「地縛霊って、わかる?」
「地縛霊……テレビや本で見たりする程度の知識なら、あるけど」
「それで充分よ」

 地縛霊――ようは、なんらかの理由でとある地から離れることが出来ないでいる霊だ。その地に執着する理由は様々だが、霊というだけあって、ネガティブな理由である場合が多い。
「死神の仕事は色々あるけど、その中のひとつに【地縛霊の始末】っていうのがあるのよ」
「……始末」
「言い方は悪いけどね」

 大地の心境を察したように、エレナが付け加える。

「地縛霊は、この世に執着している霊なのよ。つまり、ほっといても自分からあの世へ行こうって気には、なってくれないの。もちろん例外はあるけど、地縛霊は周囲に影響を与えることが多いわ。悪い影響をね」

「死神が、その悪影響を阻止するために地縛霊を始末する……なんて、正義の味方みたいなこと言わないよな」

「冗談でしょ。地縛霊が周囲に悪影響を与えると、私達の仕事が増えるのよ。まだ死ぬ予定じゃない人間が死んだり、他の魂が地縛霊に巻き込まれたりしてね。で、その地縛霊を減らすために、死神は人間が死ぬ一年前に死の宣告をする決まりになってるのよ」

 話を聞いて、大地は首を傾げた。最後の言葉の意味が、よくわからなかったからだ。

「……悪い。なんで一年前に宣告をすることが、地縛霊を減らすことに繋がるんだ?」
「んーとね……」

 エレナは思案するふうに、顎に指を添える。

「一年前に宣告されて自分の死期がわかってる人間と、そうじゃない人間とじゃ、やっぱり後者のほうがこの世に未練を残しやすいのよ」

 大地は納得した。

「……なるほど。この世に対する未練が土地への未練に繋がって、結果――」
「地縛霊になる例もあるってわけ」

 それに、と彼女は付け加える。

「地縛霊の始末って、けっこうエネルギーが必要なの。ひとりで一日に何人も始末するってわけにはいかないのよ。最近は死神界も人手が足りなくてねー」

 エレナの妙に人間味のある台詞に、大地は驚く。思わず問い掛けた。

「死神の人手が足りないなんて……あるのか?」
「最近、人間界って自殺者多くない?」
「ああ……」

 納得は、そのひとことで足りた。たしかに、死ぬ人間が多ければ、死神の仕事も増えることだろう。
 そこで、ふと浮かんだ疑問を彼女にぶつける。

「……なぁ、天国と地獄って、本当にあるのか?」
「あるわよ」

 あっさりと、それこそ肩透かしを食らうほどの軽さでエレナは答える。

「でも、天国に行ける人間は、正直少ないわ」
「……どうして」

 訊けば、彼女は僅かに思案する容貌を見せてから、さとったふうな瞳で返す。

「……死ぬ間際になんの憎しみもいだかず、この世に未練もなく、穏やかに死ねる人間が多いと思う? ……天国はね、そういう人間が行くところなのよ」

 エレナの台詞に、大地は亡くなった両親のことを想わないではいられなかった。
 彼女の言う通り、そんなにも穏やかに死ねる人間は、決して多くはないはずだ。事故で突然生命を断たれてしまった者ならば、なおさら。

 大地だって、妹の雪穂のことを心配に思いながら死ぬことだろう。
 ――そう。大地は意識を妹に定める。
 大地には、大切な妹がいる。両親のいない寂しさの中を共に駆けてきた、自分よりも大切な妹が。

 エレナが本当に死神だからといって、素直に自分の死期を受け入れることなど出来ない。
 拳を握り、大地は彼女に向き直った。

「エレナ、悪いけど、俺はまだ死ぬわけにはいかないんだ」
「そんなこと言われてもね」
「なんとかならないのか? 妹が……雪穂がいるんだ。あいつを置いて死ぬなんて、とても出来ない。それこそ、俺が地縛霊になっちまうよ」

 この台詞に、彼女はため息を漏らした。

「地縛霊にならないように、宣告しにきたんだけど」
「雪穂がいるのに、この世に未練を残さないなんて、そんなの出来るわけない。なぁ、頼むよ。俺に出来ることならなんだってするから。せめて妹がもう少し成長するまでは」

 大地の頼みを、エレナは眉間にしわを刻んでどこか面倒そうに聞く。すると、急にその眉間のしわが消え、彼女は人差し指を立てた。

「私の仕事を手伝ってくれたら、魔王さまに相談してみてもいいわ」

 希望の光が瞬いたのと同時に、不安の影がちらつく。大地は歓喜にゆるみかけた顔を再び引き締めて、おそるおそる尋ねた。

「……私の仕事って……」
「死神の仕事ってことね」
「まさか、地縛霊を始末しろなんて言うんじゃ……」
「そんなのあんたに出来るわけないじゃない。そっちじゃなくて……」

 エレナは大地に顔を近付けると、瞳を細めて華やかに笑った。容姿が整っているぶん、相手が人間でないとわかっていても、妙に胸が高鳴ってしまうのがなんだか悔しかった。
 彼女はそんな大地のときめきも知らず、立てた人差し指で大地の唇に触れる。

「一年前の宣告。これを手伝ってほしいのよ。あと、私にエネルギーの供給」
「……エネルギーの供給? そんなのどうやって――」

 そこで、大地ははっとした。

「ま、まさか血を吸うとか……」
「その方法もなくはないけど、人間ってあんまりたくさん血を吸うと死ぬんでしょ?」
「そりゃそうだろ」
「それでうっかり殺しちゃったら私が魔王さまに怒られちゃうから、パスよ。そんなのより、もっと確実にエネルギーがもらえて、おまけに気持ちいい方法があるの」

 黄金色の瞳を細めて、彼女は妖艶に微笑する。魔王さまとやらに怒られなければ血を吸われて殺されていたのかもしれないと思うと、魔王の存在に感謝せざるをえなかった。