ピアニストの僕・本当の僕

後藤宏一のBlog・ピアニストの僕と普段の僕

2011年とは何だったのか。

昨日メルマガの号外を配信しましたが、2011年とは一体何だったのか。

僕はこのブログを2年以上書くのをやめていた。

理由はそれなりあるが、個人的なこと、としか言えない。

何故、今ブログにアップしているのか。。

それは2012年に今年の気持ちを持って行きたくないからである。

失う、これはピアノを弾いている者は体感的に分かっている。

時間は確実に失う。

時間が大切なことは言うまでもないが、対価はある。

失うことに慣れていたはずの僕でも、

今年は失うものが多すぎる、いや、そんな簡単なことではない。

痛みを伴い過ぎた。
2011年。。

僕は忘れることはない。忘れてはいけない。

沖縄音楽教室Zene Haz

沖縄音楽教室「ゼネハーズ音楽院」

僕はハンガリーに自分のある部分をおいてきてしまったことに気づいている。

それはとても繊細で、猫の鳴き声でも壊れてしまうものだ。

僕は音楽を教える場に、ハンガリーに置き忘れたものを明確にするために、

ハンガリー語でゼネハーズ(音楽の家)という名前を付けた。

欠落したものは完全には埋まらなかったが、

ゼネハーズという響きが僕を慰め、癒してもくれた。


後藤・イシュトヴァン・宏一が考える、ゼネハーズ像である。

10月14日沖縄FM21に電話で出演出演させて頂いただきました

いつも読んで下さっている方、またこの号外から読んで下さっている方、

本当に感謝しています。

沖縄FM21のPM8:00から生放送「土曜の夜はゼネハーズ」に

先週、10月14日沖縄FM21に電話で出演出演させて頂いた模様が

ラジオではなく映像で見れます。

また、打ち合わせと違うことを聞かれ焦りました(笑)。

http://zenehaz.ti-da.net/e2867438.html

をクリックしたあと、ブログの左にある RSS Podcasting という

ボタンをクリックするとオンエアー中の映像が見れます。


メールマガジンで発信している文章と肉声とのギャップが出てしまって、

戸惑っていますが、良かったら聞いてみて下さい。

入院していました

できれば入院をしない方がいいと思います。

倒れるまではよく分かりませんでしたが、

入院するまでにその予兆がなかったか、

と言われると沢山ありました。


僕の場合、悪い場所を治療する前に、

血液の中のフェモグロビンが通常男性で、

12.6の数値がないといけないのですが、

僕の数値は4でした。

運び込まれたときは意識があまりなかったのですが、


数日間輸血をされていました。

片手に輸血、片手に栄養剤の点滴。

もうこんなふ自由なことになりたくないので、


健康管理をしっかりやって行こうと決心しました。


説得力ありませんが、

何か普段と調子が違うな、と感じたら、

すぐに病院に行くべきです。


僕みたく、運び込まれては行けないのです。

ジョイント・コンサート 第48回

ジョイント・コンサート第48回

2009年9月22日(火・祝)

横浜市 イギリス館

19時開演(18時30分開場)

入場料2,000円(当日チケットあり)




プログラム

1 3つのロマンス op94   シューマン

2 アヴェ・マリア      シューベルト=リスト

3 ソナタ K331       モーツァルト

休憩

4 F.A.E ソナタ      ブラームス・ディートリッヒ・シューマン



 ヴァイオリン 井上淑子(曲目1.4)

 ピアノ    安孫子和子(曲目1.2.3.4)



イギリス館へのアクセス

地下鉄みなとみらい線 元町中華街5番出口から徒歩7分

JR京浜東北線・岸根線石川町から徒歩20分

市営バス11系統 港の見える丘公園下車すぐ

そのほかあかいくつ号もイギリス館前に停まります


お問い合わせ

井上  045-771-3531
安孫子 042-461-0463
続きを読む

癒しの音楽???


昨年リリースした「輝きと融合」というアルバムがあるのですが、

本人は自覚していなかったのですが、

最後のドボルザーク以外の曲が「癒される」と

言われるようになっているみたいです。

本来、癒しの音源など何も入れていないのに不思議です。

もともと作曲家の技量でそのようになっているのだと思います。

僕が自分で聴いてもあまり癒されません(笑)。。。

良かったら聴いてみて下さい。

下記から購入できます。amazon

輝きと融合輝きと融合
アーティスト:後藤・イシュトヴァン・宏一
販売元:TIAA Music Entertainment
発売日:2008-08-18
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凄い8月だった

2009年の8月はとにかく大変な夏だった。

凄まじい人数の人会った。


これは来月からも変わらないのではあるが・・・


自分の軸だけはしっかりと覚悟を決めています。


この夏に僕と会った人は、


僕が何を言っているか分ると思いますが。

言葉や音には足りないものがある。だから書くのです。

作家の三島由紀夫氏は古典文学が頭に入っていました。

彼はある対談で言ってますが、古典全部というのは大袈裟で、

浄瑠璃を読破したそうです。

三島文学にはそのテイストが満載です。

その三島由紀夫氏をあまり好まない、

と言っている村上春樹氏はデビュー当事から英語の力を借りて、

小説を書いていますね。最近はもっと違う世界に行ってしまいましたが。



ピアノを弾いているとfとfis(ファとファのシャープ)の間の音が

欲しくなる時があります。

そういう時は時間を見計らって、finaleを使って作曲をします。

平均律では出せない音が魅力的なのです。ですが・・・



バロック前の曲から現代の曲の情報を頭に入れているつもりですが、

作曲をすればするほど、昔の作曲家の偉大さが分りますが。

逆に学ぶこと5

68ef6c0b.jpgこの夏は各地から僕のレッスンを受けに横浜に来ています。


出きる全てのことはレッスンの中で語っています。

 
一番簡単なのは、ピアノの技法を教えることで、


一番難しいのは、思考を180度変化させることです。


人間、見えているのに見えてない。


聞えているのに聞えてない。


分ったつもりが分っていない。


これらを教えたり、自分が再認識するのがこの夏のテーマになりそうだ・・・。


抽象度をあげて、スコトーマを外す、


これが脳機能学者、苫米地英人先生の教えである。

僕は夢に邁進しています5

051dd209.jpg元祖コーチングルータイスや脳機能学者苫米地英人先生たちが作ったプログラム、

TPEIは素晴らしいものです。

僕はこの自己実現、コーチングのプログラムをまずは音楽に生かしたいと

考えています。


そのあとは、世界に伝えたいと考えています。

「そんな大袈裟な」

という人は沢山います。


僕が昔、ピアニストになりたい、と言った時、


「そんなの無理に決まっている」

「世の中そんなに甘くない」

「そういうのはほんの一握りの人がなれるんだ」


と言われましたが、現在ピアニストだし、


外国人との共演も果たしています。


ようするに、自分の過去に囚われず、

未来を信じていけば現実に起こります。



昨年、ある目標を僕自身で設定しました。

奏簡単に出来ないものです。

10年はかかるだろう、と思っていましたが、

もっと短い期間で達成しそうです。


やはり強くゴールを設定すると、現実になると確信しています。


引き寄せの法則とは違い、科学的なのがTPIEなのです。


さて今日もレッスンがありますが、自分の練習も楽しみましょう。

TPIEの公式ブックが出ました。5

僕が学んでいるTPIEの公式ブックが発売になりました。

これを読んだ人は多分目から鱗だと思います。

TPIE公式ブック「まずは親を超えなさい!」
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4894513552/ref=s9_simb_gw_xu_s0_p14_i2?pf_rd_m=AN1VRQENFRJN5&pf_rd_s=center-2&pf_rd_r=0RRA6TNQB0J9PQRFQ3MD&pf_rd_t=101&pf_rd_p=463376756&pf_rd_i=489986

よかったら読んでみて下さい。

僕にとっての年号の一致2

僕は1970年、丁度5歳の時に2つの重要なものをなくしている。

一つは、フランスのピアニスト、サンソン・フランソワ、

もう一つは1970年11月25日作家の三島由紀夫である。

後々、この二人には人生の節目において驚かされるのだが、

僕がハンガリーに留学する1989年に新潮社から発売された「三島由起夫最後の言葉」

を手に入れている。当時はカセットテープで、

留学中、眠れない夜は何度も聞いていた。

幼少の頃からとりつかれたように聴いてたサンソン・フランソワの

動画をハンガリー留学から帰国する寸前にハンガリーで見ることになる。

大変なショックだった。

話がもどるが、三島の最後の言葉で、三島本人が最後の方で、これから世界は、

言葉こそ違うが世界中の資本主義の国が同じような食べ物を食べて、

同じようなことに悩んだり、苦しむんだろう。省略 

でも僕は最後の人間だからそっちには行けない・・・


と言っていたが、1992年日本に帰国するとその言葉が突き刺さった。


そのテープは現在も時折聞いている。その後CDが発売され、

テープが切れたりしたらとの為にそのCDを購入するが、

そのCDはカセットテープが丈夫なため、ライブラリーに寝ている。


現在日本国民は政治不信に陥っている。

三島は最期の死に方のせいで、未だに近寄りがたい存在になっているが、

そのテープの中で、三島は言っている。

「僕は反政治主義だ」「僕がやっていることは正義を開顕するしかない、

そのためには政治にとらわれないことだ」

三島が1970年11月18日に夜に言ったこの言葉、

現在にもどっぷり当てはまる。

三島の行動の是非ではなく、

真剣に日本の舵取りをしようという人材が見当たらない。

良くも悪しきも日本は日本の主張なくこのまま行くのであろう。

誰も正義の開顕をすることなく、

隣国から核、ミサイルの驚異にさらされながら、

総選挙しか頭にないのだろう。

国民もバカにされたものだ。

【ピアニストに自由があるか】2

【ピアニストに自由があるか】



楽譜の前ではピアニストは作曲家の作品の中ではかなりの束縛を受けます。

バロック・古典・ロマン派とどんどん束縛をされることになります。


では僕たちに全くの自由はないのだろうか?


白紙から作曲家が書き出した作品からは束縛を受けますが、


作曲家の言語(音)の並び替えさえ無視をせずにいたら、


そここから先は、ピアニストはある程度、自由になれます。


あなたが作曲家だった場合は別ですが、


分業化かされている現在、ピアニストは作曲家の意図、信念、魂を


理解した上でその意図、魂上、自分たちの音は束縛の中でも自由に

なることが出きる。



この世に残っている各時代の名曲たちを弾く為には、


彼らが作り出した音の並び替えのパターン(メロディ)の中や、



彼らが作り出した休符の中に、僕たちの音色、僕が感じる休符、


僕たちが感じるダイナミックスは、


彼らの中での世界では自由に表現もして良いのだと思う。



何度も言おう。


彼らの作品の前では自由ではない。


しかし、彼らの作品の中では表現をしてもいい。するべきである。

隠された本当の意味

あなたがピアノを弾く直前に想像し、イメージしたことを鍵盤に触れ、

あなただけの音を鳴らして響かせてあなたの直感、ドキドキする気持ち、

ぼやけている気持ち、やわらかい気持ちを音にして下さい。



上の文章は日本語的にはちょっと変ですが、

何が隠されているのでしょうか?

これを分るあなたはかなり思考の抽象度が高いと言えます。

人に会える嬉しさ5

ピアノの練習は完全に閉じこもってやるものです。

プラチナ会員を作ったきっかけは、ハンガリーで学んだり、盗んだことを

伝えなければ、から始まった。

ビジネスとはまったく考えていなかった。現在でもそうです。

毎月、色々な街に行くことや、人に会えることは僕にとっての幸せになっています。

会って初めて言われるのは、「メールとまったく違いますね」です。

よっぽどメールの文章が冷たく感じられるのですね。

そのギャップは埋めようがないので、このまま続けて行きますが・・・。

閉じこもっている分早くこの人に会いたいな、といつも思っています。

演奏会場で会うのは、世話しなくて会っている感じがしないので、

ゆっくり人と会う重要性を感じる今日この頃です。

【自分を演じるのは疲れませんか?】

【自分を演じるのは疲れませんか?】






ピアノの生徒さん、会社の仲間に好かれたいばかりに、


自分を演じていませんか?


まあ、立場的にしょうがないこともあるでしょう。


でも・・・・。


僕は疲れるのでそのようなことはやっていません。




「自己演出」した自分と「本当の自分」とのギャップがあると、


それだけでストレスが生じます。




「本当の自分を出すと好感が持たれなくなるのでは?」



「装っている自分へ何となく後ろめたさを感じる」





このような心理的板ばさみを、




「ダブルバインド」(相互矛盾)と言います。




こんな状態は普通なら嫌なことです。


それには「自己開示」をすると良いでしょう。


自己開示、自分の心を開くことで自分が楽ににります。



自己開示にはお互いの信頼感を生む効果もあります。






僕はレッスン中、失敗談を良く話します。



失敗は数え切れないぐらいありますから(笑)。



失敗談を話す。これは自己開示になります。



僕の失敗談は冗談では済まされないものが多いです。



決して自慢にはなりませんが・・・。



これは僕(教える側)にも良いですし、教わる側も安心出来ます。



これから何かを学ぼうとしている人に過去の良かったことを話しても、



共感が出来ない人が多いのはあたり前です。



「こんな人でも失敗するのか」


「こんなことを話してくれるんだ」



日常で素晴らしいと言われている人がやると効果はアップします。



ギャップが大切なのです。



僕自身「変人」とはよく言われますが、




「素晴らしい」などと一度も言われたことがないので、



僕のレッスンでの効果は疑わしいですが。




「ダブルバインド」この言葉、覚えていると役に立つかも知れませんよ。



良い格好(振る舞い)はステージの上だけでいいのではないでしょうか。

メルマガ「非道徳ピアノレスン」の読者が19,000人突破しました5

まぐまぐから発行しているメールマガジン「非道徳ピアノレッスン」の読者が、

なんと19,000人突破しました。

読者が20,000人突破したあかつきには、

あの幻の無料レッスンを開催いたします。

お友だち、お知り合いの方に是非とも「非道徳ピアノレッスン」を

ご紹介下さい。

あなたの街に行くことを楽しみにしています。

いつも・・・。

僕はツイテいると思うことがある。

僕は世の中に役に立っているかどうか分らないが、

貰うことが多い気がする。

本来、もっともっと与えなければいけない、とは思っているが、

結果的に貰う方が多いような気がする。


日本にいる時だけではなく、また、仕事やプライベートを含めて考えても、

やはり貰っていることが多い。

感謝の気持ちから、もっと還元すべきなのは分っているが、

追いつかないのが正直な気持ちです。


練習している時も貰うものが多いし、指導をしている時も得るものが多い。

演奏しても得るものが多い。

練習やプレッシャーの中において様々な人に支えられている。

僕の友人や僕に関わる人に、いつかまとめて恩返しをしたいのだが、

必ず先に貰ってしまっている。

ハンガリーの師匠にいたっては一生かけても恩返しが出来ないような気がする。

いつも貰うばかりである。


レッスンの合間にこのブログを書くのは初めてだが、

この気持ちを忘れないように書いているのだと思う。

もう5年も経ったのかぁ。

プラチナ会員を希望の方5周年記念を祝って、

今日6月1日から9月30日までレッスン代が半額になります。

5年間のサイクルを全部参加してくださった方々には本当に感謝致します。

また、これから受講したい方はこの機会にどうぞ。

本当に沢山の方にお会い出来たこと。

これらは僕の宝物になっています。

詳しいことはホームページに載ると思います。

これからも宜しくお願いします。

齋藤真琳&後藤皓斗ジョイントコンサート

齋藤真琳(12才)&後藤皓斗ジョイントコンサート(14歳)

2009年3月20日(金・祝)

13時30分開場 14時開演

場所:ギャラリー橋本2階 http://homepage3.nifty.com/ka-hasi/gallery.html

JR蒲田駅下車、ユザワヤ11号店の正面



チケット500円(当日チケット有り)

  
             プログラム


齋藤真琳 

1. F・ショパン 華麗なる円舞曲 作品34−3

2. W・A・モーツァルト ピアノソナタ 第14番ハ短調 K457

3. G・フォーレ シチリアーノ 齋藤真琳 後藤恭子(フルート)

4. L・v・ベートーヴェン 作品31−2「テンペスト」




−休憩−



後藤恭子 フルート独奏

5. C・ドビュッシー   シリンクス 


後藤皓斗

6. M・モシュコフスキー  「火花」 作品36−6

7. C・W・グルック  精霊の踊り 後藤皓斗 後藤恭子(フルート)
    

8. F・ショパン     スケルツオ第1番 ロ短調 作品20



             プロフィール



5歳よりピアノを始める。
2003年8月PFLミュージックインスティテュート主催のマスタークラスにお
いて、ハンガリーのピアニスト、ジュラ・キシュ氏に指導を受ける。同年12月
東京都池上教会でバッハ・インベイションを演奏する。
2006年5月、第6回堺国際ピアノコンクール・ジュニアB部門において
特別奨励賞を受賞。同年10月、第7回大阪国際音楽コンクール3インファントA
4位受賞。同年10月堺市民芸術祭参加。好評を得る。
2008年、第1回エレーナ・リヒテル国際ピアノコンクール小学生部門入選。
同年9月、コンクール入賞者披露演奏会出演。2008年11月ジュラ・キシュマ
スタークラス受講。これまでに後藤宏一、ジュラ・キシュに両氏に師事。

後藤皓斗

6才でピアノを始める。02年11月第1回ペトロフピアノ国際コンクール入賞。
03年4月「8歳のピアニストAKITO」リサイタル開催。6月第30回JIL
A新人オーディション最年少で合格。04年3月モスクワにてエレーナ・リヒテル
氏のマスタークラス受講。05年8月横浜みなとみらいホールにて「サマーコンサ
ート」出演。06年10月第7回大阪国際音楽コンクールピアノ部門入選。アマチ
ュア部門インファント賞受賞。07年1月ジョイントリサイタル開催。2月エレー
ナ・リヒテル氏のマスタークラス受講。5月第2回マスターズピアノコンクール入
選。10月トリファー・スミス氏の公開講座受講。08年2月第1回エレーナ・
リヒテル国際ピアノコンクール入選。披露コンサートに出演。11月、カザルスホー
ルにて、ジュラ・キシュ&フレンズに出演。09年2月、第2回エレーナ・リヒテ
国際ピアノコンクールにて第4位入賞。
これまでに後藤宏一、安孫子和子、ジュラ・キシュ、エレーナ・リヒテルの各氏に
師事。



後藤恭子
フルート奏者。武蔵野音楽大学フルート専攻卒業。ハンガリー国立リスト音楽院終了。
現在、数多くの演奏活動の傍ら後進の指導をする。

ホームページがすっきりしてきた

やっと昨年からごちゃごちゃしていたホームページがまとまってきました。

数年前からホームページは自分で作っていないので、

今回、パートナーの上井さんにはとても感謝しています。

以前あったバルトーク辞典も復活しました。

色々な方からメールを頂きますが、

どこへ送ったらいいのか分からない時は、

お問い合わせのフォームからメールを下さい。

安孫子和子 ピアノリサイタル5

日本でのピアノ恩師、安孫子和子ピアノリサイタルのお知らせ


       安孫子和子ピアノリサイタル



2009年4月19日(日)14時開演

津田ホール

4,000円(全席自由)

マネージメント 家永音楽事務所 03-3714-7803


プログラム

シューベルト・リスト  水の上で歌う

シューベルト      ピアノソナタ 変ろ長調 D960

プロコフィエフ     (ロミオとジュリエット)

             ピアノの為の10の小品 作品75より



安孫子和子 プロフィール

桐朋音楽教室、同高等学校を経て1967年桐朋音楽大学音楽学部
ピアノ科に入学。
1968年渡欧。
1972年ウィーン国立音楽大学演奏課程卒業。
その後ロンドンで学び1973年帰国。
奥村洋子、安川加寿子、ヨーゼフ・ディッヒラー、
ケンドル・テーラー、コンスタンティン・ガネフ、
ジュリア・ガネフ、ジュリア・カネヴァの各氏に師事。
1981年、1992年リサイタルを開催。いずれも好評を得る。
1976年より横浜イギリス館において演奏会(2008年5月第47回)
を開催し、数多くのピアノ・ソロ曲及びヴァイオリンとの
デュオ・アンサンブル曲を演奏する。

現在 武蔵野音楽大学ピアノ科准教授、同付属高等学校講師。


僕の基礎を作って下さった先生です。

是非、深みのある演奏をご堪能下さい。

すべて記憶がなし得るもの

メルマガにも書きましたが、我々の人生は全ては記憶に関係しています。

暗記とかそういうものではなく。。。

ピアノは弾いている最中、どんどん前の音が消えていきます。

物体としては残りません。

逆に物体として残ったら、演奏会場は騒然とします(笑)。

音は記憶になって残ります。

文学も絵画もすべて記憶です。

毎日持ち運べない絵画は記憶で脳の中に存在します。

読みかけの小説も、読んでる途中までの記憶から、再び読み始めます。

自分が持っている才能も、

昨日までの記憶と今日の記憶を結び付けて成立します。


昨日のあなたと今日のあなたは違うはずです。


そう、僕たちは毎晩寝ることによって、

生まれ変わりみたいになっているのです。

僕が言うのは「輪廻転生」を言っているのではなく、

毎日は生まれ変わるで始まるということです。

キーワードは「記憶」です。

SPEED復活

僕のことを古くから知っている人は、

僕がSPEEDの大ファンだと知っています。

僕のピアノ修行ハンガリー珍道中に出て来る、栄野川勉君が、

SPEEDのメンバーの一人が教え子で、そこから応援するよになり、

大ファンになって、東京ドームやらあちらこちらで彼女たちの歌声を

聴きにいきました。

復活。

ただ単に嬉しいです。

天才ピアニストジュラ・キシュの本当の顔5

8da301f1.jpg記憶を許さないドナウ



川面をにらみつけていると、色々な人々を思い出し、

それを頭の中で廻らしていると、

僕の視線はゆらゆら揺れているくさり橋に行き、

背中を微かに伸ばすと

輝いている本当のくさり橋が飛び込んでくる。


インターコンチネンタルホテルの前のベンチは、まだ夏の記憶をのこしている。

僕は背もたれに体をあずけ、丘陵にある王宮がにじんで見える。

ドナウ河は僕を無視して、悠然とその流れを止めない。日が沈んでいるはずなの

に、世界はゆるやかなブルーに染まって、僕を昼でも夜でもない場所に招きいれた

のはドナウだった。


こいつは過去のさまざまな事を観てきたのに、ブダとペストの真ん中を堂々と、

いや、ふてぶてしく流れている。




 僕はいったいこの国に何を求めているのだろう。何度も問いかけた。だが、


なんの返事もない。それどころか笑っている。

 僕は無意識に市電、バスを乗り継いだ。

着いたのは、師匠ジュラ・キシュ宅前の停留所だった。


無意識だったのか、自分でも怪しくなってきたが、先生宅の門の前で一瞬躊躇した
が、ボタンを押した。



息子のレベンテだった。すぐに先生に代わった。


「何をしているんだ。入って来い」

と言った瞬間、門のロックが開いた。


 僕はうな垂れて師匠、ジュラ・キシュの家に入っていった。師匠は何も言わず、

手振りでソファーに座ることを促した。そして、僕の好きなバーボンウィスキーの

ロックを僕に手渡した。

僕は一気に飲み干した。

その様子を見ていた師匠は小さな声で話し始めた。




「寂しいのか・・・それとも音楽が嫌いになったか・・・・」



「なぜ、ピアノだけでも大変なのに、生活も辛いし、一体、なんのためにこの国に


来たのか分らなくなっていて・・・・」

これ以上言葉が見つからなかった。師匠は白ワインの入ったグラスを左手に持ちな

がら、僕の横に腰をおろした。奥さんのエヴァさんは、僕の様子を見て、ほんの少

しだけニコッとして、他の部屋に行ってしまった。



ジュラ・キシュも一気に白ワインを飲み干した。僕は空いたグラスにワインを、

と思ってワインのボトルを取ろうとしたら、師匠はそれを制した。自分でワイン

グラスになみなみとそそぎ入れた。



「人生の成功はピアノが上手くなることだけではない・・・・お金を得ることだけ

でもない、ましてや地位や名誉でもない」と言ってまたワインを口にした。

僕は師匠のワイングラスを呆然と眺めていた。師匠は続けた。



「成功の定義は、人それぞれだ。ただ、お前がこの国に勝手に乗り込んで来た・・

それをハンガリーは受け入れた。受け入れたことに、お前は何かを感じる必要が

ある・・・それとピアノが苦痛ならばやめればすむことだ・・・

それでお前が助かるなら、俺は止めない」




 僕はショックを受けた。日本の師匠にも昔、問題を起こした時、ピアノを選ぶの

か女の子を選ぶのか?と聞かれて、僕は

「女の子」と言った瞬間、怒られたことが記憶をかすめた。


僕は何も考えずに自分



が話す言葉をその勢いに任せた。


「何が辛いのか・・・何が苦しいのか・・・

よくわからない・・・・ただ、寂しいんです・・・でも日本に帰りたいとか・・・

とかそういう意味ではない・・・・んです。何が寂しくて苦しいのかが分らないん

です・・・」




 師匠は僕の目を見て言った。

「原因が分らないのなら、一日一日精一杯生きてみろ・・・・それも、時間を惜し

んで生きてみろ・・・それでも気持ちが変わらないなら、その時は自分自身で身の

振り方を考えろ・・・それもやらないで、寂しがったり、苦しがったりして流れて

行く人生の時間を無駄にするな・・・ピアノなんかより生きることの方が重要なん

だ・・・生きて・・生きて・・・初めてピアノを自分の表現の一部にすることがで

きる・・・とにかく・・生きてみろ」

と言って、僕のグラスにウィスキーを注いだ。



 僕が師匠ジュラ・キシュからもらった最初のアドヴァイスだった。


 その後、何度も相談にのってもらった。
年月が過ぎ、ハンガリー国立リスト音楽院を修了するにあたって、試験に選んだの
は、チィコフスキーピアノコンチェルト第1番だった。ある日、僕はレッスンが
終わったあと、師匠に尋ねてみた。


 「僕にチィコフスキーのピアノコンチェルトを弾くことができますか・・?」


僕の目もみずに言った。


「弾ける。お前がそれを望むのなら」


僕は駄目と言われると思っていたので、少しばかり拍子抜けしてしまった。

その日は試験の半年前で選曲に悩んでいたのだが、師匠の一言で練習を開始した。

師匠に裏技を教えてもらったおかげで、意外と早く形になった。その頃、師匠は

演奏会でベートーヴェンのピアノコンチェルトやベートーヴェン作曲・Fリスト

編曲の交響曲のレコーディングや演奏会で多忙を極めていた。僕はそれらを聴く度

に嫉妬を覚えた。世界観が違うことを思いしらされた。だが本番というものは刻々

と迫って来た。気がついたら本番3週間前になっていた。自信満々でレッスンに行

った。

僕は師匠のスタインウェイのふたを開けて、師匠は横のベーゼンドルファーの
ピアノの前に座った。師匠がホルンのファンファーレの部分を弾き出したので、
僕は自分のソロの最初の和音を掴む準備をした。


 その瞬間、頭の中が真っ白になり、何を弾いていいのか分らなくなり、師匠の
オーケストラパートの演奏を聴きながら、顔面蒼白になってしまった。もう一回、
やり直したが、結果は同じだった。


急に師匠は一階にあるオーディオの部屋に行ってしまった。


僕は、楽譜を念入りに
チェックをしているのだが、頭に入って来ない事を確信した。四十分ぐらい
部屋から師匠は出て来なかった。僕の方も相変わらず状態は変わらなかった。


すると、一階から大きな声で「ヒロカズ、降りて来い」と叫び声が聞えた。

僕は慌てて、一階に降りて行った。


 僕はカセットテープが散乱しているのに驚いた。どのカセットテープもケースの
上に寸分の狂いもなく、テープが乗っている状態だった。三十個は軽くあった。
師匠は言った。
「まずはこれらを聴いてみろ」カセットに書かれた文字を読むと協奏曲や
ソロリサイタルの生放送を収録したテープだった。師匠は次々とそれらのテープを
僕に聴かせた。


僕は唖然とした。それらのテープは、師匠がミスをした場所だけを集めたもの
だった。

一時間が過ぎた頃、やっと聴き終わった。師匠は言った。


「俺がこんなにミスをするのに、お前がしない訳がないだろう・・・」
僕はすっかり気が楽になった。


「よし、チャイコフスキーをやってみよう」と師匠が言い僕たちはレッスン室に
戻った。


不思議なことに、あれだけ弾けなかった最初の和音が簡単に出て来た。
師匠は僕にウインクをして、そのまま弾き続けた。


ジュラ・キシュというピアニストは天才ともてはやされて来たのに、人間を忘れて
いないピアニストである。

初めて師事してから二十年以上になるが、何一つ変わることなくいつも同じく
接してくれる。


彼の演奏の秘密はここにあると僕は確信している。




1956年の事件をも笑い飛ばしたドナウ河。

この記憶を許さないドナウ河とジュラ・キシュを重ねてしまうのである。


それがジュラ・キシュという人間である。


やっと休日がきた。

先週の今日、祖父が他界し、

仕事と平行しながらやって来ました。

2ヶ月ぶりの休日です。

ピアノの練習以外は、何もしない、と決めていたのですが、

ついつい読書がしたい・・・・

いや、今日はぼーッとしてよう、と決心しています。

夏休みだから子供を連れてどこかに行かなくちゃ、とは思っていますが、

多分、真夜中に二人でコンビニに行って、何か購入し、

二人でDVDを観る夏休みに彼はなるでしょう。

さて、4分の1の速さで練習しよう。


そうだ、葬儀の時、不謹慎かもしれませんが、

頭の中に鳴り響いていたのは、


ビリー・ジョエルのI'm in a New Yorkでした。

その日、一日中鳴っていました。

ハドソン リバーラインやNew York Times とかが頭の中で混沌としていました。

お坊さんの木魚の音が、いまいちと、リズム感が悪かった。

数人のお坊さんのハモリもB・バルトークみたいに、調整がぶつかりあって

いました。

さーて、本当にそろそろ、再び練習しよう。

ニューアルバム発売延期2

1c27d45d.jpg先ほど入った連絡をお伝え致します。

 8月5日発売予定のニューアルバム輝きと融合ですが、

 発売日が、延期になり、8月18日だそうです。

 今後のメールマガジンに8月5日と書かれたものが配信されると

 思いますが、8月18日に変更されました。慌てなくても、

 大丈夫です。

 大変申し訳ございません。

 
 8月18日発売ニューアルバム輝きと融合のCD予約を開始します。

 限定500名さまに豪華プレゼントをお付けします。


 1 CD収録曲、Stained Glass「ステンドグラス」直筆譜コピー

 2 CD収録曲、海〜Nirai kanai〜 直筆譜コピー


 3 絶対に見る事ができないDVD

 4 引き寄せの法則を引き寄せる法

   です。


 ご予約先は

pianist-hiro@tbe.t-com.ne.jp まで。

僕の気持ち

ace7cb78.jpgとうとう祖父が自分で呼吸が出来なくなった。

医師の話だと、もってあと2日だそうだ。

でも後悔はない。

祖父がいなかったら、今の僕はない。

僕は出会う人みなが、必然だと思い、感謝したい。

画像はハンガリーの英雄広場。

僕の洗礼名のイシュトヴァン王もいる。

ハンガリー最初の国王である。

Istvan Hitokazu Goto

豊饒の海

5a9acc2c.jpg三島由紀夫が書いた最後の小説。

豊饒の海

たしか、書き終わる前にテレビのインタビューで言っていました。

「戦争が終わったら、負けたら、この世はメチャクチャに崩壊すると思ったのに、
周りを見ても何も変わらない。木々が太陽の陽を浴びて、深深としている
これから私の方行は何処へ向かって行くのか・・・」

確かではありませんが、このようなことを昭和40年に言ってたはず。

豊饒の海 全4巻の最終巻の最後2ページで同じ情景を言っています。

熱くなってくると、この言葉が思い出される。

三島演説 http://jp.youtube.com/watch?v=tzz1-ppIjOg

この時点ではまだ、自決の事をハッキリイメージしていませんね。

数年(1〜2年後)自決を決めたようだ。

まだ眠れない。

4410e007.jpgそうだ、今日Amazonから本が来たんだ。
「息を吸って吐くように目標達成できる本」

えーーーと著者は、和田裕美さん

帯1〜5の中に2モチベーションを維持するパワー

うわ〜〜〜。

眠れない。

明日読む事にしよう。

目が覚めてしまった。1

ad4fb399.gif金曜日夜、蒲田の駐車場で倒れてしまった。

意識が戻るまでに20分だったそうです。

翌日のレッスンは全員キャンセルになってしまいました。 

病院に行って、点滴を打ってもらたが、めまいは続いた。

もう1時14分だと昨日に寝たのが夜10時なので、

26時間眠り続けたことになる。バック・ジャウワーを超えた・・・。

今まで生きてきて初めての出来事である。

人間寝貯めが出きるかもしれませんね!!!

でもここで寝ないと、

明日のレッスンが出来なくなるので、

もう一回眠れるか、頑張ってみます。

やっとCDが完成しそうです。5

c688d8d2.jpgやっとCDのジャケット作成が終わったみたいです。

CD販売前の対談をパートナー上井さんが、

ホームページ上に載せてくれたみたいです。

スカイプ対談なので、沖縄のパソコンが、

沖縄タイム、沖縄モードで調子が悪かったみたいです。

ぼくのピアノ修行ハンガリー珍道中 第2部の

第2主人公の「勉」つとむ、が司会・進行をやって

くれています。

祖父が現在と天国を行ったり来たり

93歳になる祖父が、生死を彷徨っています。

終戦後、ソビエト連邦に拘束され、

シベリアにいた祖父が、正気に戻るともの凄い勢いで、

ロシア語で色々と書き出します。

脳の中でフラッシュバックが起こっているのでしょう。

家族みんなで祖父を看病しているので、

今週のメルマガ「ハンガリー珍道中 第2部」は次週になりそうです。

すいません。

【自分の脳を信じるな】

18ba6c7c.JPG  【自分の脳を信じるな】



みなさん、目標を紙に書くと達成出来るという話は知っていると思います。

成功法則や成功法などに、沢山書かれているフレーズです。


さて、何で、そんな事が起こるのでしょうか。



それは、文字に力があるからだと思います。


日本では古くから言われている、言霊です。



前回、「有難う」の話をしましたが、


今回は全然違う話です。




僕たちは、自分の頭を過信し過ぎているあまり、何でも覚えている、


という過ちを犯します。


初めてお会いした方の電話番号は、すぐにメモを取るのに、


自分のピアノ(得意分野)で分っている事となると、メモを取らない傾向が


あります。アメリカの記憶法の書籍では97.5%の人が自分の専門分野で、


分り切った事は頭にあると思っているようです。


メモを取らない。



ピアノで調子が良い時こそ、どんな風に調子が良いのか、ノートに書くべき

なんです。


ピアノの調子が悪い時こそ、克明にその状態をノートに書くことをしなければ、

ならないのです。



その時、パソコンや携帯のメモ機構を使っては駄目です。


手がノートに書く事で、脳にインプットされるように、僕たちは出来ています。


さらに・・・



自分の調子を克明に書いておけば、次に訪れる好、不調が人目で分ります。



自分の脳(感情)が一番だと過信している方は、騙されたと思って、


実行してみて下さい。


いかに、自分の感情が日によって動いている、という事を実感することが、


出来ます。



ピアノの横に一冊のノートとペンを置いてみて下さい。


メモ帳ではなく、ノートです。


もし、この方法をすでに使っていて、いまいち結果が出ない場合は、


休日、大きな紙に以下のような事を書いてみて下さい。



自分がしたい事、自分がしなければならない事、自分が手に入れたい物、


自分がしている借金(ローン)、を全て書き出してみて下さい。


僕はこの作業に要する時間は約6時間です。


これでも遅い方だと言われます。


とにかく一回、頭の中を紙の上に落とすと、


自分の顕在意識だけは、ハッキリ分ります。


実行してみて下さい。


違った自分に会えることを約束します。



まずはピアノの調子を克明にノートに書いてみて下さい。


自分が今まで、いかにあやふやだった記憶に頼っていたことが分ります。

一通の非常識な手紙

昨日、非常識な手紙を貰った。

ちょっと前だったら、落ち込んで、悩みまくっただろう。

でも、今回はそんな事はなかった。

その非常識な手紙だが、内容的には、相手の主張も理解出来ない訳ではないが、

理不尽ではある。

結構、プラス思考オタク、から成長しているのかもしれない。

プラス思考は良いことだと言うことは、間違いではないが、

何でもプラス思考ではまずい。

完全なピンチが来ても、ただのプラス思考オタクでは、

ピンチが、どんな問題かを、ちゃんと解決出来なくなってしまう。

自動車事故が起こった時、死ななくて良かった、と言われるが、

そもそも自動車事故が起こらないようにするのが本筋である。

理不尽な手紙を貰ったが、プラス思考だけではなく、

今後、自分の身の振り方を真剣に考えようと思う。

この連続、時間の連続が人生と言うのだろう。

今後、幾度も来るピンチ、

楽しく乗り越えて行ってみよう。

プラス思考オタクではなく。

再活動宣言

昨年、12月の頭から現在まで、活動することを止めざるおえなかった。



ある意味、地獄を歩いていたような気もするし、休養にもなった。



自分の体が壊れいることに気が付かないほど、集中していたとも言える。



でも、そろそろ、動き出さなければ。



とにかく、生きることが出来るようになったのだから、



動き出さなければ。



ここで、再活動宣言をします。



2006年2月10日 後藤・イシュトヴァン・宏一(Istvann Hirokazu Goto)

僕にとっての戦後

aa17dd65.jpg戦後60年と言われているが、僕にとっての戦後がある。もちろん1965年生まれの僕には、太平洋戦争はクロニクル的には関わっているが、実質は遠い話である。
 僕は1989年に絶対的だったものが、完全相対主義に変わったのを、肌で感じた。ベルリンの壁の崩壊後、旧冷戦が終わった瞬間から、完全資本主義に変化する状態を目の当たりにした。
 これは驚きを越して、ショック状態に陥ったのである。人間、ショック状態に陥ると、体や脳にちょっとした化学変化みたいなものを起すという経験もした。今で言うと、北朝鮮かキューバに居て、政治的なもの、いや国全体が変化していく中にいたと言う事に置き換えられるだろう。
 これはあくまで、個人的な事なので、その後どう化学反応したかは、どんなに沢山の言葉を使っても説明出来ない事であることにも、最近になって気が付いたのである。
 僕がハンガリーにこだわりを持っている、と思っている人たちが沢山いますが、「こだわり」というより、さっきから何度も言っているように、化学反応後に同一化してしまった、と言う方が正しいのである。だから僕には、故郷が二つあると思っている。
 一つは、生まれ育った、この日本と、もう一つは、化学反応を起した、ハンガリーである。
 折を触れて、戦後60年経ちましたと聞くと、僕の体の中では、戦後17年だという言葉が過ぎって行くのである。
 人は貴重な体験をした、と言ってくれるが、僕にはその化学反応が解明されない限り、あの何とも言えない雰囲気と音楽が入り混じった感覚は失せないだろうと考えている。17年も前の事をメルマガ「ぼくのピアノ修行ハンガリー珍道中」に書いている行為は、その化学反応をすこしでも解明しようとする、僕自身の最後の抵抗なのかもしれない。

ピアノマン

8aa9b7f9.GIF僕は2時ちょうどに目を覚ましてしまった。

仕方がないから、1階のキッチンまで行って何か飲むことにした。

らせん状の階段をゆっくりと、ふわっと歩きながらキッチンに向かった。

僕は居間を通り、キッチンに入ろうとした瞬間、冷蔵庫の前に誰かいること
に気づいた。
 
僕は恐る恐る冷蔵庫に近づいた。

すると、見たこともない横縞のパジャマを着た少年が座り込んでいた。

「何を飲んでいるの?」と僕が尋ねると、その少年は僕の肩口を見ながら

「俺が誰だか気にならないの?」と、もっともなことを言った。

僕は「君は誰なの?」と聞き直した。

すると横縞パジャマの少年は、アイスコーヒーにガムシロップをいれながら、
今度は僕の目を見ながら言った。

「何処から来た、とか、何処から入って来たか全然気にならないの?」ともっともなことを言った。

僕は彼がうまそうにアイスコーヒー飲んでる姿をみながら言った。

「なんで君はここでそんなことをしているの?」

「俺はアイスコーヒーとビリー・ジョエルがとても好きでね」とニッコリ笑った。

半分以上飲みかけた頃、

「やっぱ、ライブ版のピアノマンが最高だよ」と僕に言った。

「うん、でもモスクワライブのオネスティもいいと思うけど」と僕は答えた。




目覚まし代わりのステレオから、My Life が聴こえて来た。

僕は目をこすりながら、キッチンにミネラルウォーターを取るために冷蔵庫に向かった。

キッチンの流し台のゴミ入れには、ガムシロップの容器が捨ててあり、一つのコップは大理石のように磨かれていた。

僕はそのコップを見ながら、頭の中でビリー・ジョエルのピアノマンの間奏部のピアノアドリブが頭の中を駆け巡って来た。

                   終

好きなアーティスト

adfd9c90.bmp留学する前までは、断然フランスのピアニスト、サンソン・フランソワだった。しかし、今では、感動を与えてくれるアーティストだったら、誰でも好きになってしまう。結果は出ないが、個性が優先なのか、楽譜が優先なのかを、行ったり来たりしている。僕は作曲家ではないので、曲を自分流の解釈という名のもとで、変形させてしまう行為が、最近、傲慢のように思えて来た。かと言って、自分の弾き方に癖がないかというと、そんな事はないようだ・・・
クリスチャン・ツメルマンは、以前、はっきりと言っていた。「僕がピアノを弾くことで、僕が弾いている、と解られるより、その作品を創った作曲家の曲だ、と解ってもらえるピアニストになりたい」。。
このような事を確か、かなり若い頃に言っていた。だから、彼は巨匠の道を歩んでいるのだろう・・・
最近、ピアノを弾いている時、この弾き方でこれを創った作曲家は僕の演奏を聴いて、一体、何と言うのだろう・・・と、ついつい思ってしまう。
ブダペストからのメールで、何か、曲を弾く前にJ・Sバッハを弾きなさい、と言われたが、バッハの頃はチェンバロだったし、ピアノ的に弾いて良いのだろうか、と考えてしまう。ステージまでに数ヶ月、時間があるから、こんな、のん気な事を言っているのだろう・・・多分・・・。

すごいスピーカー

おととい、沖縄の知名オーディオから、ものすごいスピーカーを送ってもらた。音にうるさい人がいたら、このスピーカーで聴けば、絶対に文句は言わないだろう。クラシックを聴けば、普段聴こえない部分の旋律やパートが聴こえてくるし、歌手(ポップス・ジャズ・クラシック)を聴けば、すぐそこに居る錯覚を起してしまう。知名オーディオの社長が宣伝にものすごく力を入れてないからだと思うが、このスピーカーだったら、一家に一台あってもいいと思う。とにかく、音楽通だったら、すぐに買ってしまうのは間違いないスピーカーだと思う。本当に凄い!!!

現在、福井県の武生パレスホテルのロビーにて

昨日、メルマガ「ぼくのピアノ修行ハンガリー珍道中」のクリスマス・お年玉プレゼント、として、当選された、Sumiyo・o さんが住む、福井県武生に来ています。
ちょうど、ロビーにパソコンがありましたので、書き込んでいます。ホテルのチェックアウトを終え、Sumiyo・oさんを待っているところでです。空気も景色も良いこの街に来れて、幸せな思いで一杯であります。レッスンを受けられた方は満足しているかどうかは僕には分かりませんが、少しでも、こちらの気持ちが伝われば、と思っています。
ピアノのレッスンは、どうしても一回きりで納得してもらう事が難しいので、再びこの地に足を運ぶことになると思います。レスナーの方が、メールのやり取りだけで、
あんなに沢山練習をして下さってたことは、感動しました。
東京、横浜でレッスンをするのも好きですが、このよに違った土地でレッスンをすると、教える方も心が洗われる思いでした。たった、二日の滞在でしたが、とても良い思い出が出来ました。レスナーのSumiyo・oさん、とても親切にして下さいまして、本当に感謝しています。また、ここ、武生に来て、おろしソバを食べたいです。
昨日、聴きに来て下さった方々、ありがとうございました。

福井県武生パレスホテルロビーにて。。

お薦めDVD・進化し続けるミハイル・プレトニョフのピアノ

何度、観て聴いても飽きるどころか、刺激を受け続けるDVDがあります。
それは、「ベルリンフィルハーモニー・ジルベスタコンツェルト97」です。
特に圧巻なのは、ベルリンと指揮がアバドでソリストがプレトニョフの、
ラフマニノフ作曲「パガニーニーの主題による狂詩曲Op.43」です。ソリストのプレトニョフのピアノは非の打ち所がありません。あれがライブだなんて信じられません。世界一のオーケストラ、ベルリンフィルをピアニストである、
プレトニョフがコントロールしているのです。フルーティストのパュが小さく見えてきます。
 こんなに、音の美しさ、テクニックの完璧さ、演奏家の真摯な態度、が兼ね備わった演奏は聴いたことがありません。

DVDであれだけ凄いのだから、生で聴いたら、多分、数分座席から立ち上がれないでしょう。

このDVDを入手するのに、2年間かかりましたが、それだけの価値はあります。

人によっては、ギル・シャハムの弾くヴァイオリンの方が良いという人が沢山いると思いますが、サラサーテ作曲「カルメン幻想曲Op.25」を弾くギル・シャハムも凄い演奏をしていますが、アバドに胸を借りている、というのがどうしても見えてしまいます。プレトニョフの時のアバドは安心しきって指揮を振っているのがわかります。一体、このプレトニョフというピアニストはどこまで進化して行くのだろう。興味のある方は手に入り難いですが、頑張って入手してみて下さい。騙されたと思って。。。

ピアニストにとっての調律師

6fa339f5.gif今頃、こんなことを言っても仕方がないが、ピアノは持ち運びが出来ないという面では、本当に大変である。ホールのいくつかしか選択肢はないので、調律師の方が唯一の助けであります。音程だけではなく、鍵盤の戻りの鈍さを俊敏に変えてくれる人。ソフトペダルを微妙に調整してくれる人。この人達は僕のピアノ演奏の一部だと思っています。

それにしても、ハンガリー留学中の僕の調律師は最高のレベルでした。僕以外にその人に調律を頼んでいたのは、コチシュ、ラーンキ、ジュラ・キシュ、
それ以外にも外タレがくると、その人がやっていました。リヒテルやアルゲリッチ、ラザール・ベルマン、アンドラーシュ・シフ、バレンボイム、まだまだ沢山のピアニストの調律をしていました。この調律師のすごいことは、短時間で、演奏者の要求にほぼ、応えていました。

本当に調律、一つで楽器は変わってしまいます。ピアノを知り尽くした調律師に会うと、緊張感も薄らいでくる、それぐらいピアニストにとって大切な存在なので、ピアニストは調律師には敬意を払うべきであると思います。

僕は間違えた事をした

昨日、おっと、もうこの時間だと、おととい、祖父の90歳の誕生日に行ったことを書いたが、実は、そのパーティーに行く途中で、事件が起こった。3連休の中日ということもあり、横須賀の母の実家に行くには、普通の方法では到底、約束した時間には着けそうになかったので、東逗子の方に向かって、横浜・横須賀道路を逗子インターから乗ろうとしていた。インターまで数百メートルの所で、いきなり車の後方から大きな音と、衝撃があった。そう、追突されたのだ。僕はすぐさま、ハザードランプを点け、運転席から父と一緒に降りた。相手の車もすぐに止まり、端に寄せた。なんと、Yナンバー、、アメリカ人が2人出て来た。一人は中学生位、もう一人は20代そこそこだった。僕は彼の目を見るなり、「何でぶつかったんだ」と怒鳴った。すると、20代の男は友達の方を向いて話してたら、追突してしまった、と言った。日本語は「ごめんなさい」だけを連呼していた。我が家はケーキを持って行く係りだったので時間には遅れたくなかった。「保険に入っているのか?」と訊ねながらも、時間の事が気になった。ケーキがないパーティー。。僕の車のバンパーは小さな傷だけで、凹みはなかった。今から警察を呼んだら、間違いなく1時間では済まないだろう。さらに、ここがハンガリーだったら、と考えていたら、急に彼らが可愛そうになって来た。僕は相手の携帯番号を聞き、「本来なら、ここで警察を呼んで、調べてもらうんだから」と言った。彼は「分かってる」と小さな声で言った。我々の体にも異常はなかったので、「今度は気を付けろ」と言うと、彼は「自分はイリノイ州から来て、今は横須賀に住んでいて、兵隊ではない」と言った。僕は「携帯の番号を教えたのは、お金を要求するんじゃなく、自分はピアニストだから、今度電話したら聴きに来い」と言って彼を許してしまった。結局、パーティーには間に合ったが、帰りの車の中で、もしヨーロッパだったら、言うべきことを言わなければならなかったな、と反省した。僕がした事は親切でもなんでもない。自分が嫌になった。彼らの為にも、きっちりと筋を通すべきだったと後悔している。僕のウインダムの後ろバンパーの傷は僕の傷になってしまった。

僕の自慢の祖父

以前に僕の祖父の寿命をしって、ショックを受けましたが、今日、祖父の90歳の誕生会が実現しました。医者の言った寿命より、延びています。驚いた事に食欲も以前よりあるみたいで、顔色が良くなっていました。1時間ほど祖父と、いろいろな話が出来ました。本当に感動しました。20人ほど集まった親戚の前で、横須賀市役所で収入役を3期やっていた現役の頃の挨拶を完璧にしました。嬉しくて、嬉しくて、何も言葉がなくなりました。僕の自慢の祖父、心には刻んでいますが、また、長時間、祖父と今日みたいな話が出来たら、と思っています。病は気から、と言いますが、本当にそうだと実感しました。頑張れ僕の尊敬する祖父。本当に頑張れ。

ベーラ・バルトーク

ce278ce6.gif僕がハンガリーを代表する作曲家、ベーラ・バルトークを知ったのは、日本の大学2年生だった。近代作曲家の曲を試験で弾かなければならなく、あれこれ聴いて探していたが、ピンと来る曲が見つからず、困っていたところ、大学のオーディオ室でなにげなく手に取ったレコード、このレコードが僕の運命を変えてしまった。ミシェロ・ベロフが弾いたバルトークのソナタ。初めて聴いた曲なのに、電気が体に走ったのを今も覚えている。結局、試験では、バルトークのソナタの1楽章を弾くことになった。試験会場にハンガリー人のピアニスト、当時客員教授をしていた、ジュラ・キシュがいることを知り、緊張感は倍に膨れ上った。のちにハンガリーに行き、バルトークを学ぶ事になった時、
ミシェロ・ベロフの演奏は、ハンガリーの伝統からみると、随分遠い解釈だという事に気が付くことになった。でも、あの時、あのレコードを手にしてなかったら、と考えると不思議な気持ちになってしまう。偶然のようで、必然だったと最近、よく考えている。留学中、近所ということもあって、よく現存するバルトークの家に行った。部屋の中が当時のままのように演出してある。あの部屋に入ると、バルトークの性質が良く理解する事が出来るようになった。ハンガリーに行くことがある人は、是非、足を運んで欲しい。バルトークがどんな物を収集していたか、とか、フェボナッチ数列を使って作曲をしたことが、面白いように解かる部屋です。

ぼくのピアノ修行ハンガリー珍道中 第2部に変わります。

a14145d4.GIF僕が発行しているメルマガ「ぼくのピアノ修行ハンガリー珍道中」が第2部になります。僕がハンガリーリスト音楽院合格までが一区切りでした。
読者のみなさまから、いろいろなメールを頂く度に考えていることがありました。ピアノに関しての質問のお答は、僕の公式サイト「ピアノプレイス」に書いていこうと決心し、精神的なことや、成功方法などを次回のメルマガに載せることにしまいました。このように、ちゃんと区分けをすることで、読者の皆様が迷子になってしまわないように、ということが重要だと気だ付いたのです。ピアノ修行もこれからが本格的になるわけだし、ピアノだけではなく、小さな成功を積み重ねて行くのもこれからです。
そんなことなので、第2号からは「こころのピアノレッスン」はサイト上で見て下さい。夢の実現の話や成功法などは、メルマガに書いていくことになりました。

懐かしいリスト音楽院

34036b78.gifなんだかんだ言って練習時間が取れない。まとまった時間が欲しい。それともこれは言い訳なのかな?留学中は毎日8時間は練習をしてたのに。今晩は先日買った「南京事件」を読んでゆっくり休もう。明日こそは時間を作るぞ。こういう日が重なると、リスト音楽院が懐かしくなってきてしまう。でも頑張るぞ。

テクニックとメカニックと師匠

caf5a5b6.GIF僕に来るメールで、いつも返信に困ってしまう事があります。指を速く動かしたり、オクターブを速く弾くことをテクニックだと勘違いされている方が大変多いのです。僕はみなさんに必ず、それは「メカニック」です、と答えています。綺麗に響かせる、弦楽器のように弾く、音の処理、フレーズとフレーズの間合、打鍵の速度を上げた時、弾き終わった指を戻す速度、etc...これら全てテクニックだと説明しています。あと、毎回決まった場所から練習をしない、
不得意な所を一番得意にする(ハンガリーの師匠ジュラ・キシュ先生の言葉)、練習曲以外では、どうすれば一番楽に弾けるかを考える、脱力、脱力と言うが、一回力を入れてみなければ、脱力感が解からない人には感じる事が出来ない、えーと、あと多い質問は、自分の先生がCDを聴いちゃいけない、と言うのですが、これに関して言える事は良い音楽を沢山聴いた人は巧くなっていく、という持論を持っているので、とにかく沢山聴くこと、と答えています。僕は何度か初演をやったが、音源が無い時の辛さは大変な事で、CDを聴いちゃいけない、なんて言う先生は初演をやったことがない証拠だ、と思います。僕が思うに、良い先生の条件は、必ず目の前で弾いてくれる先生は信用出来る、と言える。ハンガリーで師事したどの先生も、どんな曲を持っていっても、必ず弾いてくれた。あと、レッスン室では、こいう響きだけれども、ホールの場合は、こう弾く方が良いよ、って教えて下さった。これもテクニックの話ですよね。

減量

僕は正月を終わってみたら、99kgに増えていました。これはまずいと思い、1月11日から、野菜(もやし)とそうめんだけを食べていましたら、86kgまで落ちました。約1ヶ月で13kgを落とすことが出来ました。職業上、衣装が着れないとまずいので、あと6kgを減らさないといけない。最初の2週間は、とても辛かったですが、今は胃袋も小さくなって、ほとんど苦しくなくなって来ました。あと6kg、がんばるぞ!!
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Hirokazu Goto
僕は小学校の頃からの夢が叶って、ピアニスト、という職業をやっています。ピアノ以外にもいろいろと興味があり、いろんな方とお話しをすることが出来たら幸せです。
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