ぴおブック覚え書き

読んだ本のレビュー、文学に関すること等を気ままに綴ります。

辻村 深月著 毎日新聞出版 2016年 
下巻は、大正にできた會舘が昭和44年から21か月かけて建て替えられて後の
新館になってからのエピソード。

第6章 金環のお祝い  昭和51年1月18日
第7章 星と虎の夕べ  昭和52年12月24日
第8章 あの日の一夜に寄せて 平成23年3月11日
第9章 煉瓦の壁を背に 平成24年7月17日
第10章 また会う春まで 平成27年1月31日

さりげなく、上巻のエピソードどの連続性を保たれているところ、小粋です。
旧館での思い出の余韻に思いを馳せ、「建物の時間は流れていく」という第6章。
クライスラーの演奏会を描いた第1章に対して、越路吹雪のディナーショーを描く第7章。
若い日、旧館の料理教室に通った女性たちの東日本大震災とその後を描く第8章。
そして、この本の執筆者に模された小説家、小椋を描く第9章はエピローグと呼応。
再度の建て替え前の最後の結婚式を描く第10章は、第3章と呼応。

お洒落でモダンなムードが印象に残りました。
いまも建て替え中だったとは。東京會舘。

辻村 深月著 毎日新聞出版 2016年 
上巻は東京會舘の旧館が、下巻は新館が舞台です。

関東大震災の10か月前に完成し、2度の大震災を経て今に至る東京會舘。
戦中は大政翼賛会の本部になったり、米軍進駐中は接収されたりしていたことも、全く知りませんでした。
そんな激動の時代の中、
ここで特別な日を送った人、また、ここで働き続けた人にスポットライトを当て
丁寧に描く作品です。

第1章 クライスラーの演奏会 大正12年5月4日
第2章 最後のお客様 昭和15年11月30日
第3章 灯火管制の下で 昭和19年5月20日
第4章 グッドモーニング、フィズ 昭和24年4月17日
第5章 しあわせな味の記憶 昭和39年12月20日

真摯に、誠意をもって生きる人々の姿が、その心意気が、胸に響きました。

第1章で得難い経験をした小説家の卵の青年の名前が、
第2章でさりげなく出てくるところなど、心憎い演出です。
第3章の花嫁と花婿、第5章ラストシーンの夫婦の姿に、私はこういう暖かい家庭は作れなかったなあ、とつくづくわが身を反省したり、
第4章のバーテンダー、第5章のベーカー(洋菓子職人)の仕事に対するプライド、その成果を実感する姿にじんときたり。

今更ながら、わが身を恥じました。
20170617tokyokaikan



原題 The Best Exotic Marigold Hotes
デボラ・モガー(Deborah Moggach)著 最所篤子 訳
早川書房 2013

なんだか映画の予告編を見たことがあるかも?と思って、借りてみました。
通勤途中で読みやすい文庫本を探してた、というだけの理由です。
でも、私、なんだか勘違いしてたみたいで……引退音楽家のホームかと思ってましたが、
それは別の「カルテット!人生のオペラハウス」という映画だったかと。。('д` ;)

読んだのは、インドの古いホテルを英国からの入居者を対象としたホームに改装して…
というお話でした。
入居の理由もそれぞれ。秘かな思惑も抱えつつ……という入居者たちの日々が
インドの雑踏、現地労働者の日々も織り交ぜつつ描かれます。

決して、わくわくドキドキというわけでもなく、正直、途中退屈にも感じる展開。
いろいろ伏線もあるのですが、それが最後に華麗に解き明かされ……というわけでもなく、
いかにもイギリス的といいますか、どんでん返しも淡々と語られて終幕。
でも、
世の中いろいろな家族があるよなあ、いろいろ抱えつつ皆生きてるよなあ、
と、しみじみ感じる読後感の佳作でした。

今、ちょっと映画のほうをググってみたら、
映画ではストーリーも人物造形もずいぶん変えられているようです。
小説のほうが、人間のドロドロしい感情や家族関係がリアルに描かれているよう。
本書、
2004年初版当時の原題は「These Foolish Things」(この愚か者たち)だったとのこと。
こちらの題のほうが、小説の雰囲気を伝えているかと思います。

20170616


よしもとばななが、まだ「吉本ばなな」と名乗っていたころの作品。
(中公文庫2000年 単行本は1997年)
表紙の青い絵は何?と思ったら……主人公たちにとって何よりも重要な存在だった犬「オリーブ」でした。中身の挿絵でわかりました。

彼女らしく、静謐な雰囲気で、死と隣り合わせの世界が描かれます。
主人公は、高校生18歳にして結婚した、隣同士に住むまなかと裕志。
親と遠く離れて祖父と二人暮らしの裕志が抱える淋しさに寄り添うまなか。
その祖父の死後、裕志は自分の殻に閉じこもり、その冷え切った心に、まなかは……

この二人、いわゆる上昇志向のない若者です。
定職にもつかず、まなかは日がな一日、庭でぼうっと過ごすのが常で、
たまにコンビニでレジ打ちアルバイトをする程度。
でも、そんな彼女を、一緒に住む義理の母(父の再婚相手)も、
オーストラリアに住む実母も、そのまま丸ごと、自然体で包むように接しています。

振り返るに、私自身は母として失格だなあ……と、つくづく思いました。
はい。私、自他ともに認める、世間公認のダメ母です。

裕志はというと、祖父の死後は泣いてばかりで、外出も滅多にせず……。
終盤になって、その心が冷たく固まってしまった理由が解き明かされるのですが。

ここかしこに、まさに警句がちりばめられていました。

 不安な時にひまにしていると、体が心から離れて、どんどん不安に力を与えてしまう。
 そしてその不安はなんらかの行動に私を誘おうとするが、それはたいていろくな結果を呼ばない。そのことを、私はやはり庭で学んだ。もしかして、自分は、いろいろなことが全て間違っているのではないかと思った時、私はやはりいつも、四季の移り変わりはまるで茶道のように、ひとつの無駄もなくひとつのことが次に流れていくのをいつも庭で見ていたことを思った。花が咲いて散ることも、枯れ葉が地面に落ちることも、全部が次にいつの間にか、通り所でつながっている。人間だけがそうでないことがあるだろうか、と思って、気を取り直した。
 だから、裕志がだめになっている時に、自分がナーバスになることをやめた。ただ、今できることをし、後悔しないようにすることだけに集中したかった。 
 取り返しのつかないことをしないように。 
 取返しのつかないことなどないと、人はよく自分の弱い心をなぐさめたいのかなぜか言うけれど、取返しのつかないことはたくさんある。ほんの少しの手違いで、うっかりしただけで、取り返せないことがたくさんある。


取り返しのつかないことを、子育てにおいてやらかし放題にやらかして、取り返しのつかなくなった今になって、後悔してばかりの私です。


20170614homeymoon

宮部みゆき『希望荘』小学館 2016

さすが人気者の宮部みゆき氏。
図書館に予約して待つこと10か月。やっと回ってきました。
そして、1日で読んでしまいました。。。読ませます。

杉村三郎シリーズ第4弾。(①誰か ②名もなき毒 ③ペテロの葬列
第3弾で人生を転換させた三郎が、ちゃんと居場所を得ていて、ほっとしました。

「聖域」「希望荘」「砂男」「二重身(ドッペルゲンガー)」
と短編を4作収録。
やはり表題作「希望荘」が一番印象に残りました。
市井の苦労人こそが信頼に足る人間なんだなあ……と思いました。
そのことが、心に沁みました。
物語終盤の、三郎と少年のやりとりが泣かせます。

「寛治さんはもういない。だから、君はこれから60年ばかりかけて、寛治さんみたいなおじいちゃんになればいい」
 幹生は口をへの字に曲げた。かなり長いことそうしていてから、
「無理だよ」と言った。「じいちゃんは、じいちゃん一人だけだ」 
 地道に働きとおした市井の人に捧げる、これは最高の墓碑銘だろう。

それに比して、「聖域」の母娘の身勝手さ、
「砂男」の疑惑の男(モンスター)を身内に持つ者の生き地獄は、
苦く苦く、心に沈殿します。
「二重身(ドッペルゲンガー)」では、逮捕劇のお膳立てまでする三郎。
もう単なる「いい人」ではなく、自らの足で歩いていくんだなあ、と思いました。

四作品の通奏低音は「ふとしたきっかけで、足を踏み外す怖さ」でしょうか。
この怖さ、後になって、じわじわ、じわじわ、来ます。

20170612book


千蔵八郎『大ピアニストがあなたに伝えたいこと 100のレッスン』春秋社 1996

20年前の本ですが、何かの推薦で見て借りてみました。
いろいろな文献に残るピアニストたちの言葉を紹介し、見開き2頁で解説する
という形式の本です。
総勢100名のピアニスト。冒頭はクレメンティ。100人目はダン・タイ・ソン。

一番心に残ったのは、
この本の扉にも引用されている、次のことば。

さあ世の中へ出て、
ミステイクをやってきたまえ。
でも、それでいいんだ。
君のミスだからさ。
君自身のミスでなければならない。
君の音楽で、なにかをいってきたまえ。
なんでもいいさ。
これが君だというなにかをね。
(ホロヴィッツからバイロン・ジャニスへ)

ホロヴィッツ。
晩年の来日時に「割れた骨董」と言われて話題になったりと、
毀誉褒貶のある人ともいえそうです。
この本の中でも、ゾルターン・コチシュが、
「今」のピアニストが聴衆への受けを狙って「やりすぎる」ことの例として
「たとえばホロヴィッツ。彼は悪趣味で、作品に対して少しも謙虚なところがない」
と、彼の名を挙げて批判しています。
でも、
上の「ピアニストのミステイク」の発言には、深い洞察が見えると思います。

他にも、アンドラーシュ・シフが
1980年代に、日本が急速にアメリカナイズされつつあることを憂い、
日本の民謡をどう歌えばいいか知らない日本の音楽家に会ったと嘆いていたり、

マレイ・ぺライアが、
大ホールで演奏するのにふさわしくない作曲家(例えばシューマン)と、
大ホールで演奏すると生き生きと響く作品(例えば、リストのロ短調ソナタ)がある
と指摘していたり、

マルタ・アルゲリッチが
演奏で他人が喜んでくれても不十分で、「私自身がハッピーでなければ」ダメと述べ、
「年に10回演奏会をやって7回喜びを感じられるほうが、20回やってただ1回だけ満足できるというよりずっと良い」と語っているなど、
なるほど~という記述がたくさんあって、面白く読みました。

20170603


二宮敦人『最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常』新潮社2016

ずいぶん以前から話題になっていた本。
図書館に予約後、延々半年ぐらいウエイティングした後、やっと回ってきました。

電車の中や新聞紙上の広告では、
みなさん、藝大の中を知っていますか?
変人の集団、キワモノぞろいの異境ですよ~といった論調に見えましたが、
実際に読んでみると、印象はかなり異なりました。

芸術家の卵たちが、真摯に努力する様子が丁寧に描かれています。
著者の奥様が藝大在学中ということから取材を始めたというだけあって、
学生たちへの視線は、とても温か。

音楽を専攻する「音校」と、美術を専攻する「美校」の風土の差などは
大変面白く、また鋭い指摘だと思いました。
鑑賞されるものはあくまで「作品」で、作者は黒子に過ぎない美術業界と、
演奏家その人がステージ上で鑑賞者に姿をさらすことになる音楽業界。
作者の死後も作品が残る美術と、その瞬間に消え去る音に命を賭ける音楽。
その結果、
ステージの瞬間に向かって、外見にも時間マネジメントにも心を砕いて生きる音高生。
一方、身なりも気にせず、昼夜を問わず制作作業に没頭して生きる美校生。
そのどちらも、かっこいいなあ、と思いました。
将来、経済的に得か損か、といった計算高さとは無縁の世界で、
理想を求めて没頭し、真摯に生きる姿、日々邁進していく姿。いいなあ。。。
そして、才能ある若者たちを
音楽と美術とがコラボして、協力しあって新しいものを創造できる環境に集わせる
ということの素晴らしさを思いました。
願わくは、他の学部で強制されている単位や卒業の「枠」をここにも嵌めよう!……などという動きが起こりませんように。

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内館牧子『終わった人』講談社 2015

人気の本です。
図書館に予約して、延々半年近く待ったでしょうか。
東大卒、都市銀行に就職し、40代半ばまでエリートコースを突っ走った後、
出向先の小さな会社の専務として退職を迎えた男性を描きます。

退職祝いは、生前葬だ
と実感する男性が、退職後、鬱々とし、もがいた挙げ句に、
ある人に乞われて、願ったりかなったりの職に就くのですが……というお話。

斜め読みに近い感じで、あっという間に読み終えてしまいました。
ううむ。
ステレオタイプの人間像オンパレードという感じで、私としてはあまりインパクトなし。
主人公の都内の自宅がなじみのある場所なのと
超エリートとか言っても、退職後はみな同じ!という論調に親しみを覚えはしましたが。
(そうはいっても、年金やら資産やら、経済的な差は大きいぞ!)

「終わった人」というタイトル、なるほどです。
うちの息子など、すぐに「あ、終わった!」って言います。
「大変だ。どうしよう。」「困った、やばい。」とは言いません。
諦め早い、というか、努力放棄、というか。。。
昭和魂の人間は、こういう感性についていけないのですよね。はい、私も!

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サマセット モーム (金原 瑞人 訳) 『月と六ペンス』 新潮文庫 2014

言わずと知れた、世界の名作です。
図書館の文庫本コーナーで見つけて、そういえば少し前に、新訳が出たと話題だったなあ
と思いだして借りてみました。

とても読みやすくて、びっくり。
ずーっと昔、学生(高校生だったかな)のときには、読みにくいのを我慢して読んで、
だいぶ読み進めてから面白くなったような記憶があるのですが、
今回は最初の方から、わくわくしながら読みました。

40代後半で妻の元を飛び出し、過去を断ち切って絵に生きることを選択。
貧しさも気にせず、独特の絵を描くことに邁進し、
のちにタヒチに渡ってそこで一生を終えるって、
ゴーギャンそのものを描いた作品なのかと思ったら、そうではないのですね。

金原氏のあとがきに、
実は「ストリックランドとゴーギャンに共通するものは少ない」とありました。
取材はしたでしょうが、内容としては純粋な創作作品、文学なのですね。

「月と六ペンス」という題名についても、
月=夜空に輝く美 vs   六ペンス=世俗の安っぽさ、  かもしれないし、
月=狂気 vs    六ペンス=日常、かもしれない、とあって、なるほど~と思いました。

まさに芸術家の1つのタイプ、と思わせるストリックランドも魅力的ですが、
芸術家としては凡庸で、妻を寝取られて嘲笑される、お人よしストルーヴェが、
実は批評家として一流の審美眼を持つ、というところも印象的でした。

これは、若いころには気づかなかったなあ、と。
確か、若いころには「才能があれば他人を傷つけていいのか」と考え込んだ記憶が。。
今は、気になる箇所がずいぶん異なります。
そんなことにも気づきました。
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有島武郎『一房の葡萄』青空文庫より(→こちら

留学生たちと一緒に読んだ作品です。
グループでいろいろ話し合った後に、その内容を発表してもらうと、
毎回、こちらがうなるような読みが出てくるのですが、今日もまた。。。

Q:なぜ『一房の葡萄』というタイトルなのか。
Q:先生が「僕」に与えたのは、なぜ葡萄か。どんな意味があるのか。
Q:絵の具の盗まれた少年ジムが、盗んだ本人「僕」を許したのはなぜか。

学生側から出てきた疑問です。
これをまたグループに戻してみると……とっても活発に、やんや、やんやと、やっていました。
愉快な意見も、深い意見も、それぞれ個性的でおもしろいです。

他にも、
・心理描写が上手な箇所
・昔っぽさ(今の生活との差)が表れている箇所
・言葉遣いが今と違うところ
・親近感を覚える場所
・「僕」と先生の関係について思うこと
などなど、印象的だという指摘箇所が続々と。。。

学生たちに恵まれた幸運に感謝。
来週は、志賀直哉『小僧の神様』です。

budo



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