2005年12月31日
今日は世界が歴史の深刻な一転機に面していて
地球はその緊張で震えんばかりである。鋭い、人間らしい、そして若々しい知性の苦しみも従って深刻であり、声なき呻吟にみちている。私たち婦人が誠意をもって自身の知性の問題をとりあげようとするならば、当然のこととして、社会的な半身である男の知性のおかれているありように就て極めてリアリスティックな洞察をもたなければならないと思う。夫唱婦随が美俗とされるところでは、夫の唱える知性の流れがどのように低い川底を走っていなければならないかということに新鮮なおどろきと悲しみの眼を瞠(みは)ったとき、婦人の知性の開眼はおこなわれるのであるとさえ思うのである。
〔一九三九年八月〕
〔一九三九年八月〕
pinkgirly at 19:16|Permalink
│
2005年12月30日
どんな人でも、
日々の暮しというものはもっている。だが、それが生活と呼ぶにふさわしい内容を持っているかどうかという点を省みると、そこに知性の問題があるのだと思われる。
生活のなかで試され、鍛えられつつ生活にその力を及ぼしてゆく人間の知性は、普通なものであると同時に各々その人々に属した動的なものでもあるから、その人としての知性の限度が現実の或る条件のうちで負けることもまれではない。例えば、すぐれた生きてであり芸術家であったオオドゥウでさえも、最後の作品「光ほのか」のなかでは、彼女の知性が人生における一つの味、哀憐の趣というようなものへの傾倒のために弱められて女主人公「光ほのか」が、自分の生涯にかかわる愛さえ正当には守れなかった瞬間に対して、女として心から表すべき遺憾の感情を喪っている。自分の主観のなかで甘えると、知性は忽ち痲痺してしまうところを見れば、知性というものの本質は健啖であって、ひろいつよい合理的な客観力を、養いとして常に必要としていることも理解される。
今日の日本で、そして女のひとの生活のありように即して、知性が云われるとき、私たちの心は一口に述べつくせない感想にみたされざるを得ないと思う。知性をゆたかならしめ広くつよくあらしめる条件が今日の社会にあって、婦人の知性の目覚めが云われているのか、それとも男が先立ってゆくこれまでの世の中のありようの野蛮さに対して婦人の知性が再び考慮にのぼって来ているのか、そのいずれなのだろうか。
日本で婦人の知性が云われる場合、永い歴史が今日までそのかげを投げている独特な習俗によって、知性の本質に対する解釈もおのずと変形させられて、活溌な、動的な、時には破綻を恐れず荒々しい力で新しい人生の局面をも開こうとする面はとかくうしろに置かれ、受け身な物わかりよさ、昔ながらの諦めをシモーヌ・シモンの髪かたちめいた現代の表情で表現するという風な範囲に、きりちぢめられている危険はないと云えるだろうか。所謂(いわゆる)女らしさへの又ひとつの隈(くま)として、しなとして、知性というような言葉も今日の会話の飾りとしてさしはさまれ、婦人自身何かそこに肩をよせているようなおぼつかなさは無いと云い得るだろうか。
生活のなかで試され、鍛えられつつ生活にその力を及ぼしてゆく人間の知性は、普通なものであると同時に各々その人々に属した動的なものでもあるから、その人としての知性の限度が現実の或る条件のうちで負けることもまれではない。例えば、すぐれた生きてであり芸術家であったオオドゥウでさえも、最後の作品「光ほのか」のなかでは、彼女の知性が人生における一つの味、哀憐の趣というようなものへの傾倒のために弱められて女主人公「光ほのか」が、自分の生涯にかかわる愛さえ正当には守れなかった瞬間に対して、女として心から表すべき遺憾の感情を喪っている。自分の主観のなかで甘えると、知性は忽ち痲痺してしまうところを見れば、知性というものの本質は健啖であって、ひろいつよい合理的な客観力を、養いとして常に必要としていることも理解される。
今日の日本で、そして女のひとの生活のありように即して、知性が云われるとき、私たちの心は一口に述べつくせない感想にみたされざるを得ないと思う。知性をゆたかならしめ広くつよくあらしめる条件が今日の社会にあって、婦人の知性の目覚めが云われているのか、それとも男が先立ってゆくこれまでの世の中のありようの野蛮さに対して婦人の知性が再び考慮にのぼって来ているのか、そのいずれなのだろうか。
日本で婦人の知性が云われる場合、永い歴史が今日までそのかげを投げている独特な習俗によって、知性の本質に対する解釈もおのずと変形させられて、活溌な、動的な、時には破綻を恐れず荒々しい力で新しい人生の局面をも開こうとする面はとかくうしろに置かれ、受け身な物わかりよさ、昔ながらの諦めをシモーヌ・シモンの髪かたちめいた現代の表情で表現するという風な範囲に、きりちぢめられている危険はないと云えるだろうか。所謂(いわゆる)女らしさへの又ひとつの隈(くま)として、しなとして、知性というような言葉も今日の会話の飾りとしてさしはさまれ、婦人自身何かそこに肩をよせているようなおぼつかなさは無いと云い得るだろうか。
pinkgirly at 19:16|Permalink
│
2005年12月29日
オオドゥウは
中部フランスの寒村に生れた孤児(みなしご)であった。育児院で育てられて、十三歳からノロオニュの農家の雇娘で羊飼いをした。巴里へ出てからは十九歳の裁縫女として十二時間労働をし、そのひどい生活からやがて眼を悪くして後、彼女は自家で生計(くらし)のための仕立ものをしながらその屋根裏の小部屋の抽斗の中にかくして、「ただ自分一人のために」小説をかきだした。それが「孤児マリイ」であった。つづけて「マリイの仕事場」を書き、「光ほのか」は一九三七年彼女の死ぬ年脱稿された。どの作品でも、オオドゥウは寄るべない一人の貧困な少女がこの世の荒波を凌いで、俗っぽい女の立身とはちがう人間らしさの満ちた生活を求めて、健気(けなげ)にたたかってゆく姿を描いているのであるが、最近出版された「マリイの仕事場」は、オオドゥウの人生に対するまともさ、暖かさ、健全な怒りと厭悪、働いて生きてゆく女、人間として現実を見ている眼の明晰さが、最も美しくあらわれている作品だと思う。オオドゥウの、そのままで一つの物語をなしているような生涯がそれだけで彼女にあのような作品を書かせているのではなく、物語のようでさえある生活の様々の推移の場面で、彼女がそこに何を感じ、何を身につけて生きて来たかという、その生きかたの窮局が、彼女に彼女にしかない生活のみのりをもたらしているのである。
pinkgirly at 19:15|Permalink
│
2005年12月28日
人生と歴史の時代の、
こういう複雑な曲折に身を処して、猶私たちが人間としての希望を守りつづけ、理性の明るさへの期待を失わず、身に添っている数々の困難さえ、はためにもただ悲惨なものとして終らせまいと願う雄々しい意欲をもつとすれば、それは果して通り一遍の女の勝気だの、負けずぎらいだので可能なことであろうか。ましてや破れ鏡のような小ざかしさなどものの役にも立ちにくい。
ジョルジュ・サンドの「愛の妖精」(岩波文庫)という小説を愛読したかたは決してすくなくないだろうと思う。プチト・ファデットが自分の特別に荒い境遇を変化させて自分の真情からの愛をも完うしてゆく勤勉で精気にみちた姿は、人生への知性というものは、ああいう風にも現れるという活々としたよろこばしい見本の一つである。
又、近頃堀口大学氏の手で「孤児マリイ」「光ほのか」「マリイの仕事場」と三つの小説が翻訳されたフランスの婦人作家マルグリット・オオドゥウの生活と作品なども、知性というものについて考えさせる多くのものをもっている。
ジョルジュ・サンドの「愛の妖精」(岩波文庫)という小説を愛読したかたは決してすくなくないだろうと思う。プチト・ファデットが自分の特別に荒い境遇を変化させて自分の真情からの愛をも完うしてゆく勤勉で精気にみちた姿は、人生への知性というものは、ああいう風にも現れるという活々としたよろこばしい見本の一つである。
又、近頃堀口大学氏の手で「孤児マリイ」「光ほのか」「マリイの仕事場」と三つの小説が翻訳されたフランスの婦人作家マルグリット・オオドゥウの生活と作品なども、知性というものについて考えさせる多くのものをもっている。
pinkgirly at 19:15|Permalink
│
2005年12月27日
知性は、コンパクトではないから、
決して固定した型のものにきまったいくつかの要素がねり合わされていて、誰でもがハンド・バッグに入れていられるという種類のものではない。そのゆたかさにも、規模にも、要素の配合にも実に無限の変化があって、こまかく見ればその発動の運動法則というようなものにも一人一人みな独特な調子をもっているものだろう。とりどりな人間の味、ニュアンスと云われるものの源泉は、恐らくはこういう知性の微妙な動き、波動の重なるかげにあるように思える。
誰しもこの世の中に生れたとき、既にある境遇というものは持っている。それにつながった運命の大づかみな色合いというものも、周囲としては略(ほぼ)想像することが出来る。西洋に、あれは銀の匙を口に入れて生れて来た人というような表現のあるのもそこのところに触れているのだろうが、人間が男にしろ女にしろ、生えたところから自分では終生動き得ない植物ではなくて、自主の力をもった一箇の人間であるという事実は、その境遇とか運命とかいうものに対しても、事情の許す最大の可能までは自分から働きかけることも出来ることを示している。「人間は考える葦である」というような云いかたは詩的な表現として好む人もあるだろうが、現実の人間はもっとつよく高貴な能動の力をひそめているものである。根はしばられつつ、あの風、この風を身にうけて、あなたこなたに打ちそよぎ、微(かすか)に鳴り、やがて枯れゆく一本の葦では決してない。人間は自分から動く。動くからこそ互に愛し合いもすれば、傷け合いさえもする。そのように人間の動きは激しいのであるが、その激しい人間の間の動きは、よしあしにかかわらず、一定の境遇とか、そこから予想されそうな運命というものをも、どしどし変えてゆく。そとからの力として否応なくどんなにおとなしい一人の若い婦人の日常にもそういうものが様々の形をとって迫って来る激しさは、今日私たちがありあまる程の実例の中に犇々(ひしひし)と感じているところではなかろうか。
誰しもこの世の中に生れたとき、既にある境遇というものは持っている。それにつながった運命の大づかみな色合いというものも、周囲としては略(ほぼ)想像することが出来る。西洋に、あれは銀の匙を口に入れて生れて来た人というような表現のあるのもそこのところに触れているのだろうが、人間が男にしろ女にしろ、生えたところから自分では終生動き得ない植物ではなくて、自主の力をもった一箇の人間であるという事実は、その境遇とか運命とかいうものに対しても、事情の許す最大の可能までは自分から働きかけることも出来ることを示している。「人間は考える葦である」というような云いかたは詩的な表現として好む人もあるだろうが、現実の人間はもっとつよく高貴な能動の力をひそめているものである。根はしばられつつ、あの風、この風を身にうけて、あなたこなたに打ちそよぎ、微(かすか)に鳴り、やがて枯れゆく一本の葦では決してない。人間は自分から動く。動くからこそ互に愛し合いもすれば、傷け合いさえもする。そのように人間の動きは激しいのであるが、その激しい人間の間の動きは、よしあしにかかわらず、一定の境遇とか、そこから予想されそうな運命というものをも、どしどし変えてゆく。そとからの力として否応なくどんなにおとなしい一人の若い婦人の日常にもそういうものが様々の形をとって迫って来る激しさは、今日私たちがありあまる程の実例の中に犇々(ひしひし)と感じているところではなかろうか。
pinkgirly at 19:13|Permalink
│
2005年12月26日
例えば、
日本の若い婦人たちにも心からの興味と尊敬をもって読まれたキュリー夫人伝にしろ、もしキュリー夫人の一生が、ただ研究室での根気づよい努力でラジウムを発見したというだけであったら、その科学的業績に敬意は十分払われるとしても、あの一冊の伝記が世界の人々の胸を呼びさましたような感銘は与えなかったに違いない。ポーランドの寧ろ貧しい一人の女学生であったマリイ。貴族屋敷の天稟ゆたかな若い家庭教師としての生活の経験や失われた恋。更にパリへ勉学に出る前後の窮乏。そして出てから、キュリーとのめぐり会い、その後の妻・母・科学者としての手いっぱいな彼女の生活の明け暮れ。そこを貫いて彼女に科学上の大きい業績をのこさせたもの、そこに私たちはこの世の中における並々ならぬものを見るのである。キュリー夫人の科学上の学識、技能を更に広いところから包んで、そのものの完成をも可能ならしめたもの、それはもとより当時の社会の条件と、彼女自身の堅忍であり、不撓な意志でもあるが、もう一歩つきつめてその堅忍や強靭な意志が何処から生れて来ていたかと考えてみれば、底には一身の安穏を忘れて科学の真実を愛し守る良人と妻とが互に労(いたわ)り評価し愛しつつ、傍ら子供らへの心くばりをもおこたらぬ人間らしい個性が波々と湛えられていたことが感じられる。彼女の人間、女としての傷(いたみ)はそこで医(いや)され、科学者としての燃焼はそこから絶えざる焔をとったのであった。
pinkgirly at 18:55|Permalink
│
2005年12月25日
知性の開眼
知性というとき、私たちは漠然とではあるが、それが学識ともちがうし日常のやりくりなどの悧巧さといわれているものともちがった、もう少し人生の深いところと関係している或るものとして感じとっていると思う。教養がその人の知性の輝きと切りはなせないように一応は見えるが、現実には、教養は月で、知性の光を受けることなしにはその存在さえ示すことが出来ないものと思う。教養ということは範囲のひろい内容をもっているけれども、そういう風な教養は外から与えられない環境のなかで、すぐれたいい素質として或る知性を具えているひとは、その知性にしたがって深く感じつつ生活してゆく間に、おのずから独特な人生に対する態度、教養を獲(え)てゆくという事実は、人間生活の尽きぬ味いの一つであると思う。
この人生への愛。ひとと自分との運命を大切に思って、そこから美しい花を咲かせようとつとめる心。そのためには自然欠くことの出来ない落付いた理性の判断と、柔軟溌溂な独創性、沈着な行動性。それ等のものが、知性と云われるもののなかにみんな溶けこんでいて、事にのぞみ、場合に応じ、本人にとっては何か直感的な判断の感じ、或はどう考えてもそうするのが一番よいと思えるというような感情的な感じかたで、生活に作用してゆく。知性というものは抽象の何ものでもなく活々としてしなやかなダイナミックな生活力そのものにつけられた名である。
この人生への愛。ひとと自分との運命を大切に思って、そこから美しい花を咲かせようとつとめる心。そのためには自然欠くことの出来ない落付いた理性の判断と、柔軟溌溂な独創性、沈着な行動性。それ等のものが、知性と云われるもののなかにみんな溶けこんでいて、事にのぞみ、場合に応じ、本人にとっては何か直感的な判断の感じ、或はどう考えてもそうするのが一番よいと思えるというような感情的な感じかたで、生活に作用してゆく。知性というものは抽象の何ものでもなく活々としてしなやかなダイナミックな生活力そのものにつけられた名である。
pinkgirly at 18:55|Permalink
│
2005年12月24日
『地上に待つもの』に寄せて
此度山田さんの自伝的小説『地上に待つもの』が出版されるに当って、何人かの友人らに混って短い感想を書く因縁に立ち到ったことを私は一種の感動をもって考えるのである。
山田さんは、『種蒔く人』時代から日本のプロレタリア文学運動に参加して、本年二月ナルプ解散前後の多難な時をも経、略(ほぼ)十年間、波瀾に富んだ闘争の道を歩いて来た。
私が山田さんを知ったのは一九三〇年の暮旧日本プロレタリア作家同盟の活動に参加するようになってからのことである。僅か三四年の間ではあったがプロレタリア文学運動にとって意味深い様々の経験を共にした。しかし私は今日見る山田さんがその背後にどのような経歴を負うているかというようなことについては極めて知るところが少なかった。当時の事情では、そのような思い出話を、ゆっくりきくにふさわしいような機会もなく、過ぎていたのであった。
『地上に待つもの』は、単に山田さんの意義ある過去の道どりを私達の前に示すばかりでなく、日露戦争後、急速に日本に資本主義が発展しはじめた時代に少青年期を迎えた勤労階級の或る種の若者たちは、どのように階級的上昇をしようと焦ったか。而もその焦慮はみたされなかった若者たちが、ヨーロッパ大戦後急激に高まった階級闘争の波にどんな勢でまきこまれて行ったか。其らの経緯をも語っている点で、深い社会的興味をよび起すものなのである。
又、この一篇の自伝的小説をよむものは、日本の解放運動においては、その初めから雑階級にまで急進思想がひろがっていたこと、及び、プロレタリア文学運動の先進者が勤労階級出身であるとしても一面にどのような歴史性をもって立ち現れているのであるかという現実の複雑な内容をも、はっきりと、作品の行文の間に読みとることが出来るのである。
この一本を注意ぶかく愛読するであろう諸氏に、私は切望する。諸氏の旺盛な生活力によってこの作品からあますところなく教訓を摂取すると共に、才能の自由な活動を奪われ、著者は今、繩をないつつ坐らせられているということを、記憶されるように、と。――
〔一九三四年十二月〕
山田さんは、『種蒔く人』時代から日本のプロレタリア文学運動に参加して、本年二月ナルプ解散前後の多難な時をも経、略(ほぼ)十年間、波瀾に富んだ闘争の道を歩いて来た。
私が山田さんを知ったのは一九三〇年の暮旧日本プロレタリア作家同盟の活動に参加するようになってからのことである。僅か三四年の間ではあったがプロレタリア文学運動にとって意味深い様々の経験を共にした。しかし私は今日見る山田さんがその背後にどのような経歴を負うているかというようなことについては極めて知るところが少なかった。当時の事情では、そのような思い出話を、ゆっくりきくにふさわしいような機会もなく、過ぎていたのであった。
『地上に待つもの』は、単に山田さんの意義ある過去の道どりを私達の前に示すばかりでなく、日露戦争後、急速に日本に資本主義が発展しはじめた時代に少青年期を迎えた勤労階級の或る種の若者たちは、どのように階級的上昇をしようと焦ったか。而もその焦慮はみたされなかった若者たちが、ヨーロッパ大戦後急激に高まった階級闘争の波にどんな勢でまきこまれて行ったか。其らの経緯をも語っている点で、深い社会的興味をよび起すものなのである。
又、この一篇の自伝的小説をよむものは、日本の解放運動においては、その初めから雑階級にまで急進思想がひろがっていたこと、及び、プロレタリア文学運動の先進者が勤労階級出身であるとしても一面にどのような歴史性をもって立ち現れているのであるかという現実の複雑な内容をも、はっきりと、作品の行文の間に読みとることが出来るのである。
この一本を注意ぶかく愛読するであろう諸氏に、私は切望する。諸氏の旺盛な生活力によってこの作品からあますところなく教訓を摂取すると共に、才能の自由な活動を奪われ、著者は今、繩をないつつ坐らせられているということを、記憶されるように、と。――
〔一九三四年十二月〕
pinkgirly at 18:54|Permalink
│
2005年12月23日
言論の自由を奪うということは
ただそのときその人がいおうとしている意見をひっこめさせる役割を果すだけではない。思うことのいえない人間はだんだん無気力になり自分で判断しようともしない無責任になれて来る。社会的自主性のよわいひきまわされ放題な人となる。日本人の性格のよくない特徴として、敗戦後、あらゆる外国人から指摘された一つに「自分の意見をはっきりあらわさない」という点があげられている。そのことを忘れてはならない。内と外からの愚民教育に対して、わたしたち人民の男女は責任あるたたかいをつづけなければならない。
〔一九五〇年八月〕
〔一九五〇年八月〕
pinkgirly at 18:54|Permalink
│
2005年12月22日
討議(ディスカッション)という
意見の発表と研究の方法を日本の人民は学ぶべきであるといわれはじめてから、まだ五年しかたたない。五年後のきょうの実状をみると、日本の一般には開放的でまた探求心のつよい討議の習慣がつくられるよりも早く、過去の半封建的日本のモラルの標準語であった善とか悪とかいう表現での片づけかたが、流布しそうである。善かさもないものはただちに悪と、固定された、ただふたすじのみちが、もし、特定のものの便宜のために日本の人民の理性の上に敷設されるなら、それは、人を生き埋めにした上につくられた滑走路のようなものになるだろう。社会の発展の過程にあらわれる善と悪とは馬琴の勧善懲悪小説の善玉、悪玉であらわされるよりはるかに動的で互の関係のうちに質の変化を経験してゆくものである。そこにわれわれの実践と客観的な観察と批判が必要となって来る。
pinkgirly at 18:54|Permalink
│
