皆様ご無沙汰しております。

実は12月28日は32回目の誕生日でした。
大人の階段を上っていることにようやく気づきだしました。
去年の今頃何をしてたかと振り返ってみると、31歳ということでサーティワンアイスクリームで一人でバースデーアイスクリームケーキを買っていたんですね。なんてお子様な。今年はそんなことはしておりません。
ここをご覧のみなさまには非常につまらないとは思いますが、そういうことは一切せず過ぎていきました。まぁ元々、この時期に誕生日だと、クリスマスと誕生日と正月を一緒にされてしまっていたのでいいんです。

ということで、32歳のピアノララバイは先を見据えて行動するようにしたいなと思います。大人ですから。

32歳のピアノララバイをよろしくお願いいたします。

あ、全然関係のないお話をさせていただきます。M-1、やっとチェックし終えました。私の大好きな笑い飯が悲願の優勝ということでした。おめでとうございます。
正直、ファンとしてもちょっと渋い優勝だったなぁと感じてしまいました。小銭の神様で行ったのか。。。スリムクラブは反則とか漫才ではないとは言われてますが、あの間は絶妙でした。
笑い飯が好きなのはWボケだとかそういうのではなく、僕の中ですごくつぼなのです。さらに、インタビューとかテレビなどのフリートークでのネタ作りの話などで語られる話が、妙にララバイブラザーズで曲作り、演奏しているところ妙にリンクしてしまうのです。

M-1という番組を通してテレビというメディアはクリエータにとって本当に非情だなと感じてしまうのです。
だってM-1でやったネタ、もうテレビはおろか、劇場でもできないでしょう。お客さんはストーリー知っているし、どれだけアレンジして練習しても、M-1の印象がまとわりついてなかなか使えないでしょう。M-1の決勝に出た漫才師さんは、夢を託しながら、自分たちが作り上げたネタという作品、それも自信作を消費され使い捨てされているように見えてしまうんです。劇場や単独ライブで披露するのであればアレンジしたりして使い回ししたとしてもお客さんに満足してもらえるとは思います。同じネタをしたとしても日によってアドリブ入れたり、パターンを変えたりと表現の部分で面白さが変わる楽しみがあるはずなのです。テレビはそのような楽しみ方を消してしまうんだなと再認識しました。
そういう風に考えるとM-1に笑い飯は「奈良県立歴史民俗博物館」や「鳥人」を含め14本も作品を提供し、消費してしまっているのです。これがどんなにすごいことか。

下記、間違っていたらすいません。
漫才師さんって劇場で1本ずつネタを演じられますよね?
下っ端ミュージシャンは1ステージ40分程度、6曲くらい演奏するのですが、この想定で単純換算すると、つまりM-1の決勝で一つネタを見せることでミュージシャンでいう6曲を永遠にどこにも演奏できない曲にしてしまっているイメージなのです。笑い飯はこの9年間でM-1で14作披露しているので、これ上記の単純換算するとミュージシャンでいうと84曲、作詞作曲しては捨ててしまっているのに等しいのです。例えば1年に1回アルバムを出している人でさえも1アルバム10曲入りとして、約8割はライブで演奏できない曲になるのです。こういう風に考えていくとあまりにも非情です。ララバイブラザーズのリリースペースだと、、、生き残れませんね。

テレビというメディアでみてしまうと、もうすべて分かった気になって知ったかぶってしまうのが問題なのですね。

作品を本当に触れるためには、お笑いも音楽もライブが一番です。