2019年05月03日
[55] 砂糖の消費量は減っている (19/5/3)
砂糖(化学的にはショ糖)は、我々の食生活に深く入り込んでいます。
最近では、その功罪もいろいろと取り沙汰されていますが、
必ずしもどれが正しいのか良く分からない説も散見されます。
そんななかで、昨今の
●食生活の変化で伝統的な和食が失われつつあること
●菓子やファーストフードなどが増えてきていること
●欧米型の肥満が増えていること
などを以って、「砂糖の消費が拡大している!」と声高に謳う論調も
見受けられたりしますが、はたして、砂糖の消費は、本当に拡大して
いるのでしょうか。
農林水産省のデータ
砂糖の消費は拡大しているのか、縮小しているのか、は、実に簡単に
調べることができます。
農林水産省は毎年度(砂糖年度:当年10月から翌9月を年度とする)で
砂糖と異性化糖の需給見通しを出しており、その中に、これまでの
需給の推移を数値でレポートしています。
平成30砂糖年度における砂糖及び異性化糖の需給見通し
これを見れば、もう一発で分かります。
結論から言うと、砂糖の需要量はこのレポートで統計されている
1975年度以降40年以上、減り続けているのです。
(後述のように実際は1972年以降48年間減少傾向)
勿論、この期間、人口も増えていますので、1人あたりの砂糖消費量で見ても、
40年以上減り続けており、1975年度で1人当たり年間25kg強であった
砂糖の消費量は2018年度には1人あたり15kg強と、4割近くも減少しています。
実際、農林水産省のレポートには、1人あたりの砂糖消費量について
もうちょっと長期間の推移がグラフ化されており、それによると、
1人あたりの砂糖消費量が最も多かったのは1972年度ごろ。
そこまで順調に増えていた砂糖の消費量は、1972年度ごろに1人あたり
年間30kg程度だったものが、そこを境に減少しています。
戦前まで含めて見てみると、これは農林水産省のレポートではなく、
インターネット検索により得られる1人あたりの砂糖消費量の推移ですが、
1945年頃の戦時中~終戦のころに異常に激減しているのは戦争時という
特殊な事情としても、戦前の最大値である1人あたり16kg(1939年)は、
2018年度と大して変わらないくらい消費していたことが分かります。
さらに、戦争中に激減していた砂糖の消費量は、戦後、国民の生活が安定、向上してくると、戦前レベルに徐々に近づき、さらに高度経済成長とあいまって、1972年ごろの28kgのレベルに、一気に倍増するのです。
さて、この時代はまだ日本の食は、まだそれほど欧米化していなかったはず。家庭料理も、いわゆる伝統的な家庭料理(煮物であったり、焼き魚とか)で洋食的なものもそれほど多くないでしょう。ファーストフードにあっては日本に1号店ができたのが1971年ですから、そのような食が増えたことによるというわけでもなさそうです。
こうして見てみると、
●戦前でも現在と同レベルの砂糖消費量
●戦後~1970年頃にかけて砂糖の消費量が急増
●1972年頃に急にトレンドが変化し減少に転じる
ということが見えてきます。
和食と砂糖
戦争中を除き、戦前および戦後において砂糖の消費量が多いのには、
和食と関係があるとも言われています。和食というより、日本の伝統的
一般的な家庭料理と言った方がいいかも知れません。
私は自分で料理をしない(できない)ので、詳しい肌感覚では分かりませんが、
実は和食というのは、特に煮物などにおいて、海外の食に比べて
かなり多くの砂糖を使用すると言われています。確かに、肉じゃがにしろ
魚の煮つけにしろ、トロッとするレベルまでかなり「どさっ」と砂糖を
投入して溶かしていくのではないでしょうか。
冒頭に書いたように、伝統的な日本の食が失われて食が欧米化している、
というところ(これは事実)と、砂糖の消費が増えている(錯覚に基づく誤解)が
相まって、砂糖の消費を抑えるために日本食に回帰しよう、と考える向きも
あるようですが、単純に家庭料理における砂糖の消費量で考えると、
日本食(伝統的な家庭料理)に回帰すればするほど、砂糖の消費量は
増えてしまう可能性もなきにしもあらずです。
ただ、それでも、ピークだった1970年頃の砂糖の消費量までに
到達するかどうかは何とも言えませんが、少なくとも、砂糖の消費量が
現在よりも40%以上多かった時代に、現在問題にされているような
砂糖の弊害や欧米型肥満が問題視されていたかどうか?というところは
良く検証する必要はありそうです。
異性化糖
1970年頃に砂糖の消費量が極大であった事実はさておき、なぜ、急に
それを境に砂糖の消費量がカクっと減っていくのか、その時に何か事情が
あるのか、というのは気になるところと思います。
勿論、そのころファーストフードの1号店ができる、などの社会的な変化は
あったとしても、普通に考えれば「徐々に」変化するであろうところ、
急にカクっと減少に転じるには理由がありそうです。
それは、異性化糖の出現です。
異性化糖とは、よく聞く名称では「果糖ブドウ糖液糖」と呼ばれるものです。
砂糖を原料とし、酸やアルカリで処理しています。
このように書くと、なんか、砂糖よりももっと悪いもののように感じるかも
知れませんが、そんなに恐れる必要のあるものではありません。
実際に行われている化学変化は、砂糖(スクロース、sucrose)を分解して
果糖(フルクトース、fructose)とブドウ糖(グルコース、glucose)に
しているだけです。
そもそも砂糖(スクロース)は二糖類で、もともと果糖とブドウ糖が結合した
分子構造を持っています。単に、その間の架橋を分断し、果糖とブドウ糖に
分けているわけです。
で、なぜ分ける必要があるかというと、砂糖1分子で感じる甘さよりも、
果糖1分子+ブドウ糖1分子で感じる甘さのほうが大きいからです。
これを甘味度といって、同じ糖類でも糖の種類によって感じる甘みの強さは
大小あり、砂糖の甘みを100とすると、ブドウ糖は70程度、果糖は170程度と
違いがあります。
(ただし果糖は40℃以下で砂糖より甘くなるので低温食品で使われる)
この処理を転化といいます。
さらに、60℃程度で酵素(グルコースイソメラーゼ)を用いて、ブドウ糖の一部を
果糖に変化させます。ブドウ糖と果糖は互いに異性体ですので、ブドウ糖を果糖に
変化させるこの処理を異性化といいます。(だから異性化糖という)
このようにして作られたものは、砂糖1分子よりも、これを果糖とブドウ糖に
分けて、さらにブドウ糖を果糖に変えた方が、同じ重量で甘みが強いことが
すぐ分かるでしょう。
言い換えると、少ない糖の量で同じだけの甘さを実現することができるわけです。
さらに、砂糖を分解して果糖とブドウ糖にする働きは、砂糖のまま摂取しても
人間の小腸で消化酵素スクラーゼにより果糖とブドウ糖に分解(消化)されて
吸収されるわけですから、先に果糖とブドウ糖にしても、砂糖として摂取して
果糖とブドウ糖にして吸収されても、体にとって大きな違いはありません。
(体に対する良さも悪さも同程度、という意味)
(よく、砂糖に含まれて消化で生じる果糖(フルクトース)が体に悪い、中毒性がある、
と言う意見がありますが、果糖はその名の通り、果物に多く含まれています。
果物をそのまま食べると果糖が悪さするんでしょうか。
また、ブドウ糖(グルコース)でさえ、体の中でグルコース-6-リン酸を経由して
フルクトース-6-リン酸になってピルビン酸への代謝ルートに入るわけで、
グルコースを食べてもフルクトースを食べても結局フルクトース-6-リン酸になることを
考えれば、果糖だけ悪者にするのはどうなんでしょうか)
このような形で異性化糖が1970年代に生まれたことで、砂糖としての需給から、
一部が異性化糖としての需給に変化してきたことが予想されます
砂糖と異性化糖の合計で見る
だとすると、砂糖の消費量が1970年頃から減ったとしても、異性化糖の
消費量を見ないとダメじゃないか、という意見が聞かれると思います。
実際そこを見ないとダメで、砂糖の消費量が増えている、と言う人に
砂糖の消費量は40年間減っているんですよ、と言うと、今度は
「果糖ブドウ糖液糖」の話を持ち出してきます。
というわけで、同じく農林水産省のレポートにある異性化糖の需給を
見てみましょう。先ほど掲げたグラフに、そのまま異性化糖の分を
積み上げてみます。
どうでしょうか。確かに、砂糖の需要量としては1975年以降下がっていたものが、
異性化糖を積み上げると総需要量は増加し、1990年に極大を迎えていました。
しかし、さらに見ると、砂糖と異性化糖の総需要量は、1990年をピークに
減少に転じ、2018年まで継続的に減少しているのです。
つまり、砂糖の消費が減ったのは異性化糖におきかわったのだ、とも言い難い。
砂糖と異性化糖の合計でも、減っているのです。
勿論、1人あたりの年間消費量でも、減っています。
砂糖と異性化糖の割合では、異性化糖のほうが若干増えてはいるものの、
総量として1人あたりの消費量は減り続けているのだ、というところは
データの事実として押さえておきたいところです。
砂糖の用途別動向
さて、砂糖の消費量は減っていることを示してきましたが、砂糖の用途として、
全体的に減少しているのか、特定の分野では増えていたりするのか、という
ところを見てみましょう。つまり、家庭料理としての砂糖の消費は減っても、
菓子や清涼飲料水での砂糖の消費が増えているかも知れないのです。
これも、ここ10年程度のデータではありますが、農林水産省のレポートに
表があります。
これによれば、菓子類・清涼飲料・家庭用・パン類・小口業務用・
漬物佃煮練製品等・乳製品・調味料・缶詰ジャム等・酒類・冷菓・冷凍食品・
医薬品・その他の分類で平成19年度(2007年度)と平成28年度(2016年度)を
比べると、
●一番大きく減少しているのは家庭用消費量
●どの分類も基本的には減少傾向
●増加したのは調味料・酒類・冷凍食品であるが、元々多くない上に微増
という傾向で、特段、どれかの分類では増えている、ということはなさそうです。
菓子類や清涼飲料においても、砂糖の消費は減っています。
ただしこれらは果糖ブドウ糖液糖が使われるようになっていると見た方が良く、
実際、「異性化糖の用途別販売数量」では清涼飲料は明らかに増えているので、
砂糖と異性化糖の合計で見た場合、清涼飲料向けは「増加」しています。
このように見てくると、「何となくの感覚的なイメージ先行で」砂糖の消費量が
増加しているのではないか、と思考することは正しくないことが見えてきます。
正しくないどころか、きちんと公表されているデータを見れば(そのデータが
恣意的でなく正しいという前提ですが)、イメージと異なった事実が見えてくる
という一例かと思います。
以前、知り合いで、討論・弁論などを得意とする人物が、よく調べもしないで
「砂糖の消費量増加中!」など題する文章をインターネットに載せていた
のですが、ちょうど自分も砂糖の消費量について調べていたところでしたので、
上記のようなデータを揃えて直ちに説明したところ、私をブロックしたうえで
当該記事をすぐさま削除し、さらに砂糖でなく果糖ブドウ糖液糖の話に替えて
再掲載してきました。
が、既に述べたように、「砂糖と果糖ブドウ糖液糖を足しても」消費量は
ずーっと減ってきている、という事実は、インターネットで1分も調べれば
すぐに分かること、より詳しい情報も、つぶさに調査すれば見えてくることだと
思いますが、それをせずに文章を書いてしまうのが、討論や弁論を得意とする
人だったことがとても残念でした。
なお、砂糖や砂糖に由来する異性化糖、その他糖類とは別に、甘味料としては
非糖の人工甘味料についても触れるべきですが、農林水産省のレポートでは
人工甘味料は「輸入量」しかデータがありません。甘味料全体で増減を
論じるにはこのデータも含めて論じるべきですが、「砂糖の消費量」に関して
考える場合にはサイドデータとして糖類(特に果糖ブドウ糖液糖)まで
含めたデータでの増減が基本データとなると思います。
---pierres blanches.