ぴおピアノ雑記帳

ピアノ、音楽関連の話題を主とした雑記帳blogです。

単なる「録画」ではなく「録画問題」のお話。
わが家のDVD&Bluerayプレイヤー&録画機で録画したTV番組、
DVDに焼き直してみたものの、

わが家のプレイヤー以外では、一切見られない

という事態になっていることが判明いたしまして。。。(TДT)
ゆゆしき事態ですよ。
あーだ、こーだと調べた結果、やっと納得いたしました。

本体内蔵のハードディスクにできるだけたくさん保存できるように……
という目論見から、圧縮ファイル形式で保存していたのが仇となりました。
この圧縮方式が、機器メーカーによりさまざまで、
同じメーカーが製造した機器でないと、圧縮ファイルは再生不能となるようです。
そして、わが家の録画機くんはマイナーなメーカーなんです。

ううう。今まで溜めたものすべてが圧縮ファイルに該当してしまいます。
(圧縮ファイルと一口に言っても、うちの録画機には6種類もあるのですよ。
デジタル版、非デジタル版、それぞれについて画質の良さのランク付けとともに)
やはりブルーレイ形式で圧縮せずに録画するのが一番よさそうなのですが……
いかんせん、ハードディスクの容量食いすぎです。。。

ああ、こういうことが起きると、VHSが懐かしい。。。どこでも通用しましたから。
はい、メンタル昭和のわたくしです。


フルートとのアンサンブル演奏、お初のアップです。ドキドキ。
本番は、ちょっと音が固くなってしまったので(^^;、リハーサル時のものを。
ピアノが調律前で、ちょい音程狂ってますが、ご容赦を。

映画「めぐり逢い」より
モリコーネ作曲 Love Affair

お師匠さまによる編曲バージョン。ありがたくも手書きの譜面をいただいて練習しました。
そういう意味では貴重な音源でございます。(;^ω^)
ピアノ伴奏、もっとゆったり構えてしっかりソロを支えられるよう、また精進したいと思います。

動画の背景は、今年のゴールデンウイークに、
秋田のミズバショウ群生地・刺巻湿原を訪れた際に撮った写真です。


青柳いづみこ氏が、新書『ショパン・コンクール 最高峰の舞台を読み解く』で、
先日のルービンシュタイン国際ピアノコンクール優勝者、シモン・ネーリング君について書いていたな~と思いだして、改めて読んでみました。(過去の書評by PIOはこちら

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【2015年4月25日の予備予選結果について】p.26

ビビドゴシチ音楽学校に学ぶシモン・ネーリングの練習曲も傷が多い。『作品10-8』はテンポが速すぎてコントロールできず、「三度」や「オクターヴ」でも破綻が起きた。『幻想曲』はとてもよい演奏だったが、コラール部分の左手で暗譜が乱れた。2010年の予備予選でも、最終的に第二位に入賞したルーカス・ゲニューシャスが、やはり『幻想曲』で一瞬暗譜を忘れたが、他があまりにもすばらしいので誰もそんなことは気にもとめなかったという。しかし、ネーリングはそこまでの演奏でもなかったように思う。

【第一次予選3日目(2015年10月5日)】p.97

ポーランドのネーリングはヤマハを選択。『練習曲作品25-7』のときは音が頭の上を通りすぎていってしまうような感じがしたが、『幻想曲』の途中から耳が惹きつけられた。手がとても大きく、和音やオクターヴがずしんと響いてくる。『練習曲作品25-4』は逆に切れのよいタッチで超ハイスピードで弾かれた。スタッカートの和音が瞬間にハモり、横に連なって聞こえるのには感心した。

【ファイナルの協奏曲(2015年10月17日)】p.153

に登場したネーリングは、ポーランド人唯一のファイナリスト。体格に恵まれて手が大きく指のバネが強く、鍵盤の底まできちんとタッチするのでブリリアントな音が出る。緊張する舞台ではどうしても速くなるし、リハーサルではオーケストラとのずれが目立ったが、本番では大切にフォローされているのがよくわかった。唯一のコンテスタントで心情的に肩入れしたくなるのだろう。
第1楽章の第一主題は中身の詰まった歌い方で好感がもてた。第二主題も、ネーリングがオーケストラを聴いているのか、ファゴットがネーリングに合わせて吹いているのか不明だが、とにかくよく溶け合っている。第2楽章も爽やかなじょじゅで好演だったが、この人は不思議で、ピアニッシモでフェードアウトすると本当に音が消えてしまう。第3楽章も、会場で聴いていると細かい音が明確に聞こえたり聞こえなかったり、ややまだらだった。
審査委員長のポポヴァ=ズィドロンは、協奏曲のフィナーレでは彼一人だけが民族舞踊「クラゴヴィアク」(ポーランド・クラクフ地方の二拍子の民族舞踊で、横に軽くジャンプしながら進む円舞の一種)を完全に咀嚼して弾いていたと評価している。


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2015年の春、
ショパコン予備予選の時点では、ギリギリでの通過と判定されるレベルだったのに、
同年秋の本選では、
予備予選よりもぐんと完成度が高くなっており、
おそらく第2次、3次とコマを進めるにつれて成長していったのでしょう。
6位以内の入賞者には入れず、ファイナリスト10名のうちの1人という結果でしたが。
そして、
2年後の2017年春には、ルービンシュタイン国際ピアノコンクールで優勝するのですから
成長ぶりが偲ばれます。

ネーリング君、おごり高ぶらず、真摯に努力するタイプに見えますしね。
来日公演を心待ちにしたいと思います。
(画像はルービンシュタインコン表彰式VTRより切り取ったもの)

2017-06-26 (2)


門下生の研究会、終わりました~。
皆様の演奏の素晴らしさに、私、聴き入ってしまいまして、
自分が演奏する番になったことに気づかず、大慌て……という失態ぶり。
ええと、
先生が新たに購入された音楽用録画機器(私の持ってるものと同じもの)の操作を任されたこともあって、なんだか裏方……というか、聴衆モードに突入してしまいまして。。

で、演奏は……ソロでは久々に,コケちゃいました。
あれれれ~。
一体何が起きたんだか、自分でもまだ把握できてないのですが、
曲の終盤、今までコケたことなどない箇所で、思い切りやらかしました。
でも、
ありがたいことに、1週間後にまた人前で演奏する機会があるので、
次回は、ちゃんと最後まで行けるよう、また心機一転、練習したいと思います。

アンサンブルは、小さいミスはあちこちやらかしましたけれども、
まあ、平常どおりに近い演奏ができたかなあ、といったところ。
(追記:録音聴きなおしたら、やはり音色が固くて音量大きすぎです。ソロでコケた直後でもあり、身体も固くなっていたのではと思われます。初心に返って精進するしかないですね。。。ふう。)

会では、皆様の演奏後に先生の模範演奏があるのですが、これが圧巻なのです。
写真は、その模範演奏のセッティング……パイプ椅子は先生の楽譜置き場です。
なんせ、13曲を一気に演奏されたのですから。脱帽。そして目からウロコがボロボロ。

今年もまた、いい時間が過ごせました。
ご縁に感謝。


20170625

第12回【ヒスパニックの時代~ヒスパニックとアジア系の台頭がもたらすアメリカにおけるラテン音楽の新しい変化と歴史の見直し】(2017年6月21日(水)放送)

カルチャーラジオ 芸術その魅力(ラジオ第2 毎週水曜 8:30pm | 再放送 毎週水曜 10:00am)
<シリーズ> アメリカン・ミュージックの系譜   慶応義塾大学教授…大和田俊之



アメリカ合衆国の歴史を語るうえで、
従来は「白人vs黒人」という枠組みで語られてきたが、今後はそれが変わっていくだろう
つまり、歴史をさかのぼって書き換えていく、という作業が行われるだろう
という話でした。
それは、ヒスパニック系住民が急増しているから。
いまや、統計上、ヒスパニック系がアフリカ系住民を超えているのだそうです。
(もっとも、アジア系、アフリカ系、ヒスパニック系、というのは自分で選択して記入した結果なので、信頼度100%とはいえないそうで……でも、傾向はつかめるはず)

その結果、2016年は、合衆国において
総合ヒットチャートの2位から4位までが「ダンスホールレゲエ」のリズムを用いた楽曲


歴史的にみると、アメリカ合衆国には、特にニューオーリンズには
前世紀以来、一貫してラテン音楽が流入しているのであって、
タンゴ、1930年代のルンバ、1950年代のマンボ、ブラジル音楽のボサノバ、と
大流行が起きています。それは合衆国にとどまらず、日本も含めて世界へも。
特に、モダンサルサと呼ばれる形態は、ニューヨークで生まれたもので、
NYを拠点として、世界中のスペイン語圏へと広まっていきました。

このように、今後は、
合衆国内の音楽の変遷、という枠組みを超えて、
南北アメリカ大陸の中での音楽、という広い枠組みが求められるとのこと。
実際、既に
「ブルース音楽におけるラテン性」といった研究が生まれており、
こういった実証的研究が、今後増えていくだろうと予測されるのです。

例えば、ロックンロールにしても、従来のように
「白人のカントリー音楽と、黒人のブルースが融合して」という捉え方では狭すぎ、
ラテン音楽が北へと流れていく中で、ロックンロールに、どう影響を及ぼしたか
を研究する必要性が生じて来るだろうとのこと。

現在の人口動態の変化は、過去の歴史の見方をも変えるのですね。

第11回【ヒップポップ~知的でクリエイティブな側面】(6月14日放送)
カルチャーラジオ 芸術その魅力(ラジオ第2 毎週水曜 8:30pm | 再放送 毎週水曜 10:00am)
<シリーズ> アメリカン・ミュージックの系譜   慶応義塾大学教授…大和田俊之



ヒップホップが成立するための条件:電気的、電子的な反復するビート
ヒップホップとは無関係にさまざまな人々が実験をしていた。
代表的なのが日本のYMO(イエローマジックオーケストラ)坂本龍一、細野晴臣、高橋幸宏→世界的な影響力

ヒップホップはどう始まったか?
1970年代 ニューヨークのブロンクスで発祥。当時はスラム化し荒んでいた状況。
ディスコに行けないアフリカ系アメリカ人の若者たちが、公園などでブロックパーティー というダンスパーティーを楽しんでいた。
ドラムだけ(ドラムブレイク)になると、ダンサーは「私たちのために空間をあけてくれた」という感覚になり、盛り上がる。→このブレイクがもっと長ければいいのに。

フロアー(需要者)のニーズに基づいて作品を改変する。
もとの文脈から引き離して改変していくというのは、徹底的にポストモダンな考え方。
ジャズの即興演奏と同じように「今のフレーズはかっこよかったね」という感覚。言葉遊び。

元の楽曲を素材として、あらゆるビートを作っていく。
昔の楽曲は「素材の鉱脈」という考え方。ある楽曲のソロの即興演奏のうち数音だけを捉えてビート化することも。→印税は誰に支払うべき?その都度考えて払っている。
近代的な著作権の考え方(あるアーティストが内面から湧き上がってきたものが芸術。内面に創作のリソースがある)ではとらえきれない新しい動き。
ヒップホップの創作の源泉は「データベースの検索」にある。新しい形の創作物。

実はここ1か月ほど、ず~っと口内炎に苦しんでおります。。。
市販薬を試してはみたものの、
塗り薬はちゃんと患部に留まるとは思えず、
飲み薬も、飲み始めにちょっと効いた気がしたものの、
治ってはまた新たなものが顔を出し……の繰り返し。。。
で、どうも風邪もひいたようで、鼻やら喉やらの症状が出てきたため
ついに観念して、本日、内科を受診しました。

内服薬5種(!)、外用薬1種、処方されました。Σヾ( ̄0 ̄;ノ

外用薬は、
特殊容器に仕込んだカプセルに針で穴をあけ、
その穴からカプセルの中身の粉をぷしゅーっと患部に吹きかける、というもの。
先ほど初めて試してみましたが、粉がぴたっと患部に密着して、これは効きそうな予感。
医療って、どんどん進んでいるんですね~。


20170619

ピアノの門下生たちの会が25日に開催されるのですが、
1週間前となった本日18日、その中の有志が集まり、本会場でリハーサルを行いました。
聴いていただいた上に、有意義なご意見もいただけて、ほんとありがたいです。

その中の数名が、金曜夜にピアノの調律立ち合いもする予定のため、
調律師さんへの申し送り事項の確認!ということで、
ピアノの音色やペダルの効き具合など、細かいチェックが入り、
日ごろぼお~っとしている私には、たいへん勉強になりました。

演奏、まだまだ修正しなくてはいけないのですが、どうにも時間がとれそうになく…
そのうえ、どうやら風邪もひいてしまった気がします。
ということで、大事をとって
今日はもう休みます。。。画像は、本日のアンサンブル演奏より。

2017-06-18




知り合いの方がステージに立たれる……ということで、行ってまいりました。
モーツアルト作曲「フィガロの結婚」から抜粋した歌を
ステージ上で演技もしつつ、ソロで、デュオで、トリオでの発表。
みなさま、実に達者な演技で、また衣装も目に鮮やかで、
もちろん、生の歌声も朗々と、
生き生き、堂々と歌われていて、こちらも爽やかな気分になりました。

つくづく、
立ち姿、姿勢って、大事ですね。
指導された先生方が
「聴き手の前に立って歌う」「客観的に自分の姿をイメージしつつ歌う」
ということの重要性を強調されてましたが、
オペラ歌手に限らず、音楽をものする者に共通の留意点かもしれません。

会場の大森という土地が、
もともと海岸で、江戸時代以来の海苔の産地だということは、
知識として知ってはいましたが、町並みや案内板を見て実感。納得。
いろいろ発見があって、
がんばって(必死で仕事に一区切りつけて…)足を運んだ甲斐がありました。

2017-06-17


第10回【R&B・ソウルミュージック~第2次大戦後のアフリカ系アメリカ人の音楽文化と公民権運動の関係】 (6月7日放送)
カルチャーラジオ 芸術その魅力(ラジオ第2 毎週水曜 8:30pm | 再放送 毎週水曜 10:00am)
<シリーズ> アメリカン・ミュージックの系譜   慶応義塾大学教授…大和田俊之



戦後の黒人音楽(1)
1954年 公民権法成立 →差別政策は違憲とされる。
これを機に、公民権運動の性格が変わっていく。
以前は白人と黒人(キング牧師を中心に)が協働して公民権運動に取り組んだが、
60年代以降、黒人が先鋒化。暴力的行為も辞さなくなったため、白人は手をひいていく。

音楽シーンでは、
◆1959年 モータウン・レコードの創設
ここからダイアナ・ロスやスティビー・ワンダー、ジャクソンファイブなどの数々のヒット曲が誕生。
しかし、1990年代までは、
「モータウンの音楽は本物の黒人音楽ではない。大衆化、ポップス化した偽モノだ」
という認識が一般的だった。
「黒人音楽は、もっと野生的でビートの効いたものであるべきだ」という認識。
これはステレオタイプ、いわば先入観によるもの。
モータウンこそが、ミュージシャンも会社組織の運営側も、すべてが黒人であった。
スタジオミュージシャンはもちろん、制作側もすべて、というのは当時として画期的。

当時、「本物の黒人音楽」として扱われていたもののほうに、
実は、多くの白人が、スタッフとしてもミュージシャンとしても入り込んでいた。

作られたステレオタイプの強さを示すもの。

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