2006年07月01日

太陽がジリジリと照り暑い日が続く今日この頃。緒埜さくらはひとり裏庭で自分の花壇に水をやっていた。

麦わら帽子がよく似合う赤いチェックのワンピースをひらりとひるがえし器用に編まれた三つ編み髪がぴょこぴょこと跳ねている。

愛らしい姿にわたしは惹かれるようにして近寄っていった。

「あっ、みゃあちゃん!」

わたしの姿を捉えるとジョーロをその場において駆け足で寄ってきた。

生温い風が吹きワンピースと髪が大きく揺れる。それと同時に麦わら帽子が宙に浮いた。ひらりひらり、ゆっくりと舞う。「あっ」と短い声が聞こえる。わたしは駆けてゆき取ってやろうと思ったら、大きな影がそれを阻んだ。

「はい、気をつけなさいよ」

女性にしては低い声色。でもどこか温かみの優しい声。

「ありがとうっ」

満面の笑みを浮かべるさくらにニッコリと柔らかい笑顔を向けた。

 

迎井綺乃の笑顔を見るのは久しぶりだった。



(12:07)

2005年12月26日

空では星が賑やかに祝いの歌を合唱して三日月が優しく微笑んでいた。

弩哲太が部屋からでてくる。2階の外廊下の手すりごしには先客がいた。

「やあ颯眞君、こんばんわ」

「うわッ、弩…」

「ひとりで何やってたんです?悲しいですねいい歳した男がひとりぼっちのクリスマスだなんて。たしか去年もひとりだったでしょう可哀相に」

「うるせえな良いんだよ俺はそんなイベントなんて知らねぇ。てかお前もひとりぢゃねぇーか!」

「俺ン家は根っからの仏教徒ですから」

颯眞は疲れたようにあっそうと言って空を見上げた。ツリーの飾りのようにキラキラ輝く空がまぶしかった。ここで鈴の音なんて聞こえてきたらどんなに素敵なことだろう。風が冷たくなってきた。ああもう冬なんだと実感させる。

「そこの御二人!」

下の階から聞き覚えのある声が聞こえて目線をずらすと、管理人がいっぱいにつまったコンビニ袋を両手に持って立っていた。

「これから一杯どうです?」

「クリスマスパーティーってやつですか、是非是非ご一緒させて下さい」

「俺も行きますー…ってお前未成年だろ!しかも根っからの仏教徒ぢゃなかったのか!」

「今宵は良い月ですねー」

「オイ無視かよ!」



(12:50)

2005年10月21日

開け放たれた窓からカーテンをスルリと通り抜けて部屋に入ると鼻に古本特有の埃のにおいがした。

また買い込んできたな。

静かに床に下りる。すぐ前には古びた木製椅子に胡坐で座り大きな本を抱えて読み込む裏菊永志の姿。床には散らばった本の数々。山になって積まれているものもあればページを開いたままのものもあり。

椅子の足をカリカリと爪で引っかくと裏菊はわたしに気づき微笑んだ。

「お久しぶりだね、ミケ」

裏菊はわたしのことをミケと呼ぶ。どうみても黒猫のわたしをミケと呼ぶのだ。大変変わった奴だ。

「元気にしてた?たんとご飯は食べてるかい?」

みゃぁ、と頷くように鳴くと再び微笑んで「そうか、それは良かった」とだけ言うとすぐさま本に目をうつしていった。

わたしは何か物足りなさを感じながら部屋を出て行った。



(17:40)

2005年09月30日

6・7号室は空き部屋。飛んで8号室には瀬戸颯眞(せとそうま)という青年が住んでいる。

瀬戸が一番端の8号室に住んでいるのには理由がある。それは防音のためだ。ミュージシャンになろうとド田舎から上京してきてコーポ・パイライトに住むことになったは良いが、ギターのベース音がうるさすぎて端の部屋行きになったのだ。6・7号室に住人はいないため瀬戸の部屋は孤独と化している。それでも独りのほうが音楽を作りやすいと言って開き直り音楽活動に日々燃えている。

今年で21歳になるそうだが容姿は幼く見える。背なんて弩と比べると頭ひとつ分ぐらい違う。それでも弩のほうが年下なので瀬戸をからかう光景は笑えたりする。

瀬戸は大好きな音楽で一生食っていくという純粋で大きな夢を持った可愛い男だ。



(14:27)

5号室に住んでいるのは弩哲太(いしゆみてつた)という青年。

黒髪黒瞳の純和風な美青年だ。スラリと伸びた白い手足に肉付きのない身体は一見病人のようにも見える。19歳で大学2年生。歳相応な容姿。

弩には尋常と思えるほどの霊力がある。生まれながらの霊感体質らしい。それを生かして霊媒師のバイトをしていると言っていた。かなり儲かるらしく学費も家賃も生活費も全て自分でまかなっているそうだ。除霊なんて簡単ですよ、と爽やかに笑って言ってみせるから少々あなどれない。



(14:12)

四号室には迎井綺乃(むかいあやの)という女が住んでいる。

緩いパーマがかった長い栗色の髪で顔は小さく切れ長の瞳をもち雪のように白い肌の彼女は20代半ばだろう思われる。年齢は本人のみ誰も知らない。

今時の服を着て綺麗に化粧をしているのは仕事へ出かけるときだけだ。迎井綺乃は副都心の高級クラブでホステスをしている。人気ナンバー2だそうだ。一般的に容姿端麗スタイル抜群で誰もが美人だと認めるだろうが、仕事以外となるとまったくの別人になるのを住人とわたしは知っている。嫌な女という訳ではないがギャップがありすぎてあまりにも違いすぎて少々驚く。

ホステスと聞いて受ける嫌な印象がまったくない人なのだ。それは後々接していれば分るだろう。



(13:50)

2005年08月06日

管理人室から三号室までの渡り外廊下を通り過ぎて奥へ行くと錆びかかった古い鉄階段がある。一歩踏むたびにキシキシと嫌な音をたてて上っていくと、そこは2階である。

2階には四号室から八号室までの五部屋がある。しかし住んでいるのは四号室と五号室と八号室の3つ。残りの二部屋は空き家だ。

2階のロフトから見る朝焼け夕焼けの景色は美しい。けれど屋根上から見る景色のほうが格別に美しい。しかしそこは私の秘密の場所なので住人たちには秘密にしておいてくれ。



(18:20)

2005年07月28日

三号室には和原幸枝(わはらさちえ)という女が住んでいる。ボサっとした長い黒髪に青白い肌のまるで幽霊のような女だ。着ている服も黒が多いため一年中葬式のよう。きっと素は綺麗な大和撫子なのだろうが自分の見栄えに興味がないらしく変わろうとはしていない。

和原幸枝はとてつもなく不幸な女だ。不幸話を聞き出せば人生のほとんどが不幸で始まり不幸で終わるモノしかない。それも見た目のせいで不幸を呼び集めているのか体質の問題なのか判らないが半端ではない不幸女だ。疫病神か何かがとりついているのかも知れない。あれは本気で御祓いをしたほうが良いとみる。

彼女の趣味はガーデニングだ。ベランダにいくつもの植物があるが枯れ果てたモノもあれば奇妙な花もある。どこで手に入れたのかは不明だが私の知らないモノばかりで楽しかったりもする。毎朝毎夜ベランダに出ては植物と話をしている。アパートの住人たちを話すのは嫌がるクセに植物とは楽しそうに喋るのだ。大変変わった人間もいたものだ。

そして彼女の趣味はもうひとつある。これはきっと私と彼女の植物達しか知らないだろうが貴方には特別に教えてあげよう。それは『魔術』だ。ファンタジー小説なので出てくるあの魔女や魔術師が使う『魔術』というモノに興味があるらしく、分厚い古びた本をいつも持ち歩いては真剣に読んで学んでいるようだ。部屋にもそれらしい術書や杖や魔方陣となるものまであった。このあいだ部屋を覗いたときは壷に何かを混ぜ合わせてグツグツと煮込んでいたのを見てしまった。あれは一体なんだったのだろうか。

和原幸枝のやっていることには謎が多いので私はこれからも彼女の部屋に出向いて謎を解明していきたいと思う。



(09:55)

2005年06月09日

二号室には水波虎健(みなみとらやす)という男が住んでいる。18歳でフリーターのどこにでもいそうな男なのだが、水波には普通だと言いがたい趣味がある。

それは女装だ。奴は自分のことを女だと思っている。

夜は隣駅のバーで働いているらしい。勿論男だということを隠して。

奴はいつでも女装をしているので素の姿を見たことがない。コーポ・パイライトの住人ですら見たことがないらしい。しかし女装の姿があまりにも似合っているので住人たちは深くまで知ろうとは思わないようだ。

奴は自分のことを「ミーコ」と呼ぶ。「虎健」という名前が気に喰わないらしい。本名を口にすると怒るほどに。住人のうちでも本名を知らない者もいるだろう。「ミーコ」とは「虎健」の「虎」から「猫」にかわって「ミーコ」になったそうだ。知的レベルの低い考えだ。

しかし私はミーコが嫌いではない。けれど必要以上に撫でられるのは好きではない。


(21:56)

2005年05月15日

一号室は管理人室の次に広い部屋だ。何畳とまでは知らないが他の部屋に比べると広いし綺麗。

住んでいるのは2人の親子、尾野優平と尾野さくら。尾野優平は20代後半な顔立ちで優しくおっとりしているが娘のさくらのことになると世界一の親馬鹿になる。さくらは可愛らしい子でコーポ・パイライトの住民に誰よりも好かれている。わたしともちょくちょく遊んでくれる良い子だ。

さくらには母親がいないらしい。尾野優平には妻がいないということ。そこらへんの事情はよく知らないが2人とも幸せそうなのでどうこう言う問題ではないようだ。


(12:46)

2005年05月04日

管理人は裏菊永志(うらぎくえいし)という男。

20代後半の風貌だが何時も深く帽子を被っているので素顔を見ることは滅多にない。

日中はコーポ・パイライトの管理人をしているが夜になるとどこかへ出かけている様子。行き先は知らない。

奴の部屋は本が散乱している。管理人を務めているときの大半が読書で占められているぐらいだ。日中たまに出かけていると思えばどっさり本を抱え込んで帰ってくる。そのせいか度々眼鏡をかける姿を見る。

見ている限りで愛想がよく人柄は良いが相手の領域に踏み込むようなことはしない奴。人と親しく関わるのが嫌なのかもしれない。まぁわたしにとってはどうでもいいことだが。

とにかく裏菊永志は謎が多い男だ。


(07:47)

2005年05月01日

小さな家や店や路地が入り混じったごちゃごちゃした下町のおんぼろアパート、コーポ・パイライト。

部屋は全部で8部屋。といっても住める状態なのはうち6部屋。

管理人は不思議な男。住民も不思議な人たち。

そう此処は不思議と可笑しで成り立つ世界。

今日も非日常がコーポ・パイライトでおこっていますよ。


(08:21)