忘れた頃に投稿する東村山です皆さん御無沙汰ですこんばんは。

アイアン・スカイを観にいったのですよ世間ではイロモノ・おバカ映画という認識のようですが、私的には非常に気になる映画だった。
製作主体が主にフィンランドの会社でドイツとオーストラリアの制作会社と共同制作したとの事。

フィンランドという国は第二次大戦的に微妙な立ち位置の国でして、もともとロシア帝国の一部とされていた国だったのがロシア革命のドサクサで独立して、その後革命後のソ連に侵略され、国土を取り戻す為にナチス・ドイツと同盟を組んだりして終戦時には敗戦国扱いだったが、戦後は微妙な舵取りでなんとかソ連の支配を免れて冷戦後に晴れて資本主義、自由主義国として振舞えるようになったという苦労の多い国だった。

という訳でフィンランドという国は第二次大戦後の「戦勝国による戦後秩序」というものに微妙に違和感(不満とまでは言わないが)を感じていたようで、少なくとも第二次大戦を単純な「正義と悪との戦争」と解釈する気にはなれないようだ。と、この映画を観て感じた。

この映画の共同制作に名を連ねたドイツは戦後ナチス・ドイツ時代の全否定を強いられ、ドイツ人自身も戦後の国際秩序の中で生き残り利益を守る為にそれを積極的に受け入れて自分たちが「非ナチス的な新ドイツ人」であると必死でアピールしてきたし、第二次大戦後の国境線の画定で大幅に領土を奪われてもあえて甘受してきたし、毎年毎年ドイツ人を悪役にした「ユダヤ映画」が大量に作られるという「民族侮辱行為」にも黙って耐えてきた。
これらの我慢によってヨーロッパ統合というドイツ人の利益も守る安全保障体制が成立しているので今更文句も言えない、この世の終わりまでドイツ人は「私が悪うござんすた」と言い続けなければならないのだから酷い話である。

以上の事を考えた上でこの「アイアン・スカイ」という映画を観るとこの映画は「おバカ映画」の仮面の下で洩らした逃れようの無い理不尽な歴史的、国際的立場に対する「うめき声」ではないか、と「元同盟国にして敗戦国仲間」の日本人の一員として解釈せずには居られない。

こう考えると欧州経済における「ギリシャ危機」においてドイツ国民がドイツ人の財産による「救済」に激しく反発したのも解る。彼らにしてみれば領土と誇りを奪われた上に戦後コツコツと働いて築き上げた富まで「接収」されるのか、と捉えざるを得まい。「フランスとドイツはEUの中心」などとおだて上げられても所詮ドイツ人は割を食うだけなのか、と絶望したのだろう。

もちろんこの映画はナチス賛美の映画では無い。現代のドイツ人もナチス体制のドイツが本来あるべきドイツの姿などとは考えてもいないだろう。だがナチス・ドイツと戦ったアメリカ、ソ連、イギリス等の国が「ナチスと戦った」というただそれだけの理由で「永遠に正義の国」という資格を持っているかのごとく振舞う事に嫌悪感を示す事くらいは許されるべきだろう。

だいたい連合国共が錦の御旗のごとく奉る「ユダヤ人の虐殺」にしても戦時中は連合国の奴らも知らなかった、戦争末期になってようやく気づいたのだ。彼らは「正義のために戦った」のではない、あくまで国益の追及、自国の利益の追求の為にドイツと戦争をしていたに過ぎない。

それを差し置いてドイツや日本の「犯罪的行為」をいつまでもあげつらい「戦争に勝ったという事実による利益」を恒久化しようとしているのが「戦勝国」のやっている事なのだ。

というわけでドイツ(とフィンランド)としてはこのような映画で理不尽な戦後世界にささやかな抗議をしたと私は解釈している。

最近はシナ人共や朝鮮人共が「日本はドイツのように真剣に反省しない」などと妄言を吐いているが、「戦勝国の利益」を要求し続ける自らのあさましい姿に恥じる気も無いようだ。そもそも当時において国家の体をなしていなかった朝鮮人共は戦勝国ですら無い。

彼らは要するに日本は敗戦国なのだからロシアに北方領土を奪われたみたいに竹島や尖閣諸島をよこすのが当然だ、と言いたいのだ。連中にしてみれば日本がシナや朝鮮の言い分に全て「ハイハイ」と従う事が「真剣な反省」であると言いたいのだろう。

ふざけるな、確かに現在の日本は孤立している。シナ人や朝鮮人共から国土を守る為に強欲なアメリカに対し兵力の駐留を認めなければならない悲惨な立場だ。
なるほどドイツはヨーロッパ共同体という枠組みの中で安全保障に不安を感じることも無いだろう、しかしドイツ人はもはや失われた領土を取り返す事も、奪われた歴史的尊厳を取り返す事も出来ない。彼らは永遠に「無害な新ドイツ人」という役回りを演じ続けなければならないのだ。

我々日本人は違う、シナ人や朝鮮人に臭い息を吐きかけられながら「オレ達仲間だろ仲良くしようや」等と言われずに済むのは何と幸福な事か!
我々は孤立しよう、そして戦い続けよう、決してドイツの様にはなるまい。

ではまた