夏樹の眼差しが、言葉が、真っ直ぐに祥子に向けられる。相手から目を逸らすことさえ出来なかったのは、夏樹の圧倒的な感情の強さに飲み込まれてしまっていたからだった。

「あいつが車に乗ったのは、この状況を鎮めることだけが目的じゃない。この状況を鎮静化させることで、お前を助けようとしたんだ」

 そこでいったん言葉を切り、夏樹は瞳を揺らす。それは、体内で暴れ狂う感情の痛みに耐えようとするふうにも見えた。
「――お前のためなんだ」

 夏樹の台詞と唇の動きが、それぞれ別の情報として祥子の中に入ってくる感覚があった。

 おまえのためなんだ。

 なにを言われたのか、一瞬よくわからなかった。頭の中で何度もその言葉を繰り返して、ようやっと理解が及ぶ。

 だが、理解が及んだ瞬間、今度は恐怖にも似た衝撃が祥子を襲った。全身からちからが抜け、呆然と相手を見つめ返してしまう。
 夏樹が祥子から顔を離した。それが合図だったかのように、祥子の手が小さく震え出す。

 お前のためと、夏樹はそう言っただろうか。お前を助けようとしたと。

 それは言いかえれば、つまり、祥子のせいだと受け取れるのではないだろうか。冬彦は祥子を守るために――祥子のせいで、車に乗り、施設に突っ込んだのだと。

 唇と声帯が痙攣した。叫びたくなるくちを、祥子は自身の両手で無理矢理ふさぐ。
 出口を失った叫びが、喉の奥で暴れていた。それを嚥下するのに、祥子は相当な労力を必要としなければならなかった。

「わ、たし……」

 かすれて唇から漏れた声は、自分の声ではないようだった。弱々しく震えて、今にも泣き出しそうに聞こえる。

「私、は……そんな……」
「そんなこと望んでなかった、なんて言うなよ。んなことくちにしたときには、女といえども容赦なく殴り飛ばすぞ」

 そう言う夏樹の声も、震えて語尾が消え入りそうだった。
 祥子の背後では、小さな爆発音が続いている。おそらくは補充施設が発している爆発音だ。

 冬彦が引き起こした、爆発。

 ああも爆発が繰り返されていれば、施設は無惨な状態となっていることだろう。そしてそれは、冬彦の身体も同様に無惨な結末を迎えていることも意味している。

 背後の爆発音をどこか遠く、しかし胸の内でも聞きながら、祥子はまたぽろりと大粒の涙を零した。

「……なんで、こんな……」

 様々な疑問と後悔が、心中を駆け巡る。それらは答えを求めて駆け巡っているのだが、悲しいことに、どれだけ駆けてもいっこうに答えにはたどり着かないのだった。

「知るか。自分で考えろ」

 祥子の呟きに、夏樹が素っ気ない返答をする。
 彼は施設のほうへ目をやり、そうして拳を強く握り締めて、まるでひとりごとのように、またその言葉を繰り返すのだった。

「……自分ひとりで、考え続けろ」



 大きな地震によって倒れてきた棚から、弥一は危ういところで身を守った。いや、守ってもらった。庇われた。他ならぬ菫の咄嗟の判断によって。

 それが原因で彼女は左腕に怪我をしたのだが、しかしその浅くはないはずの傷は血を流すことはなかった。それどころか、裂けた白衣の隙間から銀色の輝きを弥一に見せたのである。その人工的な光沢は、ロボットのそれに似ていた。

 怪我を弥一に見られたくないとでも言いたげに彼女は傷を隠し、そうして手早くそこへ白いハンカチを巻いた。
 いったい、どういうことなのか。自分が見たものは、なんだったのか。

 それを彼女に尋ねることが出来ないまま呆然としていると、弥一の意識を覚醒させるかのごとく、玄関から物音がした。

 反射的に振り返り、弥一は菫と共に特殊銃をかまえたが、その銃口が玄関へ向くことはなかった。目の前に現れた人影に、弥一の思考は一刹那かたまってしまったのである。

 視線の先にはロボットがいるものと、当然のように考えていた。故に、弥一は予想との齟齬に目を見開く。

 玄関に、何故かバニーガールが立っていた。

 お馴染みの衣装に身を包んだ女性が、弥一と菫に顔を向けている。ピンク色の長い髪はゆるやかなウェーブを描いて、彼女の肩や胸に落ちていた。
 豊かな胸の谷間に目線が行ってしまうのは、男として仕方がないことだと諦めたい。

 だが、場違いすぎる人物の登場に唖然とした自我は、すぐには弥一のもとに戻ってくることがなかった。目とくちを間抜けに開いていた時間はわずか数秒のことと思うが、弥一にはその時間が実際よりも長く感じられた。

 弥一が我に返ったのは、相手の手に握られていたものを視認したからである。バニーガールの右手には、どうしてか特殊銃が握られていた。

 まるで海外女優のような妖艶な笑みをうかべたバニーガールは、弾力のありそうな唇を色っぽく開く。

「あら、二階堂さんじゃない」

 その台詞に、弥一は菫を振り返った。

「……お、お知り合い……なんですか?」

 妙にかすれた声が、喉から漏れる。
 バニーガールと、菫。どう見ても縁が薄そうなふたりである。いったいどこで出会うのか、想像も出来なかった。

「え、ええ……まぁ……」

 どこか微妙そうな顔で、菫は歯切れ悪く肯定する。質問を重ねていいものなのかどうか、弥一は迷った。
 迷っている間に、また新たな声が響いてくる。

「カリン、どうした」

 男の声だった。