一体何の意味があるのでしょうか。


大学全入時代に入り、益々難関大志向に傾くと言われてます。僕の持論は、大学の数は減らしていくべきだと思いますし、その分大学の質の向上、及び定員の増加が急務だと考えています。



それが出来るかどうかは、今の国会をみる限りでは不可能かもしれませんけどね。