この俺が、痔...!?: 外資系ブランドマネージャーが語る 痔闘病記

【ご連絡】書籍が発売となりました 前途洋洋と思われた外資系ブランドマネージャーを襲う病魔。 海外を飛び回る私に、二度、三度と姿を現す痔瘻。 マーケティングを生業とする私が、高度なマーケティングを駆使する必要なく繰り広げられた、痔の闘病記である。 *ちなみに、私の痔は、痔瘻(痔ろう)と読みます。

書籍が発売となりました。 購入される方は、 こちらへ。
http://blog.livedoor.jp/pilestory/archives/46181947.html

初めての方は、第一部から読んでいただいたほうがお勧めです。
●第一部(神戸・梅田編)を最初から読む場合
http://blog.livedoor.jp/pilestory/archives/1802137.html
●第二部(シンガポール編)を最初から読む場合
http://blog.livedoor.jp/pilestory/archives/7642890.html
全部で一時間くらいで読めます。

◎前回までのあらすじ
卓越したコミュニケーション能力を活かして、チャイナタウンでの痔ろう(肛門周囲膿瘍)の切除を見事に成し遂げた俺。 いよいよ完治は目前と迫っている。
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2011年5月、週末に切除処置を終えた俺は、オフィスに輝かしい帰還を果たした。
月曜日の朝に、俺は病院を紹介してくれた加納さん(仮名)をハドルルームに呼び、詳細をアップデートした。
中国語を話す医者のこと、肛門の写真をたくさんとられたこと、1200ドル払ったこと。
「おぉ、ほんまにいったんかぁ。 気になってん、あの病院。 お前くらいしか痔のやつ知らんからなぁ。 ほんまよかったなぁ。」
怪しげな肛門科への好奇心が満たされた加納さんの表情は、プライシング、ディストリビューションストラテジーを俺と話す時よりも嬉々としており、まるで地上に舞い降りた堕天使のようであった。

人間がコンピュータと違う点は、忘れるというスキルを持っているということである。
人は過去を美しいものへと変え、忌まわしい出来事は忘却の彼方に放つ。
俺の痔再発も、その例外ではなかった。

5月、6月はオフィスのホワイトボードというホワイトボードを使って、痔の解説を会社の同僚にしていた俺だが、一通りみんなに話し終わってからは次第に話題に上ることも少なくなっていた。 普段の俺たちは、ブランディングエキスパート。 ホワイトボードに上に書かれる内容も、肛門の図解から、広告のコピーボード、プロフィットフォーキャストなどへと置き換わっていった。 もはや、痔の名残は、俺の肛門に朝と夜に押し込まれる、スキンケア用のコットンくらいなものだった。(切開したため、出血はわずかながら続いていた)

そして、社外では、俺はビュティーケアの外資系ブランドマネージャーとして通っている。痔であることは極秘だったので、社外ではその時、誰も知らなかった。

そんな冷静な日々を取り戻しつつあった7月に、小さな事件は起きた。
シンガポールの恵比寿と言われる、Robertson Walkで食事をとり、家の方向が同じ後輩の石田くん(仮名・男性)と俺はタクシーを待っていた。その5メートル先に、シンガポールの社外の友達、杉下さん(仮名・女性)を俺は目にする。 自然と三人で一緒に乗りあって帰ることになった。
石田くんと杉下さんは初対面。 
シンガポールの夜は涼しい。 俺は窓から入る風に髪をなびかせながら二人の自己紹介の会話を微笑ましく聞いていた。
石田くん 「はじめまして。えっと、僕は石田って言います。」
杉下さん 「今日はタクシーありがとうございます。杉下です。私、タンジョンパガーなのにすいません。」
石田くん 「いえいえ。」
杉下さん 「お二人は先輩、後輩の関係なんですか?」
石田くん 「はい。 ところで、杉下さん、先輩って、痔なんですよ。知ってましたか?」
杉木さん 「え、、、」

い、石田! ちょ、ちょっと、おまえ!

石田くん 「あ、知らなかったんですか? 先輩、4月に痔が再発して、今お尻から血を流して生活してるんですよ。」
杉木さん 「、、、そうなんですね。」

ブランドエクイティーは育てるのに時間はかかるが、一瞬で破壊することもできることを俺はこの時学んだという。
読者のみんなも、パーソナルブランディングをするときには留意してほしい。

<数日後>
杉下さんは、俺に人間の善意というものが、海よりも深いことを教えてくれた。
数日後から、俺の携帯のSMSに、彼女からのメールがたびたび入ってきたのだ。
「自転車レース出るって言ってたけど、サドルの摩擦でお尻ちぎれちゃわないかな。心配だよ。」
「スキューバダイビング行くって言ってたけど、水圧で肛門はじけちゃわないかな。心配だよ。」
「飛行機で移動するって言ってたけど、気圧で痔ろうが爆発しちゃわないかな。心配だよ。」

おそらく本当に俺を心配してくれている彼女のメールを読みながら、しかし、俺は大事なことを思い出していた。
そう、肛門周囲膿瘍は終わりのはじまり。腸から体外までを貫く、痔管は体内に残っているはずなのだ。(参照:第12話 尻にピアス
痔ろうは放置すると、体内で管が広がり、アリの巣のように分化していく。 
迷ったらGO。善は急げ。
俺は、再度、検査をすることにした。

前回の教訓から、今度は日本語が通じる病院に俺は行きたかった。 シンガポールの日本人がよく使っているという、森病院に俺は検査を申し込む。
依頼した検査内容は、「人間ドック」。健康に気を使ってるんですよ~、と見せながら、さらりと肛門の検査に持ち込む高度なストラテジーだ。

身長、体重から始まり、視力、聴力、バリウム、エコーなどの検査が進む。異常はなにもない。
しかし重要なのはそこではない。フォーカスは肛門なのだから。

ついに問診まで来てしまった。医者が俺に現時点での結果を伝える。
先生 「はい、今日はお疲れ様でした。健康そのものですね。今の時点で、何も問題なさそうです。」
ま、まずい! このままでは終わってしまう
先生 「何もなければ、今日は終わりにして、詳細な結果を後日送りますね。 何かありますか?」
すごいある! 今、言わなければ。 
俺 「あ、あの、先生。」
先生 「はい?」
外資系はコンクリュージョンファーストだ!
俺 「ぼ、ぼくの、肛門も見てください」

空いている肛門があったら、入りたい。そんな心境だった。

先生は極めて真面目な顔をし、俺から今までの経緯を聞き出す。俺は2009年の一回目の手術のこと、2011年に再び肛門周囲膿瘍と思われるものを切除したこと、などを伝えた。 先生は奥の部屋に入ると、シンガポール人の先生と看護婦数名を連れて帰ってきた。
先生 「この先生は、我々の病院の中で一番肛門・大腸に詳しい先生です。」
俺 「ナイスですね。」
muranishi

俺は森病院の幅広いキャパシティーに感嘆の声を上げる。

シンガポール人の先生は俺にベッドの上に横になるように告げる。
何度この風景を見ただろうか。 読者の皆さんにはお馴染みのシチュエーションだろう。
俺は痔の世界のデフォルトスタンダードと呼ばれる、くの字型の姿勢を取った。
看護婦に見られながら、俺の肛門の中に、シンガポール人の先生の指が侵入してくる。
痔管は体内にあるために、触診で確かめるのがベスト。 
勝負は常に真剣勝負。 Play to win, Anal to winだ。 俺は歯を食いしばって、恥辱と痛みを我慢した。

数分の触診が終わり、先生の指が離れ、俺はベッドから一歩ずつ足を下す。
シンガポール人の先生は、日本語でのコミュニケーションも可能だった。
そんな彼は、少しの間の後、俺に向かって口を開いた。
「はい、終わりました。大丈夫です。治っていますよ。」
え?治ってる? 信じられない俺はすぐにクラリフィケーションをする。
俺 「でもこのまえ、膿瘍を切除したので、痔管が残っていると思うんですが。」
先生 「触診しましたけど、痔管はないみたいですね。 痔ろうでも自然にふさがることもありますし。」

なんと。 そんなこともあるのか。
『あな切って、痔固まる』 。
古から伝わる諺の意味がやっと腑に落ちた瞬間だった。

<病院を出て>
人間ドックを受けた時には、すでに10月になっていた。
一年を通じて、25度を超えるシンガポールだが、10月は雨期に近づいているせいか、風が爽やかにも覚える。
いや、爽やかなのは、季節だけの問題だけではない。
俺の体から痔がなくなり、明日からなんにでもチャレンジできる気がする。
人の一生は、肛門に悩みを抱えて生きるには短すぎる。
4月の再発から半年。 2008年から三年。
痛みのある日もあった。 羞恥を覚える日もあった。
しかし、今なら言える、これも運命だって、てね。
そして、それを乗り越えることで俺は、1)チャレンジする勇気、2)人間の器と、3)肛門を、少しだけ大きくすることができたのだ。
そして、「痔の治療で休みます」と言ったら100%許してもらえる特権も同時に築かれていた。

「あな痔を閉じて、町へ出よう」
新たな決意が、自然と口からこぼれる。
シンガポールの夕方、涼しくなった外気が、俺の顔を撫でる。
俺は小気味よく、我が家のあるLavendarへと足を踏み出していた。

(シンガポール 痛恨の再発編 完結)

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◎あとがき
今週も痔ブログの訪問、ありがとうございます。
私は今、このブログをパリから東京の飛行機の中で書いています。 Over Nightフライトで痔ブログを書いており、CAの方が通るたびに、「ウインドウズ+D」のショートカットを駆使していました。
この記事が皆さんの目に入るときには、私は常磐線に乗りながら千葉の柏を目指していることでしょう。
今日から私は東京に住むことになり、その日に痔ブログも完結する、という記念すべき日になりました。
「君のあな痔が治ったから 痔ュライサード(July 3rd)は アナル記念日」
私は今、そんな心境です。

今回は最終話だったので、勝手にいつもよりもボリュームが多めにしてみました。いかがだったでしょうか?
当初、このブログを始めた目的の
●人々が、痔を恥ずかしがらすに、少しでも話しやすいような世の中にする。
●痔の情報を少しでも流通させて、わからないことからくる不安を減らす。
が、この半年で少しでも達成できていたら幸いです。
アクセスで40万、ユニークユーザーで10万弱訪問いただいたので、およそ柏市民の30%は読んでいただいたことがあるという規模感じでしょうか。(柏市民は30万強)

また、今後の出版に向けては、上記の目的を更に達成できるようなコンテンツを追加、加筆、修正を加えていきたいと思う次第です。
ブログで訪問くださった方にも再度読みたいと思っていただけるような内容にしながら、痔になりやすい女性の方、20-30代の肛門をおざなりにしがちなビジネスマン、病院関係者の方などにもリーチしていけたらベストですね。

この場を借りまして・・・
●最初にきっかけを作ってくださった鈴間さん&石田くん夫妻、友情出演、フィードバック、ソーシャルでのたくさんのシェアをしてくださった茂岡さん、大田さん、朝井さん、加納さん、南川さん、多良見さん、小田さん、岩指さん(一応全員仮名)をはじめとする会社の方々、みなさんありがとうございました。(というか、会社の方のシェアは本当にすごかったです)。
●そして、Twitter, Facebook, mixi, blogなどでシェアをしてくだったり、コメントをくださった方、シンガポールの皆さん(友情出演の杉下さん)、ありがとうございました。みなさんからの感想が書くモチベーションになっていました。また、最近は、「目白にいい病院あるよ」、「芦屋の病院いいよ」、という情報を勝手にいただけるようになりました。時間作って、ぜひ開拓してきたいと思います。

最後に、今後ですが、12月の書籍発売を目指しながら、一部の方からリスクエストあった「外資系ブランドマネージャーの作り方」というコンテンツを準備、開設したいと思います。基本的には、コンプレックスに悩んだ男子校生活、金返せ状態の留学生活、外資系と一切関係ないバイト体験記を、ブランドマーケティングの知識と経験を全く使うことなく、みずみずしく語る予定です。笑  時期などまたtwitterで発表します。

先ほどから、隣の席のイラク人が「何のメールを書いてるんだ?」と興味津々で私のラップトップを覗き込み説明に苦慮しているので、このあたりでペンを置きたいと思います。まずは、今までの半年、ご愛読ありがとうございました。
みなさんの、素晴らしい肛門生活を祈りながら。

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◎前回までのあらすじ
中国人医者の巧みなコミュニケーション能力によって、処置室のベッドへ足をかけることになった俺。 シンガポールの痔の外科処置は待ったなしだ。
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断るタイミングを逸した俺は、靴を脱ぐとベッドの上に体を預ける。
この時すでに先生と俺は、言語を介した会話は形骸化し、レベルの高いボディーランゲージが繰り広げられていた。

先生: 胸の前で腕を交差し、膝を屈伸させる。
俺 「あぁ、タツノオトシゴポーズのことね」 俺はすかさず、体をくの字にして、横向きになる。
先生: 腰のあたりで、手を上下させている。
俺 「はいはい、ズボンとパンツを下すのね」 ズボンとパンツを膝まで下す。 初心者はお尻だけだせばいいと思いがちだが、この時は潔く膝まで下すのが肛門科のマナーだ。
先生: ビニール手袋を手に装着し、ニヤリと笑う。
俺 「ばっちこい!」 いよいよ指が入る。

俺の臀部が押し広げられる。
ゴム手袋で覆われた先生の指が、ゆっくりと、しかし力強く、肛門を浸食してくる。
その時、先生の指と俺のアナルの距離、0.002mm。

「てか、痛いって!!」

つい日本語で抗議する俺の言葉は、透明な存在となって先生の耳を通り抜けていく。
全く気にすることなく肛門を検査し続ける先生。
そして、数分後指を抜くと、部屋の奥からおもむろに模型を持ってきた。
俺はベッドを降り、先生が持ってきたものに視線を送った。

その人体模型は、肛門をあらわしていて、「内痔核」「外痔核」「痔瘻」というステッカーとともに、症状が再現されていた。
微笑を浮かべながら、さっきまで俺の肛門を弄んでいた指を移動させる。
その先には、「痔瘻」のステッカーがあった。

俺 「やはり、痔瘻だったか。。。」
前回とは場所が違ったので、別の葉状線から進行したと思われる。
仕事、プライベートへの影響などをホリスティックに考え始めた俺。
2009年のシートンな日々に思いを馳せ、あの闘病に苦しんた日々を考えると、また同じことをしていかないといけないと思うと気が重くなるし、仕事もまたシンガポールでまた新しい担当になっ、、、

「Come on !!!」

突然、俺の思考をさえぎる声。
視線をあげると、先生はベッドを叩きながら、再度ベッドに上がるように促していた。

俺 「Well, before doing something, may I ask you to take me through what happened, and what treatment would be the best for my case?」
先生 「Come on!!!」

中国語、勉強しておけばよかった。。。

<数分後>
ベッドの上で、再度タツノオトシゴのポーズをとり、壁側を向く俺。
背後では、先生が手術の準備をせわしなく始める。 ピンセット、メス、ガーゼなどが銀色のプレートの上に並んでいくのがわかる。
いつからか、先生の奥さんだと思われるおばあさんが、助手のように参加し、様々な言葉が飛び交い始める。

先生 「イーヒンシャー、ホーフーシャンミー」 (見事な中国語)
俺 「ちょっと待てよ! 切るの? いきなり切るの?」 (見事にキムタク風)
おばあさん 「Take it easy. No worry」(彼女は、英語が少しだけできるらしい)

先生 「ハフリャンシー、スースコンスィー」
俺 「いや、だから、ちょっと答えてよ。俺、痔瘻だったんだよね?」
おばあさん 「OK OK. Hold this」 (なぜか、フェイスタオルみたいのを握らされる)

言語のボーダーなんてない世界になったらいいのにね。
imagine


言葉はわからなくても、緊迫感はわかるものだ。
いよいよ何かが始まる!

「いたーーーーーーーーい」
まずは麻酔の注射のようだ。
背後から来るからタイミングもわかりづらい。激痛が走る。

息を整えていると、何か話しかけてくる。
俺は知っている、この後は、肛門周囲膿瘍を切除することを。

予想通りメスが当てられる。
「イダ、イダダダダダダ!!!」
悲鳴をあげる俺。
今までの経験でもあったが、肛門周囲膿瘍は膿がたまっている場所なので、麻酔が効かないようだ。

「イダダダダダ!!! もっと優しく切れよ、オラエー!」

常夏のシンガポールに、ミスター痔1ばりの怒号が響いた。。。

<数分後>
永遠に思われる時間が過ぎ、切開後の処置が続く。
処置が終わり先生とその奥さんは上機嫌になり、俺は切開完了という予想していなかった処置のスピードでぐったりしていた。
俺が握りしめていたNokiaのスマートフォンを目にすると、先生はカメラモードにするように要求。
俺と記念撮影かと思ったら、俺の肛門を何度も接写していた。
もはや振り返る力もなくなすがままだった。

痛む肛門を我慢しながら、料金を払いに向かう。
中国語だけで書かれた領収書の下方に書いてある数字に目を落として俺は驚愕した。
1200シンガポールドル。
1シンガポールドルが65円とすると、日本円で80000円弱だ。

「高い!高すぎる! 切除しただけじゃないか。なんでこんなにするんですか?」説明を求める俺。
しかしおじいさん先生も、その奥さんも、ほとんど英語が通じない。
しばらく押し問答をすると、奥さんが、「Daughter, New York, Working」と言い始めた。
どうやら、NYで娘が働いていて、彼女なら英語が少しできるらしい。
奥さんがNYに電話をする。何か必死に伝えているようだ。
数分たち、俺に代わるように催促し、俺はやっと娘と話した。

娘「1200 Singapore Dollars. 1200 Singapore Dollars.」

いや、だから、それは知ってるんだけど、、、

俺は壊れたラジオのような娘との会話を終わらせると、敗北感に打ちひしがれながら1200ドルを置いて帰った。

(来週に続く)
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今週もアクセスありがとうございます。
私はパリ痔ェンヌが集まるフランスへの旅路の途中です。ヨーロッパはEURO2012で盛り上がっており、昨日もスペインVSフランスで多くのスペイン人が喜びを爆発させていました。

そんなサッカー選手のようなスポーツ選手ではあまり痔の人がいない印象がありますが、実際にそれほど痔の人はいないようです。
以前も書いたように、肛門まわりの血行(特に静脈)が痔にはキーとなるのですが、アスリートの人たちは多くのトレーニング、そして適切な栄養補給が保たれているらしいです。私も痔で休んだというスポーツ選手はあまり聞いたことがありません。
ただ、痔になって、塗り薬を自分で塗って出場停止になった選手もいるようです。(ステロイド剤) 大変ですね、アスリート。

一般人にとって、一番危険なスポーツはゴルフ。
普段デスクワークでほとんど歩かない人が、週末突然運動するだけでもリスクは高まるのですが、ゴルフはその中でもインパクトの瞬間の肛門への圧はかなり高いらしく、その瞬間に静脈にダメージを与えることが多いらしいです。

私は、普段はゴルフは一切やらなく、理由は「もっと走ったり、泳いだりしているほうがスポーツっぽいから」と言っていますが、本当の理由、皆さんわかりましたね。これからも言い訳しますので、よろしくお願いします。

シンガポール編、来週で完結予定です。
では、今週もいい一週間を。

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◎前回までのあらすじ
シンガポールで再発した、俺の痔。自分での処置に限界を感じた俺は、会社の先輩から病院の場所を教えてもらった。

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「People's Park Complexか、、、」

5月に入りさらに暑さが増したシンガポール。
Stagnantな米欧日経済を尻目に、新たな世界経済の一極を目指す意思を首相が発したその勢いままに、シンガポールの人々の顔は自信と生気に満ちている。
そして、China Town。
その爆発的な勢いを肌で感じることができるChina Townは、シンガポールのマンハッタン。
People's Park Complexは、そのChina Townの象徴と人々が口を揃えて呼ぶ。さながらシンガポールのエンパイアステートビル、といったところだろうか。

階下から全体を眺めると、その偉大な雄姿に言葉を失う。
peoples_complex


網膜をかつてなく刺激する、鮮烈な黄色い壁。
熱帯の太陽を反射し煌めく物干しざおは、コンクリートジャングルに散らばるダイヤモンドのようだ。

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俺は土曜の朝、一人、このPeople's Park Complexに足を運んでいた。
この人でごった返すビルの3階に、痔の病院がある、と加納さんは教えてくれた。

不安でないと言ったら嘘になる。
勤務して2年とはいえ、シンガポールで本格的に病院に行くのは初めてだ。しかも、一度大変な体験をした痔。
しかし、不安はその原因を解消しない限り消えることはない。 原因を解消しないで不安だけなくしても、砂上の楼閣のポジティブ思考でしかない。

「Own your life. Own your pile」
人生は自分自身で導くもの。
俺は後ずさりしそうになる自分の足に喝をいれながら、一歩一歩進んでいく。

地上通路を通り、いよいよ俺はビルの3階に入った。

加納さんの書いてくれた地図を片手に握りしめながら歩くと、足つぼマッサージが並ぶ中、病院らしい看板がかかったお店が目に留まった。
china_clinic

「これか?」
俺は身を寄せる。
次の瞬間、俺は驚愕に戦慄した。
「? なんかたくさんの写真が。 記念撮影?」

数えきれないほどの痔のリアル写真と、痔の治療風景写真が、入り口に敷き詰められているのだ。

「帰っていいですか?」
俺は後ずさり寸前だ。
もはや、なかったことにしてもいいですか?

しかし、Own your life. Own your pile。
俺はすんでのところで踏みとどまり、病院の門をくぐったのである。
中に座っていたのは、インドネシア人の夫婦と思われる医者。柔和な笑顔をこちらにむけてCan I help you?と声をかけてくれた。
俺は、一週間ほど前から腫瘍があること、痛みがあるが出血はないこと、今までに同じ症状になったことがあること、そして今日は処置をしてほしくて来たことを、流暢な英語で伝えた。

インドネシア人の男性医者は、にっこりとうなずくと、奥の部屋に来るように手招きした。
その瞬間予想していなかったことが起きる。
往年の007さながら、壁にある小さな扉が開かれ、俺がその部屋に入ると、小さなおじいちゃんが座っていたのだ。

インドネシア人の男性は何かを男性に伝えると、そのまま笑顔で部屋を出ていく。
そう、インドネシア人は受付で、この俺の目の前に座っているおじいちゃんこそが先生だったのだ。
おじいちゃん先生は、先ほどの男性に負けず劣らず柔和な笑顔で俺にマシンガンのように話しかけてきた。

「ニーハオ。ハオミンフンシェン、ヒラハンシ、シェンハーオ。ニイマオハー、スイセンシャーニー。」

俺「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

みごとな中国語。
一言もわからない。
帰っていいですか?
もはや、なかったことにしてもいいですか?

いや、彼は俺のことを中国人と思っているだけかもしれない。シンガポールだし英語と中国語両方できるかも。
折れそうになる心を必死に支えながら、英語で、一週間ほど前から腫瘍があること、痛みがあるが出血はないこと、今までに同じ症状になったことがあること、そして今日は処置をしてほしくて来たこと、を伝えた。

「マオシャイシェンフー、ニーオーマー、エーゴー、ハナシャナーイー、サイシェン、ツーハー。」

本当に帰ろうかと思った。

俺の表情から、何を考えているのか伝わったらしい。
おじいちゃん先生は、ベッドに歩み寄ると、バンバンと強くたたき、ニヒルな笑顔を浮かべ俺に言い放った。

「Come on!」

それは英語で言えるんかい!!

こうして、俺は退路を断たれたのであった。

(次週に続く)
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●あとがき
今週もブログに訪問ありがとうございます。
今週は私、トルコ、モロッコ、スペインの旅行に来ています。Wifiがつながらず更新ができなくてすいません。
いつも月曜の朝を健康で健やかに送っていただくことがMissionのブログなので、来週以降は早めにサーバーにはアップして、月曜朝配信できるようにします。

ちなみに、痔ォンマスターが愛用ヘアケアの一つの私は、モロッコでモロカンオイルを探したんですが、見つかりませんでした。

さて、いつもならQ&Aに入るのですが、もはや23回も続けていると、皆さん聞きたいことはすべて聞いてしまったようで質問がないようです。
なので、今週は私が学んだことを発表します。

きっかけは、Twitterの友人から来たメッセージでした。
「●●(作者のこと)、痔のことPileって呼んでるけど、英語ではHemorrhoidわかる人多いよ。ちなみに私が住むフランスでもhémorroïdesで通じるよ。」
すっかり私はそのことを忘れていたのですが、マドリッドに着いてふと思い出し調べると、スペイン語でもhemorroides。

英語、フランス語、スペイン語、ほとんど同じですね。これは気になります。
善は急げ。迷ったらGO。
美術館に行く時間を後ろにずらして調べてみました。

結論: 同じ語源で、その由来は古代ギリシャ語の、haimorrhoides から来ているようです。
「Haima」は血という意味を持ち、rhoosは流れるものという意味を持ち、「出血しそうな静脈 (veins liable to discharge blood)」という意味だったようです。
痔核が処置しないといけないマジョリティーの症状と考えると、正しい言葉ですね。

ちなみに、Pileはラテン語のPila(球)が語源です。

私もここまで調べて大変すっきりしましたので、ブリューゲルと、ピカソを今から見てきます。

今週もいい一週間を。

☆先週は、People's Park Complexと、Lucky Plazaを間違えました。(訂正済み) ノリが近いビルなので。
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作者、痔ブラルタル海峡の近くに来ています。PCが繋がらない環境なので、数日遅れます。更新連絡はtwitterでします。

◎前回までのあらすじ
2011年4月、灼熱のシンガポール。三十痔を目前とした俺に再度ふりかかった、肛門の痛み。俺は、チャイナタウンの一角にある薬局を訪れていた。
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若はげ、水虫などの薬の横に、威風堂々と並ぶ痔の薬たち。
そのパッケージに目を走らせると効能が記されている。 
中国語は読めないが、漢字の並びから、効能が、血の流れをよくし、痛みを抑え、炎症を止めるらしいことが想像できた。 

「いぼ痔に違いない」 
俺の中では確信に変わっていった。
今回の症状 = i) 肛門の周囲に腫瘍があり、ii)出血はなく、iii)あな痔の完治手術は受けている =いぼ痔。 そんな俺にはうっ血を排除する効能をうたう飲み薬が最適であろう。
俺は並ぶパッケージから一番うっ血によさそうなものを購入すると、帰路についた。
(ちなみに、出血する場合は、切れ痔か、大腸のもっと大きな問題である場合が多いらしい。「うぁ、あな痔って大変なんだね。俺は血が出るだけだからよかった」と言っているあなた、今すぐ荷物をまとめて肛門科へ行ってください)
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プロフェッショナルなマーケターとして、常に100%パフォームするために、体をメンテナンスすることは当然だ。
筋トレとか、有酸素運動とか、加圧トレーニングなんて古い。
時間がないなんて言い訳、言語道断。

「アナルを整える」
ビジネスパーソンならこれに尽きる。
これこそが勝利をたぐり寄せる秘訣だと、俺は経験則から知っていた。

家に帰るとさっそく薬をあける。
薬自体は、サプリメントのオメガ3のような形状、小指の第一関節くらいの大きさ、色は漆黒だ。
一日三回、食後に飲むらしい。その日から、俺の仕事かばんに、痔の薬がジョインすることとなった。

朝、ヨーグルトとバナナと一緒に、痔の薬。
昼、ウェンディーズのベイクドポテトと一緒に、痔の薬。
夜、ホーカーズ(屋台)のパッタイと一緒に、痔の薬。

「やると言ったらやる」
ただひたすらに俺は痔の薬を食後に飲む。
薬のパッケージには大々的に「痔」と書いてあるので、ビタミン剤の容器に移して持ち歩き、飲む。
知り合いに「それ何?」って聞かれたら、「サ、サプリメントに決まってるだろ~」とへらへら笑いながら、飲む。

そんな日が5日ほど続き、俺はオフィス19階のトレイの一室に籠ると、恐る恐る肛門を調べてみてみることにした。
痔の患者にとっては常識であるのだが、iPod Classis、iPod Touchの裏側は、鏡面仕上げになっているので肛門を調べるのに最適である。しかも手鏡と違って、トイレに持ち込んでも怪しまれないのでベストパートナーだ。(Nanoだと小さいから非常に高いテクニックが求められる)
俺はiPodの鏡面仕上げの向こうに信じられない光景を発見した。

「赤いマスカットが消えてないよ」

俺は慌てながらも、息を整え、指をスライドインさせる。

!!大きくなっているよ」

これは、2009年と全く同じ悪循環のループ。 自分で治そうとして、さらに深刻な状況を招いてしまった。

「俺たちは…何もかも…何もかも遅すぎたんだ」
kibayashi_3


俺は中学生のころお世話になった、キバヤシさんのセリフを口に出さずにはいられなかった。
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シンガポール中心部から電車で10分ほどにある、Novena。
そこにある、会社の19階のオフィスで俺は途方にくれていた。

第二次世界大戦、ガダルカナル島、ブーゲンビル島で敗戦を喫した日本は、戦力の逐次投入→リソースで常に不利→状況悪化、という悪循環に陥っていた。
リソースで上回る場合の波状攻撃と違い、逐次投入では、さらにリソースのギャップが大きくなり、原状回復すら困難になる。
俺はまさにこのトラップにはまったといえる。マッサージ、処方箋なしの薬。 まさに、戦略論の教科書から逸脱したアクションであった。

間違いに気づいたら潔くそれを認め、アクションを取るべき。
善は急げ、だ。

2009年のドアラ事件から(第1部 9話 「結果こそがすべて」参照)、痔の話を英語で伝えることの困難さが身に染みていた俺は、当時私が属するヘアケアの日本人リーダー的存在の加納さん(仮名)へと相談することにした。

彼をハドルルーム(少人数の会議室)に誘い、俺はコンクルージョンファーストで切り出した。
「加納さん、痔になりました。 一緒にごはん言ったときに飲んでいたのはサプリメントでなくて痔の薬だったんです。なんかいい病院知りませんか?」
加納さんは健康体そのもの、痔とは無縁。だが俺は藁をもつかむ思いだった。
そんな俺に対して、加納さんは思いがけない言葉をかけたんだ。

「おぉ、ほんまかぁ。 せやったら、people's park complex(チャイナタウンにあるショッピングセンター)によさそうな痔の病院あんねん。 紹介したろうか?」

持つべきものは先輩・メンターである。今まで公私ともに何度も助けてもらい、その見識の高さ、人としての器の大きさから尊敬を集める、加納さんであるが、痔でも助けてもらうとは。

俺は何度も頭を下げると、病院の場所を詳細にメモした。

その時、俺は気づくべきだったんだ。

加納さんの瞳に不思議な光が灯っていたのを。

好奇心っていう光が、ね。
(来週に続く)
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今週のQ&A
今週も訪問ありがとうございます。 いよいよシンガポール編でも病院への一歩を歩みだしました。 シンガポールにいる方はチャイナタウンに思いを馳せながら、日本にいる方はそんなシンガポールの痔の息吹を感じ取っていただいたら幸いです。

今週は質問ではなく、読者の方に教えていただいたもの、最近私が知ったことを紹介します。

1) シートン法の図解について
何度かチャレンジしたものの、なかなかわかりづらいシートン法の図解。
やっぱり、本当に理解いただくためには、痔になって、皆さんにも当事者になっていただくのが一番いいのでは?と思っていたのですが、「団地妻」さんからサイトを紹介いただきました。
「よくわかる大腸肛門科」のシートン法のページです。
http://daichoukoumon.com/zirounosyuzyutusetonhou.html
このサイトがすごいポイントは三つあります。
●トップページに行っていただくとわかるのですが、ものすごい数の術法がイラストで載っています。
●それも、二つの視点からのイラストになっているので、脳内で3D化された患部がいきいきと蘇ります。
●さらに、私の出身地 千葉県柏市に在籍されているようです。さすが、千葉の渋谷こと、柏ですね。丸井ありますし。
というわけで、正確に肛門の病気、手術を知りたい方は是非ご覧ください。

2) 古代中国の痔についてです。
古代中国から神医と崇められてきた、伝説の医者「華佗」。かの三国志の主役の一人、曹操の頭痛を治したことや、数々の伝説エピソードがその生涯を彩っています。
そんな華佗、麻沸散という麻酔薬を使い外科手術をしたといわれいているのですが、どうやら麻沸散は痔の手術にも使われたようです。華岡青洲から1600年ほど前に既に麻酔は痔に使った華佗。乱世にありながらも、整えるべきものをちゃんと整える、さすがの一言です。

では、今週も素晴らしい一週間を。

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◎前回までのあらすじ
完治したかとに思わせた俺のあな痔。灼熱のシンガポール、俺はその指先に、甦るマスカットを感じ取っていた。
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壮絶な大阪梅田での闘病を乗り越え、痔ろうを完治させた俺には、信じがたい指ざわりだった。
あてがった手を、上下左右にスライドさせてみる。

しかし、スライドさせればさせるほど、確信に変わっていく。
紛うこと無き、見事なマスカット。

悲しいかな、闘病を経たことで俺の肛門に関する知識は、外資系ブランドマネージャーの中では他に肩を並べるものがいないほどになっていた。 以前のエントリーで述べたが、痔には3つの種類がある。いぼ痔、きれ痔、あな痔の3つだ。(参照:第6話 梅田の屈辱)  そして、あな痔の完治手術を受けた俺は、俄かにはあな痔が再発するとは考えられなかった。
一度はキング師匠(あな痔)かと思ったが、やはり違うのではないか。

俺はチャイナタウンの屋台が立ち並ぶ雑踏の中で仁王立ちになり、考えた。
今回の症状は
①足を大きく上下させると(臀部に刺激をあたえると)痛い
②出血はしていない
③マスカット大の腫瘍がある

俺の脳内で、痔ナプスが結びつきあう。
額を汗が流れる。
俺は仮説にたどり着いた。
「今回は、いぼ痔だな。(たぶん外痔核)」
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いつの世も、人間は理性的に考えることにより、理性的でない結論にたどり着く生物だ。

俺はいまだ、チャイナタウンで立ちつくしている。

いぼ痔は、静脈がうっ血することで、腫瘍ができる肛門の病気である。
ということは、血流をよくすればいいに違いない。
それにはつぼを刺激するに限る。

「そうだ、マッサージ行こう」

俺は、チャイナタウンにそびえたつマッサージ店「Young Spa」へと足を向かわせた。
解説しよう。
Young Spaとは、俺が知り合いが疲れたというたびに、紹介する名店だ。Tanjon Pagarの鍼マッサージと双璧と呼ばれている。どこらへんが素晴らしいか、ポイントは3つある。
①足つぼ40分、全身30分というコンビネーションにもかかわらず40ドルという値段設定。2500円くらい。
②だいたい予約なしですぐ開始できる。仲良くなると、夜の11時ごろに行っても受け入れてくれる。
③店員がフレンドリー。仲良くなると、かりんとうみたいなお菓子を、ティッシュにくるんで持たせてくれる。

china_town


まだ問題が大きくないうちに処置をするのが一番。
いぼ痔なら、うっ血がひどくなければ手術しなくても治るはず。
ビジネスも同じ。問題をPreemptして、大きくならないために具体的なアクションを取ることが大切。

俺は受付の女性に、流暢な英語で注文する。
「フット フォーティー、ボディー サーティー、ヤー

3年間、シンガポールで揉まれたグローバル人材として文句なしの英語だ。

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その時、俺は気づいていなかったんだ。
危機は、今そこにあるってことに。

足つぼはなんなく終わった俺であるが、ベッドに横になりボディーの指圧が始まると異変を感じ始める。
いつも通りマックスな力でのマッサージを注文した俺だが、体を押されるたびに、予期せぬ場所が痛む。
肩甲骨を押し込むと、肛門が痛い。
腰椎を押し込むと、肛門が痛い。
大腿部を押し込むと、肛門が痛い。

どうやらうっ血はかなり進行していて、今は臀部に力を入れるだけでも痛みがでるほどになっていた。
俺は知っている。Young Spaは最後の締めで、おしりをぐりぐり押すことを。
マスカットが破裂することは必至。俺は後ろ髪をひかれながら、残りのマッサージをやめてもらい、金をトレイに置くと無言で立ち去って行った。

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今回もとんでもない土曜日になってしまった。
シンガポールでは、朝起きてはコンドミニアムのプールで泳ぎ、ディナーはマリーナベイサンズに通いつめ、ランチはウェンディーズのチリスープを一人飲み、朝食はコプティアムのビーフン(80セント!)を流し込む、悠々自適の生活を楽しんでいた俺に再び降りかかった災厄。

China Townを駅に向かって行くと、西日が正面から照りつける。
暗く沈んだ気持ちは、経済成長を背に明日がもっとよくなると信じてやまないシンガポーリアンとは対照的だ。
そもそも、自分がいぼ痔なのか、あな痔なのかもわからない。
さながら、痔分探しの旅。
俺はとぼとぼと歩く。

ふと右手に、漢方薬の看板が見えた。
何かを期待していたわけじゃない、だが俺は吸い込まれるように店に入っていった。

「すごい!!」
店は東洋医学、西洋医学の区分なく、様々な薬が陳列してある。
土曜の午後、客でごった返している。

「ここなら、ここなら、あるかも!!」
そのダイナミックな陳列、客の多さがトリガーとなり、完全にスイッチが入った俺は店を隈なくサーチし始めた。
腰痛、風邪、喉の痛み、肥満、若はげ、水虫、、、
近づいてきた、近づいてきた。
はやる気持ちを落ち着かせながら、視線をすべらせた先に、俺は発見した。

china_ji_drug


痔の薬、中国4000年のAuthenticityを感じさせるパッケージだった。

(次週に続く)
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●今週のQ&A
今週もブログに来てくださってありがとうございます。
読者の皆さんから、「月曜の朝一の通勤で読みたいから、それまでにアップロードしてください」「かと言って、日曜の夜にアップロードされたら読んでしまうからフライングは困ります」などのインプットいただいております。
基本的には月曜 日本時間の午前中にはアップロードする予定です。今週含め数週間、イレギュラーなイベントで遅れがちになって、通勤電車、月曜朝一のメールチェック前に読めなかったみなさん、すいませんでした。

では、今週のQ&Aです。
過去数週間にいただいてまだお返事できていない分をこちらに載せます。

☆第1部 12話 mihoさんの質問(コメントより) 「常に血が出ている状態で貧血とかにならないのでしょうか?」
結論から言うと、貧血にはなりません。
手術の後は断続的に出血はするものの、多い日用の生理用品で安心できるくらいなので50ccくらいでしょうか?
少ない日はパンティーライナーが汚れるくらいなので、量としては知れたものだと思います。
なので、貧血にはなりませんでした。 ただ、気持ちの問題で、大阪天満橋の万両(焼肉店)で、たくさんホルモンは摂取していました。

☆第1部 12話 アナゴさんの質問(コメントより) 「手術の方法についてですが切開開放術の効用について、きちんとご説明をされるべきだと思います。(特にこの術式で笑いを取りに行っている以上は、責任を持たれるべきと思料します)」
コメントありがとうございます。
●私は切開解放術に関しては本文でも書いている通り、成功率が高い術法であると認識しています。アナゴさんのように、完治され肛門機能が保存されている方が大多数と理解しています。
●私の場合は、あな痔の場所が、もう少し深度があったようです。医者からも肛門括約筋についてはリスクだけでなく、私の患部の深度の二点から、シートン法が採用になりました。
●ご指摘の通り、i) このブログは笑いを取りに行きつつ、ii)私が医学のバックグラウンドがないために、若干の語弊がでていることも確かかと思います。私自身コネクション、リソースがないので現時点ではアクションが取りづらいのですが、出版の際などには医学的な知識のある方のサポートいただければと思います。
●ただ少しステップバックすると、正しいことを知っている人のみ発言できる、という風潮に穴をあけたかったのです。自分の人生だから、自分の体だからこそ、素人でもいいから情報を集め、そして違う意見・正しい意見を受け入れて昇華していくほうがいいと信じているのです。メディアにおいて悪銭が良貨を駆逐する可能性もあると思いますが、今、肛門・痔の話を知らないし恥ずかしいから、情報がとても少ないこと(みんな新型インフルエンザとかはあんなに詳しいのに)が私の問題意識です。2ちゃんねるの痔スレッドは、高度に知識の高い患者たちが意見をシェアしあっていますが、逆にいうとフォーラムがそこにしかない、結果流通している痔の情報量が少なく、心配だけが高まっていっていることに危惧を覚えています。
●その意味で、違った視点でご指摘・ご意見いただき、このように私の考えを出すきっかけをいただいたアナゴさんに感謝しています。
長くなりました。ご理解いただけると幸いです。
mihoさん、アナゴさん、ほかの皆様、返事ができていなかったり遅れたり申し訳ないですが、時間をかけてすべてに返事していきたいと思います。

では、最後に先日の取材旅行の成果です。
第二次世界大戦と、その当時の雑誌について調べていたのですが、
見つけました。戦時中の雑誌の広告です!

hemoros


この広告の内容、70年を経た今も魅力的ですね。
よく見ると、「制痒、止血、鎮痛、消炎、収斂、殺菌、並びに肉芽新生の七大性能を高度に具有」と書いてあります。
いまだ圧倒的なヒサヤ大黒堂のAwarenessと並び、取材中感銘をうけたものでした。笑

では、今週もよい一週間を。

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維新の巨星、高杉晋作・久坂玄瑞などを輩出した吉田松陰の言葉に、「且つ 目前の安きを偸(ぬす)む」というものがある。「目先の安楽は一時しのぎと知れ」という意味だ。
日本から離れること6000キロ、シンガポールの地で、俺はこの言葉を噛み締めていた。

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2011年4月。
時が流れるのは早いものだ。

俺がシンガポールに来て二年、痔の闘病を乗り越えてから二年半が過ぎようとしていた。
2009年6月、日本でマーケッターとして躍動する俺を、シンガポールは見逃さなかった。突然あったシンガポール転勤へのオファーを俺は躊躇なくアクセプトした。ついに俺の舞台がグローバルになる日がきたのだ。

「汗水流して、体液流して、喰らいついてきた甲斐があったというものだ」
栄光と、苦節と、パンティーライナーにまみれた年月を俺は思い出しつつ、新たなチャレンジに胸は高まる一方であった。

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シンガポールでのマーケッター人生は、簡単なものではなかった。
●上司、部下、チームに国籍なんて関係ない。一つの会議で10以上の国籍が入り乱れることのほうが普通だ
●当然のことだが、全ての仕事は英語で行われる。日本語なんて、シンガポールの眠らないリトルトーキョーこと、カッページ(Cuppage)でしか使わない。
●「カーッパッ」「カーッパッ」と連発してきて無視をしていると、「Car Park」へと連れて行ってくれる強烈なシングリッシュのタクシードライバー。「カーッパッ」(Car Park)と、「カーッペッ」(Cuppage)の違いは要注意だ。
シンガポールで働いている人なら必ず直面する基本的なチャレンジ。しかし、人生はあきらめない限り乗り越えられる壁の連続だ。俺はグローバルマーケッターとしての第一歩を歩みだしていた。

その時、俺の臀部は完全に沈黙していた。
2008年に行ったシートン法は、俺の症状には的確な処置だったようだ。ゴム管が取れた後はまったく問題のない日々。当初、各方面から心配された、熱帯性気候による肛門まわりの湿度上昇→衛生状態の悪化も、ユニクロのメッシュタイプのパンツをはくことによって解消された。

当初はシンガポールの居酒屋「なごみ」で繰りひろげていた俺の痔トークも鳴りを潜め、人々の記憶からキングの記憶も消え去ろうとしていた。

まさに、アナル歴ロンダリングの完成まであと一歩まで来ていた。

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シンガポールは旧正月が終わる二月頃から乾季を迎え、日中は外に立っているだけでも汗がにじみ出る。
その日も暑い4月の土曜日だった。

Raffles Placeのthe SAILといわれるコンドミニアムに住んでいた俺は、好んで通っている足つぼマッサージ店「Young SPA」があるChina Townへの道を急いでいた。
日本と違い、シンガポールの歩道は舗装が十分されていないことが多く、30センチほどの段差を幾度も乗り越えなければならない。
chinatown

そんな道中の雰囲気がいつもと違う。
乾季もそのピークに向かいつつあり、気温がいつもより高いのか?
開発が進むシンガポール。工事の数が多くいつもよりも歩きづらいのか?
インドネシアの焼畑農業から流れてくるヘイズ(煙)のせいで息苦しいのか?

いや、違うのはシンガポールじゃねぇ。
俺だ。何かが、何かがおかしい。 俺はグローバル組織のプレッシャーに耐え抜いてきた、俺の内なる叫びに声を傾けてみた。

「おしりが、痛いよ。」

俺は耳を疑った。
そんなわけない。シートン法は完璧だったはずだ。
シンガポールに来てからロードレーサーを始めた俺。鋭角のサドルをものともしない臀部、毎晩レッドブルで鍛え上げられた俺の肉体。あな痔は手術でしか完治しないが、同時に手術をした場合の完治率は大変高いはずだ。

俺はChina Townの名店 蘭州拉麺の隣にある、トイレに飛び込む。
臀部の健康を守るフレームワーク、ANALGを覚えているだろうか?
俺はその最初のA(Analitical)の基本テクニックを繰り出すことにした。

スキンケアの要領で、右手の指の腹を、そっとあてがう。

次の瞬間、俺の中指は、その先にマスカット大のしこりを確認した。

「あぁ、キング師匠。あなただったのですね」

シンガポール 痛恨のあな痔再発のはじまりだった。

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今週のQ&A
ブログに訪問いただきありがとうございます。
シンガポール 痛恨の再発編を始めることにしました。5週間を予定していますのでよろしくお願いします。

先週は日本の立ち寄り、ブログに対する多くの定性調査を行ったのですが、一番多かったフィードバックが「シートン法のイラストがよくわからない」(その結果、あまりエンゲージされない)というものでした。多くの人の痔に対するレレバンシーを高めるというビジョンがイラストのせいで達成できていないのはどうかと思い、今週はイラストを再度描いてみます。

下記、ディスクレーマーです。
※私の記憶と、ネットの情報を使って書いているので医学的には完璧に正しくはありません。
※※あまりリアルに書きすぎる and/or イラストで「痔」「肛門」という字を使いすぎると、会社・電車で読者の皆さんが好奇の目にさらされるので、そこらへんは配慮しました。

まず図解1から見てみましょう。
illustration_1

向かって左は、肛門を正面から見た図です。全体像を捕らえてください。
向かって右は、シートン法を、直腸・肛門・痔管との関係性から見たものです。今までも何回か登場しているイラストですが、直腸の歯状線から細菌が入り、肛門とは違う場所に細いトンネル(痔管)ができてしまうのが痔ろう。その痔管にゴム管を通し、ゆっくりと切断して、体外に出す方法です。

このイラストだと2Dなので、3Dの関係性がわかりやすいように、二つイラストを準備しました。
illustration_2

図解2(上図左側)を見てください。
これは、お尻を背面からまくったイラストになります。
ゴム管の半分は痔管をとおり、もう半分は肛門・直腸を通っていることがわかるかと思います。これを体外に引っ張るのです。

図解3(上図右側)を見てください。
これは切断面のイラストで、どのように肛門が切れていくかが伝わるかと思います。
医療サイトなどを見ていると、「豆腐を糸で切るイメージ」「氷を糸で切るイメージ」などの説明があります。糸のような細いもので切りつつ、切断した後はまたくっつくイメージ、が肝要です。
私の「肛門にピアスをつけて、それを引っ張る」という説明よりもわかりやすいですね。

これでわからない場合は、本職の医者に聞いていただくか、Google先生に聞いていただくか、私のNokia携帯に保存してある写真を見ていただくしかないかもしれません。私もこの手術法を理解するまで、家庭の医学を何回も読み直しました。

みなさんにイラストが届いたことを祈りながら。。。

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◎前回までのあらすじ
ピンクの小悪魔 コーラックの使い方もマスターしシートン法が軌道にのってきた俺は、痔ろう完治に確実に近づいていた。
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6月に手術を受け、7月からゴム管を締めることで、肛門をゆっくり切除する生活が始まってから、俺の朝のリズムは一変した。
①起床→②朝食→③歯磨き→④着替えて出発、というリズムの③と④の間に、おしりをシャワーで洗浄→脱脂綿で優しく拭く→パンティーライナーを三枚重ね→パンツを穿く、というステップが追加される。もちろん帰宅したら、そっとパンティーライナーははずし、夜に備えきちんと吸収のウィスパーに切り替えることは欠かせない。 これで朝への不安もなくなって、熟睡だ。

時は、ゆっくりと、しかし確実に流れる。
9月はプロジェクトの激務に悲鳴をあげ、俺の肛門も未だゴム締め上げに悲鳴をあげていた。
10月はプロジェクトのレビューに追われ、俺も時間を縫うように大阪北逓信病院を訪れては治療を続けていた。
11月はIntervention Planを歯を食いしばってデリバーし、俺も肛門括約筋を食いしばってシートン法をデリバーし続けた。

気がつけば、手術から半年経とうとしていた。

11月を過ぎると大阪の朝はぐっと冷え込む。
俺は6時ごろに起床すると、アナル最優先の献立、ヨーグルト&バナナを胃に流し込む。
歯を磨いた後に、俺は浴室に入ると、寝ぼけ眼のままシャワーのノズルを肛門に向ける。

お湯を掛け始めて数秒、不意に「プツンッ」という小さな反応を臀部に感じた。
寝ぼけたままだった俺だが、瞬時に悟った。 これが肛門が切除完了のしるしだったということを。
検証するためにシャワーのノズルを回し止め、浴槽に這いつくばる俺。
その俺の視界には、排水溝へと流れ込んでいく、ゴム管が目に入る。
俺は頭から猛然と飛び込み、すんでのところでキャッチに成功した。尻ゴム 危機一髪だった。

今まで俺の肛門に埋まっていたため、正対したところ見たことがないゴム管。
俺は浴室の寒さに震えながら、水蒸気にかすむライトにかざして見た。
gomukan

市井の人々には、ただの円形ヒジキに見えるかもしれない。
だが、俺には、この半年の苦闘を共に乗り越えたかけがえのないバディーだ。
「やっと会えたね」
俺はそっと話しかけた。
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俺は片時も離れたくなかった。
ゴム管を手に取ると、コートのポケットに入れて俺は出勤する。

天満から環状線に乗り込む。
「今までも、これからも一緒だからね」
俺はゴム管を取り出し、指の上で撫でたり擦ったりして、感動の対面を味わう。
ゴム管はループ状の形を保っていた。しかし、長い日々をかけ少しずつ締め上げていたので、その直径はだいぶ小さくなっており、薬指の第二関節くらいになっていた。
オフィスが近づくにつれ、俺はそっとティッシュに包み込むと、しばしの別れを告げカバンの定期入れの中に差し入れた。
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だが、数日が過ぎ、俺は気づき始めていた。
お別れのタイミングだと。
所詮、俺はこっち側の人間、ゴム管はアナル側の存在だ。交わることはない。
毎日洗浄していたとは言え、衛生的に、生理的に嫌悪感を示す人もいるだろう。
そして、なにより、保管しておくことに、あんまり価値がなかった。ときどき薬指にはめて悦に入るくらいだ。

俺は心を鬼にしてトイレの前に立つ。
ゴム管をTOTOのトイレに投げ入れる。
「もう二度と、俺の前に現れるなよ」
俺は零れ落ちそうになる涙をこらえ、金属のレバーをぐいっと押し込む。
ゴム管は勢いよく、水流に飲み込まれていった。

流れたゴム管は振り返らない。
俺は完全につながった肛門と共に、新しい一歩を歩みだした。
見慣れた梅田の風景が、こころなしかいつもより澄んでいるように見えた。
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これが外資系ブランドマネージャーの俺が体験した、痔ろう闘病体験 in 2008のすべてだ。
痔ろうになんて、ならないほうがいいに決まっている。
痔ろうになって、俺が手に入れたものは、肛門の知識と、キングとしての誇りくらいだ。
だが、俺の愛読書『ブッダ』にあるように、人間の悩みの多くは物事の捉え方から来ているのであって、「物事を正しく見、正しく思い、正しく話し、正しく仕事をし、正しくくらし、正しくつとめ、正しく祈り、正しく生涯をおくる」ことが肝要であるということに気づいた。
痔だから恥ずかしいのではない。それをゆがんだ目でみる自分の心が恥ずかしいのだ。
痔である自分をどう正しく捉え、痔に対する自分の行動に自覚的であることが試される。
風邪や、花粉症のように、痔のことが普通に話せる社会が訪れることを、俺は切に祈る。

(そんな俺の悩みは、i) 最近ブログが知れるに比例してもっと結婚できなくなってきている気がすることと、ii)親バレだ。 上記で言っていることと逆であることには自覚的だ。つまり、俺もまだまだだ。)

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今週のQ&A
皆さん、ご愛読ありがとうございました。
全20話の「この俺が、痔...!?: 外資系ブランドマネージャーが語る 痔闘病記: 神戸・大阪 激闘編」はこれで完結となります。12月31日ムンバイの旅行中に書き始めてから五ヶ月弱、30万近いアクセスをいただき心から感謝しています。

最後も恒例の、今週の質問です。今週はメールでいただきました。
「痔ろうは下痢が原因とのことでしたが、発症当時は下痢が頻発していたんですか?」
結論から言うと、NOです。下痢が頻発していませんでした。 私はもともと胃腸は強いのであまり下さないのです。
痔ろうは、その直腸と肛門の間の歯状線に細菌が入ることで発生するのですが、要は確率の問題なのです。一回で細菌が入ることもあれば、何回下しても大丈夫な人もいます。もちろん下痢が頻発する人のほうがリスクは高いのですが、普段は胃腸が強い方が痔ろうになる可能性も十分あります。

今から振り返ると、関西に住んでいるときに、私は胃腸に負担のかかる生活をしていました。
●大阪は万両、神戸は満月というような焼肉の名店が多いので、月に焼肉(消化にはあまりよくない)数回食べていた。
●長時間椅子に座ったままで、オフィスで過ごすことが多かった。
●トイレで携帯をいじったりして、ついつい5-10分くらい座っていることがあった。
なので、下痢の頻度は大きくなかったものの、胃腸・肛門へのプレッシャーは高かったと思います。
(腸の蠕動運動が非正常化すると、下痢をしやすくなるので、私自身はあまり関係ないですが、タバコの吸いすぎ、お酒のとりすぎや、ストレスのたまりすぎ、冷え性なども要注意です)

つまり、どのような人も痔になる可能性があります。痔ろうに限らず、痔に苦しまないためには以下に気をつけてください。
A (Analytic): 分析を常にしましょう。痛みがあるかないか、出血があるかないか、マスカット大の腫瘍はないか。毎日の観察が欠かせません。
N(Nutrition):栄養に気を配りましょう。適度な食物繊維、体をあっためることが大切です。寝る前はヤクルトです。
A(Action):アクションをとることを躊躇しない。 もしもおかしい、と思ったらすぐに専門の医者に相談しましょう。
L (Long-term):長期的な視点を。10年後、20年後を考えたプランを。自分で判断して無視すると、とりかえしがつかなくなることがあります。
G (Goal) :明確なゴール設定を。完治させるのか、それとも症状と付き合っていくのか(切れ痔などは手術しない場合もあります)。タイミングはいつするのか。ゴールがはっきりすると、金銭面を含めて明確なアクションがとりやすくります。
みなさんにも、このANALG(アナルジーと読みます)を覚えて、健康なライフを送っていただきたいと思います。

最後に三点報告です。
●わたくしごとですが、7月よりシンガポールから日本に場所を移し、新しいキャリアの道に進むことにしました。日本の会社に行くので、ブログのタイトルをどうするかが一大事です。
●このブログの出版化の話が動き始めました。また状況追って報告いたします。みなさんのアクセスのおかげです。ありがとうございます。
●シンガポールへの感謝の気持ちも含め、来週から「第二部: 痛恨のシンガポール再発編(全五話予定」が始まります。シンガポールの皆さん、City周辺で肛門科を狙って写真をとっている人がいたら私です。

では、まずは第一部、ありがとうございました。来週から第二部よろしくお願いします。

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◎前回までのあらすじ
結び付けられたゴム管を、固く縛り上げられた俺の肛門。 いつ果てるとも知らない、痔ろうの旅が始まっていた。
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シートン法と共に迎えた夏は長く感じられた。
大阪北逓信病院に通う頻度は二週間に一回。
病院にいくたびにきつく締められる俺の肛門は、ゴム管によってゆっくりと切除されていき、そして二週間がたつとだいぶ緩まる。 そして、二週間後の木曜日にはまた締められるのだ。

ゆっくりとした切除法のため、他の手術法に比べると後遺症のリスクは低い。
しかし、3-6ヶ月かかる治療法のため、さながらゴム管と俺の肛門の、根気比べのような様相を呈していた。
「生きるために肛門を切っているのだろうか、肛門を切るために生きているのだろうか。」
痔問痔答する日々が続く。

しかし、ビジネスは死なない戦争だ。ブランドマネージメントのハブの存在である俺が止まるわけにいかない。
「The first-quarter profit did not meet its target, due to my anal problem.」
こんな事、アナルが裂けても言える訳ない。プロフェッショナルは、自分で責任を取るものだ。

俺はパフォーマンスを保つため、文明の利器に頼ることにした。

まずは、定番の生理用品だ。
今までのブログを見てもらってもわかるとおり、俺はどうせ生理用品を使うなら、将来のガールズトークに備えて、とことん使ってやろうと決めていた。
ウィスパー、ロリエ、ソフィー、Megami、、、
やはり最終的に生理用品を決めるのは、コットンのような肌触り、吸収力からくる安心感、肛門へフィットする形状。俗に言う生理用ナプキンの3C(コットン、吸収力、肛門)だ。
ちなみに、ナプキンをつけた日に、白いパンツスタイルで外を歩くことがどれだけ勇気がいることか。想像できない男性諸君には、猛省を願いたい。(俺はベージュのパンツでもドキドキだ。)
そして、2008年、天満駅前のダイコク、コクミン、オーエスで生理用品を買い漁っていたのはこの俺だ。いつも黒いビニール袋に入れてくれた店員の皆さん、ありがとう。

睡眠も、痔の患者にとっては頭の悩ませどころ。
睡眠時の姿勢で、仰向けなんてもっての他。肛門へのリスクが高すぎる。
ミティゲージョンプランとしてお勧めなのが、「うつぶせ」。 こいつは、息苦しささえ我慢すれば、肛門への負担は軽くなる。軽くお尻を突き出すと最良だ。わからない人は下記を参考に。
akebono


しかし、ゴム管で縛られている俺の肛門は、24時間火の玉ボーイ。 
こんなときは、二つ目の文明の利器、ロキソニンだ。 医療関係者だけでなく、一般の人にも広く知られる鎮痛剤。 こいつは病院で普通に処方される。
このロキソニンの真骨頂は睡眠時。  どんな姿勢をとっても続いていた痛みが遠のき、俺に安眠のときが訪れる。
唯一のリスクは、キムチ。 当時、俺は天満をルームシェアしていたのだが、シェアメイトが友人を呼んでキムチ鍋を作っていた。ロキソニンに満幅の信頼をおいていた俺は普通どおり食べたのだが、その夜俺の肛門は、全盛期のヴァンダレイ=シウバのように大暴れし、ロキソニンも焼け石に水だった。まさに痔業痔得。「キムチは寝て待て」とはこのことだ。 痔の手術直後の人は万全の注意を払って欲しい。(完治すれば問題ない)

最後に紹介するは、コーラックだ。
私の世代の人はぎりぎり覚えているであろう、あのピンクの小粒 コーラックだ。
肛門にメスを入れている患者にとって、固い排泄物は鋭利なナイフと同様だ。病院もそれを理解していて、入院初日から軟便剤が投与される。
しかし、退院してから軟便剤の在庫が尽きたときには、コーラック。こいつを朝に一粒飲むと、驚くほど排泄作業が楽になる。
ウォッチアウトはその分量。説明書に書いてある上限である3錠を摂取すると、かなりスプラッターな状況に陥る。梅田、芦屋、住吉の各トイレを使う羽目に俺はなった。これでは、何個肛門があっても足りない。 説明書には「症状に応じて3つまで」と書いてあるので、三つ必要な女子もいるのだろう。そんなあなたを、心から応援している。
(後日談: 俺のルームメイトは、当時職場でダイエット大会をしていた。どうしても勝ちたかった彼は、説明書も読まず「コーラックもらっていくよ」という威勢のいい言葉と共に、三つ口に放り込み出社していった。 1時間後の午前九時、「あかん、トイレから出られへん。あいつは、ほんまやばいで。ピンクの小悪魔や。」という瀕死のメールが俺に届いていた。ジェイソン並に目も当てられない残虐な陰惨な現場だったと聞く。 でも、彼は、一応、ダイエット大会は優勝したらしい。完全にドーピングだ。)

どんな道具、薬だろうと勝利のためなら使ってやる。 目的のためには手段は選ばず。
冷徹なマキャベリストの俺と、痔ろうとの戦いは最終フェーズへ向かっていた。

(来週に続く)
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◎今週のQ&A
今週もブログを訪問いただきありがとうございます。 ゴールデンウィークも終わった今週、皆さんの痔メモリーもよみがえっていること、そして晴れ晴れしい月曜を迎えていることを祈っています。

メール、コメント、会話、シンガポールでの痔ディナー、で聞かれる質問に毎週答えていたため、特に今はたまっている質問はない状態です。なので、代わりに、今後の展開を簡単に案内します。

以前お知らせしたものから若干修正しているのですが、
●次週  第20話 神戸・大阪 激闘編 最終話。
●翌週以降  第21-25話 シンガポール 痛恨の再発編
を予定しています。
疑惑のタイ編、 婚活男子 東京編、などのリクエストいただいているストーリーのタイミング含め、一度編集担当の方々(会社の同僚 笑)と話し合います。

というわけで、来週の激闘編 最終話をお楽しみに。
今週も、すばらしい一週間を。

◎前回までのあらすじ
パンティーライナーにも徹底したプロフェッショナリズムを見せる俺。 そして、俺はシートン法の真骨頂とも言える、ゴム締めに向かう。

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2008年も半分をいつの間にか過ぎていた。
7月の最初の木曜日、俺は午前休を取ることをチームに告げる。
肛門にゴムを装着してから二週間、いよいよシートン法のゴム締めに挑む日がやってきた。
再度解説しよう。
シートン法は、そのどうぶつ奇想天外!なかわいい名前と裏腹な、数ヶ月かけて肛門を切断する、ブラマネ全身悶絶!な治療法なのである。(参照:第12話 尻にピアス
下記が図解だ。
1_18_illustration

この説明で、歯列矯正を想像するものも少なくなかろう。正解、原理は同じだ。
痛みが上で起きるのか、下で起きるのかの違いみたいなものだ。

大阪の夏は早い。7月初旬ですでに30度を超える空気は湿度を帯び、桜川に面する天満の自宅から大阪北逓信病院までの15分を歩くと、俺の額と天然パーマには、自然と汗が走る。
街を行き交う人々にとってはただの365分の1日。
俺にとっては、あっち側へ足を踏み入れる1日。
さながら、2008年痔ろうの旅、という風情だった。

なじみ深い大阪北逓信病院のスロープをゆっくりと登る。
5日間の入院生活を経て、守衛さん・事務員ともすでに顔なじみだ。
俺は会釈をしながら、診察券を差し出す。 数分後、俺は肛門科に呼ばれた。

部屋に足を踏み入れると、俺にゴム管を装着した先生と看護婦さん達の顔が目に入った。
先生「お久しぶりです。 お尻の調子はいかがですか?」
俺「特に問題ありません。痛みで眠れないのと、椅子に長時間座れないのと、トイレで毎回七転八倒なのと、シャワーが滲みて意識が飛びそうになるくらいです。」
「男の子は痛くでも我慢だ。」 ここでも父の教えが思い出される。 お父さん見てくれ、俺はここでも立派にやせ我慢をしているよ。

先生「でも痛み自体はひいてきてるでしょ。手術から二週間断ちましたからね。」
さすが大阪のベテラン名医だ。仰るとおり、痛み自体は続いているものの、手術当初に比べると痛みは軽減されてきている。 はたして、今日はどんな診察をするのだろうか。

先生「じゃぁ、早速締めましょう」

え、ちょ、ちょっと。まずは診察だけとかじゃないの?

先生「じゃぁ、ベッドに横になってください。」

え、せ、先生。 。。。

先生「じゃぁ、パンツ下ろしますね。」

ま、まじで、やばい。そこには、そこには、今日も万能なトライアングル型を誇る俺のウィスパーが眠っているんだ!

そんな俺の心の叫びはまったく看護婦さんの耳にも入らない。 パンツの両端に指をかけると、ウィスパーごとパンツは、クルンと巻き下ろされた。 うっすら血が混じる俺のトムキャットが丸見えになる。
あな痔があったら、入りたいとはこのことだ。

いきなり施術に入る雰囲気を悟った俺。
「初めてなんです。優しくしてください。」
28年の俺人生の中で, the OTOMEST (最上級)なセリフを、天に向かってそっと唱える。

肛門科の常だが、背後から先生と看護婦の熱視線が俺の肛門に突き刺さる。
先生「順調に患部が切除されて、ゴム管が緩んできていますね。」
神にすら祈る俺の寂寥感を知ってから知らずか、先生はちゃくちゃくと指で肛門を調べる。
看護婦によって体ごと固定された俺は、先生にむき出しになっている尻を向けながら、次なる恐怖にその小さな体を硬くする。
その刹那、俺の肛門に違和感が走った。

「ゴムが引っ張られてる!!今日は麻酔無しでいくんだ。。。」

先生はピンセットを手にすると、器用に俺の肛門に埋まるゴム管を引っ張りはじめた。シートン法の宿命、そのゴム管の存在価値は、俺の肛門をゆっくりと確実に切り開くことにある。この二週間で少しずつ切り開かれた俺の肛門にとって、このゴム管は緩慢になっていた。

先生が高度なマニピュレーターを髣髴させるピンセット使いで、ゴム管を勢いよく引っ張る。 俺の口から、引きつれた叫びがこぼれる。
強烈な一締めが俺を襲う。 きつく閉じたまぶたからこぼれる涙が、俺の頬を走る。
更に締め上げていく。声にならない咆哮が病室のコンクリートにすいこまれてる。
最後にピンセットでゴム管を力強く結びとめていく。 
俺は涙とともに、体力も気力も奪われ朦朧としていた。
「シートン、俺も疲れたんだ。 なんだかとても肛門が、締めあがってるんだ・・・」
フランダースの犬

きつく閉じた瞼の向こうには、天使の姿が見えたという。

<1時間後>
俺は梅田から住吉へと向かうJR線に乗っていた。
シートン法は、ゴム管で肛門に適度に圧をかけながら患部を引き切り、しかし日常生活はなんとか送れるほどの痛さ、という絶妙のバランスの上に成り立っている治療法である。 俺は生理用品を夜用スーパーに取り替えると、その痛さに耐えながら、なんとかオフィスへの道程を一歩ずつ踏みしめる。

11時ごろから手術は始まったので、神戸のオフィスに着くのは午後1時ごろ。
俺が到着するころには、オフィスはランチから戻ってくる社員たちでごった返していた。
8基あるにも関わらず混雑するエレベーターに、やっとのことで飛び乗る俺。あとは22階まで登る数十秒を我慢するだけ。
そんな十数人が乗り込んだエレベーターの静寂を、突然大きな声が切り裂いた。
「おぉ、お前、痔になっとたなぁ。どや、まだ傷口痛むんかぁ。 ほんま、はやく痔が治ったらええのになぁ。」
先日、立ちながら仕事をする私を見物に来てくださった、営業ディレクターの相田さん(仮名)だった。
エレベーターは一瞬のうちに爆笑に包まれる。
俺の痔を慮って声をかけてくれる彼の優しさを感じつつ、シートン法を受けた日が、俺が社内恋愛を諦めた記念日と相成ったことを悟った。

このゴムを締め上げる作業は、二週間に一回行わなければならない。
大阪の夏は始まったばかり。 いつ終わるともしれない一歩を踏み出した俺の頬を、瀬戸内海の湿った風がよぎる。

(来週に続く)
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<今週のQ&A>
今週もブログを訪問いただき、ありがとうございました。
先週は、仕事やプライベートで急用が続きアップロードできませんでした。 月曜日の朝を爽やかな痔ブログがないがために、暗鬱な気分でスタートしてしまったかもしれない方の事を思うと、慙愧の念に堪えません。 基本的に毎週一回は発行したいと思いますので、これからもよろしくお願いします。

では、今週の質問です。
「昔の人はどう痔を治したのか」
まず、痔は人間の文明が存在したときから、すでに記録に残っており、紀元前数千年前のエジプトやインドの記録にも残っています。古代ギリシャではすでに肛門鏡の存在が確認されています。
ブログの読者には当然の知識ですが、人間が二足歩行を始めたときにTakeしたRiskなので当然ですね。
古来より、治療方法はシンプルで、i) 患部をそのまま切除する、ii) 患部を切開し鬱血を取り除く、iii) 焼きゴテで焼く、が基本のパターンのようです。字にするだけでも怖いですね。
私が行ったシートン法は、実は古代インドに由来があり、薬に浸した「タコ糸」のようなものを痔管(腸から臀部までを貫く体内の管)に通したのが起源のようです。しかし、当時は麻酔方法ももちろんなく、日本については華岡青洲が江戸時代に全身麻酔を確立するのを待たなければなりません。 華岡青洲は乳癌の治療で有名ですが、実は痔の治療も大変多かったようです。
江戸時代といえば、あの松尾芭蕉も痔に悩んでいたようです。痔が痛くて、四国以降の旅を断念するほどだったとか。当時は麻酔なしでの手術を余儀なくされたことを考えると、かなり苦しい治療だったことでしょう。 「肛門切るなら、麻酔くれ」というやつです。
明治時代では、夏目漱石が有名です。漱石は私と同じ、キングです。彼の遺作となった明暗は、主人公が痔の治療をするオープニングで始まりますが、これにどきっとした人は3000万人が痔に罹っているといわれる日本では少なくないことでしょう。
さらに、漱石のよき友人である正岡子規もキングでした。。。 もはや、優れた文筆家になるためには、痔であることはマストのようです。キングだとよりプロミシングですね。

では、今週もよい一週間をお過ごしください。

今週は、急用のためブログお休みです! 
楽しみにしてくださってる皆さん、清らかな朝をお届けできずすいません。

後ほど、今後の予定を掲示します。

◎前回までのあらすじ
ドラえもん型ドーナッツクッションを相棒とし、オフィスに戻ってきた俺だが、コンクリートジャングルの悲哀を思い知ることになる。
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2008年6月23日、ついにオフィスに戻ってきた俺。
俺の不在中に溜まってしまった仕事を俺は一心不乱に進めていく。 
プロジェクトリーダーとして、頭を悩ませる課題は多い。 テレビCMの細かい修正、競合他社の動向分析、店頭販促物の生産調整、お尻が痛い。
ん?お尻が痛い?

そう、俺は手術後のものと違う、新たな種類の痛みに気づいていた。
クッション界のモルヒネの誘惑に負け、躊躇することなくドラえもんの上に座っていたのだが、俺の肛門に装着された、ゴム管の両端が俺の臀部に鋭く突き刺さりはじめていたのだ。

まだ、勤務を始めて数時間。
ランチにもなっていない。
しかし、痛みですでに俺の集中力は削がれ始めていた。仕事は山のように溜まっている。しかし、肛門の切除の痕と、ゴム管の刺さる痛みが俺を絶え間なく襲う。
どうすればいいんだ。。。
(どう痛いかは下記図、参照)
sasaru


「なんでもいいから、 まずやってみる。 それだけなんだよ。」
俺の愛読書、岡本太郎の自伝の一説が俺の頭を通り抜けた。 よし、俺もやってみよう。

俺はすくっと立ち上がり、オフィスの倉庫からダンボールを取り出してくる。
ダンボールを箱状に手早く組み立てると、ガムテープで補強し、机の上に載せる。
ノートパソコンを、手際よくそのダンボールの箱の上に載せる。

俺はおもむろに、ノートパソコンの前に立つと、手をキーボードに添えてみた。
「完璧だ。」
臀部に負担をかけずに仕事をこなせるイノベーションを完成させた瞬間だった。

dj_R2


(その時の写真を、同僚の大田さんが撮っていてくれた。 まさに、この後姿、仕事を前に奮闘する阿修羅のようである)
(後日談: 数日後、俺が立って仕事をしていることを聞きつけた 営業ディレクターの相田さん(仮名)が、その部下を数人引き連れ、「おぉ、大変なことになっとんなぁ。お尻、痛いんかぁ、大変やなぁ」と大きな声でお見舞いに来てくださった。これによって、オフィスの人の中で、俺が痔であるという自信が確信に変わったという。)
(後日談2:さらに数日後には、その見事なキーボードさばきと、肛門の痛みから左右にゆらゆら動く姿から、DJマーケッターというニックネームが俺に付いていた。 さすが日本のあな痔シーンを引っ張る俺である)。
(後日談3:数時間後、俺の脚部の疲労感は限界だった。痛みを避けるために立つ。立つと足がむくみ疲れが限界を超える。座ると痛い。 そんなイノベーションの痔レンマへの解は、休足時間、だった。世の中の女子はすごいアイテムを使っているものである)

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オフィスに戻った俺は、痛みに打ち震えてはいたが、同時に二週間前の俺とは桁違いの自信を纏っていた。

そう、ウィスパーが、「超朝までガード (特に心配な夜用)」と、「パンティーライナー」に二刀流に進化していたのである。

ウィスパーを頻繁に取り替えられない睡眠中や、比較的動きの多い日は、超朝までガードに限る。
i) 後部を覆うように広がった形状は、ダムのように、俺の血液とナーバスな気持ちを受け止めてくれる。
ii) その底部に位置する吸収体は、ゆっくりと、しかしながら確実に流れる俺の血液をさっと吸収、そしてさらっさらな肌触りに転換だ。
iii) 唯一のコンサーンは、底部に位置する「体のすきまに合わせた アーモンド形吸収体」。大変恐縮なのだが、男性である、俺の体には、すきまがない。
歩くたびに、下から押し上げる微妙な違和感。
男性諸君、その微妙さは、男性がウォシュレットで興味本位に、ビデを使ってみた、あの時の感触に近い。
留意してほしい。

そして、俺はパンティーライナーにも真剣だった。
すでに、パンティーライナーがぴったり装着できるように、タイトなボクサーズパンツへ見事な移行を遂げていた俺だったが、場合によってパンティーライナー一枚では受け止められないリスクがあることに気づく。そもそも、一個あたりの吸収力がそれほど多くない上、形状が大きいわけでないので狙った場所をはずす可能性があるのだ。
頭を抱える俺に、インサイトフルなCMがリーチした。 女優が、心配な日の時に、生理用品の重ね使いに腐心するシーンだった。

次の日から、オフィスの22階のトイレに籠もっては、重ね使いに挑戦する日々。
試行錯誤すること、数日、俺は三つの形状を使いこなすようになっていた。
i) 一枚使い。基本形。 出血がひどくない時には、これで数時間おきに取り替えればOKだ。なによりもフィット感があり快適だ。
ii) 二枚並行型。 出血が多く感じるとき用。 痔の出血は場所が限られるので、縦列型よりも並行型がお勧めだ。
iii) トライアングル型。 比較的多めな日中、でも夜用を使うほどでもない時用。 i)の快適さと、ii)の安定感を、同時に実現するモデル。 その形状と万能性から、パンティーライナー界のトムキャット(F14:ベトナム戦争より投入された艦上戦闘機)とも呼ばれている。
tomcat


こんな試行錯誤を続ける俺を癒してくれるのは、生理用品の入った個包ケースのデザイン。
ちょっと憂鬱な気分で個室に入り、俺ポーチからウィスパーを取り出す。
その包み紙に目を落とすと、そこにはピンク色の花柄が咲き乱れている。
「 (=´∀`)人(´∀`=)」
憂鬱な気分だからこそ、こんなさりげない演出が心憎い。

しかし、排泄作業はいまだ困難を極めていた。
せっかく塞がり始めた傷口を、あっさりと蹂躙していく俺の排泄物。
永遠に傷が治らないような錯覚に陥る。
そして、トイレットペーパーで拭いても、拭いても、流れ出る血は止まる気配を見せない。

「拭けど拭けど、我が血とまらざり。 じっと手を見る」
(歌意:どんなに拭いても拭いても、依然として私のお尻から血が止まらない。 私はじっと手を見る。(掛詞))
俺はデスクに戻ると、一句詠み、苦々しくロキソニンを噛みしめた。
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そうこうするうちに、シートン法ならである、隔週のゴムを締める治療が近づいていた。 俺は週をまたいだ木曜日、大阪北逓信病院を再度訪れることになる。

(来週に続く)
<今週のQ&A>
今週もありがとうとうございます。
先週はブロガーであるからこその出会いが多い一週間でした。 ブログを毎週読んでくださる方とお会いできるなんて、まさに痔ロガー冥利につきます。 当初はこのブログは、シンガポール勤務の方々の中でひろがったのですが、その後金融、商社、医療系などを経て、今は航空会社にもリーチしたようです。 ふと考えると、ANAや、ピーチ、そして痔ALなど、何かと縁がある名前が航空会社には多いようです。今後も、場所を越えて、業種を越えて、さまざまな方に読んでいただけるといいですね。

今週の質問(今週の内容にリンクしますが、すでに何回か質問をうけていました)
「男性トイレに、生理用品を捨てるボックスないですが、どうしてたんですか?」
結論から言うと、洗面所の横にある、手を拭く紙を捨てる場所まで持っていって捨てていました。
始めのほうは、他の人に生理用品を持って、トイレをうろうろする姿を見られたくなく、トイレに流すことも考えたのですが、
トレイが詰まる→業者が直しに来る→ウィスパー発見→俺だとばれる
になる可能性が高い、というか同義的に流してはだめだろうと断念。
せっせと、毎回、トイレ入り口付近の紙を捨てる場所まで運んでいました。
トイレの清掃のおばさん、すいませんでした。
ポイントは3点
●まずは誰もいない時間帯は、朝早く、12時45分頃です。 的確に見計らっていきましょう。
●どうしても恥ずかしいときには、人が少ないトイレを探しましょう。 神戸オフィスの皆さん、15階、16階は穴場ですよ。
●余談ですが、私は常にトイレにポーチを持参していたのですが、中身はウィスパー(夜用&パンティーライナー)、ロキソニン(痛み止め)、コーラック、休足時間、脱脂綿、サージカルテープでした。 痔主の七つ道具ですね。 

では、今週もよい一週間を。

◎前回までのあらすじ
レッドオーシャンの荒波も乗り越え、五日間の入院が終わり、俺はいよいよオフィスに復帰する。
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痔が発覚する6月上旬まで、俺は天満(大阪)から神戸のオフィスまで車で通勤していた。
外国人が多い会社の文化の影響だろうか、それとも神戸というセンスある街の影響だろうか、会社近くの駐車場にはBMW、アウディ、アルファロメオなどがずらりと並んでいた。
そんな駐車場に颯爽と乗り込む俺の愛車は、デミオ。 俺の体躯を悠々と抱え込むその車体は、ポルシェ カイエンと並んで停めるとまるで、曙と貴闘力を髣髴させるようなサイズ感であった。

しかし、退院後の初日、俺は六甲ライナーに揺られていた。
「なんて、モノレールは痔に優しいんだ。」
アイオープニングな発見。 俺は六甲ライナーのその流れるような発停車に、そして痔患者を思いやってであろう、モノレールで通勤できる場所にオフィスを構えた会社の決断に、感嘆の声を漏らさざるを得なかった。
手術直後の痛みと比べると、我慢できる程度にはなっていたが、やはり椅子に座ると激痛が走るため、俺は電車通勤に切り替えたのだ。
ちなみに、自宅のある天満からモノレールにたどり着くまで、JRを乗り継がないとならない。
梅田発の新快速(特に梅田―西宮間)のその横揺れの激しさは、ロデオの如し、要注意だ。
痔の皆さん、新快速に乗るときは、ぜひ金属の手すりをしっかりと握り締めて欲しい。

モノレールの駅から、オフィスまでの500メートルほどを一歩一歩踏みしめて歩く。
足を交差させる度に、双臀が揺れ動く度に、切り裂くような痛みが走る。
俺が痔になったことは、上司のマネージャーと、ディレクターと、ごく限られたチームメンバーにしか知らせていない。メンバーには「内密に頼む」と緘口令をしいていた。(第9話: 「結果こそがすべて」参照)
外資系マーケッターとして、自分のパーソナルエクイティーに万全の配慮は当然だ。

俺は普段となんら変わらない様子でオフィスに向かっていく。
ガラス張りのエントランスに足を踏み入れる。
レセプションのお姉さんに笑顔を送る。
警備員の方に会釈をする。
22階のボタンを押す。

ここまでは完璧だ。

当時俺が勤務していたビューティーケアがあった22階に降り立った。
いつもよりもみんなの視線を感じる。気のせいだろうか。
軽く疑問に思いつつ、自分の机にたどり着いた俺。次の瞬間、椅子に視線を落とした俺は、声にもならない鋭い悲鳴をあげた。

dora_chair


「ド、ドラちゃん!」

いつも我々に夢を与え続けてくれていた、ネコ型ロボットの、こんなスットコドッコイな表情、誰が見たことあっただろうか。
その見事に円を描いたドラえもんの口は、俺の肛門を今か今かと待ちわびているようだった。
「ドラちゃんが、その口ぃ、空けて待ってんぜ!」
俺は遠慮することなく、痛みの走るお尻を下ろしてみた。

「あぁ、楽だわぁ
安堵の声が漏れる。
未だかつてない、お尻に優しい座り心地だ。
お尻に痛みを軽減したい、という俺の夢を叶えてくれる不思議なポッケに喝采だ。

俺はふと我に返る。
このドーナッツ状のクッションは、痔のアイコニックな存在。「ドーナッツクッション=痔の患者」は明快すぎる方程式だ。このままでは「俺が痔」とばれてしまう。
「俺が痔」という印象を拡散させないのは喫緊の課題。というか、そもそも誰が置いたんだ?

そのとき、俺は当時入社二年目の大田さん(仮名)の名前が頭を真っ先によぎった。日本最高学府出身の彼女はその肩書きに恥じない明晰な頭脳を誇っていたが、国語がちょっと苦手という噂があった。俺は確かに「内密に頼む」と言ったのだが、、、
彼女のデスクに俺はにじりよった。

俺「大田さん、ちょっと聞きたいんだけど、ドラえもんクッション置いた?」
大田さん「はい!かわいいでしょ!早く治るといいですね。」
やはり、彼女だったか。俺は引き続き問いただす。
俺「てか、俺、内密って言ったよね。痔だってことは内緒って言ったよね!」
大田さん「誰にも先輩が、痔とは言葉では言ってないですよ。言葉では。内密にしてますよね。」
俺は言葉を失った。
見事なカウンターロジックだ。俺はうなずくしかなかった。

でもね、大田さん、ドラちゃんは俺が痔であることをすでに雄弁に語っているよ。。。君が言葉で伝えていなくても。
俺が危惧したとおり、すでにオフィスでは、俺が痔であるという噂が、枯れ野に火を放つように急速に広まっていっていた。。。

・・・・・・・・・

しかし、苦悩はまだ序の口だった。オフィスがいかに痔に対してつらい場所であることを知ることとなる。そして俗に言う痔世代 三種の神器(ウィスパー夜用スーパー、コーラック、休足時間)がいかに効果的かを実感するのも、そう遠くなかった。
(来週に続く)
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◎今週のQ&A
今週もブログ訪問ありがとうございます。
この週末、Twitterを中心に紹介いただき、訪問者20万人、ユニークユーザー4万人を超えました。ありがとうございます。

今週はドーナッツ状クッションの功罪についてです。
ドーナッツ型のクッション、皆さんも一度は見たことがあるのではないでしょうか?「父が使っていました!」というメッセージもよく頂きます。
真ん中に穴が開いたクッションは、 患部が直接触れなくなるために、痔の患者には広く使われています。今週のブログでも書きましたが、実際に手術後に座ってみると、痛みは大きく軽減され、その快適さには舌を巻きます。
しかし、私が訪れた肛門科にはよく注意書きされていたのですが、このドーナッツ状クッションには二つのリスクがあります。
●その真ん中がくり抜かれたデザインのため、患部が放射状に広がってしまう。
●肛門に通常の椅子よりも、圧力が集中するために、中期的には痔のリスクを更に高めている。
わかりやすく図解してみましょう。左が通常クッション、右がドーナッツ状クッションです。
photo408_R2

このように、ドーナッツ状クッションは、一時的には症状を緩和させるものの、中期的には痔を悪化させるリスクがあり、その痛みのために更に手放せなくことから、我々の間では「クッション界のモルヒネ」と呼ばれています。
ちなみに、科学的に一番よいのは、テンピュールのような低反発クッション(正方形)のようです。
私のドラえもんクッションは、依存することなく無事にその役割を終え、私がシンガポールに異動になる際に神戸オフィスの倉庫にそっと寄贈しておきました。神戸オフィスの皆さん、どうしてもお尻が痛いときお使いください。
そして、ちゃんとドラえもんクッションの写真を保存していた大田さんに敬意を表します。

では、今週もよい一週間を。

前回までのあらすじ
麻酔切れの痛みを、モルヒネの筋肉注射で乗りきった俺。 あとは痛みが去るのを待つだけかと思ったが、、、甘かった。

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休むことなく襲い掛かる激痛を、外資系で鍛え上げたそのメンタルタフネスをまったく駆使することなく、モルヒネの力で無事乗りきった俺。
ほとんど眠ることなく次の朝を迎えた。

俺は四人部屋の窓際のベッドをあてがわれた。
小さな小窓から朝日が差し込む。
麻酔が切れてからもう8時間ほど経っただろうか。
肛門の痛みは少しずつとはいえピークを過ぎ、モルヒネを打たなくても我慢できる程度になっていた。
腰椎麻酔のせいで、まだ下半身は自分ではほとんど動かせない。

しかし、時は無常に流れる。
俺は順調に、トイレに行きたくなってきたんだ。

手術の前から絶食をしていて、そのあとも点滴で栄養を補給していたが、何も食べなくても排泄はしないといけないことを俺はすでに学んでいた。自力でトイレに行こうとしたが、足が麻痺してうまく動かせない。
何度もいうが、困ったときはナースコール。
俺は慣れた手つきで、ブザーのコードを手繰り寄せ、ボタンを押し、トイレに行きたい旨を告げる。

看護婦さんが車椅子を持ってくる。
手術してから病室に戻るとき以来、人生二度目の車椅子。
動かない両足を看護婦さんに預け、俺は見事に這いつくばって、車椅子に転がり込む。
そのとき、俺の頭を、カフカの「変身」の冒頭がよぎったという

病室から100メートルほど離れたところにある、車椅子用トイレの個室に入り込む。
看護婦さんの助けをもらいつつ、レバーを握り締め、便座に腰を下ろす。
看護婦さん「大丈夫ですか?トイレ、助けいりますかね?」
俺「ひとりでできるもん♪
どんな複雑なプロジェクトも前に推し進めてきた俺には、トイレなんて簡単なタスクなはずだ。

「終わったら、またナースコールで教えてくださいね」
看護婦さんはネクストステップを俺に告げると、ナースセンターに戻る。
俺は車椅子用トイレに一人になった。

「まずは、小さいほうからといきますか」
俺はズボンを下ろすと、まずは手術とまったく関係ないほうであるほうの排泄作業を始めた。

「ぬあぁぁぁーーー、いてえじゃねぇかーーーーー!!!!!」
その刹那、俺の悲鳴がトイレの青白いコンクリートに吸い込まれていく。
「肛門括約筋、またお前か」
人類は小さいほうの排泄の際にも、肛門括約筋を見事なバランスで使っていることを俺はこのとき学んだ。
トイレトレーニングを積んだ赤ちゃん、君たちは偉い。

やっとのことで排泄第一弾をなんとか終わらせ、俺は肩で息をしている。
しかし、ここからが本番。
今度は手術と関係あるほうの排泄作業を始めなければならない。

肛門にメスを入れて、一部を断ち切り、ゴム管を通しているのだ。
普通の切り傷にシャワーを浴びるだけでも水が滲みて痛いのに、肛門が切り裂かれた上を排泄物が通過する。
たぶん、人間を創造した神様もこんなシチュエーションは予想してなかったと思う。
どう考えても痛そうなんですけど。

弱気になる俺を、肉食系の俺が叱り飛ばす。
「ナポレオンも乗り越えた痔だ。今まで何千万人、何億人も通り抜けてきた道。お前にできないはずはない」
たしかに、痔で苦しんできた人は累計すごい人数になるはず。
しかし、痔の手術跡の排泄が痛くて死んだ人なんで聞いたことない。
ひょっとしたら肛門は神経が少なくて痛くないのかもな。

俺は見事なハイポシシスを思いつくと、清水の舞台からあっさりと飛び降りてみた。

「いでぇぇぇぇーーーーーー。しぬーーーーーーーーー!!!!!!!」

俺の排泄史上、最高激痛だった。
傷口に塩を塗っているどころでない。
こちとら、傷口にうんこ塗っているんだ!

「あぁぁぁっぁぁぁぁーーーぁ!!! ぐぬぉぉぉぉぉーーーー!!!」

「一回やり始めたら、最後まであきらめちゃだめだよ」
いつも的確なアドバイスをくれる父の顔が頭をよぎる。

「ぐぁぁぁぁぁーーーー!!! ふんなぁぁぁーーーーーー!!!!」
今度こそメンタルタフネスを発揮するしかなかった。
俺は全身の筋肉に力をこめ、この歴史的大事業を終わらせようとする。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
やっと流れ落ちたようだ。
流れ落ちる汗を袖でぬぐいながら、便器に視線を落とす!

「!!!!!!!!!!!!」
真っ赤だった。

もはやどこが、排泄物か、血液なのか区別がつかないほど、鮮血が陶器に拡がっている。

「こんなところにも、レッドオーシャンがあるとはな。」
血を血で洗う眼下の光景に、つぶやかずにいられなかった。

・・・・・

なんとか排泄を終わらせた俺は、今度はふき取る作業にはいる。
トイレットペーパーを手に巻きつけそっと吹き始める。
ペーパーには血ばかりがつき、何をふき取っているのか、という根本的な疑問が首をもたげる。
拭くというよりも、タッチするという、これまた排泄史上、最高に優しい洗浄を行う。
しばらくすると、俺の右手に、いつもと違う感触が伝わってきた。
なんだか硬い。
「ゴム管だ!」
俺の肛門には、先生の説明にあったゴム管(第12話:尻にピアス参照)が埋まっていた。
こいつは、これから半年間、俺と生死を共にする存在になっていく。まさに一心同体。
この後、このゴム管は、ジェダイとライトセーバー、新一とミギー、天下一品のこってりとチャーハン、のような存在になっていく。

・・・・・・・

全てが終わり、ナースコールで看護婦さんを呼び、俺は病室にもどる。
俺はすでに軟便剤を処方されていたのに、こんなに排泄がつらいとは。
俺は、トイレの中での格闘の一部始終を、克明に若い看護婦さんに、手振り身振り伝える。
看護婦「大変ですよね。もう少しよくなったら坐浴できますよ。(浴槽のようなものにお湯をはり、お尻を浸すこと。血行もよくなる治療。」
俺「でも、今でも大変なのに、退院して軟便剤がなくなったらどうしたらいいんですか?」
看護婦「代わりにコーラック使ってもらってもいいですよ。」
俺は、そっと退院後のダイコクお買い物リストにコーラックを付け加えた。
これが更なる惨事を巻き起こすが、これは別の話。別のときに話すことにしよう。

・・・・・・・

入院中は、肛門の痛みと、排泄の痛みに耐える日々だった。
俺はランス=アームストロングの自伝を読み、彼よりはましと自分を慰める日々。(彼の自伝は、闘病生活にマストでは、と思うほど壮絶だ)
この痛みにまったくなれることなく、次の週の月曜日を迎えた。
先生「出血は続きますが、もう退院して大丈夫です。これから二週間ごとに来てくださいね。」

いよいよ、キングの帰還のときが来た。

(来週に続く)

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◎今週のQ&A
ブログへの訪問ありがとうございます。いよいよ退院して、来週からはオフィス生活の話に戻ります。
では早速今週のQ&Aに。

#1「『困ってる人』、を読んだことありますか?」
これはブログをはじめて一ヶ月ほどしたときから既に数名の人に言われたことです。私はその本の存在をまったく知らなかったのですが、今週末マレーシアにダイビングに向かう途中で、同行者に借りて一気に読みました。大野さんという20代の女性が突然に日本でもほぼ前例がない難病にかかってからの日々を書いた本です。 
たしかに読んでいくと大変似ているポイントが三点あります。1) 身に起こる様々なことを無駄に横文字とか使って面白く描写しようとする点、2)ブログ、Twitterなどを中心に拡散している点(彼女はそして出版しています)、3)おしりに苦しんでいる点、です。
私と違う点は、1) 難病のレベルが桁違いであること、2)彼女のブログは読むと大変ためになるが、私のブログは多分ならない点(笑)、でしょうか。 
私自身、12歳のときに急性腎炎の疑いで一ヶ月ほど入院し(結局ナットクラッカー症候群というものだったらしいです)、腎臓移植を小学生ながら本気で考えた過去があり(治療費用が莫大なので、子供ながらに悩む)、こういう方が保険などで悩む姿はどうにかならないのかな、と思います。 皆さんも機会があったらぜひ読んでみてください。

#2「イギリス人も痔の手術するらしいです」
これは友人からもらった情報です。先週のエントリーで、外国人は手術しないことも多いようです、と言いましたが、イギリス人は基本手術で治すらしいです。私はどちらかというと、その友人(20代女性)がどうやってイギリス人からその情報を入手したかに興味がわきますが。
ちなみに、私がうけたシートン法(痔管にゴムを通し徐々に肉を切る方法)の由来は、古代インド人らしいです。
現代のグローバル社会を席巻するインド人のメンタルタフネスが、このエピソードからも伺えますね。

では今週もいい一週間をお過ごしください。

●前回までのあらすじ
肛門手術(シートン法)を、腰椎麻酔とラマーズ法で乗り越えた俺。 手術は思いのほか簡単に済んだかに見えたが、、、
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予兆はあったんだ。

手術が終わり、部屋に戻ったのは午後五時ごろだった。
俺の尻には、しっかりとゴムが輪の形になって埋め込まれているのだが(12話「尻にピアス」参照)、黒川肛門診療所とともに関西にその名をとどろかす大阪北逓信病院、その腕は卓越したものであった。
肛門を下にして仰向けに寝ることは、俺のような痔のエキスパートにとってもチャレンジングなものであるのだが、何の問題もなく仰向けができる。痛みはない。全ては順調だった。

病院の夜は早い。
9時に消灯。手術前後は食事を断つので、点滴で栄養を補給した俺はそっと目を閉じる。
瞼の裏には、肛門が無事一つに統一され、颯爽とプロジェクトチームをリードする俺が映っている。
「みんな、あと四日の辛抱だぞ」
俺がいないなかブランドを守るチームのみんなが目に浮かぶ。使命感に体がほてっているようだ。
俺は眠りについた。

そう、そのほてりがサインだったんだ。今の俺なら読み取れる。
ほてりは、肛門界のニイタカヤマノボレ、ってね。

第一波は夜11時ごろにやってきた。
突然熱を帯び始めた臀部に異常を察し、俺は身を翻して起きようとする。
「いてぇー!!!」
声にならない、鋭い叫びがこぼれる。
脂汗がにじみ出る。
臀部の谷間に、未だかつて、俺の肛門人生で経験したことがない痛みを感じていた。

「負けそうなときは、人の二倍努力するんだ」
遠のく意識のなか、父の教えを思い出す。
さすが俺の父の教えだ。見てるか父さん!
あなたの息子は、人の数倍、肛門の痛みに耐えてるよ。
精神力が肛門括約筋を越える時だってあるんだ。心頭滅却すれば、痔もまた涼し、というじゃないか。

精神力のみで俺はなんとか第一波を押さえ込み、再度眠りに落ちる。

しかし、奴らは執拗だったんだ。
一時間と待たずに、第二波が俺を襲い掛かってきた。

「ぐぁぁぁぁーーーー」
漆黒の病室に響き渡る俺のうなり声。
規則正しいリズムを刻みながらも、大きく揺れる点滴のニードル。
痛みのあまり、小刻みに震える、俺のヒップ。
肛門の痛みの前に、俺はあまりにも小さな存在だった。

朦朧とする意識の中、俺は病室に帰るときに聞いた看護婦さんの言葉を思い出す。
「何か異常があったら、すぐに押してくださいね」

「そうだ。ナ、ナースコール・・・」
俺は震える手で、ナースコールのケーブルを手繰り寄せる。
あまりに痛さに目すら霞んできやがった。
一度、二度、三度。
最後の力を振り絞り、俺ははじめてナースコールを押してみた。

俺は知らなかったんだ。
ナースコールはすぐに看護婦さんが来るのでなく、まずはスピーカーで応対するということを。
病室に機械を通した甲高い声が響き渡る。
看護婦「はい、どうしました?」

こ、これは!
どうした、って言われても、困るではないか。
この部屋には俺以外に三人が、寝ている。ぜひ察して欲しい。
俺があんなセリフ吐けるわけないじゃないか。

沈黙する俺に、看護婦さんが言葉を続ける。
看護婦「どうしたんですか? 何かトラブルですか?」
あぁ、トラブルというか、なんというか、すっごいことになってるんだ、看護婦さん。
この苦しみを伝えたい。しかし、羞恥心が俺の邪魔をする。
同時に、もう一秒の猶予もないのは自明だった。

大きく息を吸い込むと、俺は声を張り上げ、沈黙を打ち破ってやった。

「看護婦さん、お尻が、僕のお尻が、燃えるように熱いんですー!痛いんですー!」

<数分後>
一分が一時間にも感じられた。
銀色のパレットに処置道具を入れて看護婦さんが訪れる。
カーテンをめくり、看護婦さんが俺の傍らに立った。
俺は言葉を尽くして、俺の肛門の、今そこにある危機を語る。
話を聞きゆっくりうなずくと、看護婦さんは俺に告げた。

「麻酔が切れたんですね。眠れるように、モルヒネを筋肉注射しますね。」

モルヒネ? 麻薬?
しかし背に腹は変えられない。
俺の肛門の痛みは、すでに人類が未だ感じたことのないレベルに達していた。(と思う)
俺は震える手でOKサインを下す。

「モルヒネよ、お前が俺を連れて行くのは、肛門界の女神なのか、悪魔なのか?」

うわ言を唱える俺の、上腕がめくられる。
モルヒネが充填された注射の針が鈍く光る。
針が皮膚を貫く。
俺の筋肉にモルヒネが流れ込んでいく。
肩から二の腕に掛けて、信じられないほどの激痛が走る。
俺は看護婦に、そして神様に言ってやった。

「ザッツ サディスティックー!」

・・・・・・・・・・

モルヒネは効果覿面だった。
肛門の痛みを抑えるために、腕に筋肉注射をするのは、核弾頭に核弾頭を打ち込むような衝撃だったが、五分ほどたつと肛門の痛みが去っていく。戦いに勝利した俺は、眠りに落ちていく。

・・・・・・・・・・
「ぐぁぁぁぁーーーー」
一時間後、再び、漆黒の病室に響き渡る俺のうなり声。
そう、モルヒネは一定の時間しか効果がもたなかったのだ。
困ったときにはナースコール。ここ大阪北逓信病院での一番のラーニングだ。
「モルヒネ、お願いします。」 
もう手馴れたものだ。
看護婦が訪れる。
腕がめくられる。
針が入る。
「ザッツ サディスティックー!」

・・・・・・・・・・

この肛門が痛む→モルヒネを筋肉注射で激痛→眠る→肛門が痛む→モルヒネを筋肉注射で激痛、は我々の中では、痔獄の永遠ループと呼ばれている。

・・・・・・・・・・
三回目のモルヒネを打たれ、眠りに落ちる。
しばらく痛みを忘れ、つかの間の安眠だ。
空が明るくなってきた。
窓から日差しが零れこむ。
新しい朝がやってきた。

俺の入院二日目が始まる。

(次回に続く)

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今週のQ&A
今週もみなさんブログを訪問いただきありがとうございました。
闘病記も佳境にはいり、少し痛い表現も多くなってしまいますが、ぜひご家族・同僚と手を取り合って読んでいただけると幸いです。

今週のQ&Aは、「痔は日本人特有の病気なの?」です。
韓国人の方を含めて話しているときに話題になったのですが、結論からいうと人種関係ありません。
第5話「いざ肛門科」でも述べましたが、痔は、二足歩行という肛門が腸よりも低くなる生き方を選んだ、人類共通のリスク。一説ではアメリカ人の8割は痔、というレポートもあるように万国共通の病気です。
ただし、他の国の方は痔でも、我慢したり、薬で散らしてしまうことも多いようです。
私が人生を謳歌しているここシンガポールでも、薬局・漢方薬の店では「痔」と大きく書かれている薬が売られています。私のいきつけは、チャイナタウンの漢方薬屋さんなので、私を見かけた人は声を掛けないようにしましょう。

外国人で一番有名な痔の人は、ルイ14世とナポレオンでしょう。
ルイ14世は、当時の健康法の一種、「浣腸」を頻繁に行い、その影響で深刻な痔ろうになってしまいました。当時は麻酔がなかった時代、ルイ14世は果敢にも手術に挑み無事完治させてしまいました。手術直後に痛みに耐えながらも笑顔を振りまいた、とも言われるルイ14世。好感度急上昇ですね。

もう一人はナポレオン。若くして天才的な戦術を駆使し、ヨーロッパの頂上を極めたナポレオン、彼は20代から痔に苦しんでいました。「いつも青ざめた顔をしていた」と描写されるナポレオン、きっと痔がつらかったのでしょう。 最後の復活をかけたワーテルローの戦いでは当初優位に戦局を進めながらも逆転負けを喫してしまいます。痔の痛みに耐えかねて戦術でミスを犯した、という説もあり、「ナポレオンのお尻が正常だったら、ヨーロッパの国境線は異なっていただろう」とも痔界の一部では言われています。

太陽王ルイ14世と、皇帝ナポレオン。
英雄になるためには痔はマストアイテムのようですね。

では、みなさん今週もよい一週間を。

◎前回までのあらすじ
ふんどし(T字帯)も手に入れ準備万端となった俺。6月18日午後、俺はついにシートン法に挑む。
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俺の肛門人生を決するといっても過言ではない勝負の午後がやってくる。
めり込んだパチンコ玉に気づいたのは6月初旬。まだ10日程しかたっていない間に、俺はどれだけの文献を調べ、どれだけのことを考え、どれだけの肛門鏡を直腸にくわえこんだのだろう。
「思えば遠くに来たものだ」
梅雨の湿った空気に向かって、感慨深くつぶやく。

看護婦さんがノックをして、部屋に入ってきた。
とうとう順番が来たらしい。 俺は看護婦さんにゆっくりと会釈をし、廊下へと歩を進める。
すでに俺はポンチョのような手術服に着替えを済まし、T字帯もばっつり決めていた。

手術室の前に着く。
生まれて27年、俺は手術を始めてすることになる。
12歳の時に急性腎炎となり一ヶ月入院し、俺はおそらく当時の小学生の中でトップクラスの泌尿器科知識レベルを誇っていたが、自然治癒に成功し結局手術は経験したことがなかった。その後、俺はまったく健康体で過ごし、手術室とは縁がない生活を送っていた。

部屋に足を踏み入れる。
「なるほど。思ったよりもきれいだな」
白を基調としてまとまった内装。先進的な印象の機械が並んでいる。
その中央に、俺の行きつけ指圧マッサージ店「ありさ整骨院 梅田店」にあるようなマッサージ用ベッドから下半身部分がなくなったような台が置いてある。呼吸できるように顔の部分に穴が空いていて、お尻が突き出るようになるデザイン。
看護婦さんが俺に告げる。
「その踏み台を使ってベッドに上って、顔を下向けにして寝てくださいね。」

27年の齢を重ね、ついに俺は手術台に。
俺にはその手術台への踏み台が、大人への最後の階段に見える。
「わかりました」
看護婦さんに目で合図を送り、俺は踏み台に足を掛ける。
うつぶせになり、上半身を折り曲げベッドに委ねる。
自然、お尻は後方に突き出ることになる。

その時の体勢、言葉では伝えづらい。
言葉は時に無力だ。
下記の写真を参考にしてほしい。
pipo

既に羞恥心ボルテージの針が、振り切れんばかりだった。

肛門診療の基本ポーズともいえる横向きのタツノオトシゴポーズ、梅田で屈辱を味わった上向きの分娩台ポーズ、そして手術でのうつ伏せのピーポ君ポーズ。一つの羞恥ポーズを乗り越えるたびに、また新しいポーズが現れる。

まさに前門の虎、肛門の狼だ。

そんな俺を意に介することもなく、看護婦さんは作業をすすめる。
足を肩幅に広げる。肛門にエアリー感が増す。
ポンチョをめくる。患部が全開だ。
T字帯をはずす。ばっちこいだ。

この時、俺は、心の中で、無条件降伏をした。
もう恥ずかしいことなんてない。どうにでもしてくれ。

そんな俺のポツダム宣言を知ってか知らずか、先生が淡々と手順を伝える。
先生「まずは腰椎麻酔をします。今回は下半身麻酔にしておきます。その後、患部の手術、痔管(トンネル部分)にメスをいれ、ゴムを通しますね」
大体聞いていたとおりの手順。予想通り。驚きはない。
口許に微笑を浮かべて、先生に向かってうなずき、俺は前を見据えた。

そして、俺は気づいた。
先生、看護婦が全員、俺の背後に位置している。
みんなが後ろにいるから、見えない。恐怖感が増す。
手術の準備であろう、乾いた金属音がカチャカチャと、俺の背後から聞こえる。
いつ俺の腰椎に麻酔の針が刺さるんだろう。
その麻酔の針はどんな形をしているんだろう。
そう。俺は、痛いこと・注射が苦手なのだ。
なんだか息苦しくなってきた。

次第に青ざめていく俺に、看護婦も気づいたらしい。
看護婦「大丈夫ですか? 刺すときはちゃんと言いますから大丈夫ですよ。」
俺「はい、大丈夫です。ハァハァ。まったく普通です。ハァハァ。」
看護婦「ゆっくり呼吸してくださいね。大きく吸って、大きく吐いて」

背後から麻酔をされる恐怖に押し負けそうな自分を隠すべく、俺は自分流のラマーズ法を試みる。
俺は大丈夫だ。痛くない。ハッハッ、スゥースゥー。
注射なんてすぐだ。ハッハッ、スゥースゥー。
分娩台も乗ったし。ハッハッ、スゥースゥー。
ラマーズ法もやってるし。ハッハッ、スゥースゥー。
もう出産できんじゃねーか。ハッハッ、スゥースゥー。

そんなハッハッ、スゥスゥーを繰り返すこと数分、ついに先生が俺の脊髄のあたりを指でたたき始めた。
いよいよだ。どうやら骨と骨の間を確かめているらしい。
「大丈夫、大丈夫だ。」
俺は自分に話しかける。21歳のとき、遅まきながら大学デビューを果たすため、TBCのアゴヒゲ脱毛の痛さすら乗り越えた俺じゃないか。

背後の忙しない動きが止まる。
先生「では、すぐに終わりますからね」
先生が短く告げると、ついに麻酔の針があてがわれた。
針が皮膚をくぐり抜け、腰椎の間隙を縫い、俺の体を侵食する。
食いしばった歯の間から、声にならない嗚咽がもれる。
俺は勇ましく、そして高らかに心の中で吠えた。
「あぁぁぁぁー、いたいよーーーーー。おかあさーん」

<数分後>
不思議だ。
麻酔を悠々と乗り切った俺は、下半身麻酔の感覚をゆっくりと味わっていた。
足の先からひんやりとしてくる。
だんだんひんやりとした感覚があがっていき、ふくらはぎ、太もも、腰が冷たい水で満たされたような感じだ。
もはや先生が触っても何も感じられない。
「では始めますね」
先生の声を合図に、数人が同時に動き始める気配がする。金属の重なる音がする。しかし、俺は時折からだが揺れ動くだけで、何も感じない。本当に手術しているのか?
先生「電気メス」
? なにか切っているのか? 本当に何も感じない。
グイッ、グイッと何かを引っ張っている感覚が走る。シートン法の説明のときにあったゴムでも縛っているのだろうか。

看護婦は「すぐ終わりますからね」と言っていたが、本当に20分も経たずに手術は完了した。
先生が俺に告げる。
「手術終わりました。問題なく完了しました。」
先生と目を合わせ、相好を崩す。
先生「切り取った患部、見てみますか?」
好奇心こそ、マーケッターの魂。俺はYESと即答する。

銀色のパレットに置かれた、切り取られた俺の肉体の一部が目の前に運ばれる。思ったよりも大きくいかれた印象だったが、ついに完治への第一歩を実感に涙腺が潤む。
手術室にいた全員と感動を共にする。
俗に言う、「アナルが取れた、アナルが取れた」状態だ。
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手術は無事終了、俺は手術室を出る。
病室までは車椅子で移動だ。
痛みもまったくない。
簡単に終わってしまった手術だった。
「5日間も入院するなんて大げさだったな。」
俺はいささか拍子抜けすらしながら、病室のベッドに横たわった。

<数時間>
その夜、夢から目を覚ますと、俺は、ベッドの上で肛門が烈火の如くなっていることを発見する。。。

(次週に続く)
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今週のQ&A
今週も訪問ありがとうございます。
週末は、シンガポールで送別会があったり、友人が日本から来ていたりで、また多くの出会いがありました。以前は紹介いただく際に、
●外資系のマーケッター
●アジアを飛び回っている
●プレミアム市場を担当している
などと言われていたのが、もはや
●ジロガーの人
●外資系の痔の人
●好きな歌は「Gee」らしいよ
と言われており、すでに原型をなしていません。まさにブロガー冥利に尽きます。
どちらが私を的確に言い表しているかは、一目瞭然ですね。

今週の質問は「痔は血がでることでわかるんですか?」です。
結論から言うと、裂肛(きれ痔)は血がでますが、痔核(いぼ痔)と痔ろう(あな痔)は出血しません。
●きれ痔は、文字通り肛門が切れているので、排泄時に鮮血が残ります。
●いぼ痔は、静脈がうっ血するのですが、患部が膨らみ痛いだけで、血は出ません。
●あな痔は、直腸からつながる別ルートができ、そこが腫瘍になるので、血は出ません。
私のように腫瘍を切除したりすると、その手術の影響である一定の期間出血が続きます。

「私は血が出てないから大丈夫」といわれる方いますが、後者の二つは血がでないでもかかっているケースあるので気をつけてください。
そして、完治の難しさから既に痔のキングである上に、腫瘍ができるまで症状もわかりづらいというステルス機能も併せ持つあな痔には、畏敬の念すら覚えてしまいますね。

では、今週もいい一週間を。

●前回までのあらすじ
いよいよ手術当日。肛門科で再度診療を受け、俺は痔ろうをそのままくり抜く術法と、そのリスクに耳を傾けていた。

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今回はまじめな話からスタートさせてもらおう。
通常の自社・自ブランドで管理するウェブサイトと同様に、ブログの管理者はその訪問者について、ある程度の情報を知ることができる。個人情報はもちろん手に入らないが、訪問者数、時間帯における推移、どのリンクを辿ってきたか、などの基本的なデータだ。 その中に「検索ワード」という、訪問者がどのような検索ワードを調べ俺のサイトに来たのかを見る機能がある。
3月の検索ワードはなかなか、興味深い。

●上位には、「外資系 痔」「この俺が痔」が並ぶ。
top3
 予想したとおりだ。

●もう少し下に目を下ろすと、「痔の闘病記」などと並んで「ふんどしとおれ」などのコアなフレーズが現れる。
fundoshi to ore
 俺のブログの細部にまで目を通していることが窺え、まさに読者の鑑だ。

●さらに時々、何を血迷ったか「外資系 ブランドマネージャー」と検索してたどり着いたマニアックな者も現れる。
gaishi_brand_manager
 一言、言いたい。
こんなブログで、正直、すまんかった。

しかし、外資系のブランドマネージャーになりたくて就活をしている人が真面目に調べてたら、どうするのだ。
良心の呵責に1秒ほど悩んだ俺は、今回は少し真面目なトーンで入ろうと思う。就職活動中の君、もう少し読み進めてほしい。

もう昔話になるが、俺が外資系ブランドマネージャーへの一歩を刻み始めたのは、2004年の春だった。俺が受けていた外資系企業の採用活動は最終段階を迎え、俺はスペイン人ディレクター(仮名:マリオ)へのプレゼンを終え、引き続きインタビューが行われていた。マリオは俺の履歴書を見ながら手短に、次々と質問を飛ばす。「大学では何をしたのか?」「法律の勉強とは具体的に何をしたのか?」「リーダーシップを取った経験をもう少し詳しく教えてくれ」。
受けた質問に対して、英語で淀みなく答える俺。しかし、マリオは若干の語気を強めて言った。
「違うんだ。俺が聞きたいのはCARなんだ。事実の列挙じゃない。Context - Action - Resultなんだ! それぞれのCARを教えてくれ!君がどう価値を出したのかを教えてくれ!」
フレームワークの名前こそ異なっても、このContext - Action - Resultは、アクションに対する評価の考え方の基本である。就職活動中の学生のみんな、忘れないで欲しい。

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さて、大阪北逓信病院に舞台を戻そう。
先生に痔の手術方法の一つ、開放手術についてのリスクの説明をうけていたとき、まさに俺の頭にはマリオの言葉、「事実の列挙じゃない。アクションの評価はCARの視点から考えるんだ!」が駆け巡っていた。
慌てるな、俺。
さぁ、今こそ、CARを使うんだ!

C(Context) 痔になった。
A  (Action)  手術をする。
R  (Result)  お尻がしまらなくなる。(かもしれない)

あぶない!!!
むしろ逆効果、な気がする。
先生「もちろん成功する可能性が高いが、肛門機能が低下すると、寝ている間に便が漏れることがあります」
恐るべし肛門括約筋。
就職活動中のみんな、肛門括約筋の大切さも忘れないでほしい。

そんな説明を受ける俺は、まだ27歳の外資系マーケター。
リスクと、俺の人生に与える影響を考える。
そうだ、俺には、まだやり残したことがある。
俺には夢がある。いつか世界で活躍するプロフェッショナルになるという夢が。
俺には夢がある。いつか痔ろう有りでも、人生の伴侶を見つけるという夢が。
俺には夢がある。いつか、二つになってしまった肛門も、手を取り合ってまた一つに戻るという夢が。(そして、肛門機能はそのままでお願いしたい)

俺はかぶりを振りながら、先生に尋ねた。
「やはり、まだ肛門機能にはこだわりたいんです。他に方法はありませんか?」

先生は穏やかな表情を崩さず、二つの方法を提示した。
「はい、他には、肛門温存手術と、シートン法があります。あなたは幸い、原発巣、痔管、二次口の位置が肛門からそれほど遠くないので、シートン法でいけると思います。」

オンゾン?ゲンパツソー?ジカン?
ま、全く聞き取れねぇ。
多様な人種の英語が飛び交う職場でも、ここまで聞き取れないことは経験したことがない。

しかし、俺には「シートン」という言葉だけは聞き取れていた。
シートンっていったら、あの名作「シートン動物記」のシートンか?
このセンテンスの中で、唯一なじみのある言葉だ。
しかも、よくわからないが、お勧めらしい。

全く聞き取れなかった動揺は隠しつつ、聞き覚えのある言葉があることに安堵を覚え、俺は先生に返答する。
「では、私の理解のために、そのシートン法を詳しく教えてもらえますか?」
俺の頭の中に、子供のときに見た、かわいいクマさんとか、オオカミさんとか、ウサギさんの絵がよみがえる。
Seton

「シートン、お前も手広くやっているな」
心の中で、俺はシートンに喝采を送っていた。

そんな俺を横にし、先生の解説は続く。
「シートン法は、痔ろうの一次口と、二次口の間にゴムをかけて、数ヶ月かげて徐々に切っていくんです。徐々に切除するので肛門括約筋へのダメージは少ないです。」
そして、ホワイトボードに図解する。その時の絵はこんな感じだった。
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「ちょ、ちょっと、全然シートンっぽくない!かわいくないじゃねぇか!」
動物記の流れを汲み、牧歌的な雰囲気の術法を予想していた俺は、その医学的な図解を目の前に鼓動が早まる。
「こ、これじゃ、ま、まるで、尻にピアスじゃねぇか!」

尻にピアスの衝撃をうけながら、俺は意思決定をしなければならなかった。
沈黙が走る。
何度もリスクを考える。
口の粘膜が乾いてカラカラだ。
いよいよ決断のときだ。
俺は、ついにその口をあけて、先生に告げた。

「シートンでお願いします」
賽は投げられた。

<午後>
手術法も決まり、俺は慌しく病室へと向かう。
成人が4人入る共同病室。
日々の喧騒を離れ、たまにはこんな生活も悪くない。
俺にはゆとりが戻ってきていた。

おっと、いけない。大切なことを忘れていた。
俺は、天満ダイコクでの一件を思い出していた。

「ふんどし、見つからなかったことを謝らなくては」

悪い報告こそ速やかに行う、に限る。俺はナースセンターに足を運ぶ。
婦長を目にすると、軽く会釈をする。

婦長「どうしましたか?」
俺「え、えぇっと、、、」

がんばれ、俺。
たしかにふんどしを持参するように指示には応えられていないが、お前は精一杯やったじゃないか。天満ダイコクで恥辱をうけただけではない。お前は次の日、梅田堂山町交差点のダイコクのほうが店は大きいのに人は少ないことに気づき、再度ふんどしを求めて店をくまなく探したではないか。
お前はもう十分がんばった。
許されていいころだ。

心の中の葛藤を乗り越えて、俺は婦長に頭を下げた。
俺「すいません! 私、ふんどし、見つけられませんでした! すいません!」
婦長「あ、大丈夫ですよ。二階の売店で売ってますよ。T字帯(ガーゼでできたふんどしみたいなもの)っていうんですけどね

・・・・・・・・・・・

6月16日、おそらく梅田で一番ふんどしを探していた人であろう俺は、コンクルージョンファーストが日本でも一般的になることを、切に祈る。

・・・・・・・・・・・・

午後はいよいよ手術だ。ついにシートン。iPodを握り締めながら心を落ち着かせる。そろそろナースが来るはずだ。

(次週に続く)
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今週も訪問ありがとうございます。
週末はダイビングに出かけており、一週休むことを考えたのですが、思ったよりも早く帰ることができたので執筆できました。Twitterでメッセージいただいた皆さん、ありがとうございます。大海原に身を任せながらも痔ブログに構成に思いを馳せていました。私の中で使命感が芽生えてきたようです。

では、今週のQ&Aにいきます。
今週は二つです。

#1: 「これって本当にあった話ですか?」
起きたことは全部実話です。 仮名ではありますが、登場人物や、日付、病院での出来事などすべて実話です。会話に関してはすべて覚えていないので記憶を頼り書きながら、若干のデフォルメを加えています。
ちなみに、以前に出てきたドアラですが、実はドアラは痔です。これは痔ワールドでは有名で、ドアラを応援するスレッドが2ちゃんねるにあるくらいです。

#2: 「痔でダイビングするとどうなるんですか?」
グッドクエスチョンですね。
結果からいうと、全然ダイビングいけます。(現在の私、おそらく再発している可能性大です)
二泊三日でダイビングしていましたが、全く問題ありません。おそらく体内の空気の圧力と水圧が常に均衡状態を保っているのではないでしょうか。
これと似た内容で「痔で飛行機乗ると、気圧で痔が爆発って本当ですか?」という質問もありました。
結論からいうと、爆発しません(笑) そもそも、飛行機は与圧によって地上と同等の気圧なはずなので、問題ありません。
と自信満々に答える私ですが、実際、飛行機に乗る前に「痔 飛行機 気圧 爆発」でGoogle検索したことは秘密です。

来週はいよいよ手術に入ります。
今週もよい一週間を!

◉ 前回までのあらすじ
月曜日、天満駅前のダイコクで、ふんどしを除く入院セットをまとめあげた俺。手術へのカウントダウンがはじまる。
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俺が手術をする病院に選んだ、大阪北逓信病院。総合病院ではあるものの、肛門専門医8人という陣容。すでに、黒川診療所から俺の肛門データが送られ、手術は木曜ときまっていた。

火曜日、何事もなかったかのようにオフィスに足を踏み入れる。
みんなにとっては365分の1でしかない、梅雨の一日。
しかし、俺は昨日までの俺とは違っていた。

パンツに、パンティーライナーが密かに装着されていたのだ。

腫瘍切除跡から出血は続くものの量はそれほどではない。そんな軽い日には、ウィスパーのパンティーライナー。清潔感がありながらもガーリーな印象をふりまくデザインの個装パックを開くと、中から真っ白なパンティーライナーがあらわれる。神々しさすら感じる。基底部に貼り付ける。そっとパンツを履く。

あぁ、この安心感、筆致に尽くし難い。

男性諸君に、このパンティーライナーの偉大さが伝わらないのがもどかいしい。ちなみに、生まれてから一回も使ったことがなかった「パンティー」という言葉をこんなに連発で使うとは思わなかった。タイピングするだけで頬に紅が走る。

さて、残された時間は、友人への連絡だ。
Gmailでアーカイブされていたメールを、そのまま記載しよう。
◉会社の男性友人にむけて 「私、痔になりまして、検査・手術のため18日から入院になりました。企画いただいたアウティング(注:遠足みたいなもの)も出れず、申し訳ないです」
自分のことだけでなく、先方のことも気づかい、律儀だ。

◉ルームメイトの男性友人にむけて 「痔の完治手術をしないといけなくなっちゃった。で、明後日から入院。来週前半戻る予定です。」
事情の説明、タイミングの報告が過不足ない。コンサイスだ。

◉当時好きだった女性にむけて「足の怪我しました。普通の外科なんで大丈夫なはず。でも腰椎麻酔らしいので、すごい緊張中です。」
見事に足の手術にすり替えだ。ブルシットだ。

このオーディエンスごとに切り替えたメールコミュニケーションほど、俺の人間としての器を雄弁に語るものはない。

<木曜日>
ついに、迎えた6月18日。
大阪北区区役所を横目に見ながら、俺は北逓信病院を目指す。
小ぶりなボストンバッグには、買い揃えた入院セット、がんを克服しツールドフランスを七連覇したランス=アームストロングの自伝、友人のアドバイスで追加招集されたフランス書院文庫、一刻も無駄にせず仕事に復帰できるように会社のPC、が放り込まれていた。

入口のスロープをゆっくりと登りきり、半透明のドアを俺は押し開いた。病院内の空気が俺の顔を撫でた瞬間、俺は悟った。

「こいつら、ただ者じゃねぇ。」

肛門科の前には、すでに10人弱の人々が列をなしている。
誰も一言も発しない、かといってぼんやりしている者なんていない。
緊張感がはりつめる。
この年齢も、性別も、背景も違う俺たちが集まった理由はただ一つ、そう、おしりの手術。

黒澤明監督の七人の侍、野武士との決戦に挑む前のシーンを彷彿させる緊迫感。俺はさながら、志村喬演じる浪人、痔主のリーダーというところか。

ついに、俺の名前が呼ばれる。
はりつめた空気は診療室の中も変わらない。
先生と看護婦二人が、俺を遠巻きに囲む。
「まずはもう一度患部を見て手術法を決めましょう。ベッドの上で横になって下着を下ろしてください」

そうだ、焦ることはない。
患部を見せるのも、もう慣れたものだ。
ベッドに誇らしげに駆け上った俺は、言われなくとも体を「くの字」に折りたたみ、タツノオトシゴのポーズをとる。(第5話 いざ肛門科を参照)
威風堂々、その姿は、今にも天にも駆け上りそうな龍が如くだったと聞く。

ぴんと張り詰めた空気の中、先生の触診がはじまる。
「あぁ、これはわかりやすい、痔ろうですね。」
彼はそのまま、手術法の説明を始めた。

先生「痔ろうの手術法は何種類かあるんで、症状にあわせて選びましょう。まず一つ目の方法は、 開放手術 。これは痔管とよばれる、トンネル部分自体にメスをいれて切り取ることで、痔ろうごとなくします。」
俺「なるほど。悪くない。」
先生「完治しますし、縫合後は比較的早く治るんです。」
俺「その方法で問題ないかと。なにかリスクは?」
先生「痔ろうの部位などにもよりますが、肛門括約筋にメスをいれる、切り取るので肛門機能が低下する可能性があります。」
俺「というと?」
先生「おしりが閉めづらくなることがあります。はい。

・・・・・・・

それって、リスクというレベルを越えているのでは?
俺の頭では、「閉じない穴は、ただの穴」という、かの有名なセリフが鳴り響いていた。

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今週のQ&A
今週もありがとうございました。
先週は著名な方々からのtweetをきっかけに、桁違いのアクセスいただきありがとうございます。こちらシンガポールでも、「あ、君だったんだ、あのブログの作者(笑)」という会話の頻度が上昇しています。全く躊躇するなく、拡散していただいて構いません。

では、今週は、何件かいただいた「若い人も痔になるの?」という質問についてお答えします。
結論からいうと、Yes。 ただ、原因が年齢を重ねてから起きる現象とリンクしていることが多いので、年齢があがってからのほうが確率はあがるようです。
●切れ痔の原因は、便秘が一番多いです。腸内で硬直化した便が、ナイフのように肛門を切り裂きます。排泄に痛みが伴い、余計便秘になり、さらにナイフがその刃を鋭くする、というおしりの悪循環にはまる人も多いと聞きます。
●いぼ痔の原因は、血行の悪化。肛門周囲をはしる静脈などが圧迫されることにより切れたり、うっ血することで、腫れてきます。トイレで本を読むことが趣味の方など、要注意。トイレで本を読むことに耐えるようには、肛門はデザインされていません。ちなみに出産の際にいきむことによりうっ血が起きることも多く、女性の割合も高めです。
●あな痔、言わずとしれたキングの原因は、下痢です。直腸と肛門の境目にある歯状線には通常、菌は入りこまないのですが、肛門に高い負荷をかける下痢の場合は例外。その強いプレッシャーに押され、歯状線の小さなくぼみに細菌が入る、これが痔ろうのスタートです。

つまり、便秘、血行の悪化、下痢が大きな原因。
この三つの症状は30歳を過ぎた人のほうが頻度は多いのですが、若い人とも無縁ではありません。 現に私は2008年、27歳のときに、華々しい痔主デビューを飾りました。そして、手術後からベストな胃腸をキープするために始まった毎日ヤクルトを飲む生活。私の家に必ずストックされているヤクルトを見て、「え、なんでヤクルト?」という友人の方々。「え、あ、味が、好きに決まってるからだろ」って言っていたのは真っ赤な嘘です。ただの予防です(笑)

では、今週もいい一週間を。

◎前回までのあらすじ
入院のための休暇について、鮮やかに社内ステークホルダーの許可をとった月曜日。オフィスを少し早めに出た俺は一人、大阪天満の夕暮れに溶け込んでいく。
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6月18日(木曜日)からの入院に向けて、もう三日を切っていた。
俺の臀部は、歩くたびにいまだ痛みが走る。無理もない。俺は二つの肛門を持ってしまったのだから。
メスで切り開いたトンネル出口をガーゼでふさいでいるのだが、軽い出血は続いていた。
ガーゼの吸収力に心許なさを憶える俺は、生理用品を買うべく、大阪天満駅前にそびえたつ「元気!激安!ドラッグストア ダイコク」に吸い込まれていく。ダイコクとは、「元気!激安!」のモットーに忠実に、若い店員さん(かわいい傾向高い)が黄色い声を張り上げ、「いらっしゃいませ!大特価です!」とBGMが鳴り響く、近畿方面に住んだ人なら誰でも知っているドラッグチェーンだ。
「入院生活に備え、準備もすべて終わらせよう。」
俺の右手には、大阪逓信病院から渡された「入院のてびき」がにぎりしめられていた。

生理用品といったらウィスパーだ。
whisper

俺の中で買うブランドは決まっていた。
購買意思決定の際、カテゴリーへの関与度が低い場合は、トップブランドを選択する可能性が高いというがまさにその通りだと実感する。
男性の俺でさえ耳に残っている、「安心 さらふら、立体サイドギャザー」のウィスパー。
「ウィスパー、さすがだ。お前は横綱だな」。
そんな軽口を叩きながら生理用品が並ぶ棚にたどり着いた俺は目を丸くした。

「な、なんと、すさまじい商品数なんだ!」

夜用・軽い日用、スリム・超吸収、さらふわ・ふっくら。
ウィスパーだけではない。全ブランドが、細分化されたニーズに応えるべくラインナップを拡充している。
極めつけは、21cm、22.5cm, 26cm, 30cm, 36cm,40cm,と細かく刻まれた数字だ。
世の女性は、どのタイミングでどの長さを使うべきか、知っているらしい。
男性諸君、君は自分の臀部の大きさを意識したことがあるか!なんというスキルだ!
驚愕しながら、俺は世の中の女性に最敬礼をし、ウィスパーさわふわスリムを買い物カゴに放り込む。

その時、俺の視線に何かが止まった。
パステルカラーで占められた生理用品棚に、金色と銀色の神々しいパッケージが並んでいる。
その名も「Megami」(女神)。
megami

俺はおそるおそる手にとると、背面を読み込んでいく。読み終わったときには、俺はMegamiもカゴに放り込でいた。
Megumiのセールスポイントは下記の三つだ。
●男性の俺でも手に取りやすい、パステルカラーの海の中に光る、金と銀のパッケージ
●「やわらか」と、「ウルトラ」という、シンプルで美しいバージョン構成
●そして、俺の中の乙女心をくすぐる、ナプキンの周りを縁取る「フリルカット

俺の目は節穴じゃねぇ。
マーケターの目を誤魔化せると思うなよ。俺には見える、女性の生理用品マーケットで一定のシェアを抑えつつ、ど真ん中な生理用品に二の足を踏む、俺のような男性痔患者にペネトレートしようとする魂胆が。
大王製紙の、生理用品市場を再定義する大胆な戦略を見抜いた俺だが、心の中で喝采を送っていた。

周囲の女性買い物客の不審な目を一身に集めつつ、ウィスパーとMegamiをカゴに入れた俺は、他の入院用具を手早く集める。天満のダイコクは地下一階が100円ショップになっていて入院の準備にはうってつけだった。俺は入院のてびきに書かれたアイテムを、上から順にカゴに入れていく。

歯ブラシ。
コップ。
ウェットティッシュ。
タオル。
ふんどし。
fundoshi


ん?

ふんどし!?!?
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「ガーゼを落ちないように支えつつ、脱着が容易にできるので、ふんどしをご準備ください。」
入院のてびきは、震える俺の手の中で、なぜふんどしが俺に必要なのかを伝えていた。
途方にくれる俺の鼓膜に、佐賀の祖母から何度も教えられた、メッセージがその時よみがえった。
『聞くは一瞬の恥、聞かぬは一生の恥』
「おばあちゃん、ありがとう。やっと27歳にしておばあちゃんの言っている意味がわかったよ」

俺は、ふんどし以外の必要なものを詰め込んだカゴを抱え、20歳前後の女性が担当するレジにたどり着く。
コンクリュージョン ファーストが外資の基本中の基本だ。そのスキルをここで試す機会がくるとはな。
俺は外連味なく、彼女に冷たく言い放った。

俺「あのー、すいません、こちらのお店に、ふんどし、ありますか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その場で何が起きたかは聞かないで欲しい。
俺が言えることは、二つ。
●レジの店員さんも爆笑することがあるんだ、っていうことと
●一瞬の恥が、一生のトラウマになることもあるんだ、っていうことだ。
この二点は特に重要だから、みんなも是非覚えておいて欲しい。

その日も長い一日だった。俺は、大阪随一といわれる梨花食堂のカレー(天満ダイコクの横にある)で胃袋を満たし、心の傷を癒し帰路につく。
家に着きベッドに横になる。石のように眠る。朝があけたら入院まで48時間。

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今週のQ&A
この数日は、Facebookで多くの方にシェア、いいね!をいただき、Facebook経由で多くの方に来ていただきました。ありがとうございます。だいたい一日1000人ほど、ユニークユーザーで300人前後の訪問をいただいております。
その中で最近よく「名前ばれちゃうかもしれないけど、いいの?」と質問を受けますが、「特に問題ないですよ」とお答えしています。「痔も含めての私」との結論にいきついたからです。

その結論に至ったきっかけは、「親類の方が痔だと思っていたら大腸がんだった」というエピソードを数年来の友人からいただいたこと。「恥ずかしい」という気持ちで人に言いづらい、だから治療をさける、結果としてがんの発見が遅れる、というケースがあるようです。(痔も、がんも、出血という症状は同じなので、自分で痔と判断する気持ち、わかります)
「みんなが恥ずかしがらず、痔のことを話せたらいいですよね」と言いつつ、自分の名前は頑なに隠すという姿勢はおかしいかな、と思いはじめました。
先づ隗より始めよ、ですね。

唯一のリスクは、私の私生活リスクでしょうか。最近「この人、痔なんだけど、いい人なんだよ」って初めて会う異性にも紹介されることが多く、爆笑はとれるのですが、結婚がさらに遠のいている気がします。
気のせいでしょうか。

今週は固めのQ&Aになりました。
来週は、当初の予定に戻り、手術法である、a)肛門括約筋温存手術とb) シートン法の解説に入りたいと思います。また、私のiPadがうなりをあげる予定です。

では、今週もいい一週間を!

	

◉前回までのあらすじ
高額な手術代という危機を、大いなる母の愛で乗り越え、ついに踏み出した完治手術への一歩。そんな俺を、次なる難関、会社への報告が待ち受ける。
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2008年6月15日(月曜日)、私は当時の上司であった富田ブランドマネージャー(仮名)の出社を今か今かと待ち受けていた。

その時、週をまたぎ、俺には余裕が生まれはじめていた。自由診療と保険診療の違いを理解した俺は(1-8 Q&Aを参照)、名医 黒川診療所を断腸の思いで諦め、大阪逓信病院という別の病院に相談に行っていたのだ。ここは総合病院で、肛門治療も保険がおりる。だいたい10万円 になる計算だ。手術の実績も何度もあり、信頼がおけそうだ。
入院は最速で18日から。状況にもよるが、通常5日程度の入院になるらしい。
この大阪逓信病院は、俺の住んでいる大阪天満の自宅からなんと徒歩5分だった。
黒川診療所といい、大阪逓信病院といい、俺の家から10分で行ける距離に肛門科が集まっている。
「梅田は、さながら肛門界のメッカだな。」俺は自嘲気味につぶやく。

9時をすぎ、富田マネージャーの姿が、オフィス22階入り口の磨りガラス越しに見える。
仕事はプロフェッショナルに徹する、が信条の我々二人。ここでひるむわけにはいかない。機先を制するるべく、俺は彼女を会議室に手招きし、眉をぴくりともさせず、切り込んだ。

俺「富田さん、おはようございます!おしりに痔ができちゃってました!うす!」
富田さん「ププッ!!!」

クールビューティーと言われる富田さんのハートを溶かすことなんて造作ない。とりあえず、一戦一勝だ。

二つ目の壁は、アメリカ帰りで鳴らす茂山ディレクター(仮名)だ。突然金髪にして会社に現れたこともある彼は、見た目はまさに百獣の王。そして、彼はチーム内で100%英語を使うルールを徹底させていた。
ビジネスでは何不自由なく英語を駆使する俺であるが、この説明は少々難易度が高目だ。だが、TOEIC900点を誇る外資系の意地だ。俺は臆することなく日本仕込みの英語と、ジェスチャーでたたみかけた。

俺「マ、マイ アナル イズ ブロークン。マイ アス ガッタ ペイン ペイン」

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あれ、茂山さん、笑ってない。
その刹那、彼に突然スイッチが入った。
「痔なのね! な、なんで、すぐに言わないの!そんな大切なこと!ほっといたら、ま、ま、まじでやばいんだから!」
あれ、100%英語ルールは!? 唖然とする私にお構いなく、彼は言葉を続ける。
「僕だって、アメリカにいたときには、働きすぎて血尿が止まらなかったんだから。あの時はね、、、」なぜか、話は彼の病気の遍歴へと移り、さらに英語で痔をなんというかを猛然と調べ出した。
「わかったよ、わかったよ。hemorrhoid!!そうだ、hemorrhoidって言うんだった。」
あまりのマシンガントークを前に一言も発せない俺を置き去り、彼は意気揚々と当時のオーストリア人ヴァイスプレジデントへと肩を揺らしながら報告に向かっていってしまった。。。

外資は結果が全て。
とりあえず、痔で休むことはOKらしい。今の時点で、2戦2勝だ。
(後日、オーストリア人VPと話して、発覚したが、彼の中では「足の怪我」が俺が休んだ理由になっていた。「hemorrhoid」は医学用語で一般人で知る者はほとんどおらず、茂山氏のリアルなジェスチャーを見たものの、まさか痔とは思わなかったらしい。茂山さん、ジェスチャーまでしていただきありがとうございました。。。)

最後はクロスファンクションチームだ。プロジェクトの成功を誓い合い、辛苦を共にするエキスパート達。
午後に俺はコアのチームメンバーを部屋に集め、簡潔に告げた。
「俺は18日から痔の手術に入る。休み中、プロジェクトは任せた。この事は内密に頼む。」

部屋には爆笑が巻き起こった。
お尻ネタは鉄板、と知った瞬間だった。

しかし、繰り返すが、外資は結果が全て。
痔で休むことはチームにも理解してもらった。これで3戦3勝。すべてのステークホルダーが俺の痔の手術の日程を把握している。プロジェクトマネージメントにぬかりはない。
(一週間後、「内密に頼む」という言葉の曖昧さからくる惨事を経験するのだが、その時、俺は知る由も無い。。。)

手術まであと三日。
応急処置したおしりに軽い痛みを覚える。
どうやら少し出血もしてきたようだ。
「ウィスパーのさわふわスリムでも買ってくるか。」
俺は夕陽を背にオフィスを後にした。
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今週のQ&A
Twitter、Facebook、Blogコメント欄でのメッセージ、ありがとうございます。大変ありがたいです。また、シンガポールのMRT中で「痔のブログ読んでるよ」と言ってくださる皆さん。すごい会話を電車で繰り出していただきありがとうございます。まさにシンガポールならではですね。

先週、いただいた質問に「完治手術ってなに?なんで再発したの?」とありましたので、少し気合を入れて痔ろうと、その手術方法を今後数週間かけて解説します。
どれくらい気合が入っているかというと、iPad用のペンを買いました。今までは指で書いていたので、ここに私の覚悟が伺えるというものですね。

#1:痔ろうは何が起きているのか
痔ろうになるには、二段階あり、まずは「肛門周囲膿瘍」という段階があります。(1-8参照)
「肛門周囲膿瘍」とは、直腸と肛門の境あたりにある歯状線という部分にあるくぼみ(通常誰でも8-12個のくぼみがある)に細菌が入り、炎症発生、膿がたまり、どんどんおしりの皮膚の方向へ進行した状態です。肛門の脇あたりがぽっこりしてきます。私が携帯カメラを使って撮影して見た感想は、「肛門界のマスカット」。
私のブログを毎週月曜読んでくださっている方は、もうおなじみのフレーズですね。マスカットと聞いて、まず肛門周囲膿瘍を思い浮かべる方も増えてきたのではないでしょうか?

この「肛門周囲膿瘍」はメスで切開して膿を流すしかありません。
下記図で見ていただけるように、切開したら、歯状線からおしりの皮膚へとつながるトンネルが開通します。
このトンネルができあがった状態、これこそが「痔ろう」なのです。
私が、「二つの肛門を持つ男」と呼ばれる所以ですね。

テスト, page 2


次週以降は、痔ろうの手術法に迫っていきます。

今週もよい一週間を!

◉前回まであらすじ
研修医に囲まれ、看護婦の人気者になりつつ乗り越えた痔の切除治療。ほっとした俺の鼓膜に届いたのは、先生の「手術しないと、あな痔は治らない」という言葉だった。
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「あの、先生、もう一回言っていただいていいでしょうか?」

30分を超える、羞恥の医療体験を乗り越えた俺には、到底うけいれられない言葉だった。血走った目で詰め寄る俺を横目に見ながら、先生は繰り返す。
「いま行ったのは、あな痔の応急処置です。肛門周囲膿瘍を切除したのですが、あな痔は完治させるには、根本的な手術をしないといけないんです。」

「あぁ!?コウモンシュウイノウヨー!?なんだそりゃ。てか、そもそも『当院は切らない病院です』って言ってたじゃないか!(1-5いざ肛門科へ、を参照) なのに、分娩台に乗らされて、肛門切除されて、更に手術って、俺はがまんできねぇ!俺を誰だと思ってる!俺の叔父は、福岡は中州でキャバクラ経営してんだぞ!ゴルァ」

という罵詈雑言が胸を蠢く。しかし、ここは名医 黒川診療所。手術をしないといけない、というのは先生の真摯な眼差しからしても本当だろう。俺は誇り高きマーケターだ。動揺を見せてはいけない。俺は、極めて紳士的に切り返した。

「なるほど。手術なんですね。ちなみにおいくらくらいなのですか?」
外資仕込みの、見事なオープンクエスチョンだ。

先生「まぁ、50万円くらいですかね。」

・・・・・・

この世の中は、俺が知らないことが多すぎる。

俺は手術をするかどうかの明確な答えをせずに帰路についた。

憂鬱な土曜日の午後だった。ほんの一週間前まで、俺はうまいものを自由に食い、海外旅行は行きたいところに行き、お見合いパーティーにネットで申し込んでは参戦する、今っぽく言えばリア充な生活を送っていたのに、散々なことになってしまった。

俺はベッドの上に座り込んで考え込んだ。
「手術をするべきか、だましだまし生活するべきか」 精神を研ぎ澄ましすべてのシミュレーションをおこなう。
手術代があまりに高い。
だが、また再発して肛門にマスカット大の腫瘍がめりこみ、トイレに行くたびに悶絶する人間に尊厳はあるのか。

この10日間の苦闘が走馬灯のように頭をよぎる。
マスカット、分娩台、プリントゴッコ。
鮮烈なイメージが瞼の裏に映し出される。

ゆっくりと目を開けた俺は、手術をするという結論にたどり着いていた。様々な雑念が頭から追い払われ、俺はすがすがしすら感じていた。
戦前、柔道天覧試合を圧倒的な強さで制した木村政彦(鬼の木村)は、試合前日に額に「勝」の光が浮かび上がるまで座禅を組んでいたという。彼もこのような心境だったに違いない。俺にはその気持ちが今ならわかる。

以前にも言ったが、我が家の家訓は「善は急げ」だ。
携帯電話をとり、04からはじまる、千葉県柏の実家に電話を繋いだ。
数回のコールの後、久しく聞いてなかった母の声が、受話器を通じて聞こえてくる。
俺はすかさず本題に切り込んだ。

「お母さん、痔になっちゃった お願いだから、お金貸してください。」

俺にとって、プライドなどちっぽけなものだ。
いつの世も、頼りになるのは、母の愛情だ。
俺の三井住友銀行には、翌週、しっかりと依頼した金額が振り込まれていた。

金の工面が成功したら、次にやることは会社への報告。
月曜、朝一番に、クールビューティーとして名高かった上司、ブランドマネージャー富田さん(仮名)のデスクへと向かったのである。
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先週末、会社の知り合いの方のtweetから端を発し、一日で2万を越えるアクセスをいただきました。ありがとうございます。皆さん、ぜひ、どんどん拡散して、月曜朝に「お父さん、今日もちゃんとブログ見た?」「おう、見たに決まってるだろ。分娩台は恐ろしいな」的な父娘トークが普通に行われる世の中になるといいな、と思っています。

今週は直接いただいたQではないのですが、保険について話します。
今週のエントリーで一点、誤解してほしくないのは、私が訪れた梅田の病院は、日本でも有名な名医であって、手術代も適性、多くの患者が治癒されているということです。(文章で誤解を与えていたらすいません)
そもそも、日本国民は健康保険のもと、ほとんどの医療行為に保険が適用されます。しかし、一部の医療行為は、自由診療としてカウントされ、健康保険が適用されないケースがあります。
自由診療かどうかは基本的に病院が意思決定します。なぜ肛門に関する治療を自由診療に設定する医院があるかというと、肛門に関する診療・手術には保険率が低く設定されていることが原因です。
つまり、保険率が肛門よりも高い内科や外科もポートフォーリオで持っている総合病院と違い、
肛門にフォーカスしている医院は、良質の医療を提供したい、しかし肛門しか扱わないから経営的には厳しい。結果として、良質の医療を提供することを優先し、自由診療という道(健康保険が適用されない)を選択するのです。
国民の30%が痔、といわれています。しかし、現実にはこの高い手術費用を負担することが難しく、慢性的に痔を抱えている人が多いのが現状。ぜひ、この状況が改善されればと思っているのも、このブログを開設した理由の一つです。
(医療関係の方、ご指摘ありましたらお願いいたします。)

では、今週もよい一週間を!

前回までのあらすじ
肛門への違和感を一週間耐え、ついに叩いた名医 黒川肛門診療所の扉。分娩台にまたがりつつ、羞恥に耐え、診察を終えたかに思えたが。。。
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「典型的なアナジだな」
この言葉のマグニチュードを俺は理解していなかった。

分娩台にまたがったまま、診察終了、帰宅を今か今かと待つ俺。
しかし、先生は、俺に一瞥をくれると、奥の部屋に入っていってしまったのだ。
「早く帰りてえなぁ。」ぼやく、俺。

次の瞬間、奥の部屋の扉が開き、信じられない光景が広がっていた。
先生が、研修医を、たくさん連れてきたんだ。

「はい、今日の患者さん。痔ろうだから、ちゃんと見ておいてね」
この一言が号砲となり、研修医たちがぐいっ、っと顔を近づける。
彼らの熱視線が、俺の秘孔に突き刺さる。
その時、俺と彼らとの距離は100センチ。

この時、俺の心の堤防は、完全に崩壊した。
たぶん極めて日本人として典型的なサイズ感を誇る下半身をお天道様に向けて全開、本来その下半身を隠すためのタオルは、長時間の傾斜に耐えられず乳首あたりまで下がってる。
そんな俺を、きっと子供の時から神童と言われて、開成とか灘とか行っちゃったりしてたであろうエリート医者たちが一心不乱に覗き込んで、「いやぁ今回はわかりやすいですね」とか評論しちゃってる土曜日の朝。

「もう、好きにしちゃってください」

もはや、何があっても一層「No」と言わない日本人となった俺に、研修医たちが更なる提案を切り出した。
研修医「あの、すいませんが、今後の研究のために、写真とらせていただいてもいいですか?」

は?カメラ? もはや、自尊心を破壊され、急性廃人となっていた俺は朦朧としながら「はい」と答える。

しかし、このカメラがハンパなかったんだ。
「サイバーショット♪」とか「写メいきます」とかそんな感じだとおもったら、
出てきたのが、
超弩級。
プリントごっこ級のカメラ。(↓こんな感じ)
images


どこらへんが、プリントごっこ級かというと、①大きさ、②強力なフラッシュ機能、③みんなで囲んでバチコン、っと光らせるあたりだ。

にじりよる研修医。
プリントごっこみたいな巨大なカメラが、お尻に密着され、固定される。ちょっとひんやり。その刹那、バチコン、と強力な音と光を発する、フラッシュ。
俺の直腸から肛門にかけての詳細な画像が、文字どおりお尻の皺の数まで、後世のために残されたのだ。

<数分後>

4,5枚にわたる俺の肛門写真を確認した後、先生が治療に入ることを宣言。
第4話「出すか、出さざるべきか」で図解したが、俺の肛門にはマスカット大の腫瘍があり、このマスカットを切除するらしい。
切除のために、麻酔を打ち込む先生。しかし、なんだか時間がかかってる。トラブルか?
先生が俺にうちあけた。「ごめんね、膿がたまって麻酔効かないから、そのままいきますね。」
この一週間、ぐいっと押したことが、完全に裏目にでて、俺のマスカットが成長しすぎてしまったのだ。

肛門先に立たず、とはよく言ったものだ。

先生「はい、いきますね。がまんしてくださいね。」
俺「え、え、いや、ちょっと、あああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

俺の咆哮が、乾いた診療所に響き渡った。。。

<5分後>
治療は終了した。
切除したところに、ガーゼを詰められ(ちなみにこれが結構痛い。要するにガーゼは体内に埋まっている)、この一連のやり取りと、俺のリアル咆哮によって、俺は看護婦のみんなに気に入られたらしく、なぜか看護婦の皆さんに手を振られながら処置室を退室。
長かった。恥ずかしかった。でも、俺よく耐えた。
自分をほめてあげている真っ盛りの俺に、先生は微笑みながら告げた。

「とりあえず応急処置はしましたが、手術しないとあな痔は治らないんですよね。」

言っている意味が、わからなかった。
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今週もありがとうございます。
相変わらず海外を飛び回るブランドマネージャーの私は、今週はマレーシアに来ています。
先週は作者急病のため、連載がストップしてしまい申し訳ありません。KIMという名前の軽い睡眠障害にかかっていたのですが、完全に回復し、再発も基本はないはずです。

では、今週のQ&Aです。
今回は闘病記の進行スピードについてです。「もうすぐ治療して終わるの?」と言われますのが、全然おわりません。
当初は25話ほどにしようとおもっていたのですが、正直すごい遅れています。7話書いて、まだ1週間しか闘病記の中では進んでいません。(発見から完治まで半年くらいかかってます)
書くと、いろんなことを思い出してしまい筆が走ってしまうのですが、来週からは少しだけスピードあげていきます。

今後の大まかな概略を書くと、
1部 梅田編 -入院・手術・完治までの闘病記(20話)
2部 神戸編 -実は2006年に一回なっていたことをあかす番外編(2-3話)
3部  シンガポール編 -チャイナタウンでの激闘記 (5話)
そして、おそらく私、再発してから完治していないので、最後はリアルタイム闘病記になるかもしれません。

では、今週もよい一週間をおすごしください。

痔の治療に梅田の名医の誉れ高き、黒川診療所を訪れた俺。
連日、痔の診察にむけて、シミュレーションを積んできた俺は、「診療所にきているほとんどが女子」という状況はジャブ程度にかわしたが、「じゃ、そこの分娩台(みたいなもの)に乗って」という言葉は、さすがに読め切れなかった。

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しかし、こんな不意打ちにひるむマーケターじゃない。
外資系の弱肉強食の世界で揉まれて4年、メンタルタフネスだけは誰にも負けない。

気を取り直した俺は、悠々と分娩台へと歩を進める。
先ほどのタツノオトシゴポーズをとるのを助けてくれた看護婦のおばさんが、俺にさっとタオルを渡す。絶妙なタイミングだ。さながら、俺は、分娩台という冷たいリングに向かう、チャンピオンのようだったという。

しかし、分娩台を目の前にするとさすがにひるむ。
分娩台なんて、テレビの赤ちゃんの感動誕生ドキュメンタリーと、俺のお母さんの出産のときの思い出話と、小室友里のビデオでしか出てきたことがない。こんなに近くで、そして生で分娩台を見る機会が俺の人生に訪れることがあるとは。。。

「えぇい、ままよ!」

意を決した俺は、ズボンとパンツを無造作に脱ぎすて、隣のプラスチックのかごに投げ入れる。
「タオルは腰にかけたままでいいですよ」
看護婦さん、ナイスアドバイスだ。俺はタオルを腰にあてがい、分娩台に颯爽とまたがった。(ちなみに腹が上を向く状態だ)


俺の眼下から先生が迫ってくる。
先生「さぁ、見てみましょうかね」再度、先生の指が俺の体内に入り込んでくる。
「一瞬で終わる。一瞬で終わる。一瞬で終わる。」 
羞恥に耐えるためのマントラを、心の中で一心不乱に唱える俺。
しかし、その時、先生は無情にも第2ラウンドへのゴングをならしたんだ。

先生「じゃぁ、倒してみましょうね」

え、え、えぇ? どういう意味?分娩台を倒すの?

混乱する俺を尻目に、後方に傾斜していく分娩台。
頭部に向かって集まっていく血液の感触。
俺の腰をすべり落ちていくタオル。

10秒後には、タオルは臍上あたりに移動し、俺の下半身は完全に露出した。
お母さんにも見せたことがないであろう俺の秘孔が、病院の蛍光灯を向いている。
俺は心の中で、吐き捨てるように言ってやった。

「おなかのタオル、意味ねぇ。」

自尊心という名前の堤防は、決壊寸前だった。

ぐっと視界がよくなった先生は、なんだかひんやりする機械と指を駆使して、俺の秘孔を調べつくす。
土曜日の朝から、分娩台に乗って、下半身を天に突き出し、肛門に指を入れられる27歳の俺。
唇を噛みながら、恥ずかしさに耐えていた俺に向かって、先生がついに口を開いた。

「うぅむ。これは、典型的なアナジだな。」

診断が出たらしい。アナジ? アナジって、ジってつくからには、痔の一種!?
まぁ、そんなことはどうでもいい。痔ってわかったんだから、あとは処置して帰らせてくれ。

帰宅へと意識をすでに向かわせていた俺は、「典型的なアナジだな」という一言が、第3ラウンドへのゴングだったことにまだ気づいていなかったのだ。

【今週のQ&A】
このブログが知られるようになって一ヶ月弱、「私も痔なんですよ」と時々告白されることがあります。
その時に「ちなみに、いぼですか、切れですか?」という質問をよくされるのですが、痔には実は大きく3種類あります。
「いぼ痔」は肛門の内外に、うっ血してしまう痔で、日本人の痔の50%を占めます。
「切れ痔」は肛門が切れてしまう痔で、日本人の痔の45%くらいです。
そして、残された5%が「あな痔」。これは、直腸に細菌が入り込むことなどにより腫瘍ができ、それが進行し最後は肛門の横まで穴が貫通してしまう痔のタイプです。あな痔はその仕組みからくる通称で、正式名は「痔ろう」といいます。激しい痛みが伴い、完治への道が長いことから、「キング オブ 痔」とも言われています。
この3つの類型は、痔の経験を持つ人だと結構おなじみなので、「いぼですか、切れですか」と言われ、私が「いや、実は、私は『あな』なんですよ」と答えると、「お、キングですな!」というやり取りに発展することが多いです。
来週以降、痔のメカニズムについても、少し踏み込んでふれていきましょう。

「最高でなければ、最速を」
俺がライバルと目する、サイバーエージェント社長 藤田晋さんの言葉だ。 2008年6月7日、土曜日の俺の朝の準備は、最速だった。
異変に気づき耐えること数日、俺は、この日、ついに肛門科を訪問する。

数晩にわたる調査によって、俺の頭にはベストオブベストの誉れ高い、肛門科の名前が入っていた。

大阪 黒川 診療所 (肛門科)。

大阪どころか、日本でも最高峰の一つと言われる肛門科が、近所の大阪駅前第二ビルにある奇跡。
大阪駅前第二ビルには、俺が卓越したマーケティングスキルを手に入れるべく通いつめたダイコクと、保険もきいてお得なマッサージ屋さん「ありさ整骨院」がある。
言い換えると、ホームだ。

黒川診療所の、土曜の朝の9時30分からだ。だが、オープンと同時に入って、焦ってると思われるのも癪だ。
朝の準備は最速だった俺だが、あえて余裕をみせて10時に黒川診療所に到着。自動ドアに滑り込む。

俺は言葉を失った。

待合室は、女性ばかりだったんだ。

「どうせ痔になるやつなんて、おっさんばっかりなんだろうな」と思っていた俺の予想は最初から覆される。
清潔感のある診療所は、窓口を正面に構え、ベンチが3ー4個並んでいる。そして、1ベンチ1人くらいの間隔で、女性が並んでいる。

しかし、ここで怯むわけにはいかない。
俺は窓口の受付の女性にむかって低い声で言い放ってやった。

「おしりが痛いんです。ぷっくりしてるんです。

肛門の痛みの前に、言葉は無力だった。この痛みは表現できねぇ。。。

問診票を渡され、症状を書き込む俺。そんな合間にも、俺は病院の観察をかかさない。壁に貼られたポスターの標語に視線を走らせる。

「ウォシュレット使い過ぎへの警鐘」
「円形クッションの危険性」
「当院は切らない病院です」

こんな標語、言葉の組み合わせ、27年間、見たこともなかった。
どうやら、俺の知らない世界が、ここにはあるらしい。。。

いよいよ俺の診察の番が来た。

扉を開けると、そこにはウェブサイトにも載っていた先生がいた。
簡単に症状を伝えると、先生は、「じゃぁ、横向きでベッドに寝て、ズボンとパンツを下ろしてください」と俺に告げた。

ズボンとパンツを下ろすと、阿吽のタイミングで看護婦さんが登場、俺の姿勢を修正し、俺は見事なタツノオトシゴのような態勢をとる。
先生の触診が始まった。

「あぁ、これね。どう?どう? ここでしょ、ここ。」
先生の指先は的確だった。俺の敏感な腫瘍を刺激する。数回、痛む場所を確認するやり取りの後、俺の肛門越しに先生が声をかける。

「じゃぁ、そっちの台に乗ってください」

「ん?」
この姿勢のまま検査とか、処置とかするんじゃないのか? 疑問をいだきつつ半身を起こした俺は、先生の指先を目で追い、絶句した。




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分娩台!?

これが、「梅田の屈辱」ともいうべき一日の幕開けだった。

【今週のQ&A】
海外を舞台にビューティーケアのマーケティングをしている私が、その知識と経験を総動員することなく、痔について語るというテーマのこのブログ、皆様のおかげで順調に閲覧数が伸びており、昨日までで300人のユニークユーザーに来ていただきました。そのなかでいろいろな質問、感想をいただくようになってきたので、毎週1、2個答えていきます。

Q「痔って俺の周りにもなる人多いけど、意外と多いの?」
かなり多いみたいです。痔は、腸よりも低い位置に肛門を持つ人間が、二足歩行を獲得するとともにTakeしたRiskなのです。腸よりも低い位置にあるので、もともとのデザインよりも、肛門に大きな負荷がかかるんです。犬も牛も、他の動物は肛門が高い位置にあります。
なので、二足歩行である限り、我々と痔は切ってもきれない関係です。
「30歳以上女性の30%は痔」というレポートもあるとおり、想像よりも我々の周りにもひろがっている国民病ですね。

Q「ブログ更新の頻度と長さは?」
頻度は、毎週月曜日の朝一です。私が海外出張の時は、合併号が出る予定です。
長さの目安は、R25のように、4ー5分といわれる都内の通勤電車の一駅間で読みきれるサイズです。反応を見ながら変更していくかもしれません。

では、皆さん、今週もいい一週間を。

臀部にめりこんだパチンコ玉大の腫瘍をぐいっと押し込む日々。

「軽度の脱肛(直腸が飛び出た状態)は押し込んで治す場合も多い」
教えてgooの一節を信じるしかなかった。

一日数回、トイレに行って押し込むたびに、臀部を鈍器でなぐられたような痛みがひろがる。
でも、これで治るんだったら、一時の痛みに耐えてがんばってみせる。

今日も押し込む。
あくる日も押し込む。
そのあくる日も押し込む。

これだけ押し込めば少しくらい治ってきただろう。期待とともに、私の右手を、肛門にそっとあてがってみる。

治ってない。。。

というか、パチンコ玉クラスだった腫瘍が、、、

マスカットくらいのサイズに成長しているではないか。

俺は、会社の22階のオフィスの中で頭を抱え込んでいた。

状況はすでに逼迫していたのだ。
次第に大きくなってきた腫瘍のせいで、排泄をするたびに激痛が走っていたのだ。
俺の直腸を通るたびに、固体が、俺のマスカット大の腫瘍を激しく圧迫する。
その時の俺の体を図解しよう。
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この極限状態では、選択肢は2つしかない。

①痛みに耐えて、うんこする。
②痛みを避けて、うんこしない。

あんまり選択肢になってなかった。。。
①しか残されていないのだ、生物として。
(②のオプションを達成するために、すでにそのころは液体のみを摂取する食生活(水とヨーグルトとか)に移行していたが、水分をとるだけでも、固形の排泄物がでることを私は27歳にして学んだ。)

トイレに行くたびに、俺の脳髄まで突き刺す激痛。
あまりの痛さに、排泄行動がまったく進んでないのに、途中で切り上げて、デスクに戻る俺の敗北感。
そして残便感。

これ以上、腫瘍が大きくなって、うずら卵くらいになったら、肛門がそもそも詰まってしまうではないか。
もう時間がない。
俺に残された道はあれしかなかった。

震える手で、googleに話しかけた。
「大阪 肛門科 おすすめ」、と。

週末に肛門科の扉をたたくことを決意した瞬間だった。

2008年、私は大阪の天満に住んでいた。オフィスから1時間弱。少し遠いが、柏ー新宿を毎日通学してた学生時代に比べたらなんでもない。そして、大阪では俺はルームシェアをしていた。 中学・高校の同級生。それが後に、さらなる悲劇を呼ぶとも知らず。。。

会社を早退し、帰宅した俺。
デスクトップパソコンの電源を入れ、googleに打ち込む。
「肛門」 「痛い」 のand検索だ。

当時はまだ、「教えてGoo」とかが全盛だったと思う。
掲示板に並ぶ悲痛な叫びを目にし、世の中には、こんなに肛門に悩みを抱えている人がいたんだ、、、そう驚いたのを覚えている。

どうやら、肛門に痛みがある場合は、3つ可能性があるらしい。
1 痔
2 脱腸
3 がん(大腸がんとか)

今一度自分の症状を確認する。
●お昼からおしりが痛い。
●パチンコ玉(みたいな腫瘍)が埋まっている。
●出血はない

もう一度ネットを見てみると、痔とがんの場合は、出血を伴うらしい。俺は脱腸(肛門が飛び出る脱肛も、脱腸の一部らしい)と、とりあえず結論付けた。

ふと疑問が頭をよぎる。そもそも、腸が飛び出るってどんなことだ?googleで画像検索をしてみる。その時の俺の感想はこんな感じだ。

「fへあおぴうておいgひおうぇjfg4お!!!!!」
(結構ぐろいはずなので、各自で検索してみてください。)

なんか、俺のかわいいパチンコ玉とスケールが違う。
でも、みんな始めはパチンコ玉なのかな。そう思い直し今度は治療法を見てみる。
脱腸はひどいものは手術だが、初期はぐいっと押し込むでことで治るらしい。

そして、その日から、ぐいっと押し込む毎日が始まった。

肛門の痛み。字にすると滑稽だが、痛みは尋常ではない。証拠に、自慢ではないが、俺はその時の会議の内容を、はっきりいって、なんにも覚えていない。
だが、俺がとった行動はしっかりと脳に残っている。

トイレに、おしりチェックに行ったんだ。

俺の家の家訓は、善は急げ。思い立ったらGO。
当時俺のデスクがあったオフィスの22階の、トイレの個室で服を勢いよく脱ぎ、俺の人差し指をそっとあてがう。

「おしりに、パチンコ玉が埋まってるよ」

いや、この俺の肛門にめり込んだパチンコ玉(みたいな腫瘍)が痛みの原因と誰が決めた? こいつは仮説の一つにすぎない。ビジネスも肛門も同じだ。仮説はすぐに検証するに限る。
パチンコ玉をぐいっ、と押してみる。

「死ぬほど痛い。。。」
気絶するかと思った。

15分後、荷物をまとめた俺は上司にドライに言い放った。

「おしりが痛いので帰ります」

そんな目で見ないでください。わかってる。俺はプロジェクトの要。取り替えのきかないピースだ。しかし、目の前の利益でなく、中期的な成功をおさめてこそ、真のビジネスリーダーだ。その時、俺は自分の姿を、小型トランジスタを開発後、権利の売却という目の前のキャッシュではなく、中期的に育てる道を選んだソニーの盛田氏に重ね合わせたという。

そして、大阪天満の自宅に帰宅後、googleで肛門について調べ始めたのである。

「人生とは、生まれてから予定された以外のことを生きること」
イヌイットの言葉でそんな言葉があった。

外資系メーカーのマーケターとして順風満帆だった俺に訪れた、予定外の数々。その瑞々しい記録を残したいと思う。 記録を渋る私に最後の一押しをしてくれたSさん、Iくんの嫁に感謝を込めて。

2008年の6月、入社から4年目の俺は、ヘアケアのブランド刷新プロジェクトを担当していた。
「若いときから権限を」 就職活動の時に聞いた私の会社のキャッチフレーズに齟齬はない。ブランディング、投資戦略、広告戦略、、、全てをまとめて、私がプロジェクトリーダー。

全てを一新する新製品の発売を数ヶ月に控え、その日はマーケティングディレクターを含めて、ごく少人数の会議が行われていた。新製品の発売まで、できる限りの全てを尽くす。 ディテールにこそ神は宿る。

そんな部屋の雰囲気がいつもと違う。いや、違うのは部屋じゃねぇ。俺だ。何かが、何かが、おかしい。 俺は、長期のプロジェクトにも耐え抜いていた、自分の体の内なる声に耳を傾けてみた。

「おしりが、痛いよ

俺は耳を疑った。 そんなわけはない。 俺は入社4年目の27歳、極めて健康、毎晩アブフレックスで鍛え上げた鋼の体だ。 何人も俺のプロジェクトを止められないはずだ。 もう一回念のため俺の体に聞いてみる。

「肛門が痛いよ。なにかができてるよ」

それが俺の長い闘病のはじまりだった。

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