告げられた言葉に、大地は唖然とした。そうして現状のあまりの現実味のなさに、思わず笑い声が漏れる。

「……ふ、ははっ。……ごめん、いま君なんて言った? 死神? そういう遊びが流行っているのか?」

 妙な格好をした女が突如目の前に現れ、あんたは一年後に死ぬと言われて、いったいどれほどの人間が信じるだろうか。
 しかし、笑う大地をエレナは気にすることもなく、肩をすくめた。
「ま、普通は信じないわよね。でも急に怒りだしたりしないだけ、あんたの反応はいくらかマシだわ。でも、信じてもらわないと、こっちも困るのよ」

 毒気を抜かれた大地からは、相手に対する敵意はすっかり削がれてしまっていた。だから、油断したのかもしれない。
 黒のブーツで――そういえば彼女は土足だ――数歩、大地に歩み寄ったエレナは出し抜けに大地の胸に向かって手を伸ばした。

 身構える間もなく、彼女の手が大地に接近する。最初、大地は相手に突き飛ばされるのかと思った。
 しかし、そうではなかったことに気付いたのは、尋常ならざる光景を目にしてからだった。

 エレナの手が、大地の胸を突き抜けたのである。まるで、大地の体が実体をなくしてホログラムにでもなったように、もしくは相手の腕がそうなったかのように、エレナの腕と大地の体が見事に交差していた。

 にもかかわらず、触れられた感触というのがまるでない。胸を彼女の腕が突き抜けたというのに、痛みはおろか痒みすらなかった。

 一瞬で笑いが吹き飛んだ大地は、瞠目してエレナを見返す。自分の身になにが起こったのか、まったく理解できなかった。
 彼女はそんな大地の驚きを小さな笑みで一蹴し、腕をますます深く大地の胸に沈めていく。

「……どう? 私が人間じゃないって、信じてくれたかしら?」
「……き、君……なにを……」
「まだなにもしてないから、痛くはないはずよ」

 ひとの胸に腕を通しておいて、なにもしていないなんてよく言えたものだと思ったが、それをくちにすることはかなわなかった。
 エレナはそのまま腕をまわし、まるで大地の体の中を掻き混ぜるふうな動きをする。

「よ、よせっ、やめろ!」
「あは、べつに殺したりしないから大丈夫よ」
「こんなことされて大丈夫なんて言われても、信じられるはずないだろう!」
「じゃあ、私が死神だって信じてくれた?」
「信じる、信じるから。頼むから今すぐ腕を引いてくれ!」

 他人の腕が自分の胸を貫通して自由自在に動いている光景は気味が悪く、一刻も早く今の状態から抜け出したかった。しかし、エレナはそんな大地の心境をわかってか、面白そうにさらに腕を乱暴に動かす。

「えー、どうしよっかなぁ」
「やめろ!」
「このままあんたの魂いっかい出してみてもいいんだけど」
「よくわからないけど、やめてくれ! せめて腕を止めろ!」
「自分の魂、見てみたくなーい?」
「ない! これっぽっちも!」

 全力で答えると、その反応に満足したのか、彼女は笑いながら腕を引いた。
 貫通するものがなにもなくなった自分の胸に、大地はおそるおそる手を這わす。当然、自らの手が自身の胸に沈むことはない。

 なにが起こったのかとうそ寒く感じながらエレナを見れば、彼女は勝手に部屋のテーブルに行儀悪くも腰をおろし、そこで足を組んで大地を見返した。

「べつに、ちょっとくらい魂出したって死にゃしないわよ。もとに戻すのが遅れたら……まぁ、死ぬけど」

 こともなげに彼女は言う。
 相変わらず現実感はなく、大地は混乱したが、それでも頬をつねったところで痛みが返ってくるばかりだった。

 ひたいに手を当て、大地は考える。エレナが現れてまだそれほど時間は経っていないはずなのだが、すでに何時間も過ぎたような錯覚がしていた。

「言っとくけど、これ夢じゃないわよ」

 大地の希望を、彼女は無慈悲に打ち砕く。深いため息を吐き、大地は相手を改めて見やった。

「……えーと、つまり、君は……」
「君、じゃなくてエレナよ」
「エレナはその……人間じゃない、のか? さっきのは、その、マジックかなにかではなく?」
「なーに、まだ信じないの? やっぱり一回くらい魂出してやんないとダメかしら」
「待て待て! わかった、わかったから」

 テーブルから腰を浮かしかけた彼女を手と声で制して、大地はもつれている思考を懸命にほどいて動かそうとする。
 エレナは、大地の前に現れて早々なんと言っていただろうか。大地は一年後に交通事故で死ぬと、そう言っていなかったか。

 なんとも嘘くさい宣告だが、それでも先程の信じがたい出来事のあとだからか、もう笑い飛ばすことは難しかった。大地は相手に尋ねる。

「俺が一年後に交通事故で死ぬ……って、言ったよな」
「言ったわね」
「なんでわざわざご丁寧にそんなことを言いにきたんだ? 死神なんて、漫画や映画でしか見たことはないから本物が普段どういうことをしているのかなんて知らないけど、それでも律儀すぎやしないか?」

 訊くと、エレナは目を丸くして、いくらか意外そうな顔をした。

「飲み込みが早い上に、案外冷静なのね。あんたみたいなやつ、ちょっと珍しいわよ」
「誤魔化すな」
「ごめんごめん、誤魔化してるつもりじゃないんだけど。……そうよね、こっちの事情を知らないんじゃ、不審に感じても無理はないわよね」

 返すと、彼女は足を組み直して連ねた。