まさか、と、彼は目の前の光景を見て驚愕した。
ごくりと唾を飲み込むと、額から汗が一滴たれてきた。
「あら?あれ何かしら?」と、いたって落ち着いた様子で隣の助手席に座る彼女。
そんな僕とは対照的な彼女の態度を見ていると、余計に僕はあせる。
くるくると回る赤いランプ、眩しい、目が痛い、見たくない。
その赤いランプの前で、車は一台、また一台と、停車していく。
前の車も停車したので、僕もそれに続き停車する。
「助けてくれ!」と僕は悲痛な叫びを、心の中で何度も繰り返す。
僕は持ち前の運気、そしてお得意の「愛と勇気」で、幾度となく僕に降りかかってくるピンチをのり越えてきたつもりだった。
だが、今回こそは、まさに絶体絶命というやつだった。
「あ、なんだ。あれって飲酒検問ね」
バタコさんはまるで無関心な様子で言った。
今日はバタコさんがこの世に生を受けて、〇〇回目の誕生日だった。
僕は普段からお世話になっていた彼女への感謝の意を表すべく、彼女を食事へと誘った。
けして気取ることのない彼女は、「おいしいフレンチでも食べにいくましょう」という僕の提案を拒否し、「無理しちゃって。それに私普通の居酒屋くらいの方が落ち着けるし、好きだわ」と言った。
今日くらい気を使うのはやめてもいいのに、と僕は思ったが、それが彼女の性格だという事は長年のつき合いでわかっていたし、僕の方もたしかに無理はしていたので、僕は彼女の言葉に甘えて、近所の安居酒屋へ二人で行く事にした。
アンパンマン号で車道を走ると何せとても目立つので、僕のもう一つの愛車である、TOYOTAの名車、クラウン、マジェスタをだす。
僕の10歳の誕生日にジャムおじさんに買ってもらった自慢の車だ。
馬力も200以上のハイスペック。
車内も高級感のある感じだし、何より外観の威圧感がすごい。
僕はこのマジェスタでバタコさんと居酒屋に向った。
居酒屋でバタコさんはワインを頼み、僕は飲みたいお酒を我慢してウーロン茶を頼み
、二人で乾杯をした。
もちろん「おめでとうバタコさん」という僕からの言葉を添えて…。
僕らは居酒屋で2時間程たわいもない会話をしながら過ごし、ワインとビールを5杯以上飲んだバタコはとてもいい気分になっていた。
そんなバタコさんを見ていると、僕も無性にアルコールを喉に通したくなり、「一杯だけならいいよね?バタコさん」なんて、言ってみる。
しかしいくら酔っ払っていても根っからの堅物な性格は変わる事がないようで、「ダメよ!絶対ダメ!一杯だけなら、っていうその精神があなたダメ!」と、厳しい口調で言うバタコさん。
それから、「ちょっとトイレに行ってくるわ。そしたらそろそろ出ましょうね」と、用をたしに行くバタコさん。
僕はトイレに入っていくバタコさんの姿を確認した後、魔がさしたというか何と言うか、日本酒を一杯注文し、バタコさんがトイレから戻ってくる前に、急いでそれを飲みほす。
「ぷは〜っ!」と、僕はいかにも酒飲みらしい感じで。
それから戻ってきたバタコさんと共に、「おごらせてくれ」という僕の善意をしりぞけ結局割りかんだった会計をすませ、居酒屋を出る。
そして、そんな経緯があっての、今現在。
大ピンチの今現在。
自分で自分の顔を見る事はできないが、僕の顔色は明らかに青ざめているのだろう。
そして僕はとっさにギアをバックへと入れるが、すでに後ろには車がつまっていた。
僕はもうどうしたらいいのかわからなくなり動揺をあらわにした。
そんな僕の様子を見て、それまでお酒も入ってお気楽だったはずのバタコさんが、いたって真面目な面持ちで、そして静かに言った。
「あなた…、まさか」
そして、僕も言う。
「あぁ、飲んだ」
マジェスタの車内だけ時がとまったかのように、二人は固まった。
赤かったバタコさんの顔も、次第に青色へと変化していった。
僕らはそれからしゃべる気力すらなくなっていまい、僕はただ少しづつ進むこの渋滞に身をまかせてアクセルを踏むしかなかった。
まるで死刑囚の列の中で、これから首を切られるために死刑台に並んでいるみたいな気持ちだった。
検問はいつの間にか前の車の番になり、そしてそれはとうとう僕らの番へと。
一人の中年男性警官が車の窓に近づいてきた。
「すいませんが、只今飲酒検問をしておりますので、ご協力くださぁい。私の顔に向ってふぅーっと息を吹きかけてもらってもいいですかぁ…、って、うわぁ!あんたアンパンマンじゃないかぁ!うわぁ!こんな所でお会いできるなんて!しかもあんた、そのまん丸顔でマジェスタかよ!ギャップすご!」
有名人である僕との対面に、警官はさぞ感激していたようで、「これはもしや…」と思った僕は、
「はい、どうも、僕、アンパンマンです。それでは、失礼します」
なんて、流れでごまかす作戦を決行し、その場を去ろうとするも、
「あ、すいません。検問の方だけお願いします。こういうの嫌なんですけど、こっちも仕事ですもんで」
と、あっさり作戦失敗。
あぁ首が、僕の首が切られる、なんて気持ちで、僕は警官に向って息を吐く。
息を吹きかけられた警官は一瞬眉間にしわをよせた。
「あの…、もしかして…。あ、いえ、一応確認なんですがね。まさかあなたに限ってそんな事あるはずないとは思うんですけどね。あの、ちょっと確認のために、今度はこの機械に向って息を吹きかけてもらっていいですか、はい」
そして、機械を出す警官。
一回目は息を吸ってごまかしてみるも、やはりあっさりばれて、今度はしっかりと息を吹きつけると、無情にもピコピコ点滅しだす機械、憎っき機械。
そして、警官、それまでとは一変し、険しい顔になる、そう警官の顔になった。
「あなた、飲んでますね」
警官は冷静だったが、やはりどこかに厳しさを隠した口調で言った。
しかし、僕にはどうしても飲酒の事実を認めるわけにはいかなかった。
僕の場合、その辺のいち凡人が飲酒で捕まるのとはわけが違うのだ。
僕は誰でもない、愛と勇気と平和のシンボル、アンパンマンなのだ。
その僕が逮捕だなんて、けしてあってはならない事なのである。
どれだけたくさんの正義の人が絶望することか、どれだけ多くの子供達が泣く事だろうか。
そして僕が逮捕されてしまったら、いったい僕の服役中、誰がバイキンマンの悪事をとめられるというのか。
ここで捕まるには、あまりに犠牲が多すぎた。
そして僕は、追い詰められた僕は、とっさに思い立った行動でこの状況を打破しようとあがく。
「僕がお酒を飲んで運転なんかするはずがないでしょう!変な言いがかりはやめてください!それに僕、アンパンマンなんかじゃありません。僕は最近生まれ変わったんですよ。そう、酒蒸し饅頭で作られた、愛と勇気の戦士、酒蒸しパンマンにね!」
正直、苦しかった。
しかし、なんとしてでもこの場を乗り切る使命が僕にはあったのだ。
「アンパンマンさん、みっともない真似はやめてください。そんな言い訳は通用しませんよ。私としても非常に残念でありますが、あなたを今、飲酒運転の罪で逮捕します」
逮捕。
僕は逮捕されるのか。
いやだ。
そんなのはいやだ!
そんなのはいやだ!
そんな〜のは〜い〜やだぁ〜〜♪
と、動揺した僕は「アンパンマンのマーチ」の一フレーズを口ずさむ。
そして僕はなんとも愚かな行動に出た。
「酒蒸しパ〜〜〜〜ンチ!!」
僕は警官にアンパン、いや、酒蒸しパンチをくらわせた。
そして、飛んだ。
飛んで、逃げた。
バタコさんを置きざりにして、僕は上空へと飛び立った。
「バタコさん、そしてジャムおじさん、ごめんなさい…。皆、ごめんなさい…。」
僕は涙をこぼしながら、あてもなく飛んだ。
そんな僕の酒気帯び飛行を見て、お月様も泣いていた。
← 今日の挿絵。現在全国指名手配中とかなんとかで。
↑ というわけで、今世間で大ブームの飲酒運転のお話でした。飲んだら乗るな、乗るなら飲むな。