May 08, 2022

2021年 10月 おしらせ・よてい

[2021年10月のお知らせ]
◆ポエトリーカフェ◆
10/24(日)15:00〜17:30〈中原中也 篇〉(定員16名) (← 詳細&お申込はクリック)
 *9/11(土)よりご参加申込み受付開始!  *9/14 定員に達しました。ありがとうございます!以降、キャンセル待ちの受付となります。

Zoomを使った、気さくな詩の学び場です。
今回は生粋の詩人、山口県出身の 中原中也(1907-1937)をとりあげます。

中也は、成績優秀な子ども時代をへて十代より文学に傾倒。短歌作りを始め、文学熱が高じて勉学を放棄、十代中頃より詩作にのめりこみます。ダダ風の詩から、さまざまな思惟をうつくしい調べにのせた〈抒情詩〉へ。30歳の若さで世を去った、早熟老成の詩人がのこした詩集は『山羊の歌』(1934)、『在りし日の歌』(1938) の二冊。かれの詩には、人間の生の原初の感情がぎゅっとつまっているようで。不思議なほど素直に心にしみます。

中也、没後84年のたったいま、かれの詩をみなで読んでみませんか。
この会では、Pippoが作家の生涯を紹介しつつ、みなさまとともに詩をよみ(お一人ずつ朗読、感想など)自由に語らってゆきます。中也をお好きなかたも、気になるけどあまりよく知らない、というかたも大歓迎!(知識・予習なしでもOK)
どうぞ、どなたでもお気がるにご参加くださいね。

◆雑誌掲載◆
◆2021年7月刊、詩誌「季刊 びーぐる」52号(北村太郎)へ、 高階杞一詩集『星夜 扉をあけて』の書評を寄稿しました! 記憶を映写する空のスクリーン。空に明滅するやさしい交信。『星夜』ほんとにいい詩集なのでぜひ。
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◆「詩と思想」(土曜日術社出版販売)2021年7月号〈小熊秀雄 特集〉へ、小文を寄稿しました。以前、開催した「ポエトリーカフェ・小熊秀雄篇」へご参加のかたがたのお声も紹介しています。すごい熱気あふれた特集号で、小熊の批判精神とダイナミズム。強烈な吸引力をもつ詩人だな…という認識を新たにしました。
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◆2/3(水)発売の「anan」2236号 "官能の記憶”特集 内の、「古今東西の詩で味わう、官能」というコーナーにて、官能生をおびた詩歌、10作品をご紹介しています。
(バイロン「いまは、さまようのをやめよう」 /新潮文庫『バイロン詩集』、村山槐多「死の遊び」/『槐多の歌へる』、大手拓次「香料の顔寄せ」『大手拓次詩集』、タケイ・リエ「甘いゼリー」/『ルーネベリと雪』、中江俊夫「(失夢)」)/『伝言』、茨木のり子「恋唄」/『歳月』、北原白秋「邪宗門秘曲」/『邪宗門』、ウイリアム・ブレイク「虎」/『対訳ブレイク詩集』、戸田響子『煮汁』より一首、岡崎裕美子『わたくしが樹木であれば』より一首)
五感と心ではるか遠くへゆけます。お手にとってみてくださいね。
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◆文芸誌「群像」2021年1月号へ、「「弱さの音」を聴く詩歌」と題して、随筆を寄稿しました。
自らの「弱い音」を聴き、おのれの強さに変えた金子光晴の生と詩から、虫武一俊さん(『羽虫群』より)と藪内亮輔さん(『海蛇と珊瑚』よりの短歌、また山崎るり子さんの詩(『地球の上でめだまやき』)を紹介しています。

◆2020年10月刊行!◆
インタビュー集『一篇の詩に出会った話』刊行のお知らせ

◆2015年11月刊行!◆
Pippo著『心に太陽をくちびるに詩を』(詩と詩人の紹介エッセイ集)
(↑ クリックでそのページに飛べます)
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Pippo〈プロフィール〉〈これまでの仕事一覧
おしごと依頼など⇒ mail宛先 tintiro.ivent@gmail.com

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September 17, 2021

Pippo【仕事一覧】2009年頃〜(2021年 9月記)

《雑誌・新聞・書籍寄稿、ラジオ出演、ポエトリーカフェ(講座)ほか》2021年9月記
(*◎=書籍

【2009年】
詩の学び場(読書会)「ポエトリーカフェ」10月〜 開始(現在まで)

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【2010年】
[出張]6月、ポエトリーカフェ〈尾形亀之助 篇〉。火星の庭・前野さんのお声がけで「Book!Book! Sendai」の企画で、@ひつじ屋room仙台 にて開催。

[出張]7月、ポエトリーカフェ〈中原中也 篇〉in鎌倉、城戸朱理さんのお声がけ&協力にて、開催。

★7月、近代詩朗読集・中原中也「てふてふ三匹め」発行(私家版)

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【2011年】
★5月、Pippo編「ぼん・くらーじゅ」刊行(私家版700部・復興支援詩冊子)。

◎[寄稿] 辻元力・藤原ちから編『〈建築〉としてのブックガイド』(明月堂書店)へ、書評エッセイ(『伝言』中江俊夫、『喪の日記』ロラン・バルト、『異国の女に捧げる散文』ジュリアン・グラック/天沢退二郎訳 絵・黒田アキ、『木犀の日』古井由吉、『カンガルー・ノート』安部公房)掲載。
建築としての

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【2012年】
●文化放送ラジオ「くにまるジャパン」内「本屋さんへ行こう!」に初出演。
 (以降、準レギュラーとして、詩と詩人や本の紹介など)

◎[寄稿] 10月、『古本の雑誌 (別冊本の雑誌) 単行本(本の雑誌)へ、「古本ざしきわらしが行く」掲載。
古本の雑誌

◎[読書会・紹介]11月『TOKYO BOOK SCENE (玄光社MOOK)』(東京のブックカルチャームック)の、読書会の項に「ポエトリーカフェ」が紹介・収録される。
TOKYO BOOK

[出張]11月、ポエトリーカフェ武甲書店にて、ポエトリーカフェ〈山歩き〉、秋の遠足篇、開催@埼玉県・秩父。

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【2013年】
●[寄稿]詩誌「季刊びーぐる」18号〈特集 名詩を発掘ー埋もれた宝石に光をあてる 〉へ、福田和夫さんを紹介。

●[寄稿]4月〜しんぶん赤旗にて、詩と詩人紹介エッセイ「心に太陽を くちびるに詩を」月一回、連載開始〜

[出張]11月、ポエトリーカフェ武甲書店にて、ポエトリーカフェ秋の遠足篇〈山と虫〉開催@埼玉県・秩父。

★Pippo詩集『リベルテ』発行(私家版・限定100部)。
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◎[寄稿]「BOOK5」(トマソン社)にて「詩はSFに乗って」連載開始(2013〜2016年12月「BOOK5」最終号まで)。

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【2014年】
[出張]2月、ぼちぼち堂さんのお声がけで「ポエトリーカフェ 杉山平一・西尾勝彦 篇」@奈良県生駒郡カフェ・ファンチャーナ にて開催

★近代詩朗読集 詞華集「てふてふ四匹め」発行(私家版)

●[寄稿]かつとんたろう編「酉ビュート(@らっぱ亭)」(酉島伝法ファンブック)へ、酉島伝法作品にひびく近代詩を紹介する論考を掲載(大阪・文フリにて販売)。

[出張]11月、ポエトリーカフェ武甲書店にて、ポエトリーカフェ秋の遠足篇「風」開催@埼玉県・秩父。

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【2015年】
[出張]j.unionさんのお声がけで「ポエトリー暑中見舞いを作ろう!」(ワークショップ)広島にて開催。

◎11月『心に太陽を くちびるに詩を』刊行 *「赤旗」連載をまとめたもの(新日本出版)
くちびるに詩を
〈登場詩人・歌人〉新美南吉、船方一、室生犀星、竹内浩三、中原中也、小熊秀雄、永瀬清子、串田孫一、吉野弘、河井酔茗、高階杞一、西尾勝彦、山崎るり子、杉山平一、村山槐多、菊田守、羽生槙子、立原道造、黒田三郎、山村暮鳥、草野心平、高田敏子、佐藤惣之助、高見順、吉原幸子、山之口貘、原民喜、高橋元吉、吉井勇、木下杢太郎、北原白秋、山村暮鳥、与謝野晶子、金子光晴、林芙美子、種田山頭火、宮澤賢治、尾形亀之助、大手拓次、八木重吉、千家元麿、金子てい、丸山薫、北村初雄、平木二六、吉塚勤治、森谷安子、竹中郁、宮澤賢治、石川啄木、中原中也、S・ティーズディール/西條八十〔訳〕、森三千代、石川善助、蔵原伸二郎、千種創一

●12月、しんぶん「赤旗」「心に太陽をくちびるに詩を」2013年4月〜 2年半にわたる連載、最終回(終了)
(*単行本が先に刊行されたため、連載三回分〈2015年10月・茨木のり子、11月・リルケ、12月・萩原朔太郎 〉は未収録となった)

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【2016年】
●[寄稿]誌誌「季刊びーぐる(第30号)特集:心に残る言葉」へ、コーカサス地方の小国チェチェンの詩人、ヴィーカ・ジューラを紹介。

[出張]1月、千葉県八千代中央図書館にて、ポエトリーカフェ〈薔薇 篇〉開催。

[出張]4月、新潟「小さな美術館 季(とき)」にて小林春規版画展、『心に太陽を くちびるに詩を』記念講演(&ポエトリーカフェ)

[出張]4月、静岡県・御殿場ロバギターさんにて、ポエトリーカフェ〈パンと本〉開催。

●[寄稿]「BOOK5」(トマソン社)「詩はSFに乗って」連載・第17回にて、最終回。
 (⇒ web「シミルボン」にて地味に継続中

[出張]10月、京都・croixilleさんにて、ポエトリーカフェ〈少年・少女篇〉開催
[出張]11月、千葉県・我孫子NorthlakeCafe &booksにて、ポエトリーカフェ「鳥」篇開催。
     (海津研さんの個展と併催)

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【2017年】
◆1月〜《新潮講座》詩の学び場「ポエトリーカフェ」を、神楽坂の〈新潮講座〉にて月一回、開始(2018年12月まで、2年受け持つ)

●[対談]雑誌「CREA」(2017年4月号)へ、古谷田奈月さんとの対談が掲載。
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●6月、「週刊新潮」(6月1日発売/6月8日号)「結婚欄」に宮内と掲載される。

[出張]7月、山梨県・都留市バンカム・ツルにて、ポエトリーカフェ山崎方代篇 開催。
(★グレアムペンギンさんの参加の記「嘘の中に? ポエトリーカフェ(山崎方代)〜」 
 ★青柳しのさんの参加の記「ポエトリーカフェin 都留 山崎方代篇〜」)

◎[対談]10月、単行本「小説BOC」7号(中央公論新社)へ、宮内との夫婦対談が収録。
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[出張]10月、ブックマーク名古屋の企画にて、名古屋・シマウマ書房(with星屑珈琲)で、ポエトリーカフェ〈本と本屋篇〉開催。

●[寄稿]12月「本の雑誌 」2017-12〈特集=人生は「詩」である!〉へ、「たくましき近代詩人たちに学ぶ、今を生きるための処世術」(与謝野晶子、金子光晴、草野心平、山崎方代紹介)掲載。
本の雑誌 人生は詩

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【2018年】
◎[寄稿]3月、西尾勝彦詩集『歩きながらはじまること』(七月堂)へ、解説寄稿。
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●[寄稿]文芸誌「新潮」2018年11月号へ、古谷田奈月『無限の玄/風下の朱』書評寄稿。
新潮 2018年11月号

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【2019年】
[出張]3月、小金井市公民館・緑分館にて、ポエトリーカフェ「春と桜 篇」開催。

●[鼎談]5月、中本速『弁明』をめぐる座談会に参加(フリー冊子「弁明」に収録)。

●[寄稿]12月「女性のひろば」2019年12月号へ、「詩の気さくな学び場・ポエトリーカフェ」掲載。

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【2020年】
しんぶん「赤旗」の「読者の文芸〈詩〉」欄の選者を担当(任期 〜2021年12月まで)

●[寄稿]1月、詩誌「季刊 びーぐる」46号〈特集 淵上毛銭〉へ、淵上毛銭詩論「生を奏でつづけた詩人」掲載。

◆2月、コロナにより「詩の学び場・ポエトリーカフェ」を一時休止

◎[寄稿]3月 電子書籍・西崎憲 編『コドモクロニクル』(惑星と口笛ブックス 0035)に、子ども時代の思い出をつづったエッセイ「わたしのヒーロー」寄稿。
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★7月、Pippo編『好きな詩 in 古書ますく堂』(私家版)発行。
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●[寄稿]7月、詩誌「ガーネット」91号へ「今、わたしの関心事」寄稿。

◆8月、詩の学び場「ポエトリーカフェ」再開!(ZOOM・リモート開催)(〜現在まで)。

◎[対談収録]9月、瀧井朝世編『ほんのよもやま話 作家対談集』(文藝春秋)へ、古谷田奈月さんとの対談(「CREA」)が収録
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◎10月 インタビュー集『一篇の詩に出会った話』刊行(かもがわ出版)
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◆聴き手 Pippo【インタビュイー】西加奈子/穂村弘/後藤聖子/加賀谷敦/前野久美子/出光良/能町みね子/辻村深月/右手新土/青柳しの/宮内悠介


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【2021年】
●[寄稿]1月、文芸誌「群像」2021年1月号 へ、随筆「〈弱さの音〉を聴く詩歌」を寄稿。
(金子光晴と山崎るり子の詩、藪内亮輔・虫武一俊 の短歌を紹介)
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●[詩歌 紹介]2月「anan」2236号 "官能の記憶”特集「古今東西の詩で味わう、官能」というコーナーにて、官能性をおびた詩歌、10作品を紹介。
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(バイロン「いまは、さまようのをやめよう」 /新潮文庫『バイロン詩集』、村山槐多「死の遊び」/『槐多の歌へる』、大手拓次「香料の顔寄せ」『大手拓次詩集』、タケイ・リエ「甘いゼリー」/『ルーネベリと雪』、中江俊夫「(失夢)」)/『伝言』、茨木のり子「恋唄」/『歳月』、北原白秋「邪宗門秘曲」/『邪宗門』、ウイリアム・ブレイク「虎」/『対訳ブレイク詩集』、戸田響子『煮汁』より一首、岡崎裕美子『わたくしが樹木であれば』より一首)(*バイロン、村山槐多パートだけ :webに掲載 

●[寄稿]7月、詩誌「詩と思想」(土曜日術社出版販売)2021年7月号〈小熊秀雄 特集〉へ、小熊秀雄についての小文掲載(ポエトリーカフェ・小熊秀雄に参加のかたがたのお声も紹介)。
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●[寄稿]7月、詩誌「季刊 びーぐる(特集 北村太郎)」52号へ、高階杞一詩集『星夜 扉をあけて』の書評掲載。
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書評コラム「シミルボン」サイト

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June 21, 2021

[西條八十の人と詩 枠十を知る三冊の本たち(西條嫩子・八束による「父・西條八十」)

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西條八十(1892‐1970)
詩人/翻訳家・評論家

このところ、西條八十を知る手がかりとして、国書刊行会の『西條八十全集』(全18冊)を繙くかたわら、家族などの近親者・研究者の書いた評伝(筒井清忠『西條八十』)、八十自身による自伝などを読みふけっていたのだが。良い面もよくない面も含め、八十がじつに人間として面白く。また詩人らしい魅力にあふれていて、その生のエピソードの数々にとても心をひきつけられた。八十は24歳で晴子と結婚し、嫩子(ふたばこ)、八束(やつか)(次女・慧子さんも出生したが三歳にて逝去)を授かり、深い愛情を注いだ。
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〈晩年の八十と晴子〉       〈八十と嫩子と八束〉

嫩子さん、八束さんは八十の亡きあと、「父親・西條八十」について書いたものを二人とも出版している。そのいずれもが父親への尊敬と愛情(と同時にきびしいまなざしも)に満ちていて、温かな心持になった。せっかくなので、それらの本を紹介したい。

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●西條嫩子(1918‐1990)『父 西條八十』(1975年刊)
「図書新聞」に長期連載→八十の没後にまとめた娘による「父・西條八十」の面影をたどる評伝風エッセイ集。詩人・作家である嫩子さんのあざやかな筆致で、在りし日の八十が生き生きとよみがえってくる。八十と恩師・吉江喬松との出会い、八十が文学の道へすすむまで、兄との禍根やのちの苦しい生活、「赤い鳥」で活躍していた頃、フランス語教師となった頃、北原白秋・北村初雄・生田春月との思い出や、傾倒したイエーツ、コクトー、ランボオのこと、パリ滞在時代、歌謡曲作詞家としての多忙な生活、著作権者の権利のために奔走した頃、etc… 単に「父の思い出を語る」というのを超えて、詩・童謡・翻訳・作詞等、多面的に才能を発揮した八十の「人間」としての喜びや苦悩がさまざまな場面で浮かび上がってきて、じつに味わい深い。

八十は詩人としては一流でも現実生活者としての才能はまるでなかったらしい(また恋多き男でもあった)。そんなかれを心より敬愛していた、妻の晴子さんが面倒な雑事の一切をひきうけて、かれが仕事に専念できるような環境を作りつづけていたようだ。いや、晴子さん、ほんとにすごい…。もっと怒ってもいい局面でもまったく怒らない。マジで苦労がしのばれる。

嫩子は本書のなかで、こんなふうに述べている。
「西條八十を語るのは、私にはふさわしくない。父についてどのように語ろうとも、けっきょくは、血のつながりを通じてしか、父を見ることができないからである。こういう私自身も例外ではないが、この人生の長い歳月、私はどんなに多くの偽善的な生き方を見てきたことであろう。
 父は、偽善者ではまったくなかった。世間の誤解などつゆ心にかけず、むしろ誤解のなかに身をさらされるのを本懐としてきた感がある。いわば、人生にこわいものなしといったほうがよいのかもしれない。
 最後の冬、父と私は伊豆のあるホテルで昼食をとったことがあった。その時、たまたま、私どものとなりの席に、政界の著名人であり、また、文学にも造詣の深い某氏がいたが、父はまるで気が狂ったかのようにその人のことを批評しはじめた。(略)まったく辛辣な批評をした。父の声は、かん高く、遠くまで鳴りひびくのである。私ははらはらした。そして父が奔放直情のフランスの詩人、アルチュール・ランボオの奇異な生活を愛しぬくのが、なんとなく解ってくるような気がした。また、純粋詩と大衆詩の区別をしない理由も、ふと、感じられてきた。私は、なぜか知らず、父のそういう悠々たる人生の偽悪者の性格に惹かれているのである。」


わがまま気まま、天真爛漫で大きな子どものような八十は、きっと敵も多かっただろうが、かれの信念にもとづいたその率直な言動に惹かれ、かれを愛した人間もまた多かったのだろうなと思った。そして、岡本太郎の言葉「誤解される人の姿は美しい」という言も想起した。「誤解」って何なんだろう? おそらく、それは人に対して良く見せようと体面をとりつくろったり、そういうことが出来ない人間が往々にしてうけるものだ。理解を求めない、おのれの信じた道をゆく。八十はそうすることによって、かれの「芸術」を守りぬいたのかもしれない。そして、そんな八十を嫩子さんは理解し、愛していた。それを知れただけでも本書を読んだ意味はとても大きい。


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西條嫩子『父 西條八十は私の白鳥だった』(1978年刊)

こちらも嫩子さんの著書。先の本の3年後に刊行されたもの。父親との思い出とともに、夫・三井氏を不可解な失踪事件で亡くした、嫩子さん自身のくるしい生(この事件は衝撃だった。いったい何が起こったのか、その真相は未だ不明)もえがかれる。そして、西條八十について。詩人・人気作詞家として活躍、音楽著作権確立へも情熱的な献身をした華やかな日々ののち、1960年に愛する妻・晴子を亡くした八十の孤独な晩年に焦点があたっている。

思ったのだけど… 晴子さんは八十をのこしてこの世から自分が去ってしまうこと、「あの人、ちゃんとやっていけるのかしら」ときっと心配だったに違いない。
妻亡きあと一人でくらす八十の姿について、嫩子さんによる印象的なエピソードを引こう。
「母亡きあと、父を訪れると、あれほど昔はのんびり外出ばかりしていた人が、ほとんど部屋にばかりひきこもっている。現在は、母の仏間になってお線香の匂いのただよっている居間の隣の書斎で原稿を書かない時は、テレビの画面ばかりみつめている。きびしい寂しさに耐えている目つきである。最近はなにかの用事で出かけることはあっても、ニ、三時間もすればすぐにもどってくる。みんなが会いたがっていてもなるべく避けて、一人っきり家にこもっているのが唯一の憩いらしい。
「はるが生きていた頃は、俺はあれに甘えて外を楽しんでいた。はるに耐えさせた寂しさだけを耐えなければ…」
 という父の顔は、ここニ、三カ月の孤独の影でめっきりふけた。
 (略)
 居間のテレビをいつもわびしげに見つめていた母と、今は隣の書斎にうつされたかつての母愛用のテレビにいつも向かいあっている父。おそらく四、五カ月の時差で、これほど愛しあい苦しむ人々が永遠にとりもどせない寂寞の姿をさらしあっているのだ。この二人をいま一室に集め得たらまたとない幸福の図を描くことができるのだが、母はすでに仏壇に白布に包まれた小さい箱に入っておさめられているのだ。」


 生前の晴子さんが外出好きの八十の留守に日がな、見つめていたテレビ。その孤独を思い、一人きり、日がなテレビを見つめる八十。なんと切ない光景だろう。八十がのびのびと好きな仕事や生活をしていたのは、八十が雑事にわずらわされぬように細やかな配慮をつづけた晴子の精一杯の支えがあったからだ。「大切なものは、失ってからようやく分かる」とはいうものの、生きているあいだに、もう少し気づいてほしかったな、と思ってしまった。時は戻らない。かたわらに居る人は、永遠にいてくれるわけではないのだ。


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西條八束(1924‐2007) 著/西條八峯 編『父・西條八十の横顔』(2011年刊)

 こちらは長男の八束さん(大学教授)が長きにわたって八十について書きのこしていたおびただしい量の原稿を、2007年の八束さんの没後、八束さんの子・八峯(やお)さんが編纂し、刊行したもの。八十の息子さんが思いを込めて書き継いだ未完の原稿を、お孫さんが編纂したのか…と、まず深い感慨に包まれた。そして、見事な編集にうなった。西條八十の来歴・出生から、結婚、子どもたちとの生活や、詩・歌謡曲作詞などの仕事。パリ時代のこと。八十にとって大切な思い出のひとびと(中山晋平・金子みすゞ・大島博光 ほか)について…などが、分かりやすく順をおってまとめられている。「西條八十」の輪郭を知るのに最適な入門書だと感じた。また、この本でうれしいのは、たくさんの貴重な資料写真が掲載されていること。これだけの写真・図版を集めるのにどれだけの根気と労力を必要としたことだろう。

 八束さんによる文章「パパとお母さん」の始まりを引く。
 「父のことをすべて引き受けていた姉が、五年近く前(1990年)突然他界した。父の子といえば、私しか残っていない。詩のわからない不肖の息子も、父の世界と無縁でいるわけにはいかなくなった。進行中の父の全集のことを藤田圭雄先生にお願いしたのをはじめ、何人かの方々のご厚意に甘えて、何とかやっているのが実情である。
 私の家では父のことは「パパ」、母は「お母さん」と、生涯、いや二人とも亡き後も呼んでいる。これはわが家の雰囲気をよく示している。父は毎朝パンとコーヒーですまし、母や子どもはみそ汁とご飯に漬け物を食べていた。父のそのような生活は二年間のパリ留学で身についたものである。」


 八束さんの語る「父・西條八十」の面影。すこし変わった家族の風景もほのぼのとうかんでくる。そして、母親・晴子さんについても書いている。
「母は、愚痴を言わない人だった。困ったこと、不愉快なこと、すべて心の奥深くしまって、表に出さなかった。父の女性関係も大きな心労であったろうが、弟子たちの世話、親戚のこと、さらに父の原稿料から印税、年度末の税金の申告まで、すべて母が引き受け、父はそのようなことで心を煩わすことがほとんどなかった。(略)母の死後、父も含め私たちが最も悔やんだことは、あまりに母の健康への配慮が足りなかったことである。子どもの頃から病身だった私は、それまでにどのくらい入院したか数え切れないほどだし、姉も結核での入院生活は長かった。それにくらべて、母はお産以外に入院したことはなかった」。
 晴子さんの影の助力と家族への深い愛情がここでもまた明かされていた。

 また八十が当時、フランス語の講義を受け持っていた、早稲田大学仏文科の生徒であった大島博光さん(詩人・翻訳家)について。八十と大島さんの文学をつうじての熱気のこもった交流や、八束さんご自身の大島さんとの交流も記されていて。とても素敵だったので、こちらも少し。
「大島さんは、父の思い出を西條八十全集の『アルチュール・ランボオ研究』の巻の月報に書いてくださっている。大島さんは、1931年に早稲田大学仏文科に進学され、1934年3月にアルチュール・ランボオ論を書いて卒業された。審査の際、吉江喬松先生は気難しい顔をしておられたが、父は微笑みながら講評していたという。父は大島さんのフランス語力を高く評価しており、翌年3月から父が主宰していた詩誌「蝋人形」の編集をお願いし、1942年の廃刊まで続いた。(略)「蝋人形」の編集は、大久保駅に近い、私の家の茶の間で行われていた。大島さんは、父が出かける前のひととき、書斎でランボオ談義をして、「ランボオはさぞつきあいにくい男だったろうね」と言った言葉が耳に残っていると書かれている」。

 心酔するランボオを語り合う師と生徒のほほえましい光景が浮かびあがってくる。そして、主宰する詩誌「蝋人形」の編集を任せるとは、八十が大島さんに対して、どれだけの信頼と期待を寄せていたのかもうかがえる。この自宅で行われていたという「蝋人形」編集作業。大島さんは、1935年から1943年まで、毎日のように八十宅に出勤(?)していたそう。おそらく戦争によって、その幸福な時間は中断を余儀なくされたのであろう。
 八十はアルチュール・ランボオについて「僕の詩とは正反対だが、なにより自分はかれの人生・人間像に惹きつけられた」と言っている。ランボオといえば直情径行、素行不良で出禁になった酒場も多数あるという一説もあるが、かれもまた自分を曲げず、誤解をうけつづけ、その詩を永遠のものとした、類まれなる詩人だったと思う。八十が強く憧憬をおぼえた点もきっとそこにあったのだろう。

 かんたんに紹介するつもりがずいぶん長くなってしまった。さいごに、西條八十のお孫さんである、八峯さんの本書あとがき(2011年に記された)から一節をお伝えする。

「2007年寒露の朝、香りはじめた金木犀の枝を父・八束の枕元に運びました。茜色の夕空に旅立つ父を見送る日となりました。その頃、完成を心で約束した本です。
 以来3年半、私たちは千年に一度と言われる災禍の中に身を置くことになりました。大震災と津波、原子力発電所のいつまでも終わらない事態。このような今こそ、大正昭和の乱世を生き抜いたひとびとの記憶は、悲しみに足元をすくわれぬ力を私たちに与えてくれるものと信じます。
 
 祖父・八十は口癖のように言いました。「芸術は泥沼に咲く蓮の花なんだよ」」



pipponpippon at 16:46|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

June 16, 2021

[新美南吉 文学さんぽ その] 安城高等女学校時代と南吉の最期

[新美南吉 文学さんぽ その] 杉治商会時代 のつづき

碓他觜眦女学校(現 桜町小学校)PXL_20210410_080511093.PORTR
【安城高等女学校(現 安城市立・桜町小学校)】

1938年4月、24歳の南吉は、恩師・遠藤慎一と佐治克己のはからいで、佐治の校長をつとめる安城高等女学校の正教員となる。月給は70円。家族も大喜びで、かねてより憧れの女学校勤務となった、南吉の喜びはいかばかりだったことだろう。一年生(56人)の担任と全学年の英語を担当。どの先生よりも学校に早くゆくことが新美先生の日課だったという。女生徒たちの作文も熱心に指導した。
〈4年間担任をしてもらった19回生の生徒たちの声〉

入学したての頃、先生は、外に出て運動場の周りを歩きながら、「空はsky、色はblue」、木にふれては「tree」、お花の好きな先生は、小さな花を摘んでは「flower」と、こんなふうに教えてくださいました。体や皮膚で感じる、とても楽しく覚えやすい授業で、私はそれからずっと英語が好きになりました(加藤千津子)。

安城高等女学校に転校して間もなくの頃、新美先生に「君の作文は、どこを読んでも『少女倶楽部』の写しだ」と言われました。「書物臭が漂っていて、ちっとも面白くない。これじゃだめだ」と。じゃあどうしたらいいのかと、子どもながらに迷いましたけれど、先生のお言葉を聞いていますと少しずつわかって来ました。まずよく見て、自分の言葉で表現しなさいと、借り物の言葉ではだめだということだったんです(大村博子)。

私にとって作文を書くのは、決して楽しいことではありませんでしたが、批評の時間は大変待ち遠しいものでした。先生は、書けない生徒の作文も丹念に読んでくださり、一か所でも良いところがあれば見落とさず、「書き出しが上手い」とか「表現が上手い」とか言ってくださったからです。(略)先生がたった一行でも褒めてくださると、何故かなと考えてみます。そして、ああ、ここは私がありのままを自然な思いで表現して書いたところだ、ということに気付き(それは先生の作文指導の理念でありましたから)、一層嬉しくなったものです(本城良子)。

(新美南吉記念館発行『「生誕百年 新美南吉」』より引用)


「まずよく見て、自分の言葉で表現しなさい、借り物の言葉ではだめ」。
「ああ、ここは私がありのままを自然な思いで表現して書いたところだ、ということに気付き」。

これらの生徒のかたがたの声をみて、ふっと思い出されることがあった。
それは、十代の新美南吉が憧れてやまず、投稿を繰り返した児童雑誌「赤い鳥」主宰の鈴木三重吉の言葉である(ちなみに当時、南吉の「窓」「ひかる」はじめ詩・童謡が二十三篇、童話「ごんぎつね」「正坊とクロ」「のら犬」などが「赤い鳥」に掲載された)。

「赤い鳥」(1918年7月)創刊に際して、三重吉の記した文章はこんなふうだ。
「巻末の募集作文は、これも私の雑誌に著しい特徴の一つにしたいと思います。世間の少年少女雑誌の投稿欄の多くは厭にこましゃくれた、虫ずの走るような人工的な文章ばかりで埋っています。私たちは、こんな文章をみるぐらい厭なことはありません。私は少しも虚飾のない、真の意味で無邪気な純朴な文章ばかりを載せたいと思います。(略)どうか文章の長短にかかわらず、空想で作ったものでなく、ただ見たまま、聞いたまま、考えたままを、素直に書いた文章を、続々お寄せ下さいますようお願い致します」。

《ただ見たまま、聞いたまま、考えたままを、素直に書いた文章を》。
三重吉のこの言葉は、新美南吉の「文学観」としてそのまま育まれ、生徒たちに伝えんとしたこと、そのものであったように思う。誰かの心からの願いが、ほかの誰かの胸に響いて、それを心の芯に据えた人間が、それをまた他の誰かに呼びかける。このすこやかな循環のうつくしさ。

 ******

晩年の1938年から1943年(24〜29歳)、南吉は作品を書く傍ら、安城高等女学校で真摯に教鞭をとっていた。しかし、病気の進行は止まらず、1943年の2月に長期欠勤の為、学校を退職。喉頭結核にて、3月に永眠した。

さいごに、1943年2月9日に教え子の佐薙好子宛の書簡の一節を引こう。
「たとひ僕の肉体はほろびても君達少数の人が(いくら少数にしろ)僕のことを長く憶えてゐて、美しいものを愛する心を育てて行つてくれるなら、僕は君達のその心にいつまでも生きてゐるのです」(新美南吉)。

2021年。南吉さん。あなたの亡くなって78年めの春、あなたがのこした詩や童話を多くのかたとともに読み、その心にある風景を思いながら、楽しく語らう会(4月5月)をもちました。あなたが居なければ、生まれなかった豊かなひとときでした。ありがとう。 (終)


nankichi


記:2021年の2月と4月に行った、愛知県知多半島(南吉のふるさと半田市)を中心とする新美南吉文学さんぽ(及び、釣り)。現地に不慣れな自分に、名古屋在住の友人、綱島さんとゆかちゃん&タムさんファミリーがたびたび同行してくれました。これが、どんなに楽しく心強かったか。パンデミック下の忘られぬ思い出となりました。感謝。










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May 06, 2021

5/2(日)Zoom開催「第130回 ポエトリーカフェ〈リターンズ! 新美南吉 篇〉」より

前回【4/25(日)開催「第129回 ポエトリーカフェ〈新美南吉 篇〉」より】のつづき

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[新美南吉記念館(愛知県半田市岩滑)]     [zoom開催のようす]

4/25(日)にZoom開催した〈ポエトリーカフェ・新美南吉 篇〉がご参加募集から1日で定員に達してしまったため(数人のかたより「要綱を見にいったら、もう埋まってた」と)…
5/2(日)に〈リターンズ!新美南吉 篇〉として二回目を開催いたしました。こちらの会も初参加の6名さまをまじえ15名の皆さんと、新美南吉の短い生をたどりながら、詩・短い童話₍物語詩₎を朗読、感想・意見などかわしあい。ときに現地写真などはさみつつ、楽しく終了しました。

そしてこの回には、4月の半田市再訪時にお目もじが叶って、ご挨拶した、新美南吉記念館の館長・遠山光嗣さんもご参加くださいました。なんということでしょう…
じつは南吉記念館でお話をした際に、南吉にまつわる事柄について、遠山さんに幾つか質問をさせていただいたのですが。広大な知識とまた南吉に対する深い愛情と理解にもとづいた、そのおこたえに心からの感銘をうけたのでした。

〈ポエカフェ・リターンズ! 新美南吉篇〉の始まりの遠山さんのご挨拶
「南吉記念館でも〈童話の読書会〉はやっていますが(現在はコロナ下にて休止中)、それを詩でやると、どんな感じになるのかな、それは面白いだろうな、いちど覗かせていただこうと。皆さんのお話を今日はきかせていただきたいと思います。もし、わたしで分かることであれば、何か、おこたえ出来ることもあると思いますのでご質問いただけたらと思います」。

会は前回と同様、作成した年譜・テキスト(詩・童話37作品)をもとに。
Pippoが南吉の生涯を紹介してゆきながら、その生のときどきに書かれた作品を皆さんに一作品ずつ朗読いただき、感想など自由に語らうというふうに進行してゆきました。人生パートは省略しますが、以下に会のようすを、皆さんの南吉作品へのお言葉を軸に、そして、せっかくですので遠山館長さんのお言葉と、わたし(Pippo)の発言も少し付記します。
*作品にはリンクをはっていますので、気になるかたは読んでみてください

南吉の生涯について(新美南吉記念館HPより)】*ご参考に

●詩「詩人
(朗読:フリーライター。俳句・詩・小説の創作もなさっている Iさん)
Iさん「わたし俳句をやってるので、これをPippoさんにピックアップしてもらったときに、ああ、芭蕉とかあげちゃうんだ、と思って(笑)。これって要は、芭蕉、良寛、西行とかと自分は同じ分類だよ、自分もそういう人間だよってことですよね。そういうふうになりたいというか、強い願望をいだいているのかな、と。自分も作品を書いているから分かるんですけど、素直にそういう思いを、こんなふうに言葉にできるって、出来そうでできないことなので、気持ちよく読めますよね。みんな格好つけて書く人が多い中で、ちゃんと自分の気持ちを素直に、読みやすい形で書いている。その南吉の素直さ、まっすぐさが魅力だなと思いました。ほかの詩とはちょっと違うと思うんですけど、彼の心をみるようなかんじで、すごく楽しいですよね」。

Pippo「強い意志の発露が言葉にあらわれていて。こういう心情をどこか客観的に述べているっていうのも面白いなと。これ、じつは中学三年、15歳のとき書いてるんですよね」。

Iさん「そう! さっき小学校卒業時の送辞ですごい一句(たんぽぽのいく日ふまれて今日の花)を詠んでて。小学校でこんな句を詠めるなんて、天才だなと思ったんですけど。まあ中学生とかで〈詩〉にめざめる人って、少し大人びてますよね。そういう一面もここにはあらわれてて、背伸びしてる部分もあるというか。はじめの「暗黒の中に一点の光を見つける」とかも、中二病? っていうか(笑)。〈詩〉とか暗いところに格好良さを見出すみたいな。「詩趣を見出さなければおかない俺だ」とかも、格好いいな、かわいいなって思いました」。

遠山館長さん「15歳の作品とご紹介くださったとおり、これ南吉は中学生のとき書いてるんですよね。「柊陵」っていう半田中学の校友会誌に載ったものなんですけど、同級生たちみんなが読む雑誌です。中二病っていうのに笑ってしまったんですが、確かにそうかもしれなくて。すごく、こう自己顕示の要素も強いですよね。おれは、こんなこと考えてるんだぞって、少しひけらかしてるところもあるような」。

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●詩「ひかる
(朗読:版元の会社員。実家に復刻版「赤い鳥」が第二期もふくめ全巻あって、いつのまにか親しんでいたというMさん)
Mさん「やあ… 中二病からは一歩抜け出たというか(笑)。わたし、これは「赤い鳥」誌上で読んでいたんですけども。向日的な、お日さまに向かう伸びやかさを子どもに求める気持ちもこめられているのかなと。子どもたちに接する仕事をするようになって、子どもたちにどういうものを自分は共有できるだろう、与えられるだろう、というのを考えたときにすごくいい、先生らしい、あたたかい詩だなと思うんですよね。そして、どことなく、北原白秋のもつリズム感なんかも少しうかがえたりして、すごく好きな詩ですね」。

Pippo「脱皮しましたよね(笑)。こんな表現力を18歳で身に着けていることに驚異をかんじるんですが… この詩は岩滑小学校の代用教員を四カ月くらいつとめた年に書かれています。見ている景色や、南吉の心情がふうっとやさしく浮かんでくるようですね」。

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●童謡「
(朗読:アルバイト・家事手伝いなどなさっていて、新美南吉に関心があって、今回ご参加されたというSさん)
Sさん「複雑な生い立ちであったり、29歳で亡くなってしまったっていうこととか、そういう悲劇的なことを考えずに楽しめる、というとあれなんですけれど。すごくこう、ストレートに心に響いてきました。まだ、死のかげとかそういうのもなくて。いいなと思いました」。

Pippo「そぼくで明るいイメージがありますよね。鈴木三重吉主宰「赤い鳥」に作品を発表するのが夢で創作をつづけていた南吉の、初入選・掲載作がこの「窓」です。当時の「赤い鳥」童謡欄の選者は、南吉の敬愛する北原白秋でした。この入選がどれだけ南吉の自信になり、喜びになったのだろうと想像しちゃいますね」。

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●詩「
(朗読:短歌の創作をされていて、「ごんぎつね」の強い印象が忘れられず、詩も気になって、というEさん)
Eさん「これを読みたいな、と思ったのは。わたし〈神〉というモチーフがけっこう好きで。自分の短歌にもつい、神、神って登場させちゃうんですね。無宗教でキリスト教も仏教も全然くわしくないし、信心深くもないんですけど。でも〈神〉って、そのへんにいるように感じてて、周りから見つけるものなのかな、と思ってるんです。それを、すごくうまく言いあらわしているような気がして。「神」って見えないけど、すぐ近くにいる。この詩は、ノートとかに書いておいて、見返したいような詩だな、って思いました」。

Pippo「〈神〉があらゆるところに遍在しているようなイメージですよね。それを純粋に見つけだしているような。遠山さん、南吉にとっての〈神〉というのはいかなる存在だったのでしょう?」。

遠山館長さん「南吉は、いろんな本を通して古今東西の宗教に関心をもってるんですよ。信心というよりも人間がいろんなことを考えるうえで宗教というのはいい入口になる。そういう意味で、哲学的に宗教のことを考えることがよくあって。また、キリスト教的な神をイメージした作品も書いてはいるんですが、この詩は、もっと〈自然のなかに神はいる〉という日本古来の日本人的な神なのかなと思います。そういう〈神〉がそばにいるのが、やっぱり子どもなのかなと。大人では、こういう〈神〉はなかなか感じられない、大人になってしまった自分が、子どもにかえることで、神を感じられるようになる、そういうことで「私は探そう、その神を、」と言っているのかな、というふうに思います」。

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●詩「月は
(朗読:版元勤務の編集者。童話作家としての南吉しか知らず、生涯や詩を知りたくて、という Aさん)
Aさん「この詩は、情景が目に浮かびます。一篇の童話みたいなあ、と思いながら、いいなあ、と思って選んだんですけど。かいでもかいでもにおうという、というので、月の圧倒的な大きさ、大らかさが感じとれる。誰にでもふりそそぐ月の光を〈におい〉になぞらえていて、すごくあったかいなあ、と思って気に入りました。挿絵とかの絵まで浮かんでくるかんじです」。

Pippo「誰にでも平等にふりそそぐ〈月の光〉が、誰にでもいいにおいだなあ、って感じとれる〈金木犀のかおり〉になぞらえられているの、いいですよね…。南吉は、1940年の日記に「僕の文学は田舎の道を分野とする」と記していて。故郷や田舎の風景だとか、自分の目で見たもの、感じたものを作品のなかにしっかりと反映させているんですよね。それを感じさせるような詩だなあ、と」。

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●詩「
(朗読:名古屋在住の会社員。2018年に南吉記念館を訪ね、以来、南吉の魅力にめざめたという Tさん)
Tさん「面白い詩だなあ、とこれを選びました。それを思って書いていたかは分からないのですが、岩滑の周辺の畑とか田んぼとかに沿う道だったり、お堀だと半田の運河で、丘ならあのへんの山かなとか。南吉記念館の周辺の風景とか思い起こしつつ、風景を頭のなかに思い描きながら読んでました。あと〈道〉が途中でどこかへ行っちゃう… 擬人化されている〈道〉みたいなところもいいなと。止まらないとか、迷わないとか〈道〉が主体性をもっていて、自分ではコントロールできずに、どこかへ行ってしまう、というのが(笑)。〈道〉をなんにたとえたらいいのかなと思ったんですけど、人生とかかな。ただ〈道〉ってかならずしも個人の足跡みたいなものとは違って、いろんな人が歩いたことによって、出来るのが〈道〉だったりもしますよね。そう考えると、もうちょっと集団的な、総意の集まり、というか。こう、世の中全体がどこかに行ってしまう、将来の見通しが立たない、みたいな… そういうところもさいごのほう二行に感じたりしました。あと〈道〉って物語とかにもたとえられますね。南吉って、物語も書いていた人だし、この物語の行方が分からないかんじとか、いろんなふうに読めるのがじつに豊かな詩だなあ、と思いました」。

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●詩「貝殻
(朗読:専門図書館の司書。童話にはいろいろと親しんでいたが、詩も読んでみたくてという Aさん)
Aさん「この貝殻を読んでいて、どうやったら鳴るのかが分からないんですけど(笑)。わたしのイメージでは手のなかに…」

遠山館長さん「(大きめの貝を二つ手にもちながら)お話していいですか? 南吉の鳴らしていたの、この貝、ハマグリなんですよ。知多半島って、海に囲まれていますよね。アサリのようにはザクザクとれませんけども、まあまあハマグリもとれる。貝をふたつ合わせて、この蝶番になっているおしりのところをガリガリ、コンクリとか硬い場所でしばらくこすっていると、削れてきて、穴が開くんですよ。二つ穴があいたとこで、貝殻をかさねて、息吹きをこめて…鳴るかな? (実演)♪ブー ブー(軽快な楽曲)♪ これが南吉が子どもの頃、さびしいときに自分の気をまぎらわせるように吹いて遊んでいたものです」。

(ZOOM画面上の皆さんより、歓声があがる。拍手。)

Aさん「(ニコニコ)。なんというか… そういう貝がらを二つ合わせてしずかに鳴らす、っていうのが、自分だけのための行為というか、個人的な感じがしていいなあと思いました。そのささやかなことを、誰も聞いてなくても、自分のためにやる、というのが。ささやかな、でもだいじなことを、やさしく見守ってくれるような、いい詩だなあ、と」。

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●童話「がちょうのたんじょうび
(朗読:京都で私立の図書館、小学校の図書室にお勤めのTさん。読み聞かせなどで南吉の作品には親しんでいてとのこと)
Tさん「南吉さんの童話には、小さな動物たちが出てくるものがたくさんあって。とてもかわいらしいお話なんですが、さいごに〈仲間はずれはいけないよ〉って話になってないところが、道徳的にはちょっとどうなんだろう、というところもあったりするんですが。そういうところが面白いな、と思いました。あと、がちょうのたんじょうび、とあるのに、がちょうが出て来ないところとかも面白くて」。

Pippo「わたしも同様なこと、はじめは思いました。呼ぶんじゃなかった、って少し冷たい感じがするというか。でも、いたちさんの身体を心配する観点からいうと、持って生まれた〈おならをたくさんする体質〉を限界まで我慢するいたちさん、可哀そうだし、ほんとに残念ではあるけれど、むしろ呼んであげないほうが親切なのかもと(笑)。きっと他にも色んなとらえかたがあると思うんですけれど、全体的にユーモラスですよね」。

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●詩「(無題)大人が
(朗読:中国のご出身で精神科医のIさん。新美南吉は未知の作家だが、詩を少し読み、童話も読みたくなったとのこと)
Iさん「大人が安易に子どもに約束をする。でも、それを破っちゃダメです。これを書いた作者は、とても繊細なかたですね。この詩の背景には、南吉さんの幼少期のこととかもあるのかなと。養子にゆかされたこととか、傷つきやすかったり、大人を信用しきれないようなところがあったのでは、と思います。それと〈遠くの雲をみる〉このさびしい気持ち、残念な気持ちというのには、大人は配慮しなければならないですよね。約束を守れなかったり、子どもをかなしませたときには、やっぱり考え直さなければならない、と思います」。

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●詩「雨蛙に寄せる
(朗読:コロナ下にて、長らくリモートワークをされているという会社員のKさん。童話に親しみ、娘にも絵本を買ったことがあるとのこと)
Kさん「童話を書いている、南吉らしい詩ですよね。石のうえに雨蛙がいる、っていうだけで、すごくやさしい感じがします。それで、前半はとても柔らかく、やさしい感じで書かれていて、途中から「ひとり念(おも)ひて倦みたらバ/いっすんその居をうつすべし」ってあるのは、雨蛙に思いを寄せているし、自分自身のことも重ねているのかな、というふうにも読めました。年譜をみると、1930年代中頃から後半に住まいを移したりしていますし、そういうことも含めて」。

Pippo「描かれているのは、のんびりと春陽にてらされる雨蛙ののどかな風景なんですが。南吉は身体の弱かったこと、病気のこととかもあって、ひとつところに長く勤められないかなしみ、やるせない気持ちって、ずっと抱えていたように思うんですよね。その思いを、石の上の蛙に投影させている面もあるのかなと」。

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●詩「春の電車
(朗読:横浜市「本屋 生活綴方」のお店番などされながら、不登校の親の気持ちを綴ったZINEなども制作。南吉の詩「雲」がお好きという Uさん)
Uさん「この詩、選んでいただいたんですけれど、この詩にしてもらえて、すごく嬉しかったです。とても視覚的に、自分が電車に乗っているときに、窓の外を見ているようなかんじで、いいなあ、と思いました。あと、この電車のガタンゴトンという感じや、子どもが輪がねをまわしてたり、お祭りの笛が流れてくる、音が聞こえてくるような感じとか。これは、南吉が乗っている情景を思いえがいているのかな、と思いきや、じつは乗っていなくて、いとしい人に会いにゆく、心を飛ばして会いにゆく、というような情景なのかな、と思いました。「半島の先なる終点」というのも、ほんとうにそこに終点があるのか。病弱だったこともあるし、とても美しい光景でもあるので、終点が、天国みたいな、もしかしたら架空の場所なのかな、と思ったりもしました」。

Pippo「ああ… いいですね。ただ、架空ではないんですよ。年譜だと 1937年、河和尋常高等小学校の臨時教員をつとめていたときですね。地元の岩滑から河和線に乗って、小学校のある、終点の河和駅までの風景をうたったものです。先日、南吉散歩をした際に、T夫妻と三人で知多半島を南下する河和線に乗って、河和駅まで行きました。(菜の花畑、今も見えるのかな?)ってずっと窓にはりついて動画を撮って。でも今はぜんぜんなくて、一瞬だけ見られました(笑)。遠山さん、当時のこの周辺の風景は、どんなだったのでしょう?」

河和線河和線からみえた菜の花
₍河和線・菜の花畑 /2021年4月₎

遠山館長さん「南吉は菜種畑の出てくるお話を他にも幾つか書いているんですけれど。田舎に日常的な風景としてある、いちめん黄色に染まったその景色を、やっぱり南吉はすごく、うつくしいなあ、と思っていたと思うんです。菜種油をとってた頃っていうのは、田んぼの裏作として菜種を栽培していたところが多かったので。たとえば、岩滑の町から、南吉が通っていた半田中学校とかも 1kmくらいなんですが、そこもいっぱい田んぼが広がっていたんです。そこがほとんど菜種畑で真っ黄色になっていて。岩滑の集落から、半田中学校のほうを見ると、ほんとにいちめん黄色い海の向こうに、中学校がポツンと浮いているみたいな、そんな景色だったそうです。昔の日本って、本当にきれいだったんだよな、いいなあ、と思いますね」。

Pippo「ああ、当時の光景、ほんとに夢みたいな景色だったのでしょうね。河和駅で降りて、三河湾の海沿いを歩くと、水がきれいに透き通ってて。右へゆき、坂道をテクテクのぼっていったら、その河和小学校が今でもありました。上からみおろすと、きれいな海も見える。この1937年て、南吉の人生のなかでは少し、きびしかったころだと思うんですけど。でも、この小学校の臨時教員時代は、うれしく心休まる時間だったんだろうな、と。遠山さん、この詩にある「をみな(女)」って、河和小で出会った、山田梅子さんのことでしょうか」。

遠山館長さん「そうです。梅子さんのことですね」。

Uさん「梅子さんに出会ったのは 1937年で、それを思い出して、1939年にこの詩を書いたということですか?」

遠山館長さん「そうです。最初から、この河和小は一学期だけの約束で勤めて、そのあと杉治商会に勤め、きびしい環境でボロボロになって、そのあと、安城の高等女学校の正教員として採用されて。ようやく自分の生活にゆとりができて、過去を振りかえる余裕が出てきたんでしょうね。杉治商会の前のほんの束の間の幸せな時間だった日々、それをなつかしく振り返っているのかなと思います。でも、ただ詩がぜんぶ、南吉の人生をそのままよんでいるのかというと、そうではなくて。こんなふうにかつての恋人のことをうつくしく書いているんですけど、この人のことも、南吉からフッているんですよね。また次に、別のかたとつきあってます」。

U「恋多き人だったんですね(笑)」。

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●詩「
(朗読:詩作をつづけながら、小学校で子どもたちへの読み聞かせを16年間なさっていた Uさん。南吉の童話はよくテキストで読んでおられるとのこと)
Uさん「さいしょに読んだとき、南吉の父親への手紙のようだなあ、というふうに思いました。父親にたいする敬いの念と相反する、学がない職人である父への軽いさげすみの思いだとか、かなしみの感情というのが見てとれて。東京の大学に行った南吉ですから、生活に窮することはなく、おだやかに暮らしてるんだろう、ということを単純に喜んでいる父親の姿がこの詩から見えてきて。現実のつらさとの乖離にくるしみながら、どうせ、お父さんには話しても分かってもらえないだろう、という思いは、現代の父親と息子にもあてはまるものがあるのかなと、永遠のテーマのようにも感じました。そして、労働者として、父親と同じ手を持つことになる、つらい予兆というか、予感みたいなものを吐露する、終連の言葉がすごく胸に迫ってくる。詩の形態をとってはいますが、逆に父親にいちばん言いたかったことを、ここに集約させて書いているんだろうなと。また、私事なんですけれど、わたしの父も金属加工とかを営んでいる工場の社長だったんですが。こう大きくて黒い、労働者の手をしていて、父の手を見たり、手をつないだりしたときに、とても切ない思いになったことがあって。南吉がお父さんの手をうたったこの詩は、強く印象にのこりました。手っていうのは、人の人生というものを、もっとも表している体の部位なのかな、とそんなことも思いました」。

Pippo「手紙、というのはほんとうにそうですね。南吉は、すごく父親を尊敬しているし、愛してもいる。ですけれど、自分も文学者として身を立てたい、と強く思いながらもお金は稼がなければいけないというなかで、教師としてがんばって勤めていたり。そういう葛藤のなかで、自分の気持ちも分かってほしい、という思いを感じさせますよね」。

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●詩「
(朗読:大学事務の職員。大学時に児童文学のゼミがあり、南吉には親しみのあったという Kさん)
Kさん「この詩をなぜ選んだかというと。読んだときに、すごく静かな情景が浮かんできて。その静かななかで、そっと木にふれる、という情景がいいなって思いました。この詩はすごく、さびしさ、というものが強調して表現されている、と思うんですが、「木のさびしさはあったかかった」というので、木にふれているときは、そのさびしさがあたたかさに感じられる。そういう視点が面白くていいなと。またさいごに「向うに白い雲も見えて」とあって、何気ない一行のようにも見えるんですが、それが入っていることによって空間が広がっている感じがして、そこもいいな、好きだなと思いました」。

Pippo「さびしさ、って、南吉の生にずっと寄り添う〈友達〉というか〈道づれ〉のような身近な存在だと思うんですよね。木もひとりで立っていて、さびしい、っていう思いを持っている。そこで木のさびしさに、ふれて、あたたかくなる。これは南吉の魂と木が魂を交感しあっているからなのかなと。自然に心を慰められつづけてきた、南吉らしい詩だなと思います」。

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●童話「去年の木
(朗読:名古屋の書店「ON READING」のKさん。愛知県の作家ということもあり、色々と縁を感じ、もっと新美南吉を深く知りたいなと思って、とのこと)
Kさん「まず、小鳥と〈木〉のやさしい交流をえがいているように感じたんですけれど。火の中にその〈木〉がいたと思ったのか、それとも、いないと思ったのか、どっちなんだろうというのが最初に思ったことでした。火の中に〈木〉を感じて、こう自分の歌いたかった歌とかを充分に気持ちをこめて伝えられたから満足して飛んで行ったのか、もしくは歌っていて、じっと火を見つめていたものの、やっぱりそこにはいない、と思ったのか、小鳥の気持ちはどうだったんだろうと。あと、魂はどこまで宿っているんだろう、というのも思いました。また、南吉は喀血もしていて、自分の死というのが、そんなに遠くない未来にきてしまうんだろうな、というのもあったでしょうし。この時期って戦争中だと思うので、自分の書いたものがどこまでのこっていくんだろうとか、どういう形でのこしていこう、とか、そんな思いもあったのかなと、そういうことも考えました」。

Pippo「そうですね。南吉は 病気の悪化もあり、1941年には、自分の死を覚悟して弟にあてて遺書を書いたりもしていますし、この頃は自分に死期が近づいていることを感じていたでしょうね。自分の創作の火が消えてしまうんだろうか、消したくない、とかそういう思いもかさねあわせていたと思います。その歌がその〈木〉に届いているか、は分からないですが.. 大切な存在に、自分の作った歌をきかせたい、届けたい、という強い気持ちがここにあらわれているように自分は思いました。遠山さん、ここに込められた南吉の思いというのは、どういったものなのでしょうか?」

遠山館長さん「南吉は自分の肉体が長くつづく、っていうのを諦めているところがあるんですよね。短い人生のなかで、たとえば、中学時代の卒業の間際には、「我が母も我が叔父もみな夭死せし我また三十(みそじ)をこえじと思うよ」と、自分は母親も叔父さんも早くに死んでしまって、自分も三十までは生きられないんじゃないだろうか、とそんな歌も書いているんですよね。でも、その短い生涯のなかで、永遠にのこるものを自分は果たしてのこしているんだろうか、ってことをずっと考えつづけていた人なんです。この話だと、やっぱり〈木〉は〈木〉のままでなくたって、火になったとしても、それが続いていって、こう形が変わってしまっても、誰か何かを感じてくれる相手がいれば、自分は嬉しいと、そんな思いがこめられているように感じます。〈木〉の場合は、小鳥のわけですけれど、南吉の場合は、作品を読んで、何かを感じてくれる読者がいれば嬉しい、という気持ちなのかなと」。



長くなりましたが… 二回にわたり、南吉作品について、およそ30人のかたがたのお言葉にふれて、あらためて感じたこと、思いを巡らせて、考えたことがあまりにも多くて。わたしの生にとっても真に大きな糧となりました。ご参加くださった皆さんに感謝の念でいっぱいです。
会のようすなのですが、上記のほかにも年譜、新美南吉の人生についてのくだりで、遠山館長さんには折々に貴重なお話をうかがいました(完全版をいつか作りたいくらいです…)。

南吉記念館の館長・遠山光嗣さん。南吉について、作品について、さまざまな質問に気さくにお話をきかせていただいたこと、心より、ありがとうございました。

さいごに、南吉が教え子にあてた言葉を記します。

《たとい僕の肉体がほろびても君達少数の人が(いくら少数にしろ)僕のことをながく憶えていて、美しいものを愛する心を育てて行ってくれるなら、僕は君達のその心にいつまでも生きているのです。》
(昭18・2・9 教え子の佐薙好子に宛てた葉書)

新美南吉記念館HP 「南吉のことば」より



*************
◆南吉文学さんぽをご一緒した、ゆかさんの作ってくれた動画〈南吉さんぽ 2021〉◆


pipponpippon at 16:46|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック ◆Pippoのポエトリーカフェ◆ 

April 27, 2021

4/25(日)ZOOM開催「第129回 ポエトリーカフェ〈新美南吉 篇〉」より

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4/25(日)にZOOMにて開催した、新美南吉 篇。
新美南吉は、ポエトリーカフェでは 2013年にとりあげて以来なので、じつに8年ぶりの登場(ポエカフェ新潮講座では2017年にとりあげてたので、それからだと4年ぶり)。
15人の皆さん(初ご参加のかた4名さま)とともに、南吉の29年の生をたどりつつ、ひとつつ詩や短い童話を朗読していただきながら、南吉の胸中を想ったり、自由に語らってゆく時間は、ほんとうに楽しかったです。

 ***

久しぶりに南吉をとりあげたいと思ったのは、ことしの2月に、愛知県半田市(知多半島)にて、南吉の生家・養家、南吉記念館、また「ごんぎつね」の舞台である 矢勝川・権現山周辺などを巡る旅をしたからでした。名古屋在住の友人夫妻とともに、南吉さんぽと釣りで構成されたこの旅がどれだけ心おどったか。
もともと新美南吉は、童話も詩も好きで親しんでいた作家なのですが。実際に南吉ゆかりの地を巡り歩いてみて… かれの作品と作家としての魂が、故郷・半田市の風景や風土と分かちがたく結びついていることを心底、実感して 50倍くらい好きになっちゃいました(のち、これまでは図書館で都度借りていた『校訂 新美南吉全集(12巻)』をエイヤっと購入)。

 ***

ポエトリーカフェは基本、当方の作成・配布した年譜とテキスト(南吉の詩・童話/物語詩など37作品を掲載)をもとに私が南吉の生涯をエピソードを交え紹介してゆきながら。ご参加の皆さんに、事前にご希望されたor 私リクエストの作品を、一作品ずつ朗読いただき、感想/鑑賞・疑問など自由にコメントしてもらうという流れです。同じ作品でも読む人によってさまざまな感受があり… 私自身の感受や見かたを軽々と超えてゆくコメントが目白押しで。正直それがいちばんの楽しみで、この会を継続しています。

そんなことで。詩人の人生パートは省略しますが、作品にまつわる皆さんのご感想を軸に会のようすを記します。そして、活発に感想や読解がゆきかった作品もあるのですが、長くなりすぎるので… 朗読ご担当のかたの感想のみとします。
*南吉の各詩にリンクをはっていますので、作品の気になるかたはぜひ読んでみてください

●詩「喧嘩に負けて
(朗読:三重県津市「居場所/珈琲店/図書館/本屋 - ひびうた」におつとめで詩のワークショップも主宰されている Jさん)
「自分自身もこんなふうに感じたことはあるけれど、怒ったあとにさみしい、って表現って、大人になったら言語化できるけど、こんなに若い(南吉15歳の作)ころにこんなふうに感じられて、しかも書ける、ってなかなか出来ないことなんじゃないかなと。「帰る悲しい砂の丘」という表現にも、かなしさが象徴されていて、いいな、さみしさがより伝わってくるなと思いました」。

●詩「詩人
(朗読:福島県在住、詩の世界そのものにひたっているのがお好きという、Sさん):詩集に『日陰に咲く花』他
「第一印象として、わたしはすごく安心したんですよね、励まされた感じがして。わたしは自分の感情というか感覚をうまく言語化するのが苦手なんですね。詩を書いていても、詩のようなものを書いているが、詩なのか? これは、みたいになってしまうし。こう書いたり踏み込んでゆくことにどこか不安や後ろめたさを感じてる。でも、これを読むと〈世界から詩趣を感じ取ること〉、きれいなものにいいなあ、きれいだなあと感じることとか、そういうことこそが大切なんだよ、と言ってもらった気がして。言語化することや社会に認められたりする、だとかそういうことは二の次、出来たらいいなぐらいの気持ちというか。詩趣を見いだせればいい、というところに安心しました」。

●詩「
(朗読:詩が好きな分野で、学生時代に英詩を授業でとっておられたという Oさん)
「朗読の機会をいただくのが初めての経験で、ちょっと正直な話、短いものを選んだというのはあるのですが、この詩に関してはすごく情景が浮かぶなあ、というところに惹かれました。わたし個人としては哲学的なものも好きなのですが、情景を想像させてくれるようなのがけっこう好きで。読んでいうちに、これ、まる一日を表現しているのかな? 「こはくのような空」って、夕焼け空の色かなあ、とか。「遠い子ども」とありますけど、先ほど南吉さんの生い立ちとか幼少期を知って、自分の子どものころのいろんな出来事を、この「子ども」って言葉に重ねてみたりもしました」。

●詩「
(朗読:詩を書いているが、さいきんは短歌に傾倒しておられるというNさん):詩集に『照らす
「道、っていう言葉から想像される〈茶道〉とか〈剣道〉とかいう言葉だと、物理的な道というよりも、あるべき姿とか、そういうことを連想しますが、そことはちょっと違う発想がある。道をふんでいって、行く先を決めていく、動いていくような表現が面白いなと思いました。「道はけっして迷わない」とあるけど。ふつう人が道に迷うのであって、道が迷ったりはしないのを、道は迷わない、という言い方でとらえて、「どこかへいっちまう」というので自分の視界から道がすーっと消えていくような感じもあって。あと、道はとまらない、迷わない、でこの詩がもし止まっていたら、なんというか〈生きる道〉みたいな感じで肯定的に終わっていたと思うんですけど、「いっちまう」で終わっている。そこに新美南吉のもっていたニヒリスティックなところ、無常観、消えてしまうような感じがあらわれているようにも思いました」。

●詩「貝殻
(朗読:さいきん第三詩集を上梓、日々の中で詩の創作をつづけておられる Yさん):詩集に『爽やかに孤独』他
「最初に印象的だったのは、「かなしきときは貝殻鳴らそ」っていうアイデアですね。「二つ合わせて息吹きをこめて。静かに鳴らそ、貝がらを」っていうジェスチャーが、なんというか童心をもっている、失っていない感じがして。貝がらを鳴らして、自分をあたためる、誰もきいていなくとも、自分自身をいやす。ぼく自身にもそういうことがあったりするので、いいなと思いました。」

●詩「(無題)大人が
(朗読:長く保育園におつとめされていて、職業柄、絵本の読み聞かせもされていた Aさん)
「まず、大人って誰? と考えました。詩として全体的には、南吉さんが長く求めていたものを得られない葛藤なのかな、という感想を持ちました。自分の中で自分の思いをキャッチボールしているのかなあ、と。また、感じたのは、子どもがそれを得られなかったとき、「とおくの雲を見ていた」とありますが、それって子どもはどういう気持ちなんだろう? とっても残念っていう気持ちだったんじゃないかな、って。「大人はちょっとすまなく思った」とあるけど、そのあと約束を守れなかった言い訳をしている、大人なら言い訳するんじゃないよ!と思ったんですね。本をあげよう、と約束をしたのなら、子どもは子どもであってもやっぱり一個の人格を持っているのだし、やっぱり約束は果たすべきです。わたし自身、子どもにずっと関わる仕事をしてきたのですが、子どもだからとか、子どものクセにっていうのはナシだとずっと思っているので。子どもであっても一個の人格なのだから、約束を果たしてよね、っていうところと、南吉さん自身の得られないものへの思い、っていうのもあって、どうなんだろう? というところを行ったり来たりしています」。

●詩「去りゆく人に
(朗読:ポエトリーリーディングを長年やってきて、ポエトリースラムジャパンを2019年まで開催、最近は子どものための詩作ワークショップも主宰する Mさん):CD『詩人の誕生』ほか
「この詩はぴっぽさんにリクエストいただいたんですが、ああ、いい詩と出会えてよかったなあ…と思っています。どういう相手とどういう別れをしたのか、とても決定的な、二度と会えないようなたぐいの別れをしたのかなとは思うんですけども。ただ、どういう相手なのか、どういう状況であったのか、ということまでは書かれていなくて。読者にゆだねられている。だから、そこをどういうふうに朗読しようかというのは考えて、すごく悩みました。詩を読んで、自分の受け止め方でいうと、どうしようもない、もう後戻りできない、のだけれども。この詩を語っている人は、言葉にすることで、自分に言い聞かせている、のかなと。あえてこう「寝室を海に流す」とか「二人の子供を森や街へ出してさらに名前も忘れてしまおう」とか、口調はおだやかなんだけれど激しいことを言っている。けれど、それを言葉にすることで、なにか自分を生かそうとしている、ように感じました。さいご「灯をそっと吹きけそう、吹きけしてしまおう」とあるんですけど、じゃあ、この人は自分の命の灯まで消してしまうのかというと、そうじゃない。どんなになっても、たぶん明日、この人は生きている。自分を生かすためにぎりぎりのところで、お前との思い出のすべてを消し去ってしまおう、と言葉にしている。相手に言う、というよりも自分に言い聞かせてるんじゃないかなって」。

●詩「デージイ」(朗読:ぎゅっと凝縮された詩の言葉が好きで、小説を書いておられる Uさん):参加誌に『爆弾低気圧』など
「小さいものへのやさしさ、繊細であたたかな南吉のまなざしや感覚。みているだけでやさしい人なのに、このさいごの、わたしはそこを通るとき小さい彼らの小さい幸せを「邪ましないやうにそつと見て通る」ってあって… このさらなるやさしさにグッときました」。

●詩「春の電車」(朗読:詩と詩人に深くふれるのが好き、小説を書いておられる Hさん):参加誌に「書く人読む人そして聴く人」他
「いま東京から 〇〇県(遠方)に毎日一時間以上かけて、電車でかよって仕事をしてるんですけれど。電車に乗りながらこの詩を読むと、見ている景色のなかに「わがおもひのせてやりつれど」とか、「そのおもひ/葉書のごとくとどきたりや」とか感情が差し込まれてくるんですよね。情景と感情がうまくかさなりあって、すごく風景が浮かぶし、作者自身の心のなかも浮かぶような詩だなって。個人的には、東京から電車に乗って離れていくと職場に向かうので、この詩と真逆で、気分がどんどん落ちてくる。その点では重ねあわせることは出来なかったんですが(笑)。この時期(河和小学校・臨時教員時)の南吉は、ひじょうに実のある時間だったんだろうなあ、と」。

●詩「」(朗読:小説を書いていて、ブンゲイファイトクラブには1、2回ともに本選出場。広島市のYさん):作品に「天狗の質的研究」ほか)
「この詩は、否定の言葉がたくさん入ってきますし、はじめ、すごい断絶の詩だと思ったんですけど、さいごのさいごに自分の手もお父さん、あなたと同じようにこちこちになる、みたいなことが書かれていて。自分もお父さんと一緒なんだ、それを分かってほしい、みたいなことを訴えている詩なのかな、って。お父さんが自分(南吉)を自慢すればするほど、父が自分を卑下しているような感じもして、父を尊敬して好きな南吉にはそれがつらかったのかな、とも思いました」。

●詩「裏庭」(朗読:絵を描いていて、以前、新美南吉記念館の展示にも作品を出品されているKさん)
「一読して、戦意高揚の詩なのかな、ってのは分かったんですけど。ただ、その裏庭の平和な光景と、勇ましい戦争の現実や理想が並べられていて、兄さんは戦争に行ったけど、平和な生活や状況を守るためには敵と戦わなければいけない、っていうときに、自分はどうするべきなのかを考えているような感じを受けました。詩人として、いま書かなきゃいけないものと、南吉自身が書きたいものとを考えながら、書いたんだろうなと察せられて、くるしかっただろうな、と」。

●童話「でんでんむしのかなしみ」(朗読:デザイナーをされている、Mさん)
「でんでんむしの殻のなかに、何かがつまっている、というのが面白いなと思ったんですけど、「かなしみ」っていうのが(笑)。それでこれ、読んでいるとこのでんでんむし、友だち多いんですよ。とっても、かなしいかもしれないけど、羨ましいなあ、っていうのがありました。たとえば、友だちにさいきん調子悪くて気持ちが落ち込んでるんだ、って言われても、たぶんものの何秒かでべつの話にもってかれてしまうのに、この友だちのでんでんむしたちは、結構みんなちゃんと答えてくれるんですよね、いい友だちだな、って」。

●童話「二ひきの蛙」(朗読:名古屋に住むようになり、南吉記念館などたずね、その魅力に大人になってからすっかり夢中になっているというYさん)
「どれにしょうかなあ、とさいしょからテキストを読んでいって。南吉の詩も童話もなんてやさしい世界なんだろう、ってどんどん引き込まれて。さいごにこれを読んで、ちょっと笑っちゃうのに、ちょっと泣きそうになって、なんなん…これ、やさしい……みたいな感じでオチてしまって。すごいこの作品が大好きになっちゃいました。「人間も、まあ一回、寝よう?」みたいな感じで。冬の前のきびしさがあるだけに、たっぷり眠って、春になって開放的なあたたかさの前で、皆の違いを受け入れられる。短いのになんて素敵な話なんだろう、ってメロメロになりました(笑)」。

●童話「蟹のしようばい」(朗読:詩全般とポエカフェに長く親しみ、南吉についてはずっと心のそばにいるような感じだというPさん):近代詩復興委員・八木重吉支部長
「テキストのなかに童話系のものが色々あったんですけど、これを選んだのは、この作品がいちばん非論理的なんですよね(笑)。いろいろと突っ込みどころが満載で。でも、そのなかに南吉の思いが何層にも込められているような気がして。ほかの童話だと南吉自身のコメント(思い)がつけられてるのもあるのですが、これには、ないんですよね。そこが非常に魅力的に感じて。ポーンと読者に投げかけているのがいいなあ、と思いました。ほかの南吉の短い詩と同様に、何層にも受け止め方があるような、そんな共通性も感じていました」
(のちにTさんより「これも(「二ひきの蛙」も)反戦の詩に自分は読めました。子どもたちも(皆ハサミをもつ=)みな出征させられて、みたいな」という意見が出て)
「反戦的なことと個人的なこと、幾層にも重ねられているのかな、というふうに自分も感じました」というやりとりも。

▼グレアムペンギンの読書メモ(さっそくblogに会のようすを書いてくださってます)
「まだまだ気になります」ポエトリーカフェ参加の記 2021年4月(新美南吉篇)


5/2(日)第130回「ポエトリーカフェ・リターンズ!新美南吉 篇」へつづく。

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[新美南吉 文学さんぽ その] 杉治商会時代(鴉根山畜禽研究所と経理部)

[新美南吉 文学さんぽ その] (外国語学校・上京時代と)河和尋常高等小学校・代用教員時代 のつづき

杉治商会(現・日本飼糧半田工場)
【杉治商会跡(現・日本飼糧(株) 半田工場)】

1937年、24歳。7月末に河和小の代用教員の一学期の任期をおえて退職した南吉は、9月より、当時、一大飼料会社(国内の生産量4割のシェアを誇っていた)であった杉治商会に就職。鴉根山畜禽研究所に配属される。当時の社長は三代目・杉浦治助で、身なりにかまわず飼料の研究にたいへんな情熱を注ぐとともに、「ひとのみち教団」の熱心な信徒でもあった。治助は「人のために生きる」人間を育成する、という教団の教えに基づき、従業員をみな寄宿舎に入れて生活をさせており、南吉もまた軍隊並みのきびしい寄宿舎生活を送っていた。ちなみに、このときの南吉の仕事はヒヨコの世話。

このころ、中学時代の恩師・遠藤先生夫妻が南吉を訪ねており、鶏舎の金網の前にて南吉と再会していて。そのときの南吉のようすをこんなふうに語っている。
「烏根山の畜禽研究所に新美君を家内と二人で見舞ったことがあります。ただでさえやせている新美君が毎日たくあんと梅ぼしばかりの生活でと、げっそりほほもこけてしまっているのにはこちらも涙をもよおすしまつでした。新美君も泣いて話も制限時間があるといってゆっくりできず、後ろ髪をひかれる思いでした。」(『素顔の新美南吉』参照)

面会にきた親しい人との交流でさえも制限時間があるとは… まるで刑務所ばりではないか。
12月に研究所から経理部へ移動。日記から、ここでもストレスフルな仕事環境にあったことがうかがえる。その月にはじめて手にした月給は手取り16円ほど(当時、教師などの公務員初任給が60〜70円ほど)。南吉記念館の遠山館長さん曰く「当時、杉治にいた人間は、軍隊にいっても平気だと言われていたそうです」。
翌1938年の1月まで、ここには勤めた。

或治商会前・十ヶ川
【杉治商会跡前の十ヶ川(半田運河)】
4月に訪れたのだが、しずかに釣りをする少年二人がいた。

察するに、この時期の南吉は文学をやるどころの状況ではなかったんじゃないだろうか。低月給で従業員を徹底管理してこきつかうブラック企業…ヒドいな、と憤懣やるかたなかったのだが。遠山館長にこのころの南吉のことをお聞きしたところ、「杉治商会が厳しいところであったのは間違いないけれど。ここで南吉は大きな人間的成長をとげてもいるんですよ」と。当時の南吉の日記の一部を暗唱してくださった。
「人間は皆エゴイストである。常にはどんな美しい仮面をかむっていようとも、ぎりぎり決着のところではエゴイストである。—―ということをよく知っている人間ばかりがこの世を造ったらどんなに美しい世界が出来るだろう。自分はエゴイストではない、自分は正義の人間であると信じ込んでいる人間程恐ろしいものはない。かかる人間が現代の多くの不幸を造っているのである」。(1937年10月27日)

これって…いま私たちの生きている現代社会にも(引いては国際社会においても)そのまま通じていることではないか、とグーで殴られたような気がした。《自分は正義の人間であると信じ込んでいる人間》ほど恐ろしいものはない。まったくだ。〈正義〉をふりかざして〈暴力〉(言語を含む)をふるって、人を攻撃し、従属させようとする人間をこれまで、果たしてどれだけ見てきたことだろう。そして、そんな人間に自分もなってはいないだろうか。

おのれへの戒めとしてもずっと抱えていきたい、南吉の大切な言葉である。


[新美南吉 文学さんぽ その]へつづく




pipponpippon at 00:00|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 新美南吉文学さんぽ(2021年2月・4月) 

April 26, 2021

[新美南吉 文学さんぽ その] (外国語学校・上京時代と)河和尋常高等小学校・代用教員時代

[新美南吉 文学さんぽ その] 南吉の生家と養家、矢勝川(ごんの里)のつづき

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読書する南吉(外国語学校時代)

「窓」

窓をあければ
風がくる、風がくる。
     光つた風がふいてくる。

窓をあければ
こゑがくる、こゑがくる。
     遠い子どものこゑがくる。

窓をあければ
空がくる、空がくる。
     こはくのやうな空がくる。

1931年、18歳の南吉は復刊した鈴木三重吉主宰「赤い鳥」へ投稿を開始。詩「窓」が初入選(選者は北原白秋)、掲載される。この年に「ごんぎつね」も書いて投稿(翌1932年1月に掲載)。年末の上京時には巽聖歌に伴われ、憧れの北原白秋にも会う。文学熱高まる。

1932年、東京外国語学校(現・東京外国語大学)に合格した南吉は上京。東京にて、学生生活を送る。1934年「宮沢賢治友の会」へ参加(出席者は、宮沢清六・巽聖歌・永瀬清子・草野心平 など)。賢治の「雨ニモ負ケズ手帖」を皆でみる。1935年、結婚を考えていた恋人・木本咸子との別れ。1936年には外国語学校を卒業。東京商工所会議所内の東京土産品商会に就職。仕事は東京でひらかれるオリンピックの観光客目当てに売る玩具や英文カタログの制作であった。第一回喀血があり、帰郷。

  ********

文学への熱い思いを胸に上京した南吉であったが。北原白秋と鈴木三重吉の訣別で「赤い鳥」への投稿をやめたり(「チチノキ」には参加)、恋人とのかなしい別れがあり、病気によるつらく不本意な帰郷など… 20代前半の来しかたは散々なものであった。

1937年、24歳。郷里に戻った南吉は病気の静養につとめながら、ドストエフスキーの作品を読み、人間のエゴイズムと愛について思いを巡らせる。父母に再就職をすすめられ、精神的にも追いつめられ、南吉はこのころ、幾度も自殺を考えている。4月、一学期だけの約束であったが、河和第一尋常高等小学校の代用教員を勤めることに。地元の岩滑から、河和線で河和駅まで通勤する生活。

河和線河和線からみえた菜の花
【今も走る河和線と車窓から見える菜の花畑】

「春の電車」

わが村を通󠄁り
みなみにゆく電車は
菜󠄁種ばたけや
麦の丘をうちすぎ
みぎにひだりにかたぶき
とくさのふしのごとき
小さなる駅々にとまり
風呂敷包󠄁み持てる女をおろし
また杖󠄀つける老人をのせ
或る村には子供等輪がねをまわし
或る村には祭りの笛流れ
ついに半󠄁島のさきなる終󠄁点に
つくなるべし
そこには春の海の
うれしき色にたゝへたらむ
そこにはいつも
わがかつて愛したりしをみなをりて
おろかに心うるはしく われを
待つならむ
物よみ 草むしり
小さき眼を黒くみはりて
待ちてあらむ
あれ けふも みなみにゆく電車に
わが おもひのせてやりつれど
その おもひ とゞきたりや
葉書のごとくとゞきたりや


美浜町立河和小学校河和小学校から見える三河湾
【河和尋常高等小学校(現・美浜町立河和小学校)】

(三河湾)河和小そば
【「そこには春の海の うれしき色にたゝへたらむ」と南吉のうたった三河湾】
四月にこの海辺を訪ねたのですが、透きとおった水のいろがほんとうにきれいでした。

4年生64人の担任と高等科の英語を担当する。同僚の山田梅子と交際。南吉は、束の間ではありますが、久しぶりに心の安らぐおだやかな生活をおくったようで。日記にも当時、こんな言葉を記しています。
「名誉などいらない。このままこの海を見下ろす美しい小学校で教員をしていられたらとつくづく思うことがある」。
(1937年5月10日)


〔新美南吉文学さんぽ そのぁへつづく








pipponpippon at 20:02|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 新美南吉文学さんぽ(2021年2月・4月) 

April 25, 2021

[新美南吉 文学さんぽ その] 南吉の生家と養家、矢勝川(ごんの里)

[新美南吉 文学さんぽ その] 新美南吉記念館(愛知県半田市) のつづき

《新美南吉の生家と養家》
タ携南吉生家(半田市)
愛知県知多郡半田町(現 半田市)にある新美南吉の生家。
南吉記念館の館長さんによると、人手にわたってしまっていたものを半田市が取得、だいぶ改築されていたのを当時のようすに復元したものとのこと。



南吉の父親・渡辺多蔵は畳職人。南吉の母・りゑと結婚をし、岩滑にて畳屋を始める(のちに下駄屋も営む)。仕事熱心で倹約家、講談が好きで岩滑に一軒あった、貸本屋の常連だった。
畳屋 (南吉生家)Р実眠 (南吉生家)

職人の父は多忙、もともと体が弱かった母に、南吉は甘えられなかった。幼少の頃は、近所の森はやみに子守をされながら、読みきかせしてもらった絵本をすっかり覚えてそらんじたりして。はやみの兄をして「ありゃ、将来、えらいもんになるぞ」などと言われる。作家の片鱗がすでに見えていたのだろう。父の畳作りをよく手伝ったり、周囲の自然と一人たわむれたり、常夜灯の下で遊んだりしていた。


南吉の生家そば 常夜灯
【常夜灯】

南吉4歳のとき、実母・りゑ病没。5歳で継母・志んがくる。義弟・益吉が生まれる。
のち実母・りゑの実家、新美家に祖母がひとりになってしまい、8歳の時、新美家宅に養子に出されることに。そのとき、南吉は常夜灯のそばで遊んでいて、心の準備もないままに養子に行かなければならないことに不服で、泣いて暴れて抵抗した。当時の南吉の心境を思うと、切ない。

」南吉の養家
南吉の移った養家の新美家(生家より、徒歩30分ほど)。
しかし、さびしさに耐えかねて、5ヶ月後に新美姓のまま父のもと(実家)へ帰る。

小学校時代の南吉は、成績優秀で知多郡長賞を二度受賞。とくに秀でていたのは、文才で、担任の先生や校長にひじょうに褒められた。南吉が小学校の卒業式で答辞にいれて詠んだ句「たんぽぽのいく日ふまれて今日の花」。参列者をたいそう驚かせたそうだが、なんという、表現力!

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《矢勝川と権現山》
ごんの橋
【ごんの橋】
生家から、南吉記念館(中山)へゆき。ほど近い場所にある矢勝川(「ごんぎつね」の舞台にもなった川)へ向かうと「ごんの橋」が。

矢勝川の亀
矢勝川。日なたぼっこをする亀たちに出会う。

L霈\遏文現山みえる) ごんとベンチ
権現山と矢勝川をのぞむベンチ。かたわらにごん。

ぬ霈\遒糧犂濂
秋には、きれいな彼岸花が見えるそうな。
ごんが走った、矢勝川沿いの道。またゆきたい。



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April 24, 2021

[新美南吉 文学さんぽ その] 新美南吉記念館(愛知県半田市)〈2月11日〉

新美南吉(1913〜1943)
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愛知県半田市岩滑生まれの、詩人・児童文学者。

自分の出会いは、小学校の教科書で読んだ「ごんぎつね」が初めてだった。切ない話ながら、子ども心に強烈な印象をのこし、里山で生きる動物と人間との共生についてさまざまに思いをめぐらせて… ほかの童話もあれこれとむさぼるように読み。以来、心に大切にする作家のひとりとなりました。

かれが詩も書いていると知ったのはいつだったか。南吉の詩集『墓碑銘』(巽聖歌 編)。その清冽な世界観、やさしく立ちあがる田舎の風景にもつよく惹きつけられた。(ちなみに、自分の最初の著書『心に太陽を くちびるに詩を』で南吉の詩「寓話」をとりあげたりも)。

そんなこんなで。
新美南吉の、生誕の地やゆかりの地を巡ってみたい! ということで。
パンデミック下のことし(2月と4月の2回)に感染を拡大させないよう細心の注意を払いつつ…
「南吉文学さんぽ」を行いました。

そのときの模様をのんびりとつづってゆきますので、おつきあいいただけたら、嬉しいです。

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新美南吉記念館】〜愛知県半田市岩滑(知多半島)〜
/携南吉記念館(半田市岩滑)南吉記念館

2月11日。名鉄河和線「半田口駅」より徒歩20分、「知多半田駅」よりバスで15分とほど近い場所にある「新美南吉記念館」を訪れました。とてもよいお天気のなか、館の近くには「ごんぎつね」の舞台、ごんが兵十のウナギをとった矢勝川が流れており、権現山も見えて。まるで童話のなかに遊びにきたようで心が浮きたつ… 建物の流線形のフォルムもそぼくでかわいらしく、周囲の自然と完全に調和しています。


*  *  *

記念館のようす南吉記念館(手袋を買いにの帽子屋)

館内は、南吉の人生に沿って、直筆の日記の言葉、手紙、作品、写真、熱心な教師時代の様子、関連雑誌などがずらりと並び── 郷里を愛し、29年の短い生において。創作に命をもやした南吉の足取りや情景がありありと想起され.. ときどきに胸がつまります。

「手袋を買いに」の帽子屋と、手をそっと店内にさしのべる子ぎつねも♪

*  *  *

南吉記念館4 閲覧室南吉記念館5 閲覧室

圧巻だったのは「図書閲覧室」。南吉の全集や絵本、研究書や日本の児童文学にまつわる文献、郷土資料、南吉の蔵書等が一挙に展示され。南吉文学を深く思索できる──至高の空間になっています。
棚の本を次から次に夢中で読んでいたら、関連書籍の棚になんと拙著『心に太陽を〜』(冒頭が新美南吉)があって、びっくり。この驚きとうれしさを、どうたとえたら良いのだろう…
のちにうかがった話によると「南吉にまつわる章があれば、どんな本でも所蔵する方針」とのこと。その調査能力と、南吉への愛情にもおそれいりました。

*  *  *

南吉記念館6 閲覧室

以前、詩の会(2013年のポエトリーカフェ)で新美南吉を取り上げた際に。いろいろと調べてたら、「赤い鳥」主宰(編集)の鈴木三重吉が、南吉の投稿作品「権狐」に手をいれたものが「赤い鳥」に掲載され。それが、現行の「ごん狐」となったことを知って。読みたいな、と思っていた草稿をこの閲覧室にて、読むことができた。

果たして。作品の説明的描写をカットしたり、方言を一般的な言葉に直してはいるが、骨格や構成、芯には全く触らずに、一般化・作品の芸術性を高める方向性での直しであることが明らかになった。
(いちばん、驚いたのが「ごんぎつね」草稿ではラスト。南吉版は「権狐は、ぐつたりなつたまま、うれしくなりました。兵十は、火縄銃をばつたり落としました」→三重吉修正版「ごんは、ぐつたりと目をつぶつたまま、うなずきました。兵十は火縄銃をばたりと、とり落としました」となっていて。ごんの気持ちを表す個所をばっさり削除している)。

三重吉がどんなふうに直したのか、むしろ「南吉の原稿を勝手に直して!」位に思っていたのだが、三重吉が手をいれたあとのほうが、文学作品としてクオリティがあがっており。考察するにあたり、原典をあたることの大切さを改めて考える機会ともなった。

また、府川源一郎『「ごんぎつね」をめぐる謎』のなかに、教材として取り上げられることも多い「ごんぎつね」について。教師は絶賛の立場でも、否定の立場でも教えてほしくない、子供たちとともに無心で読みながら、その価値を創造していってほしい、という旨のことが書かれていて。ひどく胸にささった。

→→「[新美南吉 文学さんぽ その] 南吉の生家と養家、矢勝川(ごんの里)」へつづく

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February 28, 2021

2020年8月〜2021年【第123回 以降】「リモート(Zoom)・ポエトリーカフェ 」の開催記録

〈Zoomによるポエトリーカフェ(プレ開催)〉
第123回◆8/29(土) 13:30〜 15:30〈テーマ: 珈琲 篇〉 :11名のかたがご参加
第124回◆8/30(日) 15:00〜 17:00〈大木実 〉:13名のかたがご参加 
Zoomによる初開催、ぶじ、終了いたしました !

第125回◆9/27(日)〈山之口獏 篇〉:15名のかたがご参加
第126回◆11/8(日)〈金子光晴 篇〉:18名のかたがご参加
第127回◆12/27(日)ポエカフェ特別篇「2020、この一篇、この一冊」:21名のかたがご参加
第128回◆2021年 2/28(日)〈吉野弘 篇〉:17名のかたがご参加
第129回◆4/25(日)〈新美南吉〉篇 :15名のかたがご参加
第130回◆5/2(日)〈リターンズ! 新美南吉篇〉:15名のかたと新美南吉記念館館長さんご参加
第131回◆6/27(日)〈西條八十〉篇 :16名のかたがご参加
第132回◆8/29(日)〈金子みすゞ〉篇 :17名の方がご参加
第133回◆9/4(土)〈金子みすゞ プチ・リターンズ!篇〉 :12名のかたがご参加
第134回◆1024(日)〈中原中也 篇〉予定

パソコン画面上での初の「ポエトリーカフェ」、なれずにアタフタする場面もありましたが。やはり、皆さんと集まって、詩を読み、語らうことの喜び、楽しさは、リモートでも味わえるのだなあ、と。つたない進行でしたが、おつきあいくださった皆さん、助力してくれた友人たちに感謝です。

以降、コロナの収束をみるまでは、リモートにて、月一回「ポエカフェ」を開催してゆきます。
2020年9月からはこのBlogではなく、PassMarketからの詳細告知(ご参加受付)とします。
(参加費は、従来の1300円より、少しさげて1200円となります)。定員は15人程度。
 *ゲストのご登場回は、通常より少し高くなります。
当blogでも、開催ごとに詳細を上に記し、URLのリンクを貼りますのでそこから飛び。チエックいただけたらと。いろいろ、ご不便をおかけしますが、どうぞ、よろしくおねがいいたします!

Pippo 2020年9月09日

さてさて。ことしの2月の 「ポエトリーカフェ」 中止以来、ごぶさたしてしまっていますが……
コロナ禍が収束の兆しをみせないどころか、さらに悪化しているような状況のなか、いつものように喫茶店でみなさんと集まることは困難と判断し、しばらくはリモートで開催してゆければ、と。Zoomによる、ポエトリーカフェの開催を決めました!(ただ自分、たいへんな機械オンチで、リモートでいつものように出来るのか? という不安もあり)。テストの意味合いもふくめ、8月の終わりに、テーマ「珈琲 篇」、「大木実 篇」の、2回(各回 10名さま定員にて)を、無料でプレ開催することとします。
Zoomアプリの入っていない方は、インストールされたうえ、ちょっぴりやさしい気持ちで、おつきあいいただけましたら、嬉しいです。

●「Pippoのポエトリーカフェ」
2009年10月より始まった、気さくな詩の学び場(読書会・朗読会)です。
これまでの 「ポエトリーカフェ」のページ) 
詩や、詩人にたのしくふれてゆくことを目的とした会です。知識・予習などなしでも、okです。
初めてのかた、 「あまり知らない、わからないんだけど…興味はある」というかたも、大歓迎。
テキストはこちらで、ご用意しています。
どうぞ、お気軽にご参加くださいませね。お待ちしています。

【開催日時】
●8/29(土)  13:30〜 15:30  ポエトリーカフェ /テーマ「珈琲 篇」 (定員 10名)
 (*ご参加お申込が、定員にたっしましたため、一旦受付を終了いたします。キャンセル待ちでのお申込は受付します)

 「珈琲」にまつわる古今東西の名詩をテキストに、みなで詩を読んでゆきます。
 (珈琲好きなかたは、お気に入りの「一杯」を、かたわらにぜひ♪ )

〈ちょっと「珈琲」詩歌をご紹介〉

◎吉井勇
「珈琲の香にむせひたるゆうへより夢見る人となりにけらしな」
(訳; 馥郁とした珈琲の香りを胸一杯にすいこんだ夕べより、夢見る人となってしまったようだ)
(『酒ほがひ』 1910年)

◎寺山修司
「ふるさとの訛(なまり)なくせし友といてモカ珈琲はかくまで苦し」
(『血と麦』 1962年)

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●8/30(日) 15:00〜 17:00  ポエトリーカフェ: 大木実 篇 (定員 10名)
        (*ご参加お申込が、定員にたっしましたため、一旦受付を終了いたします。キャンセル待ちでのお申込は受付します)

大木実 さんを課題詩人に。公務員の仕事をがんばりながら、詩作をつづけた、かれの生涯をたどりつつ、詩をみなで読んでゆきます。じつに平明で実直、あたたかな詩をかく詩人で、ハッとしたり、ときに叱咤してくれたり、胸につきささる詩篇が、ほんとうに数多くあります。生活と仕事、家族へのまなざし。きびしい生への対峙の姿勢がここにはあり、「よく生きる」ということはどういうことなのかを、つねに考えさせられます。
最高なので、読みましょう!

〈ちょっと詩をご紹介〉

「妻」

何ということなく
妻のかたわらに佇つ
煮物をしている妻をみている
そのうしろ姿に 若かった日の姿が重なる

この妻が僕は好きだ
三十年いっしょに暮らしてきた妻
髪に白いものがみえる妻
口にだしていったらおかしいだろうか

――きみが好きだよ

青年のように
青年の日のように

(『夜半の声』 1976年)

*なるべく多くのかたに体験していただきたいので、
おひとり、上記の2回のうち、1回だけお申込いただけます。
気になるほうへどうぞご参加ください。


◆お申込フォーム *8/19(水)より、お申込受付開始です〜

※上の、申し込みフォームの使えない(もし表示されない)方は、以下の宛先までお申し込み下さい。
tintiro.ivent@gmail.com まで。 
メールにて、件名は 「ご参加のポエカフェ会名」とし、お名前・緊急ご連絡先(TEL)・ご参加人数など、ご明記の上、お送り下さい。折り返し、ご予約完了のメールを、お送り差し上げます(すぐに返信が来ない場合は、ご一報ください)。
※キャンセル待ちの方がいらっしゃるときがありますので、都合が悪く欠席になる際は、それが分かり次第、必ずお伝えくださいませ。


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February 02, 2021

『一篇の詩に出会った話』書評ご紹介(対話篇)2020年10月〜

2020年10月に刊行された、インタビュー集『一篇の詩に出会った話』。
〈心に大切にしている「詩」〉、またその〈詩との出会い〉を11人のかたにうかがって、まとめた本なのですが。おかげさまで多くのかたのお手にとっていただき、SNSや個人サイトなどにてさまざまなご感想を拝見するたびに嬉しく、心をおどらせています。取り扱ってくださっている書店さま、また読んでくださったみなさま、ありがとうございます。

 *

ここでは、雑誌・新聞などにて「書評」にとりあげてくださったかたの記事をご紹介してゆきます(記事の一部を画像にしています)。新しいものが上にきます。

拝読し、新たな教示をうけたり、視野が拓けていったことから、わたし個人の思惟も少し記しています。名付けて「『一篇の詩に出会った話』〈書評〉〈対話篇〉」。
ごゆるりと、お付き合いくださったら嬉しいです。

◆2021年2月号 雑誌「ナンクロメイト」【オモシロ本の世界】
牧眞司(作家/書評・解説など多く書かれています)

ナンクロメイト
本をよく読むひとでも「詩」というと特別な感性や鑑賞法が要求されるような気がして、身構えてしまいがちだ。そのいっぽう、誰でも印象にのこる詩の一節くらいがあるだろう。本書は、それをあらためて気づかせてくれる。(略)たとえば、詩人の穂村弘さんは、アニメ「サスケ」のオープニングナレーション「光あるところに影がある〜〜」を、はじめて好きになった詩として紹介する。(…)なるほど、そう言われてみれば、私たちの日常はいたるところに詩がある!(記事より引用)

牧さん。短い文章にもかかわらず、平易で親しみやすい言葉で本書の核をしっかりとらえておられることに胸がふるえました。穂村さんや辻村さんが「わが〈一篇の詩〉」に、アニメ「サスケ」(と「奥さまは魔女」)のオープニングナレーションや、筋肉少女帯「ノゾミ・カナエ・タマエ」の歌詞を挙げ、語ってくださったこと。「詩歌」というものを確かにぐっと身近に感じさせてくれましたよね。《私たちの日常はいたるところに詩がある!》の決め台詞がうれしくて小躍りしちゃいました。

◆2021年1月10日朝刊(「しんぶん 赤旗」)【読書欄】
上手宰(詩人)

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インタビューされているのはいわゆる詩人ではなく、小説家であったり出版社版元や古書店主であったりと多様だが、その根源に共通しているのは詩が喚起したものがその人の生を変え、支えてきたということだ。その言葉を待っていた生き方があったともいえる。(略)文筆家の能町みね子は尾形亀之助の詩集『障子のある家』の後記「泉ちやんと猟坊へ」を挙げて、大正から昭和初期を生きた詩人が「注射一本かなんかで」男にも女にもなれる時代がくると書いていたのが衝撃だったと語る。本書を機に、筆者もこの詩人のすばらしさを再発見することとなったが、そうしたヒントが随所にある。(記事より引用)
書評中の上手氏の《その根源に共通しているのは詩が喚起したものがその人の生を変え支えてきたということだ。その言葉を待っていた生き方があったともいえる》の部分に「まさしく!」と膝を打った。〈詩歌〉にふれたとき、その言葉を必要としている、待っている(それは体というよりも心の)受け入れる態勢を形作ってきたものは、その人個人の人格や歩んできた道のりに起因するもので。同じ言葉を見ても、何も感じず通り過ぎる人と、まっすぐにそれを受け入れ、自らの血肉として心のベクトルを変容させてゆく人がいることの〈不思議〉に改めて思いを至らせました。能町さんと亀之助についての評もとても嬉しかったです。

◆2021年1月10日号「クロワッサン」(BOOK欄 「文字から栄養〜よりすぐり読書日記」)
瀧井朝世(ライター)

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たとえば西加奈子さんは、鎌倉文学館を訪れて知った山崎方代の歌を挙げるが、そこから文学的な解釈を披露するのではなく、それまで感じていた詩や短歌へのハードルの高さを率直に打ち明ける。(略)辻村深月さんは10代の頃に出会った筋肉少女帯の大槻ケンヂさん作詞の「ノゾミ・カナエ・タマエ」を挙げて当時の閉塞感を語る(辻村さんファンの間では彼女が筋少ファンであることは有名)。宮内悠介さんは会社員時代に "再発見" した宮澤賢治の「告別」について、どのように身に染みたのかを語る。

Pippoさんの聞き手としての姿勢が非常に真摯で、対話を読んでいるだけでもじわじわと心があったかくなる。詩に興味がない人にこそ薦めたくなります。(記事より引用)

《「心に残った詩」についての話を起点に、話を膨らませていく》から始まる、瀧井朝世さんのこまやかで温かな書評に胸が熱くなります。インタビュアー・書評家としても、ずっと第一線でお仕事をしつづけている、瀧井さんが言ってくださった「真摯」の一語に。もっと色んなことコツコツがんばろう、と強く思いました。

◆2020年12月20日号「サンデー毎日」
 岡崎武志(ライター・書評家)「SUNDAY LIBRARY」書評

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《穂村弘は最初の詩との出会いはアニメのナレーションだった。「奥様は魔女」は「ごく普通のふたりは、ごく普通の結婚をしました。ただ一つ違ていたのは…」で始まる。なるほどこれはいい。仙台の古本カフェの店主・前野久美子は教科書で読んだ金子光晴。「生きる、ってことはそんなに高尚なことでも、綺麗ごとでもない」ことを学ぶ。(略)能町の尾形亀之助、辻村の大槻ケンヂ、宮内の宮沢賢治など、出会いの組み合わせの妙が楽しい。詩との出会いの入門に最適。》(記事より引用)
短い文章で、本書の輪郭を的確にユニークにとらえておられることに感服。また「詩との出会いの入門に最適」の言をみて、「詩の入門に最適」ではなく「詩との出会いの入門に最適」と記されていることに注目しました。「詩」について難しい、敷居が高い、という印象をお持ちのかたはまだまだ多いのではと察しています。ただ「詩」とは、(ナレーションだったり、歌詞だったり)身近にあり、自由に受け止めていいものなんだ、という思いは本書の根底にたしかにあって。それを言い当ててもらったような爽快感で、とても嬉しいです。

◆2020年12月15日 【GQ読書案内】12月に読みたい「本にまつわるエピソード集」3冊
贄川雪(編集者・本屋plateau books選書担当・ときどき店番)


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西加奈子さんの山崎方代(短歌)、book cafe火星の庭・前野久美子さんの金子光晴(詩)、穂村弘さんのテレビアニメ『サスケ』のオープニングナレーション、辻村深月さんの大槻ケンヂさん(筋肉少女帯)『ノゾミ・カナエ・タマエ』の歌詞。これらを引いて、贄川さんはこう語る。
このように、短歌や詩に限らず、とても幅広い「ことば」にまつわるエピソードが綴られている。各自の詩やことばに対する解釈を楽しむも良し。そのことばが彼らに与えた影響の想像以上の大きさに驚くも良し。

さらにこの本の面白いところは、その詩やテキストを知らずとも、それぞれのエピソードを読み進めるうちに「あぁ、その感覚わかるなぁ」「自分はあの映画のセリフでそれ思った!」など、不思議と自分の経験や内面に立ち返っていくところにある。自分にとっての「一篇の詩」とは、どんな作品だろうか。(記事より引用)
その詩やテキストを知らずとも、エピソードを読みすすめるうちに、共感したり、自らの内面に立ち返っていく、というお言葉には、嬉しくなりました。 ひとが一篇の「詩」に出会い、どのように感じ、考えるかは千差万別です。ある人に響いたものが、ほかの人にも同様に響くとは限らない。でも、それでいいんです。それぞれの感性があって、その差違こそ、人間の多様性であり、豊かさであるのですから。

◆2020年10月31日「北海道新聞」〜「あの本、この本」
 book cafe火星の庭・前野久美子「詩を語りつつ人生を語る」

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《この度はわたしもお声がけいただき、ある詩について語ることになった。(…)話すうちに、詩人との出会いが自分の人生を決定づけていることに気がつき、再読する日々を送っている。タイトルにある通り、ここにあるのは詩を「読む」話ではなく、詩と「出会った」話。詩には形と体温があり、生きている存在なのだと思う。》(記事より引用)
前野さんは『一篇の詩に出会った話』にて、お話を聴かせてくださったお一人でもあるのですが。インタビュイーのかたの側からの視点にハッとする思いも。「詩には形と体温があり、生きている存在」とのお言葉に、まさしく、と。「詩の一節」に出会う、ということは、その詩を書いた「他者」と出会うことでもあり、そこから導かれていった生の軌跡は、たしかにその「人との出会い」なくしては、生まれていなくて。その詩を書いた人がたとえ亡くなっていたとしても、「詩」は生き続け、出会ってくれる未知の誰かを待ち続けているのですよね。



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January 03, 2021

“詩の思ひ出”〜ポエトリーカフェ記録 〜【2009年10月〜2021年2月】計128回、開催記録・課題詩人一覧。

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※第27回 2012年3月24日 課題詩人:室生犀星/ゲスト・いがらしみきおさん@KakkaCAfe(池袋)

★2020年1月改訂★

2009年10月から開始した、詩の気さくな勉強会「ポエトリーカフェ」。

ご参加のみなさんへ。作成した、課題詩人の年譜・代表作25選ほどのテキストを配布し。
詩人生涯を、わたしがたのしくご紹介しながら、みなさんがくじ引きで選ばれた、詩篇などを朗読され。すきにご感想や、意見交換をわいわい…という現行の内容にかたまったのは、じつは15回目の、八木重吉篇からでした。

「詩の楽しい入口をつくるんだ!」と、がむしゃらに熱くつっぱしった、第一期(2009年10月〜2010年10月)。みなさんと、詩と詩人のときを少し楽しめるようになってきた第二期(2011年4月〜2012年4月)。そして、みなさんとともに、ゆかいに楽しんだ第三期(2012年5月〜2013年4月)。そして、“詩と詩人”を参加の皆さんへあずけ、自由なふれあいみつけはじめた第四期(2013年5月〜現在)・・・

気に入って、かよってくださるリピーターの方々も多いのですが、すべての回のご参加人数を、たすと1600名さま位になったようです。
思えば遠くへきたもんだなあ… あそびにきてくださった皆さん、応援してくださってるみなさんへの、感謝のねんがふつふつと、こみあげます。

いつも、いま通算何回めなのか、課題詩人、何人めなのか?
リターンズ篇とかはじめたのもあって。まちがえたり、わからなくなって(20回記念スペシャル村山槐多!とか騒いだときも、19回めだった。笑)、アナウンスしてしまうときが多々あり。オープンに開催したものの記録を、少しまとめておこうかと…
それぞれの回の記録は、当blogで、時々に記してきましたので、こちら(◆Pippoのポエトリーカフェ◆)でご探索を♪

みなさんは、どの回にいらしたかな?そして、何回いらしたでしょう?詩人と気さくに、ふれあって何人め?
きたことない方は、「ああ、この詩人やっちゃったのかあ〜」「この詩人、まだなんだ!やってくれ!」等、どうぞ、気さくにご意見お寄せくださいね。
ポエ忘備録♪どうぞ、ご活用くださいφ(.. )

=======《取り上げ済み/名:近現代詩人名簿一覧》==========

【一期】:島崎藤村、北原白秋、中原中也、尾形亀之助(東京/仙台の2回開催)、草野心平、左川ちか、竹内浩三、北園克衛、竹中郁、三好達治、丸山薫。山之口貘 萩原恭次郎、高橋元吉、立原道造、山村暮鳥。大木実、高村光太郎、金子光晴、萩原朔太郎(ファイナル)。

【二期】:八木重吉、村野四郎、安西冬衛・北川冬彦、村山槐多、中野重治、竹久夢二、伊藤整、村上昭夫、石川啄木、室生犀星(東京にて2回開催)(ファイナル)。

==========================================
【三期】:《パンの會篇》(吉井勇、北原白秋、木下杢太郎他)、北原白秋(リターンズ/2回目)
     大手拓次、高橋新吉、小熊秀雄、杉山平一、竹中郁(リターンズ/2回目)、

  ≪ポエカフェ入門編「酒」詩人part1≫島崎藤村/北原白秋/木下杢太郎/萩原朔太郎/草野心平/中原中也/富士正晴/及川均/竹内浩三/田村隆一/黒田三郎/清水昶/種田山頭歌/若山牧水/尾崎放哉/吉井勇《中国》陶淵明/李白/于武陵《アラブ》アブ−・ヌワース《ペルシャ(イラン)》オマル・ハイヤーム《ロシア》アレクサンドル・プーシキン《スコットランド》バーンズ《フランス》ポール・ヴェルレーヌ/シャルル・ボードレール/アルチュール・ランボー《ドイツ》ノヴァーリス/ゲーテ/ハインリッヒ・ハイネ/ヘルマン・ヘッセ《アメリカ》チャールズ・ブコウスキー/ラングストン・ヒューズ/リチャード・ブローティガン
【おまけ:ドラッグ系】芥川龍之介/平野威馬雄/坂口安吾/織田作之助/太宰治 (計38人)

   ≪ポエカフェ入門篇「山歩き」篇:宮澤賢治、尾崎喜八、串田孫一≫
     山之口獏(リターンズ)、高階杞一、高見順、永瀬清子、新美南吉、吉塚勤治 
==========================================
【四期】:木下杢太郎、吉井勇、上田敏、堀口大學、北原白秋(3回目)、萩原朔太郎(2回目)

≪ポエカフェ入門編「酒」詩人part2《ゲスト:荻原魚雷》≫
【日本】[荒地] 田村隆一・黒田三郎・中桐雅夫
島崎藤村・北原白秋・木下杢太郎・萩原朔太郎・金子光晴・山之口貘・草野心平・木山捷平・中原中也・富士正晴・及川均・竹内浩三、清水昶・秋元潔・辻征夫・種田山頭火・若山牧水・尾崎放哉・吉井勇・石川啄木
【外国】陶淵明・李白・于武陵、アブー・ヌワース、ハイヤーム、プーシキン、バーンズ、ヴェルレーヌ、ボードレール、ランボー、ノヴァーリス、ゲーテ、ハイネ、ヘッセ、ブコウスキー、ヒューズ(39人)

   ≪秋の遠足2013秩父篇 ポエカフェ入門編「山と虫」〜草野心平・宮澤賢治・菊田守〜≫
   高橋元吉(2回目)、尾形亀之助(3回目)
   ≪ポエカフェ入門篇in奈良〜杉山平一(リターンズ2回目)・西尾勝彦≫

≪ポエカフェ入門篇 〜世界の旅詩人篇〜≫
【外国】 杜甫・李白・于武陵、金笠、バイロン、ゲーテ、リルケ、プーシキン、ランボー、ムハンマド・イクバール、
[ビート]ギンズバーグ・ケルアック・バロウズ、ゲイリー・スナイダー、ニール・キャサディ、ブコウスキー、ヒューズ、ブローティガン
【日本】西行、宗祇、松尾芭蕉、山頭火、若山牧水、伊良子清白、尾崎放哉、金子光晴、藤原新也、池澤夏樹、
ナナオサカキ、『五足の靴』(与謝野鉄幹・平野万里・杢太郎、白秋、吉井勇)、宮内悠介(詩)、千種創一(短歌)、宇都宮敦(短歌) (37人)

   西尾勝彦(奈良・東京2回開催)、西條八十(ファイナル)

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【五期】 2014年6月〜2015年5月
与謝野晶子、石川啄木(リターンズ2回目)、尾崎放哉、種田山頭火、高田敏子、《ポエカフェ 秋の秩父遠足篇 2014 テーマ「風」 〜宮澤賢治/古今東西・風の詩人〜》、中原中也(リターンズ3回目)、《珈琲・煉瓦》入門篇、ケストナー篇、リルケ(プチ・リルケ篇とともに3月に2回開催)、ゲーテ、ヘッセ (合計13回開催)

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【六期】 2015年8月〜 2016年7月
原民喜、高階杞一(リターンズ2回め)、茨木のり子、山村暮鳥(リターンズ2回め)、入門篇《テーマ:薔薇》、八木重吉(リターンズ2回め)、入門篇《テーマ: 犬と猫》、木下杢太郎・北原白秋(リターンズ杢太郎2回目、白秋4回目)、新潟「季」講演&『心に太陽を〜』登場詩人達をテーマにポエカフェ、入門篇《パンと本》、田中冬二(リターンズ篇あわせ、二回)、リチャード・ブローティガン、三好達治 (合計14回開催)

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【七期】 2016年9月〜2017年8月
丸山薫、《少年・少女》篇、《鳥の詩》篇、吉井勇篇(リターンズ二回め)、吉原幸子(リターンズ篇をあわせ二回)石垣りん、尾形亀之助(リターンズ四回目)、山村暮鳥、竹中郁、竹久夢二、山崎方代(リターンズ含め二回)
(合計12回開催)
◆2017年 《新潮講座 ポエカフェ in神楽坂》12回
1/31(火) 室生犀星 @神楽坂教室
2/28(火) 新美南吉、3/28(火) 中原中也、4/25(火) 茨木のり子、5/30(火) 石垣りん
6/27(火) 山之口貘、7/28(金) 八木重吉、8/25(金)竹内浩三、9/22(金) 永瀬清子
10/27(金) 草野心平、11/24(金) 金子光晴、12/22(金) 山村暮鳥
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【八期】 2017年9月〜2018年12月
ジャック・プレヴェール、《本と本屋》篇、《本と食卓篇》 、新川和江、西尾勝彦(リターンズ三回目)、高村光太郎(リターンズ二回目)、テーマ《春・夏篇》、 高橋新吉(リターンズ二回目)、 尾崎放哉(リターンズ二回目)、種田山頭火(リターンズ二回目)、 小熊秀雄(リターンズ二回目)、大手拓次、(西尾勝彦〈朗読会〉:七月堂との共催notポエカフェ)、《秋・冬》篇(リターンズ含め二回) (合計14回開催)
◆2018年《新潮講座 ポエカフェ in神楽坂》 12回
1月 吉原幸子 @神楽坂教室、2月 高村光太郎、3月 高田敏子、4月 新川和江、5月 種田山頭火
6月 高階杞一、7月 与謝野晶子、8月 ジャック・プレヴェール、9月 中野重治、10月 小熊秀雄
11月 ヘルマン・ヘッセ、12月 村山槐多
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【九期】2019年2月〜2020年1月(現在)
エミリ・ディキンソン(リターンズ含め二回)、《桜と春 篇》(出張篇と併せ二回)、石原吉郎、《雨 篇》、《パンの会 篇》(リターンズ含め二回)*total で三回目、ポール・エリュアール、竹内浩三(三回め)、《12月とクリスマス 篇》、淵上毛銭 (合計12回開催)

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

《ポエトリーカフェの歩み》

〜第一期:2009年10月〜2010年9月10月〜
 《計14回開催/課題詩人 20人ご紹介》

≪2009年≫ 

1 ◆第1回(東京定例)10月31日 課題詩人【島崎藤村・北原白秋・中原中也】
 会場 珈琲&jazz喫茶去(きっさこ)/神保町

2 ◆第2回 11月29日【尾形亀之助・草野心平】 会場:キアズマ珈琲/雑司が谷  

3 ◆第3回 12月26日【左川ちか・竹内浩三】 会場:神田伯剌西爾/神保町
  <ゲスト:荻原魚雷氏>続きを読む

pipponpippon at 16:53|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック ◆Pippoのポエトリーカフェ◆ 

December 31, 2020

2020年、ありがとうございました!

こんばんは。Pippoです。
みなさん、年の暮れ。いかがお過ごしでしょうか。

わたしは、夕食の「年越しそば」に添える天ぷら、主役の「海老」をひっそり解凍しつつ…
本棚とエアロバイクのはざま、自室のパソコンに向かっています。

大晦日の恒例。2020年のことしを、ちょっと振り返ってみます。
よかったら少しお付き合いくださいね。

1月

〇1月より「しんぶん 赤旗」読者の文芸〈詩〉の選者の担当(月2回)を開始(2021年の末まで)。

★26日 第122回「ポエトリーカフェ 淵上毛銭篇」開催(神保町・ぶらじる)(よもや、この1月がさいごの喫茶店リアル開催になろうとは…)

詩誌「びーぐる 特集 淵上毛銭 病と死」46号 寄稿「生を奏でつづけた詩人」(淵上毛銭の詩と人生についての論考)
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2月
★8日 池袋・古書ますく堂イベント「好きな詩 in 古書ますく堂」(司会 Pippo)
   (店舗を大阪へ移転する、ますく堂さんのはなむけに開催された会)

 
★23日 第123回【ポエトリーカフェ「色 篇」】(コロナにて中止・延期)
 
◎『一篇の詩に出会った話』制作開始
  /能町さん・青柳さんにインタビュー


〈コロナ〉ダイヤモンドプリンセスの感染拡大。政府対応の酷さに怒り心頭。コロナへの心配・政府への不満が爆発。ぜったいにこのままだと日本中、感染拡大する、ヤバい。twitterや官邸のサイトへ直接、安倍さんへ、コロナ対策提言を行いつづける(先方からの返答はなし)宮内が南極へ取材旅行へいって独居だたこともあり、精神的にもっとも発狂していた。21日に宮内が帰ってきて、やや安定。

 29日 母主宰、毎年恒例の祖父をしのぶ麻雀大会、コロナにて中止。

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3月

●15日 文化放送ラジオ「くにまるジャパン〜本屋さんへ行こう!」出演(中原中也・松下育男・塔和子 各氏の詩を紹介)

◎『一篇の詩に出会った話』制作
出光良さん・新土さん・加賀谷さん(あんず文庫)・後藤さん(七月堂)・辻村深月さん・穂村弘さんへ、インタビュー


▼「好きな詩 in 古書ますく堂」の冊子制作を開始、文字起しを終える。

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4月
 
▼「好きな詩 in 古書ますく堂」冊子制作(続き)
   参加の皆さんに校正願い。またゆかりのある皆様へ、冊子への寄稿依頼、を送付。

  
◎『一篇の詩に出会った話』制作
前野久美子さん(火星の庭)・西加奈子さん(バンクーバー)・宮内悠介氏へ、インタビュー

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5月

▼「好きな詩 in 古書ますく堂」冊子制作(続き)
   参加の皆さんからの校正。ゆかりのある皆様からの寄稿原稿もほぼ落手。
   (In design を入手するもやり方ムズすぎて挫折→ 大人しく 一太郎で入稿用の原稿を作る)
 

◎『一篇の詩に出会った話』制作
11人の方々への文字起しを終える。
ご褒美に埼玉・秩父へ車で単身、釣り旅行。

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6月

▼17日 「好きな詩 in 古書ますく堂」冊子制作(続き)
      印刷所へ入稿。

27日 冊子「好きな詩 in 古書ますく堂」完成!
『好きな詩 in古書ますく堂 』t 
(中本速・Maywon・駄々猫・海山みどり・あんじー・グレアムペンギン・海津研・うらら・一花書店・雨1・雨の実・打出祥子・モモンガ・h.c.humsi・ますく堂・齋藤・雨2・古賀学故・詩村あかね・佐野豊・宮坂すみれ・榊翠廉堂・榊翠廉堂番頭・北川卓・ぷろこし・東風451・綱島廣太郎・綱島ゆか・篠田翔平・ママ猫の古本屋・伊藤左知子 さんがご参加)
 *表紙デザイン・モモンガさん、表紙絵・雨1さん
  

◎『一篇の詩に出会った話』制作
11人の方々のインタビュー、構成を終える。良いお話が満載過ぎて、どのかたも規定枚数内におさめるのに非常に苦労(泣きながら削りました)。
(かもがわ出版の編集・天野さんより)インタビュイーの皆様へ、校正依頼の原稿を送付。
 

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7月

◎15日、『一篇の詩に出会った話』入稿。
 

◆詩誌「ガーネット」(高階杞一氏発光)vol.91へ
 「今、わたしの関心事」寄稿。パンデミック下の生活について5つのテーマに分けて書きました。

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8月
 
★2月より、コロナ感染防止のため中止していた(2009年10月より続けてきたのにこんなに中断したのは初のこと)「ポエトリーカフェ」のオンラインZoom開催を決断。ただ機械が弱すぎるので、ちゃんと出来るか不安で、二回、無料で少人数プレ開催することに。

 ・29(土)第123回 ポエトリーカフェ「珈琲篇」 (12名ご参加)
 ・30(日)第124回 ポエトリーカフェ「大木実篇」(13名ご参加)

  名古屋の綱島さん、ゆかちゃんご夫妻という力強い援軍のおかげで、また、こがさんよりテーマ曲もいただき、ぶじ終了。9月から、再び喫茶店で開催できる日がくるまで、月例でオンライン開催してゆくことに。


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9月

13日 宮内が半年くらい迷い、意を決して購入したレゴの「釣具屋」を一緒に完成させる。なんとも楽しい。この素晴らしい造形を見てほしい。
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★27(日)第125回 ポエトリーカフェ「山之口貘 篇」(15名ご参加)

◆瀧井朝世さん編『本のよもやま話〜作家対談集』へ、以前「CREA」に掲載の、古谷田奈月さんとの対談が収録される。(瀧井さんのこの本、面白すぎて。作家のかたがたの触れている本、3冊ほど注文する)
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10月

インタビュー集『一篇の詩に出会った話』出来!!!
〈インタビュイーの皆様〉西加奈子/穂村弘/後藤聖子/加賀谷敦/前野久美子/出光良/能町みね子/辻村深月/右手新土/青柳しの/宮内悠介
 *挿絵 鶴田陽子/装丁・土屋みづほ

サイン本を作りに、かもがわ出版へ訪れたのもすでに懐かしい。かかわってくださったすべての皆さんに感謝です。

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●18日 不忍ブックストリーム(南陀楼綾繁さん司会)へゲスト出演。『一篇の詩に出会った話』についてお話させてもらう。

●26日 文化放送ラジオ「くにまるジャパン〜本屋さんへ行こう」出演。
    本の紹介、詩の朗読をするとともに、ゲスト出演の七月堂・後藤聖子さんが西尾勝彦さんの「ひきだし」の魅力を大いに伝えてくださる。

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11月

★8(日)第126回 ポエトリーカフェ「金子光晴 篇」(18名ご参加)
【ゲスト】火星の庭・前野久美子さんご出演。金子光晴の詩の読みときの深さ、鋭さ、愛に打たれる。


《5〜30日》七月堂主宰、三叉灯さんにて「めぐる小さな古本市」へ「黒猫リベルタン文庫」にて出店。
《29日》 本八幡・kamebooksさん主宰の「第一回 屋上古本市」へ出店。モモンガさんがお手製の「コロ彼」フリぺを持参してきてくださる。すばらしい眺望と楽しい時間。最高でした。
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12月

◆文芸誌「群像」(2021年1月号)へ、随筆を寄稿。
「〈弱さの音〉を聴く詩歌」にて、金子光晴の詩と生、藪内亮輔・虫武一俊さんの短歌、山崎るり子さんの詩を紹介。
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★27(日)第127回 ポエトリーカフェ番外編〈2020 この一篇、この一冊〉篇(20名ご参加)【ゲスト】あんず文庫・加賀谷さん、七月堂・後藤聖子さん出演。22名のかたの語る「ことし心に残った一冊」、詩や短歌、散文について伺う至福のひととき。(進行、タイムキーパーを兼ねていたのですが、皆さんの、お話をえんえんと聴いていたく、途中から「3(分)」とか「4(分)」とか、クソどうでもいい気持ちになってきて。画面へ「分数表示」…心を鬼にして出していたことをここに報告します)

ゲストの、加賀谷さん、後藤さん、本を扱うお店を営むお二人の情熱、「本」や詩人に対するまなざし、真摯な思いにもふれました。


ことしの印象的なできごとを、箇条書きで述べてゆきましたが。やはり、なんといっても、インタビュー集『一篇の詩に出会った話』の刊行。大阪へ移転した古書ますく堂へのはなむけ冊子「好きな詩in古書ますく堂」の刊行が、ほんとうに嬉しいできごとでした。

パンデミック下で静かに病みながらも、この二冊の制作に携わっている時間だけは、すべてを忘れて打ち込んでいました。奇しくも、いずれの書物も「好きな詩、心に大切にしている詩」について聴かせていただいて、制作した本です。

制作にかかわってくれたすべての皆さん。お手にとってくださった方々、また感想など聴かせてくださった皆さま、おひとりおひとりへ感謝の念でいっぱいです。「本」とは読み、受け取ってくれるひとたちがいて、改めて「生まれる」のだということを、ふつふつと感じています。

そして「ポエトリーカフェ」。こちらも半年間の中止を経て、オンラインながら、再び開催を続行できるようになったことも、友人夫妻の助力や、楽しみに参加くださった皆さんのおかげでしかないです。

 *

ただひとつ申し訳ないことが。noteに連載している「『一篇の詩に出会った話』を巡る旅」のことです。本書に参加くださったインタビュイーの皆様をお一人ずつ、紹介してゆこうという試み。
楽しんで読んでくださってるかたがたのお声を励みに、能町さん、青柳さん、新土さん、加賀谷さん(あんず文庫)まで書いたところで。

cakes編集部のたびかさなる事件に「note」を使うことに個人的に嫌気がさしてしまい(noteのフォーマット自体は非常にすぐれているし、使っている方々にはなんの他意もありません。読みたい記事があれば今後も読みます)――筆が止まってしまいました。申し訳ない…
年内にnoteから他へ引っ越しするつもりだったのですが、11、12月と立て続けに詩の紹介の仕事が入り、来年に作業が持ち越しになります。が、必ず続きを書きます(遅くとも、春には完結させます!)。
どうか、のんびりと待ってていただけたら嬉しいです。

来年も心おだやかに、また気さくに皆さんに詩にふれてもらえるように、詩の活動を継続してまいりますので。
どうぞ、よろしくおねがいいたします。

2020年の年末を迎え。
「生きている」。そのことだけで、じゅうぶん頑張った!と。
どうぞ、ご自分をほめてあげてくださいね。

そして、おいしいものを食べ、温かくして、ゆったりと過ごしてくださいますように。


近代詩伝道師 Pippo 2020年12月31日

pipponpippon at 20:03|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

October 20, 2020

『一篇の詩に出会った話』刊行のお知らせ。

「心のなかに大切にしている詩はありますか?」

2020年、10月半ばに刊行された『一篇の詩に出会った話』(かもがわ出版)。
この本は、さまざまな分野で活動するかたがたへ、「特別な一篇の詩」について伺ったインタビュー集です。

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(装画・挿絵 鶴田陽子/ 装幀 土屋みづほ)

――――――――――――――――――――――――――――

西 加奈子/穂村 弘/後藤聖子/加賀谷 敦/前野久美子/出光良
能町みね子/辻村深月/右手新土/青柳しの/宮内悠介(敬称略)

登場くださったのは、上記11名のみなさまです。
わたしにとって、真に敬愛するかたがたばかりなのですが。
元々、そのかたの大切な詩/詩人を知っていて、もっとお話を聞きたい!
あるいは、このかたに「特別な一篇の詩」があるならば、ぜひともお聞きしたい!
大別するとこの二つの強い思いから、お声をかけさせていただきました。
インタビューを行ったのは、ことしの2月末から4月末。

詩や短歌をはじめ、TVアニメのオープニングナレーションやアーティストの歌詞なども含めた「一篇の詩」との出会い。感じたこと。与えられた、なんらかの力。
その「詩」にいざなわれ、歩んでいった道のり。見ることのできた、かけがえのない「風景」。それぞれのかたの「一篇の詩」から始まる物語は、正直、わたしの想定をはるかに超えて、胸に迫るものでした。

どうか、お手にとってみていただけると嬉しいです。


 ***

【ご参加のかたがたについて】

本書誕生のきっかけについては、本のあとがきへ記したので割愛しますが。
現在、noteにて〈番外編〉ということで、登場くださった11人の方々を、おひとりずつご紹介、またインタビュー時のことなども少しずつ記しています。

題して、「『一篇の詩に出会った話』を巡る旅」
そちらのほうも、秋から冬のお散歩がてら、のんびりおつきあいください。

  2020年10月20日 近代詩伝道師・Pippo

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October 18, 2020

11月「めぐるちいさな古本市」〜『一篇の詩に出会った話』刊行フェア& 冬のひかり「現代詩集・Zine・フリぺ」フェア〜開催します!(from 黒猫リベルタン文庫)

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さて。毎年の秋のお楽しみになりつつある、七月堂さん主催「詩と〇〇」の古本市(会場:下北沢・三叉灯)ですが。ことしはちょっと趣向がかわり、10月より、約ひと月ごとにゲストが交代するリレー形式で「めぐるちいさな古本市」が開催されることとなりました。
先だって、三叉灯さん(洋服・雑貨・カフェ)は1Fをプチ改装し、おいしいコーヒーやお菓子も充実。座ってゆっくりできるカウンターが増えたりと、さらに過ごしやすい素敵空間となっています。
そして、わたくし【黒猫リベルタン文庫】は10月のヌイブックスさんからバトンをうけ、11月を担当します(11/6(金)〜スタート)!

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特集テーマは、渾身のミニフェアふたつ を同時開催します♪

●「『一篇の詩に出会った話』刊行記念! 関連書籍フェア」
*『一篇の詩〜』ご登場の皆さんにまつわる著作や、紹介された詩歌の収録された書籍など出品! 
一篇の詩フェア

●「2020年:冬のひかり〈現代詩集・ZINE・フリぺ〉フェア」

〈出品作品をちょこっとご紹介!〉
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【現代詩集】
櫻井周太『明るい浜辺』、『さよならを言う』
池田彩乃『一杯の水を注ぐ手紙』、『発光』、『舟』

佐野豊『スワン』 ※売切れ
タケイ・リエ『ルーネベリと雪』
打出祥子『秒針と針』、中本速『照らす』
こががっこ『透明なわたくしの小さな足跡』
古井フラ『静けさを水に、かきまわす』 、宮内喜美子『神歌とさえずり』
西尾勝彦『歩きながらはじまること』『のほほんと暮らす』『のほほん手帖』
マーサ・ナカムラ『雨をよぶ灯台』、和田まさ子『軸足をずらす』
鈴木一平『灰と家』、古溝真一郎『きらきらいし』、神泉薫『白であるから』
山崎るり子『地球の上でめだまやき』、三角みづ紀『どこにでもあるケーキ』
峯澤典子『あのとき冬の子どもたち』、小沼純一『sotto』、石原弦『聲』
木下こう『体温と雨(歌集)』
海老名絢『きょりかん』『声を差し出す』、
北爪満喜『水はわすれている そしておぼえている』
こたにな々『サクリファイス都市』
和田まさ子 個人詩誌「地上十センチ 24号」
和田まさ子(著者・写真)/トマス・ピーロネン(話し手)『幸せのカレリアパイ』
青木由弥子『il』
白井明大編 詩誌「ぶーさーしっ」
萩野なつみ『トレモロ』
殿塚友美『fey』
アサノタカオ『読むことの風』



〈詩の紹介の本/ZINE〉
・大阿久佳乃『のどがかわいた』、小池昌代編『通勤電車で読む詩集』
・山形梢 編 「六甲のふもと 百年の詩人〜八木重吉の詩 神戸篇」
・岸波龍「ASK FOR SADNESS」

【Zine・日記Zine】
・えんどうけいこ/佳凜 「つよかわ」(短歌とエッセイ)
・海洋博物系Zine「キュウセン」3号 
・藤川江良「りんご三兄弟の話」(エッセイ)※売切れ
・Pippo「好きな詩in 古書ますく堂」
・池田彩乃 「舟」ポストカード
・ばんかおり「どこにもいかない、ここにある」
・駄々猫「お手紙日記」 ※売切れ
・古書ますく堂「なまけもの日記」各種
・「百書店大賞2020」
日記など

【フリペ & フリー冊子】
・「極微」5号、「クロスタンカ」(えんどうけいこ他)、「ぶるやぎ通信」三種(青柳しの)
・「立原道造フリペ」(一花書店)、「弁明」(中本速編)
・「コロナのせいでマスクをしなくちゃいけなくなって、ちょっと好きになった彼の顔が見れずにお別れになっちゃったよ」(momonga)他
フリぺコーナー

【ポストカード】
Atelier Abi /上原梨奈「うさぎ」ポストカード各種
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新本と古書、Zineなど、楽しくにぎやかな空間になります。

ちなみに『一篇の詩に出会った話』ミニフェアは、ご参加の方々の紹介の詩集や、各々の方の著作や関連書籍をご用意しています。本を読みおえ、この詩・短歌、あるいはこの作家のかた、気になるな、なにか読んでみようかな、というかたも楽しめるかも。

また「2020年:冬のひかり」ミニフェアは、よりすぐりの現代詩集、また日記・オモシロZine・短歌&エッセイ、フリぺ、ポストカードなど。多くの詩人・作家の方々と、七月堂さんの多大なご協力を得て、おススメのすてきな作品を一挙に集合させていただきました。すべて、新本です。
このフェアでぜひ、未知の「一篇の詩や歌」や、グッとくる作品に出会ってもらえたら、と願っています。

心より、お待ちしています!

***************

「めぐるちいさな古本市」

【会場】三叉灯(下北沢)
〒155-0032 東京都世田谷区代沢5-36-14 →アクセス 
*小田急・下北沢駅南西口より徒歩4分

★【黒猫リベルタン文庫】の2フェアの開催期間は
  11/6(金)〜 11月末日頃までです!


【オ―プン】毎月10日前後〜月末まで 12:00〜
【お休み】月曜日+不定休
【主催】七月堂古書部

 
***************

2020年
10月 ヌイブックス
11月 黒猫リベルタン文庫(Pippo)
12月 青と夜ノ空

2021年
1月 無人駅をめぐる本屋
2月 うららや
3月 高橋岳人
4月 脳天松家
5月 ママ猫の古本や
6月 のほほん製作所(西尾勝彦)

Special thanks 百葉箱


pipponpippon at 22:00|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

August 18, 2020

※中止・延期となりました 《第十期- 一回》2/23 (日)、 「ポエトリーカフェ:テーマ〈色 篇〉」開催します。

〈お知らせ〉 *2020年8月より、Zoomによる、ポエトリーカフェを始めてゆきます*  

*なお、このテーマ「色 篇」は、喫茶店などでの再開のあかつきに必ず開催いたします。
 その日まで、延期ということで、ご了承くださいませ。


どうも!毎度、ポエトリーカフェ主宰の Pippo です。
詩と詩人に気さくにふれる、詩の読書会(朗読/茶話会)「Pippoのポエトリーカフェ」も、
ことし11年めを迎えます。みなさんのご愛顧に心より感謝しつつ…
2020年2月23日(日)より、第十期一回開始!
今期もよき近現代詩人をとりあげてゆきます。どうぞ、お楽しみに♪



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ハイ、Paaaan! 〈パンの會篇〉 @明治煉瓦館 (2019年8月)

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エリュアール篇〉(9/22) 竹内浩三篇(10/26) 〈12月とクリスマス篇〉(12/21) 〈淵上毛錢篇〉(1/26)
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「Pippoのポエトリーカフェ」とは、2009年秋より「入りやすい、詩の入口を作ろう!」との思いで、スタートした《気さくな詩の読書会》です。 詩の活動をはじめて以来「興味はあるけど、誰からなにから、読んだらいいのか」「楽しみ方が分からない」という方々に多く出会ってきました。そんな方々のなにか手がかりになれればと、このような会を開催しています。
2019年秋に10周年を迎え。リピーターの方も多いのですが、10〜80代の方まで、のべ1600人ほどの方々がご参加くださいました。「ポエカフェ」本編に入る前に、皆さんとのミニ自己紹介タイムを設けていたり。詩人の生涯を紹介しながら、ご参加のかた一人一人に、くじ引き詩朗読(→自由な意見交換)をしていただいたり…自然に詩と親しめるような流れを作っています。

詩がお好きなかた、学んでみたいかた、「知識はそんなにないんだけど、興味はある!」かた、生を豊かにしたい、詩歌の創作に生かしたい!…etc どんなかたでも大歓迎です。知識不要、予習も必須ではありません。
初めての方も、どうぞお気軽にご参加下さいませ。


《過去の開催記録》
2009年10月〜2020年1月までの全開催記録
★2018年記録(定例篇:第八期・1〜12月、新潮講座1〜12月分)
2017年記録(定例篇:第七期+八期・1〜12月、新潮講座1〜12月分)

《イベント概要》
※新型肺炎コロナウイルスの感染拡大のようすを重くみて、2/23(日)ポエトリーカフェは中止、延期とさせていただきます。状況が落ちつき次第、再開します。

▼ポエトリーカフェ :テーマ〈色 篇〉
いろえんぴつ

さて。2020年の〈ポエトリーカフェ〉も始まりました。
第十期の一回目は、テーマ〈色〉でお届けします。

一月の末にふと。〈色〉にまつわる多様な詩を、みなさんと読んでみたら面白いのではと思いました。
〈色〉が印象的な、じつにさまざまな詩があるからです。
ざっと手元の本/資料で〈色〉にまつわる詩を確認してみたのですが… やあ、白・黒がやはり多く、次に緑・青・赤、黄・茶・紫、水色、桃色や金・銀などがくる感じかな。また、その中で、さまざまな未知の〈色〉の名前に出会えたのにも、大変ときめきました!
ちなみに、自分は、緑と、灰色系のピンク・水色などスモーキーな色が好きです。
みなさんは、どんな色がお好きでしょうか。よく選んでしまう洋服の色は?

そんなわけで、〈色〉篇。気になる方はぜひとも、遊びにおいでくださいね。
未知の色、未知の詩と詩人とも出会ってもらえたらうれしいです。

〈色〉にまつわる詩をちょっとご紹介♪

●中桐雅夫

「海」より

根府川と真鶴の間の海の
あのすばらしい色を見ると、いつも僕は
生きていたのを嬉しいと思う、
僕の眼が
あの通りの色なら
すべての本は投げ棄ててもいい。
沖の方はパイプの煙のような紫で、
だんだん薄い緑が加わりながら岸へ寄せてくる、
岸辺にはわずかに白い泡波がたち、
秋の空の色とすっかり溶け合って、
全体がひとつの海の色をつくっている、

*
ああ、この色を僕の眼の色にできるなら、
生きてゆく楽しさを人にわかつこともできるだろう。 (『現代詩文庫38 中桐雅夫詩集』)

==========
●工藤直子

「地球は」

地球は
みどりを着るのが好き
とりわけ雨あがりは
洗いたてのシャツ
いきものを ブローチのように
くっつけて
地球 いばっている

みどりは
お前の晴れ着だね   (『工藤直子詩集』)

==========
●天野忠

「空」

四十五歳のお前が
空を見ていた
頬杖ついて
ぽかんと
空を見ていた
空には
鳥もなく
虹もなかった
何もなかった
空には
空色だけがあった

ぽかんと
お前は
空を見ていた
頬杖ついて
それを
私が見ていた。   (『夫婦の肖像』1983)

==========
●塔和子

「めざめた薔薇」

あなたの言葉で
白い花びらを楚々とひらいて
あどけなくめざめた薔薇がある

セルリアンブルーの空から
光がほどけて飛び散る朝のことだ

渚の砂に山鳩がたわむれ
木に風があそび
ああ
風景さえ今日は
その薔薇を支えて新鮮

私は軽快なリズムにのって歩くように
心が白い薔薇でゆれるのを見ながら
ひと日すごした         (『めざめた薔薇』)

*11歳でハンセン病を発病、療養所で生涯を送った詩人
==========
●永瀬清子

「外はいつしか」

外はいつしか春のみづいろ
おもむろに樹々はひかりはじめ
雨も風も心をなごます
私にいるものが漸く来たのか
陽の傾斜のわづかな回復

私の心の弱さかぼそさ
わがままにさへ私はねがふ
よい時季よ私に来てくれ

*
春の夕べの小石のごとく
わが詩に紫の翳(かげ)をたたへしめ
眠れる地虫の春を知るごとく
眼も耳もなく春を享けしめ
ああなべての事に堪えんため
私にそそげ春のみづいろ
私にそそげ春のみづいろ。   (『大いなる樹木』)

==========
●リチャード・ブローティガン

「ライオンは風に乗って黄色いバラのように」高橋源一郎訳

ライオンは風に乗って黄色いバラのように
大きくなっていく
わたしたちは古い庭園の中で
ゆっくりと後ろを振りかえる
咆哮する黄色い花々
わたしは振りかえりたい
わたしは振りかえろうとしている
いや、わたしは振りかえった
どうも、ありがとね   (『ロンメル進軍』)

==========
●パウル・ツェラン

「死のフーガ」より 飯吉光夫訳
 
夜明けの黒いミルクぼくらはそれを晩にのむ
ぼくらはそれを昼にのむ朝にのむぼくらはそれを夜にのむ
ぼくらはのむそしてのむ
ぼくらは宙に墓をほるそこなら寝るのにせまくない
ひとりの男が家にすむその男は蛇どもとたわむれるその男は書く
その男は書く暗くなるとドイツにあててきみの金色の髪マルガレーテ
かれはそう書くそして家のまえに出るすると星がきらめいているかれは
 口笛を吹き犬どもをよびよせる      (『罌粟と記憶』)1952)

*ドイツ系のユダヤ人。自身は強制労働収容所にて労働に従事。
両親ともナチスの強制収容所にて死去。収容所の詩を書き続けた。
 
▼第123回 ポエトリーカフェ:テーマ〈色 篇〉

[日時・内容] 
※会の開催は、中止となりました。

◆2020年2月23(日) 19:00〜21:30 /定員18名(要予約)
(好きな〈色〉のあるかたは、問い合わせ欄にてぜひひと言! 教えてくださいね)
◆〈内容〉 Pippoによる詩人のかんたんな紹介と、ご参加の方々による、くじ引き詩朗読。 茶話会。
      *年譜・テキスト配布します
◆費用: 1300円(1ドリンク別)
  *〈色〉にちなんだ、ポエトリーおやつをご用意します♪
(*ご予約は、以下のフォームより受付いたします) *2/2(日)〜お申込開始! *定員に達しましたため、キャンセル待ちでのご参加受付となります(感謝! 2/4)。

◆〈会場〉 神保町・神田伯剌西爾(ぶらじる)
〈ACCESS〉 東京メトロ半蔵門線/ 都営三田線・新宿線・神保町A7出口徒歩3分
書泉グランデ脇小宮山ビルB1F(小宮山書店のわき道を入って右の地下)tizu-kuro


※上の、申し込みフォームの使えない(もし表示されない)方は、以下の宛先までお申し込み下さい。
tintiro.ivent@gmail.com まで。 
メールにて、件名は 「ご参加のポエカフェ会名」とし、お名前・緊急ご連絡先(TEL)・ご参加人数など、ご明記の上、お送り下さい。折り返し、ご予約完了のメールを、お送り差し上げます(すぐに返信が来ない場合は、ご一報ください)。
※キャンセル待ちの方がいらっしゃるときがありますので、都合が悪く欠席になる際は、それが分かり次第、必ずお伝えくださいませ。



pipponpippon at 23:00|PermalinkComments(2) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック ◆Pippoのポエトリーカフェ◆ 

June 27, 2020

『好きな詩 in 古書ますく堂』刊行!


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『好きな詩 in 古書ますく堂』 (表紙= 水彩画: 雨1 /デザイン: モモンガ)A5版 60頁
2020年6月30日発行 定価 660円(tax in)


さてさて。西池袋にあった「古書ますく堂」が、大阪の阿倍野へと移転されたのが、2020年3月のこと。 
この冊子の作成の動機や、経緯については、下にのせた、「『好きな詩 in 〜』の後記」をみていただけたら、分かりやすいかな、と思うのですが…
(ちなみに、コロナ禍と作成期間は重なっていますが、コロナとは全く関係ありません)

『好きな詩 in 古書ますく堂』は(2011年より)9年、東京でがんばってきた「古書ますく堂」と、詩や本やお店をつうじて交流のふかい皆さま(全32名)が、「好きな詩」と「古書ますく堂」について、ひたすら語りつづけるという、ある種、狂気と愛に満ちた本です。

構成は
・第一部 
   一、〈好きな詩を持ちよって語る会〉
   二、〈ますく堂との馴れ初めを語る会〉       
   ※2/8に西池袋ますく堂で開催された会の模様を収録

・第二部
  ますく堂フレンズによる 特別寄稿 〈好きな詩とますく堂の思い出〉
 
 と成っています。

約30人の方が、好きな詩、思い出の詩、たいせつな詩をかたっていて。それはそれは… 宝物をみせてもらっているような気持ちになります。また「ますく堂さんとの馴れ初め・思い出」がじつに多彩で、ユニークです。
古本屋好きのかたなら、結構あるあるかも?(いや、ナイ)
そして、この混沌のなかから、「古書ますく堂が、東京で過ごし、育んできた9年のかけら」がぼんやりと浮かび上がってきたなら、嬉しいなと思います。

そして、表紙は、とても好きな水彩画家の、雨1さんに「西池袋のますく堂、さいごの店舗の店頭」を描き下ろしていただきました。また、表紙デザインを助けてくれたモモンガさん、このお二方とご参加のみなさんには、ホントに感謝です。

 
*

いま、完成した、この本を手にして。わたしが、お伝えしたいことは、とてもシンプルなことだった、と気づきました。
それは、古書ますく堂がたしかにそこ(東京・西池)に「在った」ということ。

よかったら、ぜひ、読んでみてください。

2020年 6月27日 Pippo


《目次》
ますく堂冊子 目次
*誤植 p49「北川卓」さんのふりがな、正しくは「たかし」です。
     記しておわび申しあげます。


《「後記」より転載》
ぴっぽのしっぽ   後記にかえて

 とつぜんに「古書ますく堂が、三月に大阪へ移転する」との報を受けたのが、二〇二〇年一月二八日のこと。そこで急遽、詩の愛好仲間をつのって、二月八日、古書ますく堂にて「好きな詩を持ちよって語る会」が開催されたのでした。
 わたしは当初より、この詩の会の内容を、小さな冊子にするつもりでいました。
私事で恐縮ですが、自分は、気さくな詩の読書会「ポエトリーカフェ」を二〇〇九年の秋より、ほぼ毎月開催しておる者です。
 そこへ、ますく堂さんが初めて遊びにきてくれたのは、いつのことだったか。以来、わたしにとって(また、この冊子に参加くださった方々にとっても、きっと)ますく堂さんは、人生のなかで短くない時間、詩をともに語りあってきた、愉快で大切な友人です。

 ますく堂さんが上京ののち、東京の西池袋にお店を構えたのは、二〇一一年十月のこと。それから、九年近く、東京に根づいて、多くの方々とさまざまな交流を重ねてきたのだと思います。そのなかで、詩を好きな人々との交流は、ますく堂さんが、きっとだいじに育んできたものの一つで、それをどうしても、ひとつの「形」にして、残したいと思いました。
 この冊子の作成期間はコロナ禍のさなかと重なっていましたが、作業中はふしぎと穏やかな安らいに包まれていました。

大阪でも、持ち前のガッツと愛嬌でどうぞ、はじけてね。

 さいごに、『好きな詩in 古書ますく堂』を、手にとってくださったかたへ。この小さな冊子が、あなたの歩む道を、ささやかに彩ってくれることを祈りつつ。


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《実店舗 取り扱い》
●現在、大阪・阿倍野の「古書ますく堂」のみ、販売、お取り扱い中です。お近くの方は、ぜひお店でどうぞ。
 「古書ますく堂」 (お店のtwitter)
 所在地: 〒545-0041 大阪府大阪市阿倍野区共立通1丁目4−26   電話: 090-3747-2989


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March 16, 2020

2020年3月16日(月) 文化放送「くにまるジャパン極 〜本屋さんへ行こう!」出演記

2012年より、ときどきに詩の紹介・朗読、本紹介などさせてもらっている、《文化放送(♯1134)ラジオ 「くにまるジャパン極」の月曜コーナー「本屋さんへ行こう!」》(関東広域圏放送)へ出演しました。
お聴きくださった皆さん、ありがとうございました。
( 「 radiko 」アプリをダウンロードすれば、放送から一週間ほどは、PC、スマホでお好きなときに聴けます。)

「くにまるジャパン極」への出演も、ことしで8年めとなり、数えてみたら今回、23回めでした。
メイン・パーソナリティの邦丸さん、歴代のアナウンサー、鈴木純子さん、加納有沙さん、
そして、去年より、ご一緒させていただいている、西川文野さん。
皆さんと、じつに色んな詩を読み、語らってきたなあ。
詩が与えてくれた豊かな時間を想起すると…さまざまな感情が去来します。

さて。本日のお題は…

・町内プチ引っ越しの話
・ポエカフェ、コロナ予防にて、お休みの件
・新たな本の話
・しんぶん「赤旗」〈読者の文芸:詩 の投稿欄〉選者の話
・相方(宮内)の芸術選奨受賞、南極ゆきの話  他

◎おすすめ本  能町みね子さん『結婚の奴』。 もう、たまらなく傑作です。もっとわたしたちは、自由に生きていい! 幸福のかたちは自分が決めればいい。 恋愛が苦手だったり、結婚について悩まれているかた(悩まれていないかたでも)へは、きっと、なにか素敵な生の手がかりとなるはずです。

そして!
●《ラジオ de ポエトリーカフェ》
新たな春を迎えるということで、「出会いと別れ」にまつわるすてきな詩 三篇を、くにまるさん、西川さん、Pippo が朗読・ご紹介しました。ラジオでは、時間がたらず、ご紹介、お伝えしきれなかったことなどを中心に記してゆきます。
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・ 塔和子(とうかずこ)「胸の泉に」( 『希望よ あなたに』 編集工房ノア)
●塔和子(一九二九〜二〇一三)

「胸の泉に」    

かかわらなければ
   この愛しさを知るすべはなかった
   この親しさは湧かなかった
   この大らかな依存の安らいは得られなかった
   この甘い思いや
   さびしい思いも知らなかった
人はかかわることからさまざまな思いを知る
   子は親とかかわり
   親は子とかかわることによって
   恋も友情も
   かかわることから始まって
かかわったが故に起こる
幸や不幸を
積み重ねて大きくなり
くり返すことで磨かれ
そして人は
人の間で思いを削り思いをふくらませ
生を綴る
ああ
何億の人がいようとも
かかわらなければ路傍の人
   私の胸の泉に
枯れ葉いちまいも
落としてはくれない

(『未知なる知者よ』一九八八)
 *文庫本『希望よ あなたに』に収録されています
==============
朗読された、西川文野さんの言 「ほんとに、自分の思っていることの答えがありました。人生、生きていると、思いもよらなかった人とかかわることがあるじゃないですか。かかわらずに終わっていたら、どうなってたいただろう? って。この人と関わって、自分はこういう学びがあったなあ、と最近すごい思ってたんですよ」。

塔和子さんは、1929年、愛媛県東宇和郡生まれ。13歳でハンセン病を発病し、香川県の瀬戸内の「大島青松園」に入所。特効薬プロミンの投与により、23歳で病気は完治するのですが、後遺症があったことと、「らい予防法」の強制隔離政策により(→1996年、「らい予防法」は廃止)、そのまま園にとどまり。2013年、83歳で亡くなるまでの70年間を、小島の療養所にて過ごしました。園にて出会い、結婚した男性の影響で、20代で短歌や、詩作を始め。生涯に19冊の詩集、およそ1000篇の詩をのこしています。

生前の塔さんと親しく交流を重ねていた、「塔和子の会」代表の川崎正明氏による著書『かかわらなければ路傍の人 〜塔和子の詩の世界』を読み。その壮絶な生と、詩に込めた想いをしり、胸が揺さぶられる思いでした。強制隔離政策にて、入所を余儀なくされ、「自由な生」をいわば奪われた塔さんの「島の外へ出たい、未知の他者と出会いたい、かかわりたい」という強い思い。
この詩の収録された詩集は『未知なる知者よ』(1988年)で、塔さんが59歳の年。40代頃より、その詩をつうじて、未知の多くの人たちと出会い、交流してゆくようになった、という背景があって。その詩は、塔さんを遠く、広くはばたかせる翼だったのですよね。人と「かかわったこと」「出会ったこと」でしる、感情の豊かさ、かけがえなさ。本当に打たれます。

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・松下育男「失った後で」 

*(ラジオでご紹介したのは 氏のtwitter からの作品ですが。おすすめは、松下さんの現段階での集大成ともいえる新刊 『現代詩文庫244 松下育男詩集』 です!)
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邦丸さん「ちょっとグサッとくるね…」
西川さん「ずしんと来ましたよね…」
朗読したぴっぽの言 「そばにいる人への優しさを安易に値切ってはいないだろうか、っていう、ここにグサッとささりますよね。当たり前だと思っているけど、けっして、当たり前じゃない。いまここに、そばにいてくれる人へのありがたさ、やさしさをもつ、ということを改めて教えてもらったように思います」
西川さん「でも、気づけないからなぁ…」


松下育男さんは、1950年、福岡県生まれ。1977年に第一詩集『榊さんの猫』を刊行。1978年 『肴』刊行(この詩集で、詩壇最高峰の賞、H氏賞をご受賞されています)。1988年『ビジネスの廊下』刊行。2003年『きみがわらっている』刊行。のち、しばらくのブランクをへて、「現代詩手帖」へ「初心者のための詩の書き方」を連載。2019年5月には、高階杞一さんとの共詩・詩集『空から帽子が降ってくる』刊行。
そして、これまでの詩集(『榊さんの猫』『肴』『ビジネスの廊下』『きみがわらっている』)に、未刊詩集と「初心者のための詩の書き方」などを収録した、『現代詩文庫244 松下育男詩集』(思潮社)を2019年11月に刊行されています。じつに平易な表現で、読む者をとんでもない地平へ連れ去ったり、そぼくな力強さで、わっと心をつかんできたり。ユニークな作品も多々あって、時空をゆがめたり、時には笑ってしまったり。「詩」というものの豊穣さを詩によって伝えてくださる、すばらしい現代詩人のお一人です。

この作品「失った後で」を、初めて拝見したとき、背後から頭をデカい花瓶でガンとやられたような衝撃をうけました。
「ホントは後悔をしているのではなくて/繰り返し/愛しなおしている」という詩語に含まれる、生の深淵。
失った後で、繰り返し、愛しなおしたっていい、という途方もない赦し。流れる血潮。
また、「そばにいる人への/優しさを/安易に値切ってはいないだろうか」という、一見きびしくも、やわらかな問いかけ。こんな詩をSNSで、読めるなんて。奇跡のような時代だ…、と心から思ってしまいました。
松下さんの新詩集、また、いずれ「初心者のための詩の書き方」をまとめた本、など。待望しています!


・ 中原中也 「別離 1」( 『中原中也 全詩歌集(下)』 講談社文芸文庫)

●中原中也(一九〇七〜一九三七)

「別離」

 1
さよなら、さよなら!
  いろいろお世話になりました
   いろいろお世話になりましたねえ
   いろいろお世話になりました

さよなら、さよなら!
  こんなに良いお天気の日に
   お別れしてゆくのかと思うとほんとに辛い
   こんなに良いお天気の日に

さよなら、さよなら!
  僕、午睡から覚めてみると
   みなさん家を空けておいでだった
   あの時を妙に思い出します

さよなら、さよなら!
  そして明日の今頃は
   長の年月見馴れてる
   故郷の土をば見ているのです

さよなら、さよなら!
  あなたはそんなにパラソルを振る
   僕にはあんまり眩しいのです
   あなたはそんなにパラソルを振る

さよなら、さよなら!
さよなら、さよなら!
   
(一九三四・一一・一三)

* この詩は、未刊詩篇「別離」(5章から成る、長詩です)の1、の部分です。

==============
邦丸さんによる、この詩の朗読があんまりにも心にしみいって。素晴らしかった…
コメントで、「春の昼間のような明るい別れのイメージ」というような話をしはじめましたが。
そこから先を語ると、時間が足りなくなると分かったので、はしょってしまい。すこし悔やんでいます。

この詩。ほんとうに、荒ぶる中也の精神遍歴の果ての、陽だまりのような。
さびしい明るさ、かなしい幸福さを感じとるのですよね。かなしくて、愛しくなる。

まず、自分はこの詩を読み、中也の愛した弟の死、について思いをはせ。次に、若き日の最愛の恋人・長谷川泰子との別れ、が下敷き(というか芯に)あるのかな、ということを直感しました。泰子が、中也の親友の小林秀雄と恋愛関係になり、中也の元をさったのは、この詩の書かれた、ちょうど9年前、一九二五年、一一月下旬のことです(中也は「とにかく私は自己を失った!」とのちに書く。秀雄には、絶交を言い渡されたり)。
しかし、そこからも中也は、秀雄との交流を続け(たり、離れたり)。のち秀雄と別れた、長谷川泰子とも交流をつづけ、何くれとなく彼女の世話を焼きつづけるのですね。

そんな厳しい精神の彷徨。不穏の心をいだきつづけた中也も、一九三三年の一二月、うつくしく素直でやさしい女性、上野孝子と結婚。一九三四年、一〇月には、長男・文也くんも誕生します(この男児を、中也はどれだけ愛したか…)。「別離」が書かれたのは、その翌月のことなんですね。おそらく、中也の生涯の中でもっとも心、おだやかだった時期なのではないでしょうか。
真に安寧の心から。見えない太い鎖でつながれていた、長谷川泰子との精神的・物理的な「別離」を、晴れやかな明るさで受けいれることができた瞬間であったのかな、と。根拠はないのですが、自分はそう、感じていました。


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January 10, 2020

2020年1月より、「しんぶん赤旗」(平日版)の〈読者の文芸:《詩の投稿欄》〉の選者を担当します。

2020年01月30日13時16分36秒0001
「しんぶん赤旗」1月21日(火曜) 「読者の文芸《詩》」

◆入選 
宮城県 我妻武夫「人生にイエス」
愛媛県 新見かずこ「粗相をする」

◆選外佳作 
「二人の時間」(児丸さん) 日常、傍らにいる人の大切さ。
「新聞配達の少年」(本間さん) 少年期のやさしい感受の萌芽。
「中村哲さんを悼む」(細井さん) 良い内容であったが、少し直情的なのが惜しい。
「存在」(北村さん) 哲学的、根源的なものだがもう少し輪郭をはっきりしたら格段に良くなりそう。
「さくら」(鈴木さん) 政治批判であるが、詩としてはもう少しで惜しい。
「漢詩一題」(並木さん) 面白い試みではあるが、もうひとひねりあればもっと良くなりそう。

選者、第一回目(1/21)の入選作は二作。誌面では入選作とその寸評しか載らないのですが、佳作が多くありました。なので、当方では、一回ごとに、惜しくも入選をもれた「選外佳作」とその寸評をノートに記してゆくことにしました(どんなふうか、ちょっとご紹介)。悩みながらも、作品を拝読する時間はとてもよきひとときです。どうぞ、こんごもお気軽にお送りくださいね。(Pippo)


こんにちは。
さてさて、ことしの1月より、「しんぶん赤旗」(平日版)、毎週火曜日《読者の文芸》の〈詩の投稿欄〉の選者を、月二回、熊井三郎さんと二人、隔週で担当することとなりました。
まだまだ若輩者の自分に、なんという大役を、と恐縮しつつ…
選者と云うよりも、詩が好きな一人間として、詩を書く方々を応援する気持ちで、楽しみながらつとめさせていただけたらと思っています。

Pippoより、読者のみなさんへのメッセージ(1/13付「しんぶん 赤旗」より)。

「〈詩〉は心の文芸です。
生きてゆくうえで、心にわきおこる多様な感情を、
どうぞ自由に〈詩〉にしてみてください。
待っています」

akahatasenjya
(お伝えくださったMさん、感謝です)

「しんぶん赤旗」は共産党(政党)の機関紙です。
購読されている方々には自明のことと思いますが、なじみのないかたもいらっしゃるかなと。

少し経緯の説明をば。
わたし自身は党員ではないのですが(投票先として、時に選ぶことはあります)、長年の活動において、戦前・戦後の魅力的なプロレタリア系の詩人を時々に紹介しています。中には、共産党員の詩人の方もいらして、それが8年前に、「しんぶん赤旗」編集部の方のお目にとまりました。
そのきっかけから、「赤旗」で「心に太陽をくちびるに詩を」(2013年4月〜2015年9月)という詩と詩人紹介の月一回の連載をもたせていただき。その連載が嬉しくも、1冊目の著書としてまとまったのでした。
(→ 『心に太陽をくちびるに詩を』ページ
今回の選者へのお声がけも、その流れのなかでのことなのかな、と思います。

政党系の新聞ですので、けっして、ムリにとは申しませぬが。
購読されている方々や、ご興味あるかた、詩作を定期的にしてゆきたいな、と考えておられるかたなど…
ぜひとも、詩をお送りくださいね。
「しんぶん 赤旗」web
見本誌、無料請求ページ (平日版の方です/毎週火曜日)

先に、〈詩は心の文芸〉と申しましたが…

仕事、生活、趣味、家族・友人との交流、人生。悲しみ、喜び、悔しさ、怒り、願い。
生きていくうえで、心に〈強い感情〉がわき起こったとき、どうか、その感情をしっかりとつかまえてみてください。
そして、その感情に、〈言葉〉を与えてみてください。できるだけ、あなたにしか書けない言葉、表現で。

そこに、〈詩〉は生まれてくるはずです。

よき詩と出会えることを、心より、楽しみにお待ちしています。
よろしくどうぞ!

近代詩伝道師 Pippo







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