2008年10月07日
プラスチック製コーヒーメーカーは危険
ザフェル・チャーラヤン工業・商業大臣は、数種類のコーヒーメーカーを市場から回収処分すると発表し、生命の安全のためにプラスチック製のミニコーヒーメーカーを使用しないよう、国民に注意を促した。大臣は、規格外のプラスチック製ミニコーヒーメーカーが沸騰したお湯に直接電流が流れるために生命の危険があること、及び製品を市場から回収し処分することを文書で述べた。
大臣から出された文書の要旨は以下の通り。「工業・商業省に寄せられた苦情を元に、この種の製品を調査した結果、プラスチック製ミニコーヒーメーカーの基本設計において電気ショックの危険性があることが明らかになった。そのため、販売禁止の指示、及び製品の回収通知を出した。なお、沸騰したお湯に電流を通さない、水と電極間に絶縁体がある、ケトル(kettle)と呼ばれる湯沸かし器は販売禁止の対象ではない。」
(サバフ 2008年7月21日)
◆ぷなるじゃんのつぶやき◆
これ、某自治体さんに通っていたときに愛用してました〜。トルココーヒーを作るマシンで、kafematikなどの名前で売られていて、日本円にすると数百円程度のものです。小さくて軽くてかわいいし、トルココーヒーの粉を入れるスプーンまでついていて、いたれりつくせり。・・・といっても、トルココーヒーが大の苦手なぷなるじゃんはスプーンなんか必要ないのですが・・・。しかも、おまけの(?)スプーンはちっともかわいくないんです・・・。邪魔なだけなので、すぐに捨てちゃいました(笑)。
じゃ、何に使っていたのかというと、単純にお湯を沸かすのに使っていました。ホテルの部屋でお茶を飲みたくても、部屋にケトルがないこともあるし、あっても不潔なときもあります。そんなときにこのコーヒーメーカーはとっても便利。小さくて軽いから持ち運びやすいし、お湯もすぐに沸くのです。お茶がないと生きていけないぷなるじゃんには必須のアイテムでした。ただ、やっぱりしょぼいせいか、それとも移動に耐え切れないせいか知らないけど、すぐに壊れてしまうんですよね〜。なので、たかだか3か月間の講座で2回か3回買ったと思います。寿命1か月ってところでしょうか(笑)。
このコーヒーメーカー、大学の学生寮でも密かに愛用されているのだそうです。「密かに」って書いたのは、なんでも学生寮でお湯を沸かすのは禁止らしいのです。(学生寮全てがそうなのかは知りません。)この手のケトルが禁止なのかお湯自体が禁止なのかはわからないのですが、ただでさえ居心地が悪い学生寮なのに、かわいそうになります。でも、内緒でこういったコーヒーメーカーを持ち込んで、こっそりとお茶を飲んだりしているみたいです。
これは、テレビでもちょぴニュースになっていて、トルココーヒーの作り方をやっていました。コーヒーメーカーの中にトルココーヒーの粉と水を入れて、コンセントを差し込めば、グツグツとなって、あっというまにトルココーヒーのできあがり♪・・・みたいです。コーヒーメーカーに何の説明も書いてなくて、どうやって作るのかず〜っと謎だったので、謎が解けたのは良かったです。
家にも1.7リットル分のお湯が沸かせるケトルはあるのですが、沸くまでに結構時間がかかります。でも、このコーヒーメーカーなら一人分のお湯がすぐに沸かせるので、電気代の節約にもなるだろうから、家でも使おうかなぁと思っていた矢先にこのニュースを知って、ショックでした。「旅行グッズにいかかでしょ」とお勧めしようかと思っていたので、残念。・・・あ、そういえば、おとぎの国☆の玉手箱でご紹介してました。訂正しておかないと!!!
一口に「生命の危険」といっても、沸騰したお湯に問題があって飲まないほうが良いのか、それとも電流が流れることによってコーヒーメーカーがバン!!!となって怪我したりするから危険なのか、記事には何も書いてないのでわからないのですが、一体どっちなのでしょうね?
記事によれば回収される(あれから2ヶ月経つからもう回収された?!)みたいですが、巷にはまだまだこのコーヒーメーカーがゴロゴロと並んで売られています。回収されたのはどれなんでしょう? そして、巷で売られているものの安全性はどうなんでしょう? アピールしただけで終わっちゃったとか・・・ま、まさかね(笑)
ちなみに・・・
問題となっているコーヒーメーカーは、↓こんな感じ。

コーヒーカップ2杯分くらいのお湯が沸かせるんじゃないかと思います。
プラスチック製で、見るからにちゃっちいのが特徴。
「問題なし」と言われているケトルは、↓こんな感じ。

「トルコ語命」な人たちのはずなのに、これは英語の単語をそのままパクって、何の疑問も感じずに普通に使っているあたりがなんとも・・・(笑)
そして、コーヒーメーカーとケトルの使用イメージは、↓こんな感じ。

ケトルは、トルコの家庭によく置いてあります(・・・と、断言して良いかわかりませんが)。
だいたい2リットル分くらいのお湯が沸かせます。
電気の棒みたいなのがむき出しのものとそうじゃないものなど、いろんなタイプのものがあります。
(ぷなるじゃんは、電気の棒みたいなのがむき出しのものは、不潔っぽくって嫌い)
ケトルじたいはプラスチックでできているのが一般的なんじゃないかと思います。
お値段は、日本円で2000円前後から始まります。
このケトル、昔住んでいた(笑)ホテルにも置いてあって、そのときに初めて使ったのですが、瞬時にお湯が沸いてめちゃくちゃ感動した覚えがあります。その話をしたら、ある同僚くんが「アンカラは日本より標高が高いから、沸点が低くてもお湯が沸く」と教えてくれて、なるほどなぁ〜と感心しました。今使っているものはえらく遅いような気がするのですが、メーカーによって質が違うんでしょうかねぇ〜。今は諸事情あって、ちゃっちいメーカーのを使ってるので(笑)。あのホテルにあったのは、当然のことながらやっぱり良いメーカーのものだったように思いますよ(忘れちゃったけど)。
大臣から出された文書の要旨は以下の通り。「工業・商業省に寄せられた苦情を元に、この種の製品を調査した結果、プラスチック製ミニコーヒーメーカーの基本設計において電気ショックの危険性があることが明らかになった。そのため、販売禁止の指示、及び製品の回収通知を出した。なお、沸騰したお湯に電流を通さない、水と電極間に絶縁体がある、ケトル(kettle)と呼ばれる湯沸かし器は販売禁止の対象ではない。」
(サバフ 2008年7月21日)
◆ぷなるじゃんのつぶやき◆
これ、某自治体さんに通っていたときに愛用してました〜。トルココーヒーを作るマシンで、kafematikなどの名前で売られていて、日本円にすると数百円程度のものです。小さくて軽くてかわいいし、トルココーヒーの粉を入れるスプーンまでついていて、いたれりつくせり。・・・といっても、トルココーヒーが大の苦手なぷなるじゃんはスプーンなんか必要ないのですが・・・。しかも、おまけの(?)スプーンはちっともかわいくないんです・・・。邪魔なだけなので、すぐに捨てちゃいました(笑)。
じゃ、何に使っていたのかというと、単純にお湯を沸かすのに使っていました。ホテルの部屋でお茶を飲みたくても、部屋にケトルがないこともあるし、あっても不潔なときもあります。そんなときにこのコーヒーメーカーはとっても便利。小さくて軽いから持ち運びやすいし、お湯もすぐに沸くのです。お茶がないと生きていけないぷなるじゃんには必須のアイテムでした。ただ、やっぱりしょぼいせいか、それとも移動に耐え切れないせいか知らないけど、すぐに壊れてしまうんですよね〜。なので、たかだか3か月間の講座で2回か3回買ったと思います。寿命1か月ってところでしょうか(笑)。
このコーヒーメーカー、大学の学生寮でも密かに愛用されているのだそうです。「密かに」って書いたのは、なんでも学生寮でお湯を沸かすのは禁止らしいのです。(学生寮全てがそうなのかは知りません。)この手のケトルが禁止なのかお湯自体が禁止なのかはわからないのですが、ただでさえ居心地が悪い学生寮なのに、かわいそうになります。でも、内緒でこういったコーヒーメーカーを持ち込んで、こっそりとお茶を飲んだりしているみたいです。
これは、テレビでもちょぴニュースになっていて、トルココーヒーの作り方をやっていました。コーヒーメーカーの中にトルココーヒーの粉と水を入れて、コンセントを差し込めば、グツグツとなって、あっというまにトルココーヒーのできあがり♪・・・みたいです。コーヒーメーカーに何の説明も書いてなくて、どうやって作るのかず〜っと謎だったので、謎が解けたのは良かったです。
家にも1.7リットル分のお湯が沸かせるケトルはあるのですが、沸くまでに結構時間がかかります。でも、このコーヒーメーカーなら一人分のお湯がすぐに沸かせるので、電気代の節約にもなるだろうから、家でも使おうかなぁと思っていた矢先にこのニュースを知って、ショックでした。「旅行グッズにいかかでしょ」とお勧めしようかと思っていたので、残念。・・・あ、そういえば、おとぎの国☆の玉手箱でご紹介してました。訂正しておかないと!!!
一口に「生命の危険」といっても、沸騰したお湯に問題があって飲まないほうが良いのか、それとも電流が流れることによってコーヒーメーカーがバン!!!となって怪我したりするから危険なのか、記事には何も書いてないのでわからないのですが、一体どっちなのでしょうね?
記事によれば回収される(あれから2ヶ月経つからもう回収された?!)みたいですが、巷にはまだまだこのコーヒーメーカーがゴロゴロと並んで売られています。回収されたのはどれなんでしょう? そして、巷で売られているものの安全性はどうなんでしょう? アピールしただけで終わっちゃったとか・・・ま、まさかね(笑)
ちなみに・・・
問題となっているコーヒーメーカーは、↓こんな感じ。

コーヒーカップ2杯分くらいのお湯が沸かせるんじゃないかと思います。
プラスチック製で、見るからにちゃっちいのが特徴。
「問題なし」と言われているケトルは、↓こんな感じ。

「トルコ語命」な人たちのはずなのに、これは英語の単語をそのままパクって、何の疑問も感じずに普通に使っているあたりがなんとも・・・(笑)
そして、コーヒーメーカーとケトルの使用イメージは、↓こんな感じ。

ケトルは、トルコの家庭によく置いてあります(・・・と、断言して良いかわかりませんが)。
だいたい2リットル分くらいのお湯が沸かせます。
電気の棒みたいなのがむき出しのものとそうじゃないものなど、いろんなタイプのものがあります。
(ぷなるじゃんは、電気の棒みたいなのがむき出しのものは、不潔っぽくって嫌い)
ケトルじたいはプラスチックでできているのが一般的なんじゃないかと思います。
お値段は、日本円で2000円前後から始まります。
このケトル、昔住んでいた(笑)ホテルにも置いてあって、そのときに初めて使ったのですが、瞬時にお湯が沸いてめちゃくちゃ感動した覚えがあります。その話をしたら、ある同僚くんが「アンカラは日本より標高が高いから、沸点が低くてもお湯が沸く」と教えてくれて、なるほどなぁ〜と感心しました。今使っているものはえらく遅いような気がするのですが、メーカーによって質が違うんでしょうかねぇ〜。今は諸事情あって、ちゃっちいメーカーのを使ってるので(笑)。あのホテルにあったのは、当然のことながらやっぱり良いメーカーのものだったように思いますよ(忘れちゃったけど)。
2008年07月12日
エレベーターのロープにつかまり九死に一生を得る
アルムトゥル・ジェムエヴィ副代表で、ベイオールの害虫駆除会社に勤務しているハイダル・アルスランさんは、ビルの5階でエレベーターを待っていた。エレベーターが来たというランプがついたので、ドアを開けてエレベータに乗ったが、そこにはエレベーターはなかった。アルスランさんはエレベーターのロープをつかんだものの、20メートル下にあったエレベータの上に落下した。
アルスランさんは、頭、背中、脊椎に重症を負った上、内出血も起こしており、現在集中治療室で治療を受けている。脊椎骨折が原因で麻痺が残る可能性があると言う。兄のユスフ・アルスランさんは、賠償請求を行うと話している。
(サバフ 2008年7月7日)
◆ぷなるじゃんのつぶやき◆
「エレベーターの扉が開いたときにエレベーターが来てなくて、落っこちたらどうしよう・・・」と、恐ろしいくらい不安にかられることがあります。こんなところで死ぬなんて、最高に孤独で嫌ですから・・・。でも、本当にこういうことがあるのですね・・・。びっくりです。トルコのエレベーターは扉を自分で開けるタイプのものが圧倒的に主流です・・・(よね?)。そして、そのドアは、とっても素晴らしいことに、エレベーターが来ていないときは頑として開けることができません。・・・と思っていたのですが、やっぱり開いてしまうこともあるのですね・・・。皆さん、エレベーターに乗るときはボ〜ッとしながら乗らないで、エレベーターの箱があるかどうかちゃんと目で確認してから乗りましょ(^^)
「ジェムエヴィ」とは、「ジェムをする場所」です。ジェムというのは、ムスリムさんの一派アレヴィーさんが行う儀礼のことを言います。「お祈りする場所」とでも言えば良いでしょうか。
2007年08月28日
3割がイスラム法の危険性に怯えている
世論調査における正しい推測が高く評価されたタルハン・エルデムの主導のもと、本紙のために行われた調査の結果、国民の14.6%が「イスラム法の危険性がある」、14.8%が「イスラム法の危険性の可能性がある」、17.6%が「意見なし」と答えている。また、調査結果によると、国民の76.6%が大学に進学するのに娘や姉妹がチュルバン(スカーフ)をはずすことができるという意見である。公正発展党(AKP)支持者の間でも、教育のためにチュルバンをはずすことに対し、賛成64.1%、反対35.9%という結果が出ている。
コンダ調査会社が本紙のために行った「大統領選挙前における政治的傾向、意見、期待調査」において、我が国の重要な問題に関して驚くべき結果が出た。この調査は、大学におけるチュルバン禁止、大統領夫人のチュルバン問題、イスラム法の恐怖があるもの、大統領およびAKP政権に期待することなど、国政の重要な問題に関して国民の意見を聞いた。
世論調査における正しい推測が高く評価されたタルハン・エルデムの主導のもとで行われた調査は、8月18、19日に、27県および97郡にある153地区および村で行われた。総選挙での支持政党ごとにグループ分けした後、無差別に2,734人が選ばれ、面談調査を行った。調査の目的は、「我が国の有権者の7月22日の総選挙後の選択の変化の評価、大統領選挙に関する評価及び希望を知る」ことであることが明確にされた。
調査参加者の52.8%が男性だった。年齢別では、18〜25歳が30.6%、29〜43歳が34.9%、44歳以上が34.5%であった。学歴別では、小学校卒が37.5%、高卒が27.4%、大卒が8.4%だった。
所得別の内訳は、月給300〜700YTLが45%、月給700〜1200YTLが31.1%を占める。職業別内訳は、主婦30.8%、年金受給者13.3%、労働者11.3%、農業7.9%となっている。
AKP支持者の64%が「学校のためにチュルバンをはずすことができる」と回答
調査の重要な結果のひとつは、チュルバン禁止に関する国民の見解である。
「もしも大学生の年代の娘や姉妹がいたら、大学に通うのにチュルバンをはずすことを認めるか?」という質問に対し、76.6%が「チュルバンをはずすことができる。」、23.4%が「チュルバンをはずしてはならない。大学を辞めるべき。」と回答した。AKPに投票した人たちの中でも「大学教育のために」チュルバンをはずすことに賛成の人の数が反対の数を上回った。AKPに投票した人の64%が「チュルバンをはずすことができる」と回答したのに対し、「大学を辞めるべき」と回答したのは35.9%にとどまった。また、共和人民党(CHP)に投票した人の97.5%、民族主義者行動党(MHP)の83.8%が大学でチュルバンをはずすことができると回答している。
CHP支持者の62%がイスラム法への恐怖心を持つ
調査結果は、我が国におけるイスラム法の危険性があると考える人の割合の観点からも注目に値する。
「トルコで、イランのように政治制度が宗教の基本原理に基づくことや、イスラム法の体制を望むか? 我が国にイスラム法の危険性があるという見解は正しいか?」という質問に対し、14.6%が「正しい」、14.8%が「可能性がある」、17.6%が「意見なし」と回答した。
調査参加者の53%が「イスラム法に基づく国家を築くことはできない」と回答した。イスラム法の危険性を感じる人の割合は、CHP支持者では42.1%なのに対し、AKP支持者ではその割合は3.1%と下がっている。
「AKP政権時代になってイスラム復興の度合いは増えたか?」という質問に対しては、21.1%が「増えた」、14.3%が「ある面では増えた」、49.2%が「いいえ」、15.4%が「意見なし」と回答した。
CHP支持者の58.5%、MHP支持者の23.6%がイスラム復興の度合いが増えたと回答しているのに対し、AKP支持者の8%が同様の回答を行っている。
国民の最も関心の高い問題は「失業」
有権者がAKP政権に対して期待することに関しても調査が行われた。「今後5年間で、政府が早急に必ず解決しないといけない問題」という質問に対し、参加者の66.6%が「失業者を減らすこと」、50.3%が「貧困をなくすこと」、25.7%が「クルド問題の解決」、20%が「チュルバンをかぶった人たちが大学に入れないこと」、17.8%が「治安と生命の安全」と回答した。
スカーフをかぶらない人の55%が、チュルバンが人選の基準になっていると回答
また調査参加者には「AKPがすべての政府の職員を任命したり、管理者を選んだりする際に、妻がチュルバンをかぶっている人やイスラム原理主義とつながりのある人を選んでいるという見解があるが、この見解に同意するか?」という質問がされた。
23.5%が「賛成」、13.2%が「いくつかの場面ではチュルバンが役に立っている」と回答した。
CHP支持者の間ではこの見解と同じ見解を持つ人の割合は66.3%であるのに対し、チュルバンが任命の基準になっているとしたMHP支持者の割合は29%であった。
頭に何もかぶらない人の55%、スカーフをかぶる人の19%、チュルバンをかぶる人の12%が「任命の際にチュルバンまたはイスラム原理主義への関わりが影響している」という考えを持っている。
この見方に同意しない人の割合は42.2%である。
◆ 妻がチュルバンをかぶった人が大統領に選ばれるのは嫌だ。
AKP支持者:4%
CHP支持者:63%
その他:19%
(「はい」と答えた人の割合)
(ミリエット 2007年8月26日 日曜日)
◆ことばの解説◆
「チュルバン」とは、アッラーの教えに従って顔を手以外を隠す女の人が頭にかぶる布のことです。トルコではスカーフが一般的です。フランス語の「turban」からトルコ語に入った言葉です。「スカーフ」を意味する言葉はいくつかありますが、政教分離の問題で「スカーフ」が取り上げられるときは、「チュルバン」という単語が一番使われているような気がします。
・・・と思っていたのですが、「チュルバン=スカーフの総称」というわけでもなさそうです。前から薄々疑問に思ってはいたのですが、この新聞記事を見て、ますますそんな気がしてきました。
というのも、この新聞記事では、回答者が「頭に何もかぶらない人」、「バシュオルチュ(イェメニ)の人」、「チュルバンをかぶる人」の3つに分類されているのです。
「バシュオルチュ」も「イェメニ」も「チュルバン」も早い話がどれも「頭巾(スカーフ)」のことです。どれも全く同じ意味に使われているとばかり思っていたのですが、どうやら違うようです。
うまく説明できないのですが、例えるならば、「チュルバン」はエルメス風のスカーフ、「バシュオルチュ」や「イェメニ」は田舎の人がよくかぶるような綿の手染め風のスカーフのことなのかしらと思います。
新聞記事には出てきませんが、「エシャルプ」というのもあります。これも「バシュオルチュ」系なのかな?
かぶりかたも違っていて、「チュルバン」さんは、ぴっちり&きっかりと頭に巻きます。スカーフがツルツルして滑るので、下地(?)に綿の帽子みたいなのをかぶってからスカーフをかぶり、待ち針を刺しながらピチピチに巻いていきます。スカーフの下のヒラヒラは服の中に隠してしまう人が多いように思います。エルドアン首相の奥さんなどのかぶり方といえばいいかな? 少しのスキもぬかりもなく完璧です。ぷなるじゃんは勝手に「正統派かぱるさん」と呼ばせてもらっています。
「バシュオルチュ」さんは、いわば調理実習などで三角頭巾をかぶるような感じでサラッと頭にかぶるように思います。頭にかぶって、キュキュッと結ぶだけです。アンカラだとツルツルのスカーフの人もいます。ぷなるじゃんは勝手に「田舎かぱるさん」と呼ばせてもらっています。
大学など、本来はスカーフ着用が禁止であるはずの場所で、よく学生のお母さんなどがかぱるさん(イスラムの教えを守って、顔と手以外を隠す女の人)の格好のままで、スカーフをはずさずに歩いているのを見かけることがあります。何故だろうと思っていたのですが、もしかして、「バシュオルチュ」だから良かったのでしょうか? というのも、お母さんたちは決まって田舎かぱるさん風の格好だからです。だったら学生たちも「チュルバン」じゃなくて「バシュオルチュ」にすれば問題ないんじゃないかって、お馬鹿なぷなるじゃんはふと思ったのですが、そういう問題じゃないのでしょうね、きっと。(「お母さんたちは学生じゃないからいいのだ」と言っていたトルコ人がいたのですが、ぷなるじゃんはそれは非常に矛盾していると思うのですよね。もしも禁止なら学生だろうがなかろうがはずさないといけないと思うのです。)
「チュルバン」と「バシュオルチュ」の違い、なんとな〜くわかるような気もするのですが、今まで考えてみたこともなくて、まだ自分の中で消化しきれていないので、うまく説明できません。「チュルバン」と「バシュオルチュ」の間には、イスラムに対する思想の違いもあると思うのですが・・・。機会があったらトルコの人にも聞いてみたいと思います。
そんな訳で、ここに書いてある「チュルバン」「バシュオルチュ」の解説はあまり本気にしないでくださいね。いづれにせよ、かぱるさんであり、スカーフをかぶっていることに変わりはありません。
なお、「チュルバン」は訳さないほうがおもしろいかなと思って、カタカナ表記にしてみました。
この文もところどころ難しいところがあって、訳は完璧じゃないので、あしからず。
(・・・なんて、いつもそうなんですが:笑)
2007年08月26日
クルド語教育に青信号
公正発展党(AKP)の憲法改正案は、クルド語教育実現の可能性もある。
エルグン・オズブドゥン教授を代表とし、憲法学者6名が作成したAKPの憲法は、クルド語問題に民主的一歩を踏み出すことにより、直面している憲法上の障害をなくすことを目指している。憲法改正案の序文及び改正理由には、「(民族間の)違いは文化的豊かさとして認められる」と明記されている。憲法の基本理念を反映する前文にこのような記述があるのは、非常に重要な意味を持つ。
クルド語放送
また、憲法改正案では、クルド語に関するいくつかの制限事項も排除されることになる。憲法改正案では公用語がトルコ語であることが強調されていることに変わりはないが、他の言語への制限事項を取り除くための改正が行われている。憲法改正案では、現在TRTで1日30分間行われているクルド語や他の言語のテレビ放送に関する制限がなくなる。憲法改正案が承認、施行されれば、政党法の全文を再検討し改正する必要がある。憲法改正案の条文が認められた場合、政党法に定められているクルド語による宣伝活動の禁止が新憲法に違反することになるからだ。
クルド語教育
憲法改正案のもうひとつの重要な改正点は、学校でのクルド語教育に関する憲法上の制限が取り除かれることである。現憲法第42条には「トルコ語以外はいかなる言語も、教育機関において、トルコ国民に対し、母語としての教育が行われてはならない。」と定められており、学校におけるクルド語教育が禁止されている。憲法改正案ではこれに代わって「教育言語はトルコ語である。トルコ語以外の言語における教育は、民主社会制度の必要に応じて、法で定められる。」とある。こうして、トルコ大国民議会(TBMM)が憲法上の障害と向き合うことなく出される法によって、学校において選択科目としてクルド語教育が行われることを保証する道が開かれることになる。
(ワタン 2007年8月24日金曜日)
2007年08月24日
ギュルは私の「大統領」にはならない・・・
ご覧の通り、公正発展党(AKP)は中道に落ち着いたというわけではない。
AKPは、政教分離の共和国およびアタチュルク改革が清算したイスラム政党なのだ。
「AKPは中道右派政党となった」という発言は、単に策略と闇が隠されただけである。
最大の証拠を挙げよう。
チュルバン(スカーフ)のために、トルコ共和国を欧州人権裁判所に訴えたアブドゥルラー・ギュルが大統領である。
これ以外に何の証拠が必要か?
。。。。。。
既にチュルバン国家の先頭に立っている・・・。
国家を代表する第一線の公の場にチュルバンが入り込むことによって、ヨーロッパ人権裁判所、我が国の憲法裁判所、最高裁判所、国家評議会、そして普遍的な法がすべて「政教分離に宗教的シンボルがあってはならない」と下している決定が捨て去られるのである。
我が国のチュルバンをかぶった妻を持つ235名の国会議員によって・・・。
不動産局、住民管理局、銀行、交番、役所、学校、大学で、これからどうやってチュルバンを禁止するのか?
。。。。。。
そして、もう誰も「政教分離国家」について語ることはできない。
ディンジたちがこの国を支配し反政教分離改革を実現する計画は、滞りなく実行されている。
「政治的イスラム」が、また一歩前進した。
国家はチュルバンが代表することになる。
あっという間に、トルコの写真は「アタチュルクのトルコ」ではなく、「穏健派イスラムのトルコ」を表すようになるだろう。
そして、我が軍の「最高司令官」はアブドルラー・ギュルである。
この先、一晩で作られチャンカヤで20分で承認される法律によって、我が国がどのようになるのか、目の当たりにすることとなるだろう。
。。。。。。
真実を知りたいならば、これは「へそをかく男」の勝利である。
ほら、これまでの総選挙のときに、決定を下したのは彼だ。
子どもたちのための明るいトルコを望む人たちが街にあふれるとき、彼は遠くから陰で笑い、へそをかき、ディンジ国家の道を開いたのだ。
アブドゥルラー・ギュルは、まさに彼にとってふさわしい人物なのである。
いづれにせよ、ギュルは彼の大統領になるのである。
私のではない・・・。
(ベキル・ジョシュクンの社説/ヒュリエット紙 2007年8月15日)
◆ぷなるじゃんのつぶやき◆
これは、「認めない者は、国籍を放棄して出て行け」発言の発端となった、社説です。
ベキル・ジョシュクンさんが何故「ギュルは私の大統領じゃない」と言ったのかは、これを読んで納得しました。
「認めない者は、国籍を放棄して出て行け」発言をした人は、先日「彼に対しての個人攻撃だったわけではない」など、苦しいというか、白々しい言い訳をしていましたが・・・。
ところで、ここに出てくる「彼(へそをかく男)」とは誰のことでしょう? 一見ギュルちゃん批判のようで実はそうじゃないんですよね。名前は書いてないけど露骨なくらいはっきりしてるので、これは確かにムッとするだろうなぁ・・・。
◆ことばの解説◆
「チュルバン」とは、アッラーの教えに従って顔を手以外を隠す女の人が頭にかぶる布のことです。トルコではスカーフが一般的です。フランス語の「turban」からトルコ語に入った言葉です。「スカーフ」を意味する言葉はいくつかありますが、政教分離の問題で「スカーフ」が取り上げられるときは、「チュルバン」という単語が一番使われているような気がします。
「ディンジ」とは、この世のすべてが宗教(ここではイスラム)の教えどおりになり、それが世界中に広まることを望む人のことです。「ディンジ」はトルコ語で直訳すると「宗教屋さん」となります。
「チュルバン」と「ディンジ」は訳さないほうがおもしろいかなと思って、カタカナ表記にしてみました。
「チャンカヤ」は、アンカラにある地区の名前です。大統領府があり、政治の中心地でもあるので、ニュースではよくこの表現が使われます。日本で言う「霞ヶ関」みたいな感じ?!
「へそをかく男」というのは、あちこちの辞書を見たけど何も載っていないので、そのまま訳したのですが、ちょっと意味不明なので(笑)、忘れなかったらネイティブさんに聞いてみたいと思います。どういう人のことなんでしょうね? まぁ○○○○○さんのような人のことを言うのでしょうが・・・。
それにしても、これは大して難しい文ではなく、とってもわかりやすいのですが、訳すのはと〜っても難しかったです・・・。
2007年08月23日
認めない者は、国籍を放棄して出て行け
ターイップ・エルドアン首相は、8月15日付けのヒュリエット紙の社説にアブドゥルラー・ギュルに対して「彼は私にとって、大統領ではない」と書いた記者に対して、トルコ共和国の国籍を放棄することを提案した。
「アレナ」(カナル・デーのテレビ番組)に出演し、ウール・デュンダルの質問に答えたエルドアンは、ギュルが大統領に選ばれた際は、自分たちとは関係なく、国家およびトルコ民族の大統領となると語った。そして、「私はこの場を借りて宣言したい。ここでの誠実さと不誠実さは実現時に皆さんは見ることになるだろう」と言うエルドアン首相は、次のような思いも寄らない発言をした。
出て行って、誰でもいいから選べ エルドアン首相は「『私の大統領になることはありえない』と発言する者がいる。残念ながら礼儀や慣習を知らない者たちがいる。このような発言をする者は、まずトルコ共和国の国籍を放棄すべきだ。大統領は誰がなろうと国民全員の大統領である。あなたの大統領でないのならトルコ国籍を捨てて、出て行け。出て行った先で誰でもいいから大統領を選べば良い。」と語った。
(ヒュリエット 2007年8月21日)
◆ぷなるじゃんのつぶやき◆
エルドアン首相にとって、「彼は私にとって、大統領ではない」というのは、この上なく不愉快な発言だったのでしょうね。ぷなるじゃんも不愉快な発言には大人気なくカッとなってしまうので、腹が立つ気持ちはとってもよくわかります。また、ぷなるじゃんも感情まかせの不適切な発言が多く、いろんな人たちを敵に回してしまうので(笑)、エルドアンのことをとやかく言う資格はないかも・・・。
でも、この人は首相なので、発言には特に気をつけないといけないですよね。民主主義の国ですから、ギュルや今の政権に賛成の人もいれば反対の人もいて良いわけです。また、それを自由に発言する権利はすべての国民にあるべきです。なのに「トルコ国籍を捨てて出て行け」という発言はいかがなものかな・・・と。この発言は首相としてはいただけないし、非常に問題があると思います。これじゃまるで独裁者の国ですよね。国民は首相の所有物ではないのです。
エルドアンは、7月22日の総選挙後には「自分たちに票を入れてくれた人と入れなかった人を差別することはない」というような発言をしていたはず。エルドアンは感情的になったときに行った発言に本心が出て、表と裏とではかなり差があるのだとも言われていますが・・・。当のご本人のギュルちゃんは、この記者の発言にはどう感じたのでしょうね。
エルドアンの発言は、各方面から思いっきり非難され、非常に大きな問題として取り上げられています。
一方で、「トルコ国籍を捨てて出て行け」と言われただけですんでよかったかも、という気もします。というのも、トルコには言論の自由ってものが全然ないのです。
先日もクルド労働者党(PKK)結成時の指導者で、現在逮捕中のテロリスト、アブドゥラー・オジャランに対して「オジャラン氏」と敬称を使ったということで逮捕されて懲役刑になってしまった人たちがいるのです。テロリストだからってことなのでしょうが、何も逮捕しなくてもって思うのです。「氏」というたった一文字で逮捕ですよ。テロリストに「氏」と使うのも変なのですが、それはこちらの立場から見た場合であって、オジャランに「氏」を使った人たちは彼のことをテロリストと思ってないのでしょうから、「オジャラン氏」と呼び敬意を表したのでしょう。ぷなるじゃんはテロリストは支持しませんが、この逮捕のされかたは怖いなと思いました。そして、こういうの、トルコでは結構あります。
ちなみに、「彼は私にとって、大統領ではない」と書いたヒュリエットの記者は、ベキル・ジョシュクンさんという人なのですが、「自分はどこにも行くところがないのに、どうしたらいいんだ」と大変お困りの様子。「自分はどこにも行かない。トルコにいる。トルコを愛している」と言っています。
あるニュース番組に電話出演をしたときに、アナウンサーが「どこに行くか決めましたか?」と笑顔で質問していました(笑)。もちろん冗談で言ったのはベキル・ジョシュクンさんも分かっているのでしょうが、顔がちょっとひきつっていたんじゃないかと感じたのはぷなるじゃんだけでしょうか? お顔が見えなかったのでわかりませんが、「本当に追い出されちゃったら・・・?!」なんて怯えているかもしれませんね。
ところで、「ここでの誠実さと不誠実さは実現時に皆さんは見ることになるだろう」というのは、何を指してこう言っているのか、記事からはよくわかりませんでした。テレビ番組を見ていたらわかったかもしれません。
「アレナ」(カナル・デーのテレビ番組)に出演し、ウール・デュンダルの質問に答えたエルドアンは、ギュルが大統領に選ばれた際は、自分たちとは関係なく、国家およびトルコ民族の大統領となると語った。そして、「私はこの場を借りて宣言したい。ここでの誠実さと不誠実さは実現時に皆さんは見ることになるだろう」と言うエルドアン首相は、次のような思いも寄らない発言をした。
出て行って、誰でもいいから選べ エルドアン首相は「『私の大統領になることはありえない』と発言する者がいる。残念ながら礼儀や慣習を知らない者たちがいる。このような発言をする者は、まずトルコ共和国の国籍を放棄すべきだ。大統領は誰がなろうと国民全員の大統領である。あなたの大統領でないのならトルコ国籍を捨てて、出て行け。出て行った先で誰でもいいから大統領を選べば良い。」と語った。
(ヒュリエット 2007年8月21日)
◆ぷなるじゃんのつぶやき◆
エルドアン首相にとって、「彼は私にとって、大統領ではない」というのは、この上なく不愉快な発言だったのでしょうね。ぷなるじゃんも不愉快な発言には大人気なくカッとなってしまうので、腹が立つ気持ちはとってもよくわかります。また、ぷなるじゃんも感情まかせの不適切な発言が多く、いろんな人たちを敵に回してしまうので(笑)、エルドアンのことをとやかく言う資格はないかも・・・。
でも、この人は首相なので、発言には特に気をつけないといけないですよね。民主主義の国ですから、ギュルや今の政権に賛成の人もいれば反対の人もいて良いわけです。また、それを自由に発言する権利はすべての国民にあるべきです。なのに「トルコ国籍を捨てて出て行け」という発言はいかがなものかな・・・と。この発言は首相としてはいただけないし、非常に問題があると思います。これじゃまるで独裁者の国ですよね。国民は首相の所有物ではないのです。
エルドアンは、7月22日の総選挙後には「自分たちに票を入れてくれた人と入れなかった人を差別することはない」というような発言をしていたはず。エルドアンは感情的になったときに行った発言に本心が出て、表と裏とではかなり差があるのだとも言われていますが・・・。当のご本人のギュルちゃんは、この記者の発言にはどう感じたのでしょうね。
エルドアンの発言は、各方面から思いっきり非難され、非常に大きな問題として取り上げられています。
一方で、「トルコ国籍を捨てて出て行け」と言われただけですんでよかったかも、という気もします。というのも、トルコには言論の自由ってものが全然ないのです。
先日もクルド労働者党(PKK)結成時の指導者で、現在逮捕中のテロリスト、アブドゥラー・オジャランに対して「オジャラン氏」と敬称を使ったということで逮捕されて懲役刑になってしまった人たちがいるのです。テロリストだからってことなのでしょうが、何も逮捕しなくてもって思うのです。「氏」というたった一文字で逮捕ですよ。テロリストに「氏」と使うのも変なのですが、それはこちらの立場から見た場合であって、オジャランに「氏」を使った人たちは彼のことをテロリストと思ってないのでしょうから、「オジャラン氏」と呼び敬意を表したのでしょう。ぷなるじゃんはテロリストは支持しませんが、この逮捕のされかたは怖いなと思いました。そして、こういうの、トルコでは結構あります。
ちなみに、「彼は私にとって、大統領ではない」と書いたヒュリエットの記者は、ベキル・ジョシュクンさんという人なのですが、「自分はどこにも行くところがないのに、どうしたらいいんだ」と大変お困りの様子。「自分はどこにも行かない。トルコにいる。トルコを愛している」と言っています。
あるニュース番組に電話出演をしたときに、アナウンサーが「どこに行くか決めましたか?」と笑顔で質問していました(笑)。もちろん冗談で言ったのはベキル・ジョシュクンさんも分かっているのでしょうが、顔がちょっとひきつっていたんじゃないかと感じたのはぷなるじゃんだけでしょうか? お顔が見えなかったのでわかりませんが、「本当に追い出されちゃったら・・・?!」なんて怯えているかもしれませんね。
ところで、「ここでの誠実さと不誠実さは実現時に皆さんは見ることになるだろう」というのは、何を指してこう言っているのか、記事からはよくわかりませんでした。テレビ番組を見ていたらわかったかもしれません。
2007年08月22日
犬に「ヒュセイン」と名づけたドラマに大反響の嵐
カナル・デーで放映中のドラマ「ポプラの風」で、犬に「ヒュセイン(フセイン)」と名付けたことに対し、ラジオ・テレビ高等評議会(RTÜK)には何百本もの苦情電話が寄せられた。
インターネット・サイトや通信センターに寄せられた苦情は、神聖な人物とされている人の名前を動物に使ってはならないというものだった。また、ラジオ・テレビ高等評議会は、今週行われる会議でこの問題を検討する予定になっている。ラジオ・テレビ高等評議会の会員の中には、テレビ局の責任者や番組制作者がこのような件に関し注意を払うことを望む人たちがいる。ドラマで犬に「ヒュセイン」と名づけたことにより、約500人のジャーフェリー(シーア派の一派)がイスタンブールで抗議運動を行った。
(ザマン 2007年8月21日火曜日)
インターネット・サイトや通信センターに寄せられた苦情は、神聖な人物とされている人の名前を動物に使ってはならないというものだった。また、ラジオ・テレビ高等評議会は、今週行われる会議でこの問題を検討する予定になっている。ラジオ・テレビ高等評議会の会員の中には、テレビ局の責任者や番組制作者がこのような件に関し注意を払うことを望む人たちがいる。ドラマで犬に「ヒュセイン」と名づけたことにより、約500人のジャーフェリー(シーア派の一派)がイスタンブールで抗議運動を行った。
(ザマン 2007年8月21日火曜日)
ドラマで犬に「ヒュセイン」と名づけたカナル・デーに抗議
カナル・デーで放映中のドラマ「ポプラの風」で、犬に「ヒュセイン(フセイン)」と名づけたことに対し異議を唱える約500人のグループが、ドアン・メディア・センターの前で抗議運動を行った。
カナル・デーは、この件に関する過ちを認め、ニュース番組で謝罪することを約束した。
先週放映された「ポプラの風」で、犬に「ヒュセイン」という名前がつけられた。イスラムの預言者ムハンメッド(ムハンマド)がこよなく愛した孫であり、ケルベラ(イラクのカルバラ)で殉死した預言者ヒュセインの名前を犬の名前にしたことに憤慨したジャーフェリー(シーア派の一派)の人々が、ドアン・メディア・センターの前に集まり、激しく抗議した。預言者ヒュセインはジャーフェリーおよび全イスラム世界における特別な人物であるとする約500人が、昨晩ドアン・メディア・センターの前で2時間抗議運動を行った。抗議グループはビルの中にも入ろうとしたが、警官たちに阻止された。抗議グループは、「アリは我らが心。我らが血を捧げよう。」「イスラムに伸びてくる悪い手は折れてしまえ。」「ムハンメッドに伸びる悪い手は折れてしまえ。」と叫び、トルコ国旗を手にした。その後、抗議グループの代表5人がカナル・デーの責任者と話をした。ハルカルにあるゼイネビイェ・モスクの僧侶ハミット・トゥルハンは、人の名前、特に神聖な人名を動物の名前に使うべきではないとテレビ局責任者に訴え、ニュース番組で謝罪するという約束をとりつけた。これを受けて抗議グループはドアン・メディア・センターから立ち去った。カナル・デーはこの件に関する過ちをニュース番組で謝罪した。
(ザマン 2007年8月19日日曜日)
カナル・デーは、この件に関する過ちを認め、ニュース番組で謝罪することを約束した。
先週放映された「ポプラの風」で、犬に「ヒュセイン」という名前がつけられた。イスラムの預言者ムハンメッド(ムハンマド)がこよなく愛した孫であり、ケルベラ(イラクのカルバラ)で殉死した預言者ヒュセインの名前を犬の名前にしたことに憤慨したジャーフェリー(シーア派の一派)の人々が、ドアン・メディア・センターの前に集まり、激しく抗議した。預言者ヒュセインはジャーフェリーおよび全イスラム世界における特別な人物であるとする約500人が、昨晩ドアン・メディア・センターの前で2時間抗議運動を行った。抗議グループはビルの中にも入ろうとしたが、警官たちに阻止された。抗議グループは、「アリは我らが心。我らが血を捧げよう。」「イスラムに伸びてくる悪い手は折れてしまえ。」「ムハンメッドに伸びる悪い手は折れてしまえ。」と叫び、トルコ国旗を手にした。その後、抗議グループの代表5人がカナル・デーの責任者と話をした。ハルカルにあるゼイネビイェ・モスクの僧侶ハミット・トゥルハンは、人の名前、特に神聖な人名を動物の名前に使うべきではないとテレビ局責任者に訴え、ニュース番組で謝罪するという約束をとりつけた。これを受けて抗議グループはドアン・メディア・センターから立ち去った。カナル・デーはこの件に関する過ちをニュース番組で謝罪した。
(ザマン 2007年8月19日日曜日)
2007年07月20日
婚姻手付金が原因で花婿は刑務所、花嫁は養護施設に
アフメット・ケスキンは、15歳のB.K.に求婚し、婚約した。ところが、結婚式の最中に保安隊がやってきた。B.K.の父がアフメット・ケスキンを暴行の罪で訴えたのだ。アフメット・ケスキンの母は「私たちは婚姻手付金の被害者だ」と語る。
【ハタイ】婚姻手付金が二人の若者の未来に影を落とした。15歳の婚約者と性的関係を持った19歳のアフメット・ケスキンは、結婚式の最中に舅の訴えにより逮捕され、懲役15年を求刑された。アフメット・ケスキンの母エミネ・ケスキンは、根本的な問題は二人が結婚前に性的関係を持ったことではなく、婚姻手付金にあるのだと言う。「花嫁の父が結婚式の最中に婚姻手付金として7,000YTL(674,037円)を請求してきた。私たちがそれを支払えないことがわかると、息子を訴えた。」と語る。
ハタイのドルトヨル郡イェシルキョイ地区に住むアフメット・ケスキンは19歳ではあるが、一家の大黒柱として家族を養っていた。アフメット・ケスキンは、近所に住むB.K.に恋をした。5月に入り、ケスキン家はK家に対し結婚の申し込みをした。その後、ニ家族間で結婚の約束が交わされ、お菓子でお祝いをした。同月、二人はアダナを旅行し、宿泊先で性的関係を持った。
一ヶ月間、刑務所に
二人は5月27日に結婚する予定だった。また、結婚式は村の伝統に従って行われることになっていた。しかし、結婚式の最中にB.K.の父ユスフ・K.が保安隊に被害届けを出した。そのため、アフメット・ケスキンは逮捕、拘留された。花嫁のB.K.はまだ未成年のため、アンタクヤ養護施設に収容された。約一ヶ月間身柄を拘束されているアフメット・ケスキンに対し、アダナ第二重罪裁判所は最大懲役15年を求刑した。母エミネ・ケスキンは、息子は婚姻手付金の被害者であると語る。
「私たちはK家に結婚の申し込みをした。K家は、結婚式の最中に婚姻手付金として7,000YTL(674,037円)を請求した。私たちがそれを支払えないということがわかると、息子を保安隊に訴えた。そのために息子は逮捕されてしまった。家の生計は息子が立てていたので、刑務所に入れられて困っている。」
(ラディカル紙 2007年6月26日)
※ 1YTL=96.29円(トルコ時間で2007年7月19日のレート)
◆ぷなるじゃんのつぶやき◆
娘の幸せはどうでもいいのかしら? このお父さん、お金が欲しかっただけなの? 娘は商品じゃないのよぉ〜。でも、こういうおうち、トルコにはたくさんあるかもね。それにしても、これで懲役15年なんて、ちょっと重過ぎないかしら? 記事から判断すると、双方合意の上だったのでしょうから。Bちゃんのお父さんこそ、恐喝罪なんじゃないの? アフメットくんがかわいそう・・・。
【ハタイ】婚姻手付金が二人の若者の未来に影を落とした。15歳の婚約者と性的関係を持った19歳のアフメット・ケスキンは、結婚式の最中に舅の訴えにより逮捕され、懲役15年を求刑された。アフメット・ケスキンの母エミネ・ケスキンは、根本的な問題は二人が結婚前に性的関係を持ったことではなく、婚姻手付金にあるのだと言う。「花嫁の父が結婚式の最中に婚姻手付金として7,000YTL(674,037円)を請求してきた。私たちがそれを支払えないことがわかると、息子を訴えた。」と語る。
ハタイのドルトヨル郡イェシルキョイ地区に住むアフメット・ケスキンは19歳ではあるが、一家の大黒柱として家族を養っていた。アフメット・ケスキンは、近所に住むB.K.に恋をした。5月に入り、ケスキン家はK家に対し結婚の申し込みをした。その後、ニ家族間で結婚の約束が交わされ、お菓子でお祝いをした。同月、二人はアダナを旅行し、宿泊先で性的関係を持った。
一ヶ月間、刑務所に
二人は5月27日に結婚する予定だった。また、結婚式は村の伝統に従って行われることになっていた。しかし、結婚式の最中にB.K.の父ユスフ・K.が保安隊に被害届けを出した。そのため、アフメット・ケスキンは逮捕、拘留された。花嫁のB.K.はまだ未成年のため、アンタクヤ養護施設に収容された。約一ヶ月間身柄を拘束されているアフメット・ケスキンに対し、アダナ第二重罪裁判所は最大懲役15年を求刑した。母エミネ・ケスキンは、息子は婚姻手付金の被害者であると語る。
「私たちはK家に結婚の申し込みをした。K家は、結婚式の最中に婚姻手付金として7,000YTL(674,037円)を請求した。私たちがそれを支払えないということがわかると、息子を保安隊に訴えた。そのために息子は逮捕されてしまった。家の生計は息子が立てていたので、刑務所に入れられて困っている。」
(ラディカル紙 2007年6月26日)
※ 1YTL=96.29円(トルコ時間で2007年7月19日のレート)
◆ぷなるじゃんのつぶやき◆
娘の幸せはどうでもいいのかしら? このお父さん、お金が欲しかっただけなの? 娘は商品じゃないのよぉ〜。でも、こういうおうち、トルコにはたくさんあるかもね。それにしても、これで懲役15年なんて、ちょっと重過ぎないかしら? 記事から判断すると、双方合意の上だったのでしょうから。Bちゃんのお父さんこそ、恐喝罪なんじゃないの? アフメットくんがかわいそう・・・。
2006年02月13日
教えて、ゲイシャ (「Memories of Geisha」の映画評)
シナリオには空白がある
「Memories of Geisha」がどのようにして映画化されたのかを話すためには、本を読むことが必要である。本を読まなかった人は、間違いなく、私のように映画の中で評価しないといけなくなる。
「Memories of Geisha」の脚本にはさまざまな問題、不完全な点、無意味な点があり、観客にゲイシャに関する充分な知識が伝えられてないと言うことができる。
我々にはゲイシャに関する記録がないが、人々は「Memories of Geisha」という映画を観るとき、ゲイシャ文化の詳細に触れたり、興味を引く秘密の世界について少し情報を得たり、どんな場でもどのように振舞うかを心得、目の前の男を魅了させ、気の利いた話ができるゲイシャが文化的観点からどのように発展したかをいくつかの場面で見たりしたいと思うものだ。しかし、残念ながらこの映画にはそういったものもない。
苦悩の女に気をつけろ
映画は「ゲイシャは何か」に関して触れつつ、ゲイシャの悲しくつらい人生の物語と、相手(特に男)の振る舞いにおける誘因を理解するのに苦労する恋愛物語が繰り広げられている。
「Memories of Geisha」は愛を語る一方で、女どうしの争いがどこまで大きくなるのかについてすばらしい例えを示している。女どうしの争いは非常に恐ろしいということがわかる。映画が教えてくれる最も大切な教訓は苦悩の多い女を恐れることかもしれない。
一方で「Memories of Geisha」は、観客の目を楽しませてくれる映画であると言うことができる。映画の衣装、舞台、色、つまり何もかもが美しく見える。花で飾られた鮮やかな舞台、丹精込めて造られた日本の家々、着物、そしてさゆりが舞を披露した舞台は観る者を魅了させる。
日本のゲイシャを中国人女優が演じたことについて、日本人や中国人ほどの関心は我々にはない。したがって、何故中国人が演じたのかと言ったり大騒ぎしたりすることはない。チェキキ(つりあがった目)でちゃんと演技ができる人であれば問題はない(本当は、マドンナだったら耐えられなかっただろう)。
配役は、世界中に知られているスター俳優を起用することに重点を置いて行われたことは明らかである。Ziyi Yang (チャン・ツィイー)、Gong Li (コン・リー)、Michelle Yoeh (ミシェル・ヨー)もハリウッド方式で描かれた役柄を見事に演じた。また、彼女たちの美しさは映画に登場する美しい衣装にも引けをとらない。
ゲイシャ辞典
映画およびゲイシャの独特の世界をもっとよく理解するために、いくつかの用語を知らなければならない。そこで、ゲイシャの世界の扉を開くキーワードをいくつか。
Arigato gozaimasu: Te[s]ekk[u]r ederim (ありがとうございます)
Danna: ゲイシャの費用を支払う男性の得意客
Gei: 芸術
Hanamachi: ある町のゲイシャ街
Kampai: 日本の乾杯の言い方
Konnichiwa: Merhaba (こんにちは)
Maiko: ゲイシャの見習いの京都での呼び名
Obi: キモノの腰に巻く装飾的なベルト
Okasan: ゲイシャの家の「anne (お母さん)」と呼ばれる経営者
Okiya: ゲイシャの家
O-nesan: お姉さんゲイシャ
Shamisen: 長年ゲイシャの世界で認められた三弦の弦楽器
妻でも売春婦でもない
妻でも売春婦でもないゲイシャは、権力のある男たちを楽しませることによって生計を立てる芸術家とされている。ゲイは、日本語で「芸術」という意味になる。ゲイシャは、教養のあるダンサー、歌手、音楽家で、気の利いた会話のできる人である。
ゲイシャは、客の冗談に笑い、客の秘密を決して他人に漏らさずない。社交の夜は日本では常にビジネス界の一部として続いている。そしてゲイシャの存在は一家の主の経済力をこのようにして人目を引くお供に充分であるというしるしである。
【Hurriyet Pazar Keyfi紙 12.02.2006 より一部抜粋】
「Memories of Geisha」がどのようにして映画化されたのかを話すためには、本を読むことが必要である。本を読まなかった人は、間違いなく、私のように映画の中で評価しないといけなくなる。
「Memories of Geisha」の脚本にはさまざまな問題、不完全な点、無意味な点があり、観客にゲイシャに関する充分な知識が伝えられてないと言うことができる。
我々にはゲイシャに関する記録がないが、人々は「Memories of Geisha」という映画を観るとき、ゲイシャ文化の詳細に触れたり、興味を引く秘密の世界について少し情報を得たり、どんな場でもどのように振舞うかを心得、目の前の男を魅了させ、気の利いた話ができるゲイシャが文化的観点からどのように発展したかをいくつかの場面で見たりしたいと思うものだ。しかし、残念ながらこの映画にはそういったものもない。
苦悩の女に気をつけろ
映画は「ゲイシャは何か」に関して触れつつ、ゲイシャの悲しくつらい人生の物語と、相手(特に男)の振る舞いにおける誘因を理解するのに苦労する恋愛物語が繰り広げられている。
「Memories of Geisha」は愛を語る一方で、女どうしの争いがどこまで大きくなるのかについてすばらしい例えを示している。女どうしの争いは非常に恐ろしいということがわかる。映画が教えてくれる最も大切な教訓は苦悩の多い女を恐れることかもしれない。
一方で「Memories of Geisha」は、観客の目を楽しませてくれる映画であると言うことができる。映画の衣装、舞台、色、つまり何もかもが美しく見える。花で飾られた鮮やかな舞台、丹精込めて造られた日本の家々、着物、そしてさゆりが舞を披露した舞台は観る者を魅了させる。
日本のゲイシャを中国人女優が演じたことについて、日本人や中国人ほどの関心は我々にはない。したがって、何故中国人が演じたのかと言ったり大騒ぎしたりすることはない。チェキキ(つりあがった目)でちゃんと演技ができる人であれば問題はない(本当は、マドンナだったら耐えられなかっただろう)。
配役は、世界中に知られているスター俳優を起用することに重点を置いて行われたことは明らかである。Ziyi Yang (チャン・ツィイー)、Gong Li (コン・リー)、Michelle Yoeh (ミシェル・ヨー)もハリウッド方式で描かれた役柄を見事に演じた。また、彼女たちの美しさは映画に登場する美しい衣装にも引けをとらない。
ゲイシャ辞典
映画およびゲイシャの独特の世界をもっとよく理解するために、いくつかの用語を知らなければならない。そこで、ゲイシャの世界の扉を開くキーワードをいくつか。
Arigato gozaimasu: Te[s]ekk[u]r ederim (ありがとうございます)
Danna: ゲイシャの費用を支払う男性の得意客
Gei: 芸術
Hanamachi: ある町のゲイシャ街
Kampai: 日本の乾杯の言い方
Konnichiwa: Merhaba (こんにちは)
Maiko: ゲイシャの見習いの京都での呼び名
Obi: キモノの腰に巻く装飾的なベルト
Okasan: ゲイシャの家の「anne (お母さん)」と呼ばれる経営者
Okiya: ゲイシャの家
O-nesan: お姉さんゲイシャ
Shamisen: 長年ゲイシャの世界で認められた三弦の弦楽器
妻でも売春婦でもない
妻でも売春婦でもないゲイシャは、権力のある男たちを楽しませることによって生計を立てる芸術家とされている。ゲイは、日本語で「芸術」という意味になる。ゲイシャは、教養のあるダンサー、歌手、音楽家で、気の利いた会話のできる人である。
ゲイシャは、客の冗談に笑い、客の秘密を決して他人に漏らさずない。社交の夜は日本では常にビジネス界の一部として続いている。そしてゲイシャの存在は一家の主の経済力をこのようにして人目を引くお供に充分であるというしるしである。
【Hurriyet Pazar Keyfi紙 12.02.2006 より一部抜粋】