「駅裏に新しく出来たカフェに、とんでもない美女がいるんだ」
駅の階段に腰掛けながら、Aがそう言った。Bが尋ねる。
「駅裏の新しいカフェって、A君が工事の音うるさいってキレてたところ?」
Aの住居は駅裏にあるのである。Aは首肯した。
「ああ。あまりにも工事の音がうるさくて、何度生卵を投げつけてやろうと思ったかわからないよ」
「通報されそうだね」
「うん。だから我慢した」
えらいねー、とBが笑う。僕は話を戻した。
「工事の話? 美女の話じゃなかったの?」
そうだった、と言ってAが僕に向き直る。
「その工事が終わってさ、ついこのあいだ新しくカフェがオープンしたんだよ。オシャレな感じの店なんだけど、僕、工事の音にさんざん迷惑してきたじゃん? だからこれで店のコーヒーの味も悪かったら唾吐いて帰ってやろうと思って、さっそく店に行ってやったんだよ」
「ひっどい客だね」
僕も思ったことを、代わりにBがくちにした。AがBのほうも見ずにBを殴る。思ったことをくちにしなくてよかったと、僕は安堵した。
Aはさらに話を続ける。
「それで、そのカフェに行ったらさぁ……どうだったと思う?」
「美女がいたんでしょ?」
さっきA本人が言っていた。彼はご機嫌に笑う。
「そうなんだよ。それがもう、すっごい美人でさぁ。右に泣きボクロがあって、綺麗な黒髪を後ろでまとめてて。しかもそこの店、なんと制服が浴衣なんだよ。わかってるよねー。オシャレなカフェの浴衣美人、泣きボクロ美人ってわけだね。あそこにカフェを造ったひとは天才だよ」
「唾吐いて帰ってやろうと思ってた客の台詞とは思えないね」
また僕が思ったことをBが代わりに言った。彼はまたAに殴られる。
Aは僕に笑顔を向けた。
「そんなわけでC、今から一緒にそのカフェに行かないか? あんな美人を独り占めにするのはもったいないからね」
「えー、C君だけずるい。俺も行く」
「お前は誘わなくても、どうせついてくるだろ」
えへへ、とAの指摘にBは笑った。
僕も断る理由がなかったので、首を縦に振る。
「いいけど……」
「よし、決まりだな」
言って、彼は立ち上がった。それからBと僕に指先を交互に向ける。
「言っとくけど、すごい美人だぞ。惚れる覚悟をしていけよ」
わかった、とBは素直に返事をする。
惚れる覚悟というものが具体的にどういうものなのかがわからなかったので、僕は黙っていた。
Aが先陣を切って歩き出し、僕とBはそれに続く。
少し歩いて、Bはふと思いついたふうにAに尋ねた。
「そういえば、A君」
「なに?」
「その美女って、今日もお店にいるの?」
もっともな質問に、先頭を歩いていたAは立ち止まって振り返る。それから僕とBを交互に見てからくちを開いた。
「……そういえば、どうなんだろう」
「え」
「訊くの忘れた」
彼があまりにもあっさりと言ってのけたので、僕達三人はしばらく立ち尽くしてしまった。
が、行ってみなければわからないという結論にすぐ至り、また僕達は足を駅裏のカフェに向ける。
三人で歩きながら、Bは誰に言うともなくぼやいた。
「せっかく惚れる覚悟したのにー」
案の定、彼は直後にAからのタックルを食らっていた。
どれだけ攻撃を受けても、Bは懲りるということを知らない。彼は以前からそうであった。Bのあまりの学習能力のなさを、僕は少しばかり心配に思っている。
Bは、詐欺に遭った翌日にまた同じ手口の詐欺に遭っても不思議ではない男なのだった。
***
到着した店を、僕は上から下までじっくりと観察した。
レトロな雰囲気の、たしかにオシャレなカフェである。女性が好きそうな外観をしていた。
「さぁ、行くよ」
Aは姿勢を正して中に入っていく。Bはくちを開けて馬鹿みたいに店を見回しながらAについていった。僕もふたりに続く。
店内もやはりレトロで、和風の建物をカフェにしたような感じだった。京都にでもあれば、さぞや女性の観光客で賑わったことだろう。
まだ開店して間もない時刻だったからか、他に客の姿はなく、僕達が一番乗りだったらしかった。奥から「いらっしゃいませ」と女性の声がする。
僕達は四人掛けのテーブルについた。
なんと、この店は店舗の中央に水槽を設置しているのである。そこそこ大きな水槽だ。
中には鮮やかな色の金魚達が優雅に泳ぎ回っており、これが店の雰囲気をますます洒落たものにしているのであった。
テーブルにはAとBが並んで座り、Aの正面に僕が座った。
水槽はBの側にある。Bは子供のような顔で水槽に顔をやり、金魚を見つめていた。
「昨日、なにしてた?」
とくに意味もなさそうに、Aが僕とBに訊いた。Bが顔を水槽からAに移して答える。
「バイトしてた。んで、お客さんに怒られた」
「店長とかじゃなくて?」
「うん。お客さんに怒られた」
Aの問いにBは頷く。Aは呆れ果てた面持ちをした。
それから僕に向き直って「Cは?」と尋ねる。
僕は昨日の出来事を思い返した。
「昨日は……家のすぐ近くで引っ越しがあった」
へぇ、とAは相槌を打つ。
「越してきたの? 越していったの?」
「越してきた」
僕が言うと、Bは好奇心も剥き出しに僕に身を乗り出す。
「どんなひと?」
彼の問い掛けに、僕は少し迷って返答した。
「……女のひと」
なぬ、とAが険しい表情を作って反応した。
「お前、美女が引っ越してきたとかだったら承知しないぞ」
「どう承知しないの?」
Bが訊く。Aは僕から顔をそむけないまま答えた。
「手足を縛って、川に放流してやる」
「死んじゃうよ!」
Bが悲愴感に満ちた声をあげ、すでに僕が死んでしまったかのような面持ちをした。
当然だ、とAが恐ろしいことをさらりと言う。
「彼女が出来たことのない僕達は、言わば非モテ同盟。裏切りは許されない」
そんな同盟が存在していたのも初耳なら、それに僕が加盟していたもの初耳である。
「工事の話? 美女の話じゃなかったの?」
そうだった、と言ってAが僕に向き直る。
「その工事が終わってさ、ついこのあいだ新しくカフェがオープンしたんだよ。オシャレな感じの店なんだけど、僕、工事の音にさんざん迷惑してきたじゃん? だからこれで店のコーヒーの味も悪かったら唾吐いて帰ってやろうと思って、さっそく店に行ってやったんだよ」
「ひっどい客だね」
僕も思ったことを、代わりにBがくちにした。AがBのほうも見ずにBを殴る。思ったことをくちにしなくてよかったと、僕は安堵した。
Aはさらに話を続ける。
「それで、そのカフェに行ったらさぁ……どうだったと思う?」
「美女がいたんでしょ?」
さっきA本人が言っていた。彼はご機嫌に笑う。
「そうなんだよ。それがもう、すっごい美人でさぁ。右に泣きボクロがあって、綺麗な黒髪を後ろでまとめてて。しかもそこの店、なんと制服が浴衣なんだよ。わかってるよねー。オシャレなカフェの浴衣美人、泣きボクロ美人ってわけだね。あそこにカフェを造ったひとは天才だよ」
「唾吐いて帰ってやろうと思ってた客の台詞とは思えないね」
また僕が思ったことをBが代わりに言った。彼はまたAに殴られる。
Aは僕に笑顔を向けた。
「そんなわけでC、今から一緒にそのカフェに行かないか? あんな美人を独り占めにするのはもったいないからね」
「えー、C君だけずるい。俺も行く」
「お前は誘わなくても、どうせついてくるだろ」
えへへ、とAの指摘にBは笑った。
僕も断る理由がなかったので、首を縦に振る。
「いいけど……」
「よし、決まりだな」
言って、彼は立ち上がった。それからBと僕に指先を交互に向ける。
「言っとくけど、すごい美人だぞ。惚れる覚悟をしていけよ」
わかった、とBは素直に返事をする。
惚れる覚悟というものが具体的にどういうものなのかがわからなかったので、僕は黙っていた。
Aが先陣を切って歩き出し、僕とBはそれに続く。
少し歩いて、Bはふと思いついたふうにAに尋ねた。
「そういえば、A君」
「なに?」
「その美女って、今日もお店にいるの?」
もっともな質問に、先頭を歩いていたAは立ち止まって振り返る。それから僕とBを交互に見てからくちを開いた。
「……そういえば、どうなんだろう」
「え」
「訊くの忘れた」
彼があまりにもあっさりと言ってのけたので、僕達三人はしばらく立ち尽くしてしまった。
が、行ってみなければわからないという結論にすぐ至り、また僕達は足を駅裏のカフェに向ける。
三人で歩きながら、Bは誰に言うともなくぼやいた。
「せっかく惚れる覚悟したのにー」
案の定、彼は直後にAからのタックルを食らっていた。
どれだけ攻撃を受けても、Bは懲りるということを知らない。彼は以前からそうであった。Bのあまりの学習能力のなさを、僕は少しばかり心配に思っている。
Bは、詐欺に遭った翌日にまた同じ手口の詐欺に遭っても不思議ではない男なのだった。
***
到着した店を、僕は上から下までじっくりと観察した。
レトロな雰囲気の、たしかにオシャレなカフェである。女性が好きそうな外観をしていた。
「さぁ、行くよ」
Aは姿勢を正して中に入っていく。Bはくちを開けて馬鹿みたいに店を見回しながらAについていった。僕もふたりに続く。
店内もやはりレトロで、和風の建物をカフェにしたような感じだった。京都にでもあれば、さぞや女性の観光客で賑わったことだろう。
まだ開店して間もない時刻だったからか、他に客の姿はなく、僕達が一番乗りだったらしかった。奥から「いらっしゃいませ」と女性の声がする。
僕達は四人掛けのテーブルについた。
なんと、この店は店舗の中央に水槽を設置しているのである。そこそこ大きな水槽だ。
中には鮮やかな色の金魚達が優雅に泳ぎ回っており、これが店の雰囲気をますます洒落たものにしているのであった。
テーブルにはAとBが並んで座り、Aの正面に僕が座った。
水槽はBの側にある。Bは子供のような顔で水槽に顔をやり、金魚を見つめていた。
「昨日、なにしてた?」
とくに意味もなさそうに、Aが僕とBに訊いた。Bが顔を水槽からAに移して答える。
「バイトしてた。んで、お客さんに怒られた」
「店長とかじゃなくて?」
「うん。お客さんに怒られた」
Aの問いにBは頷く。Aは呆れ果てた面持ちをした。
それから僕に向き直って「Cは?」と尋ねる。
僕は昨日の出来事を思い返した。
「昨日は……家のすぐ近くで引っ越しがあった」
へぇ、とAは相槌を打つ。
「越してきたの? 越していったの?」
「越してきた」
僕が言うと、Bは好奇心も剥き出しに僕に身を乗り出す。
「どんなひと?」
彼の問い掛けに、僕は少し迷って返答した。
「……女のひと」
なぬ、とAが険しい表情を作って反応した。
「お前、美女が引っ越してきたとかだったら承知しないぞ」
「どう承知しないの?」
Bが訊く。Aは僕から顔をそむけないまま答えた。
「手足を縛って、川に放流してやる」
「死んじゃうよ!」
Bが悲愴感に満ちた声をあげ、すでに僕が死んでしまったかのような面持ちをした。
当然だ、とAが恐ろしいことをさらりと言う。
「彼女が出来たことのない僕達は、言わば非モテ同盟。裏切りは許されない」
そんな同盟が存在していたのも初耳なら、それに僕が加盟していたもの初耳である。









