2011年11月16日
今年もクリスマスカードを作りましょう
ピナツボ・アエタ教育里親プログラム」の会員さんや、アエタの若者を応援して下さっている方々が集まって、奨学生ひとりひとりに宛てたクリスマスカードを手作りする交流会。奨学生達の最新ニュースもお伝えします。お茶をお菓子を用意してお待ちしていますので、ぜひ、ご参加下さい!
★日時 12月4日(日)午後2時から4時
★会場 アジア図書館 阪急京都線「淡路」駅 西口より徒歩3分
大阪市東淀川区淡路5−2−17
06−6321−1839
★参加費 会場費カンパ(参加人数によりますが、2〜300円くらい)
★持ち物 クリスマスカードの材料をご持参下さい。
カードの台紙になる画用紙や、色鉛筆、カラーペンなど基本的なものはこちらで用意しますが、特別な一枚を作るために必要な材料があれば、ご自分でお持ち下さい。みんなで仲良く分け合ってもいいですね。
シール、ハンコ、雑誌の切り抜き、押し花などアイデア次第!
特にお申し込みは要りませんので、当日会場に直接お越し下さい。駅からの道が分らないなど、何か困ったことがありましたら上記松中までご連絡下さいませ。 お茶とお菓子を用意しています。飲み物、食べ物の差し入れ大歓迎です! 基本的に、参加者おひとりが奨学生ひとりを担当してクリスマスカードを作ります。参加者が多ければ、同じ奨学生に複数のカードが送られます。参加者が少なければ、おひとりで奨学生ふたりを担当していただきます。「アエタの若者」「奨学生」とひとくくりにできない、かけがえのない個人に宛てるカードを作るというわけです。彼らにとっても、「日本のスポンサー」とひとくくりに出来ない、「○○さんからもらったカード」は本当に大切なものなのです。 11月の訪問時、奨学生からたくさんのクリスマスカードが託されました。昨年いただいたカードに返事を書いた子もいますし、日本のスポンサーに宛ててお礼を書いた子もいます。どのカードも力作ですが、中にはお店に並べてもおかしくないほど、見事な出来栄えのカードもありました。ちょっとプレッシャーですが、負けないくらい素敵なカードを作って、奨学生たちに送りましょう!
退学者
大きな夢を持って大学・短大に進学した女性2人が、早々にドロップアウトしてしまったことは、非常に残念です。しかし、それぞれにやむをえない事情がありました。
1.ベイビー・ルース・ソリア
プログラムの現地スタッフであるママルさんとベナスさんの娘、ベイビーは、もともと華奢で体力がないと言われてきました。高校生になり、学年が上がるごとに疲れやすくなって、精神的にも落ち込むことがあったそうです。それでも無事に高校を卒業、ママルさんもベナスさんも本人も、進学を希望しました。体調を考慮して、学習期間の長い助産婦の道をあきらめたベイビーですが、経営学科に進んでからも倦怠感があり、ちょっと無理をすると呼吸が苦しくなって、授業を休むことが多かったそうです。先日、プログラムの医療支援を使って診察を受けました。
病院での診断は「リウマチ性心臓弁膜症」、子どもの頃のリウマチ熱の後遺症です。先進国では少なくなってきた病気ですが、乳幼児の栄養状態が良くない地域では、まだまだよく見られるそうです。軽症であれば、安静にして経過観察。重症の場合は手術もあり得ます。
休養を取って様子を見るようにという診断なので、ベイビーは現在退学してドミトリーでベナスさんを手伝っています。高校時代にはあんなにふっくらしていた顔が小さくなって、全体にやせてしまった印象でした。しばらく休んで体調が良くなってから、再度進学をするかどうか相談することにしています。
2.エルビー・ティグラオ
エルビーも、進学直後から体調を崩し、学校を休みがちでした。彼女も医師の診察を受け、「尿路感染症」と診断されました。疲労から発症したようです。エルビーは、数年前にプログラムの支援で高校を卒業したアナリンの妹です。ドミトリーに住まず、家から学校に通っていたのは、側湾症の姉アナリンの日常生活を助けていたからでした。しかし、エルビーの家から大学は遠く、エルビーは無理を重ねていたようです。
プログラムの原則は、ドミトリーで共同生活を送ること。通学時間が短縮でき、勉強に集中できる環境のドミトリーは圧倒的に有利です。家から通わず、ママルさんやベナスさんのもとから通学していれば、エルビーも退学することにはならなかったかもしれません。残念です。
退学の報告に来たとき、疲れて、むくんだ顔をしていたのが気がかりです。エルビーの家族は、これまでにも姉のアナリンを優先する傾向がありました。奨学金プログラムの原則を徹底し、エルビーをドミトリーに住まわせるべきだったと反省しています。
エルビーは、病気が治っても再度の進学は希望していません。今後は、別の奨学金を得て大学に進学したアナリンを、両親と一緒に支えていきたいと話しています。
奨学生たちの近況 〜大学生〜
ビルマ・スリット(女) 大学2年生
ホセ・ベルトラン(男) 大学1年生
大学生3名は全員順調です。FJは相変わらず好成績で、学業だけでなくスポーツでもメダルを獲得しました。FJには両親がいないので、
生活費がプログラムの支援だけでは足りません。以前はパン屋さんで、今はデイケアセンターでアルバイトをして勉強を続けています。彼の好成績は、より一層値打ちがあると思います。
ビルマも学校の先生になるという夢をかなえるため、一生懸命勉強しています。教育学部は難しいかもしれないと言われた高校の卒業時の成績でしたが、彼女はあきらめずに奮闘しています。
ホセは、ハンセン氏病を克服しとても元気になりました。薬はまだ服用していますが、手足のしびれなどの症状は治まっています。村の農業を発展させ、みんなの暮らしを良くしたいという志をもって、実習授業に精を出しています。
奨学生たちの近況
ジェセルメイ・デラ・クルス(女)高校3年生
ジョアン・ソリア(女) 高校1年生 ロヘル・フォンティラ(男) 高校1年生
フレデリック・バラリオ (男) 高校1年生 PJメンドーサ (男) 高校1年生
ローダ・オカンポ(女) 高校1年生
高校生7名は全員元気に学校に通っています。5名の高校1年生の中では、フレデリック・バラリオがとても良い成績で、成績が上位の生徒が所属するクラスに入っています。他の1年生も特に問題ありません。両親を相次いで亡くしたPJもけなげに頑張っています。ドミトリーにいれば、友達と一緒ですからあまり寂しくありません。
高校3年生のジェセルメイは、クラスで9位という成績を初めて取り、とても喜んでいました。来年4月に卒業予定のジェリーは、私が11月に訪問したので、心配してママルさんに聞いたそうです。「僕の卒業式には来てもらえるのですか?」と。「あなたが卒業するなら、式に出るために来るけど、卒業出来ないなら来ないよ」と言うと、必ず卒業するから信じて下さいと胸をはっていました。
フィリピンに行ってきました
11月7日から3泊4日の短い期間ですが、フィリピンに行ってきました。11月8日は、奨学金プログラム設立に尽力して下さったドクターティマが亡くなって丸2年、日本でいう三回忌にあたります。お連れ合いのアロマさん、娘さん、息子さん、お孫さん、ティマさんの下で長く働いたスタッフの人たちと一緒にお墓参りをしてきました。食べ物、飲み物を持ち寄ってピクニックのように賑やかに、お墓の前で過ごすのがフィリピンの伝統です。まだ悲しみの癒えないアロマさんも、この日は笑顔で過ごしていました。
2011年04月29日
2011 卒業式ビデオその3
2011 卒業式ビデオその2
Some ex-scholars are giving heartfelt messages to Japanese people in the affected areas. Graduates are saying thanks to each and every sponsor.
2011年04月28日
2011 卒業式ビデオその1
This is the first part of the video I took during my visit in the Philippines. Aeta students and some staff members are making a special dinner together to celebrate their graduation.
希望のメッセージ
1995
1995年の阪神大震災は、ピナツボ・アエタ教育里親プログラムが始まったばかりの頃でした。「もうお金を送ってもらえなくても仕方がない。皆さん、どうか無事でいて下さい」とアエタの人々からファックスでメッセージが届いたのは、震災から1ヶ月以上経っていたと思います。
今回は、eメールでプログラム事務局の無事を現地にすぐ伝えることが出来ましたし、私たちが卒業式に出席することもそれほど特別とは思わずに行ってきました。しかし、世界を駆け巡った日本のニュースは、想像以上に大きなインパク
トだったのです。
東北地方を襲った津波は、家々を破壊し押し流していきました。それはピナツボ火山噴火の後でルソン中部を襲った洪水を思い出させます。アエタの人たちは20年前、泥流が堤防を超え、村や田畑を飲みこんでいった悪夢を経験しました。日本のニュースを聞いて、あの時の気持ちを追体験していたようです。現役のプログラム奨学生は、ピナツボ噴火を知らない世代ですが、両親や祖父母から聞かされた被害の様子をよく知っています。だから、卒業式に日本から来てくれたことに感謝し、私たちの無事を心から喜びつつ、被災地域の人たちをとても心配していました。どんなに不安だろう、本当に気の毒だと。
一部のフィリピン人から差別されたり誤解されたりして、経済的にはとても貧しい暮らしを噴火以前からしていたアエタの人々と、今回の被災者とでは、異なる部分も多いでしょう。でも、先祖代々聖なる山として暮らしてきたピナツボが、まるで何かに怒っているかのように大噴火し、あっという間に故郷が一変した時のことをアエタの人たちははっきりと覚えています。だからこそ、同じ思いをした被災地の方々に心からの同情を寄せているのです。
2011年03月25日
Thank you !
いつもプログラムにあたたかいご支援をいただいている“大阪うつぼロータリークラブ”の皆さんから、再び5万円のご寄付を頂戴しました。定期的に開催している「食事会」の特別予算として使いたいというお話をして、ご了解いただきました。奨学生たちの食卓が、ひと月かふた月に一度、いつもより少しだけ豪華になり、そのご馳走を食べながらスタッフや保護者、プログラム先輩と話をするという趣向です。うつぼロータリークラブの方々のご厚意を思いおこしながら食べるご飯は、きっととても美味しいと思います。ありがとうございました。














