Lover’s knot

手術終了の予定時間はとっくに過ぎていた。



昼間、別の主治医が来て

輸血の承諾書を書くように言われた。



輸血?

心なしか焦っているようにも見えた。

愛する夫だとしたら

何があったのか問い詰めたかもしれないが

別に手術が成功しようがどちらでもいいので

書けと言われれば書きます、という

それだけでしかないので

言われるがまま署名した。






その後、数時間経ち

看護師が手術の終了を告げに来た。





待合室に執刀医が来て

手術は成功したと言った。





「ありがとうございます」

と夫のために頭を下げている自分を笑った。






そして執刀医は最後に言った。

「(この病気で)死ぬことはもうありません」






そう言われても、何とも思わなかった。

「よかった」とも「ほっとした」とも感じない。






あの人をもう愛していないんだと改めて思った。






看護師が来て、

あと5分で手術室に向かうと告げられた。




「念のためご関係をお伺いしてよろしいでしょうか。」

看護師が言った。




「…妻です。」

と、複雑な思いで答える。





いま最も答えたくない質問であり、

残酷な質問だ。



自ら言わなければならないうえに、

この人の妻なのだと思い知らされる。






看護師さんが車イスを押してくれた


手術室の前でふと止まる





「最後のご挨拶をどうぞ」

と言わんばかりに

夫と私の顔を見た







「頑張ってきて」



そう声をかけた

ほかに言葉が見つからない





看護師さんがいなかったら

もっと違うことを言ったかもしれないけど






夫は小さく頷き握手を求めてきた


それに応じ

夫に触れたのは随分久しぶりだとぼんやり思った




「では行ってきます」

と看護師さんが言い

車イスを動かした




ゆっくりと手術室のドアが閉まっていく




それを見送ると

なぜか涙が溢れた







予定時間は8時間


長い一日が始まった







手術は数時間に及ぶという。




ひと通りの検査を受け

明日、緊急手術をすることに決まった。



本人は緊張しているようだったが、

私はなんとも思わなかった。



心配もしていない。







手術の内容はごく一般に行われるものと同様で、

成功率も99%を超えるとの医師からの説明を聞き、

安心しきっていた。







手術当日、

付き添いのため朝早くから病院へ向かった。




ハンドルを握りながら、

これまでの事が脳裏をよぎる。



やはり思い出すのは

幸せだったときのことではなく、

浮気が発覚してからのことだった。






当時、私の何がいけなかったのかと

問い質したこともあった。




夫は、

「お前が悪いわけじゃない」

と言った。






だから尚更納得できない。


それほど相手に惹かれたということか。


きっと同じ会社の若い娘だろう。


同じ部署だったのだろう。


よくある話だ。


付き添いだって、そのお相手に頼めばいいのに。


きっとそのコは心配してるでしょうから。









そんな考えを巡らせていると涙が溢れた。



なぜこんなことになってしまったのか。

誠実だけが取り柄のような人だったのに。





私が人一倍嫉妬深いと知っていながら、

どうしてなのか。


何度も何度も心の中で叫んだ。






だけど、何度もそう叫んでも


もうあの頃のようには戻れない。






このページのトップヘ