東村山徒然日記

私(東村山)のダラダラとした日常の日記です。 3日に一度更新予定 連絡用メールアドレス:horizontal02@yahoo.co.jp なお当ブログはリンクフリーです。

読書

嗚呼、憧れの艦船模型

きょうは手持ちの書籍を紹介したいと思います東村山ですこんばんは。

私は基本的に戦車モデラーですが昔1/700ウォーターラインの軍艦プラモデルを何隻か仕上げてまして艦船模型にもイロイロと興味があります。でもって過去にこんな本を買いました。

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ポーランドの艦船モデラー、ヤヌス・シコルスキー氏の自作模型の写真集です。
ヤヌス・シコルスキー氏は冷戦時代から日本軍艦艇の模型をスクラッチビルドしていたという奇特なモデラーさんでして1/1000で凄い作品を作っている。

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これで1/1000というのだから驚きです、撮影はピンホールカメラだそうです。昔の共産主義国ポーランドでは良いカメラやレンズの入手は困難だったのでしょう、ピンホールカメラは構造が単純で深い被写界深度が得られる(奥行きのある撮影対象にピントが合う)のですな、器用な人だからカメラも自作かもしれません。

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製作を解説したイラストも載っていますが真似出来る気がしない…

コチラは日本のモデラーによる写真集
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内山睦雄氏はもっぱら木材と紙で作っているらしいです。

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コチラも凄い迫力、スケールは大きくなってますがやはり真似出来る気がしません。

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作業風景の写真とかワクワクするよね。

とまあ模型の世界もイロイロ有るんだなぁ、と思っていた訳ですよ。

そんなある日神田神保町の文華堂書店でこの本を見つけまして
まあ、文華堂書店と言う店名を覚えたのも最近なんですけどね、長い間「軍事関係の良さげな書籍が一杯あるアノ店」という認識だった。レシートに店名が入って無いし
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それはともかく昭和50年(1975年)に出版されたモデルアート社のこの本は「世界の艦船」という雑誌のバックナンバーで広告見て以来ずっと欲しかった本でして

こんな写真が載ってたりする
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凄いなぁもう。随分と昔の作品なんですが、こういうのを見ると果たして模型製作の技術というものは時代と共に進歩しているのか疑問に思えてきます。

もちろんヤヌス・シコルスキー氏のような極小名人芸と違ってある程度大型の模型なんですが、大きければ作れるのか?といえばそうでもないでしょ。もはや技術とかスキルとかそういうレベルでは無い、一種執念じみた物がないとこういう模型は作れない気がする。表面の微妙な凸凹具合がリアル感を強調していて見ていて恐ろしい程です。

この時ついでに買ったのがコレ、多分同じ人が文華堂書店に売りに来た気がする。
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状態は良くないですが、こちらは昭和36年(1951年)の模型製作ノウハウ本です。

中はこんな感じ
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まあ、正直そんなに詳しい内容ではない。あくまでも「そこそこ」の模型を作る為のノウハウ書ですが「模型とラジオ」を子供の頃耽読していた私としてはこういう本はワクワクするんです。
というか昔の本はイラストが満載である意味今の本より豪華だね、分かり易いかどうかは別として。

さらにこの本も同時に買った、これも同じ売却主だろうか?
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戦前、と言うか戦時中(昭和16年=1941年)に出版された模型製作の本。出版社は戦後に「子供の科学」を出版していた誠文堂新光社。

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結構キレイな写真が載ってたりする。

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「あー、船体の曲線の作図はこうやってするのか」と思ったり

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貨物船とかの甲板に設置されているウィンチの解説がある、こういうのは軍艦模型の本にはあんまり無いなぁ、と思ったり。

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これは木材と紙で作るゴム動力の模型船の図面です。

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船体喫水線下の表面積を求めたり、そこから船体の水流抵抗値や速度を計算式で推測したりと基礎の造船工学的な記事が載っています。コレを読んだ子供たちが将来立派な造船技師になれるようにという思いをこめたのでしょうか?それとも戦時下に趣味の模型製作の本を出すのも気が引けるので実用的な記事を入れたのでしょうか?

まあ、ともかく昔の模型事情が伺えて面白い。もう3.4年経ちますかね、これらの本を買ってから。

で、今年に入ってから同じく文華堂書店で入手したのがコレ
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「艦船模型の制作と研究 妙高クラス」です。
不二美術模型出版部による妙高クラスの工作本です。昭和51年(1976年)の本でとうじ4800円でした。コレは5500円で購入、少々傷んでますが随分の掘り出し物です私としては。この本も「世界の艦船」のバックナンバーに広告が載ってまして欲しかった本です。

中身はプラモデル(ニチモ1/500)の改良工作記事と、木材やケント紙を使った大型フルスクラッチ模型の工作方法の記事でして、言うまでも無く後者が非常に興味深い。

木材を積層して船体を作ってます。図面から作った冶具を当てたりして
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船体の喫水線を正確に塗り分ける為の大きな冶具を作ったり

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真鍮材からスクリューを作ったり。
「スゲー、スクリューって自作出来るんだ!」と思ったり。

まあ、そんなこんなで大型精密模型の作り方が詳しく載っている「読むキット」みたいな本なのですよ。
出版元の不二美術模型という会社は船舶模型を作る企業でして、船舶模型と言っても趣味で作るような物ではなくて造船会社が船のオーナーに贈呈するための模型を作ったりする会社ですから「趣味人の為の楽しい模型」というよりは「マジなビジネスの為のガチな模型」を作るメーカーでして、つまりそういう模型製作の為の技術がキッチリ書かれている、らしい。

後日、軍学堂というわりと新しい古本屋さんでコレも買いました
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「軍艦の模型 基礎から実技まで」
昭和46年(1971年)だから上の本より少し前の出版ですな。当時の値段が3500円、コレは9000円で購入。プレ値といえばプレ値ですが当時と今の物価水準を比べると「まあ、仕方ない」かな。

中身はというと
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だいたいこんな具合。詳しいといえば詳しいのですが、ひとつの船を始まりから終わりまで製作する手引きというよりは個々の部分の製作技法を羅列した感じです。

付録に付いてきた防空駆逐艦秋月の図面
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なんというか、大型軍艦模型の自作を学ぶには上で挙げた「妙高クラス」の本をとりあえず作ってみて、細かい部分の工作の参考として「軍艦の模型」模型を読むという風にすれば「最強」かと思います。

「軍艦の模型」には資料集めの方法とかも書いてあるのですが、
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「困ったときには文華堂書店」みたいな事が書いてあります。あそこは昔から「その筋」の人たちのメッカだったのですな。

とまあ、こういう具合に「模型の世界」と言っても広うござんすよ。
最近では「模型」というとプラスチックモデルという事になりまして、模型雑誌もほぼそういう物しか取り扱ってない。こういうノウハウ本を探すとなると古本で探すしか無くて非常に苦労する、というか偶然的な出会いが要る。

なんでそうなのか考えてみれば、大型艦船模型のスクラッチビルドをする人は素材と工具と図面と資料しか買わない訳で、要するに「模型業界」に金を落とさない。
だからまあ、模型雑誌も隠している訳では無いだろうが、模型雑誌を読んでいるだけではこういう情報に接する機会はほぼゼロという訳。

しかしまあ、なんというかプラモデル界から見れば随分と異質な世界です。私が子供の頃はオヤジ達は「プラモデルなんぞ子供だましのオモチャ」みたいな言い方をしていましたが、つまりはこういう世界が存在していたという事ですな。
こういう自作船舶模型の世界というのは「マニアック」とか「ディープ」とかいう言葉では言い表せない気がする。プラモデラーの進化形というよりは、元々の生い立ちからして違うのでは無かろうか。

私が想像するこのような模型製作者というのは、戦前の生まれで実際に大日本帝国海軍の軍艦を間近で目撃した事があり、軍艦好きが高じて模型製作に手を染め、戦後になってから詳しい図面や資料写真が利用できるようになって精密艦艇模型を作るようになった。もしくはそういう人間と接触が有った若い世代とかそういう人達がプラモデルでない素材から真剣に作った軍艦模型の製作者になるのではないかという気がする。

などと思いつつ、いつか私もやってみたいなぁ等と考えたり。

ではまた

「ルーズベルトの責任(下)」読了

ふーい、やっとこさC・A・ピーアド著の「ルーズベルトの責任(下)」を読み終わりました東村山ですこんばんは。

うん、興味深い内容でした。太平洋戦争勃発の原因はアメリカ側にもあったという話は前回も書いたのですが、この本で著者が訴えたかったことはその辺の話だけでは無かったですな。

もちろん我々日本人にとっては日米戦争が勃発に至った経緯というのが非常に重要な関心事で、私としても「アメリカを一方的に攻撃した、卑怯な騙まし討ちをした」という汚名を今なお着せられている事に非常な憤りを感じている訳なのですが、この本はアメリカ人の著者がアメリカ人の読者の為に書いた著作物でしてアメリカ政治の問題点を指摘している。決して日本人の弁護をしている訳ではない。

「戦争をしない」と公約を掲げて当選したルーズベルト大統領は国民や議会に説明せずに外国の首脳(イギリスのチャーチル首相)と示し合わせてナチス・ドイツとの開戦を目論見み、
大西洋における「パトロール行為」(実際にはドイツの潜水艦との戦闘行為)や太平洋上の諸島(外国領土)への軍の駐留などでドイツを挑発したものの、戦争には至らなかったので日本との交渉をわざと決裂させて日本からの攻撃を誘発し、真珠湾攻撃を行わせアメリカを日独伊との戦争に巻き込んだ。

戦争を始めるには連邦議会が宣戦布告を議決しなければならない、つまり国民の支持が必要なのに大統領が独断でアメリカを戦争へと導いた事を問題にしている。

我々はつい歴史上の出来事を「当然の事」として捕らえがちだが、ルーズベルト大統領(及び陸海軍、外交のトップを含む政府首脳)が当時のアメリカを戦争へと向かわせた方法はおよそ民主的とは言えないものだった。
にもかかわらず、アメリカ国民は「真珠湾で騙まし討ちされた」「凶悪なナチスドイツとジャップ共を打ち負かした」という事でルーズベルトを英雄視してしまった。
国民に説明しないままアメリカを枢軸国(日独伊)との戦争に向かわせた事も「先見の明」と解釈して批判しようとしない。

アメリカ憲法の理念は専制政治を防ぐ事にあったのに、ルーズベルトはまるで専制君主のように当時の国民が望まなかった戦争を始めてしまった、とピーアド氏はその辺を大変問題視している。

他の問題点としてはチャーチルと共に発表した「大西洋憲章」は「世界中の全ての国を他国の侵略や圧制から解放する」事を謳いあげているので、アメリカ(とイギリス)は「世界の警察官」を演じなければならなくなった。

その上ヤルタ宣言やポツダム宣言ではナチスや日本以上に侵略的、圧政的なソ連と国際新秩序を作り上げるという大西洋憲章と矛盾する声明を発表している。

ルーズベルトの政策、特に外交政策はアメリカを随分と独善的かつ矛盾した態度の国にしてしまった。

ピーアドがこの本を発表した当時(1948年)はまだ第二次大戦が終わって国民は戦勝気分に浮かれていたからルーズベルト(大戦末期に病死した)を非難する言説に拒否反応を起こした。ちなみにピーアド氏自身もこの本を書き上げた直後に74歳で没してしまった。
この本に書かれたアメリカ政治の変質、その方向性の危険性は戦後アメリカが関わってきた様々な軍事紛争を予見していると思う。

おそらくピーアド氏が心に描いていた「在るべきアメリカ合衆国の姿」というのは、ヨーロッパの理不尽な圧制、抑圧、重税、から脱出してきた移民による、自然にして最低限のルールによって統治される公明正大な社会であり、国家の意思決定が透明な、国家方針が国民の大多数の意志に寄り添った社会だったのだろう。

それがルーズベルトの時代から(それ以前からだったのかも知れないが)一部のエリート達が国の行く末を決めてしまい、国家の安全保障という名目で国家戦略が国民の意思と無関係なところで決まってしまう、古きヨーロッパのような秘密外交とパワーポリティクスの国になってしまった。

もしピーアド氏が今日も生きていたとしたら、冷戦時代とその後の世界の歴史がまるでヨーロッパの専制君主達が覇を競い合った世界となんら変わらない事に、またアメリカがその筆頭プレーヤーになってしまった状況を見て自分の危惧が具現化してしまったことを嘆いただろう。

というわけでこの本は日本人にとっては「日本人の戦争責任」というものを考えさせられる内容だが、ピーアド氏自身の執筆の動機を考えると「アメリカ建国理念の消失」という極めて絶望的なテーマを扱った本であると解釈すべきだと思う。

ではまた

「ルーズベルトの責任(上)」読了

というわけで読み終わりました
C.A.ピーアド著 「ルーズベルトの責任(上)」
もっと時間が掛かるかと思ったんですが興味深い内容で一気に読んでしまった東村山ですこんばんは。

内容はといいますと要するに日本軍による真珠湾奇襲はルーズベルトの思惑にかなった出来事だったという話でして、大統領や政府機関の公式声明や連邦議会の議事録、新聞等の記事を証拠にして戦争反対を掲げて大統領選挙に当選したルーズベルト大統領が、戦争反対の世論を誤魔化しながらナチス・ドイツと戦うチャーチルの大英帝国に肩入れし、アメリカ合衆国をなんとかして対ドイツ戦争に参加させようと努力してきた事が描かれています。
で、アメリカ参戦の為に利用されたのが大日本帝国であり真珠湾奇襲だったという訳。

まあ1948年に書かれていた本だから特に目新しい材料がある訳でもないんですが、当時利用可能だった証拠だけでもルーズベルトの意図と行動方針は明らかだったにも拘らず、アメリカ国民は「リメンバーパールハーバー」で「正義の戦争」大フィーバーの状態で戦後になってもルーズベルトにケチを付けるようなこういう議論を嫌悪するようになってしまったというお話。

中国における経済的権益なんて、どうでも良かったんですなぁルーズベルト大統領とハル国務長官にとっては。ドイツの同盟国である日本が攻撃を仕掛けてくればそれで良かったから対日交渉では思いっ切り過酷な要求を突きつけて攻撃するように仕向けた。
もうね、日本側の戦争回避の努力なんて全く意味が無かったんですよ、アメリカは、というかルーズベルト大統領は始めから日本と交戦することしか考えてなかった。

にもかかわらず、日本の攻撃が奇襲だった「汚い騙まし討ち」だったというそれだけで原爆その他での日本民間人への虐殺行為が正当化されるんだからアメリカ人の正義感というのもその程度のものです。
でもって我々日本人も「アメリカ様」がデッチ上げた「東京裁判史観」を奉って居るのだから馬鹿馬鹿しい話です。

日本語訳が出版されて日本人に読めるようになるまで21世紀まで待たなきゃならなかたというのも、イロイロと何者かの意図が影響していたんでしょうな。

英語が読める人間にとっては昔から分かりきった話だった筈ですが、今まで大して議論もされなかった所を見ると、日本人も結局のところ「アメリカ様」に従って生きたほうが楽だし、という怠惰な生き方をしてきたという話です。戦前戦中は「軍人様まかせ」戦後は「アメリカ様まかせ」で生きてきたのが日本という国な訳です。

まったく情け無い話です、しかしこの情け無さを直視することから始めなければなりません。情けなさを徹底的に直視する事から始めなければ人類普遍の価値観に訴えられる日本人の歴史認識という物は永遠に得られないでしょう。

それにしてもこの本を読んでいて興味が湧くのはチャーチルという人物です。どうやらレンドリース法はチャーチルの要求から生まれたものらしいし、日本を利用してアメリカを参戦させるというのもチャーチルとルーズベルトが相談して決めたことのようです。
チャーチルという人物はヒトラーと戦った英雄的人物と解釈するのが我が日本人の間でも多数派のようですが、チャーチルなる人物が当時の世界をどのように把握し、何を意図して行動していたのか、もっと調べてみる必要がありそうです。

そもそもアメリカ国民の間では植民地支配を強力に推進している大英帝国に対する嫌悪感というものが有ったハズです、第一アメリカという国はイギリスの植民地支配を武力で打ち倒して生まれた国です。
チャーチルとルーズベルトの関係というのは「公認の歴史物語」としては自然なものと見なされていますが、よくよく考えてみると奇妙な関係のような気もします。

だいたい「力による支配を嫌悪する」というアメリカ人がどうしてインドやエジプト、シンガポールを力による支配で押さえつけているイギリスと同盟関係にあるのでしょうか?なぜドイツによる支配は許されなくて、イギリスによる支配は許されるのでしょうか?アメリカという国は主張している事と実際の行動との間にかなりの矛盾がある国です。民主主義を標榜しているアメリカ合衆国は一体誰の利害の為に動いているのでしょうか?本当にアメリカ国民(庶民)の価値観に添うように動いているのでしょうか?
建国以来のアメリカ軍人の戦死者達は一体何の(誰の)為に死んだのでしょうか?

この本はそういう疑問を抱かせる本です、下巻が楽しみです。

ではまた

フランス・イデオロギー を読む

いやぁ、みなさんこんばんは東村山です。
久しぶりに神田の古本屋さんで面白い本を買ったから読んでみたよ

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ベルナール=アンリ・レヴィ の「フランス・イデオロギー」です。

悲しき熱帯のレヴィ・ストロースに続くフランスのユダヤ人作者第二弾ですな。
第二次大戦頃のフランスの思想というか風潮というかそういうものが書いてあるようなので読んでみたくなったんですよ。

ワシら戦車モデラーにとって当時のフランスっていう国は「ドイツの電撃戦によってアッという間に負けた国」
という印象しかなくて、どういう国だったのかどういう社会的事情だったのかとかコレ読んだら多少は分るかなと思ったんですが、そういう範囲を大きく超えた本でした。

どういう内容かと言いますと、フランスには右翼とか左翼とかファシストとか共産主義者とか保守派、革新派とかの括りでは把握する事の出来ない、根強い思想というか思考の傾向がある。それを古今東西のフランス人の政治的社会的発言からあぶり出そうという内容でして、

まあ、かなりフランスの思想家とか政治的主張とかに詳しくないと理解するのにキビシイものが有るのですが、なんとか読んでみた、理解度は60パーセントくらいか?

難しい話は置いておいても、第二次世界大戦頃のフランス人の政治思想に関する記述は興味深いものがあります。私が驚いたのはナチズムの基本的概念の多くはフランスで生まれたものだと言う事ですな。

19世紀後半頃に、「人種に基づく世界観」とか「反ユダヤ主義」とかがフランスで生まれて脈々と受け継がれていった、ヒトラーはそれの影響を受けて彼のナチズムを作ったらしい。

「らしい」ってのはヒトラーとしてはナチズムはゲルマン民族の思想でないと困るわけで「フランス人から貰ってきた」ではマズい。その辺の思想的ルーツをハッキリして置かなかったから戦後になって「悪いのは全てドイツ人のせい」と言う事になって、当のフランスでは脈々と受け継がれてきたファシズム的な思想や反ユダヤ主義は特に断罪される事も無く今まで(1981年の著作)来てしまった、というから恐ろしい話です。

ファシズム思想が生まれたのがフランスで実際にファシズム政権が生まれたのがドイツ、
共産主義思想(マルクス主義)が生まれたのがドイツで共産主義政権が生まれたのがロシア、
という具合に「思想の玉突き現象」みたいになっているのが面白い。

反ユダヤ主義という点についてはフランスはメッカと言う事でナチスドイツ占領時代にはフランス国内でフランス人の手で大々的はユダヤ人狩りが行われてナチスの収容所に送られてきた、実際ナチスが要求する以上の熱心さでユダヤ人狩りをしていたらしい。

フランスのユダヤ人は仕方が無いから、なぜかユダヤ人弾圧をしていないムッソリーニのファシスト・イタリアに逃げ込もうとしまして、ユダヤ人を追ってきた人権の国フランスの警官に対しファシスト・イタリアの警官が人権に関する説教をするという奇妙な光景もあったそうです。
ちなみにイタリアに逃げ込んだユダヤ人達はムッソリーニ政権が続いている間は保護されていたのですが、ムッソリーニが失脚してイタリアの北半分がドイツ軍に占領されると情け容赦なく逮捕されて収容所に送られたというから悲しくも皮肉な話です。

話をフランスに戻しますと、ナチス・ドイツとの戦争に負けたフランスは半分がドイツ占領下に置かれて、もう半分はペタン将軍のヴィシー政権が治めることになるのですが、このヴィシー政権というのが「元祖ファシズム思想」の持ち主達によって運営されてまして、彼らは対ドイツ敗戦により議会政治が機能停止したのを良い事に思うがままにファシズム的政策を実行していたそうです。つまりフランスのファシズムは敗戦下の状況で花開いたという、当時はそういう状況だったのですな。

まあ、なんというかこの本を読むとフランスという国はまさに「思想の伏魔殿」という感じでして、フランス人ってのは随分とヤバイ連中だと感じられるのです。

前に読んだこの本
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デヴィット=アーヴィングの「将軍たちの戦い」を読んでいたら、
「ロンドンの自由フランス軍の将校の一人が『イギリスの』スパイだと言う嫌疑でドゴール将軍によって逮捕され拷問の末殺害された」という事件がありまして、

随分と奇妙な話だと思ったのですが、フランス軍人ってのはそもそむファシスト的な人達だったのですな。「将軍たちの戦い」によるとチャーチルやルーズベルトは自分たちが援助しているドゴール将軍達に対して不信感を抱き「彼はヒトラーの一種ではないか?」と疑っていたそうですが、当たらずとも遠からずだったようですな。

まあ、ともかく私たち日本人はフランスと言うと進歩した思想の国、反ファシズムの国みたいなイメージがありますが、実態はむしろファシズム的土壌の国という面が有る。

「フランス・イデオロギー」によるとフランス伝統のファシズム的思想というのは、風土に根ざした単純な人間関係の社会、反ユダヤ主義、反資本主義、反民主主義、というような特徴だそうです。

考えてみればフランスの国是は「自由、平等、博愛」でして「民主主義」が入っていない。フランス革命の国ですが、その思想的傾向は随分と癖があるというか色々と奇妙な国です。
ほかにも色々とあるのですが、私には上手く書けないから今日はこの辺で。

そういえば昔「クリムゾンリバー」というフランス製アクション映画が有ったのですが、それにフランス人のファシストというのが出てくるのですが昔見たときは「フランス人も色々だなぁ」と思ったのですが、この本を読んだ後だと「ああ、なるほどな」となりますな。

ではまた

雑記 2011年2月1日

う〜、今日は仕事が忙しかったなぁもう東村山ですこんばんは。

フジモトマサル氏の新刊
「夢みごこち」(平凡社)

を買いました、1470円。タイトルの如く夢をみたり夢から覚めたりする少し不気味なお話しの漫画です。

私がフジモトマサル氏の作品に引かれるのはSF要素が有るからかもしれないなぁ・・・

まあ、それはともかく話しがこれだけではナンなんで、最近私が良く見る夢の話でもしようかと、

なんだか駅で迷っている夢を良く見るのですよここんとこ。

見知らぬ駅に居て、どうやって乗り継げば家に帰れるのかなぁ、と考えながら路線案内図やキップ売場、列車の来るプラットホームをあてどなく捜しまくるという夢です。

「明日仕事だし、早く家に帰りたいんだがなぁ・・・」
と考えながら、特に慌てるでもなく彷徨い歩くのです。

行き先の分からない列車に乗っていて、
「この列車に乗っていてはマズいなぁ、どこかで乗り換えないと。
早く停車駅に着かないかなあ。
乗り換えの出来る大き目の駅で無いと困るなぁ」
等と考えるバリエーションもあります。

彷徨うのが駅の中や列車の中だけでなく駅に併設された商業ビル(駅ビル)だったり、駅の近くの商店街だったりもします。

まぁ、ともかくそんな夢を見ながら気が付くと布団の中でボンヤリと目を覚ましたりします。
悪夢って程でもないんですけど、楽しい夢とは言い難い。でもなんだか見終わって少し楽しかったような気がしないでもない。

なんなんですかねぇ、コレ。私には放浪願望みたいなものが有るのかも。

ではまた

フジモトマサル著 終電車ならとっくに行ってしまった  とか

うーぶふぅ、前回長文記事を書いたら疲れちまったい、と3日後にまだ言っている東村山ですこんばんは。

それはさておき私は「フジモトマサル氏」というイラストレーター兼漫画家兼文筆家が少々気になっていたのですな。
いや、まぁ著作物を全て買い漁るほどお気に入りの作家さんって程でもないんですがね、
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随分前になるんですが「二週間の休暇」という漫画本を買って大層気に入っていた。でもって最近「終電車なら行ってしまったよ」という本が出るというのでハートフォードに九四式自動拳銃(モデルガンだよ)を買いに行くついでに吉祥寺の本屋さんで買いました。

「フジモトマサル」という人の名前が本名なのかペンネームなのか分かりませんが漢字で書くと「藤本勝」さんなんですかね?
いや、「ふじもと」と「まさる」を変換して最初に出てきた結果がこうなったんですが。

何が言いたいかというと私が最近買った本の日本人著者の名前が「藤原新也」氏と「フジモトマサル」氏ですから、両方共「藤」が付くのかなぁ・・・

2度有る事は3度有るから次に日本人の著作を買ったら又「藤」がつくのかなぁ、その辺が気になった。まあ、どうでもいいんですけどね。

いや、まてよ。最近買った和書はカマド出版の「日本陸軍の戦車」だったか、ああこの法則は成り立たないや。

まあその辺は置いといて、私が何故フジモトマサル氏の著作に惹かれるかと言うと氏の作品にはなんとなく「ニート感覚」が感じられるからだろうと思う。ついでに言うと石田徹也氏の絵にもニート感覚を感じるから気に入っているんだと思う。

しかしながらこのお二方がニート的な自堕落生活を送っていただろう等と考えるほど私もバカじゃ無い。フジモトマサル氏はあちこちで仕事をしている多忙な作家さんである事を知っているし(最近まで新聞連載小説の挿絵を描いていた)、石田徹也氏は亡くなる直前までひたすら絵を描き続けていたらしい。

私はホントにニート体質なものですから働かずに済めば、ずーっと家に篭ってしまう。でもって気が向いたときだけブラブラしてしまう。
ただ、それが理想の生き方かって言われるとそうでもなくて、必要に迫られて働きに出ているんだけど、結局ニート状態ではなく働いている生活の方が人生を有意義に過ごしているとは感じている。

でもまあ、たまにフジモトマサル氏の本でも読んで甘美な堕落感に満ちたニート感覚を思い出すのも良いものです。

12日のトレジャーフェスタ有明4に行こうかと思います。その辺の事情で当ブログは少々お休みして15日に再開の予定。

今回は(今回も?)あんましイベントレポとか期待しないで下さい、最近なんだかレポる気力が減衰してきた。気になるアイテムの画像を2,3枚載せる程度になるかと・・・

ではまた

カマド出版 日本陸軍の戦車

皆さんこんばんは東村山です、遅ればせながらコチラの本を買いました。
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カマド出版の「日本陸軍の戦車」ですな。

非常に興味深い内容で一気に最後まで読んでしまった、よって今回は(今回も?)作業報告は無し、以上!

という訳にもいかんので、前回の工作の話と絡めて少々、

さてファインモールドの八九式中戦車乙型のこの部分
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これ見てオイラは「前期型車体を出すに違いない」と勝手にワクワクしていたのですが。上記の本によると、
「前期型に比べて後期型のサスペンションは15センチほど下に取り付けられている。」
と書いてある。つまりこのキットの側面パーツでは前期型車体は作れないのですな、側面パーツにサスペンション・ユニットの取り付け基部がモールドされてるから。(まあそれ以前に車体前部の形が全然違うし)

という訳でこの側面パーツで出せるバリエーションは甲型(後期車体)、つまりグムカのキットが再現した車輌という事になる。
前期型車体を出すには主要パーツをあらかた新造する必要があるのですな。

それでも前期型は出る!・・・・・・と思う多分。いやきっとファインモールドの鈴木社長はやってくれるハズだ!
ファインモールドはいつか必ず八九式中戦車甲型前期車体をリリースして四式中戦車のキットも出して、試製一号戦車、九五式重戦車も出して、湖に沈んだ四式中戦車の実車を引き上げてくれるに違いない!

で、まあ話は上の写真に戻るんだけど。やっぱりコレはミスでは無くて甲型後期車体を出す為にワザとやってる気がする。
というのはヒンジを再現するにはリベットを1個削り取ってプラ板細工すれば出来てしまう、さほどテクニックの要る工作でも無い。

逆の場合、すなわちヒンジモールドを削ってリベットを再現するとなるとコレが結構厄介な作業になってしまうのですな、リベットの形と大きさを揃えないと不自然になってしまう。
まあ、そういう訳で「モデラー的に分かってる」処置に見えるのは私だけでは無い筈だ。
・・・いや、だとしたらヒンジのパーツぐらいは入れてくれたか・・・うーん、まあいいや。

ちなみにコレは
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私が前回「雑具箱」と書いてしまったけれど、実はコレ、バッテリーケースだったんですな。カマド出版の本に書いてあったけど。

乙型になってディーゼルエンジンになった結果、始動モーターを回す為に大電力が必要になって増設されたバッテリーを入れるための箱という訳。

でもコレ、ガソリンエンジンの甲型にも付いていたりする(アメリカのアバディーンに展示されている甲型後期型にも付いている)。この場合はどうやら雑具箱として使われていたのではないかとの事。

いやぁ、勉強になるなあ「日本陸軍の戦車」は良い本だ。

工作進んでないのに相変わらずアニメばっかり観ております、
ハートウォーミング・エロアニメの「ヨスガノソラ」から
バイオレンス・ホモアニメの「咎犬の血」まで「大きなお友達用アニメ」は7割方観ている気がする。

私は若い頃は選好みの激しい人間だったのですが最近は歳のせいか何を見ても大体面白く感じられますな。これも年の功か、

ではまた

最近の読書〜「桐生悠々反軍論集」

やあやあどうもどうも、八九式中戦車マガジンキット第2弾を無事入手したのにランナー洗っただけで何もしていない東村山ですこんばんは。

しょうがないから最近読んでいる本の紹介をするよ

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まあ、白状すると10パーセントくらいしか読んでないんだけどね、寝る前とかにちょっとづつ読んでます。

タイトルは

桐生悠々反軍論集  編集・解説 太田雅夫 新泉社

私が買った本じゃ無い、オヤジの「遺品」ですな。まだ生きてるけど

最近私もすっかり「右傾化」してしまったわけですが、そもそも私は左翼的というか東京裁判史観的な戦後価値観の影響を強く受けて育った人間です。「はだしのゲン」と「のらくろ」と「ロボット三等兵」を読んで子供時代を過ごしました。

「X図鑑 戦車」「X図鑑 潜水艦」とか「ジャガーバックス ドイツ機甲軍団」とか「超空の要塞B29」とかも愛読書でした。
だから小学生低学年の頃から私は「避弾径始」とか「トーションバーサスペンション」とか「成形炸薬弾」とかの言葉に親しんでいたので、このような人間になってしまいました。スーパーカー・ブームの時もスポーツカーの名前はサッパリ分からないが戦車の名前は大体分かるという変な子供でした。

話が横道にそれました、話を「桐生悠々反軍論集」に戻しましょう。

私も最近はガラにもなく日本と世界の行く末について考えたりしますから、昔の人間が意見を述べた書物などを読めば勉強になるかと思いまして。
で、まあ「反軍論集」等というタイトルなのでさぞかし「平和主義的」「左翼的」な人間の言説が判るだろうと読んでみたのですが、

「全然平和主義でも何でも無いじゃねーか!」

という内容なんですわコレが。
桐生悠々なる人物がいかなる人物であったかと言うと、1930年代に各地の新聞社の主筆(論説記事のメインライター)とかをやっていた人で、当時としては変わり者だった。

どの辺が変わっていたかと言うと、政府や軍部におもねる事無く自分の思う所をズバズバと書いて行ったものだから、そのスジから敵対しされて新聞社から退社を余儀なくされたりしている。

この本には当時桐生悠々が書いた新聞の論説記事や新聞社を辞めてから自分で出版した論説雑誌「他山の石」に書いた記事が載っている。

これが読んでいて非常に面白い。桐生悠々って人は軍や政府に臆せずに物申しただけであって決して「反戦論者」や「平和主義者」だった訳ではないのですな。
当時の日本の置かれた状況を冷静に捉えて、国益を追求するにはどうしたら良いかを真剣に合理的に考えようとしているだけで、只いたずらに軍部や政府に反抗していた訳ではない。

というか当時はこの程度の意見表明すらも反社会的と看做されていたというのだから、いかに窮屈かつ不条理、不合理な世情であったかという事である。

「反軍論集」などというタイトルが付いたのは東京裁判史観の影響によるものと思われる、戦前社会を全て否定的に捉える昭和世代の左翼的人間たちは軍部に対して言いたい事を言う桐生悠々を「自分達の仲間」と思ったかもしれないが、本人からすればそのような認識は迷惑千番だろう。太平洋戦争が始まる前に他界してしまったのでそのようなレッテルが貼られる事を知ることも無かったが。

まあ、ともかく反戦主義者の意見を期待していたのはハズレたが、戦前の人間が当時の状況をどのように捉え、どのような提案をしていたかという非常に興味深い内容の本である。

興味深いが、この桐生悠々という人は当時としては相当な変わり者でもあったようなので同時の普通人間がどのように世の中を捉えていたのかも興味深い所であるが、さてその辺はどのように調べるべきか・・・

また、特に反体制的とも思えない桐生悠々の著述活動を封殺した当時の「軍部」というものが、いかなる価値観、行動方針において言論に対する統制を行なおうとしたのかも考えねばならないだろう。
この辺については言論統制が「どのようにして行われたか」についての証言は豊富だが、言論統制をした側の思想や行動原理というのが今ひとつ解り難い。この辺も今後の課題である、個人的に。

まあ、ともかくこの「桐生悠々反軍論集」という本は東アジア情勢が再び流動的になってきた今の時代に読むと非常に興味深い、面白い本である。

ところで私が今後の日本社会について望む事、すなわち
「日本人が自国の防衛、国益の追求に関して自主的に考え、行動する。」
という事が実現するには2つの大きなハードルがあると思う。

一つは戦後の日本人の意識にこびり付いてしまった「東京裁判史観」の克服であり、
もう一つは戦前の日本社会を覆っていた不合理を徹底的に洗い出し、何が間違っていたのかを明確化する事である。

戦後の日本人は軍国主義を「呪う」事は一生懸命やって来たが「軍国主義と一体何だったのか」について、その利益、不利益について本当に理解しようと努力しなかったのではないか思っている、私は。

戦前戦中の日本人達、特に軍人達は非合理だったかもしれないが自分達の国を自らの手で守ろうと言う気概だけは持っていた。
戦後の人間は物事を合理的、批判的に考える事は出来るようになったが自分達の安全、利益、誇りを自らの手で守ろうという意識を失ってしまった。
今後日本は「自らを頼りとする気概」と「安全、利益を追求する為の合理性」の両方を持たなければ生き残れないだろう。

私としてはこれらの事について何が考えられるか、何が言えるのかを今後とも考えて行きたいと思っているが、勉強せねばならない事が沢山あるなぁ、まさに「少年老い易く学成り難し」という言葉が身に染みるよ。
コレばっかりやるって訳にも行かないしなぁ。まあ頑張ろう出来る範囲で。

ではまた

ナチスとオカルト

いや〜先日フォーメーションズに活を入れられたのに相変わらず作業が進まない東村山ですこんばんわ。

なんで作業する気になれないのかというと、いや最近暑すぎるじゃないですか。もう通勤して必要最小限の家事を済ますともうぐったりしちゃって、後は撮り溜めたアニメを観たり寝転がって本を読んだりで時間が過ぎてしまうんだなぁコレが。

だいたい東京は過ごし易い気候と言われているけど1年の半分は暑すぎるか寒すぎる気がする。などという怠け者話は置いといて、
大分前に古本屋で買った本をなんとなく読み返してしまった。

黒魔術の帝国―第二次世界大戦はオカルト戦争だった
マイケル フィッツジェラルド (著),荒俣 宏 (翻訳)

あらためて読み直してみると面白いんだこの本は。
どういう内容かと言うと、ヒトラーは若い頃からオカルトに興味を持っていて、ナチスドイツの周りには随分と怪しい連中がうごめいていた、というような内容でして

「ホンマかいな?」と思うような話も多いのですが20世紀初頭から第二次大戦頃までのヨーロッパにおけるオカルト関係の様子が面白い。

まあヒトラーとナチスが行った行為は真っ当な西洋思想からは想像もつかないような行為が多かったので常識で考えても分からない、オカルト的思考で解釈しないとナチズムは分からんよ、みたいな事が書いてあります。

ヒトラーって人は基本的に反キリスト教なんですな。まあこの辺が今でも欧米人の間でナチスが物凄く毛嫌いされている理由の一つなんでしょうけど。キリスト教がユダヤ教から派生したからというのみならず、キリスト教的な戒律と友愛の精神で世の中を導くという発想自体ヒトラーとしては好きになれん、

ヒトラーにとっては力こそが全てで、強力な力を持った選ばれた民族(ゲルマン民族)が世界を征服し、優れたゲルマン人同士を掛け合わせて「純粋なゲルマン民族」の国をつくり、やがて彼らは超人となる。みたいな事を考えていたらしい

またヒムラーが育てた親衛隊も反キリスト教組織で、入隊に際しては怪しげな儀式を行って、親衛隊員の結婚式はキリスト教聖職者ではなく親衛隊の指揮官が執り行っていた、など。

ああ、私ら戦車マニアは親衛隊って聞いても迷彩ポンチョ着てStG44を持っている姿を想像するだけだけど随分と異様な集団だったんだな考えてみると。

現在は反キリスト教的な欧米人というのは極めて少ない気がする。
余り信心深くない人達は多いかもしれないが明確に反キリスト教を主張する人達はまず見かけない(まあ、普段わたしは欧米人に接してるわけじゃないけどね)。

でも20世紀初頭には「唯物史観でキリスト教(というか全ての宗教)否定」の共産主義革命がロシアで成功してるので、当時の方が今よりもキリスト教否定の主張が珍しく無かったようですな。

というか今の方が宗教的には保守化しているのかもしれません、それともナチズムと共産主義の破滅がキリスト教人気を復活させてるのかも。

あとノストラダムスの予言、40歳前後の私たちの世代では子供の頃流行ったアレですな。
欧州では第二次大戦の頃にはすでに人気があったようでして、ナチス側も英仏側も自分達に有利な予言が無いかと頑張って探した。

でも結局ノストラダムスの予言にはヒトラー戦争がらみのモノは殆ど無くて、仕方が無いから両陣営ともせっせと自分達に有利な「予言」を捏造してはビラを印刷して飛行機でバラ撒いていた、
という話がなんだか笑えた。

まあ、とにかく面白い本ですよ。内容が本当かどうかはともかく機会があったら読んでみて下さい、翻訳者の荒俣 宏氏のおかげか注釈も充実していて読みやすいです。

わたしは普段オカルト関係には興味無いんですけどね、普通の歴史関係の本を読んだ方が面白いし。
でも考えてみるとオカルトの主張や物語は非合理かもしれないけれど人間が持つ恐れや願望が盛り込まれている訳でして、そういう観点から見るとたまにはオカルトに関する本を読むのも良いかも知れません。

ではまた

反省は大事だねぇ

すみません、工作はサボってます東村山ですこんばんは

最近はお医者さんに勧められて腰痛予防の為に散歩してるんですよ。
散歩するようになってから腹回りの脂肪が減った気がする、腰痛予防のついでに悪玉コレステロールと中性脂肪が減ってくれたら良いんですがねぇ。

それはさておき散歩の途中で近所の図書館にぶらりと入ってみたのですが図書館行くのも久し振りです。
で、まあ私が行く書棚は歴史か軍事関係でして、軍事部門の本棚で
「証言録]海軍反省会 [単行本] 戸高 一成 (著, 編集) 」

という本を見つけたので借りてみました。非常に興味深い内容だった

この本は戦時中に海軍の中堅幹部だった人達(艦長とか部隊長とか参謀とかをやっていた)が戦後になって集まって大東亜戦争はナゼ起きたのか、なぜあのような悲惨な敗戦となったのかを考えようと集まって意見や証言を出し合い、語り合った記録です。

あくまで中堅幹部だったので最高指導部が何を考えていたのかまでは分からないが、上層部の様子を見ているし現場の様子も見ているという人達なので、その体験談は非常に興味深い内容となっております。

一番興味深かったのは、対米戦を始める前の海軍はアメリカ相手の戦争に勝ち目が無い事を分かっていたにもかかわらず戦争を始めてしまったのはナゼか?という話題です。

この本をの内容によると、どうやら陸軍や右翼がアメリカ相手の武力行使を望んでおり、戦争に反対し続けると2.26事件のようにテロで襲われるのが怖くて勝ち目の無い対米戦争を始めてしまったという、かなり情けない事情だったらしいと、そんな事が書いてある。

海軍大臣がもうすこしハラの座った人物だったら対米戦争は回避出来たのではないか、という意見が書かれていた。

その他の反省点は主に教育、人材育成の面でかなり問題が有ったと。曰く、
○海軍兵学校(士官学校)の卒業成績でその後の出世や発言力が決まるので、上層部に居るのは暗記が得意な人間ばかりで独創性や行動力、強い闘志を持った人間が居なかった。

○その結果、海軍内部は有能な軍人というよりは優秀な官僚型の人間ばかりになってしまい、事なかれ主義の組織になった。また状況の変化を先取りして手を打つ事も出来なかった。

○機関科の人間が海軍中央には登用されない制度になっていて、科学的思考が出来る人間が上層部に居なかった。(ニミッツ提督は機関科から出世したという)

○兵学校の成績が良ければ自動的に出世するので日本の海軍士官は総じて勉強不足だった。
当時外国に行った人の話ではアメリカの士官が一番勉強熱心だったという(士官になっても昇進試験が有ったから)。

とまあ、こんな感じでして海軍内部に居た人達はなるほどこういう点に反省するのか、と感心した次第。
そうだよなあ、何事を成すにしても先ずは人材確保が大事だよなぁ……

かなり重要な本だと思うので買った方が良いかなあ、と言う気がします。どうしようかなぁ

ではまた
 
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