昨日メルマガの号外を配信しましたが、2011年とは一体何だったのか。
僕はこのブログを2年以上書くのをやめていた。
理由はそれなりあるが、個人的なこと、としか言えない。
何故、今ブログにアップしているのか。。
それは2012年に今年の気持ちを持って行きたくないからである。
失う、これはピアノを弾いている者は体感的に分かっている。
時間は確実に失う。
時間が大切なことは言うまでもないが、対価はある。
失うことに慣れていたはずの僕でも、
今年は失うものが多すぎる、いや、そんな簡単なことではない。
痛みを伴い過ぎた。
2011年。。
僕は忘れることはない。忘れてはいけない。
僕はこのブログを2年以上書くのをやめていた。
理由はそれなりあるが、個人的なこと、としか言えない。
何故、今ブログにアップしているのか。。
それは2012年に今年の気持ちを持って行きたくないからである。
失う、これはピアノを弾いている者は体感的に分かっている。
時間は確実に失う。
時間が大切なことは言うまでもないが、対価はある。
失うことに慣れていたはずの僕でも、
今年は失うものが多すぎる、いや、そんな簡単なことではない。
痛みを伴い過ぎた。
2011年。。
僕は忘れることはない。忘れてはいけない。

この夏は各地から僕のレッスンを受けに横浜に来ています。
元祖コーチングルータイスや脳機能学者苫米地英人先生たちが作ったプログラム、
記憶を許さないドナウ

三島由紀夫が書いた最後の小説。
そうだ、今日Amazonから本が来たんだ。
金曜日夜、蒲田の駐車場で倒れてしまった。

留学する前までは、断然フランスのピアニスト、サンソン・フランソワだった。しかし、今では、感動を与えてくれるアーティストだったら、誰でも好きになってしまう。結果は出ないが、個性が優先なのか、楽譜が優先なのかを、行ったり来たりしている。僕は作曲家ではないので、曲を自分流の解釈という名のもとで、変形させてしまう行為が、最近、傲慢のように思えて来た。かと言って、自分の弾き方に癖がないかというと、そんな事はないようだ・・・
今頃、こんなことを言っても仕方がないが、ピアノは持ち運びが出来ないという面では、本当に大変である。ホールのいくつかしか選択肢はないので、調律師の方が唯一の助けであります。音程だけではなく、鍵盤の戻りの鈍さを俊敏に変えてくれる人。ソフトペダルを微妙に調整してくれる人。この人達は僕のピアノ演奏の一部だと思っています。
僕がハンガリーを代表する作曲家、ベーラ・バルトークを知ったのは、日本の大学2年生だった。近代作曲家の曲を試験で弾かなければならなく、あれこれ聴いて探していたが、ピンと来る曲が見つからず、困っていたところ、大学のオーディオ室でなにげなく手に取ったレコード、このレコードが僕の運命を変えてしまった。ミシェロ・ベロフが弾いたバルトークのソナタ。初めて聴いた曲なのに、電気が体に走ったのを今も覚えている。結局、試験では、バルトークのソナタの1楽章を弾くことになった。試験会場にハンガリー人のピアニスト、当時客員教授をしていた、ジュラ・キシュがいることを知り、緊張感は倍に膨れ上った。のちにハンガリーに行き、バルトークを学ぶ事になった時、

