ぴおピアノ雑記帳

ピアノ、音楽関連の話題を主とした雑記帳blogです。

ワールド・ピアニスト・シリーズ2017(主催:KAJIMOTO)
イーヴォ・ポゴレリチ・ピアノ・リサイタル

2017年10月20日(金)19:10開演 21:30終演
@サントリーホール

≪プログラム≫

クレメンティ ソナチネ へ長調 op.36-4
ハイドン   ピアノ・ソナタ 二長調 Hob.ⅩⅥ:37
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第23番 ヘ短調 op.57「熱情」

ショパン バラード第3番 変イ長調 op.47
リスト  超絶技巧練習曲G130から
  第10番ヘ短調 第8番「狩」 第5番「鬼火」
ラヴェル ラ・ヴァルス

(アンコール)
ラフマニノフ 楽興の時より 第5番
ショパン  ノクターン ホ長調 op.62-2

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ポゴレリチ、初めて生で聴きました。……実は録音でもあまり聴いてません……
彼にまつわるエピソードは知ってますし、最近では、読んだ本(→)で絶賛されていたり、ある若手ピアニストの演奏が彼そっくりという感想を聞いたりもして、むずむずと食指が動き、公演直前に衝動ポチリ。ステージ向かって右側2階席に陣取りました。ピアニストとほぼ正面から対峙するような位置です。

無理やり仕事を早めに切り上げて駆けつけたのは開演10分前。ステージ上には、耳に優しい音色を奏でる人が……えっ?ポゴレリチその人??……会場もステージ上も特別なムードはなく、すぐに袖へと入られましたが、ポゴ氏、ずっと弾かれてたのでしょうか。。。

さて、開演。
舞台袖のドアが開いてステージに現れる様子もしっかり見えましたが、第一印象……おっきい!
でも、歩く様子はゆったりゆっくり、ちょっと足をひきずるような感じで威圧感なし。なんか実に自然体。「帝王オーラ」ばりばりだったレーピン(→)などとは全く違って、ちょっと意外でした。

意外といえば(いや、実はポゴ氏としては当然なのかもしれませんが)、アンコール含めて全曲、楽譜を見ての演奏でした。
その楽譜も、本人が「いつも使ってるのをそのまま抱えてきた」風情。2曲目以降の譜面はドサッと大きな音をたてて床の上に投げ出し、おもむろに譜面台立てて弾き始める、といった様子。
なんか、ステージだから見栄えをよくしよう、とか、襟を正して行こう、とかいう発想から離れた感覚がありました。

その氏の音楽は、というと。。。
テンポ感が独特というのが、よくわかりました。軒並み、曲の出だしは聴き慣れた演奏よりも格段に遅い感じ。でも、音色を慈しんでいることがよくわかるのと、曲の進行とともに変化するテンポに説得力があるのとで、引き込まれます。なるほどなあ、と思いました。

個人的に印象に残ったのは、ハイドンの第2楽章。
和音の響きだけで、こんなに曲想に濃淡と緊張感が生まれるんだ……と驚きました。
大きな手と体、フルに生かしているなあと感じました。魅惑的な響きでした。

それから、アンコールの2曲。音の数はけっして多くないのに、ゆっくりの単旋律なのに、実に多くを語りかけてくる演奏でした。実に新鮮に響きました。
ベートーヴェン、リスト、等々の大曲は、ちょっと私の方の体力に問題があったかもしれません。時折、耳に痛いような音も聴こえてきたような。

目で見て印象的だったのは、どっしり構えたその演奏姿勢。ほとんど変わらない表情とも相まって、鉄壁の安定感を感じました。ただ、たまに鍵盤にのしかかるように体を前後に揺らすことがあって、それがあまり曲想と関係していないように見えたのが、気になりました。氏のクセなのか、はたまた、私には理解の及ばない何かがあるのか。。。
いろいろ刺激を受けた演奏会でした。

そうそう、昨日は氏の59歳の誕生日当日だったとのことで、終演間際にはステージにケーキが登場。聴衆全員で「ハッピバースデー」大合唱となりました。これも得難い経験でした。

東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団 
第310回定期演奏会
2017年10月19日(木)19時開演 21時終演
@東京オペラシティコンサートホール

指揮:飯森範親
チェロ:岡本侑也

≪プログラム≫

チャイコフスキー イタリア奇想曲 作品45
チャイコフスキー ロココの主題による変奏曲 イ長調 作品33
 (チェロのソロ演奏によるアンコール)
 ジョヴァンニ・ソッリマ作曲 ラメンタチオ

~休憩~

チャイコフスキー 交響曲第4番 ヘ短調 作品36

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岡本君がエリコンで2位になって(→2017年6月のネット追っかけ記録)すぐにこのコンサートを知り、思わず「ポチリ購入」してしまったもの。
生で聴く岡本君、またまた進化を遂げていまして、びっくりしました。

会場のほぼ中央という位置の影響もあるかもしれませんが、
チェロの朗々たる美音に酔いしれました。出だしの一音からハート鷲掴み状態。
曲目解説に言う
「可愛らしい主題」「妖精が飛び回るように軽快な第1変奏」「さらに急かされるようなテンポになる第2変奏」「独奏チェロが伸びやかで雄大な旋律を奏でる第3変奏」「上品なダンス風の第4変奏(途中で独奏チェロの短くも激しいカデンツァが挿入される)」(以下略)
といった曲想の流れを、見事な音楽性で表現していました。すごい技巧的な箇所も、テクニックよりもまず歌が届く感じ。。。

拍手鳴りやまず……で、アンコールに度肝を抜かれました。
なんと、岡本君自身の「歌」(といっても歌詞はなし)つきの演奏。美声でしたよ。チェロと声との不思議な和声は、宗教的な響き。
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Giovanni Sollima 作曲  Lamentatio

って言われても、時代もなにも全く知りません。。。で、ググってみましたら、
Giovanni Sollimaは1962年イタリア生まれの作曲家、チェリスト。なんと私と同い年。
びっくり。現代曲だったとは。。。てっきり、ラ・フォリア等と同時代の古い曲かと思いました。
でも、確かに、……チェロのネックを上から下までフルに使う、弦を押さえる手がダイナミックに動き回る……そんな曲調がそう古いはずありませんね。
Youtubeにも作曲家自身の演奏とか、何人かの演奏が既に上がっていましたが、私としては今日の岡本君の演奏には及ばないと思います。
格調の高さが際立つ、一種、凄みのある美しさでした。チェロという楽器の魅力に改めて開眼。

オール・チャイコフスキーの音楽会。
ちょうどヴァン・クライバーンのチャイコフスキーコンクール参戦記録を読んでいるところで、このタイミングでの鑑賞となったことにご縁も感じます。よいコンサートでした。

今回はレビューではないのですが……
あら、面白そうなタイトル!……と予約してみた本を図書館に取りに行ってビックリ。
久々にこんな分厚さの本に出会いましたよ。
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先日、読み終えるのに苦労した『ピアニストが語る!』と比較しても、その厚みがわかろうというもの。いやはや、これを2週間で読み切れるのか??読む前からひるんでしまいます。
気を取り直して、ページ数を見てみると…

『ピアニストが語る!第三巻』本文457頁(あとがき含めて459頁)
『ホワイトハウスのピアニスト』本文471頁(あとがき含めて487頁)

あれれ?厚みの差は紙の材質によるところが大きいのでしょうか。。。
もっとも後者は巻末の索引、注と典拠、参考文献あわせて67頁に及んでいる、というのも見逃せませんが。
なにはともあれ、「挑んでみます」宣言!

本日、めでたいんだか何だかちょっと微妙ですが、晴れて55歳になりました。四捨五入すると60代になっちまいますよ。ああ、びっくり。

54歳の最終日だった昨日は、1か月に1回のピアノ・レッスン。
アンサンブルでのレッスンでしたが、相変わらず「無駄な動きが多い」こと、それが音楽を壊していることを指摘され、つくづく納得してしまいました。
で、今まで2回レッスンを受けた王道クラシックのソロ曲は
「やっぱり、あなたにはまだちょっと早すぎる」
ということになり、曲目変更。
身体の固さを取るために、しばらく路線変更してみましょう、ということで、
ちょっとジャズ的要素も入った映画音楽の世界へ足を踏み入れることになりました。さて、どうなりますか。

ちょうど潮目的に見ても、気分転換、方針変更、という時期なのかも。
画像は、我が目標「目指せ、脱力!」にちょうどよいかな……と思えるものを。
ちょっと前に、友人たちと夕食を共にした際の、食後のカプチーノ。ちゃあんとお手々もついているのがキュートです。こんな気分で生きていきたい。。。

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2017年10月14日(土)17:15開演 19:15終演
@青葉区文化センター フィリアホール

<プログラム>
ショパン:ノクターン第1番 変ロ短調 op9-1
ショパン:ノクターン第2番 変ホ長調 op9-2
シューマン 謝肉祭op.9

ドビュッシー 前奏曲集 第1巻
 第1曲  デルフィの舞姫
 第2曲  帆
 第3曲  野を渡る風
 第4曲  夕べの大気に漂う音と香り
 第5曲  アナカプリの丘
 第6曲  雪の上の足跡
 第7曲  西風のみたもの
 第8曲  亜麻色の髪の乙女
 第9曲  とだえたセレナード
 第10曲  沈める寺
 第11曲  パックの踊り
 第12曲  ミンストレル

(アンコール)
ドビュッシー 小さな黒人
ドビュッシー 月の光
ショパン   子犬のワルツ

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前から3列目のほぼ中央という席で鑑賞できたのですが、麻未さんの、なんとも柔軟な身体に唸りました。
なんだか、ユジャ・ワンと似ている?。。。奏でる音楽のタイプは大きく異なりますけれど。

音色の美しさ、柔らかさ、光っていました。
そして、センスあふれるテンポ感に舌を巻きました。
フランスの風が吹いてくるような。。。ドビュッシーはもちろん、ショパンもフランス風。プログラムにはノクターンではなくノクチュルヌと表記してあっことになるほど!と納得した次第です。
お洒落な音作りを堪能しました。

シューマンは、ちょっと粗削りに響く箇所もありましたが、曲全体をがっちり把握して物語っていく、スケールの大きさを感じました。テンポと音量、音色の揺らし方、さすがです。
冒頭のショパンのノクターンが当初予定(13番&11番)から当日になって変更されたのですが、シューマンの雄大さとのコントラストがひき立って、変更の意図にも納得できました。

アンコール曲にも麻未さんらしさが溢れんばかりで、恍惚としました。
また聴きたいです。
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(画像はプログラム表紙より。曲目変更前の形で記載されています)

昨日、友人と一緒に二人で弾きあい会をしました。
なんと、たまたま全く同じ曲をステージに乗せるべく練習中の我等。聴きあってコメントしあえるって、ほんとありがたいです。
会場は渋谷のサロンホール、ラトリエ。
初めての場所でしたが、シゲルカワイ君の響きが豊かでした。
また、絵もものされるというピアニストの方の作品が展示中で、なんとも素敵な雰囲気。
このところ、仕事に忙殺されてピアノに触っていなかったのですが、久々に音に浸る時間が過ごせて幸せでした。会場の紹介、予約をしてくださった友人に感謝!

(会場の方の「どうぞ、どうぞ!」という許可を得て、画像をアップします)
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【補記】思わず長々しくなってしまったことを反省して、まずポイントを挙げておきます。
(気軽に借り出せる本じゃないから……という必死感が前面に出てしまったのでした。汗)

ショパンは、作曲や音楽理論については師がいたものの、ピアノ教師には誰にも師事したことがなく、全くの独学でピアノ演奏をマスターしました。そして、その体験をもとにピアノ教則本の草稿(といっても数ページだけ)も書いたのでした。そこに見られる主張とは……

音楽性を追求するための練習であってこそ、意味がある。
テクニックだけを取り出して、バリバリ練習すると、
逆立ちで歩くことを練習するあまり、普通に歩けなくなるような結果を導く恐れがある。

歌うこと、歌のレガートと響きを表現すること、それがピアノにとって最も大事。
そのためには、手も手首もリラックスさせてラクに演奏できる姿勢をとること。

というもの。
そして、ショパンの側にいた弟子、その生演奏を聴いた音楽家たちは

ショパンは、演奏するたびに違った演奏を聴かせてくれる。
演奏が楽譜とは異なっていても、聴き手を感動させ、納得させる。
こうした演奏ができるのはショパンだけだ!


という感想を抱かせ、
弟子に教えるときには、ただ言葉で説明するのではなく、必ずショパン自身の演奏を聴かせつつ指導していたのでした。

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本書の構成は次のとおり。
第一部 技法と様式 pp.41-90 
技法の基礎/様式の理論
(第一部の注 pp.91-163)
第二部 ショパンの作品の解釈  pp.165-195  
(第二部の注 pp.196-223)
本書に証言が引用された、ショパンの弟子のリスト pp.225-252
付録Ⅰ ショパンのピアノ教則本草稿 pp.253-262
付録Ⅱ ショパンの弟子と近親者の書き込みのある楽譜pp.263-304
付録Ⅲ 弟子や近親者の楽譜で、運指法や書き込みのある作品 pp.305-322
付録Ⅳ 同時代の人々がとらえた、ショパンの演奏  pp.323-349
    (注&写真説明pp.350-359) (参考文献pp.360-376)

さすが学術書、という体裁であることがわかると思います。
次に、私が「なるほど!」と膝を打つ思いになった個所を抜き書きします。(●は本書の見出し)

●毎日の練習で「純粋な」技法を磨こうとする、間違った習慣(p.42)
 ピアノを習うために、今まで試みられてきた、夥しい数の無益で退屈な訓練は、この楽器の練習には何の役にも立たぬものである。言ってみれば散歩をする(客間に登場する)ために、逆立ちして歩くのを習うようなものだ。おかげで普通の歩き方まで覚束なくなり、逆立ちしてもやはりうまく歩けなくなってしまう。これでは厳密な意味での音楽も、(難所と言われるところも)弾けはしない。―-こんな練習の難しさは良い音楽、巨匠の音楽とは別のものだ。それは実質を欠いた難しさであり、一種のアクロバットなのである。(byショパン)

●レガートとカンタービレ(p.68)
フィールドやショパンのノクターンは、ある意味ではエチュードと言っても良いものであった。弟子はこうした曲の練習を通じてレガートに習熟し、歌の美しく滑らかな響きを愛し、再現するように心がけねばならなかった――それも先生がいろいろ説明しながら、自分で真似て見せてくれたおかげである。ショパンはこうした曲を、黙って弟子に弾かせておくようなことはしなかった。(byミクリ…ショパンの弟子・ポーランド生まれのピアニスト、教育者)

●自然で変化に富んだ演奏(p.79)
ショパンと彼(カルクブレンナー)との違いは誰の目にも明らかだ。ショパンは自分の作品を2度と同じようには表現しなかったけれど、弾くたびに力強く、優しくもまた悲痛なインスピレーションが新たに感じられて、どの曲も理想的とでも言いたくなるほどの美しさであった。同じ曲を続けて20回弾いたとしても、聴く者の興味は尽きることがないほどだった。(byペリュ…ショパンの弟子・ピアニスト兼作曲家)

●アンダンテ・スピアナート ト長調 作品22(p.166)
ショパンにとってフォルティッシモとは、強い音ではなく、限りなく響きの充実した純粋な楽音なのである。この音を少しずつ変えることでニュアンスが生まれ、それがだんだん弱まって、ごく微かだけれどはっきりと聴きとれるピアニッシモに至る。彼の歌うようなタッチ、レガーティッシモは、聴く者を陶然とさせずにはおかぬものだ。低音部のアルペッジオも幅広く展開され、あざやかなタッチとペダルさばきに乗って澄んだ和音の響きが、海の波のように盛り上がっては砕け散っていく。(byヒプキンズ…イギリスのピアニスト、チェンバロ、オルガン奏者、音楽学者。ショパンのピアノ調律を担当)

●バルカローレ 嬰ヘ長調 作品60(p.167)
1848年の初め、パリで開かれた最後の演奏会で、ショパンは自作のバルカローレの終わりの部分を通して聴かせてくれたのだが、楽譜に印刷されてある強弱記号とは全然ちがうふうに弾いたではないか。主要テーマがもう一度もどるところからは(第84小節以降)、ピアニッシモになったけれど、これがまた絶妙なニュアンスを帯びているので、聴いているうちに、もとのニュアンスよりもこちらの方が好いという気持ちにさせられてしまった。こんな奇跡に近いことができるのは、ショパンだけだ!(byハレ…ピアニスト、教育者、オーケストラ指揮者、作曲家。英国籍を得たドイツ人)

●コンチェルト ホ短調 作品11―-アレグロ・マエストーゾ(p.167)
この曲を弾くには、ピアニストもテノールやソプラノの歌手のつもりでいいなければならない。ショパンがカンタービレ様式の方言を望んでいる楽句は、どれも流麗に唱う歌手になったつもりで弾くべきなのだ。ショパンの愛弟子のフィルチにも、こういうふうに理解するよう教え込んでいた。彼はこの頃には(1842年)もう演奏会に出る気持ちがなかったので、この曲を弾くのは止めていた。なのにわれわれ弟子のためには、そのテーマを弾いてくれたのである。とても言葉には言い尽せぬほどの美しさだった。(中略)
フィルチがとうとう全曲演奏のお許しをいただいた。この日まで彼は、断食したり教会へ礼拝に行ったり、ショパンの指導の下に譜面を読んだり(ピアノでの練習は禁じられていた)と、準備に余念がなかったのである。ショパンは、「この楽章はかなり弾けるようになりましたから、もう人に聴かせても良いでしょう。わたしが君のオーケストラになってあげますからね」と言った。ショパンの伴奏は、喩えようもなく素晴らしいもので、器楽編成の精妙で漠とした響きをそっくりそのまま再現してくれた。しかも暗譜だったのである。最初のトッティを、ショパンがひとりでピアノで弾いてみせたわけだが、わたしは生まれて初めてこんな美しい音色を耳にした。少年フィルチもあっぱれなものだった。二人のアンサンブルは、聴く人の胸に一生焼き付いてしまうほどの感銘を与えたのである。(byレンツ…ショパンの弟子・ロシア帝国の国政参事官。熱狂的な音楽ファン)

最後に出てくる弟子、フィルチ(1830-1845)が、ショパンの愛弟子です。この少年をショパンは1841年12月から1943年4月にかけて週に3回、約1年間レッスンしたそうですが(ショパンがパリ不在だった夏は、リストがレッスン)、生没年でわかるとおり、早逝しています。本書の注によると、このフィルチの書いた手紙とされるものに「リストが演奏家としていかに優れていようと、教師としてはショパンにかなうはずもありません。」という記述があるそうですが、この手紙が偽物ではないという確証は得られないとして、本文には組み入れていません。なるほど、こういった研究には「物証」の真贋判断も重要なのだなあ……とあらためて思いました。


●ピアノ教則本の草稿より
調律は調律師の仕事なのだから、ピアノは楽器の練習のうちで最も難しいことのひとつから免れている。従って可能なかぎり美しい音を簡単に得て、長い音符も短い音符も弾きこなし(どんな場合にも)限りない巧妙さを発揮する(ようになる)には、手が鍵盤に対して(最も具合のよい、つまり最も自然な)位置を保つだけでよいのである。
これほど鍵盤が手の造りに即しているとは、これを造った人は天才なのであって、ただただ舌を巻く他はない。支点としてこれほど巧く機能する高い鍵――長い指のためにある――ほど素晴らしい発明があるだろうか。


つまり、黒鍵があってこそ自然に演奏できる、と主張しているショパン。
なるほど、彼の楽譜に♯や♭が多いのはそういうことだったのか!と思いました。また、音階練習をハ長調から始めるのが愚の骨頂である、という主張にも。

いろいろ得るところの多い本でありました。
熟読した、とはとても言えない読み方であっても。

ジャン=ジャック・エーゲルディンゲル著
米谷治郎・中島弘二訳
『弟子から見たショパン そのピアノ教育法と演奏美学』音楽之友社1983年

ハードカバー、400ページ近くに及ぶボリュームの本。専門書です。
原著の出版は1979年。日本での出版に際して著者が寄せた「日本の読者へのメッセージ」には

第10回フレデリック・ショパン国際ピアノ・コンクール(1980年10月)でも、参加者180人のうち25人は日本国籍の方でした――ショパン賛美の集いでもある、この大コンクールで、一つの国がこれほどの比率を占めたことは、今まで一度としてなかったことです。

とあります。
区立図書館などは所蔵していなくて、大学図書館で借り出しましたよ。
借り出して以来、もう2週間、かな。
こんな古い本を手にとったきっかけは……というと、ネット上で

身体を痛めずに、美しい音で、ピアノを弾く方法について知りたい人は、この本を読めばそこにすべて書いてある

といったような発言を目にしたから、です。
で、本書。
出版譜、自筆譜、草稿、弟子の楽譜への書き込みなどを、時に画像も交えて集めるとともに、
同時代にショパンの演奏をじかに聴いた人々の発言、手紙などを丹念に拾い集め、
しっかり出典とともに記していくことで、ショパンの音楽のあり方を描き出そう、というものです。
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(画像は2005年改訂版)

初めて知ることが、たくさんありました。(決して熟読したわけではありませんが…💦)
例えば、弟子の残した言葉や楽譜への書き込み等から、ショパンが「ピアノを教える」ということに、確固とした意志と方針を持って取り組んでいたことがわかります。弟子の状態、性格などに応じて、レッスンすべき曲、順序を計画し、アドバイスしているのです。単に「お金を得るための手段」としての片手間仕事だったわけではなかったんだなあ、と思いました。そういえば、先日見た映画でも、ちゃんと早起きしてレッスンに取り組んでいたと紹介されていました。
実は彼、ピアノ教則本を書こうともしていて、それの草稿にも着手していたとは知りませんでした。

でも、ショパンの弟子には、のちにピアニストとして大成して、恩師について書き残したり周囲に語ったりするような人が誰も出なかったこともあって(ここ、よく比較されるF.リストとの大きな差の一つ!)、その指導のありかたは今日に伝わっているとは言えず……。
そこで、出てきたのが本書、というわけです。

あ、ショパンの弟子の出来が悪かった、のではないことも初めて知りました。
非常に才能があり、ショパン自身も入れ込んで指導していた若い弟子が早世してしまうとか、身分の高い女性だったために、人前での演奏ができなかったとか。

ショパン、自分のピアノ協奏曲を自身で公開演奏の形で披露することは数えるほど、それもごく若い頃に披露したきりだったそうですが、弟子に教えるときには、セカンドピアノで見事にオーケストラパートを弾きこなしてレッスンしたのだとか。レッスンのときは常に、弟子がグランドピアノ、ショパンはアップライトピアノ、という形で、ショパンの奏でる美音に弟子は恍惚としたとのこと。

うう。なんだか長くなりそうな予感がするし、出勤時間が近づいてきたので、今回は一旦ここで止めます。つづく(たぶん…汗)。。。

連休最終日。
茶臼岳をロープウェイで上れば、苔の紅葉で赤く染まる三本槍岳がよく見えるはず!と、予定を立ててみたのですが、、、いやはや、恐るべし三連休!大渋滞にハマりまして、途中で諦めてUターン。

それでも、下の温泉地では小雨に霧、という生憎の天候で、山の上なんて真っ白で何も見えないだろうと思っていたのに、逆に上の方が快晴で、ちゃんと景色は見えましたよ!

Uターンついでに、駒止の滝を見下ろし、ちょい高台まで上って、赤く染まる三本槍岳の頂上付近を写真に収めることもできました。^ - ^
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この三連休は、実家の両親、妹とともに時間を過ごしています。
ただいま、磐梯吾妻スカイラインを福島方向へと走行中。紅葉、まさに見頃です。 
浄土平の駐車場が混んでいるようで、渋滞し始めたのをこれ幸い、車🚗中から写真撮影🤳
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