至近距離で双眸を細めた菫が、優しい声音で囁く。
「……これでどうかしら?」
「……え、あ……」
驚きのあまり、弥一は返事らしい返事をくちに出すことが出来ない。彼女は眉尻をさげた。
「研究者として、あなたに最後に出来ることがこれなのかと思うと、なんだかなさけないけど」
「いえ、あのっ! そんなっ」
顔を熱くした弥一がなんとか言葉を吐き出したとき、すぐ側を銃弾が流れていった。壁に埋まった鉛玉におびえた弥一の声は、喉の奥に引っ込んでしまう。
気付けば、かどのすぐ向こうにまでロボット達が迫っていた。菫から与えられたときめきは、瞬く間に吹き飛んでしまう。
「さぁ、お祈りでもしましょうか」
銃を持っていないほうの手で、彼女は弥一の手を握る。相手の手を握り返し、弥一は尋ねた。
「菫さんは、神様って信じてるんですか?」
この問いに、菫は「まさか」と答える。
「無神論者よ」
一縷のためらいもなく発せられた台詞に、弥一は笑ってしまった。なんだか彼女らしいと、そう感じてしまったのである。
得意な教科はなにひとつなかったけれど、恋人だって出来なかったけれど、菫と共に死ねることは少々うれしかった。最後にキスを出来たことも、その相手が彼女だったことも、喜ばしいと思う。
無表情な男性型のロボットがぬっと顔を出し、ふたりの目の前に立った。ロボットは両目を不穏に光らせる。
【目標、二体確認。排除します】
そうひとりごちたロボットが、すでに銃が露出している右腕をかかげ、銃口をまず弥一に向けた。銃はまっすぐに、弥一のひたいを狙っている。
目の前のロボットの肩越しにも、数多のロボットが見えた。おそらく通路の反対側の弥一が見えない位置にまで、ロボットは溢れているのだろう。故に、眼前のロボットを倒したところで、菫の銃一丁ではとても切り抜けられないのは明らかだった。
菫がぎゅっと弥一の手を握る。弥一も手を握り返し、いよいよ覚悟を決めて、両の瞼を静かにおろした。
そのときだった。突如、なにかが勢いよく割れる鋭利な音が廊下に響き、弥一は驚いて目を開ける。
そんな弥一の眼前に、どこから来たのか、何故か椅子が飛んできてロボットにぶつかり、弥一に銃口を向けていたロボットはそのまま椅子もろとも廊下に倒れてしまった。
なにが起こったのかわからず、弥一が呆然としていると、知らない女性の声が通路に響き渡る。
「おいおい、やけにロボットどもが集まってると思ったら。菫、テメェこんなとこでなにしてやがる!」
女性が現れたのは、部屋の窓――さきほど弥一と菫が入ろうとしたがロックに阻まれて入ることが叶わなかった、目の前の扉の向こう側にある部屋の窓だった。
そこそこ頑丈なはずの窓ガラスが粉々に割れ、そこに空いた穴から彼女は身をくぐらせている。今しがた飛んできた椅子は、ひょっとすると窓を部屋の内側から破壊するために彼女が投げ飛ばしたものなのかもしれない。
廊下に面する窓から突然あらわれた男勝りな口調の女性を、菫は瞠目して見た。
「し、祥子!」
どうやら、ふたりは知り合いらしかった。
窓から現れた女性は、黄緑色のティーシャツとデニムのショートパンツの上から白衣を羽織り、さらには金髪のショートヘアーにスニーカーという、おおよそ白衣が似合わないスタイルの女性だった。
周囲のロボット達が、祥子と呼ばれた女性に銃口を向けるが、彼女は手にしていた例の対ロボット特殊銃で次々とロボットを撃破していく。
そこに菫も加勢して、通路のロボット達はドミノ倒しのごとく、ばたばたと倒れていった。
すると、祥子がショートパンツにねじ込んでいたもう一丁の銃を弥一に投げる。あわてて受け取る弥一に、彼女は叫んだ。
「それ使え! 下手でも撃ちまくってりゃ一体くらいには当たるだろ!」
射撃など、ゲームセンターでのゲームでしか経験はなかったが、そのときの記憶を掘り起こしながら、弥一は銃をかまえてトリガーを引く。
一発目と二発目は外れたが、三発目は無事にロボットに当たり、電気が弾ける音と共にロボットが倒れた。それを見ていた祥子が、後ろから弥一を褒める。
「お前、素質あるじゃねーか!」
「ど、どうも」
ロボットが撃ってくる銃弾はもちろん恐ろしかったが、それ以上に、自分も戦える――菫にすべてを任せて隠れていなくてもいいというのがいたく喜ばしく、その歓喜が弥一の恐怖を抑え込んだ。
ロボットがあらかた片付き、廊下に隙間が生まれた頃、祥子が声を荒げて走る。
「今のうちに突っ切るぞ!」
先頭を駆ける祥子に、菫と弥一も続いた。
三人で廊下を走り、扉が開いたままだったとある部屋へと隠れ込む。ロボットが追ってきていないことを確認し、そこでようやく三人は息をついた。
肩で呼吸をしながら、菫は祥子に礼を述べる。
「あ、ありがとう、祥子……」
祥子はぱたぱたと手を振った。
「かまわねーよ。こっちも、どうやって部屋から抜け出そうかと思ってたとこだったんだ。調子こいてロボット倒しまくってたら、すっかり研究所が敵陣になっちまってよ」
返して、祥子は弥一を見やって菫に尋ねる。
「で、こいつは?」
「街でロボットに襲われていたのよ」
菫に説明され、弥一は小さく頭をさげた。
「た、高橋弥一です……」
ほう、と声を漏らした祥子はゆるく口角を上げながら、視線を滑らせて弥一の全身を観察する。強気そうな面持ちに吊りあがった目尻が、どこか猫のような印象をいだかせた。
気付けば、かどのすぐ向こうにまでロボット達が迫っていた。菫から与えられたときめきは、瞬く間に吹き飛んでしまう。
「さぁ、お祈りでもしましょうか」
銃を持っていないほうの手で、彼女は弥一の手を握る。相手の手を握り返し、弥一は尋ねた。
「菫さんは、神様って信じてるんですか?」
この問いに、菫は「まさか」と答える。
「無神論者よ」
一縷のためらいもなく発せられた台詞に、弥一は笑ってしまった。なんだか彼女らしいと、そう感じてしまったのである。
得意な教科はなにひとつなかったけれど、恋人だって出来なかったけれど、菫と共に死ねることは少々うれしかった。最後にキスを出来たことも、その相手が彼女だったことも、喜ばしいと思う。
無表情な男性型のロボットがぬっと顔を出し、ふたりの目の前に立った。ロボットは両目を不穏に光らせる。
【目標、二体確認。排除します】
そうひとりごちたロボットが、すでに銃が露出している右腕をかかげ、銃口をまず弥一に向けた。銃はまっすぐに、弥一のひたいを狙っている。
目の前のロボットの肩越しにも、数多のロボットが見えた。おそらく通路の反対側の弥一が見えない位置にまで、ロボットは溢れているのだろう。故に、眼前のロボットを倒したところで、菫の銃一丁ではとても切り抜けられないのは明らかだった。
菫がぎゅっと弥一の手を握る。弥一も手を握り返し、いよいよ覚悟を決めて、両の瞼を静かにおろした。
そのときだった。突如、なにかが勢いよく割れる鋭利な音が廊下に響き、弥一は驚いて目を開ける。
そんな弥一の眼前に、どこから来たのか、何故か椅子が飛んできてロボットにぶつかり、弥一に銃口を向けていたロボットはそのまま椅子もろとも廊下に倒れてしまった。
なにが起こったのかわからず、弥一が呆然としていると、知らない女性の声が通路に響き渡る。
「おいおい、やけにロボットどもが集まってると思ったら。菫、テメェこんなとこでなにしてやがる!」
女性が現れたのは、部屋の窓――さきほど弥一と菫が入ろうとしたがロックに阻まれて入ることが叶わなかった、目の前の扉の向こう側にある部屋の窓だった。
そこそこ頑丈なはずの窓ガラスが粉々に割れ、そこに空いた穴から彼女は身をくぐらせている。今しがた飛んできた椅子は、ひょっとすると窓を部屋の内側から破壊するために彼女が投げ飛ばしたものなのかもしれない。
廊下に面する窓から突然あらわれた男勝りな口調の女性を、菫は瞠目して見た。
「し、祥子!」
どうやら、ふたりは知り合いらしかった。
窓から現れた女性は、黄緑色のティーシャツとデニムのショートパンツの上から白衣を羽織り、さらには金髪のショートヘアーにスニーカーという、おおよそ白衣が似合わないスタイルの女性だった。
周囲のロボット達が、祥子と呼ばれた女性に銃口を向けるが、彼女は手にしていた例の対ロボット特殊銃で次々とロボットを撃破していく。
そこに菫も加勢して、通路のロボット達はドミノ倒しのごとく、ばたばたと倒れていった。
すると、祥子がショートパンツにねじ込んでいたもう一丁の銃を弥一に投げる。あわてて受け取る弥一に、彼女は叫んだ。
「それ使え! 下手でも撃ちまくってりゃ一体くらいには当たるだろ!」
射撃など、ゲームセンターでのゲームでしか経験はなかったが、そのときの記憶を掘り起こしながら、弥一は銃をかまえてトリガーを引く。
一発目と二発目は外れたが、三発目は無事にロボットに当たり、電気が弾ける音と共にロボットが倒れた。それを見ていた祥子が、後ろから弥一を褒める。
「お前、素質あるじゃねーか!」
「ど、どうも」
ロボットが撃ってくる銃弾はもちろん恐ろしかったが、それ以上に、自分も戦える――菫にすべてを任せて隠れていなくてもいいというのがいたく喜ばしく、その歓喜が弥一の恐怖を抑え込んだ。
ロボットがあらかた片付き、廊下に隙間が生まれた頃、祥子が声を荒げて走る。
「今のうちに突っ切るぞ!」
先頭を駆ける祥子に、菫と弥一も続いた。
三人で廊下を走り、扉が開いたままだったとある部屋へと隠れ込む。ロボットが追ってきていないことを確認し、そこでようやく三人は息をついた。
肩で呼吸をしながら、菫は祥子に礼を述べる。
「あ、ありがとう、祥子……」
祥子はぱたぱたと手を振った。
「かまわねーよ。こっちも、どうやって部屋から抜け出そうかと思ってたとこだったんだ。調子こいてロボット倒しまくってたら、すっかり研究所が敵陣になっちまってよ」
返して、祥子は弥一を見やって菫に尋ねる。
「で、こいつは?」
「街でロボットに襲われていたのよ」
菫に説明され、弥一は小さく頭をさげた。
「た、高橋弥一です……」
ほう、と声を漏らした祥子はゆるく口角を上げながら、視線を滑らせて弥一の全身を観察する。強気そうな面持ちに吊りあがった目尻が、どこか猫のような印象をいだかせた。









